19 / 35
プルガトリオ
貪欲な者は懺悔する
しおりを挟む
グノートス遺跡 第9階層 10:30 a.m.(推定) フランチェスコ
割れた石の円盤とレアンドロの死体。それを取り囲むように7人が立っている。
呼び出したフランチェスコとベアトリーチェ。呼び出されたダミアン、リュディガー、エーレンフリート、ロミー。呼ばれてないのにやってきたアイディン。
「どうしてアイディンもいるのよ」
当然の疑問だった。アイディンは飄々とした様子で云う。
「なにやら捜査が進展しそうだなと思いまして」
フランチェスコはごほんと咳を払い、話の腰を折った。改めて呼び出した理由を説明する。
「レアンドロさんの症状ばかりが注目されていたため、僕たちは改めて死体を確認しました。すると、喉に傷がついていることを発見しました。頭部右側には殴打された傷も残っていて、レアンドロさんがただ殺されたわけではないことがわかりました。さて、皆さんを呼んだ理由ですが、凶器の特定のためです。武器を突き刺した時にできる傷が死体のものと一致すれば凶器が特定、そのまま犯人が分かるというわけです」
フランチェスコは死体を指差す。
「皆さん、順に武器を突き刺してください。出来た傷を死因となったものと比較します」
全員が驚いて言葉を失った。いくら捜査のためとはいえ、このやり方はあまりに道徳心に反するものだ。
「戦奴、いくら捜査のためとはいえ限度があるぞ」
エーレンフリートは怒り心頭に発した。ベアトリーチェがかばうように云う。
「あたしもこのやり方が過激なことは心得てるわ。でも、それで少しでも犯人に近づけるならやるべきと思わないかしら」
その後も皆しばらく黙っていたためベアトリーチェが急かした。
「仕方ありません、ではまず私から」
ダミアンが進み出て死体の脇に穂先を突き刺す。引き抜くとぬるりと血がまとわりついた。ダミアンは清め布の血のついていない部分で穂先を拭いた。
次にエーレンフリートが右腰に携えたロングソードを抜く。
曇りない銀色の刀身がキラキラと火の光を反射する。両手で持って突き刺すと、すこし破裂するような音と共に剣先が死体に突き刺さった。
「あまり気持ちの良いものではないですね」
エーレンフリートは苦虫を嚙みつぶしたような顔でロングソードを拭った。清め布がほんのり朱色に染まる。
「私のロングソードはエーレンフリートと形が同じだからやらなくてもよいだろうか」
リュディガーは焦りながら云った。普段より腰の引けた物言いに苛立ちを隠せない。
とはいえ二人の武器は全く同じ形であるため、当然できた傷口も同じのはずだ。ベアトリーチェが許可を出し、リュディガーはほっと胸をなでおろした。
最後はロミーのクロスボウ。
ロミーは心底嫌そうにクランクを回した。そして弦を引っ張りきるとレアンドロの腹部に狙いを定め、引き金を引いた。発射された音と床に矢じりがぶつかる音はほぼ同時で、矢筈の部分を残してすべて腹の中に埋まった。引っ張り抜くと、矢の木製部分は赤黒くシミを作った。
「さあ、あとはあなたたちの仕事でしょう」
ロミーは心底嫌そうに言い放つと、つかつかと部屋を出ていってしまった。ダミアンたちも暗い表情でいたためフランチェスコは呼んだ者たちを返した。アイディンは残りたそうだったが、ベアトリーチェが無理矢理追い出した。
「さて、傷口を見比べてみるわよ。気は進まないけれど」
2人は死体に新たに出来た3つの傷跡を見比べた。致命傷になった傷は小指の第二関節までくらいの大きさであるが、3つの傷と完全に一致するものはなかった。ポールアックスと矢による傷は小さすぎる。しいて云うならロングソードの傷口は形が同じだが、傷の幅も厚みが異なって見える。
「もっと刃の薄い凶器が使われたのかもしれませんね」
フランチェスコは彼女の表情を伺った。ベアトリーチェはひどく難しそうな顔をしている。
