【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第一章

48 -ルークside- ⑱

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「なんで!?なんで私たちに何も言わずに行っちゃったの!?」

 ダイニングに入ろうとすると、リリィの大きな声が響いてきた。中を窺うと、みんなが院長の周りに集まって、何かを問い詰めているようだ。

「昨日まで、一緒に遊んでたじゃない!なのに、なんで……っ」

 リリィはすすり泣き、アリスはそんなリリィの手を握って俯いている。ユアンやライルも、無言で肩を震わせていた。何があったのか確かめようと中に入ろうとしたら、後ろからシグルド司祭に肩を掴まれて止められた。

「司祭様、何かあったんですか?」
「……ユイが、ここを出ていったんだ」
「───えっ?」

 突然の知らせに、胸が締め付けられる感じがした。でもなぜ自分がそう感じているのか、よく分からなかった。

「どうして、また──」
「ユイの意思だ」

 そうだとしても、あんなに慕っていた子ども達に何も言わずに出ていくなんて、俄かに信じられなかった。

「ルーク、これから私の執務室に来てくれ。渡したいものがある」
「…?はい…」

 シグルド司祭に続いて、俺は教会の執務室に入った。さほど広くない部屋に、窓を背にするように執務机が置かれ、その前に来客用のソファとローテーブルの応接セットがあった。

「お茶を淹れてくる。座って待っていなさい」

 そう言うとシグルド司祭は執務室を出ていった。俺はソファに深く座り込み、天井を見上げながら、さっきから込み上げてくる得体のしれない感情を抑え込もうとする。

 どうして、こんなに胸がざわつくんだ…?

 自分の気持ちが分からず、不安と焦りが募る。するとシグルド司祭が、ティーセットを乗せたカートを押しながら戻ってきた。テーブルにお茶の準備をする様子を眺めていると、ティーカップが4つあることにすぐに気づいた。

「ほかにも、誰か来るんですか?」
「ああ。急に連絡が入ってな」

 そう言うや否や、執務室にノック音が響いた。シグルド司祭が即座にドアを開けると、来訪者に恭しくお辞儀をした。

「お待ちしておりました、ルナシス様。お出迎えできず、申し訳ございません」
「問題ない。こちらこそ、急な訪問となったことを詫びよう」
「とんでもございません。さあ、どうぞ中へ」

 長い銀髪をなびかせながら中に入ってきた人物を見て、俺は目を見開いた。身体をすっぽり覆う外套に、茶系のパンツにブーツといった簡素な出で立ちのその女性は、顔を合わせなかったこの数年の間で、その美しさと凛とした佇まいに磨きがかかっていた。
 鋭い眼光で見る者を凍りつかせそうな紺碧の瞳は、俺の姿を認めた途端に目を細め、眉を顰めた。

「久しいな、愚弟よ。息災か?」
「姉さん……どうしてここに?」
「一昨日、シグルド司祭から火急の知らせが転送魔法で届いてな。近くの街にも用があったし、お前の様子を見に来たんだ」

 そういえば、シグルド司祭が家に手紙を出すと言っていた。だがまさか、姉さんが直接訪ねてくるなんて思ってもみなかった。シグルド司祭は一体どんな報告をしたんだ?

 シグルド司祭は、落ち着いた様子でお茶を淹れている。姉さんはソファに座り、出されたお茶の香りを楽しみながら一口含んだ。

「──うん。シグルド司祭のお茶は美味だな。ロイドと同等か、それ以上だ」
「恐れ入ります。して、そのロイド殿は?」
「手紙にあった娘を迎えに行っている。彼女の様子も見ておきたい」
「お手間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「いや、こちらも先触れを出したのが、ほんの数時間前だったからな」

 二人の会話を聞きながら、俺もお茶を口にした。これから何が起こるのかと、不安がよぎる。

「では客人が来る前に、わが愚弟の状態をよく視ておこう」

 姉さんは急に立ち上がると、正面に座っている俺のそばに歩み寄り、強引に前髪をかき上げて、探るように瞳を覗き込んできた。

「……"忘却"、"魅了"…、わずかに"改竄"も混じっているな」

 そのぼそりと呟いたその言葉を、俺はすぐに理解できなかった。姉さんは俺から手を離すと、元の位置に座り直して、またお茶を飲み始めた。

「上級魔法を2つも重ねがけされている。手紙の内容から魔法薬でどうにかなる程度と踏んでいたが、私の見解が甘かった」
「それほどまでに深刻な状態だったのですね……申し訳ございません。私がもっと早くお伝えしていれば……」
「<慧眼>のスキルを持つあなたのことだ。この状態を放置したのには、何か理由があるのだろう?」
「……いいえ、私の判断ミスです。異変に気づいた時点で、動くべきでした」

 困惑する俺を尻目に、二人は会話を進めている。シグルド司祭は眉を顰め、悔しそうに言った。

 何を言っているのか分からない。"忘却"?"魅了"?何の話をしているんだ?

「心配無用だ。時間はかかるが、解呪は可能だ」
「そうですか……。よかった──」

 シグルド司祭は安堵しているが、俺にはまだ状況が掴めない。そんな俺に、シグルド司祭はポケットから何かを取り出して、それを差し出した。そういえば、渡したいものがあると言っていたが、これのことか?

「ユイから預かった魔法具だ。使い方はルークが知っていると言っていたが、これに見覚えは?」

 それは、手のひらに収まる大きさの金属板だった。表面には小さな魔法式が刻まれ、左上に魔石が3つ嵌め込まれている。そのうち2つは紫色、1つは青色の光が仄かに灯っていた。

「俺には、見覚えがありません」
「ほう、お前が作ったのか?シグルド司祭、私に見せてくれ」

 姉さんは俺が作ったらしい魔法具をシグルド司祭から受け取ると、興味深げに観察した。

「記録魔法の魔法式が刻まれているな。使用者の発する声や音を、この魔石に記録するのだろう」
「これを私に託した者も、自分の演奏をこれに記録したと言っておりました」
「それは興味深いな。では試しに、この紫色の魔石の魔力を解放してみよう」

 姉さんが指先に魔力を集中させ、魔石に込められた魔力を解放させると、ピアノが奏でる優しい旋律がゆっくりと流れ始めた。


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