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37.キョウヤの話(sideキョウヤ前編)

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昔の彼女と共に初めて戦った日も、こんな日だった。

「君がセルス君かな?」

木陰が作られたベンチの上に何かを期待するような表情を見せて座っている少年に声を掛ける。

彼が着ているコンゼルフィート学院の紋章が描かれた白いマントが一層彼女を思わせた。

「はい。」

「初めまして、僕は………知ってるか。キョウヤだ。」

しっかりと返事をしてこっちを痛いくらいに見つめてくる彼に笑いかけると、彼も静かに笑った。

そよそよと夏を匂わせて風が吹く。

「セルスです。」

「思っていたより若いねぇ。いくつ?」

キリッとした顔はその若さを隠しきれずにそこにあった。

頭の中で無造作に思い描かれていた少年は、もっと子供から抜けきっているような感じで、彼女の外見とは全く違うが、彼女自身とは少しばかり似ているような気もした。

「15です。」

「15で、コンゼルフィートを?」

「はい、一応。」

彼女は16の時にコンゼルフィートに入学した。

その彼女よりも幼くしてあの学園に入学するとはよほどの力の持ち主なのだろう。

「残念ながら1時間くらいしか取ってあげる事ができなかったよ。すまないけど、話を聞かせてほしい。」

「お忙しいのにすいません。それじゃあ……」

立ったまま話し出しそうな勢いの彼に、そっとベンチへ腰掛けるよう促して、自分もゆっくりとその隣へと腰を下ろした。

「今、一番聞きたいことを聞いてもいいですか。」

「どうぞ?」

黒い目その目が射る様に私を見てきたので、笑顔を見せて頷いた。

その黒い目はまるで彼女を思わせてならない。

黒くて真っ直ぐな長髪に、人を吸い込んでしまいそうなほど深い蒼い目を持った彼女に。

「ヒナさんと言う方をご存知ですか?」

それは唐突に、そのままの形で投げかけられた質問だった。

彼はその質問の答えをもちろん知っていて、これからの質問のための確認に言葉を使っただけ。

それを知っている彼にわざわざ嘘をつく必要もなく、僕は頷いた。

「うん、知っているよ。」

そう、目の前にいる少年はまるであの日のヒナにそっくりだった。

外見は似ていない。

が、それ以上に心のどこかが似ていた。

「ヒナさんとは、会わせてもらえませんか?」

全てを知りたいと望んでいるその目が、僕を放しはしない。

幼い少年は少年ではなく、僕さえも見透かしてすでに世界へ飛び立とうと羽をばたつかせている。

「知らないかな?彼女は今、行方不明だよ?」

「貴方なら、ご存知だと思いまして。」

「僕が?どうして?」

「彼女が唯一心を許していた仲間のうちの一人だとお聞きしていたので。」

「ははっ。まぁ、確かに彼女の仲間だったよ、僕もね。」

そんな目の前の少年を見ていると思い出す。

ヒナが理不尽を知った、その瞬間を。

全ての運命が始まりの音を告げた、あの時を。

「どこにいるのかご存知ないですか?」

まるで確かめるだけの質問に、僕は首を横に振ることをためらっていた。

知らないわけじゃないから。

ただ、それを教える事はできない。

彼女はある目的でそこにいるから。

彼女が自らその場所から飛び立つ事をしない限り、僕でさえ会う事はできない。

「……ごめんね。彼女の居場所を知らないと言えば嘘になるけど、そこを教えるわけにはいかないんだ。」

「え!?」

「彼女はある目的を持ってそこにいる。彼女自身が自らそこを発たない限り、僕にさえ会うことはできない。」

少年は僕の言葉に少し考えて、目を開けた。

「そうですか。」

その言葉で、彼が僕の言葉の全てを事実として受け取ったことが分かった。

その少年はその後、その場所を聞くわけでも、その目的を問うわけでもなく、僕を見つめた。

「ある少女と仲間たちの話をしようか。」

長い沈黙が続いた後、ふと頭に浮かんだ言葉が、外へと漏れた。

「え?」

「僕の知り合いの話。まぁ、長い独り言だと思ってくれたらいい。聞くも、聞かないも君の勝手だよ。」

まるで老人になったかのような気分が僕を襲って、その空気全てが僕に年を与えたようだった。

彼は僕のそんな言葉に小さな疑問をあげながらも答えた。

「聞かせてください。」

長い独り言は、会話を了解されて、考えてもいなかったことが口からすべり落ちていく。

「その少女と僕が出会ったのは、僕がもっと若くて、彼女が何も知らない時だった。」

その場所はとても醜くて、彼女と彼女の竜が空を舞うことも出来ない窮屈な場所だった。

その場所に数少なく、美しく気高く咲いている花を必死で魅入るような、そんな気持ちだった。

目を閉じると、声が聞えるよ。

君には聞えるかな?

あの何も知らず、純粋な瞳をしていた君が、これから生涯を掛けて穢れ、守っていく世界の宿命と出会ったあの日の声たちが。
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