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二 残り60分
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「何かあったの」
トイレのドアが開き、俺の背中にドンッとぶつかる。
玄太郎が俺の叫び声を聞いてやってきた。
俺は助けを求めようとしたが、喉からは喘ぐような声が出るだけだった。
玄太郎は浴室をのぞき込むと、うおっと声をあげてその場に立ち尽くした。
開け放たれた浴室のドアの向こうで、昨日まで共に過ごしてきた友人が倒れているのだ。
一体なぜ、どうしてこんなことが起きたのか。グルグル考えを巡らせようとするも、鬱陶しいセミの音がそれを妨げた。
「大丈夫か、何かあったか」
壮二が駆けつけてきた。
「これは…死んでるのか」
壮二は先ほどの寝ぼけ眼とは違っていて、真剣な眼差しでじっと現場を観察した。そして携帯電話を拾いあげると、すばやく操作してアラームを止めた。
「ど、どうする」
「どうするって」
急の問いかけに、俺は返せる答えを持ち合わせていなかった。
「とりあえず、警察じゃね」
俺がそう返すと、それを聞いた壮二はすばやく自分の携帯電話を取り出した。
俺と玄太郎はその場にとどまりたくないため、そそくさとトイレを後にした。
壮二が電話をかけて5分ほど経っただろうか。俺と玄太郎はリビングにいた。
正方形のテーブルを囲うように椅子が四脚置かれている。しかし、こんな状況で落ち着いていられるはずもない。俺は腕組みして同じところを行ったり来たりしていた。
ガチャッと扉が開いて壮二が戻ってくる。
「どうだった」
「まあ、間違いなく死んでるよ。警察は一時間したら来てくれるって」
恐ろしくなったような、安堵したような、そのどちらもが俺の心の内で渦巻いていた。
「それで」
俺が喋ろうとしたとき、玄太郎が割って入る。
「新津は本当に死んでいるの。趣味の悪いコスプレとかじゃないよな」
「間違いないよ。首と腹から血を流しての失血死だ」
「なんでそんなことが分かる」
「見たらなんとなく分かるだろ」
玄太郎がトイレに入ろうとすると、壮二がすばやく扉をふさぐ。
壮二は事件現場の保存が最優先であると説得した。
俺は壮二の落ち着きが逆に不気味に思えた。果たしてただの大学生が殺人事件を前にこんなに冷静でいられるだろうか。
「殺人事件なら犯人がいるはずだろ」
俺の言葉に二人の視線がこちらへ向く。
「でも俺たちの中に犯人はいない」
「それはどういうこと」
壮二が聞く。
「朝、俺と玄はずっといっしょにいた。その間壮二が部屋にいたこともわかってる。俺たち全員、犯行が不可能なんだ」
「本当にそうかな。とりあえず覚えているだけ具体的に何をやったか、あとその時刻を明らかにしよう。アリバイ確認だ」
三人の情報をまとめるとこうなる。
8時50分、森野玄太郎が起床。リビングへ出ると大河が椅子でくつろいでいたらしい。軽く挨拶を交わし、二階のダイニングでテレビを視聴。
8時58分、藤田樹が起床。9時を回ったあたりで部屋を出て、ダイニングで玄太郎とテレビを視聴。
9時16分、南来壮二が起床。すぐに起きて水を飲むと、再び床につく。
9時29分、番組が終わり、藤田樹が一階のトイレへ向かう。するとアラームが鳴っていることに気づき、浴室を確認すると新津大河の死体を発見した。
「こんなところか。ふたりとも、よく分刻みでよく覚えてたな」
壮二が顔色を変えずに言った。
「俺と藤田、特撮番組見てたじゃん。ああいう番組はずっと左上に時刻が表示されてるの」
「ああ、どうりで」
8時50分から9時のあいだで大河の生存が確認され、それ以降は第一発見者である俺以外に一階へ降りた者はいない。
もちろん俺も生まれてこの方、殺人なんて犯したことはない。
つまり三人のなかに殺人犯はいない。
「となると、だいたい9時から9時30分までの間に誰かが侵入、浴室で大河を殺害した後逃走した、ってこんな感じか」
「侵入者の動機は何なんだろ。普通に考えたら強盗とかだけど」
玄太郎の問いに壮二が答える。
「それを知るためにも、一旦家の中を見て回ったほうがいい。」
「なんで」
「もし盗まれたものがあったら強盗殺人の線が強まる。だが相手が凶悪な快楽殺人鬼なら、家の中に潜んで俺たちを殺す機会を伺っているやもしれない」
「はあ!?なら探すほうが危険じゃねえか。一時間で警察が来るんだからここにいたほうが安全だろ」
正直玄太郎の言うことのほうが正しい。ただ俺の中にはこの非日常を楽しもうとする心があった。友人が死んでいるわけだがそれはあくまで事実でしかない、思ったことをやれ、と割り切る自分がいたのだ。
「玄、ここは壮二の言う通りにしよう」
「お前ら頭おかしくなったんじゃないか」
「落ち着けよ、誰も潜んでなかったら一時間安心して待ってられるんだ」
