血を吸うかぐや姫

小原ききょう

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血を這うもの②

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 その様子を見て松村は、
「なあ、君島さん・・考え直してくれよ」と言って「君島さんは、あんなにこの屋敷に来たがっていたじゃないか」と続けた。
「知らないわよっ! こんな場所・・誰が来たがるもんですか!」
 君島さんの逆らう声が松村の身に堪えているようだ。
 そんな松村に、
「松村・・お前は、君島さんに暗示をかけたな」と言った。
 図星だったのか・・松村の「くっ」と洩れるような声が届いた。
「松村・・お前は、教室で体育の大崎から君島さんを救い、彼女から感謝されたことをいいことに利用したんだ」
 松村は黙っている。
「きっとお前は舞い上がったんだろう。高嶺の花の君島律子から好意を持たれたと勘違いしたんだ・・」
「黙れ!」松村がそれ以上僕に言わせまいとする。
「だがな、人を操るような催眠はダメだ・・どんなふうにして人に催眠をかけるのかは分からないが、人の気持ちを利用するのは絶対にダメだ!」

 それまで黙っていた佐々木がたまりかねたように、
「松村くん、屑木くんの言っていること・・本当なんですか?」と尋ねた。
 松村の返答が無い。

「もうっ、最低っ!」僕にしがみ付いたままの君島律子が言った。
 松村を罵り続ける君島さんの姿が、なぜかこの屋敷の雰囲気に最も似つかわしく、美しく見えた。伊澄瑠璃子不在の屋敷内では、君島律子がここの女王のような気さえする。

 君島さんの罵倒を受け松村は、
「もう少しだったのに!」と言って悔しがっている。
 何がもう少しだったのか、よくわからないし、知りたくもない。
 君島さんは、そんな松村の様子を見もせず、
「ねえ、屑木くん。こんな気味の悪い所、早く出ましょうよ」と僕の腕を引き急かした。
 佐々木も「そうですね」と同意した。

 その時だった。大広間の壁際に立てかけられている大きな楽器のケースの後ろの方でゴトゴトと揺れるような、何かがぶつかるような音がした。

「屑木くん・・何かが、います・・何かが、動いています」
 佐々木が注意を喚起した。
「佐々木、何かって?・・」僕は佐々木に問いながら、
 この瞬間、今更のように気づいたことがある。
「なあ、佐々木・・松村と君島さんより先に、大学生のカップルが入って行ったよな?」
「私も気になってました。あの人たちは、どこにいったんでしょう?」
 僕たちの会話を聞いて松村が、
「あの人たちは、たぶん二階だよ・・先に行ったんだ」と、また悔しそうに言った。
 ここに入る前、「先を越される」と言っていたのはそういう意味だったのか。

 その時、
「ひっ・・」と、君島さんが小さな声を上げた。「な、何か、いたわ」
 佐々木もそう言っていたし、君島さんも何かを見たらしい。
 しかし、暗くて分からない。僕はもう一つの燭台を探し当て、火を灯した。
 大広間が更に明るくなると、
 4人の互いの顔が良く見えるようになった。
 君島さんは僕にくっ付き過ぎていたのが、急に恥ずかしくなったのか、その身を離した。
 松村は気が抜けたように立ち尽くしている。

「屑木くん・・気をつけてください」佐々木が更に強く注意喚起する。
「何かが・・這っています」
「這う?」
「ええ・・ゆっくり這っています」佐々木が、「這う音が聞こえませんか?」と言った。
 耳を澄ます。
 ・・ずるっ、ずるっ・・
 確かに何かが這っている。広間の壁際だ。
 どこだ? どこにいる・・人間か?
「おい、松村・・お前は、この広間に、何かがいることを知っているのか?」
 何も言わない松村に僕は怒鳴った。
 だが、松村は知らない・・そう思っていたが、
「ああ」と松村は短く答えた。知ってるのか?

「何がいるんだ!」僕は松村を問い詰めた。
 すると、松村はこう言った。
「あれが・・血を吸うんだよ」
 あれが血を吸う?
 あれとは何だ? 前回、屋敷に来た時も、そいつはいたのか?

「あれって・・何なのよ!」君島さんの声が闇を裂いた。
「君島さん、どうしたんだ?」
 僕が訊くのと同時に、君島さんは、「ひっ」と声を上げ僕の腕にすがり付いた。
 ・・ずるっ、ずるっ・・
 這うような音と共に、「はああっ」とねっとりした息を吐くような音も聞こえる。
 生物であることには間違いない。だが、とても人間とは思えない。
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