初恋フィギュアドール

小原ききょう

文字の大きさ
上 下
9 / 165

イズミ①

しおりを挟む
◆イズミ

 ドールが水を飲むのを見ながら僕はこう思った。
 このドールは、イズミに似ている。
 けれど、僕の知っているイズミとは似て非なるものだ。

 この子はイズミではない・・
 全くの別人格のドールだ。
 
 イズミと名付けたドール。
 決して安くはない商品を購入したそもそもの動機は、何だったのだろう?
 数人のレビューを読んだことがきかっけだった。
 自分自身の過去の恋愛をやり直そうと思ったからだ。
 人生・・誰にだって後悔はある。
 僕の場合、後悔だらけの人生だ。

 浅丘泉美・・・
 高校時代、僕が初めて女の子を好きになり、告白した相手の名前だ。
 僕はその告白を今でも後悔している。
 当然、ふられた。
 あんなに傷つくなのなら、
 あんなに人を傷つけるような言葉が返ってくるのなら、
 何もしなければよかった。
 あのことがなければ、浅丘泉美は今でも僕の中で輝いていたはずだった。
 それでよかったはずだった。それなのに、僕は衝動にまかせて告白した。

 その結果が、これだ。
 僕は見事にふられ、10数年後に、泉美に似たドールを通販で購入して、そのドールにイズミと名を付けた。
 浅丘泉美が知ったら、呆れ果てるだろう。
「やっぱり、あなたは、私の思った通り、最低ね」と。
 その通り、最低だ。
 こんな、決して安くはない一か月分の給料をワンクリックで購入し、この先、ドールの栄養補給に毎月一万円支払わなければならない。

 そのドールは、僕の目の前に横たわって、すやすやと寝息を立てて寝ている。
 つまり・・ドールはタブレットを呑み、冷蔵庫のミネラルウォーターをごくごくと飲むと、
「ワタシは・・ナゼカ・・ねむくなりました」
 眠い?
「おい、初期設定はもう終わりか?」
 ドールは「はい。オワリです」と面倒臭そうに答えると、
 バタンと倒れるように横になった。
 最初は故障したのかと思ったが、どうもそうではないようだ。
 胸が上下に動き、口元からは息・・
 人間と全く同じような酸素呼吸を規則正しく繰り返しているのだ。

 ここでまた、あの変な説明書を取り出し、睡眠の箇所を探す・・

*AIドールは定期的には3~4時間、休息をとらねばならないです。

 もうこの変な日本語にも慣れてきた。必要な情報さえわかればいい。

 まさか、温度は感じないだろが、寒くはないのだろうか? 
 と、気をつかってみたりする。
 ・・これでは、僕の家にもう一人の住人が増えたようなものだ。
 大家さんに申告しなくては・・って、そんなものできるわけがない!
 
 ただ考えてみると、もう一人の住人・・人間一人を養うとすると、もっと経費はかかる。
 月一万円、割引後9000円なら、安い方ではないのか?

 と、そこまで考えて気づいた。
 ・・イズミという名のドールは、フィギュアであって人間ではない。
 僕は、
 このドールで自分の恋のやり直しをしたかった・・それがそもそものフィギュアを購入した理由だ。

 しかし、年間維持費までは考えなかった・・お笑い種だな。

 僕はドールが睡眠をとっている間、近所のコンビニに行こうと外に出た。
 僕のいない間にドールが目を覚ましたりすることはないだろうと思ってのことだ。まさか、勝手に外に出たりはしないだろう。

 もう夕方だ。今日の晩飯を買って戻ってくると、ドールはまだ横になったままだ。
 僕は昨日通販で買った文庫本の続きを読んだり、同じく通販で即購入したDVDを見て、休日の残りの時間を楽しんだ。
 文庫本は社会に疲れたサラリーマンが道端でばったり出会った女子高生が家に転がり込んできてそのまま同居する話だ。
 DVDは、人生に絶望した、これもサラリーマンの元に未来からアンドロイドの少女がやってきて、
えてして、接する物語は現実と重なり合うことはよくある。
 しかし、重なり過ぎだ。
 いや、違う・・僕はそういったストーリーを望んでいたのだ。
 だから、こんなフィギュアを購入したりしたのだ。

 世界は・・自分の望んだ通りに変えられる・・
 僕はその時、ふとそう思った。

 それにしても、ドールが横になってから随分と時間が経つ。
 もう睡眠時間の3~4時間はとっくに過ぎている。
 まさか・・故障?
 故障なら返品、もしくは返金が効くかもしれない。
 年間維持費もかからなくて済む。購入する以前にリセットされる。
 少し喜んだ。
 元々ドールに命なんてないし、愛着もない。部屋も広くなる。

 だが、ドールは「イズミ」という名を、僕の付けたその名前を、
「いい名前ですね」と言った。
「これから、その名前で呼んでください」と言った。
まだ僕は一度もその名前を呼んでいない。

「イズミ!」
 気づくと僕はドールに付けた名前を呼んでいた。
 反応がない。僕はドールの上体を揺さぶって声をかけた。ダメだ。起きない。
 不安になった。
 その時の僕は商品の返品返金はどうでもよく、ただドールが目覚めてくれることだけを願った。
 息はしている。ただ、フィギュアは人間ではない。呼吸というものが命を保つものとは限らない。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

プロビデンスは見ていた

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

時々、僕は透明になる

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:35

わたしの“おとうさん”

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:1

血を吸うかぐや姫

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

三千子 ~ 記憶に残らない女 【全方位型グロホラー】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

処理中です...