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第二章
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しおりを挟む自宅へ向かう道中で、彼──ディーンさんは、旦那さんと一緒に商業街でカフェを営んでいると教えてくれた。商業街には貴族向けの格式高いお店や平民向けのお店が混在しており、貴族が好むような高級志向のお店は、貴族街に近い場所に集中しているらしい。
ディーンさんは平民街にいる知り合いに会いに行った帰りだったらしく、さっきの噴水広場で休憩をしていたら、腹痛が起こったそうだ。
「旦那からは、あまり一人で出歩くなと言われてたんだけどね…。ユイ君がそばにいてくれて、本当に助かったよ」
アッシュブラウンの瞳と髪色をしたディーンさんは、僕より6歳年上で、しっかり者のような面差しをしている。だが、申し訳なさそうに笑いながら頬をかく姿は、実年齢より幼く見えてどこか可愛らしい。
「旦那さん、ディーンさんとお腹の子が心配なんですよ」
「それは分かるんだけど、心配し過ぎで時々鬱陶しくなるよ。だから今日もメモだけ置いて、一人で出てきたんだ」
「それは…、今頃ものすごく心配されているんじゃ…?」
ディーンさん夫夫のお店は、さっきまでいた平民街の噴水広場からそれほど離れておらず、平民向けのレストランや雑貨店などが建ち並ぶ通りにあるそうだ。店までもう少しという所まで来ると、店先でうろうろと不審な動きをする長身の男性が見えた。
「ウィル!」
ディーンさんが長身の男性に背中に向かって声を張り上げると、男性はバッとこちらを振り向き、勢いよく近づいてきた。そして、ディーンさんの目の前でピタリと止まると、彼を優しく抱きしめた。
「ディーン!帰りが遅いから心配したじゃない!一人で出かけないでって、あれほど言ったのに!」
「心配かけて悪かった。帰りにちょっとお腹が痛くなったんだ。それで──」
「なんですって!?すぐに医術師を呼ばなきゃ!とにかく、早く中に入って!」
ウィルと呼ばれたオネェ口調の男性は、ディーンさんの話を遮り、気遣うように背に手を回して店の方に向かった。ディーンさんは呆れながらも、男性の促すままに歩を進め、「ユイ君もおいで!」と振り返って僕に声を掛けてくれた。
店のドアには『臨時休業』の札が掛かっていた。店内にはカウンター席とテーブル席があり、白い壁紙と茶系や濃緑で統一された家具は、店全体を落ち着いた雰囲気にしていた。営業中にはお客さんで賑わっているに違いない。
「騒がしくてごめんよ。さっきの男が、俺の旦那なんだ」
店内を見回していると、カウンター席に座ったディーンさんが申し訳なさそうに言った。当の旦那さんはというと、ディーンさんを座らせると早々に医術師を呼びに、店を飛び出していった。
「いえ、そんな…」
あんなに慌てて動き回るということは、ディーンさんとお腹の子をそれだけ愛しているということだろう。そう思うと二人を見ていて微笑ましくなったが、頭の中にルークの顔がふと過ぎり、少し切なくなった。
僕にも、そんな未来があったのかな……。
「全く、あいつときたら…。紹介したかったのに、話も聞かずに飛び出したりして」
「それだけ愛されているってことです」
「…それが分かっているから、強く言えないんだよね」
僕の言葉に、ディーンさんは溜息をつきながら困ったように笑った。互いに大切に想い合うこの夫夫は、会って間もないのに本当に素敵だと思った。
ディーンさんとそんな話をしていると、旦那さんが初老の男性医術師を連れて店に戻ってきた。この国では、産む身体として出来上がっていない男性が妊娠した場合、産婆さんではなく医術師が経過を診ることになっている。
ウィルさんが「早く早く!」とまくし立てるものだから、医術師はそのまま店内でディーンさんの診察を始めた。医術師の見立てでは、ディーンさんの腹痛の原因は出産が近づくにつれて起こる、前駆陣痛だという。噴水広場で痛みが治まった後、店に向かうまでに微弱な痛みが不規則な間隔で起こっていたことをディーンさんが話すと、本陣痛ではないだろうと言っていた。
「お産が近づいている兆しだから、痛みがないときは無理のない範囲で身体を動かしなさい。それと、ウィリアム!お前はもう少し落ち着いて、嫁が不安になるような振る舞いは慎め!」
「うぅ…、だってぇ…」
しょんぼりする旦那さんにそう言い残して、医術師は帰っていった。
男性同士なのに『嫁』というのにちょっと違和感があるけど、生みの親が男性でも子どもは『母』と呼ぶそうだから、まぁ合ってるのかな?
医術師の話を聞きながら、僕がそんな場違いなことを考えていると、ディーンさんが咳払いして場の注意を引いた。
「ユイ君、改めて紹介するね。この人が俺の旦那のウィリアム。ウィル、彼はユイ君。俺が噴水広場でお腹が痛くて動けないところを、心配して付き添ってくれたんだ」
「そうだったの!?アタシのハニーを介抱してくれてありがとう。ウィリアムよ。ウィルって呼んでちょうだい?」
背中まで伸びた榛色の髪と若草色の瞳をしたウィルさんは、目鼻立ちがはっきりしていて、黙って立っていれば、頼れるカッコいいお兄さんといった感じだ。
「ユイです、よろしくお願いします。僕はただそばにいただけなので、何の役にも立っていないですが…」
「そんなことないよ、ユイ君。きみが声をかけてくれたおかげで、俺は落ち着いていられたんだから」
「そうよ。本当にありがとう、ユイ」
ディーンさんが穏やかな笑顔でそう言うと、ウィルさんもそんな彼の肩を抱き寄せ、僕に笑顔を向けてくれた。僕は並んで微笑む夫夫を見て、温かさに包み込まれるようだった。
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