血を吸うかぐや姫

小原ききょう(TOブックス大賞受賞)

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始動①

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◆始動

「奈々が、元気で戻ってきた!」
 佐々木奈々が復活して一番喜んだのは、委員長の神城だった。神城にとっては佐々木が以前の様子に戻ったのが何よりも嬉しいようだ。
 実際には佐々木の「あれ」を僕と折半したからなのだが、それには長い説明が必要だった。
 僕たちは、ファミレスに集まっている。
 僕の横にいつものように君島さん、そして向かいの席に神城と佐々木が仲良く並んでいる。
 こんな風に落ち着いて対面するのは久々だし、この四人という組み合わせも初めてだ。
 僕と佐々木は、公園にいなかった神城と君島さんにこれまでの経緯を説明した。当然、小山蘭子の宗教の話もした。
 驚く神城に、そうでもない君島さん。二人は対照的だ。

 だが、話が、松村の死のことにまで及ぶと、さすがのも君島さんも驚きを隠せなかった。
 君島さんは、松村に催眠をかけられてあの屋敷に連れ込まれた経験がある。
 だからと言って、松村のことを特別に嫌いなわけでもなかった。やはり、クラスメイトの死は衝撃だ。

 神城と君島さんの二人は、松村の死を悼んだ後、
 神城が、「もしかして、正常なのは、私だけ?」と言った。
 佐々木がその言葉を受けて「もしかしても何も、涼子ちゃん以外はみんな吸血鬼ですよ」と笑った。
「信じられないわ」神城は大きな声で言って、ティーカップに口をつけた。
 こんな状況でも落ち着いている神城は、ある意味、貴重な存在かもしれない。普通の神経なら、僕たちと席を共にしないし、近づいたりしないだろう。

「なんだか、いやだわ」と君島さんが不服そうに言った。
「君島さん、何がイヤなんだ?」と僕が訊ねると、
「だって、佐々木さんの中にいた物が、屑木くんの中に入っているなんて。私、いやよ」と言った。そんな考えもあるのか。
 僕が「成り行き上、仕方なかったんだ」と応えると、
「屑木くんは、私の血を吸う時より、もっとたくさんの血を佐々木さんの体から吸ったんでしょう?」君島さんは抗議するように言った。
「私と屑木くんは、元々仲がいいんですよ」
 佐々木が君島さんに皮肉たっぷりに言うと、君島さんが益々不機嫌になった。君島さんはぷいと窓の方に向いた。

 もっと血を・・実際には、量の問題ではない。事態は深刻だ。
 佐々木の血ならまだいい。赤の他人の血を衝動的に吸うことだってありうる。今も血への欲求が高まっているのがわかる。
 現在、佐々木と君島さんがどんな状態なのか、分からないが、僕は血を吸いたい。
 今までよりも、もっと血を吸いたい。昨日、母の血を吸いたい衝動をどれだけの思いで抑えたことか。
 体の異変は他にもある。
 頭がぼーっとするし、記憶力が低下した気がする。勉強もやる気が起きない。
 それよりも気持ち悪いのは、骨の軟化だ。
 腕があり得ない角度まで曲がったり、指がどこまでも反り返ったりする。
 この症状は、松村から聞かされていたし、伊澄瑠璃子の腰巾着の黒崎みどりや白山あかねもそうだった。
 このまま進行するのか、ある程度までくるとストップするのか。

 だが、一つ言えるのは、僕と佐々木の体には、「あれ」が半分しかいない。
 松村や伊澄瑠璃子の侍女たちの場合とは違う。
 僕と佐々木は、どちらかと言うと保険医の吉田先生に近い。
 その証なのか、佐々木の顔にあった穴が見えなくなっている。佐々木は僕の顔にも穴が開いていない、と言った。
 更にそのことを証明するのは、佐々木の様子だ。
 会話も流暢にしゃべっているし、首が変な角度まで曲がったりはしていない。
 同じく僕もだ。頭が霧がかかったようにはなっているが、思考はまともだ。道徳観念もちゃんと備わっているようだ。

 だが、血を吸いたい欲望は前より強烈になっている。我慢できない。
 それでも何とか我慢しようと、太股をつねった。だが効果なしだ。
 正面の神城の首筋に目がいく。神城の白い肌に目が吸い寄せられていくようだ。
 ここがファミレスでなかったら、神城に飛びついているかもしれない。
 それで、欲求が満たされる・・

「ちょっと、屑木くん、聞いているのっ?」
 ふいに神城に声をかけられ目が覚めた。
 すると、佐々木がにんまりと微笑み、
「屑木くんは、涼子ちゃんのうなじに魅入っていたようですよ」と言った。
「ええっ!」神城が慌てて首に触れる。
「おいっ、佐々木! 神城のうなじなんて、ここから見えないだろ!」と佐々木に抗議した。
 更に君島さんが、神城に対する嫉妬なのか、「屑木くん。本当に神城さんの首筋を見ていたの?」と言い出したので、「見てない!」と強く否定した。

 そんな他愛もない会話の後、佐々木に尋ねた。
「なあ、佐々木の体は、現在、どうなっているんだ? 前と違うか?」
 佐々木の中にあった「あれ」の半分が僕の中に移動した形だ。佐々木の体がよくなったとは言えないが、前より少しでもましになっていてくれればと思う。
 佐々木が言い淀んでいるのを見て、
「言いにくければ言わなくてもいい」と言った。
 ここにいる神城は普通の人間だし、君島さんの中には「あれ」がない。佐々木も女の子だ。骨が柔らかいとか言いにくいのかもしれない。
 だが、佐々木はにんまりと笑顔を浮かべ、
「それがですねえ・・すこぶる調子がいいんですよお」と言った。
 あまりの能天気な言い方に僕の心まで緩んだ。
 佐々木は、以前より、頭が働くし、骨の軟化も止んだ、と言った。
 血への欲求もある程度制御できる、そう付け加えた。つまりは、保険医の吉田先生のようなものだ。
 更に佐々木は、
「ある意味、私と屑木くんは、他の吸血鬼にはない能力を得たのかもしれませんよ」と何かの自慢のように言った。
 そして、
「屑木くん、私はね・・」
 佐々木の語気が強まった。いつも冗談を言う佐々木の顔が真顔になった。
「私は、松村くんの仇をとりたいんですよ」
 佐々木はそう言った。神城も君島さんも何も言わずに頷いた。
 僕は「佐々木一人では、危ない」と言った。
 神城が、「うふっ、屑木くんは、奈々のこと、大事に思ってるものね」と冷やかすと、
 君島さんが、「もう知らないっ!」と言った。
 君島さんにとっては、僕に関わる女性の全てが恋のライバルのようだ。
 神城の神経も大概だが、君島さんの神経もかなり図太い。同じく佐々木もだ。
 この三人なら、何かができる。そう力強く感じた。

 皆の気持ちを汲んだ僕は、
「みんな、聞いてくれないか!」と今日一番の大きな声で皆に呼びかけた。
 同時に三人の視線が集まった。
「何? 屑木くん」神城が言った。
「大事な話だ」
「だから、何なのよ」君島さんが強く促した。
「佐々木は、松村の仇を討ちたい・・それは僕も同じだ」
「私だってそうよ」神城が同調した。
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