俺は壮二とともに玄太郎をなんとか説得し、家の探索を始めた。
トイレのドアが開き、俺の背中にドンッとぶつかる。
玄太郎が俺の叫び声を聞いてやってきた。
俺は助けを求めようとしたが、喉からは喘ぐような声が出るだけだった。
玄太郎は浴室をのぞき込むと、うおっと声をあげてその場に立ち尽くした。
開け放たれた浴室のドアの向こうで、昨日まで共に過ごしてきた友人が倒れているのだ。
一体なぜ、どうしてこんなことが起きたのか。グルグル考えを巡らせようとするも、鬱陶しいセミの音がそれを妨げた。
「大丈夫か、何かあったか」
壮二が駆けつけてきた。
「これは…死んでるのか」
壮二は先ほどの寝ぼけ眼とは違っていて、真剣な眼差しでじっと現場を観察した。そして携帯電話を拾いあげると、すばやく操作してアラームを止めた。
「ど、どうする」
「どうするって」
急の問いかけに、俺は返せる答えを持ち合わせていなかった。
「とりあえず、警察じゃね」
俺がそう返すと、それを聞いた壮二はすばやく自分の携帯電話を取り出した。
俺と玄太郎はその場にとどまりたくないため、そそくさとトイレを後にした。
壮二が電話をかけて5分ほど経っただろうか。俺と玄太郎はリビングにいた。
正方形のテーブルを囲うように椅子が四脚置かれている。しかし、こんな状況で落ち着いていられるはずもない。俺は腕組みして同じところを行ったり来たりしていた。
ガチャッと扉が開いて壮二が戻ってくる。
「どうだった」
「まあ、間違いなく死んでるよ。警察は一時間したら来てくれるって」
恐ろしくなったような、安堵したような、そのどちらもが俺の心の内で渦巻いていた。
「それで」
俺が喋ろうとしたとき、玄太郎が割って入る。
「新津は本当に死んでいるの。趣味の悪いコスプレとかじゃないよな」
「間違いないよ。首と腹から血を流しての失血死だ」
「なんでそんなことが分かる」
「見たらなんとなく分かるだろ」
玄太郎がトイレに入ろうとすると、壮二がすばやく扉をふさぐ。
壮二は事件現場の保存が最優先であると説得した。
俺は壮二の落ち着きが逆に不気味に思えた。果たしてただの大学生が殺人事件を前にこんなに冷静でいられるだろうか。
「殺人事件なら犯人がいるはずだろ」
俺の言葉に二人の視線がこちらへ向く。
「でも俺たちの中に犯人はいない」
「それはどういうこと」
壮二が聞く。
「朝、俺と玄はずっといっしょにいた。その間壮二が部屋にいたこともわかってる。俺たち全員、犯行が不可能なんだ」
「本当にそうかな。とりあえず覚えているだけ具体的に何をやったか、あとその時刻を明らかにしよう。アリバイ確認だ」
三人の情報をまとめるとこうなる。
8時50分、森野玄太郎が起床。リビングへ出ると大河が椅子でくつろいでいたらしい。軽く挨拶を交わし、二階のダイニングでテレビを視聴。
8時58分、藤田樹が起床。9時を回ったあたりで部屋を出て、ダイニングで玄太郎とテレビを視聴。
9時16分、南来壮二が起床。すぐに起きて水を飲むと、再び床につく。
9時29分、番組が終わり、藤田樹が一階のトイレへ向かう。するとアラームが鳴っていることに気づき、浴室を確認すると新津大河の死体を発見した。
「こんなところか。ふたりとも、よく分刻みでよく覚えてたな」
壮二が顔色を変えずに言った。
「俺と藤田、特撮番組見てたじゃん。ああいう番組はずっと左上に時刻が表示されてるの」
「ああ、どうりで」
8時50分から9時のあいだで大河の生存が確認され、それ以降は第一発見者である俺以外に一階へ降りた者はいない。
もちろん俺も生まれてこの方、殺人なんて犯したことはない。
つまり三人のなかに殺人犯はいない。
「となると、だいたい9時から9時30分までの間に誰かが侵入、浴室で大河を殺害した後逃走した、ってこんな感じか」
「侵入者の動機は何なんだろ。普通に考えたら強盗とかだけど」
玄太郎の問いに壮二が答える。
「それを知るためにも、一旦家の中を見て回ったほうがいい。」
「なんで」
「もし盗まれたものがあったら強盗殺人の線が強まる。だが相手が凶悪な快楽殺人鬼なら、家の中に潜んで俺たちを殺す機会を伺っているやもしれない」
「はあ!?なら探すほうが危険じゃねえか。一時間で警察が来るんだからここにいたほうが安全だろ」
正直玄太郎の言うことのほうが正しい。ただ俺の中にはこの非日常を楽しもうとする心があった。友人が死んでいるわけだがそれはあくまで事実でしかない、思ったことをやれ、と割り切る自分がいたのだ。
「玄、ここは壮二の言う通りにしよう」
「お前ら頭おかしくなったんじゃないか」
「落ち着けよ、誰も潜んでなかったら一時間安心して待ってられるんだ」
俺は壮二とともに玄太郎をなんとか説得し、家の探索を始めた。
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