血を吸うかぐや姫

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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父と母の会話

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◆父と母の会話

 結局、今度の金曜日の放課後、
 通称お化け屋敷の旧ヘルマン邸二号館に行くことになった。
 メンバーは僕、委員長の神城涼子、その友達の佐々木奈々。
 そして、謎の女、伊澄瑠璃子と取り巻きの黒崎と白山だ。

 夕食後、母が緑茶を啜りながら、
「そうそう、あそこのお屋敷、ヘルマンと言ったわよね。ずいぶん前から取り壊されないであのままよね」と言った。
 僕が母に「旧ヘルマン邸」のことを訊くと、そんな返事が返ってきた。
 父も、「あの屋敷が、どうして取り壊されないのか、わからないな」と気難しい顔で言った。
「あの屋敷、作家の谷崎潤一郎の家に近いわよね」と母が言うと、
「谷崎さん、よくあの辺りを散歩してたらしい」と父。話が別の方向に飛ぶ。
 父と母は若かった頃、お互い文学少女、文学青年だったらしい。本がきっかけで結婚したと聞いている。
「十文字山の清流の天井川の支流があの辺りに流れ込んでいるのよね」と母。
「そうそう。支流が谷崎邸の前・・そして、ヘルマン邸の前を流れているんだ」と父。
 二人の言う通り、
 大学の北側には横に流れる川。そして、川の向こうに谷崎邸、その斜め奥にヘルマン邸二号館がある。
 その向こうには広い竹林を麓に置く十文字山。
 景観はいい。神戸は山と海が近く、どちらにもすぐに歩いて行ける。

「あのお屋敷は、大学の恋人同士が、いかがわしいことをしてるって噂よ」
「そうそう。ラブホテル代わりに使ってるって聞いたぞ」
 父と母が、どんどん話を進める。僕の呈した話題で盛り上がる。
「あんな汚そうな場所でそんなことする人の気がしれないわね」と母が眉間に皺を寄せ非難する。
「若い奴らの考えていることなんか、俺たちには理解できないよ」と父もお茶を飲みながら言った。
「理解できないと言ったら、そう言えば、裏の山、十文字山の頂によく人が集まっているのね」
「あれは、あれだよ。ほら」と父が記憶を呼び戻すような顔で「新興宗教の集会をやってるんだよ」と言った。
「あ、そうだ。私も思い出したわ。その宗教に隣の奥さんがはまってるんだったわ」

 話に夢中になる二人に僕は、
「あのさ、そんな宗教の話より」と言って話の方向を変えた。
「顔に穴が開く病気って、聞いたことがある?」と二人に質問した。
すると父と母が揃って僕を見て、
「顔に穴が開く?」と言った。
 父が「和也、おまえ、勉強のし過ぎなんじゃないか」と笑った。
 僕は言い方を変えて「穴というか、顔が空洞になったような感じとか」と言ってみた。
「穴も空洞も同じじゃないか」
 頭の固そうな父はそう言った。穴も空洞も同じ。
 母は少し違って「誰か、そんな人が身近にいるの」と訊ねた。
 僕は、「いや、そう見えただけなんだけど」と話を濁した。
 父は「やっぱり和也は頭が疲れてるんだな」と言って、
「誰にも相手にされない人間は、徐々に体が空洞になっていく、って、そんな話を昔読んだことがあるな」
 僕の言ったことから父はまた話を膨らませた。いつもこんな感じだ。テレビを見ずにいつまでも話していることもある。
 母は「ええっ、あなた、そんな小説があるの?」と驚きの表情を見せる。「私、知らないわ」
「たぶん、伝承文学だったと思うけどな」
「伝承文学はいろんなお話があるものねえ」と母が感慨深く言って「鼻が大きくなる話や、体がどんどん大きくなる話もあったわ」と続けると、父が「そんな話、あったか?」と母に言った。母は「あら、そんな話はなかったわね」と言って笑った。

「でも、子供の時に読んだお話は怖いのが多かったわ」
 母が昔を懐かしむように言った。
「お前のいうのは、お母さんか、おばあちゃんに聞いた話だろ」
 母はよく、先祖代々の言い伝えの話を僕に聞かせていたことがある。
 種々の童話、おとぎ話はもちろんのこと、地元に古くから根付いている話にも詳しい。
 父も母に合わせて「そういや、ろくろ首とか、骨のない少女の話とかあったね」と語りだす。
 骨がないって気持悪い。どうやって体を支えるのだろう。
 母が「昔は見世物小屋とかあったわね」と更に昔話に花を咲かせる。
 僕が「見世物小屋って、何がいたの」と興味本位で訊ねると父が、
「うーん。和也はあんまり知らない方がいいんじゃないか。けっこう今では差別的な人たちも多くいたしね」と話を区切るように言った。
 母も「そうよお。昔は学校に行きたくても行けない事情を持った子たちも大勢いたのよ」
 そう言われると知りたいが、この辺で聞くのはやめておこう。そろそろ勉強をしに自分の部屋に戻ることにしよう。

 勉強部屋の二階に上がる時、リビングにいる父が新聞を広げて、
「かわいそうに、学校で平行棒をしていた女の子が、骨折で即死だってさ」と母に向かって言っているのが聞こえた。
 母は片づけをしながら、「普通、学校の授業でそんなことありえないわよね。責任問題じゃないの」と感想を言っている。
 父は更にこう言った。
「この話は会社の同僚に聞いた話だけどな。その女の子、首があらぬ方向に曲がっていたらしいよ。つまり首の骨折だ。本人の不注意で学校に責任はないんだとさ」
 首があらぬ方向に・・
 僕は二階に上がりながら、骨がなければ、骨折なんてしなくて済むのに、そう思った。
 そう思っていると、
 母が、「かわいそうにねえ。それ、どこの話なの?」と訊ねると父は、
「ここだよ。神戸市東灘区だ」と答えた。
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