「ダメね。これでちょっとはラルフの疑いが晴れるかと思ったのだけれど」
ベアトリーチェは傷跡を比較することで凶器の特定を行おうとしたのである。ラルフの使用する武器はカッツバルゲル。この幅の広い刀身では被害者についていたような傷口にはならない。当然武器を持っている人物たちが犯人として疑わしく、凶器を特定すれば犯人が分かる算段だった。しかし結果は知っての通り、どれとも一致しなかった。
「となると、凶器として残るのは食事用のナイフね。昨日の夕飯で使われていたから、切れ味はしっかりしているのでしょう。あのナイフはリュディガーが持っているはずだけれど、寝ている間にくすねることはきっと可能だわ。このことから武器の所持に関わらず誰にでも殺人が行えることが分かったわね」
「それじゃあ清め布を確認するのはどうですか。清め布を持っている人物ならそれで凶器の血を拭ったりしている可能性も」
「それはありえないわ。どうして拭ったことを分かるようにする必要があるの。血を取り除きたいなら水浸しの階段に行って水洗いすれば済む話よ。もう少しよく考えなさい」
ぐうの音も出ない。うすうす感じてはいたが、ベアトリーチェは細かな部分で言葉遣いがすげない。フランチェスコは自信を失い、小さくため息をついた。
「どうしたのよ、ため息なんかついて。諦めるにはまだ早いわよ」
「その通りでございますね」
フランチェスコにとってその言葉は殺人事件のこととも、ベアトリーチェのこととも受け取れた。彼女は後者の意味を知る由もないのだが。
「ねえフランチェスコ、少し頼みたいことがあるんだけど」
彼女が耳元に顔を寄せる。とっさに身を引いたが、「いいから」と云って肩をグイっと引っ張られる。
「…そんなこと聞いてどうなさるおつもりですか」
耳打ちされた内容はさして重要そうな事柄ではなかったが、わざわざ彼女から頼まれたこともあってフランチェスコは快く引き受けた。
割れた石の円盤とレアンドロの死体。それを取り囲むように7人が立っている。
呼び出したフランチェスコとベアトリーチェ。呼び出されたダミアン、リュディガー、エーレンフリート、ロミー。呼ばれてないのにやってきたアイディン。
「どうしてアイディンもいるのよ」
当然の疑問だった。アイディンは飄々とした様子で云う。
「なにやら捜査が進展しそうだなと思いまして」
フランチェスコはごほんと咳を払い、話の腰を折った。改めて呼び出した理由を説明する。
「レアンドロさんの症状ばかりが注目されていたため、僕たちは改めて死体を確認しました。すると、喉に傷がついていることを発見しました。頭部右側には殴打された傷も残っていて、レアンドロさんがただ殺されたわけではないことがわかりました。さて、皆さんを呼んだ理由ですが、凶器の特定のためです。武器を突き刺した時にできる傷が死体のものと一致すれば凶器が特定、そのまま犯人が分かるというわけです」
フランチェスコは死体を指差す。
「皆さん、順に武器を突き刺してください。出来た傷を死因となったものと比較します」
全員が驚いて言葉を失った。いくら捜査のためとはいえ、このやり方はあまりに道徳心に反するものだ。
「戦奴、いくら捜査のためとはいえ限度があるぞ」
エーレンフリートは怒り心頭に発した。ベアトリーチェがかばうように云う。
「あたしもこのやり方が過激なことは心得てるわ。でも、それで少しでも犯人に近づけるならやるべきと思わないかしら」
その後も皆しばらく黙っていたためベアトリーチェが急かした。
「仕方ありません、ではまず私から」
ダミアンが進み出て死体の脇に穂先を突き刺す。引き抜くとぬるりと血がまとわりついた。ダミアンは清め布の血のついていない部分で穂先を拭いた。
次にエーレンフリートが右腰に携えたロングソードを抜く。
