血を吸うかぐや姫

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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群がった人々①

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◆群がった人々

 その様子を見ていた君島さんがこう言った。
「天野さん・・」
 それは、隣のクラスの女性生徒、天野美樹だった。
間違いない。剣道部の主将・・つまりキャプテンだ。一部の女子生徒が憧れる女子生徒だった。 

 彼女の正体に気づいたのと同時に。
 周囲がざわつき出した。見物客・・野次馬が集まってきた。
 数人の人間が、「事故だ!」と口ぐちに騒ぎ始めた。その内の一部が、「何か様子がおかしいぞ」と言ったり、僕らに向かって「君らは何をしているんだ?」と問いかけてきた。
 その様子を見た天野美樹は、被害者であるにも関わらず、信じられない速さで現場を後にして去った。
 被害者が不在となった現場で、人々は、ようやく状況を理解し始めた。
 ある男が、地面に落ちて干からびている「あれ」を指して、
「変なものが落ちているぞ」と言ったり、
 別の男が、「あのへたり込んでいる男が車の運転手か?」と言ったりしている。「あの男の車が自転車にぶつけたのか?」

 そんな中、少女の自転車に車をぶつけた中年男が、
 状況を把握できていない群衆に向かって、信じられない言葉を発した。
「あの二人が、自転車に乗っていた女の子を・・」
 男の指は僕と君島さんを指していた。男の腕はどこか打ったのだろうか? 血が出ている。
 同時に群衆の目は僕らに向けられた。誰も壊れた自転車に目が向いていない。非難の対象は僕たち二人に移った。
 なぜなら、僕の手には、まだバールが握られていたからだ。まるで僕が少女を手にかけたように思われる。
 状況はいたってまずい。

 そう思った時だった。その感覚が訪れたのは。
 来る!
「あれ」の大型だ。空中に血を吸い上げるタイプ。伊澄レミの一部だ。その気配を感じ取った。
 どこかにいる・・それがブロック塀の向こう側なのか、どうかはわからない。けれど確実にそれがいるのがわかる。
 僕は思い出した。
「あれ」は、町の中を徘徊しているのだ。何もあの幽霊屋敷にずっといるわけではない。
 体育倉庫近くの物置小屋にも「あれ」はいた。伊澄瑠璃子の姉のレミは、獲物を探しているのだ。
 現在の獲物、それは・・手に怪我をしている男。

 見物客の一人が車を運転していた男に言った。
「おいっ、あんた。首に穴が空いているぞ!」
「え?」
 そう指摘された男は、首に手を当てたが、もう遅かったようだ。
 シューッという音が聞こえた。血の噴き出る音だ。
 音と共に、男の血が宙に噴き出た。血は、細い糸のようなものから、太い蛇に変わっていった。
 男は「ひいっ、助けてくれ」と叫んだ。
 いくら手で押さえつけても、その隙間から赤い糸が噴き出てくる。屋敷内で見た白山あかねや佐々木奈々と同じだった。
 その時と状況が異なるのは・・ここには伊澄瑠璃子がいないことだ。
 血が全部出てしまっても、「あれ」を体内に入れる伊澄瑠璃子がいない。
 つまり、この男の命を救うには、体内に「あれ」を入れてもらうしかない。「あれ」を入れてもらえない人間は、この場で死を迎えるだけだ。
 だが、ここにいる誰がそんなことを理解できるだろうか。

「血だ!」
 見物客の一人がようやく事態を認識したようだった。
「男の首から、血が噴き出ているんだ」
「やだっ、血が付いたわ!」血がかかった野次馬の女が叫んだ。
 血は見物客の間を縫うように舞った。時折、群衆に血の飛沫を散らせている。
 闇の中、踊り狂う様な血・・それは光っているようにも見えた。

 血の蛇が飛びゆく方向。それはやはり、ブロック塀の向こう側だ。
 そう気づいた時には、血を出し尽くしたのか、男の顔が萎み、体が縮み始めていた。地面についている両手がグニャッと曲がり、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
 体の中で骨が溶けたようになっているのだろうか。
「お、おい、大丈夫か?」見物客の一人が声をかけた。その声は震えている。
 血を吸われ尽くした男が返事できるわけがない。その顔は既にミイラのようにカサカサになっていた。おまけに眼球が飛び出たようになっている。肌も変色している。
 誰かが叫んだ。「し、死んでる!」
 確かめもせず、誰かが声を上げた。
 状況を理解できない人々の目が僕たちを見た。
「この状況を説明しろ!」そんな視線が集まった。

 その時、
 どくっ・・
 二回、三回と、心臓が異様に跳ね上がった気がした。
「あれ」の気配だ。「あれ」は、人間一人分の血では満足できないのか? 僕の知っている限りでは、血を大量に吸っているのは、一人の人間に限っていた。
 今、ここにいる「あれ」は本当に伊澄瑠璃子の姉のレミの分身なのか? それとも、レミの体が更に大きくなったのか?
 
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