黒獣ダンジョン殺人事件

Sora jinNai

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プルガトリオ

貪欲な者は懺悔する

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グノートス遺跡 第9階層 10:30 a.m.(推定) フランチェスコ

 割れた石の円盤とレアンドロの死体。それを取り囲むように7人が立っている。
 呼び出したフランチェスコとベアトリーチェ。呼び出されたダミアン、リュディガー、エーレンフリート、ロミー。呼ばれてないのにやってきたアイディン。

「どうしてアイディンもいるのよ」
 当然の疑問だった。アイディンは飄々とした様子で云う。

「なにやら捜査が進展しそうだなと思いまして」
 フランチェスコはごほんと咳を払い、話の腰を折った。改めて呼び出した理由を説明する。

「レアンドロさんの症状ばかりが注目されていたため、僕たちは改めて死体を確認しました。すると、喉に傷がついていることを発見しました。頭部右側には殴打された傷も残っていて、レアンドロさんがただ殺されたわけではないことがわかりました。さて、皆さんを呼んだ理由ですが、凶器の特定のためです。武器を突き刺した時にできる傷が死体のものと一致すれば凶器が特定、そのまま犯人が分かるというわけです」

 フランチェスコは死体を指差す。
「皆さん、順に武器を突き刺してください。出来た傷を死因となったものと比較します」

 全員が驚いて言葉を失った。いくら捜査のためとはいえ、このやり方はあまりに道徳心に反するものだ。

「戦奴、いくら捜査のためとはいえ限度があるぞ」
 エーレンフリートは怒り心頭に発した。ベアトリーチェがかばうように云う。

「あたしもこのやり方が過激なことは心得てるわ。でも、それで少しでも犯人に近づけるならやるべきと思わないかしら」

 その後も皆しばらく黙っていたためベアトリーチェが急かした。
「仕方ありません、ではまず私から」
 ダミアンが進み出て死体の脇に穂先を突き刺す。引き抜くとぬるりと血がまとわりついた。ダミアンは清め布の血のついていない部分で穂先を拭いた。

 次にエーレンフリートが右腰に携えたロングソードを抜く。
 曇りない銀色の刀身がキラキラと火の光を反射する。両手で持って突き刺すと、すこし破裂するような音と共に剣先が死体に突き刺さった。

「あまり気持ちの良いものではないですね」
 エーレンフリートは苦虫を嚙みつぶしたような顔でロングソードを拭った。清め布がほんのり朱色に染まる。
「私のロングソードはエーレンフリートと形が同じだからやらなくてもよいだろうか」
 リュディガーは焦りながら云った。普段より腰の引けた物言いに苛立ちを隠せない。
 とはいえ二人の武器は全く同じ形であるため、当然できた傷口も同じのはずだ。ベアトリーチェが許可を出し、リュディガーはほっと胸をなでおろした。

 最後はロミーのクロスボウ。
 ロミーは心底嫌そうにクランクを回した。そして弦を引っ張りきるとレアンドロの腹部に狙いを定め、引き金を引いた。発射された音と床に矢じりがぶつかる音はほぼ同時で、矢筈の部分を残してすべて腹の中に埋まった。引っ張り抜くと、矢の木製部分は赤黒くシミを作った。

「さあ、あとはあなたたちの仕事でしょう」
 ロミーは心底嫌そうに言い放つと、つかつかと部屋を出ていってしまった。ダミアンたちも暗い表情でいたためフランチェスコは呼んだ者たちを返した。アイディンは残りたそうだったが、ベアトリーチェが無理矢理追い出した。

「さて、傷口を見比べてみるわよ。気は進まないけれど」
 2人は死体に新たに出来た3つの傷跡を見比べた。致命傷になった傷は小指の第二関節までくらいの大きさであるが、3つの傷と完全に一致するものはなかった。ポールアックスと矢による傷は小さすぎる。しいて云うならロングソードの傷口は形が同じだが、傷の幅も厚みが異なって見える。

「もっと刃の薄い凶器が使われたのかもしれませんね」
 フランチェスコは彼女の表情を伺った。ベアトリーチェはひどく難しそうな顔をしている。
「ダメね。これでちょっとはラルフの疑いが晴れるかと思ったのだけれど」

 ベアトリーチェは傷跡を比較することで凶器の特定を行おうとしたのである。ラルフの使用する武器はカッツバルゲル。この幅の広い刀身では被害者についていたような傷口にはならない。当然武器を持っている人物たちが犯人として疑わしく、凶器を特定すれば犯人が分かる算段だった。しかし結果は知っての通り、どれとも一致しなかった。

「となると、凶器として残るのは食事用のナイフね。昨日の夕飯で使われていたから、切れ味はしっかりしているのでしょう。あのナイフはリュディガーが持っているはずだけれど、寝ている間にくすねることはきっと可能だわ。このことから武器の所持に関わらず誰にでも殺人が行えることが分かったわね」

「それじゃあ清め布を確認するのはどうですか。清め布を持っている人物ならそれで凶器の血を拭ったりしている可能性も」
「それはありえないわ。どうして拭ったことを分かるようにする必要があるの。血を取り除きたいなら水浸しの階段に行って水洗いすれば済む話よ。もう少しよく考えなさい」

 ぐうの音も出ない。うすうす感じてはいたが、ベアトリーチェは細かな部分で言葉遣いがすげない。フランチェスコは自信を失い、小さくため息をついた。

「どうしたのよ、ため息なんかついて。諦めるにはまだ早いわよ」
「その通りでございますね」
 フランチェスコにとってその言葉は殺人事件のこととも、ベアトリーチェのこととも受け取れた。彼女は後者の意味を知る由もないのだが。

「ねえフランチェスコ、少し頼みたいことがあるんだけど」
 彼女が耳元に顔を寄せる。とっさに身を引いたが、「いいから」と云って肩をグイっと引っ張られる。
「…そんなこと聞いてどうなさるおつもりですか」
 耳打ちされた内容はさして重要そうな事柄ではなかったが、わざわざ彼女から頼まれたこともあってフランチェスコは快く引き受けた。
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