曇りない銀色の刀身がキラキラと火の光を反射する。両手で持って突き刺すと、すこし破裂するような音と共に剣先が死体に突き刺さった。
「あまり気持ちの良いものではないですね」
エーレンフリートは苦虫を嚙みつぶしたような顔でロングソードを拭った。清め布がほんのり朱色に染まる。
「私のロングソードはエーレンフリートと形が同じだからやらなくてもよいだろうか」
リュディガーは焦りながら云った。普段より腰の引けた物言いに苛立ちを隠せない。
とはいえ二人の武器は全く同じ形であるため、当然できた傷口も同じのはずだ。ベアトリーチェが許可を出し、リュディガーはほっと胸をなでおろした。
最後はロミーのクロスボウ。
ロミーは心底嫌そうにクランクを回した。そして弦を引っ張りきるとレアンドロの腹部に狙いを定め、引き金を引いた。発射された音と床に矢じりがぶつかる音はほぼ同時で、矢筈の部分を残してすべて腹の中に埋まった。引っ張り抜くと、矢の木製部分は赤黒くシミを作った。
「さあ、あとはあなたたちの仕事でしょう」
ロミーは心底嫌そうに言い放つと、つかつかと部屋を出ていってしまった。ダミアンたちも暗い表情でいたためフランチェスコは呼んだ者たちを返した。アイディンは残りたそうだったが、ベアトリーチェが無理矢理追い出した。
「さて、傷口を見比べてみるわよ。気は進まないけれど」
2人は死体に新たに出来た3つの傷跡を見比べた。致命傷になった傷は小指の第二関節までくらいの大きさであるが、3つの傷と完全に一致するものはなかった。ポールアックスと矢による傷は小さすぎる。しいて云うならロングソードの傷口は形が同じだが、傷の幅も厚みが異なって見える。
「もっと刃の薄い凶器が使われたのかもしれませんね」
フランチェスコは彼女の表情を伺った。ベアトリーチェはひどく難しそうな顔をしている。
「ダメね。これでちょっとはラルフの疑いが晴れるかと思ったのだけれど」
ベアトリーチェは傷跡を比較することで凶器の特定を行おうとしたのである。ラルフの使用する武器はカッツバルゲル。この幅の広い刀身では被害者についていたような傷口にはならない。当然武器を持っている人物たちが犯人として疑わしく、凶器を特定すれば犯人が分かる算段だった。しかし結果は知っての通り、どれとも一致しなかった。
「となると、凶器として残るのは食事用のナイフね。昨日の夕飯で使われていたから、切れ味はしっかりしているのでしょう。あのナイフはリュディガーが持っているはずだけれど、寝ている間にくすねることはきっと可能だわ。このことから武器の所持に関わらず誰にでも殺人が行えることが分かったわね」
「それじゃあ清め布を確認するのはどうですか。清め布を持っている人物ならそれで凶器の血を拭ったりしている可能性も」
「それはありえないわ。どうして拭ったことを分かるようにする必要があるの。血を取り除きたいなら水浸しの階段に行って水洗いすれば済む話よ。もう少しよく考えなさい」
ぐうの音も出ない。うすうす感じてはいたが、ベアトリーチェは細かな部分で言葉遣いがすげない。フランチェスコは自信を失い、小さくため息をついた。
「どうしたのよ、ため息なんかついて。諦めるにはまだ早いわよ」
「その通りでございますね」
フランチェスコにとってその言葉は殺人事件のこととも、ベアトリーチェのこととも受け取れた。彼女は後者の意味を知る由もないのだが。
「ねえフランチェスコ、少し頼みたいことがあるんだけど」
彼女が耳元に顔を寄せる。とっさに身を引いたが、「いいから」と云って肩をグイっと引っ張られる。
「…そんなこと聞いてどうなさるおつもりですか」
耳打ちされた内容はさして重要そうな事柄ではなかったが、わざわざ彼女から頼まれたこともあってフランチェスコは快く引き受けた。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる