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最終章
105 -ルークside- ㊹
しおりを挟むユイの魔力を追うように庭園に出ると、花壇の前にしゃがみ込む姿をすぐに見つけた。公邸内とはいえ、月が出ていない闇夜の中、どんな花を見ているのかと少し気になった。だが、そんな興味もユイの姿を見てすぐに頭から消え去った。足音に気づいたらしいユイは、立ち上がってこちらを振り向いた。
「ユイ」
俺が名前を呼ぶと、ユイは驚いた表情をしていた。身体強化魔法で夜目が利いた状態だから、その表情もはっきり見える。
「…っ、ルーク。どうして…、ここに?」
抱きしめたい。どこにも行けないように、ずっと閉じ込めてしまいたい──。
ただ名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなにも胸を締め付けられるのだろう。その声も、瞳も、髪も、言葉を紡ぐ唇も、ユイの全てが欲しくてたまらない。
これ以上近づけば、胸に押し込めた渇望が溢れてしまいそうだ。ユイを怖がらせてはだめだと自分に言い聞かせながら、俺はユイに手の届かないギリギリの所で足を止めた。
「ユイの、叶えたい願いって何?」
教えてくれないかもしれないと思ったが、聞かずにはいられなかった。案の定、沈黙したユイに、俺は追い打ちをかけるように質問を続けた。質問というよりは、尋問に近いかもしれない。命に関わるかもしれないことを示唆すると、ユイの表情が不安そうに歪んだ。しかし、ユイは気持ちを持ち直したように俺を真っ直ぐ見据えた。
「それでも僕は、止めるつもりはないよ」
「──っ」
……だめだ。ずっと、俺のそばにいて……。
俺を、おいていかないで……。
ユイがいなくなったら、生きていけない。もしそうなったら、俺はユイを連れていった世界を呪って、きっと全てを破壊してしまう。
そんな切実な想いを言葉にできないでいると、ユイが思いがけない言葉を口にした。
「……僕にはもう、触れたくない?」
ユイに触れるのを必死に我慢していたのに、そんな風に思われていたのか?
そのことに、ほんの少し苛立ちを感じたが、ユイの寂しそうな表情がその感情をすぐに打ち砕いた。俺が必死に弁明すると、ユイは安心したように顔を綻ばせ、僅かに涙を滲ませていた。そして俺を受け入れようとするかのうように、両手を広げた。
「前に言ったでしょ?僕なら大丈夫だよ。ほら、確かめて?」
考えるより先に身体が動いた。ユイが手の届かないところに行かないよう、俺から離れることのないように、力いっぱい抱きしめた。
俺を抱きしめ返すユイの手は、どこまでも優しかった。
「ねぇ、ルーク。帰ってきたら、伝えたいことがあるんだ」
まるで最期の言葉みたいで、涙が込み上げてくる。俺が今言ってほしいと応えると、ユイは俺の背中に回した手を緩め、両頬に添えてきた。そして、ユイの顔が近づいてきたかと思うと、冷たくて柔らかい唇が、俺の唇に重なった。
「ふふっ…」
唇を離して俺の顔を覗き込んだユイが、可愛く笑った。間抜け面をしていた俺が、よっぽど可笑しかったんだろう。柔らかく笑うユイは、俺を安心させるように言った。
「必ず、ルークのところに帰ってくる。だから、待ってて」
──きっと大丈夫だ。タリスの血筋を、"世界"が絶やすはずがない。
「わかった。ユイを信じて待ってる。だから、もっとキスしていい?」
「いくらでも…」
欲に忠実すぎて羞恥を覚えるが、今は再び受け入れてくれたユイを思う存分感じたかった。唇の冷たさに反して咥内は熱く、絡み合ってくる舌は身体の内側で燻っていた劣情を、いとも簡単に燃え上がらせた。
「…んっ……ふ…っ」
キスの合間に漏れるユイの吐息が扇情的で、徐々に自身が昂っていく。しかし、それはユイも同じだったようだ。足に力が入らなくなったユイに、だんだん俺が覆い被さるような体勢になっていった。
不本意だが一度唇を離し、俺はユイを抱き上げてガゼボに移動することにした。嫌がられるかと思ったが、意外にもユイは抵抗することなく俺に運ばれた。それどころか自ら俺の首に手を回し、身体を密着させてきた。
ああ、まずい。抑えられない──。
ユイを自分の膝に向かい合わせで座らせ、半ば強引に唇を塞いだ。そんな俺に応えてくれるユイの昂ぶりが、今ははっきり分かる。しかし、それがマズいと思ったのか、ユイは俺から唇を離した。
「…ねぇ、ルーク…。そろそろ……」
当然、ユイの優しい制止で俺の欲は止めることはできず、むしろもっと強請ってしまう。それを強く撥ね退けないのは、少なからずユイにもそういう欲があるからだと思う。しかし、俺の行為の刺激が増していくと、とうとうユイは<言霊>を使って俺を止めにかかった。
「〝ルーク、だめ。〟」
そのたった一言で、俺は難なく動きを止められた。俺が"魅了"にかかっていた時にも、サラと話したいというユイの言葉に逆らえなかった。思えばあの時も、無意識にユイはスキルを発動させていたんだろう。そんな洗脳魔法にかかっている者でさえ動きを止めてしまうなんて、改めてユイのスキルの強さに感服してしまう。
だが効果は、使い手のさじ加減次第だ。ユイが話している間に、俺の身体は自由に動かせるようになり、今度はユイの胸に抱きつくまでに留めた。ユイは明日の式典に支障がでないように、そして俺の体調を慮って今日は休もうと言ってくれた。
俺が大司教から宿泊許可を得ていることと、今夜は一緒にいたいことを告げると、ユイはおずおずと尋ねてきた。
「──何もしない?」
言いたいことは分かる。だが、こんな愛らしい表情と言葉に、俺のいたずら心がくすぐられてしまった。
「何もって、なに?」
「だから…その……、え……えっ…ち…な、こと…とか?」
羞恥で顔を隠すユイに身悶えしてしまう。『えっち』というのは聞き慣れない言葉だったが、その意味は、それまでの会話でなんとなく理解できた。ユイの口からそんな卑猥な言葉を聞く日が来るとは思わなかった。しかし、この時の俺はそれ以上の言葉を、ユイから聞くことになることを知る由もなかった。
何とかユイを宥めて共寝の許可をもらい、一緒にベッドに入るまで何度も理性を試されたが、ユイの意思を尊重することで耐えることができた。
二人でお茶を飲み終えてベッドに入ると、俺はすかさずユイを抱き寄せた。カモミールティーのほんのり甘い香りとユイを腕の中に抱く温もりに、徐々に意識が遠のいて来た時……。
「ルーク…。…帰ってきたら、いっぱい……シようね」
ユイのゆったりとした甘える声に、俺の眠気は一気に吹っ飛んだ。その言葉を最後に、ユイは眠ったようだった。浴室で自身の昂ぶりを落ち着かせたばかりなのに、最後にこんな言葉を投げかけてくるなんて。
「……あんまり煽らないでよ、ユイ」
腕の中で眠りに墜ちた愛しい人に頬を寄せながら、俺はぽつりと呟いた。
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