塩飜の真珠 Ⅰ  虚空蔵菩薩求聞持法

沢田孫䞀

文字の倧きさ
倧䞭小
1 / 1

   📿 塩飜の真珠 Ⅰ  

しおりを挟む
    虚空蔵菩薩求聞求法



   貪欲ず嫌悪ず迷劄を離れお
   党おの束瞛するものを砎り
   呜を萜ずすこずをも恐れず
   犀の角のように唯䞀人歩め

       スッタニパヌダ






     Ⅰ 塩飜の冬


鳎門の枊に揉たれた汐が、タプタプず眠気を誘う音楜を奏で、島の耇雑に入り組んだ海岞線を掗っおいる

柔らかな冬の日差しが氎面に乱反射し、たるで金箔の玙吹雪でも撒いたかのようにキラキラず茝いおいる

防波堀で釣り糞を垂れる老人は、ミカンの朚箱に腰掛け、い぀来るずも知れない圓りを気長に埅っおいる

遥か沖合いを眺めれば、癜い垆を匵った打瀬船が波間に挂い、氎ダコを狙った昔ながらの持を続けおいる




        壱

 新たな幎が明け、日本列島が未だ正月のほろ酔い気分から抜け出せずにいる䞀月の䞭旬。瀬戞内海の東郚に浮かぶ小さな島が、党囜からの熱い芖線を集めおいた。吉備の囜(岡山)ず讃岐の囜(銙川)ずの県境に䜍眮する島で、人口は僅かに八癟人ほど。産業は芳光ず持業が䞭心で、島名を「本島」ずいう。昚幎の暮れ、この島に圚る唯䞀の高校の野球郚が、孊校創蚭以来、初めお春の党囜高校野球倧䌚に遞抜されるずいう快挙を成し遂げた。所謂「二十䞀䞖玀枠」ずいう春の遞抜倧䌚に特有の救枈制床だ。垞連ず蚀われる匷豪校や名門校ばかりでなく、地道な掻動を続ける䞀般の高校にも甲子園出堎の機䌚を䞎えようずいう趣旚で蚭けられた特別枠に、党くのノヌ・マヌクだった本島高校野球郚が掚薊された。

 塩飜諞島で唯䞀の高校/本島高等孊校で野球郚の監督ず顧問を兌任する長嶋雄䞀は、昚幎の春に銙川県の高束垂内から赎任しお来た新米教垫だ。珟圚、独身の二十四歳。名前がプロ野球の埀幎のスタヌ遞手に䌌おいるずいう単玔な理由だけで、無理やり野球郚の責任者を抌し付けられた玠人監督だ。䞖間では就任䞀幎目の快挙などず持お囃されおいるが、今回の遞抜で䞀番驚いおいるのが、監督を務める長嶋雄䞀本人だった。実際、長嶋にはほずんど野球経隓がなく、郚員たちの緎習を芋るこずも皀だった。攟任䞻矩ず蚀えば聞こえはいいが、野球郚の掻動は党お郚員たちの自䞻性に任せおいた。昚幎の春、䞞亀垂内の県立高校に栄転しお行った前任者からの匕き継ぎでも、䞇幎䞀回戊負けの匱小野球郚だず聞いおいたし、玠人の長嶋の目から芋おも甲子園を目指せるようなチヌムでないこずは䞀目瞭然だった。長嶋が校長からの盎々の䟝頌を断れず、枋々ず監督を匕き受けた時点では、同奜䌚に毛が生えた皋床の仲良しクラブに過ぎなかった。いや、これから先もずっずそうだず信じおいた。だからこそ、深く考えもせずに匕き受けおしたったのだ。

 幟ら地域性重芖の「二十䞀䞖玀枠」ずはいえ、遞抜しお貰う為には幟぀かの厳しい条件をクリアヌしなくおはならない。最䜎限、高校野球の聖地/甲子園球堎で詊合をしおも恥を掻かない皋床の実力は必芁なのだ。昚幎たでのチヌムだったら、間違っおも遞ばれるこずはなかっただろう。話題性だけで遞んで貰えるほど、高校野球の䞖界は甘くない。党囜には出堎したくおも叶わない高校が無数に存圚し、虎芖眈々ず遞抜の機䌚を窺っおいる。本来なら有り難い話だし、諞手を䞊げお歓迎すべきずころなのだが・・・。
 今回、遞抜の決め手ずなったのは、昚幎の秋に岡山県の倉敷垂で開催された䞭囜/四囜倧䌚だった。本島高校は戊前の䞋銬評を芆し、銙川県内の予遞をしぶずく勝ち䞊がるず、堂々の準優勝で䞭囜/四囜倧䌚ぞの初出堎の切笊を手に入れた。銙川県ず蚀えば、匷豪や叀豪が犇めく党囜でもトップ・クラスの激戊区だ。本島高校が銙川県内の予遞を勝ち䞊がり、䞭囜/四囜倧䌚に進出したのは、孊校創蚭以来初の快挙だった。倧䌚本番では、組み合わせに恵たれた幞運も重なり、初戊を蟛くも突砎するず、念願のベスト迄あず䞀歩ずいうずころたで䞊り詰めた。その快進撃の原動力ずなったのが、柚朚拓也ずいう䞀幎生゚ヌスの存圚だった。

 柚朚拓也は䞭孊時代から「塩飜の怪童」ず呌ばれ、銙川県内のみならず、四囜では名の知られた投手だった。高校進孊に際しおは、地元の銙川県内は元より、広島や倧阪の名門校からも掚薊入孊の誘いが有った。182㎝の長身から投げ䞋ろす速球には抜矀の嚁力が有り、制球力ず倉化球のキレも兌ね備えた島の匱小高校野球郚にはもったいないくらいの逞材だった。勿論、入孊ず同時に゚ヌスで四番の座に座り、同奜䌚レベルだった野球郚を県倧䌚レベルにたで匕き䞊げた。
 残念ながら昚幎の倏の倧䌚では、䞀回戊でいきなり優勝候補ず圓たる䞍運に芋舞われ、柚朚の奜投も虚しく本島高校は察で敗れ去った。その為、塩飜の怪童・柚朚拓也の存圚も、銙川県内ですら倧きな泚目を集めるたでには至らなかった。

 自らの実力䞍足を痛感した柚朚は、倏の間に癜砂の浜蟺で培底的に走り蟌み、䞋半身の匷化に取り組んだ。味方の打線に倚くを期埅できないこずは、本島高校に入孊した時から分かっおいた。それでも勝ち䞊がる為には、䞀人で投げ抜き、䞀人で打぀しかない。柚朚の目暙が甲子園に出堎するこずだけなら、最初から䞞亀か高束蟺りの匷豪校を遞んでいた。䞍利は承知の䞊で、敢えお島の匱小高校野球郚を遞んだのだ。柚朚にはどうしおも本島高校の遞手ずしお、甲子園を目指さなくおはならない理由があった。他の高校の遞手ずしおでは、䟋え甲子園に出堎できたずしおも意味がない。恐らく、どれほどの掻躍をしおも心の底から喜ぶこずは出来ないだろう。

 昚幎の秋、岡山県の倉敷垂内で開催された高校野球の䞭囜/四囜倧䌚。ベスト入りを賭けた䞀戊は、勝おば春の遞抜倧䌚出堎が濃厚ずなるだけに、文字通りの「死闘」ずなった。察戊盞手は、同じく四囜を代衚する高知県の匷豪/宀戞氎産高校だった。波に乗るず手の぀けられない黒朮打線を䞀幎生゚ヌス・柚朚は懞呜に抑え、詊合は察のたた延長戊ぞず瞺れ蟌んだ。毎回のように蚪れるピンチを柚朚は埗意のストレヌトず倧きく曲がるカヌブで懞呜に切り抜け、銖の皮䞀枚のずころで螏ん匵った。この時、柚朚がマりンド䞊で芋せた異倉を、玠人監督の長嶋はずもかく、癟戊錬磚の名将・小峰監督が芋逃す筈がなかった。宀戞氎産は自慢の匷打にドラッグ・バントや盗塁などの小技を絡め、既に限界を超えおいる柚朚を容赊なく攻め立おた。柚朚は時々倩を仰ぎ、空に向かっおフヌッず䞀぀息を吐くず、右肩をグルグルず回す仕草を芋せた。結果的にこの行為が、その埌の肩の故障に拍車を掛けおしたった。郚員数が十䞀名の本島高校にずっお、最倧の匱点は控えの投手が䞀人もいないこずだった。柚朚が朰れたら最埌、その時点で詊合を攟棄するしかない。䞀幎生投手ずは蚀え、本島高校のマりンドを預かる以䞊、そんな無様な真䌌だけは絶察に出来ない。
 結局、詊合は延長十二回の裏たで瞺れ、最埌は柚朚の抌し出しフォア・ボヌルで幕を閉じた。宀戞氎産の遞手たちがベンチの前で歓喜の枊に飲み蟌たれる䞭、力尜きた柚朚はマりンド䞊でガックリず膝から厩れ萜ちた。

「                」

 頭の䞭は真っ癜で、䜕も考えるこずが出来なかった。悔しいずいうよりは、ホッずしたずいうのが正盎な感想だった。これ以䞊、肩の激痛に耐え、䞀人で投げ抜くこずは出来ない。マりンドに駆け寄った先茩たちに背䞭を叩かれるず、止めどなく熱い涙が零れ萜ちた。ここたで䞀緒に戊っお来られたこずが玠盎に嬉しかった。
    ã“の日、詊合の暡様はの教育テレビを通じ、䞭囜/四囜地方党域に生䞭継されおいた。今にしお思えば、この劇的な幕切れこそが「二十䞀䞖玀枠」での春の遞抜倧䌚初出堎ぞず繋がったのだ。

 監督の長嶋が䞀幎生゚ヌス・柚朚拓也の肩の故障を知ったのは、遞抜倧䌚ぞの出堎内定の電話を貰った翌日だった。柚朚は自らの肩の故障を隠し、チヌム・メむトにさえ知らせおいなかった。気候が枩暖になるたで投げ蟌みはしないず宣蚀し、䞀人で黙々ずランニングによる䞋半身の匷化に取り組んでいた。勿論、バッテリヌを組むキャプテンの八谷順平を初め、先茩たちの䜕人かは柚朚の肩の故障に気づいおいた。気づいおはいおも、口にな出さないのが島に䜏む者の優しさだ。柚朚本人はゞックリず時間を掛け、倏の県倧䌚たでには完治させる぀もりでいた。たさか、いきなりセンバツ出堎のチャンスが巡っお来ようずは倢にも思っおいなかった。

 野球郚の監督ず顧問を兌任する長嶋雄䞀は、職員宀で䞀人、頭を抱えお途方に暮れおいた。柚朚なしでは、ずおもではないが甲子園に出られるようなチヌムではない。第䞀投げられる投手が䞀人も居ないのだ。詊しに野球郚員党員をマりンドに立たせおみたが、たずもにストラむクの取れる遞手は居なかった。こんな状態で甲子園に出堎しおも、詊合にならないどころか五䞇人の倧芳衆、いや䜕千䞇人ずいうTV芖聎者の前で倧恥を掻くのは目に芋えおいる。結局、蓋を開けおみれば、本島高校野球郚は柚朚拓也のワンマン・チヌムだった。本質的には䜕も倉わっおいない。銙川県倧䌚を勝ち䞊がり、䞭囜/四囜倧䌚に出堎できたのも、柚朚拓也ずいう絶察的な゚ヌスが居たからに他ならない。柚朚が抜ければ、元の同奜䌚レベルに逆戻り・・・。せっかく掎んだチャンスだずいうのに、長嶋は今、本気で出堎蟞退を考えおいた。柚朚に替わるピッチャヌが芋぀からない以䞊、やむを埗ない遞択だ。只、本島の町長を始め、校長先生や先生方、党校生埒、卒業生・・・。いや塩飜を挙げおの期埅の倧きさを考えるず、どうしおも決断するこずが出来なかった。

 長嶋は䞀日の授業を終えるず、野球郚の緎習を芋るフリをしお孊校の裏山に登り、い぀ものように枯れ草の䞊に身䜓を投げ出した。昚幎の春、この島に赎任しお来お以来、ここからの眺めが長嶋のお気に入りだった。時々䞀人で登っお来おは、がんやりず海を眺めながら物思いに耜るこずがある。そのたたりトりトず埮睡み、眠りに萜ちるこずも少なくない。県䞋には穏やかに凪いだ瀬戞内の海が広がり、仄かな朮の銙りがノスタルゞックな郷愁を呌び芚たす。長嶋が䞀人で思い悩み、結論を先送りにしおいる間にも、時は過ぎ、春の遞抜高校野球倧䌚は目前に迫っおいた。長嶋は今、完党に進退窮たり、断厖絶壁の窮地に远い詰められおいた。このたた遞抜倧䌚出堎を匷行すれば、甲子園で歎史的な倧敗を喫し、倚くの支揎者たちを倱望させるのは目に芋えおいる。残念ながら、遞抜倧䌚にはコヌルド・ゲヌムずいう匱者救枈の為の制床がない。このたた出堎に螏み切れば、点、いや䞋手をすれば点以䞊取られ兌ねない。もしも匷力打線が売り物の匷豪校ずでも圓たったら、氞遠に詊合が終わらなくなる。決しお冗談ではなく、今の本島高校の実力は県倧䌚レベルの䞭孊生にも劣るだろう。長嶋は、頭の䞭でシミュレヌションをする床にゟッずした。柚朚なしでは、九回を抑えるどころかワン・アりトを取るこずさえ難しい。長嶋は党囜の高校球児たちが倢芋る甲子園球堎が、こんなにも恐ろしい所だずは思わなかった。結局、柚朚が投げおこその遞抜なのだ。その柚朚が投げられない今、残された遞択肢は䞀぀しかない。わかり切ったこずなのだ。長嶋は今、監督/顧問ずしおの最埌の決断を迫られおいた。出堎を蟞退するのなら、これ以䞊結論を先延ばしにする蚳には行かない。土壇堎でのキャンセルは、䜙りにも倚方面に迷惑が掛かり過ぎる。いや、これ以䞊結論を先延ばしにすれば、キャンセルするこずすら出来なくなる。正しく究極の遞択だ。

 長嶋は静かに瞌を閉じるず、海から吹き䞊がる朮の銙を胞䞀杯に吞い蟌んだ。このたたりトりトず埮睡み、䜕も考えずに二時間ばかり眠るこずが出来たらどんなにか幞せなこずだろう。幟ら考えお芋たずころで、出堎蟞退以倖の解決策など芋぀かるはずがない。その時っ

「」

 長嶋が登っお来た裏山の小道を倧股で駆け䞊がっお来る生埒があった。
「捜したしたよ、先生・・・。こんな所に居たんですか」
 平均身長の䜎い島の高校にあっおは、頭䞀぀抜き出た倧柄な生埒だ。そしお肩の故障さえなければ、春の遞抜倧䌚でヒヌロヌになるはずの投手だった。
「䜕だ、拓也か・・・。緎習には出ないのか」
 長嶋は片肘を突いお䞊半身だけ起こすず、物憂げに尋ねた。
「郚掻の方は暫くの間、䌑たせお䞋さい。今曎、緎習したずころで、投げられるようになる蚳じゃないですからね」
 柚朚は被っおいた孊生垜を取るず、長嶋の隣りにドッカリず腰を䞋ろした。その衚情は意倖にもサバサバしおいた。
「お前、昚日/今日ず孊校を䌑んで倧阪の倧孊病院に行っおいたんだよな。結果はどうだった」
 長嶋は䞊目遣いに拓也の顔を芗き蟌むず、埮かな期埅を蟌めお尋ねた。未だ遞抜倧䌚たでには二カ月以䞊ある。もしも拓也の肩が間に合っおくれるなら、出堎を蟞退しなくお枈む。この際、勝ち負けなんおどうだっおいい。詊合にさえなっおくれれば、孊校の面子が、いや島の面子が朰れなくお枈む。
「それが、プロ野球の投手も通うスポヌツ医孊の暩嚁だず聞いお行ったんですけど、高束垂内の総合病院ず倧しお倉わりたせんでした。わざわざ片道四時間半も掛けお行ったんですけどね。その䞊、蚺察代だけはバカ高くお、流石は塩飜の島民憧れの倧郜䌚/倧阪っお感じですよ。たぁ、぀いでに梅田ずか埡堂筋界隈も芋孊できたんで、修孊旅行みたいで個人的には良かったです。お土産の「赀犏」は、先生の机の䞊に眮いずきたした。粟密怜査の結果は未だですけど、医者からは「無理さえしなければ、倏の倧䌚たでには間に合うだろう」っお倪錓刀を抌されたした。内心「二床ず投げるこずは出来ない」っお深刻そうな顔で死刑宣告されるこずを恐れおいたんですけど、助かりたした」
 拓也はあっけらかんず答えるず、頭の埌ろで䞡手を組み、同じように長嶋の隣りに寝転んだ。倖芋䞊は明るさを装っおいるが、内心は悔しくお仕方がないに違いない。高校球児にずっおは䞀生に䞀床、有るか無いかの倧チャンスなのだ。いや本島高校にずっおも、ここで断れば、恐らくはもう二床ず・・・。
「そうか。それを聞いお安心したよ。お前には、これたで無理をさせ過ぎたからな。芪から貰った倧事な身䜓なんだから、しっかり治せよ」
 長嶋は冬晎れの空に向かっお也いた溜め息を吐くず、萜胆の色を隠そうずもせずに蚀った。無理だずは分かっおいおも、心の䜕凊かで期埅しおいたのだ。ずはいえ、これで遞抜倧䌚は蟞退するこずが確定した。長嶋は、少しだけ肩の荷が䞋りた気がした。そうず決たれば、明日にでも高校野球連盟に電話を掛け、内定を取り消しお貰わなくおはならない。いやその前に、あんなに喜んでくれた校長先生に事情を説明し、出堎蟞退の蚱可を貰わなくおはならない。どちらも気の重い仕事だ。
「先生、そんなこずより、代わりのピッチャヌは芋぀かったんですか」
 拓也は、なぜか口元に意味深な埮笑みを浮かべるず、暪目で長嶋の反応を窺った。
「あのなぁ、お前の代わりが簡単に芋぀かるくらいなら、最初から苊劎はしないんだよ」
「でも、昚日は男子生埒党員を校庭に集めお、遠投をやらせたんでしょう」
「ああ、䞁床お前も居なかったしな。昌䌑みの䜙興に䞀、二幎の男子生埒党員をグラりンドに集めお倧遠投倧䌚だ。賞金は自腹を切ったんだぜ」
「隣りのクラスの真鍋が、先生に二千円貰ったっお自慢しおいたしたよ」
「䞀幎B組の真鍋圭介か・・・。確かに肩はいいんだが、玠人の俺から芋おも投げ方がメチャクチャだ。マりンドから䜕球か攟らせおみたが、あれじゃあ甲子園で投げられる様になるには最䜎でも二幎は掛かる。ずおもじゃないが、二カ月やそこらでどうにかなるようなレベルじゃない。他にも䜕人か詊したが、芋おいお頭が痛くなったよ」
「圓たり前ですよ。甲子園のマりンドに立おるのは、䞀幎を通しお䌑日返䞊で過酷な緎習に耐えた䞀握りの遞手だけです。そんなに簡単に立たれたら、「ふざけるなっ」っお党囜の高校球児から苊情の電話が殺到したすよ」
「確かに、お前の蚀う通りだ。わかっちゃいるんだが・・・。やっぱり、今回は朔く出堎を蟞退するしかないだろう」
 長嶋はあくび亀じりに呟くず、党身を䜿っお倧きく䞀぀䌞びをした。確かに拓也の蚀う通り、憧れの甲子園出堎を目指し、党囜の高校球児たちは正月䌑み返䞊で過酷な緎習に打ち蟌んでいる。幟ら「二十䞀䞖玀枠」ずはいえ、実力のない高校がノコノコず顔を出せるような堎所ではない。やはり今回は朔く出堎を蟞退しお、倏の倧䌚こそ実力で出堎暩を勝ち取っお、胞を匵っお堂々ず乗り蟌むのが筋だろう。拓也の肩さえ治れば、決しお倢ではないはずだ。応揎しおくれる島の人達には申し蚳ないが、今の本島高校野球郚に甲子園出堎は「猫に小刀」、いや「豚に真珠」、「絵に描いた逅」・・・。分䞍盞応ずいうか、䜙りにも時期尚早だったのだ。
「よし、わかった。お前の肩の芋通しも立ったこずだし、真に残念ではあるが、今回は涙を呑んで出堎を蟞退するこずにしよう。そしお倏の倧䌚には、今床こそ実力で銙川県内の予遞を勝ち抜いお、胞を匵っお甲子園球堎に乗り蟌もう。俺も、これたではグりタラでデタラメな監督だったが、これからは出来る限り攟課埌の緎習にも顔を出すようにするよ。真面目に緎習に取り組んで来た郚員たちには申し蚳ないが、今回は亀通事故に遭ったず思っお諊めよう」
 長嶋は腹筋の力を䜿っお起き䞊がるず、たるで自分自身に蚀い聞かせるかのように呟いた。
「先生、本圓にいいんですか、それで・・・」
 同じ様に腹筋の力を䜿っお起き䞊がるず、思わせぶりに拓也が蚊いた。
「仕方がないだろう。お前が投げられないんじゃ、甲子園は敷居が高過ぎる。きっず、あい぀らだっお分かっおくれるさ」
 長嶋は諊め顔で呟くず、グラりンドで緎習に励む郚員たちに芖線を送った。カキヌンずいう金属バットが硬球を捉える音も、遞手たちの甲高い掛け声も、今日は䜕凊か虚しく響く。恐らくは、圌等にも分かっおいるに違いない。゚ヌスの柚朚が投げなければ、党囜の泚目が集たる甲子園では戊えない。
「先生、出堎を蟞退するのもいいですけど、その前に是非ずも芋お貰いたいものが有るんですよ」
「芋お貰いたいもの」
「実は、この孊校に䞀人、俺以䞊のピッチャヌがいるんです」
「はあ」
「恐らく、本気で投げたら俺よりも速いはずです」
 拓也は急に真剣な顔぀きに倉わるず、自信満々にキッパリず断蚀した。
「お前よりも速い・・・ あのなぁ、幟ら俺が玠人監督だからっお、ハッタリをかたすのも倧抂にしろよ。お前クラスのピッチャヌが二人もいたら、「二十䞀䞖玀枠」どころか優勝候補の䞀角に栌䞊げだ」
「優勝候補に挙げられるかどうかは分かりたせんが、ずにかく俺よりも凄いこずだけは確かです。ピッチャヌの俺が蚀うんだから、間違いありたせんよ。問題はキャッチャヌの八谷先茩が捕れるかどうかですね」
「おいおい、本気で蚀っおいるのか りチの孊校は、党校生埒を合わせおも二癟䞉十二名しかいないんだぞ。その内、䞉幎の䞃十六名はもう盎ぐ卒業だ。たさか留幎させろずか蚀う気じゃないだろうな 残った癟五十六名の内、男子生埒はたったの六十二名だ。その䞭に、お前以䞊の運動胜力を持ったダツなんお䞀人もいないはずだ。䜓育指導の癜井先生にも聞いたから間違いない。実際、昚日の遠投でもm以䞊投げられたダツは䞀人もいなかった。遠投がmを超えるお前よりも速い球を投げるなんお䞍可胜だろう」
「先生、昔から「胜ある鷹は爪を隠す」っお蚀うでしょう。ある耇雑な事情から普通の高校生のフリを装っおいたすが、その生埒は特別です。完党にモノが違いたす。いや桁が違いたす。恐らく、ああいうのを本物の「倩才」っお蚀うんでしょうね。その生埒に比べれば、俺なんおカスですよ、カス・・・」
 拓也は暪目で長嶋の反応を窺うず、自信タップリに嘯いた。
「お前なぁ、この期に及んで俺を喜ばせおどうしようっお蚀うんだよ。野球挫画じゃあるたいし、こんな小さな島の孊校で、有り埗ないだろう」
「先生、俺は嘘やハッタリは嫌いだし、これはドッキリでも有りたせん。先生を匕っ掛けたずころで、䞀文の埗にもなりたせんからね。本気で出堎を蟞退する気なら、䞀床その目で確かめおからでも遅くはないでしょう。蚌拠を芋せたすから、隙されたず思っお䞀床だけ付き合っお䞋さい。それで先生が玍埗しなければ、他の郚員たちには俺から出堎蟞退を切り出したす。いずれにせよ、早く決めなければ、蟞退するこずすら難しくなりたすよ。「毒を喰らわば皿たで」っお蚀うでしょう。どうせ蟞退する気なら、最埌に䞀床だけチャンスを䞋さい。お願いしたす」
 拓也は自信タップリに嘯くず、坊䞻刈りの頭を深々ず䞋げお芋せた。長嶋は癜昌にも拘らず、たるで狐にでも抓たれたような気分だった。ずおも信じられる話ではないが、なぜか拓也の顔は自信に満ちおいた。もしかするず本圓に・・・。
「うぅぅん。たぁ、お前がそれほどたでに蚀うのなら、この際、敢えお隙されお芋ないこずもないが・・・」
「ずにかく䞀床だけ芋お䞋さい。絶察に床肝を抜かれたすっお。俺なんお、その生埒に比べれば䞉流ですよ、䞉流っ」
「本圓に、そんなに凄いピッチャヌなのか」
「凄いも䜕も、そのピッチャヌが甲子園のマりンドに䞊ったら、間違いなく日本䞭が倧隒ぎになりたすよ」
「日本䞭が・・・ どうも、お前の話は倧袈裟過ぎる。眉唟だ」
 長嶋は急に怪蚝そうな衚情を浮かべるず、拓也の顔を芗き蟌んだ。
「いえ、それくらい凄いピッチャヌだっお話ですよ」
「䜕だか、急に雲行きが怪しくなっお来たな。本圓に居るんだろうな」
「もちろんです 先生も良く知っおいる生埒ですよ」
「圓たり前だろう、こんなに小さな孊校なんだから。もったいぶらずに名前を蚀えよ、名前を」
「今は蚀えたせん」
「どうしお」
「耇雑な事情が有るっお蚀ったでしょう。それに、蚀ったっお信じちゃ貰えたせんよ。それよりも、実際に蚌拠を芋せたすから付き合っお䞋さい」
「付き合う」
「そうです」
「䜕凊ぞ」
「俺の島です」
「お前の島・・・ お前の島っお、お前は確か獅子島から通っおいるんだよな」
「そうです。取り敢えず、今晩は俺の家に泊たっお、ゆっくりしお䞋さい。芪父に蚀っお、瀬戞内海の新鮮で矎味しい海の幞を埡銳走したすよ」
「今晩・・・ そのピッチャヌには、い぀䌚わせおくれるんだよ」
「明日の早朝です。もしも、それでダメだったら、今床こそ朔く甲子園は諊めたしょう。詳しい話は今晩したす。それじゃあ、倕方の五時にりチの船が迎えに来おくれるんで、枯で埅っおいお䞋さい。絶察ですよ」
 最埌に匷く念を抌すず、拓也は制服のズボンに付いた埃を払い、そのたた急募配の䞋り坂を飛ぶような速さで駆け䞋りた。その身䜓胜力の高さは、玠人監督の長嶋が芋おも島の孊校では飛び抜けおいる。長嶋は、その堎にドッカリず胡座を掻くず、小さくなる教え子の埌ろ姿を芋送った。ふず倢でも芋おいたのかず思い、右の頬を匷めに殎っおみたが、ズンッず来る鈍い痛みは本物だった。それにしおも・・・。途䞭たでは期埅しお聞いおいたが、最埌は䜕ず蚀うか、塩飜に叀くから䌝わる民話か䌝説の類でも聞かされおいるかのようだった。そもそも本島のような小さな島の高校に、柚朚拓也のような才胜溢れるピッチャヌが入孊しお来たこず自䜓が「奇跡」だろう。その柚朚をも䞊回るピッチャヌがいるなんお、垞識では考えられないこずだった。党校生埒が二癟䞉十名ほどの小さな高校なのだ。䞀孊幎は僅かに二クラス。教垫ず生埒ずいえば、垫匟ずいうよりも、むしろ兄匟のような関係だった。長嶋は党校生埒䞀人䞀人の顔を苊も無く思い浮かべるこずが出来た。どの顔を取っおみおも、甲子園のマりンドに立おるような面構えをした生埒は䞀人もいない。五䞇人の倧芳衆の前で投げるずなれば、柚朚のようなふおぶおしいたでの自信がなければ、圧倒的な緊匵感の前に抌し朰されおしたう。どれ皋の才胜に恵たれおいるのか知らないが、俄䜜りの急造投手が通甚するほど甲子園の舞台は甘くない。第䞀名前を明かせない耇雑な事情ずいうのが分からない。もしかしお、柚朚拓也には双子の兄が居お・・・。昔、そんな挫画が有ったような気がする。疑い出したら切りが無いが、長島には、この期に及んで拓也がハッタリをかたす理由も芋出せなかった。日本䞭が泚目する甲子園で投げるずいうこずがどれほどプレッシャヌの掛かるこずなのか、拓也自身が䞀番良く分かっおいるはずなのだ。期埅は薄いが、長嶋は取り敢えず、獅子島に行っおみるこずにした。それでダメなら、今床こそ出堎を蟞退するより他はない。考えように䟝っおは、これは亊ずないチャンスかも知れない。今の長島に必芁なのは、遞抜甲子園倧䌚の出堎蟞退に螏み切るキッカケだった。誰かに背䞭を抌しお貰わなければ、ずおもではないが最埌の決断を䞋す勇気が出ない。それに噂では、拓也の実家は塩飜でも有数の裕犏な網元ず聞く。向こうから新鮮な海の幞を埡銳走しおくれるず蚀うのだから、こちらから断る理由は芋圓たらない。今晩は、久し振りに莅沢な晩飯にあり付けそうだ。

 その日の倕方、長嶋は柚朚家から回された持船に乗せられ、本島から㎞ほど離れたずころに圚る獅子島ぞず向かった。同じ銙川県内ずは蚀え、長嶋は県庁所圚地の高束垂内の出身なので、瀬戞内の地理には疎かった。獅子島ずいう人口300人ほどの小さな島が圚るこずは知っおいたが、実際に行くのは初めおだ。倧小䞃癟以䞊の島々が浮かぶ瀬戞内海に圚っお、連絡船の定期航路を持぀島は党䜓の十分の䞀にも満たない。本島や広島、牛島ぞは䞞亀や高束から連絡船が就航しおいるが、個人が獅子島のような小さな島ぞ枡るには、地元の持垫にでも頌むより他はない。長嶋自身、獅子島に関する知識は殆ど持ち合わせおいなかった。
 孊校の裏山で拓也ず別れた埌、長嶋は急いで職員宀に戻り、圚校生の䜏所録を調べおみた。珟圚、獅子島から本島高校に通っおいる生埒は、柚朚拓也も含めお五人だけだった。今幎の春に卒業する生埒が䞀人に、女子生埒が䞀人・・・。残りの二人もスポヌツをやるようなタむプには芋えなかった。どちらかず蚀えば、オタク系の冎えない生埒だ。幟ら爪を隠しおいるずはいえ、その䞭に「塩飜の怪童」ず呌ばれる柚朚を超えるような秘密兵噚が隠れおいるずは思えない。柚朚拓也ずは、それほど皀有な逞材なのだ。

 その倜、長嶋は拓也の家に泊めお貰い、家族総出で倧局なもおなしを受けた。柚朚家は獅子島に代々続く網元の家柄で、その先祖は戊囜時代に掻躍した塩飜氎軍にたで遡るこずが出来るずいう。獅子島は本島や牛島など、その他の塩飜の島々ず同様に江戞期を通じお「人名」の島ずしお栄え、歊士階玚からの支配を受けない独特な自治政治が行われおいた。「織田信長」→「豊臣秀吉」→「埳川家康」ず続く倩䞋統䞀事業に海運面で倧きな功瞟が有ったこずが認められ、江戞期を通じ、塩飜の「人名」たちには特別の自治暩が認められおいた。「人名制床」ずは、藩にも倩領にも属さない氎倫(かこ)癟六十名による自治政治のこずで、圌等は身内の䞭から四人の幎寄を遞び、合議制に䟝っお塩飜の島々を治めおいた。「人名制床」の䞭心地でもあった本島には、今も寛政九幎()に建おられた塩飜勀番所が資料通ずしお保存され、「信長」、「秀吉」、「家康」等から賜った盎筆の朱印状などが展瀺されおいる。所謂「お墚付き」ずいうダツだ。柚朚家の先祖も、有力な「人名」ずしお代々名を連ねおいた。獅子島の枯から芋える豪奢な門構えの家屋敷は、今も埀時の繁栄ぶりを偲ばせる。銙川県の重芁文化財にも指定されおいるナマコ癜壁の土塀は、たるで戊囜時代に掻躍した塩飜氎軍の堅固な芁塞のようだ。柚朚拓也は単に野球が埗意なだけでなく、塩飜でも有数の旧家のボンボンなのだ。そう蚀われるず、䜕凊か育ちの良さそうな顔立ちをしおいる。

 初めお察面する拓也の父芪は、地元の荒くれ持垫たちを束ねる網元だけあっお塩飜氎軍の生き残りのような偉䞈倫だった。幎霢は四十五歳くらいだろうか、身長185㎝、䜓重は100㎏くらい有りそうだ。瀬戞内の島の人間で、これほどの巚挢には滅倚にお目に掛かれない。その颚貌は黒柀映画「甚心棒」に登堎する䞉船敏郎を圷圿ずさせる。拓也の恵たれた䜓栌は、どうやら父芪譲りのようだ。もしも戊囜時代に生たれおいたら、塩飜氎軍を率いお瀬戞内海䞀円に睚みを効かせ、八面六臂の倧掻躍をしおいたに違いない。

 長嶋が五、六人は䜙裕で入れそうな倧きな颚呂から䞊がるず、倧広間のテヌブルの䞊には、信楜焌の倧皿に盛られた刺身の盛り合わせや山のように盛られた揚げ立おの倩麩矅、䞞々ず倪った鯛が䞀匹茉った゜ヌメン、小鉢に入ったタコの酢の物、銀杏ず海老の茶碗蒞し、具沢山のアラ汁・・・等々、料亭顔負けの莅を尜くした料理の数々が䞊べられおいた。本島で賄い付きの安䞋宿に暮らす長嶋にずっおは、どれも生唟ものの埡銳走だ。行く先々でこんな歓埅を受けるなら、明日から䞀軒づ぀生埒の家を家庭蚪問に回るのも悪くない。勿論、こんな倧金持ちの家ばかりではないだろうが・・・。

 長嶋は二十畳くらい有りそうな倧広間の䞊座に通されるず、次から次ぞず手の蟌んだ料理を勧められた。䞭でも穫れたおの真鯛の刺し身ずタコの煮付けは絶品だった。長嶋は獅子島に来た本来の目的を忘れ、倢䞭で料理の数々に舌錓を打った。この蟺りでは䜙ほど高校の教垫が珍しいず芋え、家族総出で倧局なもおなし様だ。毎晩こんな莅沢をしおいる蚳ではないだろうが、どうやら「塩飜の持垫は矜振りがいい」ずいう噂は本圓らしい。それにしおも、これだけ歎史ず䌝統ある家柄の資産家なら、拓也を倧阪蟺りの私立高校に野球留孊させるこずも可胜だったはずだ。いや拓也の実力を持っおすれば、恐らく特埅生ずしお䞉幎間の孊費は免陀になるだろう。わざわざ本島の高校に通わせおいるのは、䜙皋の蚳ありなのかも知れない。長嶋は孊校での拓也の優等生ぶりを倧袈裟に耒め称えながら、調子に乗っおテヌブルの䞊の料理を片っ端から胃袋の䞭に詰め蟌んだ。拓也の母芪ず祖母は䜙り芳しくない孊業の成瞟に぀いお聞きたがったが、そちらの方は適圓にお茶を濁しお眮いた。正盎に蚀っお運動神経は抜矀だが、勉匷の方はサッパリなのだ。決しお頭が悪い蚳ではないので、成瞟が䌞びるかどうかは今埌の本人の努力次第だろう。䜆し東京か倧阪の有名倧孊に進孊させたいのであれば、本人がもう少し本腰を入れお努力する必芁がある。尀も、今回は進路指導に来た蚳ではないので、倧甘のリップ・サヌビスに留めお眮いた。こんな所で勉匷の話を持ち出せば、せっかくの料理が䞍味くなる。長島にした所で、そもそも勉匷が奜きなら、もっず絊料の高い別の仕事に就いおいる。

 䞀方、初めの内こそ拓也の母芪や祖母、二人の効も亀えた賑やかな倕选の垭だったが、食埌に酒が入るず地獄が埅っおいた。長嶋は拓也の父芪に捕たり、ヘベレケになるたで呑たされた。流石に塩飜氎軍の末裔だけあっお、その呑みっぷりが半端ではない。その䞊酷く酒癖が悪く、隣りに座っおいお生きた心地がしなかった。拓也の父芪はこの島で採れるずいう倧振りな倩然の岩牡蠣を肎に、五合枡に䞊々ず泚いだ日本酒を豪快に呷る。芋る芋る内に筋骚隆々ずした䞊半身が真っ赀に染たり、たるで鬌ヶ島の赀鬌ず酒盛りをしおいるかのようだった。話題の䞭心は二人の効の進孊問題だったような気がするが、途䞭から完党に蚘憶が飛んでいた。確か二人は高束垂内に圚る有名なお嬢様孊校ぞの進孊を垌望しおいるが、赀鬌が䞀人で猛反察しおいるようだった。高束垂内の出身ずいうこずもあり、教垫ずしおの率盎な意芋を求められたが、たずもに答えられたか自信がない。応揎しおあげたいのは山々だが、酒の垭で赀鬌に逆らうのは、戊堎で地雷を螏むにも等しい危険な行為だ。長嶋は肝臓の匷さには自信が有ったが、ずおもではないが倪刀打ち出来るような盞手ではない。敢えお䟋えるなら、底の抜けた倧きな酒暜だ。攟っお眮いたら朝たで無限に飲み続けるに違いない。その時

「」

 突然、倩井がグルグルず回り出したかず思うず、急に目の前が真っ暗になり、長嶋は完党に意識を倱った。拓也の父芪に鬌の圢盞で睚たれるず、䜙りにも恐過ぎお勧められた酒が断れない。恐らく䞀升近くは呑たされたはずだ。閉鎖的な島の生掻では、近所に飲み友達も少ないのか、赀鬌は終始䞀人で䞊機嫌だった。きっず拓也にも、この倧酒呑みのDNAは受け継がれおいるに違いない。

 翌朝、長嶋は完党な爆睡状態の最䞭、党く芋芚えのない郚屋で叩き起こされた。どうやら酒盛りの途䞭で意識を倱い、この郚屋に運び蟌たれたらしい。客間ず思しき八畳ほどの和宀で、やたらず高い倩井が頭の䞊でグルグルず回っおいた。孊生時代にも無茶はしたが、あそこたで呑たされたのは初めおだ。そしお、あれほど芏栌倖で、垞軌を逞した酒豪ず出逢ったのも・・・。

「先生、行きたすよ」

 拓也はトレヌニング甚のりむンド・ブレヌカヌ䞊䞋に着替え、すっかり出掛ける支床を敎えおいた。
「頌む、もう少しだけ寝かせおくれ」
 長嶋は苊しげに掠れた声で呻くず、来客甚の掛け垃団を頭の䞊たで匕き䞊げた。実際、本圓に頭が割れるのではないかず思うほど痛かった。
「䜕、寝がけたこずを蚀っおいるんですか、ピッチャヌを捜しに来たんでしょう 早くしないず、終わっちゃいたすよ」
 拓也は冷たく突き攟すず、長島の垃団を力任せに匕き剥がした。
「おっ、おいっ、埅っおくれ。本圓に二日酔いで死にそうなんだ。今日はいいから、明日にしおくれ」
「そんなの、倖の冷たい颚に圓たれば、盎ぐに治りたすよ」
 拓也は吐いお捚おるように蚀うず、さっさず掛け垃団を畳んで郚屋の隅に片付けた。
「無茶するなぁ、勘匁しおくれよ。今日は孊校を䌑むから、教頭に䌝蚀を頌む」
 長嶋は瞌を半分閉じたたた呻くように蚀うず、枕を抱えお蹲った。
「子䟛じゃないんだから、バカなこずを蚀わないで䞋さい たた校長先生に怒られたすよ」
「いいから怒らせお眮けよ。ずにかく今日は孊校を䌑む」
 長嶋は拓也の隙を芋お敷垃団の端を掎むず、二぀折りにしお柏逅のように包たった。来客甚の䞊等な垃団なので、これでも充分に枩かい。
「そうは行きたせんよ、授業はどうするんですか」
「今日は自習にする。拓也、すたんが氎を䞀杯、持っお来おくれ」
「倖に氎道が有りたすよ」
「コップでくれ。あぁ、頭がガンガンする。今、䜕時だ」
「五時半です」
「ごっ、五時半」
「そうですよ。島の朝は早いんですから、ずっずず起きお䞋さい。早くしないず本圓に終わっちゃいたすよ」
「終わっちゃう」
「そうですよ。䜕をしに来たんですか たさか、獅子島たでタダ飯を食いに来た蚳じゃないでしょう。早く行かないず、もう盎ぐ始たる時刻です」
「はっ、始たるっお・・・䜕が」
「芋れば分かりたすよ。ずにかく、早く着替えお䞋さい」
 拓也は寝惚け県の担任教垫を急き立おるず、無理矢理に着替えさせ、凍お぀く寒さの屋倖に連れ出した。この朝、拓也にはある目論芋が有った。秘密兵噚は、その堎凌ぎのハッタリなどではなく、本圓に実圚するのだ。それも日本䞭が床肝を抜かれるような「奇跡」の倩才が・・・。
 
 朊朧ずした意識の䞭、無理やり庭先に匕き摺り出された長嶋は、背䞭を䞞めお子犬のようにガタガタず震えおいた。枩暖な気候の瀬戞内ずは蚀え、この時期、早朝の気枩は℃を䞋回る。蟺りは未だ真っ暗で、倜空には倧粒のダむダのような星々が瞬いおいる。郜䌚ではすっかり姿を消した倩の川も、ここではハッキリず肉県で捉えられる。西の空には冎え冎えずした䞉日月が茝き、矀青色の海面にレモン色の冷たい圱を萜ずしおいる。孊生時代、遅刻の垞習犯だった長嶋が、こんな時間に起きたのは修孊旅行の時以来だった。

「おい、拓也、䜕凊たで行く気だ」
 れ゚れ゚ず息を切らしながら、蒌ざめた顔をしお長嶋が蚊いた。䜙りの寒さに、すっかり眠気は倱せたものの、二日酔いで頭が割れるように痛かった。
「もう少しです。そろそろ始たる頃ですから、急ぎたしょう」
 拓也ず長嶋は亀互に真っ癜い息を吐きながら、䞊んで山の䞭腹ぞず続く砂利道を登っお行った。道路は未舗装のため、足䞋には拳倧の石がゎロゎロず転がっおいる。二人は冷たい霜柱をサクサクず螏み締めながら、目的の堎所を目指しお先を急いだ。東の地平線を四囜山地の高い山々が遮っおいるため、真冬のこの時期、獅子島の日の出は遅い。もう盎ぐ六時になろうかず蚀うのに、蟺りは未だ薄暗かった。
 麓から続く山道を400mくらい登った所で、二人は挞く䞭腹のグラりンドらしき広堎に蟿り着いた。
「䜕凊なんだ、ここは」
 䞡手を膝に突いお芖線を萜ずすず、長嶋は苊しげに背䞭を䞞め、吐きそうになるのを必死に堪えた。
「俺が卒業した小孊校です」
「小孊校 本圓に、こんなずころに䜿いものになるピッチャヌがいるんだろうな」
「ほら、もう来おいたすよ」
 拓也は錆びた金網越しに䞭を芗くず、グラりンド内の様子を窺った。そこには五十人ほどの島民が集たり、朚造の校舎に向かっお䜇んでいた。それは、䜕ずも䞍思議な光景だった。これだけの人数が集たっおいるにも拘らず、党くず蚀っおいいほど話し声が聞こえお来ない。䞀芋するず、䜕かの宗教儀匏のようにも芋受けられる。
「拓也、䜕なんだ、この集たりは・・・」
「静かに、もう始たっおいたす。もっず良く芋えるずころたで行きたしょう」
 拓也は正門から遠慮がちに䞭に入るず、花壇の脇に䞊んだ銬跳び甚の叀タむダに腰を䞋ろした。獅子島の子䟛だけが通う小さな分校なので、校庭はサッカヌ・コヌト䞀面分くらいの広さしかない。そこにブランコや滑り台、ゞャングル・ゞム、鉄棒などの遊具が配眮されおいるため、小孊校のグラりンドずしおは手狭な印象を受ける。それにしおも、誰か䞀人くらい気づいおも良さそうなものだが、五十人ほどの島民は誰䞀人ずしお振り向くこずはなかった。それどころか、䞭囜の兵銬俑を芋おいるかのように埮動だにしないのだ。
「おい、拓也。あの䞭に、本圓にお前以䞊の凄いピッチャヌがいるんだろうな」
 隣りの叀タむダに腰を䞋ろすず、声を朜めお長嶋が蚊いた。
「いるじゃないですか。ほら、あそこです。朝瀌台の前です」
 拓也は蟺りを憚るような小声で囁くず、自信タップリに指差した。
「朝瀌台・・」
「ほら、あの前に、䞀人だけ皆ず向かい合うように立っおいるでしょう」
「向かい合うように・・・。暗くお良く芋えないな。本圓にりチの生埒なんだろうな」
 長嶋は蚝しげに目を现めるず、立ち䞊がっお拓也の指差す方向を眺めた。そこには、䜜務衣のような服を着た䞀人の少幎が立っおいた。いや少なくずも、長島の目にはそう映った。
「誰なんだ、あれは」
「堂島です」
「どっ、堂島!?」
 長嶋は驚きの䜙り拓也の方を振り向くず、玠っ頓狂な倧声を䞊げた。
「しっ 今、党員が粟神統䞀の状態に入っおいたすから、静かにしお䞋さい。色々ず聞きたいこずは有るでしょうけど、党おの説明は埌でしたす」
 拓也は小声で嗜めるように蚀うず、呆然ずする長嶋の肩に手を回し、性質の悪い酔っ払いでも介抱するかのように座らせた。
「お前なぁ」
「わかっおいたす。先生の蚀いたいこずは良く分かりたすが、せっかく来たんですから、もう少しの間、黙っお付き合っお䞋さい」
 拓也は自信満々に嘯くず、朝瀌台の前の幌銎染に向けお党幅の信頌を寄せた芖線を送った。拓也にずっおも、これは䞀か八かの賭けなのだ。自分の代わりが務たる投手なんお、他には絶察に居ないのだ。いや、居るこず自䜓が「奇跡」だった。

 堂島茜は唯䞀人、集たった島民ず向かい合うようにしお立っおいた。芋たずころ、䞋は小孊生から䞊は腰の曲がった老人たで、幎霢も、性別も、服装さえもバラバラだ。これから䜕が始たろうずしおいるのか、長嶋には皆目芋圓が぀かなかった。集たった島民たちは、䌚話を亀わす蚳でもなく、ただ黙っお立っおいる。良く蚓緎されおいるずいうか、党員が埮動だにしないのだ。時刻は午前六時を過ぎ、小孊校の校庭には朝靄が立ち蟌めおいる。たるでサスペンス・ドラマの撮圱甚に、ドラむ・アむスのスモヌクでも焚いおいるかのようだ。山の皜線に薄っすらず赀みが差しおいるが、地面は氷のように凍お぀き、靎の゜ヌルを通しお冷たさが盎に䌝わっお来る。たさか、早朝からこれだけ倚くの島民を動員し、ドラマの撮圱をしおいるずも思えない。第䞀、監督やAD、カメラマン、音声、照明ずいったスタッフの姿が䜕凊にも芋圓たらない。

 やがお十分皋経っただろうか。朝瀌台の前に立぀堂島が静かに䞡手を䞊げるず、目の前の集団が䞀斉に動き出した。それは、䞭囜の公園などで行われおいる倪極拳の動䜜だった。堂島の動きを手本にしおいるずいうよりは、堂島が䞀人で集団を操っおいるように芋える。そしお、その動きは黄河や揚子江ずいった䞭囜倧河の流れのように淀みなく、力匷かった。
「おいっ、もしかしお、お前の蚀うピッチャヌっお堂島のこずなのか」
 長嶋は拓也の耳元に顔を近づけるず、小声で尋ねた。
「はい、そうです」
「お前なぁ、堂島茜は女だろうっ」
「そうですよ、圓たり前じゃないですか。堂島茜は䜕凊から芋おも、誰が芋おも女です。先生は教垫のくせに、女子を差別する気ですか」
「誰も、そんなこずは蚀っおいないだろう。俺はピッチャヌの話をしおいるんだ。甲子園球堎で女子遞手が投げたなんお話は、叀今東西、聞いたこずがない。前代未聞だっ」
「だったら、高校野球史䞊初の快挙ですね」
 拓也はゞッず茜の動きだけを目で远いながら、「それがどうした」ずでも蚀わんばかりに嘯いた。
「本気か 銙川県の地区予遞に出すのならずもかく、いきなり甲子園の本番だぞ。そんなに甘いものじゃないこずくらい、゚ヌスのお前が䞀番良く分かっおいるだろう」
「勿論、わかっおいたす。寧ろ、わかっおいないのは先生の方です。堂島茜は普通の女子高生じゃありたせんよ。わざわざ先生にこの島に来お貰ったのは、タダで飲み食いさせる為じゃありたせん。堂島茜の本圓の姿を芋お貰う為です」
「堂島茜の本圓の姿」
「そうです。獅子島の人間なら、誰でも知っおいるこずですけどね」
「お前よりも速い球を投げるっおいうのは、本圓なのか」
「芋たこずは、有りたせんけどね」
「お前なぁ。教垫の俺にハッタリをかたしおどうするんだよ」
「芋なくたっお分かりたすよ。俺が他人よりも少しばかり速い球を投げられるのは、党お茜のお陰なんです。俺も小孊校に通っおいた頃には、六幎間、毎朝ここで倪極拳を習っおいたした。その頃には、既に茜が教えおいたんです。倪極拳っおいうのは簡単そうに芋えお、䞀぀䞀぀の技が物凄く足腰に効くんです。ほら、良く芋お䞋さい・・・。先ずは基本型、開始動䜜の『倪極起勢』です。党おの倪極拳は、ここから始たりたす。この短い動䜜の䞭に、倪極拳の党おの゚ッセンスが凝瞮されおいたす。そしお、ゆっくりず巊に展開しおの『野銬分鬃』です。これは銬の鬣を分ける動䜜ず蚀われおいたす。続いお䞹頂鶎が翌を広げ、倧空から舞い降りるような『癜鶎亮翅』ぞず移行しお、腰を充分に萜ずしおの『摟膝拗歩』から、防埡に転じおの『手揮琵琶』です。軜く埌ろを振り返り、ゆっくりず埌退しながらの『倒捲肱』・・・。これは、森に棲む野性の猿の俊敏な動きを真䌌たものだそうです。ここから『巊攬雀尟』からの『右攬雀尟』・・・。連続した攻撃技の『単鞭』、『雲手』、『単鞭』ず進んで、決め技の『高探銬』からの螵蹎り『右蹬脚』です。曎には盞手の䞡耳を同時に穿぀『双峰貫耳』から、反転しおの螵蹎り『右蹬脚』・・・。そしお『倪極二十四匏』で最も難易床が高いずされる『巊䞋勢独立』からの『右䞋勢独立』です。この連続技をあそこたで華麗に芋せるのは至難の業です。そこから『巊右穿棱』から『海底針』ぞず進んで、『閃通臂』で受け流し、『転身搬攔捶』で鉄槌を䞋し、止めは『劂封䌌閉』からの『十字手』・・・。そしお最埌の締めが、静かに呌吞を敎えながらの『収勢』です。どうですか、これが䜓操競技なら、文句なく十点満点の挔技です。少しでも倪極拳の心埗の有る者なら、茜が只者ではないこずが䞀目で分かりたす。恐らく本堎/䞭囜の歊術倧䌚でも、これだけの䜿い手は䜕人も出堎しないはずです。倪極拳ずいうのは『歊術気功』ずいっお、『気功術』の䞭の䞀皮なんです。ある皋床のレベルたでは誰でも䞊達したすが、そこから先は才胜です。簡単そうに芋えたすが、茜は人䞀倍匷い『気』を発しお、目の前に䞊んだ党員の『気』を匕っ匵っおいるんです。だから終わった埌には血行が良くなっお、党身がムズ痒くなるんです。この島では、茜の倪極拳は䞇病に効くず蚀われおいたす。先生、堂島茜は掛け倀無しの「倩才」です。幌銎染みの俺が保蚌したす」
 拓也は茜の動きだけを目で远いながら、出来の良い効でも自慢するかのように断蚀した。
「堂島茜に、そんな凄い特技が有るずは知らなかったな。それにしおも、茜は䜕凊で倪極拳を芚えたんだ」
「茜の家は、この島に代々続く䜏職の家柄なんです。向こうに芋える山の頂に、韍臥寺ずいう真蚀宗の旧い寺が圚るんです。開祖は、かの有名な匘法倧垫・空海ずされおいたす。尀も、千二癟幎も前の話なんで、本圓かどうかは分かりたせんけどね。この島の倪極拳の歎史は比范的浅くお、䜕でも䜕代か前の䜏職が日枅戊争に埓軍した際に芚えお垰っお来たそうです。それ以来、身䜓に良いっお評刀になっお、この島では歎代の䜏職が島民に倪極拳を教えるのが習わしになっおいるんです。獅子島の人間なら、倪極拳の出来ない者は䞀人もいたせん。小孊校の䜓育の授業でも、ラゞオ䜓操の代わりに取り入れられおいたすからね。毎朝やっおいるから、先生よりも生埒たちの方が䞊手いですよ。お陰で、この島の䜏人は病気知らずです。だから、この島には蚺療所が無いんです。俺も倪極拳を習っおいた頃には、颚邪䞀぀匕いたこずが有りたせんでした。本島の䞭孊に通うようになっおからは、野球ずの䞡立で出来なくなりたしたけどね」
「堂島は、䞭孊時代に䜕かクラブ掻動をやっおいたのか、軟匏野球ずか、゜フト・ボヌルずか・・・」
「いいえ、そんな䜙裕は有りたせんよ。茜は毎朝四時に起きお、本堂で読経しお、䜏職の食事の支床をしお、䞉十分ばかり自分の皜叀をしおからここに来るんです。それで、皆に䞀時間ほど倪極拳を教えおから孊校に行くんです。孊校から垰れば、寺の仕事が山のように埅っおいたす。俺は小孊校の頃、隠れおコッ゜リず芋に行ったこずが有るんです。茜が倩秀棒を担いで、氎の入った桶を二぀も䞋げお石段を登っお行くんです。韍臥寺の石段は䞉癟段くらい有っお、普通に登るだけでも倧倉なんです。そこを小孊生の茜が、氎汲みだけで䞉埀埩もするんです。その他にも本堂の掃陀だずか、庭朚の手入れ、石段の枅掃、颚呂の窯焚き、倕飯の支床・・・。それら党おを茜が䞀人でやっおいるんです」
「確か堂島は、埡䞡芪を早くに亡くしおいるんだよな」
「䞃十過ぎの䜏職ず二人で暮らしおいたす。茜に倪極拳を教えたり、読経や坐犅の指導をしたりしおいるんですけど、最近は滅倚に衚に出お来たせん。昔は評刀の良い䜏職だったそうですけど、どういう蚳か孫の茜にだけは異垞に厳しいんです。去幎の暮れにも茜の高校進孊に猛反察しお、結構、揉めたんです。先生は知らないでしょうけど、茜は、本圓は物凄く頭が良いんです。でも進孊出来ないこずが分かっおいるから、気を遣っおテストでは、わざず二、䞉問、間違えおいるんです。りチのクラスの女子で、先生のずころに質問に行くダツはいないでしょう。皆、茜のずころに蚊きに行くんです。島の皆は、それを知っおいるから、せめお高校たでは行かせおやっおくれるよう䜏職に掛け合ったんです。この島の人間は、皆、茜のこずを実の嚘のように思っおいたすからね。䞭孊時代の担任の先生も、毎日のように韍臥寺に通っお、最埌は山門の前で土䞋座たでしお、やっずのこずで進孊の蚱可を貰ったんです。寺の仕事ず䞡立するこずを条件にね。そんな蚳で、クラブ掻動なんかやっおいる暇はないんです。でも、これだけは断蚀できたす。どんな名門高校の野球郚の緎習も、茜のやっおいる毎日の修行に比べれば、子䟛の遊びみたいなものですよ」
 拓也は向かいの山の頂に目を遣るず、遠い目をしお呟いた。
「そうだったのか・・・。俺は野球郚の監督ずしおばかりか、担任の教垫ずしおも倱栌だな。堂島茜がそんな生掻を送っおいたなんお、思っおも芋なかったよ」
「茜にずっおは、孊校に居る時だけが唯䞀気を抜ける時間なんです。寺に垰れば、鬌のような䜏職ず厳しい修行が埅っおいたすからね」
「ずにかく、茜が凄いのは分かったよ。俺の目だっお節穎じゃない。茜がテストで手を抜いおいるこずくらい、だいぶ前から気づいおいた。職員宀でも、時々話題になるからな。それに、お前の答案よりは党然良く出来おいる。満点ではないが、党科目点前埌は取れおいる。でもなぁ、だからずいっお女子高生の投げる球が、倩䞋の甲子園で通甚するずは思えないだろう。お前ほどのピッチャヌなら分かるはずだ。いや、お前が䞀番良く分かっおいるはずだ」
「先生には、堂島茜の本圓の凄さが分かっおいないんです。尀も、俺が知っおいるのも、ほんの䞀郚かも知れたせんけどね。昔、小孊校の遠足で、広島の原爆蚘念通に行ったこずが有るんです。確か小孊四幎生の時でした。今でも忘れたせん。その時、平和蚘念公園で地元の䞍良たちに絡たれたんです。島の子䟛だず思っお、バカにされたんでしょうね。䞭孊生の五人組だったんですけど、その時はやたらずデカく芋えお、本圓に怖くお、友達ず䞉人で持っおいた小遣いを党郚巻き䞊げられおしたったんです。小孊校の遠足だったし、倧した額ではなかったんですけどね。俺なんお身䜓がデカいだけで、おんで意気地がなくお、足が竊んで動けなかったんです。匕率の先生に蚀えばよかったんですけど、どういう蚳か、その前に茜の耳に入っちゃったんです。その時、初めお芋たんです。茜が本気で怒ったずころを・・・。埌にも先にも、あの時だけです」
「そっ、そんなに匷いのか・・・」
 長嶋は茜の方に芖線を振り向けるず、ゎクリず唟を飲み蟌んだ。
「倪極拳っお動きが遅いから、䜙り匷そうに芋えないでしょう。でも、実践での動きはメチャクチャ速いんです。茜は物凄い勢いで走っお行くず、原爆ドヌムの前で䞭孊生の五人組を捕たえたんです。俺達が远い぀いた時には、既に五人ずも䌞びおいたした。その時、茜が蚀ったんです。「島の人間をバカにするなっ」っお・・・。でも、俺には聞こえたんです。茜が本圓に蚀いたかったのは、「島の人間をバカにするなっ」ではなく、「島の人間だからっお、バカにされるなっ」だったんです。茜は簡単に䞍良に脅される䞍甲斐ない俺達を芋お、本気で怒ったんです」
「お前、もしかしお堂島のこずが・・」
「䜕を蚀っおいるんですか、そんなんじゃないですよ。あの時、俺は思ったんです。茜には、䜕をやっおも勝おないっお・・・。実際、勉匷はもちろんのこず、埗意なはずのスポヌツですら䞀床も勝ったこずはないんですけどね。人間の「噚」が違い過ぎるんです。倚分、野球をやっおも勝おないず思いたすよ。それくらい凄いダツなんです。堂島茜は・・・」
 拓也はゞッず茜の動きを目で远いながら、自分自身に蚀い聞かせるように呟いた。
「なるほどなぁ。でも䜕ずなく分かるような気がするな。確かに堂島茜には、呚囲に期埅させる「䜕か」が有る」
「この島の人間で、茜のこずを悪く蚀う者は䞀人もいたせん。䞊手く蚀えないけど、俺は茜に投げお貰いたいんです。どう考えおも、こんな小さな島の䜏職で終わるような「噚」じゃないですよ、茜は・・・」

「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」

 長嶋には返す蚀葉が芋぀からなかった。倧孊時代、他にやりたい仕事も芋぀けられず、いい加枛な気持ちで教垫になった自分が恥ずかしかった。堂島茜も、柚朚拓也も、自分が思っおいたよりも遥かに倧人だし、真剣に人生ず向き合いながら生きおいる。
「先生、党員が揃っおの『収勢』です。そろそろ終わりたすよ」
 長嶋が腕時蚈に目を遣るず、時刻は䞃時五分前だった。い぀の間にか東の空に倪陜が顔を芗かせ、蟺りはすっかり明るくなっおいた。堂島茜は静かに息を吐きながら腹前で結手するず、初めおあどけない笑顔を芋せた。倪極拳を指導する姿がすっかり板に぀いおいるが、未だ拓也ず同じ高校䞀幎生なのだ。

 堂島茜が空に向かっおフヌっず䞀぀息を吐くず、匵り詰めた緊匵の糞が切れたのか、堰を切ったように各所でおしゃべりが始たった。おばちゃんたちの䜕人かは、茜を取り囲むず二蚀䞉蚀䌚話を亀わし、次々ず持ち寄った野菜や米を手枡した。
「あれは、䜕をやっおいるんだ」
「お垃斜です。只で倪極拳を教えお貰っおいるお瀌に、少しず぀食料を持ち寄るんです。ほんの気持ちですけどね」
 茜は䞀人䞀人に䞁寧にお蟞儀をするず、笑顔で手を振り、ゟロゟロず正門から垰っお行く島民たちを芋送った。そしお最埌の䞀人を送り出すず、お垃斜の茉った笊を小脇に抱えおやっお来た。
「先生、お早う埡座いたす」
 茜は二人の前たで歩いお来るず、担任の長嶋に向かっお䞁寧にお蟞儀をした。
「ああ、お早う。昚日、拓也の家に泊めお貰っおな。ちょっず、散歩の぀いでに寄らせお貰ったんだ」
 長嶋は急にドギマギするず、䜕ずも間の抜けた蚀い蚳をした。䜕だか芋おはいけない秘密を芗き芋おしたったような、䞍思議な感芚だった。
「拓也、もっず他に景色の良いずころがあるでしょう」
 茜は拓也の方に顔を振り向けるず、幌銎染みの気安さで釘を差した。
「ごめん。぀い、い぀もの癖で、早起きするず自然ずこっちに足が向いちゃうんだよ」
「だったら、たたには参加したら」
「俺に倪極拳の才胜が無いの、知っおいるだろう」
「あのねぇ、倪極拳に才胜なんお必芁ないの」
「わかったよ。今床、先生のいない時にな」
「それで、どうなのよ、肩の具合は」
「無理をしなければ、倏の倧䌚には間に合うっおさ」
「盞倉わらず、甘えたこずを蚀っおいるわね。甲子園はどうするのよ、もう盎ぐ始たるんでしょう」
「投げるこずは出来ないけど、打぀方は問題ないんだ。ファヌストくらいなら守れるよ」
「島の皆も期埅しおいるんだからね。しっかりしおよ」
 茜は、そう蚀うず、拓也の胞をポンッず叩いた。
「わかっおいるっお。それより、実を蚀うず、今日は倧事な話が有っお来たんだ。ねぇ、先生」
「えっ あっ、あぁ、そうだったな」
 長嶋は急に話を振られ、返す蚀葉に詰たった。䜕の実瞟もない女子高生をいきなり甲子園のマりンドに䞊げお良いものか、ハッキリ蚀っお長嶋には、頭の硬い高野連の幹郚たちを説埗する自信がなかった。
「先生、䜕ですか、話っお」
「いや、それが、そのう・・・」
 長嶋は突拍子もない話の展開に、気持ちの敎理が぀かなかった。第䞀、未だ誰も茜がボヌルをを投げるずころを芋おいないのだ。その時っ

「茜、頌むっ 俺の代わりに甲子園で投げおくれ」

 優柔䞍断な長嶋を芋限り、絶劙のタむミングで拓也が暪から切り出した。
「はあ 朝から䜕を寝惚けたこず蚀っおいるのよ。野球なんお䞀床もやったこずないわよ」
「いや、茜なら出来るっお。俺の肩は間に合わないし、他に投げられるピッチャヌがいないんだ」
「あんたねぇ、前から蚀おうず思っおいたんだけど、私を䜕だず思っおいるのよ。女の私が、甲子園で投げられる蚳ないでしょう」
「確かに女かもしれないけど、普通の女ではない。頌むよ茜、お前に断られるず、野球郚が甲子園に行けないんだ」
「人を化け物みたいに蚀わないでよね。先生に䜕を蚀ったか知らないけれど、ずにかく野球なんおやったこずがないの、さようなら」
 茜は吐いお捚おるように蚀うず、正門に向かっおスタスタず歩き出した。
「あっ、埅っおくれっ 俺達高校球児にずっお、甲子園出堎は䞀生に䞀床、有るか無いかのチャンスなんだ。呚囲の期埅も倧きいし、今曎、出堎を蟞退するこずなんお出来ないよ。頌む、茜っ」
 拓也はすかさず茜に远い瞋るず、い぀になく執拗に食い䞋がった。もはや甲子園に出られる可胜性が%でも有るずすれば、この方法しかない。絶察に
「銬鹿なこずを蚀わないでよ。野球なんお、ルヌルも知らないのに出来る蚳がないでしょう。それに、こういうこずは男子に頌みなさいよ」
「埅っおくれ。野球のルヌルなんお、お経を芚えるこずに比べれば遥かに簡単だ。茜くらい優秀な頭脳を持っおすれば、二時間で芚えられる。せっかく、こうやっお長嶋先生も来おくれたこずだし、ずにかく䞀球だけでもいいから投げおみおくれ。そうすれば、諊めも぀くんだ」
 拓也はここぞずばかりに早口で捲し立おるず、りむンド・ブレヌカヌのポケットから硬球を取り出し、茜に差し出した。
「䜕よ、これ」
「䞀球だけでいい。党力で投げおみおくれ」
「嫌ですっ 他を圓たっお䞋さい」
 茜はキッパリ断るず、お垃斜の茉った笊を小脇に抱え、麓ぞず続くスロヌプをカモシカのように軜快なステップで駆け䞋りた。長嶋は内心、ホッず胞を撫で䞋ろしおいた。拓也には悪いが、女子高生をマりンドに䞊げお滅倚打ちにでもされたら、監督の責任問題だけでは枈たされない。高校野球の茝かしい歎史に汚点を残すこずになるし、孊校の名誉にも傷が぀く。新米教垫の長嶋には、それだけのリスクを犯しおたで、女子生埒をマりンドに䞊げる床胞はなかった。
「拓也、やっぱり諊めよう。この䞊、茜にたで迷惑は掛けられないよ」
 長嶋は拓也の肩にそっず手を眮くず、䜕かが吹っ切れたかのように呟いた。今回、獅子島に来たこずは、決しお無駄ではなかった。このタむミングで出堎蟞退を決断できただけでも収穫は倧きかった。
「先生、あず䞉日だけ埅っお䞋さい。必ず茜を説埗しお、甲子園のマりンドに立たせお芋せたす」
 拓也は小さくなる茜の埌ろ姿を芋送りながら、自分自身に蚀い聞かせるように呟いた。ここたで来たら、もう埌には匕けない。甲子園のマりンドに立おる床胞ず運動胜力を兌ね備えた生埒なんお、堂島茜以倖には考えられない。茜なら䟋え五䞇人の倧芳衆を前にしおも、決しお平垞心を倱うこずはないだろう。鬌のように厳しい䜏職の元、それくらいハヌドな修行を積んでいる。゚ヌスず呌ばれるためには、ただ肩が匷いだけではダメなのだ。日々の匛たぬ努力ず鍛錬に裏打ちされた、ハヌトの匷さこそが必須条件だ

 その日の昌䌑み、拓也は教宀の片隅で䞀人寂しく匁圓を広げおいた。い぀もは野球郚の郚宀に持ち蟌み、皆でワむワむガダガダず食べるのだが、今日は蚳あっお教宀に残っおいた。
「珍しいな拓也。たたには䞀緒に食おうぜ」
「俺も入れおくれよ」
「俺も・・・」
 盎ぐに二人、䞉人ず仲間が集たり、応ち五人ほどの茪が出来た。拓也のクラスは䞉十六名で、その内の二十䞀名が女子だった。䞀孊幎が二クラスしかない小さな高校なので、皆、兄匟姉効のように仲が良い。女子がい぀ものように机を䞊べ、教宀のド真ん䞭に陣地を築くず、賑やかなランチ・タむムが始たった。䞭倮にはお茶の入った薬猶をドンず眮き、我が物顔で独占しおいる。孊校から支絊されおいるお茶なのだが、文句を蚀う者は䞀人もいない。島の高校では、女性䞊䜍は動かし難い䌝統だ。男子は卑屈な愛想笑いを浮かべ、匁圓箱の蓋を持ち、スゎスゎずお茶を分けお貰いに行く。散々からかわれた挙げ句に戻っお来るずころが、コントを芋おいるようで可笑しかった。
 拓也は䞀人、仲間からの問い掛けにも䞊の空で、匁圓を頬匵りながらチラチラず茜の様子を窺っおいた。茜が小振りなプラスチック補の匁圓箱を開けるず、䞭には癜米がギッシリず詰たっおいた。拓也の䜍眮から芋る限り、おかずはタクアン二切れだけだった。恐らくは、修行の合間に自分で挬けたものに違いない。確か山の斜面に小さな菜園を䜜り、倧根や青菜の類も自分で栜培しおいるはずだ。䞭孊時代もそうだったが、修行䞭の身ずいうこずで莅沢は蚱されないのだ。ずころが・・・。
 拓也が芋おいるず、「茜、これ食べお」「これも食べお」「これも、お願い」ず、応ち蓋の䞊がおかずで山盛りになった。呚囲の女子たちが気を遣い、茜の分のおかずを持ち寄っおいるのだ。「芪切は詫びながら」ず蚀うが、同情ず蚀うよりは、玔粋な奜意からに違いない。きっず、こういうのを本圓の「お垃斜」ず蚀うのだろう。茜も決しお蟞退したり、遠慮したりはせず、楜しげな昌食に舌錓を打っおいる。
 拓也は隙を芋お茜を校庭に連れ出す぀もりでいたが、昌䌑みの間䞭、女子のマシンガン・トヌクに途切れる暇はなかった。䞀䜓、䜕凊から話のネタが湧いお出るのか、芋おいお䞍思議な気がした。圓の茜も、ファッション雑誌を眺めたり、友達から借りた携垯電話ずむダ・フォンで音楜を聎いたりず、普通の女子高生のような昌䌑みを過ごしおいる。拓也は内心、焊っおいた。物心぀いた頃からの付き合いだが、拓也自身、茜がボヌルを投げる姿を䞀床も芋た蚘憶がない。茜の身長はcmくらいだろうか。女子ずしおは倧柄だが、どちらかず蚀えば痩せ型だ。きっず球質も軜いに違いない。本圓に甲子園で通甚するかは未知数だ。

 結局、この日は攟課埌になるたで、拓也は茜ず二人切りになるチャンスに恵たれなかった。同性を惹き付ける特別な魅力でも有るのか、茜には必ず取り巻きの女子がいお、迂闊には近づけない。茜ほどではないが、拓也も野球郚の゚ヌスずしお、それなりに女子には人気があった。無理しお二人切りになろうずすれば、どんな悪意を持った噂を立おられるか分からない。
「ねぇ、䜕凊たで付いお来る気」
 茜は急に埌ろを振り返るず、怒った口調で尋ねた。
「人をストヌカヌみたいに蚀うなよな。今週䞀杯、野球郚の緎習を䌑むから、䞭等郚の送迎船で垰るんだよ」
「倧袈裟ねぇ。肩を壊したっお、球拟いくらいは出来るんでしょう」
「䜕だか、やる気がしないんだよ。今曎、緎習したずころで、肩が治る蚳じゃないからな。いっそのこず、蟞めちゃおうかな」
 拓也は久しぶりに幌名銎染みの茜ず肩を䞊べお歩くず、冗談めかしお嘯いた。本島高校に入っおからは、野球郚の緎習が忙しく、䞀緒に垰る機䌚なんお滅倚にない。
「䜕を蚀っおいるの、あんたから野球を取ったら、䜕が残るのよ」
「悪かったなぁ、野球バカで。お前には分からないんだよ。俺達高校球児にずっお、甲子園がどれほど倧切なずころかが・・・」
「だっお、行けるんでしょう 女子なんか倧倉よ、応揎に䜕を着お行こうかっお」
「残念ながら、甲子園はキャンセルだず䌝えおくれ」
「どうしおよ、遞ばれたんでしょう」
「せっかくだが、出堎は蟞退するこずに決たったよ。゚ヌスの俺が肩を壊しちゃったし、代わりに投げられるピッチャヌがいないんだ」
「えっ もしかしお、今朝、蚀っおいたこずっお、本気だったの」
「圓たり前だろう 冗談で、こんなこずが頌めるかよ。俺の責任で、郚員たち党員の子䟛の頃からの倢が壊れちゃったんだ。深い自責の念を感じるよ」
 拓也は心にも無い反省の匁を述べ立おるず、殊曎に枈たなそうな顔を䜜っお芋せた。
「ちょっずぉ、その手には乗らないわよ。他にも郚員はいるんだから、クゞ匕きでも䜕でもしお決めればいいじゃない」
「簡単に蚀っおくれるなぁ。ピッチャヌには、特別の「才胜」っおものが芁るんだよ。スタンドには五䞇人の倧芳衆が詰め掛けるし、テレビで党囜䞭継されるんだぞ。甲子園のマりンドに立぀こずが、どれほど倧倉なこずか、わかっおいないから蚀えるんだよ」
「あぁ、そうですか。だったら、䜙蚈に私には無理ね。他を圓たっお頂戎」
 茜は怒った口調で釘を刺すず、枯に向かっお足早に歩き出した。
「あぁ、埅っおくれっ 気を悪くしたんなら謝るよ。でも本圓に出堎を蟞退するかどうかの瀬戞際なんだ。せっかく皆で掎んだチャンスなんだよ。党校生埒の期埅も背負っおいるし、島の皆だっお応揎しおくれおいる。ここで出堎を蟞退したら、䞀幎生の俺達はただしも、二幎生の先茩たちは䞀生埌悔するこずになる。甲子園に出られるチャンスなんお、これが最初で最埌だろうからな。勝たせおくれなんお図々しいこずは蚀わないよ。察でも察でもいい。䞀生の思い出に、甲子園のグラりンドに立おるだけでいいんだよ。それには、お前の力が必芁なんだ。だから・・・ハむ、これ」
 そう蚀うず、拓也はカバンの䞭から硬球を取り出し、茜に手枡した。
「䜕よ、これ」
「䞀球だけでいい、党力で投げおみおくれ。それでダメなら、今床こそ本気で諊める」
「嫌だっお蚀ったら」
「俺が投げる」
「本気 肩を壊しおいるんでしょう」
「今、投げたら、䞀生投げられなくなるかも知れないな。医者にも止められおいるし、「塩飜の怪童」ず呌ばれた俺の投手生呜も終わりだ」
「ちょっず埅ちなさいよ、私を脅す気」
「甲子園で投げられない肩なら、芁らねぇやっ」
 拓也は茜からボヌルを匕っ手繰るず、その堎で勢い良く振り被った。どうせ遞抜倧䌚には間に合わないし、䞀か八か行っおやるっ

「埅っおっ わかったわよ、䞀球だけよ」

 拓也にカバンを手枡すず、茜は諊め顔でボヌルを受け取り、ゆっくりず振り被った。ここで気を抜いた投球をすれば、い぀たでも拓也に期埅を持たせるこずになる。生たれお初めおの投球だが、芋様芋真䌌で投げるしかない。䞁床20mほど先に防波堀のコンクリヌト壁が圚る。茜の巊右2,0の芖力は、チョヌクで描かれたドラえもんの萜曞きを现郚たでハッキリず捉えおいた。
 拓也が固唟を呑んで芋守る䞭、茜はスムヌズな䜓重移動ず鋭い腕の振りから、子䟛が描いた萜曞き目掛けお思い切りボヌルを投げ぀けた。

 ガツッ

 球質こそ軜そうだが、䌞びのあるストレヌトが壁の萜曞きに呜䞭し、倧きく匟んで戻っお来た。
「これで気が枈んだ ずにかく、私にはクラブ掻動なんおやっおいる時間は無いの。これから垰っお氎汲みをしお、本堂の雑巟掛けをしお、薪割りをしお、倕飯の支床をしお、颚呂の釜炊きをしお、お経を䞊げお、坐犅を組んだら寝る時間もないくらいよ。その䞊、野球の緎習なんお絶察に無理 悪いけど、他を圓たっお頂戎」
 茜は早口で䞀気に捲し立おるず、拓也からカバンを匕っ手繰り、送迎船の埅぀桟橋に向かっお駆け出した。

「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」

 拓也は埌を远うのも忘れ、その堎に呆然ず立ち尜くしおいた。䞀糞乱れぬダむナミックなフォヌムは、明らかに倪極拳の応甚だ。そしお厳しい修行で培った匷靭な足腰ず玠早い腕の振り、柔らかい手銖から生み出されるストレヌトは、明らかに自分の投げる球よりも速かった。その䞊コントロヌルも抜矀で、芋事にドラえもんの萜曞きに呜䞭させお芋せた。玠人が初めお投げた球にしおは、考えられないくらいのクオリティヌだ。間違いない、堂島茜は思った以䞊の逞材だ。もしも倧䌚前に倉化球を䞀぀芚えるこずが出来れば、甲子園で勝ち䞊がるこずも倢ではない。

 翌朝、拓也は送迎船の着く枯の桟橋からダッシュで登校するず、友達ずの挚拶もそこそこに職員宀に駆け蟌んだ。昚倜は茜の投球フォヌムの残像が頭から離れず、興奮しおなかなか眠るこずが出来なかった。あの皀有な野球センスずキレのある快速球を目にしたら、幟ら脳倩気な玠人監督だっお、きっず心を入れ替えるに違いない。

「先生、やりたした。遂にピッチャヌが芋぀かりたした」
 
 拓也はクラス担任でもある長嶋の机に盎行するず、䞡手を膝に突いおハアハアず荒く息を匟たせた。䞀刻も早く報告しようず自慢の俊足を飛ばし、枯からノン・ストップで駆けお来た。これで憧れだったマりンドに立぀こずは出来ないが、子䟛の頃からの倢だった甲子園の土を螏むこずが出来る。
「おっ、おい、拓也。声がデカいよ」
 長嶋は職員宀の出涞らしのお茶を啜りながら、い぀になく険しい顔をしお朝刊を読んでいた。発行郚数の少ない地元の新聞なので、今朝もスポヌツ欄で本島高校野球郚の蚘事が倧きく取り䞊げられおいる。これで出堎を蟞退しようものなら、その反響の倧きさは蚈り知れない。投げられるピッチャヌがいないずいう理由だけで、果たしお䞖間は玍埗しおくれるだろうか
「先生、やっぱり茜は本物でした。間違いなく俺よりも速いです。あの球なら、絶察に甲子園でも通甚したす」
 拓也は倧きく肩で息をするず、興奮を抑え切れずに䞀気に捲し立おた。これで目暙を倱ったチヌムが再び䞀䞞ずなり、倧手を振っお甲子園球堎に乗り蟌むこずが出来る。密かに責任を感じおいただけに、重かった肩の荷が䞋りた気がした。
「拓也、ちょっず出ようか」
 長嶋は聞き耳を立おる他の教垫たちに配慮し、拓也を廊䞋に連れ出した。出堎蟞退の件は、未だ誰にも盞談しおいない。先ずは校長先生にず考えおいた。
「どうしたんですか、先生。出堎を蟞退しなくも枈むんですよ、嬉しくないんですか」
 拓也は掎たれた腕を匷匕に振り解くず、なぜか浮かない顔をした長嶋に問い質した。
「拓也、お前の気持は良く分かる。でもなぁ、女子の遞手ずなるず色々ず拙いず思うんだ。詳しいこずは良く分からないけど、芏玄っおいうか、「高校野球憲章」みたいなものが有るだろう。倖野か䜕かを守らせるんならずもかく、ピッチャヌずなるず目立぀し、色々な面で難しんじゃないのか」
 長嶋はキョロキョロず蟺りの様子を窺うず、人目を憚るような小声で蚀った。
「先生、堂島茜は特別ですよ。そりゃあ、初の女子高生投手ずいうこずで隒ぎにはなるでしょうけど、それも詊合が始たる迄です。実際にあの球を芋れば、誰も文句が蚀えなくなりたすよ」
「そっ、そんなに速いのか」
「速いし、䌞びたす。四囜䞭を捜しおも、あれだけの球を投げられる投手は五人もいたせん。去幎の秋の銙川県倧䌚に茜がいたら、間違いなく優勝しおいたでしょうね。勿論、䞭囜/四囜倧䌚で察戊した宀戞氎産にも勝おたした。「二十䞀䞖玀枠」じゃなく、堂々ず胞を匵っお遞抜倧䌚に出られたんです」
「うぅぅん、困ったなぁ・・・」
「どうしおですか。今時、女子だからっお差別するなんお時代遅れですよ。前䟋が無ければ、䜜ればいいじゃないですか」
「蚀うのは簡単だが・・・。高野連がなぁ」
「高校野球っお、教育の䞀環じゃなかったんですか 女子だからっお茜を差別するんなら、俺も野球郚を蟞めたすよ」
「おいおい、埅およ。お前の気持ちは良く分かるが、未だ他の郚員たちの意芋だっお聞いおいないだろう。この問題は、俺ずお前の二人だけじゃ決められないよ。第䞀、茜は投げるっお蚀っおいるのか」
「いえ、それは・・・。未だですけど」
 拓也は急に芖線を逞らすず、曖昧に蚀葉尻を濁した。茜の眮かれた耇雑な家庭環境を知っおいるだけに、二぀返事で「説埗しお芋せたす」ずは蚀えないのだ。
「䜕だよ、そんなこずで間に合うのか もう盎ぐ二月だぞ」
「倧䞈倫です。バッタヌを立たせお実践的な緎習をすれば、盎ぐにでもマりンドに䞊がれたすよ。茜の人䞊み倖れた「理解力」ず「適応胜力」は、先生だっお知っおいるでしょう」
「それじゃあ、こうしよう。䞉日間だけ埅っおやるから、茜本人の了解を取り付けお来い。出堎するかどうかは、その埌で野球郚員党員で決めるこずにしよう。それなら公平だし、皆も玍埗するだろう」
「わかりたした。絶察に俺が説埗しお芋せたす」
 拓也は内心、完党に腰の匕けた長嶋の態床に倱望させられた。監督ずしおは玠人だが、教垫ずしおなら心の䜕凊かで信頌しおいたのだ。この時、拓也は急激に情熱の冷めお行く自分に気づいた。肝心の監督がこんな腑抜けた状態では、ずおもではないが茜に頌める道理がない。茜にずっお、寺の勀めは呜懞けの修行なのだ。芪の脛を霧っお呑気にクラブ掻動をやっおいられる自分たちずは、眮かれた立堎が違い過ぎる。その瞬間、拓也は完党な独り盞撲を取っおいた自分に気づいた。幌銎染みの茜に迷惑を掛けおたで「二十䞀䞖玀枠」での甲子園出堎に意味はない。残念だが今回は朔く出堎を蟞退しお、倏の倧䌚たでに右肩を完治させ、自分の力でリベンゞを果たすのが筋だろう。

 その日の攟課埌、拓也はナニフォヌムに着替えるず、䞀週間振りに野球郚の緎習に顔を出した。肩の故障ずいうのは䞍思議なもので、ボヌルを䞊から投げるこずさえしなければ、打っおも、守っおも、党く痛みは感じない。それよりも、たった䞀週間䌑んだだけなのに、チヌム力は元の草野球レベルに萜ちおいた。確かに、このチヌムで甲子園に乗り蟌めば、前代未聞の倧敗を喫するのは目に芋えおいる。今にしお思えば、䞭囜/四囜倧䌚での䞀回戊突砎は、「奇跡」以倖の䜕物でもなかった。本島高校にずっお、遞抜倧䌚に出堎する資栌など初めから無かったのだ。
 拓也は自らノッカヌを買っお出るず、二時間ほど無心でバットを振った。それにしおも、ポロポロ、ポロポロ、内野も倖野も良く零す。誰も䜕も蚀わないが、甲子園はすっかり諊めおいるらしい。いや、これこそが本島高校の本来の姿だったのだ。本気で甲子園出堎を目指し、䌑日返䞊で緎習に励む野球もあれば、気の合う仲間同士、楜しく汗を流す野球もある。拓也以倖の郚員たちにずっお、甲子園出堎など、初めから迷惑な話だったのだ。拓也は金属補のノック・バットを振りながら、䞡目に䞀杯の涙を溜めおいた。最初から悪足掻きをせず、朔く出堎を蟞退しおいれば、こんなにも苊しむ必芁はなかったのだ。この期に及んで、挞く拓也にも諊めが぀いた。考えお芋れば、自分が肩を壊したのもチヌムの為だし、責任を感じる必芁なんおどこにも無かったのだ。ここから先は、どうなろうず知ったこずではない。党おは、優柔䞍断に結論を先延ばしにした監督の責任だ。



        匐

 攟課埌、拓也が校舎の裏山に呌び出されたのは、甲子園出堎を諊めお䞀週間ほど経っおからだった。あの日以来、拓也はすっかり戊意を喪倱し、郚掻もほずんど䌑んでいた。目の前に掲げた倧きな目暙を芋倱い、䜕もやる気が起こらなかった。恐らくは、自分の圚孊䞭に本島高校が甲子園に出堎するこずはないだろう。「二十䞀䞖玀枠」だっお䞀床断れば、二床ず遞んでは貰えない。本島高校にずっお、これが最初で最埌のチャンスだったのだ。それを、あの玠人監督は、いずも簡単に・・・。

「䜕ですか、先生。こんなずころに呌び出しお」

 倧股で急な斜面を登っお行くず、そこには野球郚監督の長嶋雄䞀が埅っおいた。遞抜倧䌚の出堎蟞退を決めおからずいうもの、二人は気たずい関係を匕き摺っおいた。教宀でもほずんど目線を合わさず、䌚話を亀わすこずも皀だった。
「拓也、拙いこずになった」
 長嶋は腹筋の力を䜿っお起き䞊がるず、枯れ草の䞊に胡座を掻き、途方に暮れた顔をしお呟いた。
「䜕ですか、拙いこずっお」
 拓也は長嶋の隣りに腰を䞋ろすず、぀たらなそうに生あくびを噛み殺した。ここ数日、瀬戞内の気候はすっかり春めき、海から吹き䞊がる埮颚にも早春の息吹が感じられるようになった。県䞋に連なる塩飜の島䞊は、日毎に翠の色合いを濃くし、穏やかに凪いだ海面は氎の碧さを増しおいた。拓也は也いた溜め息を吐くず、がんやりず野球郚の緎習颚景を眺めた。ここ数日はナニフォヌムに袖を通す気になれず、あれほど熱心だった郚掻にも党く顔を出しおいなかった。
「実は昚日の攟課埌、高野連から連絡が有っおな。䞍祥事を起こした蚳でもないのに、出堎蟞退は認められないず蚀っお来た。どうやら遞抜倧䌚も間近に迫っおいるし、手続き䞊、手遅れずいうのが本音らしい。恐らくは、代わりの孊校が芋぀からなかったんだろう」
 長嶋は䌏し目がちにボ゜リず蚀うず、暪目で拓也の反応を窺った。䞀方的に出堎蟞退を決めおしたった手前、たずもに目を合わせるこずが出来なかった。
「今曎、そんなこずを蚀われおも、たずもにストラむクが取れるピッチャヌがいないのに無理ですよ。どうやっお甲子園で詊合をするんですか」
 拓也はいい気味だず蚀わんばかりに、吐いお捚おるように蚀った。
「いや、俺もそう蚀っお粘ったんだが、「二十䞀䞖玀枠」は勝敗床倖芖なんで、出おくれるだけでいいっお蚀うんだよ。今曎、倉曎は効かないし、蟞退する気なら、もっず早くに蚀うべきだろうっお䞀時間近くも説教されちゃったよ。芁するに、悪しき前䟋は残したくないっおいうこずらしい。ピッチャヌが肩を壊す床に䞀々出堎を蟞退されたんじゃ、今埌の倧䌚の運営に支障を来す恐れがある。かなり怒っおいるみたいで、電話口で䞀方的に捲し立おられお、䞀蚀も返せなかったよ。確かに客芳的に刀断しお、向こうの蚀っおいるこずの方が正論だからな」
「絶察に断っお䞋さい それに、今からじゃ間に合いたせんよ。先生のせいで、郚員たちだっお完党にやる気を倱くしちゃっおいるし、わざわざ甲子園たで恥を掻きに行くなんお誰だっお嫌でしょう」
「そのこずなんだが、拓也・・・。枈たないが、もう䞀床だけ茜に頌んでみおくれないか、この通りだ」
 長嶋は䜕ずも蚀えない跋の悪そうな顔をするず、瞋るような目をしお教え子に頭を䞋げた。
「今曎、䜕を蚀っおいるんですか。先生が女子の出堎は無理だっお蚀ったんでしょう。茜だっおこの時期、お寺ず孊校の䞡立で忙しいんですから、頌めたせんよ」
「そこを䜕ずか、䞀詊合だけでいいんだ」
「䜕ですか、それ。わざず負けろっおこずですか 詊合をする前から監督がそんな匱気じゃ、マりンドに䞊がる茜が可哀想ですよ」
「勿論、勝぀に越したこずはないが、勝敗はずもかく、塩飜の代衚ずしお正々堂々ず戊っお来お欲しいずいうのが、校長先生の埡意向なんだ。䜕にしろ瀬戞内海に浮かぶ小さな島の高校ずいうこずで、散々テレビや新聞で取り䞊げられお来ただろう。これずいった話題に乏しい今床の倧䌚で、りチの高校が目玉の䞀぀になっおいるらしい。ここでりチが断れば、「二十䞀䞖玀枠」の存続自䜓が危うくなる」
「そんなこずを蚀われおも、郚員たちの気持ちだっお切れちゃっおいるし、こんな状態で甲子園に出おも赀っ恥を掻くだけですよ」
「だったら、勝ちに行こう たた秋の䞭囜/四囜倧䌚みたいに、今床は甲子園で「本島旋颚」を巻き起こせばいいじゃないか」
「簡単に蚀っおくれたすけど、今のりチに負けるようなチヌムが、甲子園に出お来るず思いたすか」
「堂島茜に賭けおみよう。高校野球史䞊、初の女子高生投手の誕生だ 高野連の方は、俺が䜕ずか説埗する。今床こそ、クビを賭けお請け合うよ」
「勝手なこずを蚀わないで䞋さい 俺達は良くおも、寺の仕事ず孊業を䞡立させおいる茜に、これ以䞊の負担は掛けられたせんよ」
「遞抜倧䌚が終わるたで、䜕ずかならないのか」
「無理ですね。韍臥寺の䜏職が蚱可しおくれたせんよ。俺、あの埌で芪父に蚊いたんです。䜏職が茜に厳しい本圓の理由を・・・。その話を聞いお、俺にも諊めが぀いたんです」
「䜕か、耇雑な事情が有りそうだな」
「倧ありですよ」
「堂島茜のクラス担任ずしお、是非ずも聞かせおくれ」
「ふんっ 随分ず虫の良い話ですね。本島高校の長嶋先生ずもあろう人が、こんな極秘情報を只で聞こうっお蚀うんですか」
 拓也は勝ち誇ったように蚀うず、暪目で長嶋の反応を窺った。
「わかったよ、今床の絊料が入ったらな。喜楜の海鮮ラヌメンでいいだろう」
「たぁ、先生の絊料じゃ、そんなずころでしょう」
「いいから、早く話せよ」
「芪父の話では、韍臥寺の䜏職が倉わったのは、茜を匕き取っおかららしいんです。それたでは、島の誰からも慕われる䞀䌑さんや良寛さんのような䜏職だったそうです。小孊校でやっおいる倪極拳も、以前は䜏職が教えおいお、盞圓な䜿い手らしいですよ。自慢の䞀人息子がいお、孫の茜の高校進孊には猛反察したくせに、檀家の反察を抌し切っおたで京郜の倧孊に入れおいるんです。りチの芪父の二぀先茩なんですけど、ずにかく勉匷が良く出来たそうです。でも、寺の仕事なんかはやらされおいなかったそうですよ。勿論、䌑日の手䌝いくらいはしおいたでしょうけど・・・。そうやっお自分の息子は倧切に育おたくせに、孫の茜には颚呂の氎汲みをさせたり、飯炊きをさせたり、倪極拳の指導を任せたりず無茶苊茶ですからね。芋兌ねた檀家が䜕床も止めるように掛け合ったんですが、聞き入れお貰えないばかりか、返っお茜の仕事量が増えたんです。その内、あの䜏職は鬌だずいう評刀が広がっお、寺自䜓も孀立しお行ったんです」
「期埅を掛けおいた䞀人息子が亡くなったんで、茜に寺を継がせようず必死なのかもしれないな」
「それは無いですね。本圓に寺を継がせたいのなら、逆にもっず倧切に育おたすよ。高校卒業を埅っお、高野山にでも預ければ枈むこずですからね。塩飜の他の島の寺では、䜕凊でもそうしおいたす。今時、䞀䌑さんの時代じゃあるたいし、小孊生の女の子に厳しい修行を抌し付けるなんお、聞いたこずがありたせん」
「䜏職は、堂島のこずが可愛くないのかな」
「血の繋がった実の孫だし、そんな筈はないですよ。芪父の話では、出来が良過ぎるんじゃないかっお蚀うんです」
「出来が・・・」
「茜の䞡芪は、名神高速道路のトンネル内で、玉突き事故に巻き蟌たれお同時に亡くなっおいるんです」
「えっ、本圓か それっお十五幎くらい前の話だろう。その事故のこずなら良く芚えおいるよ。正月の䞉賀日に起こった事故で、日本䞭が匕っ繰り返るほどの倧隒ぎになった。圓時、俺は未だ小孊生だったけど、高束でも倧々的に報道されおいたからな。俺なんお、朝からテレビの前に釘付けだったよ」
「䞀家が乗っおいた車はペチャンコに朰されおいたそうですけど、チャむルド・シヌトに乗せられおいた茜だけが「奇跡」的に助かったんです。䜏職は䞀歳にも満たない茜を匕き取ったんですけど、初めは散歩に連れお歩いたり、島の皆に自慢したりず、目の䞭に入れおも痛くないくらい可愛がっおいたそうです。ずころが・・・」
「ずころが・・・」
「手元に眮いお育おおいる間に、その子が只ならぬ「噚」の持ち䞻であるこずに気づいおしたった。聡明だし、利発だし、本堂でお経を䞊げおいるず、隣りで聎いおいるだけで片っ端から芚えたずいいたすからね。恐らく、ああいうのを「神童」っおいうんでしょうね。茜ずは小孊校に䞊がる前から䞀緒でしたけど、実際、ピカピカの「倩才」に映りたしたよ。茜が倧孊進孊を目ざしお本気で勉匷したらず思うず、ちょっず想像が぀かないですね。いや、あれだけ寺の仕事で倚忙を極めおいるのに、英語ず䞭囜語の読み曞きは普通に出来るみたいですよ。たたに英語のペヌパヌ・バックを原曞で読んでいたすからね。その䞊、肝っ玉が座っおいお、幌くしお䞡芪を亡くしたずいうのに、人前で涙を流したこずが䞀床もない。芋る人が芋れば、わかるんじゃないですかね。尀も、分からない人もいるようですけど・・・」
「わっ、悪かったなぁ、ボンクラで」
「䜏職は散々悩んだ挙げ句、茜に「虚空蔵菩薩求聞持法」を授けるこずに決めたず蚀うんです。島で囁かれおいる噂ですけどね」
「虚空蔵菩薩・・・求聞持法」
「先生は讃岐の出身なのに、そんなこずも知らないんですか 若かりし日の匘法倧垫・空海が、四囜山地の急峻な厖や岩肌を攀じ登り、私床僧ずしお呜懞けの山岳修行に明け暮れおいた時代があるんです。ずころが、生死の境を圷埚うようなギリギリの難行/苊行を重ねおも、䞀向に悟りを開くこずが出来なかった。そんな時、どこからずもなく「沙門」の姿に身を倉えた虚空蔵菩薩が珟れお、「求聞持法」ずいう密教に斌ける最高奥矩を授けたんです。その圓時、未だ日本に正匏な密教は䌝わっおいたせん。「雑密」ず呌ばれる断片的な密教は、䞀郚の山岳修隓者の間で知られおいたんですけどね。本物の密教は数幎埌、空海自身が留孊生ずしお遣唐䜿船に乗り蟌み、長安の青韍寺で恵果和尚から盎々に䞡郚の灌頂を受け、正統の埌継者ずしお日本に持ち垰る蚳です。恐らくは、それが虚空蔵菩薩から空海に䞎えられた極秘のミッションだったのでしょう。「求聞持法」ずいうのは、その修行法に則っお満月の晩から逆算した䞀定期間内に虚空蔵菩薩の「陀矅尌」を癟䞇遍唱えるず、成功の暁には無限の智慧ず蚘憶力が埗られるずいう究極の荒行です。高知の宀戞岬に「神明窟」ずいう有名な岩窟が圚るのは知っおいたすよね」
「えっ、神明・・・」
「今では山岳修行の堎ずいうよりも、芳光地ずしお有名です。空海は、あの堎所で死ず隣り合わせの過酷な修行をしお、明けの明星が口から飛び蟌むずいう劇的な神秘䜓隓を埗たんです。有名な話ですよ」
「お前、そんな詳しいずころたで良く知っおいるな」
「獅子島の人間なら垞識ですよ。小孊校の郷土史の授業で習うんです。䜕ず蚀っおも千二癟幎前に匘法倧垫・空海が創建したず䌝えられる韍臥寺は、島の人間の宝であり、誇りですからね。その埌の空海の超人的な掻躍は有名ですが、「䞉教指垰」や「十埀心論」など著䜜物の倚い空海にしおは珍しく、この「求聞持法」ずいう修行法に関しおだけは、ほずんど蚘述が芋られたせん。䞍思議だずは思いたせんか その埌の人生を決定づけるような青幎期の神秘䜓隓を、空海ほどの蚘述マニアが蚘録に留めないはずがない。ずころが・・・」
「ずっ、ずころが・・・」
「空海自身が「求聞持法」の修行過皋を克明に蚘した手蚘が、韍臥寺の倧垫堂の䜕凊かに隠されおいるずいう䌝説が有るんです。勿論、歎代の䜏職は、誰䞀人ずしおその手蚘の存圚を認めおいたせん。もしも、それが事実だずすれば、歎史䞊の新発芋であるず同時に、間違いなく囜宝玚のお宝ですからね。知っおの通り、匘法倧垫・空海は日本䞉筆の䞀人です。真蚀密教の第䞀人者であるず同時に、「曞」に関しおも達人の域に達しおいたす。もしも、この手蚘の存圚が事実なら、叀曞ずしおは勿論のこず、叀矎術品ずしおの䟡倀も蚈り知れたせん。因みに高野山の金剛峯寺に所蔵されおいる空海盎筆の「聟瞜指垰」は、囜から囜宝の指定を受けおいたす。内容的には、空海が開県盎埌に蚘したずされる「虚空蔵菩薩求聞持法」の方が圧倒的に䞊ですからね。空海の䞉郚曞ずされる「即身成仏矩」、「声字実盞矩」、「吜字矩」に匹敵するくらいの、いや、それ以䞊の䟡倀が有るはずです。恐らくオヌクションに出せば、即座に億単䜍の倀が付くこずでしょう。日本党囜に空海マニアの蒐集家は倚いですからね。空海の堎合、ただ単に達筆ず蚀うだけでなく、その存圚は神栌化されおいたす。特に四囜では・・・。もしも、その手蚘の存圚が確認されれば、新聞やテレビで倧々的に報道され、日本䞭が倧隒ぎになる筈です。今時、空海の真筆なんお滅倚に出たせんからね。ずはいえ、韍臥寺にずっお重芁なのは、あくたでも空海の意思を受け継ぎ、その内容を䞀子盞䌝に䌝えるこずです。恐らく空海は、いずれこの手蚘を必芁ずする人物が珟れるこずを予芋しおいたんでしょう。或いは、虚空蔵菩薩の予蚀のようなものが有ったのかも知れたせん。韍臥寺の䜏職は、その「求聞持法」を孫の茜に授けようずしおいる節が有るんです。勿論、「求聞持法」を習埗する為には、空海のような超人的な䜓力ず鋌の粟神力が必芁ずなりたす。普通の人間には絶察に䞍可胜ですからね。その昔、東南アゞアの密教寺院では、この修行法が拷問の手段に䜿われおいたずいう蚘録も残っおいるくらいです。仏教の䞖界では、寺の高僧から呜じられれば、末端の匟子たちは絶察に逆らえたせんからね。才胜のある若い芜を摘み取るには、最も安䞊がりで、最も効果的な方法です。指名された者は地䞋の薄暗い牢獄のような郚屋に幜閉され、氎も食料も䞎えられず、䞍眠䞍䌑で癟䞇遍の陀矅尌を唱え続ける・・・。考えただけでもゟッずしたす。凡人が迂闊にこの法門を朜るず、途䞭で本圓に発狂するそうです。だからこそ空海は、高野山で修行する自らの匟子たちには䌝えなかった・・・。そんな蚳で韍臥寺の䜏職は、心を鬌にしお茜に厳しい修行を課しおいるずいうのが、獅子島で囁かれおいる噂です。あくたでも噂ですけどね。でも、そう考えるず、党おに蟻耄が合うんです」
「驚いたな。堂島茜は匘法倧垫・空海の埌継者なのか」
「少なくずも、韍臥寺の䜏職で終わるような「噚」じゃないですよ」
「぀いでに、甲子園の助っ人も頌む蚳には行かないかな」
「未だ蚀っおいるんですか どうしおも茜に頌みたいのなら、盎接、韍臥寺の䜏職に䌚っお掛け合うんですね。そうじゃなければ、茜が可哀想ですよ。只でさえ孊業ず修業の䞡立で忙しいのに、この䞊、野球郚の緎習にたで付き合わされたら、本圓に死んじゃいたすよ」
「韍臥寺の䜏職か・・・。䜕だか手匷そうだな」
「気を付けた方がいいですよ。幎霢は䞃十歳を過ぎおいたすが、獅子島のみならず、塩飜䞭に鳎り響いた倪極拳の䜿い手ですからね。若かりし頃、単身、小舟を挕いで牛島に乗り蟌み、地元の荒くれ持垫二十五人ず喧嘩をした挙げ句、党員をボコボコにしちゃったずいう䌝説の持ち䞻ですからね。その他にも数々の歊勇䌝を残す猛者ですから、たずもに行っおも勝ち目はないですよ」
「おいおい、脅かすなよ。もう遞抜倧䌚たで時間がないんだ。毎日通っお死ぬ気で掛け合うから、暫くの間、お前の郚屋に泊めおくれよ」
「本気で蚀っおいるんですか」
「仕方がないだろう。こうなった以䞊、出堎を蟞退する蚳には行かないし、堂島茜に頌む以倖に方法はない。その代わり、甲子園に行っおも赀っ恥を掻かないよう、しっかり緎習しお眮くんだぞ」
 長嶋は今床こそ腹を括っお立ち䞊がるず、背䞭ずズボンに付いた埃を払った。ここたで来たら、もう埌ぞは匕けない。玠人監督の自分に䜕凊たで出来るか自信はないが、やるず決めたからには前に出るしかないだろう。長嶋はギリギリの土俵際たで远い詰められる䞀方で、暗闇の䞭に䞀筋の光明を芋出しおいた。確かに、この八方塞がりの状況を打砎しおくれる生埒がいるずすれば、堂島茜以倖には考えられない。考えように䟝っおは、始めからこうなる「運呜」だったのかもしれない。本島高校野球郚にずっおは、文字通り、堂島茜が最埌の「切り札(゚ヌス)」だ。

 長嶋が職員宀のパ゜コンで怜玢したずころ、韍臥寺は平安時代から獅子島に続く由緒ある寺で、開祖は匘法倧垫・空海ずされおいる。塩飜の島々を䞀望の䞋に芋枡せる匘法山の頂きに䜍眮し、櫃石島から切り出された埡圱石を䜿った䞉癟段の石段が有名らしい。その曲がりくねった石段が山の斜面に臥せた韍の背鰭のように芋えるずころから、「韍臥寺」ず名付けられたずいう。尀も、空海の定めた四囜八十八箇所の霊堎には含たれおいないので、蚪れる芳光客や巡瀌者は少なく、銙川県内ですら䜙り知られおはいないようだ。塩飜出身の教頭の話では、行ったこずはないが、かなり立掟な寺らしい。獅子島の䜏民以倖には、ほずんど無名の寺ず蚀っおいい。
 拓也の前で倧芋埗を切ったものの、長嶋には、癟戊錬磚の韍臥寺の䜏職を説埗するだけの自信はなかった。もしも拓也の話が本圓なら、ずおもではないが新米教垫の自分に倪刀打ち出来るような盞手ではない。ずは蚀え、今の八方塞がりの状況を招いた責任は、党お優柔䞍断な態床を取り続けお来た自分自身に有る。取り敢えず、長嶋は家庭蚪問ずいう圢を取り、韍臥寺の䜏職に䌚っおみるこずにした。䞀人でクペクペず思い悩んでいおも、時間ばかりが過ぎるだけで䞀぀も問題は解決しない。ここは䞀぀、瀬戞倧橋の欄干から海に向かっお飛び蟌む぀もりで、圓たっお砕けるしかないだろう。

 その日の攟課埌、高校生甚の送迎船で獅子島に枡った長嶋は、韍臥寺ぞず続く石段の途䞭で空を仰ぎ、フヌっず䞀぀息を吐いた。芋るず聞くずでは倧違いで、実際に登っおみるず、想像しおいたよりも遥かに高い。その䞊傟斜が急で、ずおもではないが小孊生が氎桶を担いで登る姿は想像できない。その名が瀺す通り、韍の背䞭を攀じ登っおいる感じだ。誰が名付けたかは知らないが、完党に的を射た名称だ。或いは、この寺の呜名にも、匘法倧垫・空海が深く関わっおいるのかも知れない。

 長嶋がハアハアず息を切らし、登り続けるこず䞉十分・・・。山頂には堂々たる颚栌を備えた寺門が建っおいた。恐る恐る䞭を芗くず、苔むした石畳の参道の先には、想像を超えた立掟な本堂が垣間芋える。どうやら正匏名称は「匘法山/韍臥寺」ず蚀うらしい。寺門に掲げられた朚圫りの扁額に刻されおいる。これも空海が自らの手で圫ったものだずしたら、その䟡倀は蚈り知れない。四囜八十八ヶ所の霊堎の䞀぀に加えおも、おかしくないくらいの立掟な寺だ。いや実際に幟぀かの霊堎を尋ねた経隓が有るが、空海の生誕の地ずされる「五岳山/善通寺」を陀けば、銙川県内でここを超える寺は少ないだろう。

 荘厳な趣の有る寺門を朜るず、綺麗に掃き枅められた境内には、苔むした石畳が本堂たで真っ盎ぐに延びおいる。奈良や京郜の倧寺のような空間的な広がりはないが、砎颚造りの本堂を筆頭に、倧垫堂や庫裏、鐘楌たで揃った立掟な寺だ。䞀芋するず、奈良の唐招提寺をコンパクトに纏めたような趣がある。恐らくは、瀬戞内が北前船の寄枯地ずしお矜振りが良かった時代に増改築を重ねたものに違いない。党囜にその名を銳せた塩飜倧工の最高傑䜜ず評されるだけあっお、どの建物も叀刹の名に恥じない堂々たる颚栌を備えおいる。この小さな島に千二癟幎もの間、これだけ立掟な寺が維持されお来たずいうのは
「奇跡」ずしか蚀いようがない。長嶋は寺の想定倖の壮麗さに圧倒され、暫くの間、その堎に呆然ず立ち尜くしおいた。勿論、今回は瀟䌚科芋孊の䞋芋に来た蚳でもなければ、参拝に蚪れた蚳でもない。堂島茜をスカりトに来たのだ。

「埡免䞋さいっ」

 長嶋が勇気を振り絞っお尋ねるず、本堂の奥からひょっこりず顔を出したのは、䜜務衣姿の茜だった。
「あれっ どうしたんですか、先生」
 掃陀の途䞭なのか、茜は頭に手拭いを被り、巊手に絞った雑巟を持っお珟れた。
「抜き打ちの家庭蚪問なんだけど、埡䜏職は埡圚宅かな」
 長嶋は緊匵した面持ちで尋ねるず、茜の肩越しに䜏職の姿を探した。
「奥の居間に居りたすけど」
 茜は被っおいた手拭いを取るず、その堎に䞡膝を着いお正座し、愛くるしい笑顔で答えた。
「ちょっず、お目に掛かりたいんだけど、いいかな」
「ええ。どうぞ、お䞊がり䞋さい」
 堂島茜は担任教垫の長嶋雄䞀を本堂に䞊げるず、风色に磚き䞊げられた廊䞋を先に立っお案内した。堂内は隅々たで䞁寧な掃陀が行き届いおいお、本圓に塵䞀぀萜ちおいない。長嶋は修孊旅行䞭の高校生のように、そわそわず萜ち着かない様子で蟺りを芋回した。この広い本堂を茜が䞀人で掃陀しおいるのかず思うず、穎の開いた靎䞋で䞊がり蟌むのは気が匕ける。こんなこずなら、慣れない䞀匵矅のスヌツでも着お来れば良かった。
「先生、本圓に抜き打ちの家庭蚪問なんですか」
 茜は肩越しに振り返るず、悪戯っぜく埮笑んだ。い぀ものセラヌ服ずは違い、䜜務衣姿の茜は数段倧人びお芋える。いや恐らくは、こちらが本圓の堂島茜の姿に違いない。自分のクラスの生埒ながら、粟神幎霢から蚀えばずおも高校䞀幎生ずは思えない。
「たぁ、家庭蚪問ず蚀えば、蚀えなくもないんだが・・・。今日は、䜏職に倧事な話が有っお䌺ったんだ」
 そう蚀うず、長嶋は胞の高鳎りを鎮めようず倧きく䞀぀深呌吞をした。昔話に登堎する鄙びた山寺を想像しお来たのだが、これほど䌝統ず栌匏有る立掟な寺では、ちょっず敷居が高過ぎる。拓也の実家にも驚かされたが、この寺には少なく芋積もっおも、その数倍の財力ず匠の技が泚がれおいる。獅子島の䜏民にずっおこの寺がどういう存圚なのか、䞀目芋ただけで容易に想像が぀く。
「それっお、私にも関係の有る話ですか」
「勿論だ。お前にも関係が有るし、本島高校の名誉にも係る倧事な話だ」
「たさか、野球郚に入っおくれっお蚀うんじゃないですよね」
 茜は䞍意に立ち止たるず、肩越しに長嶋の反応を窺った。その顔はドキッずするほど愛らしい。䜕凊かのアむドル・グルヌプに所属しおいるず蚀われれば、「でしょうね」ずしかいいようがない。
「いや、実は、その「たさか」なんだ。頌む、茜・・・。正盎に蚀っお、もう時間が無いんだ。野球郚の為に、力を貞しおくれ」
 長嶋は枅氎の舞台から飛び降りる぀もりで苊しい台所事情を打ち明けるず、教え子に向かっお深々ず頭を䞋げた。
「拓也にも頌たれたけど、本気なんですか」
「䞀詊合だけでいいんだ。そうすれば応揎しおくれる校長先生や党校生埒、島の人達にも顔が立぀。情けない話だが、頌れるのはもう、お前しか居ないんだ。茜、頌むっ」
 長嶋はいっそのこず土䞋座をしようかずも考えたが、流石にそこたでプラむドを捚おる床胞はなかった。第䞀、される茜だっお迷惑だろう。

「いいですよ」

「えっ!?」
 䜙りにも意倖な返答に、長嶋は䞀瞬、頭の䞭が真っ癜になった。䜕凊たで本気なのか、茜は長嶋の心の䞭を芋透かしおいるかのように、ニコニコず埮笑んでいる。確かに柚朚拓也の蚀う通り、堂島茜は本物の「倩才」なのかも知れない。普通の女子高生がいきなり甲子園のマりンドに䞊がれず蚀われたら、考えるたでもなく断るに決たっおいる。人䞀倍聡明な茜の堎合、考える䜙地が有るずいうこずは、出来るずいうこずだ。䜕の勝算もないのに、茜が匕き受けるずは思えない。
「いいですよ。もしも、おじいちゃんを説埗するこずが出来たら、その時は協力したす」
「䜕だよ、脅かしやがっお。条件付きか」
「拓也から聞いおいたせんか おじいちゃんのこず・・・」
「色々ず聞かせお貰っおいるよ。こうなるず、家庭蚪問も呜懞けだな」
「倧䞈倫ですよ。拓也が䜕を蚀ったのかは知りたせんけど、本圓は優しい人ですから」
「だず、いいんだけど・・・」
「ちょっず、ここで埅っおいお䞋さい」
 長嶋䞀人を廊䞋で埅たせ、茜は奥の居間ぞず入っお行った。その埌ろ姿を芋送りながら、長嶋は心の昂りを抑えるこずが出来なかった。家庭蚪問ずいうよりは、入瀟詊隓の最終面接でも受けに行くような心境だった。ここでしくじるようなこずが有れば、今床こそ完党に道は閉ざされる。今の本島高校には、たずもにストラむクの取れるピッチャヌが䞀人も居ない。あの負けず嫌いの拓也がアッサリず認めるくらいだから、茜は盞圓な実力の持ち䞻に違いない。いや、堂島茜なら絶察にやっおくれるはずだ

 堂島は心の昂りを鎮めようず、䞭庭の小さな池に目を遣るず、倧きく䞀぀深呌吞をした。本堂ず母屋は蛇腹造りの枡り廊䞋で繋がれおいお、どちらの建物もひっそりず静たり返っおいる。本堂の方は「囜宝」ずたでは行かないたでも、充分に「重芁文化財」クラスの䟡倀が有りそうだ。もしかするず、既に銙川県の「重文」の指定を受けおいるのかも知れない。隅々たで䞁寧な掃陀が行き届いおいお、柱も、床も、欄間も、幎季の入った风色の光沢を攟っおいる。これだけの寺を茜が䞀人で切り盛りしおいるのだずすれば、確かに郚掻などやっおいる暇はないだろう。それにしおも、これほど由緒ある立掟な寺なら、修行する僧䟶の䞀人や二人は居おも䞍思議はない。いや、寧ろ居ない方が䞍自然だろう。
「先生、どうぞ」
 盎ぐに居間から出お来るず、茜は意味深に埮笑んだ。口には出さないが、結果は分かっおいるずでも蚀いたげだ。

「倱瀌したす」

 高校球児のような倧きな声で断るず、長嶋は䜏職の埅぀奥の居間ぞず入っお行った。たるで鬌ヶ島に鬌退治に向かう桃倪郎のような心境だった。孀立無揎、猿も、犬も、雉もいないが、今曎尻尟を巻いおスゎスゎず退散する蚳には行かない。そう蚀えば、校長の故郷の女朚島は、鬌ヶ島のモデルになった島だずか・・・。ふず入孊匏の時に自慢しおいた姿を思い出し、可笑しさが蟌み䞊げた。考えおみれば、桃倪郎䌝説だけではない。䞀寞法垫や浊島倪郎、瘀取り爺さんなど、瀬戞内には「埡䌜草子」や「今昔物語」の舞台ずなった島が無数に存圚する。もしも拓也の話が本圓なら、匘法倧垫・空海が獅子島に遺したずいう「虚空蔵菩薩求聞持法」などは、数ある䌝説の䞭でも最たるものだろう。その内容も含めた手蚘の䟡倀は、どんな囜宝をも凌駕する。勿論、本圓に存圚すれば、の話だが・・・。
「どうぞ、お座り䞋さい」
 韍臥寺の䜏職・堂島法悊は、色耪せた玺色の䜜務衣を着甚し、方圢の座卓を前にしお真っ盎ぐ背筋を䌞ばしお座っおいた。想像しおいたより顔の色艶も良く、䜓栌もがっしりずしおいお、ずおも䞃十過ぎの老人には芋えない。高芋島出身の教頭の話では、獅子島の堂島法悊ず蚀えば、嘗おはその名が塩飜䞭に鳎り響くほどの暎れん坊だったそうだ。その歊勇䌝の数々は、今でも䌝説ずしお語り継がれおいる。本島䞭孊に圚籍しおいた頃には、癟戊無敗の無敵の番長ずしお君臚し、塩飜䞭の悪ガキ共を束ねおいたらしい。単身、小舟を挕いで四囜の䞞亀に枡り、癟人の高校生を盞手に喧嘩をしたずいうが、真停の皋は定かではない。䞀説によるず、倧半の䞍良どもを䞞亀城の堀割に叩き蟌んだずいう。翌日の朝刊にも茉ったずいうから、かなり倧きな決闘事件だったのかも知れない。話半分に聞いたずしおも、只者でないこずだけは確かだろう。その䌝説䞊の人物が今、目の前に座っおいる。最近は寺の仕事を孫の茜に任せ、滅倚に衚には出お来ないずいう。巷には重病説も流れおいるが、䜕凊をどう芋おも健康そうだ。
「初めたしお、茜さんのクラス担任の長島雄䞀です」
 長嶋は勧められるたたに正面の座垃団に正座するず、ドギマギしながら頭を䞋げた。流石に数倚の歊勇䌝を残す猛者だけあっお、目の前に座っおいるだけで圧倒されるようなオヌラを感じる。たさか、いきなり孫嚘の担任教垫をぶん殎ったりはしないだろうが、ヘビに睚たれたカ゚ルの心境だ。
「孫の茜は、真面目にやっおおりたすか」
 䜏職は口元に穏やかな埮笑みを湛え、柔らかな物腰で尋ねた。
「はい。茜さんはクラスの皆からの人望も厚く、成瞟も非垞に優秀で、非の打ち所が有りたせん」
 長嶋はお䞖蟞を蚀う぀もりはなかったが、茜に関しおは、本圓に耒めるずころしか芋぀からない。
「そうですか。楜しくやっおおりたすか」
 䜏職は癜眉で隠れそうな现い目を瞬かせるず、心の底から嬉しそうに埮笑んだ。第䞀印象に過ぎないが、長嶋には、韍臥寺の䜏職が䞖間で噂されおいる「鬌」のような人物だずは思えなかった。勿論、数倚の修矅堎を朜り抜けお来た䜏職に、掌の䞊で転がされおいるだけかも知れないが・・・。
「ずころで、今日䌺ったのは、他でもありたせん。茜さんの件なのですが、真に勝手ながら、暫くの間、茜さんが攟課埌のクラブ掻動をするのを蚱しおは頂けないでしょうか。お願い臎したす」
 長嶋はいきなり本題を切り出すず、座卓の䞊に䞡手を突いお深々ず頭を䞋げた。どうせ今日は、送迎船に乗っお獅子島たで断られに来たようなものだ。䞀床察策を立おおから出盎さなければ、ずおもではないが、新米教垫が倪刀打ち出来るような盞手ではない。韍臥寺が想像以䞊に立掟な寺だずいうこずが分かっただけでも、初回の蚪問ずしおは䞊出来だ。明日はしっかりず察策を立お、スヌツずネクタむ着甚で出盎そう。
「ほう。茜がクラブ郚掻動を・・・」
「はい。長くおも䞉月䞀杯、二カ月ほどで結構です。真に唐突で、勝手な話では有りたすが、是非お願い臎したす」
 長嶋は深々ず頭を䞋げたたた、䞀床も目線を䞊げずに蚀った。心臓はバクバクず砎裂しそうなほど高鳎っおいた。恐らく垰っお来る答えは「NO」だろう。いや間違いなく「NO」だ。問題は、その埌の展開だ。この時点で長嶋は、戊略ず呌べるものを䜕䞀぀持ち合わせおいなかった。栌奜を぀けお蚀うなら、出たずこ勝負の「無手勝流」だ。正盎に蚀うず、今はこの重苊しい空気から䞀刻も早く開攟されたかった。
「さお、茜には寺の仕事が有りたすでな。䞡立が出来たすかどうか」
「その件なのですが、その間、私にお寺の仕事を手䌝わせおは頂けないでしょうか」
 長嶋は咄嗟の思い぀きで亀換条件を口にするず、䞊目遣いに䜏職の反応を窺った。これでダメなら、顔を掗っお出盎すより他はない。今日のずころは顔繋ぎに来ただけで、䜕床でも通う芚悟は出来おいる。
「ほう。先生が寺の仕事を・・・」
「はい。及ばず乍ら、䞀所懞呜に心を蟌めお勀めさせお頂きたす。是非、茜さんのクラブ掻動をお蚱し䞋さい」
 長嶋は柄にもなく神劙な面持ちで答えるず、もう䞀床、䞡手を突いお深々ず頭を䞋げた。
「ほう・・・。ずころで、茜本人はクラブ掻動をやりたいず申しおおるのですかな」
 䜏職は結跏趺坐した姿勢を㎜も厩すこずなく、䜕故か䞍思議そうな顔をしお尋ねた。
「いえ、それは、ただ・・・」
 さすがに歊術の達人だけあっお、蚀葉遣いは䞁寧だが、盞手の痛いずころをピン・ポむントで突いお来る。茜が自分からやりたいず蚀い出す筈がないのだ。もしも、やりたいのであれば、絶察に自分から蚀い出す筈だ。堂島茜ずは、そういう生埒だ。
「そうですか。いや、結構・・・。それでは明日から二、䞉日、やっおみなされ。茜の代わりが務たるようなら、もう䞀床、話を䌺いたしょう」
 䜏職の口ぶりは、たるで長嶋が音を䞊げるこずを確信しおいるかのようだった。それが分からないほど銬鹿ではないが、党く可胜性がないよりは、でも有った方が良いに決たっおいる。
「あっ・・・有り難う埡座いたす。死ぬ気で勀めさせお頂きたす」
 長嶋は、䜏職の気が倉わらない内にもう䞀床深々ず頭を䞋げるず、チャンスを䞎えおくれたこずに玠盎に感謝した。内心はガッツ・ポヌズをしたいほど嬉しかったが、䜏職の手前、子䟛のように無邪気にはしゃぐのは憚られる。ずはいえ門前払いも芚悟しお来ただけに、初回の亀枉ずしおは䞊出来だろう。正盎に蚀っお、こんなにも䞊手く行くずは思わなかった。

 長嶋は䜏職の居間から解攟されるず、ホッず安堵の溜め息を吐いた。十分ほどの短い面談だったが、緊匵に次ぐ緊匵の連続でクラクラず目眩がした。流石に数倚の歊勇䌝を残す猛者だけあっお、党身から発せられるオヌラずいうか、嚁圧感が半端ではない。恐らくは、波乱䞇䞈の人生に斌いお数々の修矅堎を朜り抜けお来たのだう。そうでなければ、あのような「達芳」した境地には蟿り着けない。䜏職の前では、自分自身の未熟な心が党お芋透かされおいるような気さえした。

 垰り掛け、長嶋が本堂に顔を出すず、茜は雑巟掛けの最䞭だった。その埌ろ姿は広倧なサバンナで獲物を远い回すチヌタヌのようで、ズバ抜けた身䜓胜力の高さを窺わせる。もしかするず、拓也よりも速い球を投げるずいうのは本圓かも知れない。
「どうでした、先生」
 背䞭に目でも付いおいるのか、突き圓りの壁たで到達するず、茜は長嶋の方を振り返りニッコリず埮笑んだ。その顔は「結果は分かっおる」ずでも蚀いたげだ。
「良かったな、茜。䜏職は快くOKしおくれたよ」
 長嶋は茜が拭いたばかりの床に足跡を぀けないよう、爪先立ちで慎重に歩きながら報告した。
「えっ、本圓ですか」
「本圓だずも。この俺が、生埒の前でハッタリをかたすような安っぜい教垫に芋えるか その代わり、明日から俺がこの寺の仕事を匕き継ぐこずになった。詊甚期間が有るそうだから、暫くの間、宜しく頌むよ」
 長嶋は埗意げに胞を匵っお芋せるず、改めお本堂の広さを確認した。畳に換算するず、五十畳くらいだろうか。島の檀家が挙っお集䌚を開けるよう、山頂に建぀寺ずしおは狭い敷地を最倧限に掻甚した蚭蚈がされおいる。正面の倧壇に祀られおいるのは、空海が自らの手で圫ったず䌝えられる「虚空蔵菩薩立像」だ。この像が䞀぀有るだけでも、この寺の存圚䟡倀は蚈り知れない。その背埌には、「胎蔵界」ず「金剛界」の䞡郚の曌荌矅図が掲げられおいる。この島の蚀い䌝えに拠れば、こちらも空海が自ら絵筆を執り、たった䞀晩で描き䞊げたずいう。もしも、それが事実だずすれば、県の重芁文化財の指定を受けおいおもおかしくない。その他にも、幎季の入った「法茪」や「倧火舎金剛盀」、「閌䌜噚」、「塗銙噚」、「華鬘噚」ずいった密教に特有の緻密な技法で補䜜された法具が数倚く配眮され、真蚀宗に特有の幻想的な䞖界芳が具珟化されおいる。気を匕き締めお掛からなければ、ここを掃陀するだけでも二時間は掛かりそうだ。
「先生、止めお眮いた方がいいですよ」
 茜は也いた溜め息を吐くず、心の底から気の毒そうな顔をした。
「いや、せっかく貰ったチャンスだからな。こう芋えおも、身䜓だけは䞈倫なんだ。䜕でもやるから、遠慮なく蚀っおくれ」
「先生、おじいちゃんが蚱可したのは、どうせ途䞭で投げ出すだろうっお刀断したからです。無理はしない方がいいですよ」
「出来るか出来ないかは、やっおみなくちゃ分からないだろう。お前にも無理を蚀うんだから、俺だっおやらなくちゃ郚員たちにも瀺しが぀かない。明日から来るからな、絶察に甲子園で投げお貰うぞ」
 長嶋はキッパリず念を抌すず、䜕故か枅々しい気分で山を䞋りた。熱血教垫などずいう柄ではないが、堂島茜を芋おいるず、䞍思議ず「䜕かをしおやらねば」ずいう気持ちに駆られる。高校䞀幎生ず蚀えば、どう考えおも遊びたい盛りだろう。孊校ず寺ずの埀埩だけで終わらせるには、䜙りにも勿䜓ない。来る日も来る日も、これだけ寺のために貢献しおいるのだ。䞀぀くらい楜しい思い出を䜜ったっお眰は圓たらない。

 翌日の攟課埌、長嶋はゞャヌゞ䞊䞋に着替えるず、午埌の授業を早めに切り䞊げ、茜ず同じ䞭孊生甚の送迎船に飛び乗った。
「先生、本圓にやるんですか」
「圓たり前だろう。俺がやらなくお、誰がやるんだ!?」
「郚員たちの手前、瀺しが぀かないっお蚳ですか」
「それだけじゃない。俺も、お前に投げお貰いたいんだ。色々ず俺なりに考えおみたんだが、䜕だか今回の䞀件は、党お「運呜」に導かれおいるような気がするんだよ。だっお、おかしいだろう 突然、降っお湧いたように遞抜出堎が決たったり、その盎埌に拓也の肩の故障が発芚したり、䜙りにも出来過ぎおいる。党おは、お前を甲子園のマりンドに立たせるための垃石だったような気がするんだよ」
「考え過ぎですよ」
「いや、やっぱり、お前は甲子園のマりンドに立぀べきだ。昚日、䜏職ず䌚っお思ったんだが、お前も、そろそろ自分の足で歩き出しおもいい頃なんじゃないのかな。䜏職も心の底では、それを望んでいるず思うぜ」
「先生、私は自分の足で歩いおいたすよ」
「それは、そうなんだけど、お前の堎合は呚りの人間に気を遣い過ぎるからな。来る日も来る日も寺の仕事に远われお、たたにはオシャレな栌奜をしお友達ず遊びに行きたいず思ったりもするだろう」
「そりゃあ、女の子ですからね。でも、いいんです」
 茜は遠い目をしお呟くず、穏やかに凪いだコバルト・ブルヌの海面を眺めた。その暪顔がドキッずするほど愛らしかった。「倩は二物を䞎えない」ずいうが、堂島茜だけは䟋倖のようだ。その矎しさは、充実した内面から滲み出しお来るものに違いない。確かに拓也の蚀う通り、茜が甲子園のマりンドに䞊ったら、日本䞭が倧倉な隒ぎになるだろう。長嶋は野球郚の監督ずしおではなく、担任の教垫ずしお、その姿が芋たいず思った。こんな小さな島で䞀生を終えるには、䜙りにも惜しい逞材だ。

 獅子島は、海面に浮かぶシル゚ットが癟獣の王/ラむオンが空に向かっお咆哮する姿に芋えるずころから、その名が぀けられた。䞁床、匘法山が頭の郚分に圓たり、その頂に建぀のが韍臥寺だ。県䞋には颚光明媚な塩飜の島圱を䞀望の䞋に芋枡すこずが出来る。拓也に蚀わせれば、塩飜で䞀番の絶景ポむントらしい。尀も、この日の長嶋に、呚囲の景色を眺めおいられる䜙裕はなかった。人間の胜力には、自ずず限界ずいうものが有る。

 茜の日々の修行は、長嶋が想像しおいたよりも遥かに過酷なものだった。麓の井戞たで䞋りお釣瓶で氎を汲み䞊げるだけでも倧倉なのに、倩秀棒の先に桶を二぀䞋げるず、持ち䞊げお歩くのが粟䞀杯で、ずおもではないが石段を䞊がるこずは出来ない。
「お前、これを毎日やっおいるのか」
 生たれたばかりの子鹿のように䞡脚をガクガクず震わせながら、瞋るような目をしお長嶋が蚊いた。
「小孊校の頃からやっおいたすからね。コツが有るんです。キツかったら、桶の氎を枛らした方がいいですよ」
「その分、登る回数が増えるんだろう」
「勿論です。物理の授業で習いたせんでしたか どんな時にでも、仕事量は保存されたす。その他にも、仕事が詰たっおいたすからね。早くしないず、今日䞭に終わりたせんよ」
 䜜務衣に着替えお監督圹に回った茜は、長嶋の少し埌ろを歩きながら、䜙裕の笑顔で埮笑んだ。
「やっぱり無理だ。ちょっず埅っおくれ」
 長嶋は石段の途䞭で担いでいた倩秀棒を䞋ろすず、汲んで来た氎を溢そうずした。
「あぁ、埅っお䞋さい 勿䜓ないですよ。この島では、昔から氎が貎重なんです。感謝しお䜿わないず、眰が圓たりたすよ」
 茜は事も無げに蚀うず、倩秀棒を軜々ず担ぎ䞊げ、残りの石段を登り始めた。
「そんな華奢な䜓で、どうしお氎桶が二぀も担げるんだ」
「盎ぐに慣れたすよ。䞊半身に力を入れるから、バランスを厩すんです。お臍の䞋に圚る「䞹田」ずいうツボに力を蟌めれば、バランスも保おるし、重いものも苊になりたせん。単玔な䜜業ですけど、足腰の鍛錬には最適なんです」
「䜏職は足腰を鍛えさせるために、毎日これをやらせおいるのか」
「いいえ、やらされおいる蚳では有りたせん。自分自身の修行だず思えば、苊にはなりたせんよ」
「お前は匷いなぁ」
 茜の埌に぀いお石段を登りながら、しみじみずした口調で長嶋が蚀った。
「そんな事ありたせんよ」
「いいや、匷い。ずころで、これを䜕埀埩すれば終るんだ」
「最䜎でも䞉回ですね」
 茜は平然ず蚀っおのけるず、急角床の石段をゎム毬が跳ねるように登っお行った。この時、長嶋は、初めお自分が完党な思い違いをしおいたこずに気づいた。茜は、これを自らに課せられた劎働ずしおではなく、自らを高めるための修行の䞀環ず捉えおいるのだ。「劎働」ず「修行」の間には、倩地懞隔の隔たりが有る。俄には信じ難い話だが、堂島茜は本気で匘法倧垫・空海を目暙にしおいるのかも知れない。だずすれば、本圓の鬌は䜏職ではなく、堂島茜ずいうこずになる。そう考えるず、気の毒なのは寧ろ䜏職の方だろう。修業をする者よりも、させる者の方が遥かに蟛いのだから・・・。

 長嶋が挞く颚呂の氎を汲み䞊げた時には、日はずっぷりず暮れおいた。小孊生の茜がやっおいたず聞いお甘く芋おいたが、想像を遥かに超えた重劎働だ。茜以倖の子䟛にやらせたら、間違いなく児童盞談所に通報されるだろう。確かに拓也の蚀う通り、どんな名門高校野球郚の緎習量をも超えおいる。もしかするず、茜は本気で「虚空蔵菩薩求聞持法」に挑もうずしおいるのかも知れない。少なくずも、孊校で芋せる女子高生の玠顔ずは党くの別人だ。
 長嶋は最埌の氎桶を山頂たで運び䞊げるず、境内の石畳の䞊にヘナヘナずぞたり蟌んだ。この時点で、既に身䜓䞭の骚ずいう骚がバラバラになりそうなほど疲れおいた。こんなこずになるなら、䞋宿の郚屋で怠惰な寝正月を過ごさず、郚員たちず䞀緒に走り蟌みでもしお眮けば良かった。
「先生、諊めた方がいいんじゃないですか」
 ハアハアず息を荒げる長嶋の顔を芗き蟌むず、心の底から気の毒そうな顔をしお茜が蚊いた。
「堂島、やっぱりお前は甲子園のマりンドに立぀べきだ。どんな名門高校の野球郚だっお、こんなにキツむ緎習はやっおいない。女だからっお文句を蚀うダツがいたら、俺がぶっ飛ばしおやるっ」
「先生、私、本圓に野球をやったこずがないんですよ」
「倧䞈倫だよ。拓也の目は、監督の俺なんかよりもよっぜど確かだ。あい぀が自分よりも䞊だっお蚀うんだから間違いない。さぁ、次は䜕をやるんだ」
「薪割りず本堂の雑巟掛けず、どっちがいいですか」
「たっ、薪割りたで有るのか」
「山の䞊の寺なんですから、ガスなんお有りたせんよ」
「頌むっ、雑巟掛けをやらせおくれ」
 長嶋は倩秀棒を杖にしお立ち䞊がるず、台颚に逆らうレポヌタヌのように、倒れそうになるのを必死に堪えた。䜏職の前で倧芋埗を切ったものの、これでは仕事を芚える前に甲子園倧䌚が終わっおしたう。

 この倜、長嶋が仕事を終えたのは、深倜の十二時過ぎだった。いや、それでも終わらなかったので、䜏職に匷制的に垰らされおしたった。これ以䞊予定がズレ蟌めば、茜の読経ず坐犅の時間が無くなっおしたう。仕事も半分は茜に手䌝っお貰ったし、完党に足を匕っ匵っただけの䞀日だった。これでは䞀䜓、䜕をしに獅子島たで来たのか分からない。

 長嶋は心身ずもにボロボロになりながら、月明かりだけを頌りに、倖灯もない挆黒の山道を䞋っお拓也の家たで蟿り着いた。予め打ち合わせをしお眮いた通り、裏朚戞を開けお䞭に入るず、拓也の郚屋の蛍光灯だけが煌々ず点いおいた。拓也の話では、獅子島には泥棒がいないので、戞締たりの必芁がないずいう。長嶋がコツコツずガラス窓を叩くず、拓也は起きお埅っおいおくれた。自分を心配しおずいうよりは、茜のこずが心配だったに違いない。
「どうしたんですか、こんな時間たで」
 長嶋の身䜓を窓から匕き入れながら、ゞャヌゞ䞊䞋の拓也が蚊いた。
「キツむ仕事だずは聞いおいたが、たさか、あそこたでずは思わなかった」
 長嶋は拓也が敷いおくれた垃団の䞊に仰向けに倒れるず、酞欠のフナのようにハアハアず息を荒げた。
「だから蚀ったでしょう。茜は特別なんです。普通の人間には絶察に無理ですよ。これで先生にも分かったでしょう、堂島茜の本圓の凄さが・・・」
「それにしおも、茜は未だ高校䞀幎生だぞ。来る日も来る日も、あんな重劎働を抌し付けるなんお無茶苊茶だ。明日の朝、職員宀の電話を䜿っお、こっそり児童盞談所に通報しおやろうかな」
「それで、どうするんですか。明日も行くんですか」
「圓たり前だろう。今日だっお半分しか出来なかったんだぞ。このたた黙っお匕き䞋がれるか」
「茜は、どうしたした」
「俺が垰る頃には、䜏職ず本堂でお経を䞊げおいたよ」
「可哀想に、その埌で坐犅を組むから、寝るのは䞉時だな。朝は倪極拳の指導で四時に起きなくちゃならないから、睡眠時間はたったの䞀時間だ。先生のせいですよ」
「悪かったな。今日䞀日で仕事の流れも芚えたから、明日はもうちょっず芁領良くやるよ」
 長嶋は生あくびを噛み殺しながら蚀うず、柚朚家の来客甚の垃団に朜り蟌んだ。自分の郚屋のせんべい垃団ずは違い、柔らかくおフカフカで寝心地は最高だ。明日の朝になれば、拓也ず䞀緒に柚朚家の朝食にも有り぀ける。取り敢えず、今は䜕もかも忘れお爆睡したかった。
「先生、ゞャヌゞくらい脱いで寝た方がいいですよ」
 拓也が芗き蟌むず、長嶋は早くも倧錟を掻いお眠っおいた。䜙ほど疲れたず芋え、完党な爆睡モヌドだ。拓也は少しだけ長嶋のこずを芋盎した。今時、生埒の為に、ここたでやっおくれる教垫は滅倚にいない。それにしおも、遞抜倧䌚たではもう二カ月を切っおいる。幟ら茜が倩才でも、緎習期間ずしおはギリギリだ。ただ速い球を投げるだけでは、甲子園球堎のマりンドには䞊がれない。野手ずの现かい連携を含め、芚えなくおはならない基本的なテクニックが山積みだ。

 翌日、長嶋がフラ぀いた足取りで井戞から氎を汲み䞊げおいるず、ナニフォヌム姿の拓也が珟れた。「地獄に仏」ずは、正しくこのこずを蚀うに違いない。
「先生、氎汲みは俺がやりたすから、先生は次の仕事に取り掛かっお䞋さい」
 石段の䞭皋で長嶋に远い぀くず、匟んだ声で拓也が蚀った。
「くっふうっ 来おくれたのか、助かったぁ・・・。あず二埀埩も有るんだぜ。今、ギブ・アップしようかず思っおいたずころだ」
「未だ始たったばかりじゃないですか。ずっずず終わらせお、䜏職をギャフンず蚀わせおやりたしょうよ」
 拓也は長嶋の䞋ろした倩秀棒を担ぎ䞊げるず、石段を䞀歩䞀歩、慎重な足取りで䞊り始めた。
「お前も䞀日手䌝えば、そんな元気無くなるっお」
 長嶋は肩の蟺りの筋肉を揉み解しながら、早くもれ゚れ゚ず喘ぐような声で蚀った。
「俺は、野球郚の緎習で鍛えおたすからね。先生ずは違いたすよ」
「確かに俺ずは違うだろうが、茜ずも違うっお・・・」
 長嶋ず拓也は二人で盞談し、茜の仕事量を公平に分担した。二人で力を合わせれば、䜕ずかなるず思ったのだが・・・。やっおもやっおも、寺の仕事が尜きるこずはない。拓也は氎汲みの仕事を終えるず、竹箒を持っお䞉癟段の石段を䞊から䞋ぞず掃き出した。長嶋は本堂の雑巟掛けを終えるず、薪を割っお䜏職のための五右衛門颚呂を沞かした。その他にも炊事や掗濯、仏像の煀払いず、次から次ぞず新しい仕事が湧いお出る。流石に茜の手を煩わせるこずは少なくなったが、二人が党おの仕事を終え、拓也の家に蟿り着いたのは真倜䞭の十二時過ぎだった。極床の疲劎ず筋肉痛から、二人ずも立っおいるだけで足元がフラ぀いた。
「拓也ぁ、倧䞈倫か」
 互いに支え合うようにしお郚屋に蟿り着くず、気の抜けた声で長嶋が蚊いた。
「話なら明日にしお䞋さい」
「なっ、俺の蚀った通りだろう」
「そうですね・・・」
 拓也はベッドに、長嶋は垃団に倒れ蟌むず、そのたた着替えもせずに眠りに萜ちた。普段は滅倚に䜿うこずのない筋肉を䜿うため、身䜓䞭の関節ずいう関節がバラバラになりそうなほど痛かった。どうしお、あれだけの仕事量を茜䞀人でこなすこずが出来るのか、長嶋には䞍思議でならなかった。限られた時間ずペヌス配分を考えれば、分身の術でも䜿っおいるずしか思えない。䞉぀、いや四぀くらいの仕事を同時に進めなければ、絶察に時間内には終わらない。

 翌日は、流石に二人では手に負えないず刀断し、拓也がナニフォヌム姿の五人の野球郚員を連れお珟れた。話し合いの結果、拓也以倖の郚員を二組に分け、䞀組を寺の手䌝いに回し、もう䞀組が野球の緎習をするこずにした。拓也に替わる新しい゚ヌスの誕生は、郚員たち党員の悲願でもあった。䞀カ月半埌に迫った遞抜倧䌚に出堎するためには、どうしおも堂島茜の協力が必芁䞍可欠なのだ。
 長嶋は野球郚の監督/顧問ずしお、郚員たちの奜意が玠盎に嬉しかった。流石に高校球児が六人も助っ人に来おくれれば、深倜たで掛かっおいた仕事も九時前には終えるこずが出来る。仕事に慣れたら少しず぀人数を枛らし、野球郚の緎習に戻せばいい。぀いでに野球に欠かせない足腰の鍛錬ず匷化には、寺の仕事はうっお぀けだ。考えように䟝っおは、「怪我の功名」、いや「䞀石二鳥」ず蚀えなくもない。

 数日埌、長嶋は頃合いを芋蚈らい、もう䞀床䜏職に掛け合うこずにした。教垫ずしお、監督ずしお、せっかくの郚員たちの奜意を無にする蚳には行かない。遞抜倧䌚は、もう目前たで迫っおいる。堂島茜を甲子園のマりンドに立たせるためには、䞀刻の猶予も蚱されない。
 意を決した長嶋は、今床は茜を䌎い、再び䜏職の郚屋を蚪ねた。盞手は倪極拳の達人だが、堎合に䟝っおは喧嘩や口論も蟞さない芚悟を決めおいた。十䞭八九、いや十䞭十、叩きののめされるだろうが、長い人生に斌いお、男には腹を括らなくおはならない時がある。それに、むザずなれば茜がいる。長嶋の芋たずころ、䜏職よりも、曎に茜の方が匷そうだ。動きが山猫のように俊敏な䞊に、日々の修行で培った抜矀のパワヌずスタミナが有る。きっずボコボコにされる前に、間を割っお止めに入っおくれるに違いない。

 䜏職は方圢の座卓を前にしお、前回ず同様の䞀分の隙もない姿勢で座っおいた。䜆し、気のせいかも知れないが、ここ数日の間に少しだけ老けた印象を受けた。本圓に唯の気のせいかも知れないが・・・。
「お願いしたす。どうか茜さんのクラブ掻動を認めお䞋さい」
 長嶋は勇気を振り絞っお切り出すず、䞡手を突いお深々ず頭を䞋げた。
「おじいちゃん。必ず寺の仕事ずは䞡立させたすから、暫くの間、皆ず䞀緒にやらせお䞋さい」
 茜は初めお自らの意思を口にするず、祖父であるず同時に垫でもある䜏職からの返答を埅った。茜ずしおも、本来、自分がやるべき仕事を他人に手䌝っお貰うずいうのは本意ではなかった。そしお䜕よりも、本圓に困っおいる友達を芋捚おるこずは出来なかった。仏教には自らの解脱のみを求める「小乗」ず、他者の救枈を本願ずする「倧乗」の二぀がある。茜の目指す仏教は「䞉昧王䞉昧」。菩薩の王道を志す茜にずっお、自分䞀人が悟りを開いたずころで意味がない。他者を救枈しおこその仏教だ。慈悲の心が他人の䜕倍も深いからこそ、これほど過酷な修行にも笑顔で耐えるこずが出来るのだ。

 二人の話を聞き終えるず、䜏職は静かに瞌を閉じ、深い瞑想状態に入った。長嶋が初めお韍臥寺を蚪れた日から、早くも䞀週間が経ずうずしおいる。その間、長嶋は䜏職が郚屋を出た姿を数回しか芋たこずがなかった。実質的な寺の運営は、党お茜に䞀任されおいるようだ。長嶋の受けた印象では、䜏職が茜に厳しいずいうよりは、茜自身が自らに厳しい修行を課しおいるように芋える。恐らく、本圓の鬌は䜏職ではなく、茜の方に違いない。そう考えるず、拓也の蚀っおいた「虚空蔵菩薩求聞持法」の話も、俄に珟実味を垯びお来る。

 䜏職が答えを出す間、八畳ほどの居間には重苊しい沈黙の時間が流れおいた。長嶋は暪目でチラチラず茜の様子を窺いながら、無蚀で答えが出るのを埅っおいた。䜏職は朚圫りの仏像のように䞡目を半県に開き、䞡手で「法界定印」を結んで座っおいる。倧地にしっかりず根を匵った束の巚朚のように、どっしりず腰を据えお埮動だにしない。その姿は、䞀䌑和尚や沢庵犅垫ず蚀った叀の名僧たちを圷圿ずさせる。やはり仏教に垰䟝し、氞幎の修行ず研鑜を積んだ人間ずいうのは、玠人目に芋おも備わった嚁厳ず颚栌が違う。黙っお座っおいるだけだが、その党身からは達芳した人間だけが攟぀特別なオヌラをヒシヒシず感じる。迂闊に殎り掛かろうものなら、雷のような怒号で䞀括され、即座に返り蚎ちに遭うだろう。長嶋には、これほどの修行を積んだ僧䟶が、瀬戞内の小さな島で無名のたた䞀生を終えるこずが䞍思議でならなかった。そう考えるず鑑真和䞊や䌝教倧垫、匘法倧垫ずいった歎史䞊の偉人たちは別栌ずしおも、円仁、䞀遍、道元、日蓮ずいった名僧たちは、䜙ほど人間離れした傑物だったに違いない。
 
 その頃、韍臥寺の境内では、拓也ず郚員たちが手分けをし、氎汲みや薪割りずいった力仕事に励んでいた。寺の仕事も誰かに匷制されるのではなく、自ら進んで粟を出せば、これほど楜しいクラブ掻動はない。重苊しい沈黙が支配する奥の居間にも、時折り郚員たちの甲高い掛け声や楜しげな笑い声が届く。どうやら党員が合宿感芚で楜しんでいるようだ。嘗おは韍臥寺の境内も、子䟛たちの明るい笑い声で賑わったものだった。孫の茜を匕き取るたでは、毎日が保育所か孊童保育のようだった。法悊も、決しお子䟛たちが嫌いな蚳ではない。寧ろ境内の賑やかさは歓迎する方だ。䞀人で山の頂に暮らしおいるず、時々無性に人恋しくなるこずがある。島で唯䞀の寺を守る䜏職ずしお、来る者は拒たず、可胜な限り番茶や駄菓子を出しおもおなした。それが韍臥寺の䌝統だった。檀家ずの芪密なコミュニケヌションを図るこずも、倧切な䜏職の仕事の䞀぀だ。千二癟幎もの長きに枡り、島の人々の善意に支えられ、ここたで脈々ず空海の「意志」を受け継ぐこずが出来た。あの日、息子倫婊が名神高速道路のトンネル内で玉突き事故に巻き蟌たれおいなければ、孫の茜を匕き取るこずもなかっただろう。冷たい雪が深々ず降りしきる圊根垂内の病院で、初めお孫の茜ず察面した瞬間っ

「」
  
 法悊は脳倩に雷の盎撃を喰らったような衝撃を受けた。ずおも信じおは貰えないだろうが、その時、法悊の目には小さな茜を守る仏法の守護神・䞍動明王の姿がハッキリず芋えおいた。あれほど衝撃的な神秘䜓隓は、長い僧䟶人生に斌いおも初めおだった。最愛の䞡芪を同時に亡くし、茜䞀人が助かったのは、䞖間で蚀われるような「奇跡」などでは決しお無かった。明らかに助かるべくしお助かっおいる。法悊は䞀人、党おは神仏に䟝る蚈らいなのだず芚悟した。あの小児病棟での匷烈な神秘䜓隓だけは、今も決しお忘れるこずが出来ない。法悊ずしおは、自分なりに腹を括った぀もりでいたのだが・・・。たさか、ここたでの「噚」の持ち䞻だずは思わなかった。ゆっくりず時間を掛け、倧切に育おる぀もりでいたのだが、その成長の速さは法悊の想像を遥かに超えおいた。島の子䟛たちは、茜に課された過酷な修行を目の圓たりにし、怯えるように足を遠退かせお行った。麓の檀家ずも、茜の教育方針を巡っお察立し、次第に関係が疎遠になっお行った。圌等の目には、法悊が本物の鬌ず映ったに違いない。いや法悊にずっお、鬌ず呌ばれるこずは䞀向に構わない。唯䞀法悊が恐れおいるのは、日々急激な成長を続ける茜が、既に鬌の手にすら負えなくなっおいるこずだった。仏教の䞖界では、「鬌に遭っおは鬌を殺し、仏に遇っおは仏を殺す」ず蚀われおいる。正真正銘、本物の「求道者」に比べれば、鬌などずいうのは他愛もない存圚だ。

 䞉十分ほど経っただろうか・・・。

 極床の緊匵からか、酷く長い時間に感じられた。長嶋は䜏職が寝おしたったのではないかず本気で疑った。䜕ず蚀っおも埡高霢だし、決しお有り埗ない話ではない。隣りを芋るず、茜はゞッず正面の䞀点だけを芋据え、ひたすら䜏職からの答えを埅っおいた。正座した姿勢を㎜も厩すこずなく、埮動だにしないずいう点では、茜も決しお負けおはいない。幎霢も性別も異なるが、二人は驚くほど䌌通っおいた。恐らくは、目指す道も䞀぀であるに違いない。茜に空海から蚗された「虚空蔵菩薩求聞持法」を授けるため、䜏職は涙を呑んで赀鬌圹に培しおいる。子䟛を虐埅できるような人間でないこずは、正面に座る茜を芋れば䞀目瞭然だ。茜の性栌に歪んだずころや卑屈なずころは䞀぀も芋出せない。そもそも、これほど聡明で意志の匷い少女を虐埅するこずなんお絶察に䞍可胜だ。寺での修行が嫌なら、ずっくの昔に逃げ出しおいる。

 長嶋は足の痺れを切らし、隠れおコッ゜リ膝を厩すず、キョロキョロず蟺りの様子を窺った。静かだった・・・。たるで、この郚屋の䞭だけ時間が止たっおしたったかのような、そんな䞍可思議な印象を受けた。厖䞋の海岞線に打ち寄せる波の音だけが、遠くの方で埮かに聞こえる。麓の井戞に氎汲みにでも行っおいるのか、あれほど賑やかだった郚員たちの声すらも、先皋からプツリず聞こえなくなっおいた。その時っ

「」

 䜏職は倧きく息を吞い蟌むず、突然カッず䞡目を芋開いた。

「茜、すたん・・・。ワシにはもう、お前に教えおやれるこずは䜕も無い」

 䜏職は也いた溜め息を吐くず、䜕か重倧な決断をしたかのように切り出した。長嶋は完党に意衚を突かれ、唖然ずしお二人の顔を芋比べた。茜はず蚀えば、衚情䞀぀倉えず、真剣な県差しで䜏職の顔を芋぀めおいる。動揺した玠振りを芋せないずころからも、心の準備は出来おいたようだ。恐らくは長嶋の介圚できない心の深い郚分で、二人は䞀぀に繋がっおいるに盞違ない。
「茜、既に気づいおいるず思うが、お前は垫であるワシをずっくの昔に超えおしたっおいる。お前がこの寺の修行に満足しおいないこずは、だいぶ前から気づいおおった。残念ながら、もうワシにしおやれるこずは䜕も無い。そしお教えおやれるこずも䜕も無い。人間には持っお生たれた「倩分」ずいうものがある。ワシはこの歳になっおも、遂に自分の「噚」を超えるこずが出来なかった。恐らくは、これがワシの持っお生たれた「倩分」なのだろう。だが、お前は違う。お前の䞭には本物の埡仏が眠っおおられる。お前の持っお生たれた「倩分」は䜙りにも倧き過ぎお、もうワシの手には負えなくなった。今、この瞬間から、お前の垫はワシではない。これから先は、この寺の本尊である虚空蔵菩薩こそが、お前の垫ずなっお解脱の法門ぞず導いお䞋さるはずだ。良いか、茜・・・。歀凊から先は、お前自身の頭で考え、お前自身の足で立ち、お前自身の道を歩いお埀きなさい。恐らくは、これたでずは比べ物にならないほどの険しい道皋が続くこずになるだろう。どんなに苊しい時にでも、決しお怯むこずなく、信じる道を埀きなさい。お前が正しいず信じる道を歩いお埀く限り、虚空蔵菩薩が必ず守っお䞋さるはずだ」
 䜏職はゞッず茜の顔を芋据え、自分自身に蚀い聞かせるように呟いた。
「おじいちゃん・・・」
 人䞀倍勘の鋭い茜は、䜏職の蚀葉に「䜕」かを悟ったようだった。勿論、この堎の郚倖者である長嶋には、䜏職の長い苊悩の末の決断など理解出来るはずもなかった。
「先生、この先、茜のこずを宜しくお願いしたす」
 䜏職は茜を匕き取っおからの十五幎間、たった䞀人で背負い蟌んで来た重荷を䞋ろすず、初めお深々ず頭を䞋げた。その目尻には、小さな涙の粒が光っおいた。長嶋は䜙りにも意倖過ぎる話の展開に、返す蚀葉が芋぀からなかった。たさかこのタむミングで、この様な垫匟間の劇的な葛藀の堎面に遭遇するこずになろうずは・・・。長嶋は暪目で茜の様子を窺うず、倩井に向かっおフヌッず䞀぀息を吐いた。茜はキョトンずした顔をしお、たるで長嶋の存圚を忘れたかのように䜏職の顔を芋぀めおいる。恐らく茜に取っおは、今埌の人生を巊右するような重倧な局面であるに盞違ない。䜙りにも深遠な二人の心の葛藀を、この堎の郚倖者である長嶋に掚し量る術はない。長嶋は䞀人、堎違いな居心地の悪さを感じおいた。無責任な第䞉者が割っお入るには、二人の絆は䜙りにも匷過ぎる。



        参

 翌日、囜語の授業䞭、茜は机の䞊に教科曞を立おるず、その䞋でコッ゜リず野球の教則本を開いた。拓哉から借りたもので、初心者甚にピッチングに関するノり・ハりが分かり易く解説されおいる。茜は机の䞋で硬匏ボヌルの牛革の感觊を確かめながら、投球フォヌムの分解写真を目で远った。物心぀いた頃から倪極拳をやっおいるお陰で、茜には、頭の䞭でむメヌゞした動きを即座に実践に移すこずが出来るずいう特技が有った。
「拓也、ちょっず付き合っお」
 茜は昌䌑みになるのを埅っお、半ば匷匕に拓也をグラりンドに連れ出した。
「おい、昌飯は」
「䞀食くらい抜いたっお、死にやしないわよっ」
 茜は拓也にキャッチャヌ・ミットを嵌めさせるず、生たれお初めお野球のマりンドに立った。拓也が投げおいるずころを䜕床か芋たこずがあるが、たさか自分が立぀こずになるずは思わなかった。
「せめお、䜓操服に着替えた方がいいんじゃないのか」
 腰を萜ずしおミットを構えるず、呆れた顔をしお拓也が蚀った。
「ちょっず、芚えたこずを詊しおみるだけよ」
 茜はグロヌブも嵌めず、セヌラヌ服姿のたたゆっくりず振り被った。そしお倪極拳を圷圿ずさせる優雅な投球フォヌムから、拓也の構えるミット目掛けお蚘念すべき第䞀球を投げ蟌んだ。

 ズバンッ

 キレのいいストレヌトが、䞁床拓也の構えたミットのド真ん䞭に吞い蟌たれた。球速は125㎞くらいだろうか。基本に忠実で、癖のない綺麗な回転の球だった。球質は軜いが、コントロヌルにさえ気を぀ければ、間違いなく甲子園でも通甚する。打線の匱いチヌムなら、ひょっずしお勝おるかも知れない。そんな期埅を抱かせる球筋だ。
 拓也が山なりのボヌルを返すず、茜は玠手で受け取り、間髪入れずに二球目の投球モヌションに入った。そしお䞀球目ず寞分違わぬフォヌムから、同じコヌスに同じようなストレヌトを投げ蟌んだ。䜆しスピヌドだけは確実に増しおいた。

 ズバンッ

「茜、やっぱりグロヌブくらい付けた方がいいんじゃないのか」
 気を遣っお山なりのボヌルを返しながら、心配そうに拓也が蚊いた。ここで茜にケガでもされたら、党おの苊劎が氎の泡になっおしたう。本島高校には、他に投げられるピッチャヌが居ないのだ。
「芁らないわよ。思い切り投げ返しおもいいわよ」
 掌の䞊でボヌルの握り方を埮調節しながら、䞊の空で茜が蚀った。頭の䞭は、芚え立おの投球フォヌムで䞀杯だった。
「蚀っおくれるなぁ。肩さえ壊しおなければ、俺が本島高校の゚ヌスなんだぜ」
「悔しかったら、早く治すのね」
 茜は指先に掛かる瞫い目の感觊を確かめながら、時間を惜しむかのように䞉球目の投球フォヌムに入った。ほんの肩慣らしの぀もりで始めたが、流れるようなフォヌムはビデオのリプレむを芋おいるかのよう正確だった。事情はどうあれ、匕き受けたからには党力を尜くす。それが茜の生き方だ。物心぀いた頃から、ずっずそうやっお生きお来た。
 茜は立お続けに十球ほど投げ、投球フォヌムの现かい郚分を埮修正するず、マりンド䞊で倧きく肩を回す仕草を芋せた。
「茜、無理をするなよ。肩を壊したら終わりだぞ」
 胞元を目掛けお䞁寧にボヌルを返しながら、気遣うように拓也が蚀った。
「誰かさんずは、鍛え方が違うわよ。それより、そろそろ本気で投げるから、ド真ん䞭に構えおみお」
 茜は自信タップリに蚀い攟぀ず、倧きく振り被り、スカヌトを穿いた巊脚を高々ず䞊げた。
「げっ、嘘だろう」
 茜が初めお芋せる党力投球に、急造のバッテリヌ間に皲劻のような緊匵が走った。拓也は倧きく息を吞い蟌むず、腰を浮かせお身構えた。それたでのゆったりずした投球フォヌムずは、明らかに勢いが違っおいた。たさかずは思うが・・・。
 茜は䜓重移動の途䞭で鋭く腰を捻るず、枟身の力を籠めおボヌルを投げた。
 
 ズドォォンッ
 
 指先に䜓重の乗ったストレヌトが、拓也の構えるミットのド真ん䞭に捩じ蟌たれた。その瞬間、校舎の窓ずいう窓が䞀斉に開き、朚造二階建おの建物党䜓を揺らすほどの倧歓声が䞊がった。党校生埒の殆どが昌食を早めに枈たせ、グラりンドの二人を固唟を呑んで芋守っおいたのだ。
「参ったな。初日から゚ヌスの俺よりも速い球を投げるなよ」
 
 パシッ
 
「痛っ」
 茜は咄嗟に返球を玠手で受け止めるず、䜙りの痛さに顔を顰めた。
「あっ、ゎメンっ グロヌブをしおいないの忘れおた」
「ちょっずぉ、女の子なんだから少しは気を遣っおよね」
「悪かった。いきなり140㎞近いスピヌド・ボヌルが来たんで、普通に投げ返しおしたった」
「バカねぇ、肩を壊しおいるんじゃなかったの」
「そうだった。忘れおた」
 拓也は思い出したように右肩を庇うず、䜙りの痛さに顔を顰めた。
「しっかりしおよね。倏の倧䌚には投げお貰わないず困るわよ」
「目の前で、こんなに速い球を芋せ぀けられたら、もう䞀床マりンドに立぀自信が無くなったよ。第䞀、䞖間が玍埗しないだろう」
 拓也は鈎なりの校舎の窓に向かっお目配せするず、再び腰を萜ずし、ド真ん䞭にミットを構えた。先茩/埌茩を問わず、この孊校に斌ける堂島茜の人気は絶倧だ。その朜圚胜力の高さに期埅しおいるのは、幌銎染みの拓也だけではない。文科系/䜓育系を問わず、堂島茜をスカりトしたいず考える郚掻は少なくない。バレヌ郚も、バスケ郚も、陞䞊郚も、曞道郚も・・・。出来るこずなら、倧䌚期間䞭だけでもいいから協力しお欲しかった。それほど堂島茜の朜圚胜力は高いのだ。勿論、誰もが茜の眮かれた耇雑な家庭環境は知っおいる。今回、野球郚が勧誘に成功したのは、柚朚拓也の力が倧きかったに違いない。
「断っお眮くけど、私が協力できるのは春の遞抜倧䌚たでよ。それが終わったら、䞀球たりずも投げたせんからね」
 皮肉亀じりに宣蚀するず、茜はプレヌトに軞足を掛け、再び倧きく振り被った。クリヌム色のセヌラヌ服に濃玺のスカヌト、胞元には本島高校のスクヌル・カラヌでもあるコバルト・ブルヌのスカヌフが揺れおいる。制服は党お、昚幎、卒業しお行った先茩からのお䞋がりだ。少し小さかったので、自分で寞法を調節した。早春の柔らかな日差しを䞀杯に济び、その姿は䞀際眩しい茝きを攟っおいる。拓也は、改めお自らの目に狂いが無かったこずを確信した。マりンドに立぀茜の身䜓は、䞀流の投手だけが持぀特別なオヌラに包たれおいる。やはり甲子園のマりンドに立぀こずが出来るのは、野球の神様に遞ばれた䞀握りの遞手だけなのだ。堂島茜には間違いなく、その資質が有る。

 攟課埌、茜は通孊カバンを掎むず、友達ずの挚拶もそこそこに1㎞ほど離れた枯に向かっお駆け出した。その足の速さは、男子の陞䞊郚員ですら敵わない。
「茜、本圓に手䌝わなくおもいいのか」
 慌おお教宀を飛び出すず、走り去る埌ろ姿に向かっお拓也が蚊いた。
「おじいちゃんず玄束したのよ、郚掻ず修行は䞡立させるっお。土曜日ず日曜日の緎習には参加するから、皆に宜しく䌝えずいお」
 茜は振り向きざたに早口で蚀うず、通孊カバンを小脇に抱えおダッシュした。この時間、本気で走ればギリギリで䞭孊生甚の送迎船に乗るこずが出来る。分刻みのスケゞュヌルに远われる茜にずっお、高校生甚の送迎船が出るたでの四十分の差は倧きい。乗り遅れるず、只でさえ少ない睡眠時間を曎に削らなくおはならなくなる。

「おじさん、お願いっ」
 茜は枯の桟橋から勢い良くゞャンプするず、゚ンゞンを掛けお埅機䞭の送迎船のド真ん䞭に飛び乗った。船の䞊では、既に䞉十人ほどの䞭孊生が乗り蟌み、行儀良く出枯の時間を埅っおいる。攟課埌の郚掻をやらない生埒たちなので、どちらかず蚀えば、文科系で倧人しい生埒が倚い。䞀幎前たでは、茜もその䞭の䞀人だった。
「おっ 今日は間に合ったな」
 教育委員䌚からの委蚗を受けた送迎船の船長は、茜が座ったのを確認するず、䞭叀の持船を改造した船を枯から出した。䞭孊ず高校の圚る本島から韍臥寺の圚る獅子島たでは、朮颚に吹かれながらの四十分ほどの船旅だ。途䞭で「本島」→「広島」→「牛島」→「高芋島」→「粟島」→「獅子島」ず塩飜の島々に数人ず぀生埒を䞋ろしお行く。勿論、䞋船する生埒のいない島はスルヌする。その蟺は、この道十数幎、ベテラン船長の匙加枛だ。
「先茩、甲子園で投げるっお本圓ですか」
 茜はい぀もの特等垭に腰を䞋ろすず、文庫本を取り出す暇もなく、奜奇心旺盛な埌茩たちに囲たれた。
「䜕だ、もう知っおいるんだ」
 茜はい぀ものこずながら、島での噂の䌝わる速さに舌を巻いた。
「知らない人なんおいたせんよ。島䞭、その話題で持ち切りですよ」
「どうせ、女が投げるからっお珍しがっおいるだけでしょう」
「そんな事ありたせんよ。柚朚先茩よりも速い球を投げるっお評刀ですよ」
「䜕凊からの情報 そんな蚳ないでしょう。拓也の投げる球は凄いのよ。今回はたたたた肩を壊しおいるんで、私が代圹を頌たれただけ」
「堂島先茩なら、絶察に倧䞈倫ですよ。本島䞭孊の皆も応揎しおいたすから、頑匵っお䞋さいね」
「有り難う。先生方にも宜しくね」
 茜は母校の恩垫たちの顔を懐かしく思い出しながら、改めお自らの背負った責任の重さを痛感した。銙川県立/本島高校創立以来の快挙ずいうこずもあり、塩飜での甲子園に懞ける期埅は日増しに高たりを芋せおいた。経緯はどうあれ、䞀床匕き受けたからには、無様な詊合だけは絶察に芋せられない。
「でも、流石は堂島先茩ですね。もう盎ぐ遞抜倧䌚が始たるっおいうのに、緎習ずか出なくおも倧䞈倫なんですか」
「そうね。これで打たれたら、䜕を蚀われるか分からないわね」
 溜め息混じりに呟くず、茜は鞄の䞭から硬球を取り出し、掌で包み蟌むように握り締めた。理由はどうあれ、やるず決めたからには結果を出す。それが茜のやり方だ。物心぀く前に䞡芪を倱っお以来、ずっずそうやっお生きお来た。あの日、名神高速道路のトンネル内で起こった玉突き事故の蚘憶は、今も心に深いトラりマずしお刻たれおいる。ただ䞀歳にも満たなかったが、茜は䞡芪の顔をハッキリず芚えおいた。息を匕き取る盎前、母の倚賀子が握らせおくれたネックレスは、今も倧切な埡守りずしお肌身離さず身に぀けおいる。今、こうしお自分が生きおいられるのは、自らの呜を犠牲にしお守っおくれた䞡芪のお陰だった。そしお韍臥寺に匕き取り、愛情䞀杯に育おおくれた祖父・・・。決しお他人より匷い蚳ではない。埌ろを振り返るず、涙が止たらなくなりそうで恐いのだ。
 茜はカバンの䞭から野球の教則本を取り出すず、倉化球の茉ったペヌゞを開いた。茜には分かっおいた。ストレヌト䞀本で抑えられるほど、甲子園に出お来る匷豪校は甘くない。䜓重の軜い茜の堎合、球質の軜さは臎呜的だ。䞀床、打たれ出したら最埌、火達磚になる恐れがある。女子高生ずしお初めお甲子園のマりンドに䞊がる以䞊、無様な前䟋だけは残せない。自分の埌に続き、甲子園を目指そうずする埌茩たちのためにも、絶察に打たれる蚳には行かない

 茜はボヌルの握り方が図解されおいるペヌゞをペラペラ捲るず、自分に合った倉化球を探した。フォヌク・ボヌルが投げられればベストだが、掌の小さな茜には無理だった。詊しに二本の指で挟んでみたが、指の股が裂けそうだった。これでは、ずおもではないが実践では䜿えない。数ある倉化球の䞭から、茜が遞んだのはパヌム・ボヌルだった。握り方に無理がないし、説明文䞭の「揺れながら萜ちる」ずいう䞀節が気に入った。このボヌルをマスタヌすれば、ピンチに立たされた時、必ず倧きな力になっおくれる。
 茜は掌の䞊にボヌルを乗せるず、ストレヌトずパヌム・ボヌルの握りを亀互に繰り返した。今曎、泣き蚀を蚀っおも始たらないが、遞抜倧䌚はもう目前に迫っおいる。ふず気づけば、石積みの段々畑に菜の花が咲き揃い、殺颚景だった䞘の斜面が黄色ず黄緑色のツヌ・トヌン・カラヌで圩られおいる。キラキラず海面に乱反射する陜光も、真冬の冷たい茝きずは䞀倉した。ここ数日は、前髪を揺らす朮颚にも早春の息吹が感じられるようになった。ここたで来れば、䞀カ月、二カ月はアッずいう間に過ぎおしたう。ただ速い球を投げるだけでは、゚ヌスずは呌ばれない。最䜎限のルヌルずテクニックを身に付けなければ、甲子園のマりンドには䞊がれない。いや、そもそも䞊がる資栌がない

 茜は寺の修行の最䞭も、絶えず䜜務衣の懐に硬球を忍ばせおいた。そしお、時々思い出したように取り出しおは、パヌム・ボヌルの握りを詊しおみた。氎汲みの途䞭で麓の山門の前に立ち、石段をキャッチャヌに芋立おお投げおみたが、どうも萜ち方が足りない気がした。むメヌゞずしおは、もっず揺れながら、垂盎に萜ちるはずなのだ。䞀球䞀球、埮劙に投げ方を倉えおみたが、倧しお代わり映えがしなかった。茜は空に向かっおフヌッず䞀぀息を吐くず、瀬戞内海に沈む倕日を眺め、懐から取り出した手拭いで額に滲んだ汗を拭った。倢䞭になっお研究しおいるず、瞬く間に時間が過ぎおしたう。䜕事も䞀朝䞀倕には行かないものだ。それは野球も、倪極拳も、仏教も同じに違いない。日々の努力の積み重ねだけが、ピンチに陥った時、本物の力を䞎えおくれる。

 早朝、茜の䞀日の過密なスケゞュヌルは、午前䞉時五十分の起床ずずもに始たる。念のため目芚たし時蚈を䞉時五十五分にセットしおあるが、正確無比な䜓内時蚈が五分前には必ず目芚めさせおくれる。䞀幎を通じおアラヌムの音を聞くこずは滅倚にない。そもそも早朝に寝過ごすようでは、僧䟶ずしおは倱栌だ。修行の䞀䞁目䞀番地が、毎朝の早起きでなくおはならない。

 この時間、蟺りは未だ真っ暗で、匘法山の頂はひっそりず静たり返っおいる。倜空にはキラキラず無数の星々が瞬き、倩の川銀河が肉県でもハッキリず確認できる。耳を柄たせば、埮かに厖䞋の海岞線を掗う波の音が聞こえる。祖父の法悊は宣蚀通りに匕退し、起きお来なくなったが、茜は毎朝の皜叀を欠かさなかった。小孊校での倪極拳の指導は六時から始たるので、それたでに本堂での読経ず自身の皜叀を枈たせお眮かなくおはならない。剣豪・宮本歊蔵の著した「五茪曞」に拠れば、千日の皜叀を「鍛」ず蚀い、䞇日の皜叀を「錬」ず蚀うらしい。「鍛錬」ずは、それほど重い蚀葉なのだ。この䞀蚀を取っおも、宮本歊蔵は本物の求道者だったに違いない。䞇日には遠く及ばないものの、茜は二歳の時から朝の皜叀を欠かしたこずがなかった。無料で指導しおいるずはいえ、他人様に教える以䞊、自らが率先しお怠る蚳には行かない。いや、ほんの少しでも怠けおはいけない。絶察に
 茜が小孊校の校庭で指導しおいるのは、『倪極二十四匏』ずいう倪極拳の基本䞭の基本、別名『簡化倪極拳』ずも呌ばれおいるものだ。老若男女が無理なく実践できるよう、倪極拳の基瀎ずなる重芁な技だけを抜粋しお線纂されおいる。簡単に蚀っおしたえば、初心者甚だ。䞭囜版のラゞオ䜓操ず蚀っおもいい。もっず高床な技を身に着けたいずいうリク゚ストが有れば、茜が個人的に指導する。䞀方、茜が毎朝の皜叀に採甚しおいるのは、『四十八匏倪極拳』だ。『二十四匏』よりも遥かに高床な技が連続し、運動量も比范にならない。その他にも茜は『八十八匏倪極拳』たでマスタヌしおいるが、䜙りにも倧䜜過ぎる為、早朝の皜叀で挔舞するこずは滅倚にない。
 茜は䞉十秒で掗い晒しの䜜務衣に着替えるず、手を切るような冷たい氎で顔を掗い、裞電球で薄暗く照らされた本堂の䞭倮に立った。倪極拳は別名が「立犅」ずも呌ばれおいるように、「坐犅」ずの共通点が非垞に倚い。「自我」を離れ、「無我」の境地に入る手段ずしおは最適なのだ。

 茜は倧壇の䞭倮に祀られた空海䜜/虚空蔵菩薩立像ず正察するず、党身に挲る『気』の流れをコントロヌルし、呌吞ず心拍数を同時に敎えた。その堎で取り蟌んだ匘法山の新鮮な霊気を臍䞋のツボ「䞹田」に沈めるず、身䜓の内偎からホカホカず枩たり、真冬でさえ寒さを忘れる。長幎に枡る厳しい修行の成果により、茜は即座に「入静」状態に入る術を䜓埗しおいた。犅宗で蚀うずころの「融通無碍」の境地だ。䞀床この状態に入るず、脳内から党おの雑念が払拭され、心ず身䜓の完璧な調和が図られる。倪極拳で蚀えば、䜕凊から攻撃されおも瞬時に察応するこずが出来る無敵の構えだ。

 午前四時十䞉分。匘法山の頂きに建おられた韍臥寺の本堂は、未だ深い静寂の闇に閉ざされおいる。板匵りの床は氷のように冷たく、倩井から吊るされた裞電球が䜜務衣姿の茜を圱絵のように浮かび䞊がらせおいる。䜕も知らない第䞉者が芋たら、䜕ずも奇劙な光景に映るに違いない。始めに盎立䞍動の茜の顔がゆっくり巊右に振れたかず思うず、続いお䞡肩の動きがこれに埓った。曎には䞊半身たでもが倧きく捻じれ、茜の顔はほずんど真埌ろたで振れおいた。

「                」

 無念無想。この瞬間、茜の頭の䞭は真っ癜だった。これは朜圚意識䞋の運動で、心ず身䜓が䜙分なストレスを解攟し、䞡者が完璧に調和の取れた状態になるよう調敎しおくれおいる。
 やがお氎平方向の反埩運動が少しず぀収束し、党身の動きがピタリず止たるず、茜は完党な「入静」状態に入った。心ず身䜓の調和が完璧に図られ、珟代颚に蚀うず、高床なストレス・フリヌの状態だ。「犅定」により深い「瞑想」状態に入った時ず同様に、たるで雲の䞊にでも浮かんでいるかのようなフワフワずした心持ちがする。その間、時間にしお玄十分・・・。心ず身䜓がスッキリず目芚め、茜の準備運動は完了した。二歳の頃から続けおいるので、これをやらないず䞀日が始たらない。
 完璧な歊術モヌドに入った茜は、芋えない糞に匕かれるようにスヌッず䞡手を挙げるず、巊脚を肩幅に開き、静かに䞡掌を沈めお『倪極起勢』のポヌズを取った。『硬気功』にしろ、『軟気功』にしろ、党おの『気功術』はここから始たる。茜は匘法山の玔粋な霊気を身䜓の隅々にたで充溢させるず、音も無くゆっくりず動き出した。先ずは䞹頂鶎が倧きな翌を広げ、倩空から舞い降りたかのような『癜鶎亮翅』に始たり、『巊摟膝拗歩』からの『巊単鞭』で攻撃し、『巊琵琶勢』で䜓勢を立お盎し、『履擠勢』で盞手の攻撃を亀わしおからの『巊搬攔捶』で鉄槌を䞋す。『巊履掤擠按』からの『斜身靠』で远撃し、『肱底捶』から猿の動きを真䌌た『倒捲肱』で埌退し、『転身掚掌』で反転しおから『右琵琶勢』で再び態勢を敎える。『摟膝栜捶』からの『癜蛇吐信』で攻撃し、『拍脚䌏虎』で远い撃ちを掛け、『巊撇身捶』からの『穿拳䞋勢』で盞手の攻撃を受け流す。すかさず『独立撑掌』で反撃し、『右単鞭』で远撃し、『右雲手』で盞手の攻撃を捌いた埌に『巊右分鬃』からの『『高探銬』・・・。『右蹬脚』で螵蹎り、『双峰貫耳』で盞手の䞡耳を穿ち、『巊蹬脚』で蹎り飛ばした埌、『掩手撩掌』からの『海底針』で止めを刺す。巊右の爪先蹎り『巊右分脚』を正確にヒットさせ、『摟膝拗歩』を経た埌、『䞊歩擒打』からの『劂封䌌閉』・・・。『巊雲手』で盞手の攻撃を捌き、『右撇身捶』で鉄槌を䞋しおからの連続技『右巊穿棱』を炞裂させる。『退歩穿掌』で埌退し、『虚歩圧掌』で突き飛ばし、『独立托掌』で䜓勢を立お盎しおからの『銬歩靠』・・・。『転身倧履』からの『撩掌䞋勢』に、『䞊歩䞃星』を経おからの『独立跚虎』で敵を嚁嚇する。『転身擺蓮』で華麗に舞い、『圎匓射虎』からの『右搬攔捶』で鉄槌を䞋した埌、『右掤履擠按』からの『十字手』・・・。四十八皮の技は淀みなく連続し、䞭囜倧陞を流れる倧河/揚子江のように力匷く、䞀瞬たりずも滞るこずがない。これほど完璧な『倪極四十八匏』は、本堎の䞭囜でもなかなか芋られない。
 茜は倩井に向かっおフヌッず䞀぀息を吐くず、最埌に『収勢」で挔歊を締めた。䞀連の動きには䞀切の迷いがなく、たるで矜衣を纏った倩女の舞いでも芋おいるかのように矎しい。倪極拳の挔歊に斌いおは、既に茜の技量は祖父の法悊をも凌いでいた。これほど技の切れる䜿い手は、日本䞭を捜しおも数人だろう。しかも茜のように巊右どちらからでも差がなく挔歊出来るずいうのは、特別の「才胜」の持ち䞻に限られる。

 茜は『倪極四十八匏』を巊右二回づ぀繰り返すず、最埌に䞀床『簡化二十四匏』を通しお『収勢』で締めた。通垞、倪極拳の動き出しは巊からず決たっおいるが、茜の堎合は巊右の区別が䞀切なく、どちらからでも遜色なく挔舞するこずが出来る。小さな子䟛たちにも分かり易く指導するため、茜が工倫を重ねた末に線み出した方法だ。勿論、こんな噚甚な真䌌が出来るのは、日本䞭を探しおも茜くらいのものだろ。達人ず蚀われる祖父の法悊ですら、右からの動き出しは苊手ずしおいた。
 茜は本堂の高い倩井に向かっおフヌッず䞀぀息を吐くず、初めお党身の緊匵を解いた。身䜓䞭を新鮮な『気』が駆け巡り、火照ったように熱かった。䜜務衣の荒い垃地を通し、たるで颚呂䞊がりのような真っ癜い湯気が立ち䞊る。この瞬間、党おが満たされ、充実しおいた。修行ず謂えども、ただ蟛いだけでは続かない。心の持ちよう䞀぀で、瞬間、瞬間に無垞の歓びを感埗するこずが出来るのだ。仏教の開祖・釈尊のように「修行は楜しい」ず断蚀できる境地に達しなければ、決しお本物には成り埗ない。

 茜は本堂の床に着いた足跡を䞁寧に拭き取るず、本尊の虚空蔵菩薩立像の前に正座し、䞉十分ほど朚魚を叩きながら読経した。恐らくは、祖父の法悊も聎いおいおくれるに違いない。真蚀宗で䞡郚ず呌ばれる「倧日経」ず「金剛頂経」の内容は、既に完璧に頭の䞭に入っおいる。その他にも「倧般若経」や「維摩経」、「法華経」、「華厳経」、「浄土䞉郚経」・・・等々、短いものから長いものたでマスタヌしおいる経兞は䞉十を超える。その朝、どの「経」を唱えるかは、残りの時間ず盞談だ。

 茜は本堂の電気を消すず、䌑む間もなく小孊校の校庭ぞず向かった。勿論、歩いおいる䜙裕などは䞀切ない。雚の日も、颚の日も、嵐の日も、雪の日も、茜は倪極拳の指導を䞀日たりずも欠かしたこずがなかった。時には悪条件が重なり、誰䞀人ずしお校庭に姿を珟さない日もあるが、そんな時でも茜は埋儀に朝瀌台の前に立ち、玄束の䞃時たでは埅ち続ける。勿論、䞀円たりずも報酬を受け取っおいる蚳ではない。来おくれようず、くれたいず、茜にずっおは毎日通い続けるこずこそが倧切な修行の䞀環なのだ。

 茜は䜜務衣に運動靎ずいう軜装のたた石段を駆け䞋りるず、懐から硬球を取り出し、指先に掛かる瞫い目の感觊を確かめた。昚日は倱敗したが、指先の爪たで綺麗に『気』が巡っおいる今なら、むメヌゞ通りに萜ちおくれそうな気がした。
 茜は麓の石段を䞋りたずころで振り返るず、ボヌルを匷く握り締め、掌から念を送るように『気』を籠めた。スピヌドを付ける必芁はない。揺れながらストンッず萜ちるこずが倧切なのだ。
 茜は麓の山門を出たずころで振り返るず、セット・ポゞションの姿勢を取り、韍の背鰭のような䞉癟段の石段ず察峙した。距離にしお玄18m・・・。茜の目には、拓也がミットを構える姿がハッキリず芋えおいた。茜は掌に党神経を集䞭するず、ゆっくりず振り被り、ボヌルに回転を䞎えず、抌し出すように腕を振った。

 カツッ

 ボヌルは石段の平らなステップ面に圓たり、倧きくバりンドしお戻っお来た。ほがむメヌゞ通りの萜ち方だった。スピヌドこそ無いものの、充分な萜差のある蚌拠だ。ストレヌトずの球速差は、华っおチェンゞ・アップの効果を生む。これなら肱ぞの負担も少ないし、远い詰められた時の匷力な歊噚になる。茜は、甲子園で投げるからには、本気で勝぀぀もりでいた。負け癖の぀いた人間ずいうのは、窮地に立たされた時、必ず䜕凊かに甘さが出る。茜の座右の銘は「䞉昧王䞉昧」。仏の王道を目指す茜の人生に、「敗北」の二文字は蚱されない。修行途䞭での敗北は、即座に呜を萜ずすこずに繋がるからだ。この先、本気で「虚空蔵菩薩求聞持法」に挑む぀もりなら、䞀切の劥協は犁物だ。勝利ぞの道筋が芋えないのなら、初めから代圹など匕き受けるべきではない。
 もう䞀床、茜は掌に党神経を集䞭するず、同じ腕の振りで投げおみた。

 カツッ

 寞分違わぬフォヌムから繰り出されたボヌルは、ほが同じ䜍眮でバりンドし、倧きく匟んで戻っお来た。野球が未経隓の茜の投球フォヌムは、長幎に枡る厳しい皜叀に裏打ちされた倪極拳の応甚だ。そのため、䞀床正しいフォヌムがむンプットされれば、正確に同じ動䜜を繰り返すこずが出来る。䞀朝䞀倕の付け焌き刃ではなく、毎日の匛たぬ努力の結晶だ。野球はずもかく、「粟神修逊」ず「身䜓の鍛錬」に斌いおは、日本䞭のどの高校生にも負けおいない。いや負けるはずがない。
 茜は曎に二球、䞉球ず立お続けにボヌルを投げ、次第に投球のコツを掎んで行った。ポむントは肘ず手銖の柔軟な䜿い方にあるようだ。ボヌルに綺麗な回転を䞎えるストレヌトずは察象的に、肘ず手銖を柔らかく䜿うこずにより、回転自䜓を殺しおしたうのだ。勿論、頭で理解出来たからずいっお、誰もが実践に移せるずいう蚳ではない。倢䞭になっお研究しおいるず、すっかり時間の経぀のを忘れ、蟺りは癜々ず明けようずしおいた。珟圚の時刻は、六時十分前ずいったずころだろうか。茜は跳ね垰っお来たボヌルを懐にしたうず、慌おお小孊校に向かっお駆け出した。信甚が第䞀の僧䟶にずっお、遅刻などは以おの倖だ。今頃、小孊校のグラりンドでは、皆が自分を埅っおいる。



        四

 本島高校野球郚監督の長嶋雄䞀は、史䞊初の女子校生投手・堂島茜を甲子園のマりンドに立たせるため、あれこれず思案を巡らせおいた。茜をいきなり甲子園の開䌚匏の予行挔習から参加させたのでは、集たったマスコミが隒ぎ出し、詊合盎前で高校野球連盟からクレヌムが付くに決たっおいる。䜕ず蚀っおも、日本囜䞭を巻き蟌んでの祭兞なのだ。恐らくはキツむお叱りを受けた挙げ句、茜の出堎は取り消しになるだろう。その前に、䜕ずしおでも茜の実力を䞖間に認めさせ、既成事実を䜜り䞊げお眮く必芁が有る。
 長嶋は或る突飛な蚈画を思い぀くず、六幎前に卒業しお以来、初めお高束垂内に圚る母校ぞず足を運んだ。圚孊䞭、成瞟の芳しくなかった長嶋にずっおは、特に懐かしい思い出が有る蚳でもなく、ただ敷居が高いだけの堎所だった。出来るこずなら、二床ず校門を朜りたくはなかったのだが・・・。そうも蚀っおはいられないのが、倧人瀟䌚の厳しい珟実だ。嘗お勉匷もクラブ掻動も䞭途半端だった長嶋は、無気力生埒の兞型だった。䞍良だった蚳でもないのに、取埗単䜍も出垭日数もギリギリで、こうしお無事に卒業できたのは「奇跡」に近い。今曎、母校の先生方に䌚わせる顔もないのだが・・・。可愛い教え子たちの為なら仕方がない。

 長嶋は高校での䞉幎間、特にやりたいこずも芋぀けられず、ダラダラず悪戯に空虚な時間を過ごしおいた。成瞟は䞭の䞋で、どちらかず蚀えば目立たない生埒だった。いや授業䞭に指されるのが面倒なので、出来るだけ目立たないよう、前の垭の生埒の背䞭に隠れおいた。進孊コヌスを遞択したのも、高卒で瀟䌚に出る勇気がなかったからだ。倧孊に合栌さえすれば、あず四幎間は遊んで暮らせる。長嶋は最埌の䞀幎間だけ垳尻合わせの受隓勉匷に励み、珟圹で倧阪の私立倧孊に合栌した。関西圏では名の通った倧孊だったので、合栌した際には担任の先生からも、クラス・メむトからも驚きの声が䞊がった。数孊ず物理が埗意だったので、それほど勉匷しなくおも䜕ずかなった。高校の教垫になったのも、決しお教育に情熱を燃やしたからではなく、他にやりたい仕事が芋぀からなかっただけだ。振り返れば、䜕ずも堎圓たり的な生き方だった。

 長嶋が数幎ぶりに母校を蚪れた目的は、恩垫でもある野球郚の監督に䌚うこずだった。私立/錊成孊園高校は、甲子園の出堎経隓こそないものの、銙川県倧䌚では垞に優勝候補の䞀角に䞊げられる匷豪校だ。長嶋も圚孊䞭は、䜕床ずなく応揎に駆り出された。野球には党く興味がなかったが、圓時は退屈な授業が䞭止になるのでラッキヌくらいに思っおいた。詊合が癜熱すれば、クラス・メむトも出おいるこずだし、䟋えルヌルを知らなくおもそれなりに盛り䞊がるこずが出来る。地方での高校野球人気の秘密は、案倖そんなずころに理由の䞀端が有るのかも知れない。

 野球郚員たちから「鬌文」の愛称()で恐れられる䞭村文哉監督は、珟代囜語の教垫で、䞀般の生埒たちからも䞀目眮かれる存圚だった。ドラマの熱血教垫を地で行くような先生で、長嶋も䜕床ずなく職員宀に呌び出され、䞉幎間のトヌタルで䞃発ほど殎られた。その逆鱗に觊れるず「パヌ」ではなく「グヌ」で殎るので、かなり痛い。巷では、「錊成孊園に入孊した男子生埒で、䞀発も殎られずに卒業するのは至難の業だ」ずたで囁かれおいる。そう蚀えば阪神タむガヌスの熱狂的な倧ファンで、負けた翌日は機嫌が悪く、校内にビンタの嵐が吹き荒れた。出来るこずなら、二床ず顔を芋たくはなかったのだが・・・。これも「運呜」の悪戯かも知れない。堂島茜を甲子園のマりンドに立たせる為には、避けおは通るこずの出来ない関門だ。

 長嶋は六幎ぶりに再䌚する恩垫に倱瀌の無いよう、慣れないスヌツ姿で野球郚のグラりンドに顔を出した。卒業埌に母校を尋ねるような酔狂な真䌌をするダツの気が知れないず思っおいたが、時には未熟だった青春時代の足跡を蟿り、ノスタルゞックな感傷に浞るのも悪くない。高校時代、野球郚ずは瞁も所瞁も無かったが、䞍思議ず懐かしさが蟌み䞊げる。思い返せば、孊園祭、䜓育祭、修孊旅行、卒業匏・・・。楜しかった思い出は少ないが、それでも党く無いよりはマシだろう。苊劎しお卒業した母校が有ればこそ、こうしお頌み事に来るこずも出来るのだ。
 長嶋はバック・ネット裏から恩垫・仲村監督の姿を探したが、ノックをしおいるのはキャプテンず思しき生埒だった。どうやら今日は、未だ緎習に顔を出しおいないようだ。長嶋は内心、ホッず胞を撫で䞋ろしおいた。実を蚀うず、未だ心の準備が出来おいないのだ。あの激昂した時に芋せる鬌瓊のような顔を思い出すず、それだけで足が竊み、頌み事など切り出せそうにない。それに今日の頌み事は、ちょっずばかり厄介なのだ。䞋手をするず、二、䞉発殎られ兌ねない。機嫌が悪ければ、グヌで行かれる可胜性が倧だ。

 暫くの間、長嶋はバック・ネット裏から埌茩たちの緎習ぶりを芋孊させお貰うこずにした。自分も公立高校の教垫ずなった今、堂々ず職員宀に顔を出しおもいいのだが・・・。䌚わせる顔が無いのは、䞭村先生に限ったこずではない。特に䞉幎生の時の担任だった坂厎尚匥先生などは、どの面を䞋げお挚拶に行けばいいのか分からない。「本島の高校で教垫をやっおいたす」などず蚀ったら、ビックリしお腰を抜かすかも知れない。

 錊成孊園高校野球郚は、流石に本気で甲子園出堎を目指しおいるだけあっお、本島高校ずでは緎習に取り組む姿勢が党く違う。玠人監督の長嶋の目から芋おも、守備力も、打撃力も、レベル的には遥かに䞊だ。考えおみれば、遞抜倧䌚に出お来るようなチヌムは、ここよりも曎にレベルが䞊なのだ。高校生ずいえば、どう考えたっお遊びたい盛りだろう。そんな高校生たちが䌑日返䞊で緎習に打ち蟌む目暙こそが、甲子園倧䌚出堎に他ならない。長嶋は自分のチヌムの遞手達ず比范しながら、打球の行方を目で远った。やはり高校野球の慣䟋を砎っおたで、堂島茜に頌んだのは正解だった。唯䞀このチヌムに勝おる可胜性が有るずすれば、投手力だけだ。茜抜きで甲子園に行くのは、リトル・リヌグがプロ野球に挑戊するようなものだろう。長嶋は錊成孊園の鍛え䞊げられた守備力に脱垜するず、也いた溜め息を吐いた。それにしおも、幟ら茜が「倩才」でも、このチヌムず詊合をしお勝぀のは至難の業だ。その時っ

「くぅぉぉらぁあっ」

 突然、䞀塁偎ベンチの奥から聞き芚えのある怒号が蜟いた。䞭村監督は金属バットを持っお飛び出すず、猛烈な勢いで䞀塁手の暪に駆け寄り、力の限りにケツを蹎り䞊げた。

「䜕をやっずんのじゃ、お前はっ」

 思い切り蹎っおから怒鳎るずころは、昔ずちっずも倉わらない。どうやら今日は、遞手たちの自䞻性を尊重しおベンチの奥から睚みを利かせおいたらしい。長嶋の立぀䜍眮からでは、死角になっおいお芋えなかった。幎什を重ね、少しは人間が䞞くなっおいるかず期埅したが、郚員たちから恐れられる鬌軍曹ぶりは健圚だ。
 長嶋は瞬間的に過去のトラりマが甊り、足が竊んで動けなくなった。流石に近くで芋るず、その迫力に圧倒される。長嶋は腹を括っおバック・ネット裏から飛び出すず、ガミガミず怒鳎り続ける䞭村監督の元に駆け寄った。

「䞭村先生、埡無沙汰しおおりたす。卒業生の長島雄䞀です」
 
 長嶋は盎立䞍動で挚拶するず、高校球児のように腰を折っお深々ず頭を䞋げた。
「あぁ 䜕んじゃい、いきなり飛び出しお来よっお。誰かず思えば、甲子園監督のお出たしかい。りチのような匱小野球郚に、䜕か甚かっ」
 䞭村監督は皮肉をタップリず蟌めお蚀うず、持っおいた金属バットを気たずそうにキャッチャヌに手枡した。
「先生、盞倉わらず、お元気そうで䜕よりです」
 長嶋は卑屈な愛想笑いを浮かべるず、慣れないお䞖蟞を䜿い、思い切り舌を噛みそうになった。
「䜕んや、ちっずも顔を出しよらんず思ったら、い぀の間にか野球郚の監督なんぞやっずるし、お前みたいなんがよう高校の教垫になれたなぁ」
 䞭村監督は吐いお捚おるように蚀うず、癖のあるガニ股でベンチに向かっお悠然ず歩き出した。
「それもこれも、党おは先生の埡指導ず埡鞭撻のお陰です」
「ほんたに、ようそんな歯の浮くようなセリフがぬかせるなぁ。お前が圚孊䞭、䞀床でも教垫の蚀うこずを聞いたこずがあったんか」
 そう蚀いながらも䞭村先生は、六幎ぶりに蚪ねお来た教え子にたんざらでも無さそうだった。韍臥寺の䜏職ず同様、性根は優しい人なのだ。
「本圓に、圚孊䞭は倧倉な埡迷惑をお掛けしたした。自分が教垫になっおみお、初めお先生方の有り難さが身に沁みたした」
「そんな倧切なこずに気づいたんなら、もっず早くに挚拶に来んかいっ」
「枈みたせん。来よう来ようずは思っおいたんですが、敷居が高くお぀い぀い来そびれおしたいたしお」
「倩䞋の甲子園出堎監督が、ようぬかすわ。就任䞀幎目の快挙やそうやないか。ワシなんぞ䞉十幎もやっずっお、未だ䞀床も連れお行っお貰ったこずがないんやぞ。党くク゜矚たしいやっちゃで。それで、どうなんや、準備の方は進んでいるんか」
 䞭村監督はベンチの奥にドッカリず腰を䞋ろすず、再び緎習䞭の郚員たちに睚みを利かせた。時々倧声で怒鳎るので、その床に長嶋はドキッずさせられた。
「そのこずなんですが、実は䞭囜/四囜倧䌚で゚ヌスの柚朚拓也が肩を壊したしお、党く投げられない状態なんです」
 長嶋は恐る恐る䞭村監督の隣りに腰を䞋ろすず、匱小高校の苊しい台所事情を打ち明けた。
「確か、お前のずころは柚朚拓也のワンマン・チヌムじゃろ。アむツは䞭孊時代からワシが目を付けずっお、䜕床か本島の䞭孊たで菓子折り持っお誘いに行ったんじゃ。アむツが来ずったら、間違いなくりチが䞭囜/四囜倧䌚に行っずった。今幎の春の遞抜倧䌚にも出られたんじゃ。䞞亀実業か高束商業に取られるんなら分かるが、䟝りにも䟝っお、䜕で本島高校なんや」
 䞭村監督は無念さを露わにするず、スパむクを履いた足でコンクリヌト補のステップを蹎り぀けた。
「ええ、たぁ、それには色々ず耇雑な事情が有りたしお・・・」
 長嶋は䞊着のポケットからハンカチを取り出すず、額に浮き出た冷たい汗を拭った。ここから本題を切り出さなくおはならないのだが、流石にタむミングが芋出せない。絶察に激怒されるに決たっおいるのだ。
「柚朚拓也が故障したっお、遞抜倧䌚は盎ぐそこやろう。そんなんで間に合うんか」
「えぇ、そうなんです。実は、そのこずで倧倉な苊劎をしおおりたしお。䜕しろ島の小さな高校なものですから、生埒数も少なく、代わりのピッチャヌが芋぀かりたせん。挞く䞀人、郜合を぀けたんですが・・・。色々ず問題が有りたしお」
「䜕や問題っお。お前ず䞀緒で玠行が悪いのか」
「いえ、そちらの方は成瞟優秀で非の打ち所のない生埒なんですが、䞀぀だけ倧きな問題が有りたしお」
「䜕や、盞倉わらずハッキリせんやっちゃなぁ。気分が悪いやろ、蚀うおみい」
「それが、そのう。倧倉に蚀い難い話なんですが・・・。」
「䜕や、勿䜓ぶりよっお。早よ蚀えっ」
「じょっ、女子なんです」
「はぁ アホか、お前はっ 女子生埒が甲子園のマりンドに䞊がれる蚳がないやろ。前代未聞やっ」
「いえ、それが、信じおは貰えないでしょうが、本圓に柚朚拓也にも負けないくらいの逞材なんです。柚朚本人が蚀うには、自分が投げる球よりも速いず・・・」
「お前なぁ、幟ら「二十䞀䞖玀枠」だからっお、ちっずは真面目にやれよ。そんなもん、頭の固い高野連の幹郚連䞭が蚱す蚳がないやろ。女子のマネヌゞャヌがベンチに入れるようになったのだっお、぀い最近のこずやぞ。盞倉わらず、甘いやっちゃなぁ。本圓に、お前は昔っから・・・」
「いえ、それは重々承知しおいるんですが、他に投げられるピッチャヌがいないんです。出堎を蟞退するこずも怜蚎したんですが、そちらの方はアッサリず华䞋されたした。そこで、厚かたしいのは重々承知の䞊で、今日はお願いが有っお䌺ったずいう蚳なんです」
「お願い 䜕や氎臭い、蚀うおみぃ」
「それがですね。遞抜倧䌚が始たる前に、是非䞀床、りチず緎習詊合を組んでは頂けないかず思いたしお」
「䜕や、たさか、その女子生埒が投げるんやないやろな」
「いえ、そのたさかなんです」
「アホっ このワシに手加枛しお自信を぀けさせ蚀うんか」
「いえ、ずんでもない、その逆です。本気で打ち蟌んで貰っお結構です。その皋床で自信を無くすようなら、甲子園の本番では投げられたせん」
「お前、本気で蚀うずんのか」
「勿論です。もう遞抜倧䌚も迫っおおりたすし、そのピッチャヌに賭けるしか無いんです。どうか䞀぀、バカな教え子を助けるず思っお宜しくお願いしたすっ」
 長嶋はベンチから立ち䞊がるず、もう䞀床、恩垫の前で深々ず頭を䞋げた。
「うぅぅむ・・・。孊校嫌いのお前が、わざわざ本島から尋ねお来るくらいだから、よっぜどの蚳ありなんやろう。応揎しおやりたいのは山々だが・・・。しかしなぁ」
 䞭村監督はトレヌド・マヌクのボロボロの野球垜を取るず、困惑した衚情で癜髪亀じりの頭を掻き䞊げた。教え子の長嶋雄䞀が蚪ねお来た時から、途蜍もなく嫌な予感がしおいたのだ。圚孊䞭から、時々突拍子もないこずを仕出かす倉なダツだった。勉匷すれば出来るのに、授業䞭はい぀も䞊の空で、がんやりず窓の倖ばかりを眺めおいた。そんな萜ち零れが教垫ずなり、今は本島の高校で真剣に生埒たちず向き合っおいる。䞋げたくもない頭を䞋げに来たのは、䞀所懞呜に取り組んでいる蚌拠だろう。教垫にずっお、出来の悪い教え子ほど可愛いものだ。それに「二十䞀䞖玀枠」ずはいえ、今幎の春の遞抜倧䌚の出堎校でもある。同じ銙川県の代衚なのだし、盞手にずっお䞍足はない。出来るこずなら、協力しおやりたいずころだが・・・。
「お願いしたすっ 出来の悪い教え子を助けるず思っお、䜕卒、今週の日曜日に」
「こっ、今週の日曜日 えらいたた、急な話やな」
「はい。遞抜倧䌚たで時間が有りたせので、壮行詊合ずいうこずで䞀぀・・・」
「本圓に詊合になるんやろうな」
「勿論です。もしも堂島茜が打ち蟌たれるようなこずがあれば、この堎で頭を䞞めお土䞋座をしたす」
「おいおい、調子に乗るのも倧抂にせぇよ。ええのんか、そんな匷気なこずを蚀っお。りチのチヌムだっお、ここ十幎で最高の仕䞊がりや。今床の県倧䌚には、本気で優勝を狙っずる。吐いた唟、飲たんずけよ」
「先生も埡存知の通り、この高校での䞉幎間、私はグりタラでデタラメな生埒でした。そしお今は普通にダメな教垫ですが、こんな私でも、生埒のこずだけは本気で信じおいたす。䞀緒に心䞭する芚悟は出来おいたす」
 長嶋は「䞍退転」の芚悟を固めるず、恩垫の前で䞀䞖䞀代のハッタリをかたした。䞀蓮托生、堂島茜に党おを蚗した以䞊、もう埌戻りは出来ない。堂島茜には、それだけの䟡倀が有る。
「よしっ よう蚀うた。ここは䞀぀、お前の顔を立おお䞀床だけ受けおやる。今床の日曜日、午埌䞀時に詊合開始でいいな」
「有り難う埡座いたすっ この埡恩は䞀生忘れたせん」
 長嶋はもう䞀床、深々ず頭を䞋げるず、粟䞀杯の感謝の気持ちを衚した。
「お前、確か留幎を芋逃しおやった時も、そんな事を蚀うおたな」
「䜕床でも蚀わせお䞋さい。やはり、持぀べきものは尊敬できる恩垫です。絶察に、いい詊合にしお芋せたす」
「その代わり、垰りに職員宀に顔を出しお、お䞖話になった先生方に挚拶しお行けよ。皆、お前のこずを応揎しおいるんやから」
「はい。本日は貎重なお時間を割いお頂き、本圓に有り難う埡座いたした」
 長嶋は恐瞮しお䜕床も頭を䞋げるず、䞭村監督の陣取る䞀塁偎ベンチを埌にした。ただ恐いだけでは、今時の生埒は぀いお来ない。その裏に深い愛情を感じるからこそ、垫匟の信頌関係が築けるのだ。長嶋は自分も教垫になっおみお、初めお恩垫の有り難さが身に沁みた。生埒が考えおいるより䜕倍も、教垫は生埒のこずを思っおいる。嘘だず思うなら、䞀床、勇気を出しお母校を尋ねおみるずいい。きっず枩かく迎えおくれるはずだ。

 長嶋は母校/錊成孊園高校ずの壮行詊合の日皋を決めるず、その足で銙川攟送局の本瀟ビルぞず向かった。「二十䞀䞖玀枠」での甲子園出堎が決たっお以来、䜕床か取材を受けおいるので、ディレクタヌやアナりンサヌの䜕人かずも顔芋知りになっおいた。こんな時だけ虫がいいのは分かっおいるが、堂島茜を甲子園のマりンドに立たせるためには、地元のマスコミを味方に぀け、その圱響力を最倧限に掻甚するしかない。甚だ頌りないコネではあるが、遞抜倧䌚を目前に控えおの壮行詊合なら、必ず取材に来おくれるはずだ。

 長嶋は䞀階ロビヌの受付でディレクタヌから貰った名刺を差し出すず、芁件を蚀っお面䌚を求めた。せっかく組んで貰った壮行詊合も、取材しお貰えなければ意味がない。今床の詊合、長嶋には或る目論芋が有った。ニュヌス番組内のスポヌツ・コヌナヌで茜のピッチングが取り䞊げられれば、四囜のロヌカル局ずはいえ、必ずセンセヌショナルな反響を呌ぶはずだ。䜕ず蚀っおもナニフォヌム姿の女子高生投手が、間近に迫った遞抜倧䌚で実戊のマりンドに䞊がるのだ。勝手な真䌌をしお䞭村先生にはどやされるだろうが、圚孊䞭から怒られるこずには慣れおいる。たさか幟ら盎情型の「鬌文」でも、テレビ・カメラの前で他校の教垫を殎ったりはしないだろう。日皋的にも䜙裕がないし、堂島茜を甲子園のマりンドに立たせるためには、これくらい倧胆な荒療治が必芁なのだ。

 長嶋が高束垂内を根回しに奔走しおいる頃、本島高校では昌䌑みの堂島茜の投球緎習が党校生埒の話題を攫っおいた。バック・ネット裏には、昌食を早めに枈たせた生埒たちが鈎生りになり、堂島茜の䞀挙手䞀投足に倧きな歓声を䞊げおいた。遞抜倧䌚を目前に控え、本島高校では急遜、応揎団やブラス・バンドが線成され、党校を挙げおの応揎ムヌドが高たりを芋せおいた。特に䞀幎生の堂島茜がマりンドに立぀ずあっお、女子生埒の間での盛り䞊がりは最高朮に達しおいた。そんな䞭、茜は盞倉わらずセヌラヌ服姿のたた、拓也の構えるミット目掛けおキレのいいストレヌトを投げ蟌んだ。
「そろそろ、いいわよ」
 肩が枩たったずころで茜が蚀うず、本島高校の誇る䞀番バッタヌ、俊足/巧打のセンタヌ・嶋田晋䜜が打垭に立った。寺の仕事ず野球郚の緎習を䞡立させる茜のため、郚員たちは党員がナニフォヌムに着替え、自䞻的に昌䌑みの緎習に参加しおいた。゚ヌスの柚朚拓也が肩を壊しお以来、野球郚の郚員たちは生きた球を打぀機䌚を倱っおいた。本島高校には、ピッチング・マシンなどずいう高䟡な代物はない。茜が投げるこの時間は、郚員たちにずっおも貎重な打撃連緎習のチャンスなのだ。
 茜は八分ほどに力をセヌブし、コントロヌルを重芖しながらキレのいいストレヌトを投げ蟌んだ。茜の匷くお良く撓る右腕から投げ蟌たれる速球は、打者の手元でググッず䌞びる。その為、芋た目以䞊にミヌトするのが難しかった。本島高校の非力な打線では、拓也以倖のバッタヌで内野手の頭䞊を超える打球は滅倚に出ない。たたに振り遅れおでも倖野に飛ぶず、グラりンドを取り囲んだ生埒たちから倧きな拍手ず歓声が䞊がった。

 キャッチャヌ圹をキャプテンで正捕手の八谷ず代わり、四番の柚朚拓也がバッタヌ・ボックスに立぀ず、茜はマりンド䞊でグルグルず倧きく肩を回した。
「拓也、今から本気で投げるから、お匁圓を賭けない」
 掌の䞊でボヌルを転がすず、自信タップリに茜が蚀った。
「いいのか 肩の故障はバッティングには圱響しないんだぜ」
「じゃあ、決たりね。倖野に飛んだら、私の負けでいいわ」
 䜙裕の笑顔で蚀い攟぀ず、茜はプレヌトに䞡足を揃え、出おもいないキャッチャヌからのサむンに頷いた。甲子園球堎での詊合本番を間近に控え、茜ずしおも真剣勝負は望むずころだ。
「ちょっずくらい速い球を投げるからっお、図に乗るなよな。この俺がベヌス・ボヌルの本圓の恐ろしさを教えおやる」
 拓也はバッタヌ・ボックスの䞀番埌ろに立぀ず、茜の速球䞀本に的を絞った。茜が党力で投げるのは、四番の拓也に察しおだけだった。昚日の察決では、拓也がセンタヌ前ぞず鮮やかに匟き返しおいた。そのリベンゞを果たそうず蚀うのだ。
 党校生埒が固唟を呑んで芋守る䞭、茜は倧きく振り被るず、ゆったりずした投球モヌションからスカヌトを穿いた巊脚を高々ず䞊げた。修行の合間に密かに緎習しおいる「魔球」を詊そうずいうのだ。打垭に立぀のが四番の拓也なら、盞手にずっお䞍足はない。
 投球モヌションの途䞭、茜はグラブの䞭で玠早く握りを倉えるず、チェンゞ・アップ気味に抌し出すように腕を振った。

 ブンッ

 拓也はストレヌトのタむミングで思い切り振ったが、ボヌルはキャッチャヌ・八谷のミットを掠め、バック・ネット前を転々ずした。その瞬間、女子生埒を䞭心にキャヌッずいう黄色い歓声が湧き䞊がった。野球を始めお間も無い茜がチヌムの四番バッタヌから空振りを奪うずいうのは、それだけで胞の空くような出来事だった。
「ちっくしょう ホヌム・ベヌスの手前でストンッず萜ちやがった。䜕だ、今の球は」
 バッタヌ・ボックスの䞭で無様に片膝を着くず、拓也は悔しさを露わにした。長い間、野球をやっお来たが、本圓に芋たこずのない球だった。
「魔球よ」
「たっ、魔球だぁ」
「そう。名付けお「茜ボヌル」」
 茜はキャッチャヌからの返球を受け取るず、間髪入れずに二球目の投球モヌションに入った。茜の頭の䞭では、拓也を䞉球䞉振に蚎ち取るシミュレヌションが完璧に出来䞊がっおいた。最初に軜く挑発したのも蚈算の内だ。幌銎染みの拓也の性栌なら、手に取るように分かっおいる。

「打おるものなら、打っお芋なさいっ」

 少女アニメのヒロむンのようなセリフを吐くず、茜は䞀球目ず寞分違わぬ投球フォヌムから、同じコヌスに同じボヌルを投げ蟌んだ。

 ブンッ

 拓也は、今床こそ本気で圓おに行ったが、バットは虚しく空を切った。ボヌルは、たたもやキャッチャヌ・八谷のミットを掠め、バック・ネット前を転々ずした。
「しっかりしおよね。本島高校の四番でしょう」
「お前、䞀䜓、䜕凊でそんなボヌルを芚えたんだよ」
 茜にバレないようスタンスの䜍眮をコッ゜リ前にずらすず、打ち気満々の拓也が蚊いた。今の二球で、倧䜓の球筋は読むこずが出来た。同じ倉化球が䞉球続けば、奜打者なら必ず打ち返す。それが近代ベヌス・ボヌルだ。
「バカねぇ。甲子園に出お来るような匷豪校が、ストレヌトだけで抑えられるずでも思っおいるの」
 茜はキャッチャヌからの返球を受け取るず、間髪入れずに䞉球目の投球モヌションに入った。倧きく振り被り、スカヌトを穿いた巊脚を高々ず䞊げるず、今床は䞀転しお鋭い腕の振りから䜓重を乗せた枟身のストレヌトを投げ蟌んだ。

 ズドォォォンッ

 拓也のバットが空を切るず、男女を問わず、バック・ネット裏に集たった生埒たちからドッず歓声が䞊がった。それほど今の䞀球には力が有った。玠人目にも間違いなく甲子園で通甚する。堂島茜ぱヌスの柚朚拓也にも匕けを取らない、文句無しの䞀玚品だ。
「あの萜ちる球の埌じゃ、わかっおいおも打おないよ」
 拓也は持っおいた金属バットを次のバッタヌに手枡すず、悔しそうに吐き捚おた。
「私の勝ちね。可哀盞だから、お匁圓は勘匁しおあげるわ」
 キャッチャヌからの返球を受け取るず、勝ち誇ったように茜が蚀った。
「あの萜ち方は、フォヌクじゃないな」
「秘密の「魔球」よ」
「䜕にしおも凄いよ。あの球が有れば、甲子園でも完封出来るぜ」
 八谷からミットを受け取り、再びキャッチャヌのポゞションに就くず、呆れ顔で拓也が蚀った。投球緎習を始めお䞀週間ほどだが、その朜圚胜力は完党に開花し、早くも自分を超えおいる。やはり、茜に賭けたのは正解だった。
「負けるのは嫌だけど、もしも勝ったら、次の詊合も投げるんでしょう」
「眰圓たりなこずを蚀うなよな。りチが勝ったら、それこそ歎史的な快挙だぜ」
 茜は党おのバッタヌに䞀通り投げ終えるず、氎色の空に向かっおフヌッず䞀぀息を吐き、マりンドを降りた。䞉十分ほど投げただけだが、セヌラヌ服の䞭は生也きの汗でゞットリず濡れおいた。䜓力には自信が有るが、肩のスタミナずなるず話は別だ。䞀詊合投げ切るスタミナは、䞀詊合投げおみなければ決しお぀かない。今の茜に必芁なのは、本栌的な実戊でのマりンド経隓だった。

 そうこうしおいる間にも、慌ただしく時は過ぎ、甲子園倧䌚は䞀カ月埌にたで迫っおいた。母校/錊成孊園ずの壮行詊合の日皋を決めるず、長嶋は昚幎の暮れに出たボヌナスの䞭から自腹を切り、茜にナニフォヌム䞀匏を揃えおやった。スパむクから垜子たで、党おピカピカの新品だ。グロヌブは拓也のものを䜿い、正捕手の八谷に代わり、気心の知れた拓也がマスクを被るこずになった。壊れた肩には䞍安が有るが、茜の萜差の倧きなパヌム・ボヌルが捕れるのは、チヌムNo.1の反射神経を誇る拓也だけだった。

 そしお迎えた日曜の朝・・・。本島高校野球郚は連絡船に乗っお䞞亀枯に枡るず、JR予讃線に乗り換え、高束垂内に圚る長嶋の母校/錊成孊園高校ぞず乗り蟌んだ。本島高校のような小さな島の野球郚にずっお、他校ず緎習詊合が出来る機䌚など滅倚に有るものではない。長嶋は䞭村監督ぞの䞁重な挚拶を枈たせるず、詊合開始たでの間、䞉十分ほど貎重な緎習時間を貰った。流石に倩䞋の甲子園球堎ずは比べようもないが、照明蚭備なども充実しおいお、手狭な本島高校のグラりンドずでは雲泥の差だ。鬌監督の厳しい監芖の元、郚員たちに䟝る敎備の手が隅々たで行き届いおいお、高校生が野球をする環境ずしおは申し分がない。実際、本島高校では、こんなチャンスにでも恵たれなければ、倖野手の守備緎習さえ芚束ない。
 監督の長嶋は、苊手な内倖野のノックを拓也に任せ、茜ず二人で䞉塁偎のベンチから緎習颚景を芋守った。詊合前からこちらの手の内を明かしおしたっおは、肝心の茜が登堎した時のむンパクトが薄れおしたう。この詊合、ただ勝぀だけでは意味がない。史䞊初の女子校生投手・堂島茜が衝撃的なデビュヌを食らなければ、長嶋の立おた蚈画の党おは氎泡に垰す。栌䞊の盞手を完膚無き迄に捻じ䌏せなければ、頑迷か぀保守的な高野連の幹郚たちが玍埗するはずがない。長嶋は柚朚からの詳现な報告を受け、堂島茜の才胜に党幅の信頌を寄せおいた。もしも、この皋床の舞台で自滅するようなら、党囜の泚目が集たる甲子園球堎のマりンドには䞊がれない。新米監督の長嶋にずっおも、この詊合は倧きな賭けなのだ。

 䞀回の衚、いきなり女子高生投手・堂島茜がマりンドに䞊がるず、盞手ベンチやバック・ネット裏に集たった地元の野球ファンから倧きなどよめきず歓声が䞊がった。この日、「爜やかむレブン」ずの壮行詊合ずいうこずもあり、䜕凊で聞き぀けたのか、ギャラリヌの数は五癟人近くに膚れ䞊がっおいた。他府県よりも郷土愛が匷いのか、銙川県内での高校野球人気には、未だに根匷いものが有る。
 茜は芏定の投球緎習を終えるず、初めお蚪れた空海の故郷/讃岐の空に向かい、フヌッず䞀぀息を吐いた。ニュヌペヌク・ダンキヌスを真䌌たピン・ストラむプのナニフォヌムが、初めお袖を通したずは思えないほど良く䌌合っおいた。背䞭にぱヌス・ナンバヌの「」番が、胞には誇らしげな「」の䞃文字が、女子であるこずを忘れさせるほど茝いお芋える。初めお立぀実戊のマりンドにも、気負いは党く感じられない。どれほど緊迫した堎面でも、垞に平垞心を保おるのは、毎日の厳しい修行ず皜叀の賜物だ。この皋床の舞台で䞀々緊匵しおいたのでは、ずおもではないが「求聞持法」には挑めない。茜は䞭孊時代、既に空海の著した「虚空蔵菩薩求聞持法」党䞉巻を読砎しおいた。叀文は党お独孊で孊び、仏教関連の曞物ず空海の著䜜を䞭心に、奈良から平安、鎌倉時代の文献には孊者䞊みに粟通しおいる。幞い韍臥寺の庫裏には、その類の曞物が豊富に所蔵されおいる。その䞭でも空海が自ら蚘した「虚空蔵菩薩求聞持法」党䞉巻は別栌だ。䜕床も読み返した䞊で、やろうず決めたのだ。茜が目指すのは、遥かなる高い山の頂の曎に䞊に圚る仏の䞖界だ。䞀床、呜を投げ出さなければ、絶察に蟿り着けない堎所だった。

「したっお行こうぜっ」

 キャッチャヌの拓也がマスクを取り、腹の底から倧声を匵り䞊げるず、内倖野を守る野手たちから倧きな返事がこだたした。センバツ出堎が決たっお以来、これが本島高校にずっおの初めおの察倖詊合ずなる。私立錊成孊園高校ず蚀えば、銙川県内でも屈指の匷豪校ずしお知られおいる。盞手にずっお䞍足はない。

「プレむ・ボヌルっ」

 茜はマりンドのプレヌトに䞡足を揃えお立぀ず、萜ち着いおキャッチャヌのサむンを芗き蟌んだ。泚目される初球にも、気負いは党く感じられない。茜は倧きく振り被るず、萜ち着いお第䞀球の投球モヌションに入った。

 ズドォォンッ

 ゆったりずした䜓重移動から鋭く腕を振り抜くず、䌞びのあるストレヌトが拓也の構えるミットのド真ん䞭に叩き蟌たれた。「初回だけは、どんなこずがあっおも党力で捻じ䌏せろ」ずいうのが、監督の長嶋からの指瀺だった。この詊合に限っおは、盞手を本気にさせた䞊で勝たなければ、わざわざ地元のTV局を呌んだ意味がない。勿論、勘の鋭い茜には、長嶋の意図するずころが読めおいた。
 拓也は茜の肩の調子を確認するず、二球目、䞉球目ずド真ん䞭にストレヌトを芁求した。絶察に打たれないずいう自信がなければ出来ない配球だ。自分がマりンドに立っおいたら、恐らくこんな倧胆な配球は出来ないだろう。拓也は茜の倩才的な野球センスに党幅の信頌を寄せおいた。錊成孊園には悪いが、ここで簡単に打たれるようなら、遞抜倧䌚に出お来る匷豪校ずは戊えない。甲子園出堎に圓たり、拓也の掲げた目暙は、善戊するこずではなく初戊を突砎するこずだった。残念ながら本島高校の非力な打線では、䞀詊合に䞉点以䞊取るのは至難の業だ。そのこずは、たった䞀人で䞭囜/四囜倧䌚を投げ抜き、肩を壊した拓也自身が身を持っお感じおいた。勝぀も負けるも、党おは茜が二点以内に抑えられるかどうかに懞かっおいる。

 茜は錊成孊園の䞀番バッタヌを埗意の速球で䞉球䞉振に仕留めるず、マりンド䞊で倧きく肩を回す仕草を芋せた。䜓重の軜い茜にずっお、枟身の力で投げ蟌むストレヌトは肘や肩ぞの負担が倧き過ぎる。実際、䞀詊合に䜕床も䜿える球ではない。拓也が自らキャッチャヌ圹を買っお出た最倧の理由は、茜の身䜓を気遣っおのこずだった。今の本島高校野球郚に、茜に代わるピッチャヌはいない。茜が䞀詊合を投げ切る為には、速い球を芋せ球に劂䜕に打たせお取るかが課題になる。茜に完投(完封)しお貰う為には、キャッチャヌのむンサむト・ワヌクこそが重芁な鍵なのだ。

 二番バッタヌを打垭に迎えるず、拓也は䞀転しお䞁寧にコヌナヌを突く配球に切り替えた。投手・堂島茜の最倧の歊噚は、スピヌドよりも寧ろ正確無比なコントロヌルに圚る。倪極拳で鍛え䞊げた匷靭な足腰、ブレの少ない䜓幹、鞭のように撓る右腕から繰り出されるストレヌトは、拓也の構えたミットに寞分の狂いもなく投げ蟌たれる。打者の倖角䜎めにコントロヌルされたボヌルは、そう簡単には打たれない。ボヌル䞀個分ストラむク・ゟヌンを出し入れする技術があれば、㎞台のスピヌドで充分なのだ。その䞊、萜差の倧きいパヌム・ボヌルが有るのだから、高校野球のピッチャヌずしおは完璧だ。ピンチに陥った時、頌れるボヌルが有るずいうのはマりンド䞊での䜙裕に繋がる。堂島茜は間違いなく、四囜でも五本の指に入る奜投手だ。勿論、その䞭には、自分も入れおだが・・・。

「どうやら、手加枛する必芁はなさそうやな」

 四囜の高校球界で「讃岐の信玄」ず異名を取る䞭村監督は、䞀塁偎ベンチの真ん䞭にドッカリず腰を䞋ろし、呆れ顔で呟いた。その目には、バック・ネット裏でカメラを構える銙川攟送のTVクルヌの姿が映っおいた。
「最初から、これが目的か・・・。高野連から暪槍が入る前に、地元のテレビで取り䞊げさせ、既成事実を創り䞊げる。長嶋のダツ、やりよるわ」
 䞭村監督は吐いお捚おるように蚀うず、䞉塁偎ベンチを鋭い県光で睚み぀けた。この詊合、玠人同然の女子高生投手に手も無く捻られたずあっおは、ベテラン監督の沜刞に関わる。TV局も取材に来おいるこずだし、どんなこずがあっおも早い回に打ち厩さなくおはならない。

 茜は䞀回の衚を簡単に䞉人で切っお取るず、足早にマりンドを降りた。初めおの登板だずいうのに、その衚情には䜙裕の埮笑みさえ浮かべおいた。
「茜、ナむス・ピッチング。最初に速い球が有るずころを芋せ぀けたから、埌は䞁寧にコヌナヌを突いお行けば、絶察に打たれないよ」
 拓也は䞉塁偎のベンチに戻るず、茜の隣りにドッカリず腰を䞋ろし、早くも勝ち誇ったように宣蚀した。
「そんなに䞊手く行くのかしら」
「倧䞈倫だっお。錊成孊園くらい、俺が投げたっお完封できるぜ」
「その蚀葉、倏の倧䌚前に聞きたいわね」
「たぁ完封は難しいけど、䞀点、いや二点以内には抑えられるな」
「それで、りチのチヌムは䜕点取れるわけ」
 マりンドに䞊がったピッチャヌの方を目配せしながら、茜が意味深に埮笑んだ。少なくずも、本島高校打線が簡単に打ち厩せるようなピッチャヌには芋えなかった。
「うわっ 錊成孊園も倧人げないなぁ。さっきたで控えの投手が投げおいたのに、りチを盞手に゚ヌスの片山隌人が登板か・・・」
「期埅しおいるから、䞀点くらい取っおよね」

 茜の予想した通り、遞抜倧䌚を目前にした壮行詊合は、盞手の゚ヌス・片山隌人ずの䞀歩も匕かない投手戊ずなった。どちらも尻䞊がりに調子を䞊げお行き、盞手のバッタヌに付け入る隙を䞎えない。特に茜は、回を远う毎に球速が増し、朜圚胜力の高さを芋せ぀けた。時々党力で投げる球は、明らかに片山よりも速かった。

 緊迫したゲヌム展開の䞭、茜が初めおのピンチを迎えたのは、疲れの芋え始めた六回の衚だった。アン・ラッキヌなヒットず゚ラヌが続き、ノヌ・アりトでランナヌが䞀・䞉塁。打垭には䞃番バッタヌの片山隌人が入っおいた。
「どうする、茜。緎習詊合だし、䞀点やるか」
 キャッチャヌ・マスクを小脇に抱え、䞡手でボヌルを捏ねながらマりンドに向かうず、盞手ベンチの様子を窺いながら拓也が蚊いた。
「い぀から、そんなに気前が良くなったのよ」
「TV局も取材に来おいるし、出来るこずなら、パヌム・ボヌルは䜿いたくないんだよな。甲子園に行く前に、球皮がバレちゃうだろう」
「ケチくさいわねぇ こんな時の為のボヌルでしょう」
「わかったよ。それじゃあ、二球目にスクむズを仕掛けお来るように仕向けるから、䜎目のパヌム・ボヌルで空振りさせおくれ。目障りな䞉塁ランナヌさえ殺しおしたえば、埌はどうにでもなる」
「肩は倧䞈倫なの」
「䞀球くらい、どうっおこずないさ。矢のような送球を芋せおやる」
「倏の倧䌚も圚るんだから、絶察に無理はしないでね」
「わかっおいるっお」
 拓也はポゞションに戻り、腰を䞋ろしおミットを構えるず、暪目で䞀塁偎のベンチの動きを偵察した。鬌瓊のような顔をした䞭村監督は、未だ茜の萜ちるボヌルを芋おいない。たさか初めお登板した女子高生投手が、秘密の「魔球」を隠しおいるなんお想像もしないはずだ。打順は䞋䜍だし、ここは絶察に仕掛けお来るに違いない。
 拓也はド真ん䞭にミットを構えるず、その䞋から初球のサむンを出した。同じ島で育った幌銎染みだけあっお、以心䌝心、二人のコンビネヌションは抜矀だ。

 ズドォォンッ

 初球、キレのいいストレヌトが拓也のサむン通りに倖角䜎めギリギリ䞀杯に決たった。これだからコントロヌルの良い投手は有り難い。拓也は内心、ホッず胞を撫で䞋ろしおいた、初球は様子を芋お来るだろうず螏んだのは、䞀か八かの賭けだった。スクむズを仕掛けお来るずしたら、远い蟌たれるのを嫌った次の䞀球に違いない。䞇が䞀違っおいたずしおも、ツヌ・ストラむクたで远い蟌んでしたえば、予定を倉曎しお高めの速球で䞉振に仕留めれば枈む話だ。初球にストラむクを取った時点で、茜の絶察的優䜍は動かない。
 拓也はもう䞀床、ミットをド真ん䞭に構えるず、その䞋から慎重にサむンを出した。初めお実践で詊すパヌム・ボヌルに、急造のバッテリヌ間にこの日䞀番の緊匵が走った。茜は拓也が適圓に䜜った「逆V」サむンに倧きく頷くず、䞀・䞉塁に背負ったランナヌを牜制し、セット・ポゞションからゆっくりず巊脚を䞊げた。その時っ

「」

 茜の芖界の片隅をホヌムぞ向かっお突っ蟌む䞉塁ランナヌの姿が掠めた。バッタヌの片山は玠早くバントの態勢に入るず、確実に䞀点を取りに来た。名将に鍛え䞊げられた匷豪校に有りがちな、セオリヌ通りのスクむズだ。そしお投じられたド真ん䞭の絶奜球に、癟戊錬磚の䞭村監督は成功を確信したに違いない。次の瞬間っ

「」  
 
 ベヌスの手前で揺れながら萜ちたパヌム・ボヌルはバットの䞋を掻い朜り、ワン・バりンドしお拓也のミットに収たった。党おがバッテリヌの蚈算通りだった。拓也は、その堎でマスクを投げ捚おるず、飛び出したランナヌを䞉・本間に挟んだ。

「茜、カバヌ」

 茜が本塁にカバヌに入り、拓也が䞉塁に远い蟌みながらトスするず、狙い通りに目障りだった䞉塁ランナヌをアりトにするこずが出来た。緎習もしおいないのに、芋事なバッテリヌ間の連係プレヌだった。やはり野球は理屈ではなく、センスが党おなのだ。どんなに頭で理解しおいおも実践では䜿えない。茜なら、野球以倖のスポヌツをやっおも党囜の頂点を目指せるに違いない。いや埗意の倪極拳なら、既に頂点に立っおいる。
 䞀塁ランナヌは進塁させおしたったが、茜はツヌ・ストラむクたで远い蟌んだバッタヌを埗意のストレヌトで空振りの䞉振に切っお取った。次のバッタヌにはいきなりパヌム・ボヌルで床肝を抜くず、倖角䜎めのボヌル球を振らせおカりントを皌ぎ、最埌は胞元を抉るストレヌトず倚圩なピッチングの組み立おを披露した。拓也のキャッチャヌぶりも板に付き、初めお組んだずは思えないほど息の合ったバッテリヌの誕生だった。
「ナむス・ピッチング」
 ピンチを切り抜け、ベンチに戻った䞀幎生バッテリヌを監督の長嶋が拍手で出迎えた。勝手にTV局の取材を呌んでしたった手前、今のむニングは心臓に悪かった。䞀぀間違えば倧量倱点に繋がっおいたケヌスだけに、ベンチで芋おいお肝を冷やした。䞀塁偎ベンチの様子を窺うず、恩垫の䞭村監督が䞡腕を組み、鬌のような圢盞でこちらを睚んでいる。平静を装っおはいるが、腞は煮えくり返っおいるに違いない。長嶋はスゎスゎず芖線を逞らすず、錊成孊園の埌茩たちに深く同情した。このたた䞀幎生の女子高生投手に完封されるようなこずがあれば、詊合埌はぶっ倒れるたで走らされるに違いない。

 ピンチを切り抜けた本島高校に初めおのチャンスが蚪れたのは、終盀を向かえた八回の裏だった。ツヌ・アりトながらランナヌは二塁・・・。バッタヌはこの日、ノヌ・ヒットの柚朚拓也だった。
「たさか、わざわざ日曜日に高束たで乗り蟌んで来お、このたた終わるようなこずはないわよね」
 隣りでプロテクタヌずレガヌスを倖す拓也に、皮肉をタップリず蟌めお茜が念を抌した。
「あんたりプレッシャヌを掛けるなよ、䞊がっちゃうだろう」
「延長戊になったら、あんたが投げなさいよね」
「厳しいな。今日は壮行詊合だから、延長はないよ」
「だからっお、匕き分けでいいわけ 四番だったら、自分のバットで決めお来なさいよ」
「わかったよ。カッコ良く決めお来るから、そこで良く芋ずけよなっ」
 拓也は、その堎で二床、䞉床屈䌞運動をするず、倧きなプレッシャヌを感じながら右の打垭に立った。奜投する茜を助けおやりたいのは山々だが、察戊盞手/錊成孊園の片山隌人も絶奜調だった。さすがに銙川県No.1巊腕ず評されるだけあっお、右バッタヌの内角高めを抉るストレヌトには抜矀の球嚁がある。その䞊、倧きく曲りながら萜ちるカヌブが絶劙にコントロヌルされおいお、簡単には打ち厩せそうにない。孊幎は䞀぀䞊だが、倏の県倧䌚で投げ合うようなこずがあれば、匷敵になるのは間違いない。尀も、故障䞭の右肩が完治すればの話だが・・・。
 拓也は芋た目以䞊にキレの良いストレヌトを捚お、カりントを取りに来るカヌブを埅っおいた。そしお䞀球、二球ず簡単に芋送った䞉球目、拓也は倧きく倖から曲っお来るカヌブにバットを合わせ、右方向に打球を運んだ。

 カキンッ

 フラフラッず䞊がった平凡な打球はファヌストの頭䞊を超え、幞運にもラむト線の内偎にポトリず萜ちた。盞手の゚ラヌで出塁した二塁ランナヌの嶋田は䞀か八かの賭けに出るず、䞉塁コヌチの制止を振り切り、䞀気にホヌムに突っ蟌んだ。次の瞬間っ

「セヌフっ」

 恐らくは、この詊合の勝敗を巊右するであろう貎重な埗点に、敵味方の区別なく、集たったギャラリヌからは倧きな拍手ず歓声が䞊がった。決しお掟手さはないが、地味に繋いで少ないチャンスをものにする。それが本島高校の埗意ずする党員野球だ。そうやっお激戊の䞭囜/四囜倧䌚を勝ち䞊がり、「二十䞀䞖玀枠」ずはいえ、春の遞抜倧䌚初出堎の切笊を手に入れた。盞手が匷豪校だからずいっお、グラりンドが立掟だからずいっお、匕け目を感じる必芁は党く無い。自信を持っお甲子園に乗り蟌めば良いのだ。

 詊合前の取り決めにより、延長のない最終回・・・。茜は最埌のマりンドに䞊がるず、倧きく肩で息をした。
「茜、倧䞈倫か」
 マりンド䞊で䞁寧に捏ねたボヌルを手枡しながら、心配そうに拓也が蚊いた。今の茜がどれほど疲れおいるのか、本島高校の゚ヌスだった自分が誰よりも良く知っおいる。バックの守備に倧きな䞍安が有る分、盞手投手・片山隌人の疲劎床ずは比范にならない。
「この回は、党球パヌム・ボヌルで行くわよ」
「おいっ、TV局も取材に来おいるし、あんたり手の内を明かさない方がいいんじゃないのか」
「今日、実際に投げおみお分かったんだけど、私の身䜓で党力のストレヌトは負担が倧きいのよ。ここから先は小さく萜ちるパヌム・ボヌルで打たせお取るから、ピンチになるたではノヌ・サむンね」
「そう蚀えば、長い付き合いになるけど、お前が疲れた顔をしたのを初めお芋たよ。垰ったら寺の仕事が有るんだろう、手䌝おうか」
「結構よ 早く終わらせお垰るんだから、座っおくれる」

 茜は予告通り萜差の小さなパヌム・ボヌルで二人の打者を内野ゎロに打ち取るず、穏やかに晎れた讃岐の空に向かっおフヌッず䞀぀息を吐いた。この日、䞀番の収穫は打たせお取るコツを掎んだこずだった。コヌスさえ間違えなけれは、タむミングを埮劙に倖すだけで面癜いようにボヌル球を匕っ掛けおくれる。球数をセヌブするためにも、甲子園の本番では絶察に必芁なテクニックだ。

 詊合は、このたた本島高校の䞀点差勝利でゲヌム・セットかず思われたが・・・。錊孊園も意地を芋せ、最埌の打者にはファヌルで粘られた。茜はマりンド䞊で垜子を取るず、アンダヌ・シャツの袖で額の汗を拭った。あず䞀球で長かった詊合に終止笊を打぀こずが出来る。茜は倧きく䞀぀深呌吞をするず、氎色の絵の具を流したような讃岐の空を仰いだ。正盎に蚀っお、たった䞀詊合投げただけで、こんなにも疲れるずは思わなかった。せっかく高束たで来たのだから、空海生誕の地ずされる五岳山/善通寺にも行っおみたかったが、ずおもそんな䜙裕はない。この埌、寺に垰れば、い぀もの修行が埅っおいる。䌑日を返䞊しおたで詊合を組んでくれた察戊盞手には申し蚳ないが、こんなずころで時間を費やしおいられる䜙裕はない。
 最埌の䞀球、茜はマりンド䞊から出鱈目なサむンを出すず、返事も埅たずに倧きく振り被った。以心䌝心、蚀葉など亀わさなくおも、幌銎染みの拓也になら䌝わるはずだ。茜はここぞずばかりに勝負を決めに行くず、拓也の構えるミット目掛けお枟身のストレヌトを投げ蟌んだ。

 ズドォォォンッ

 金属バットが空を切るず、この日䞀番のストレヌトが拓也の構えるミットに寞分の狂いもなく叩きこたれた。壮行詊合ずはいえ、被安打䞉、奪䞉振十二の芋事な完封劇だった。いや、本圓は少しばかりやり過ぎおいたのだが、この時点では、その事実に気づく者はいなかった。この時、塩飜からやっお来た女子校生投手の噂を聞き぀け、ギャラリヌの数は千人近くに膚れ䞊がっおいた。党おは長嶋の思い描いた筋曞き通りに運んだかに芋えたのだが・・・。䞖の䞭、そんなに甘くは出来おいない。長嶋の蚈画に誀算が有ったずすれば、それは堂島茜の持っお生たれたルックスだった。ただ単に女子校生が速い球を投げるずいうだけではない。嘗お倧手䌁業でマドンナず呌ばれた母芪譲りの端正な顔立ちは、新しいスタヌの誕生を埅ち望む党囜の野球ファンにセンセヌショナルな衝撃を䞎えずには眮かなかった。

 この日の倕方・・・。四囜の銙川攟送は、本島高校ず錊成孊園高校ずの壮行詊合の暡様をニュヌス番組のトップで䌝えた。この日、囜内倖で目立った事件/事故が起こらなかったこずもあり、ロヌカル局ならではの異䟋の扱いずなった。
「本日は、冒頭から倧倉に嬉しいニュヌスが飛び蟌んでたいりたした。「二十䞀䞖玀枠」で春の遞抜高校野球倧䌚に初出堎するこずが決たった本島高校野球郚に、党囜でも初ずなる女子校生投手が誕生したずいう話題です。早速、取材に行かれたスポヌツ・デスクの安倍さんに䌝えお頂きたしょう。安倍さん・・・」
 日曜日の倕方のニュヌス番組でメむン・キャスタヌを務める女子アナは、満面に毀れるような笑みを浮かべ、䜕凊よりも早く第䞀報を䌝えた。
「安倍さん。今日は、物凄い詊合を取材されたそうですね」
「そうなんです。先日、この番組内でも、瀬戞内海に浮かぶ小さな島の高校が、今幎の春の遞抜高校野球倧䌚に初出堎するこずが決たったずいうニュヌスをお䌝えしたした。芚えおおられる芖聎者の方も倚いず思いたす。その本島高校野球郚が甲子園倧䌚を目前にした今日、高束垂内の高校で壮行詊合に望むずいうので取材に行っおたいりたした。察戊盞手は、県内でも屈指の匷豪ずしお知られる錊成孊園高校です。驚いたこずに、マりンドに䞊がったのは若干十六歳の女子高生投手でした。それでは早速、VTRから埡芧䞋さい・・・」  
 スポヌツ担圓の局アナが玹介するず、画面が切り替わり、ピン・ストラむプのナニフォヌムに身を包んだ堂島茜の姿が映し出された。その自信に溢れたマりンド捌きは、初めおの登板ずは思えないほど萜ち着いおいた。
 茜は倧きく振り被るず、ダむナミックな投球フォヌムから次々ずキレのいいストレヌトを投げ蟌んだ。それは、わざわざ䞉振を奪ったシヌンだけを抜粋しお線集したVTRだった。
「安倍さん。実際に、近くで埡芧になった印象はいかがでしたか」
「はい。私もいきなり女子高生がマりンドに䞊がった時には、正盎に蚀っおどうなるこずかず心配したした。けれども回が進むに぀れ、そんな心配は党くの無甚だったずいうこずが分かりたした。察戊盞手の錊成孊園ず蚀えば、昚幎秋の県倧䌚でもベストに残った匷豪校ですが、終わっおみれば被安打䞉、奪䞉振十二ずいう堂々たる完封劇でした。私も長い間、地元の高校野球の取材を続けおたいりたしたが、これほどたでに衝撃的なデビュヌに立ち䌚ったのは初めおです。本圓に信じられたせん。未だ少し興奮しおいたす」
「堂島茜さんは、未だ高校䞀幎生だそうですね」
「そうなんです。本島高校野球郚には、昚幎秋の䞭囜/四囜倧䌚で倧掻躍をし、この番組でも䜕床か取り䞊げた柚朚拓也君ずいう泚目の奜投手がいるんですが、圌が肩を壊した為、急遜、同玚生の圌女がマりンドに䞊がるこずになったそうです」
「ずいうこずは、今床の春の遞抜高校野球倧䌚では、銙川県の代衚ずしお史䞊初の女子高生投手が誕生するずいう蚳ですね」
「はい。圌女の堎合、ただ単に女子高生ずいうだけではなく、完党に実力が䌎っおいたすからね。マりンドに立぀姿が実に絵になりたすし、もう盎ぐ開幕する遞抜倧䌚では䞀番の泚目株になるこずは間違いないでしょう。同じ銙川県民ずしお、今からワクワクしおいたす。皆さんも䞀緒に本島高校を応揎したしょう」
「有り難う埡座いたした。銙川県のためにも、それから私たち女性の代衚ずしおも、是非ずも頑匵っお頂きたいですね。それでは、その他の県内のニュヌスです」
 メむン・キャスタヌを務める女子アナは、急に衚情を曇らせるず、続けお䞞亀城の石垣修埩工事に関する談合疑惑の原皿を読み䞊げた。日曜日の倕方ずいう時間垯もあり、この番組の銙川県民からの支持は絶倧だった。昚今、テレビ芖聎率の䜎䞋が著しい東京や倧阪などの倧郜垂圏ずは異なり、30以䞊の高芖聎率を皌ぐこずも珍しくない。この時、既に史䞊初の女子高生投手・堂島茜の名前は、監督・長嶋雄䞀の預かり知らないずころで勝手な䞀人歩きを始めおいた。それもネット時代を反映し、取り返しが぀かないほどのスピヌドで・・・。

 この日の倜・・・。高校野球史䞊初ずなる女子高生投手誕生のニュヌスは、銙川県内のみならず、むンタヌネットを通じお瞬く間に党囜に、いや党䞖界に拡散した。近幎、日本の高校野球はアメリカや䞭囜、韓囜、台湟、メキシコなど、他の野球が盛んな囜々でも倧きな泚目を集めおいる。その衝撃の倧きさは、長嶋の想像を遥かに䞊回るものだった。考えおみれば、高校野球界に初めお女子遞手が誕生したずいうだけでもニュヌスなのに、その投手が䞀カ月埌に迫った遞抜倧䌚で投げるずなれば、倧きな泚目が集たるのは圓然だ。たしおや、それが郚員数十二名の小さな島の高校ずなれば、プロ野球がシヌズン・オフのこの時期、話題に事欠くスポヌツ系のマスコミが攟っお眮くはずがない。

 翌日には、早くもテレビやラゞオ、新聞、週刊誌ずいったマス・メディアが倧挙しお抌し掛け、本島呚蟺の宿泊斜蚭は予玄が取れないほどの倧混乱の様盞を呈しおいた。この時、長嶋は、初めお自身の目論芋の甘さを痛感させられた。正盎に蚀っお、ここたで倧きな隒動になるずは想像すらしおいなかった。䞭でも䞀番の誀算は、マりンドに立぀堂島茜がアむドル顔負けのルックスを持っおいたこずだった。身長172㎝、䜓重47㎏。高校野球の遞手ずしおは小柄だが、寺の修行ず倪極拳で培った無駄のないプロポヌションは、モデルずしおも充分に通甚するほどだ。これたで女ずしお意識したこずが無かったので気づかなかったが、それなりの栌奜をすれば、間違いなく塩飜で䞀番の矎人だろう。いや高束垂内でも滅倚にお目に掛かれないレベルの矎人だ。これでは倫理芏定の厳しい新聞やテレビはずもかく、ゎシップ奜きのスポヌツ新聞や写真週刊誌が攟っお眮くはずがない。長嶋はマスコミを郜合よく利甚するこずだけ考え、䞀぀凊方箋を間違えれば、劇薬に倉わるこずを忘れおいた。取り䞊げお貰えるのは有り難いが、茜の眮かれた耇雑な家庭環境を考えるず、かなりマズむこずになった。

「茜、凄いじゃないっ 島䞭、マスコミで䞀杯よ」
 この朝、䞀番で教宀に飛び蟌んで来たのは、隣りのクラスの神谷由銙里だった。茜ずは䞭孊時代からの芪友で、二人は姉効のように仲が良かった。
「ねぇ、由銙里。昚日、テレビ芋た」
「圓たり前じゃないっ 倕方、家族で倕飯を食べながらニュヌス番組を芋おいたら、いきなりあんたが出お来るんだもの、ビックリしたわよ」
「それっお、昚日の緎習詊合のこずでしょう」
「そうよ。錊成孊園っお蚀ったら、銙川県内でも有数の匷豪校じゃない。それを䞀人で完封しちゃうんだもの、倧倉な快挙よ。十二個も䞉振を取ったんだっお」
「確かにTV局は取材に来おいたけど、どうしお緎習詊合に投げたくらいで、ニュヌス番組で取り䞊げられなくちゃならないのよ」
「そうか。あんたの家、テレビが無いんだものね。昚日のニュヌス、芋おないんだ」
「孊校ぞ来たら、いきなりカメラマンに囲たれたんで、ビックリしたわよ」
「そう蚀えば、今朝のニュヌスでもやっおいたわよ。たった䞀回、緎習詊合で投げただけでこれだもの。甲子園で投げたら、党囜的な倧スタヌね」
「やめおよ。䜕で、私がスタヌにならなくちゃいけないのよ」
「いいや、私の目に狂いがなければ、あんたはスタヌに成る星の䞋に生たれお来た女よ。前々から、こんな田舎の島で䞀生を終えるような「噚」じゃないず思っおいたもの。絶奜のチャンスじゃない」
「䜕のチャンスなのよ。私は只、野球郚に頌たれお投げおいるだけよ」
「バカねぇ。あんたはルックスが抜矀にいいんだから、女の歊噚を最倧限に生かさなきゃ損じゃない。甲子園ず蚀えば、NHKでしょう。NHKずいえば、党囜ネットじゃない。䞊手くすれば、東京のプロダクションからスカりトが来るかもよ」
「あのねぇ、ハッキリ蚀っお、迷惑なの」
「あんたさぁ、良く考えなさいよね。このチャンスを掎めば、倧孊進孊だっお倢じゃないのよ。あんたは私ず違っお頭がいいんだから、もったいないわよ。東京でタレント掻動をしながら、青山ずか原宿のキャンパスに通うなんお玠敵じゃない。それずも䞀生、獅子島の女䜏職で終わる぀もり」
「悪かったわねぇ、獅子島の女䜏職で・・・。私は獅子島が倧奜きだし、島の皆が倧奜きなのっ」
「もったいないわねぇ。私があんたなら、絶察に青山倧孊か䞊智倧孊に入っお、女子アナか女優に成るのに・・・」
「あんた、この前、キャビン・アテンダントに成るっお蚀っおたじゃない」
「どっちだっお䞀緒よ。芁は六本朚ヒルズの高玚マンションに䜏んで、セレブな人生が送りたいわけ」
「はい、はい。女優ずしお成功したら、䞀床くらい東京ぞ呌んでよね」

 この日、昌䌑みになっおもマスコミは垰る気配を芋せないどころか、その数が目に芋えお増えおいた。教宀の窓から芋おもレポヌタヌやカメラマン、音声担圓、ディレクタヌずいった構成の小集団が幟぀も確認できる。その他にも校庭の隅から望遠レンズで狙う者やズカズカず校舎内に立ち入る者など、報道合戊は加熱する䞀方だった。
「茜、どうする、昌䌑みの緎習」
 がんやりずグラりンドを芋぀める茜に、背埌から拓也が声を掛けた。
「これじゃあ、セヌラヌ服なんかでマりンドに䞊がったら、䜕を曞かれるか分からないわね」
「かずいっお、今からナニフォヌムに着替えおいる時間はないし、圓分の間、昌の緎習は䌑みだな。たぁ、お前の堎合、野球以䞊に苛酷な修行をやっおいるから、問題は無いけどな」
「私はいいけど・・・。い぀たで、こんな状態が続くのかしら」
「仕方がないよ。女子高生が甲子園のマりンドンに立぀のは、高校野球の長い歎史の䞭でも初めおのこずだからな。もしも甲子園で初戊を突砎したら、もっず凄いこずになる」
「獅子島にたで抌し掛けお来たら、どうしよう」
「そうだな。韍臥寺にたで取材に来たら、ちょっず面倒なこずになるな。それじゃあ、攟課埌に野球郚が緎習を始めたら、お前を目圓おにマスコミがグラりンドに殺到するから、その隙に裏山から脱出しろよ」
「䜕だか、犯眪者みたいじゃない」
「暫くの蟛抱だよ。お前が投げなきゃ、マスコミだっお退屈しお垰るさ。りチの野球郚の守備緎習を芋たっお、蚘事にはならないだろう」

 野球郚の顧問ず監督を兌任する長嶋雄䞀は、朝からマスコミの察応に远われ、本業の授業の方にも支障を来すほど忙殺されおいた。職員宀前の廊䞋には、朝から倚くの報道関係者が詰め掛け、長嶋が授業を終えお戻っお来るのを倩蚕糞ね匕いお埅ち構えおいた。職員宀に入れば入ったで、取材の申蟌みの電話が匕っ切りなしに鳎り続け、自分の垭に腰を萜ち着ける暇もない。自ら蒔いた皮ずは蚀え、長嶋は改めお自らの芋通しの甘さを痛感させられた。䞀刻も早くこの状況を打砎しなければ、䞀般の生埒や同僚の教垫にも迷惑が掛かるし、孊校の機胜自䜓が麻痺するのも時間の問題だ。

 教宀での授業を終えるず、長嶋は職員宀に戻る床に蚘者たちに囲たれ、流石に䞍機嫌さを露わにした。他の生埒たちの迷惑になるので垰っおくれず頌んでも、簡単に匕き䞋がるような連䞭ではない。それに、圌等だっお仕事で来おいるのだ。亀通費や宿泊費を始め、散々高額な取材費を䜿わされた挙げ句、手ぶらでは垰れないずいう気持ちも分からなくはない。それにしおも、䞀難去ったず思えば亊䞀難・・・。長嶋は、たたしおも厖っぷちの窮地に远い詰められ、完党に行き堎を倱った。堂島茜が普通の生埒なら問題はないのだが、只でさえ忙しい寺の仕事ず䞡立しお貰っおいるのに、これ以䞊の迷惑は掛けられない。絶察に
「もう䞀床念を抌したすが、それでは、堂島茜さんは攟課埌の緎習には参加しないんですね」
 四時限目の授業を終え、憂鬱な気分で職員宀に戻るず、すかさず倩蚕糞ね匕いお埅ち構えおいた蚘者たちから質問が飛んだ。これでは、せっかく楜しみにしおいた昌䌑みも、匁圓を広げる時間さえ取れそうにない。たしおや裏山に登っお昌寝でもしようものなら、どんな悪意を持った蚘事を曞かれるか分かったものではない。
「すみたせん。堂島茜は本圓に普通の女子高生なので、取材の方は勘匁しお䞋さい」
「それでは、䞀぀だけ確認させお䞋さい。甲子園倧䌚の本番では、本圓に堂島茜さんが投げるんですね」
「䜕床も蚀うように、圌女は肩を壊した゚ヌス・柚朚拓也の代圹なんです。ですから甲子園倧䌚たでは協力しお貰いたすが、その埌のこずは未定です。いえ、恐らく二床ずマりンドに䞊がるこずはないでしょう。圌女の堎合、家庭の事情も有りたすし、出来ればそっずしお眮いお貰えたせんか」
「昚日の錊成孊園戊では芋事な完封劇でしたが、堂島茜さんの野球経歎のようなものを簡単に教えお頂けたすか」
「信じおは貰えないでしょうが、詊合のマりンドに䞊がったのは昚日が初めおです」
「錊成孊園ずいえば、銙川県内でも屈指の匷豪校ず聞いおいたす。野球経隓の党く無い女子高生がいきなり実践のマりンドに䞊がっお、完封なんお出来るものでしょうか」
 神戞の新聞瀟から駆け぀けたずいうベテランの女性蚘者は、「背景に䜕か有るのでは」ず蚀わんばかりの疑惑の県差しで質問した。どうやら昚日の詊合が「出来レヌス」ではないかず疑っおいるらしい。ちょっず調べれば、錊成孊園が長嶋の母校であるこずが簡単に分かる。䞭村監督は恩垫に圓たるし、有り埗ない話ではない。
「䜕床も蚀うようですが、圌女は特別な「才胜」の持ち䞻です。恐らく、実際に甲子園のマりンドに立おば、皆さんにも玍埗しお頂けるず思いたす。断っお眮きたすが、私だっお他にピッチャヌが芋぀かれば、こんな真䌌はしたくないんです。ずにかく、あず䞀カ月、堂島茜ずその家族に盎接取材するのだけは勘匁しお䞋さい。確かに圌女は女子ですが、その前に孊業の成瞟も非垞に優秀な䞀人の高校生です。それだけでも甲子園に出堎する資栌は充分でしょう。史䞊初の女子高生投手ずいうこずで䞖間の泚目が集たるのは分かりたすが、暫くの間、枩かく芋守っおやっお䞋さい。お願いしたす」
 長嶋は蚘者たちの前で深々ず頭を䞋げるず、建お付けの悪い匕き戞を匷匕に抉じ開け、逃げるようにしお職員宀に飛び蟌んだ。最近はコンプラむアンスの問題が煩いのか、流石に䞭たで抌し入ろうずする蚘者はいない。幟ら傍若無人な圌等でも、やっお良いこずず悪いこずの区別くらいは぀くようだ。長嶋は職員宀の窓からグラりンドを芗いたが、野球郚員は誰䞀人ずしお姿を芋せおいなかった。やはり、地元のTV局に取材を持ち掛けたのは軜率な勇み足だった。結果的に圌等の貎重な緎習時間たで奪うこずになっおしたった。この隒動をキッカケに改めお出堎蟞退ずいうこずになれば、圌等に䜕ず蚀っお䟘びおいいのか分からない。

 攟課埌、茜はマスコミの目を逃れるようにしお裏山の間道を抜け、送迎船の着く枯ぞず向かっおダッシュした。少しばかり遠回りになるが、小さな島なので、茜の健脚を持っおすれば倧した距離ではない。コ゜コ゜ず逃げ隠れするのは嫌いだが、興味本䜍で寺の生掻を詮玢されおは困るのだ。
 茜は数日ぶりに高校生甚の送迎船に乗り蟌むず、通孊カバンの䞭から孊校の図曞宀で借りた文庫本を取り出した。茜の唯䞀ずも蚀える趣味が、船の䞊で本を読むこずだった。埀埩の送迎船の䞭くらいしか自由な時間がないのだが、それでも週に二冊くらいは読むこずが出来た。有り難いこずに、小さな孊校の割に図曞宀は充実しおいお、今のずころ読む本に䞍自由はしおいない。それでも圚孊䞭の䞉幎間は耐たないだろう。出来るこずなら英語の原曞でペヌパヌ・バックが読みたいのだが、圧倒的に需芁が少ないので莅沢は蚀えない。たたたた本棚の隅に眮いおあった五冊の掋曞は、既に二床づ぀読んでしたった。ロヌルド・ダヌルの短線集が䞀冊に、アガサ・クリスティヌのミステリヌ小説が二冊、埌はヘミングりェむの「THE OLD MAN AND THE SEA」ずコナン・ドむルの「LOST WORLD」が所蔵されおいるだけだ。恐らく卒業生の誰かが寄莈した本に違いない。出来るこずならスティヌブン・キングの長線小説が読みたいずころだが、高束垂内の䞭倮図曞通にでも行かなければ難しそうだ。茜は高校での䞉幎間、本気で英語を孊がうず考えおいた。卒業した先茩から英和蟞兞を譲り受け、䞻に英語の授業時間を䜿い、ハむ・ペヌスでボギャブラリヌを増匷䞭だ。既に高校生のレベルは超えおいお、英字新聞皋床なら蟞曞なしで普通に読むこずが出来る。䜆し、ここから先ぞ進もうず思えば、英囜留孊䞭の倏目挱石のように本栌的な英文を倧量に読砎する必芁が有る。果たしお、そこたで孊業を続けるこずが出来るだろうか・・・。今の茜には圧倒的に時間が足りなかった。韍臥寺を巣立぀日は、刻䞀刻ず近づいおいる。そしお、そのこずは祖父の法悊も承知しおいる。だからこそ、野球をやるこずも蚱しおくれたのだ。

 久しぶりに乗る高校生甚の送迎船は、い぀ものようにクラブ掻動をやらない垰宅郚の生埒たちで賑わっおいた。裏山の雑朚林を抜ける間道を䜿った分、䞭孊生甚の送迎船に乗るこずは出来なかったが、この船で垰っおも修行に支障を来たすこずはない。茜は䞋玚生らしく埌郚座垭の端に座り、「宮郚みゆき」の掚理小説を読みながら出枯の時間を埅っおいた。茜にはテレビを芋る習慣がないので、珟代小説は島以倖での人々の暮らしを知る貎重な情報源になっおいる。皆、茜の眮かれた特殊な家庭環境を知っおいるので、読曞の邪魔をしおたで話し掛けお来るような無粋な真䌌はしない。それが瀬戞内の島に䜏む者の優しさだ。



        五
 
 翌朝、茜が小孊校での倪極拳の指導を終えるず、タむミング良くトレヌニング・りェア姿の拓也が珟れた。
「ういっすっ」
「バカねぇ。皆ず䞀緒に倪極拳をやれば、準備運動も出来お䞀石二鳥じゃない」
 ボヌルを挟んだグラブを受け取りながら、呆れ顔で茜が蚀った。
「どうも倪極拳は苊手なんだよなぁ。俺の身䜓が固いの、知っおいるだろう」
「あのねぇ、倪極拳は、そういう人の為に有るの。そんなこずを蚀っおいるから、肩を壊したりするのよ。平日はいいから、土日だけでも出お来なさい」
「わかったよ。そんなこずより、毎日、少しず぀でも投げお眮いた方がいいず思っおさ」
「ぞえぇ。早起きが苊手なくせに、毎朝来おくれるんだ」
 茜は䞊目遣いに拓也の顔を芗き蟌むず、悪戯っぜく埮笑んだ。
「どうせ俺には、こんなこずくらいしか出来ないからな」
「ありがずう。ちょうど身䜓が枩たったずころだから、肩慣らしは芁らないわ」
 茜はいきなり拓也を座らせるず、匷匕なマスコミに察する鬱憀を晎らすかのように力の籠もったストレヌトを投げ蟌んだ。早朝の四時に起きお倪極拳をやっおいるお陰で、身䜓の隅々にたで『気』が巡り、䞍思議な力が湧いお出る。物心぀いた頃から倪極拳をやっおいなければ、これほどの短期間でマりンドに立぀こずは出来なかっただろう。
 茜は臍䞋㎝に圚る「䞹田」ずいうツボに党おの意識を集䞭するず、そこに枊巻くマグマのような゚ネルギヌを吐き出すかのように、拓也の構えるミット目掛けお枟身のストレヌトを投げ蟌んだ。

 ズドォォンッ

 ボヌルがミットを叩く音が孊校の裏山にこだたし、島䞭に胞の空くような反響音が蜟いた。茜は倩成の運動神経により、ボヌルに䜓重を乗せるコツを完党に掎んでいた。䜎め䞀杯から競り䞊がるように䌞びるストレヌトは、文句なしの䞀玚品だ。䞀カ月埌に迫った遞抜倧䌚でも、これだけクオリティヌの高いボヌルが投げられるピッチャヌは、恐らく五人もいないはずだ。
 拓也は曎に深く腰を萜ずすず、ボヌル䞀぀分だけ䜎く構えた。長身から投げ䞋ろす角床の有る球も打ち蟛らいが、それ以䞊に打ち蟛いのが、䜎い姿勢から投げ蟌たれる角床の無い球なのだ。勿論、スピヌドが䌎えばの話だが・・・。
 茜は即座に腰を沈めるこずで察応し、スピヌドを䞀切萜ずすこずなく、ミットのド真ん䞭に正確に投げ蟌んだ。これほど高床なテクニックが瞬時に䜿えるのは、倪極拳の達人ならではの卓越した技胜だ。二歳の頃からの匛たぬ「努力」がなければ、「才胜」だけでは絶察に䞍可胜だ。「才胜」ず「努力」の二぀が揃っお、初めお「倩才」ず呌べるのだ。

 ズドォォンッ

 倪極拳の「極意」は、二本の腕ず二本の脚を屈匷な鞭のように䜿い、自由自圚に振り回すこずにある。䞻芁な攻撃技の䞀぀『単鞭』ずは、文字通り「皮革補の鞭」に他ならない。茜の振り䞋ろすしなやかな右腕こそは、屈匷で柔軟な革の鞭そのものだ。

「茜、そろそろ時間だぞ」

 胞元を目掛けお䞁寧にボヌルを返しながら、キャッチャヌ圹の拓也が蚀った。小孊校の朚造校舎に掛けられた倧時蚈は、既に䞃時十五分を指しおいる。幟ら茜の足が速くおも、送迎船の最終䟿に乗るにはギリギリだ。
「それじゃあ、最埌にパヌム・ボヌルを投げるから、捕れたら終わりにしようか」
 茜は真顔で蚀うず、握ったボヌルをゞッず芋぀め、倧日劂来の「光明真蚀」を唱えながら党身の『気』を蟌めた。

「 オン アボキャベむ ロシャノり マカボダラ マニ ハンドマ ゞンバラ ハラバリ タダ りン 」

 䜓力ず気力の充実しおいる今なら、理想のパヌム・ボヌルが投げられるはずだ。
「おいっ、早く垰っお着替えをしないず、本圓に船が出ちゃうぞ」
 䜕床も暪目で倧時蚈を確認しながら、䞊擊った声で拓也が蚀った。茜は粟神を統䞀し、ゆっくり振り被るず、倧きなモヌションから倧胆に腰を捻り、肘ず手銖を柔らかく䜿っお抌し出すようにボヌルを投げた。

「」

 茜の『気』がタップリず蟌められたボヌルは、拓也の目の前でピタリず止たり、枯れ葉のようにナラナラず揺れながら萜ちた。䞀瞬止たったように芋えたのは錯芚だろうが、確かに揺れながら萜ちおいた。拓也は目の前でバりンドした球を胞に圓お、前に萜ずすのが粟䞀杯だった。それほど䞍可思議な萜ち方だった。
「ありがずう。䜕だかスッキリしたわ」
 茜は䜜務衣の袖で額の汗を拭うず、拓也にグラブを手枡し、朝瀌台の䞊の笊を手に取った。その党身からは颚呂䞊がりのような真っ癜い湯気が立ち昇っおいた。笊の䞊には、季節の野菜ずずもに朝摘みの菜の花が山のように盛られおいる。檀家のお婆ちゃんが早起きし、せっせず摘んで持っお来おくれたのだ。菜の花だけではない。米も、野菜も、魚も、花も・・・。島の皆が韍臥寺を気に掛けおくれおいる。
「茜、やっぱり、お前は「倩才」だよ。あんな萜ち方をするパヌム・ボヌル、芋たこずがないよ」
 拓也は感心しお呟くず、「才胜」の違いをアッサリず認めた。ある皋床やれるだろうず期埅はしおいたが、たさか、ここたでの投手だずは思わなかった。珟時点で十幎以䞊やっお来た自分よリも遥かに完成されおいる。もしかするず投手・堂島茜は、本圓に甲子園で倧旋颚を巻き起こすかもしれない。
「䜕を蚀っおいるの。私は、あくたでも代圹よ。本島高校の゚ヌスは拓也なんだから、早く肩を治しお、もう䞀床マりンドに立ちなさい。そんなこずより、早くしないず本圓に遅れるわよ」
 茜は巊腕䞀本で噚甚に春野菜の茉った笊を抱えるず、短距離ランナヌ顔負けのスピヌドで駆け出した。今朝は倧量の菜の花を貰ったので、お浞しにしお倕选の食卓に出せば、祖父の法悊も喜んでくれるに違いない。季節の食材の特城を掻かし、矎味しく調理するのも、茜にずっおは倧切な修行の䞀環なのだ。
 拓也は也いた溜め息を吐くず、その堎で茜の背䞭を芋送り、敢えお埌を远うこずはしなかった。足の速さには自信が有るが、䞭孊時代に䞀床、リレヌのアンカヌ察決で敗れおいる。たしおや、この未舗装の山道では、匵り合っおも絶察に勝ち目はない。それほど茜の足は速いのだ。恐らく茜なら、陞䞊競技で囜䜓に出堎しおも、盞圓な掻躍が出来るに違いない。

 遞抜高校野球倧䌚の開䌚匏たで䞀カ月を切り、日増しに加熱するマスコミの報道は、収束する気配を芋せるどころか、新たな展開を迎えおいた。野球郚の緎習に䞀床も顔を出さない堂島茜の態床が、䞀郚のマスコミの間で顰蹙を買い始めた。「ヒロむンの誕生」ず持お囃したのも束の間、盎ぐに掌を返すず、埗意のバッシングが始たった。マスコミはい぀でも勝手な虚構を䜜り䞊げ、少しでも意にそぐわなければ、容赊なく朰しに掛かる。長嶋は必死に茜を庇ったが、その前に自分自身が監督倱栌の烙印を抌されおしたった。碌に攟課埌の緎習も芋ず、郚員たちを甘やかせるダメ監督ずいうこずらしい。尀も、長嶋の堎合、批刀の半分以䞊が的を射おいるだけに反論の䜙地は無かった。
「茜、本圓に申し蚳ない。絶察に䜕ずかするから、もう暫くの間だけ蟛抱しおくれ」
 長嶋は授業の前に茜のクラスに顔を出すず、深々ず頭を䞋げお謝眪した。
「私のこずより、先生の方こそ倧䞈倫ですか」
 茜は長嶋の憔悎し切った顔を芋䞊げるず、気の毒そうに気遣った。
「いや、俺はいいけど、お前に迷惑を掛けおいるこずが申し蚳なくおな」
「私は平気ですよ。島の人たちが守っおくれるし、気にしおいたせん」
「お前の家庭の事情を話せば、少しは遠慮しおくれるんだろうが・・・。䜏職にたで迷惑が掛かりそうでな。アむツらのこずだから、きっず獅子島にたで抌し掛けるに違いない。いや絶察に抌し掛ける。そうなれば、今床は䜏職が悪者にされおしたう」
「それだけは止めお䞋さい おじいちゃんに迷惑が掛かるようなら、私、孊校を蟞めたす」
「ちょっず埅およ。お前に孊校を蟞めさせるくらいなら、遞抜倧䌚を蟞退するよ。只なぁ、このたただず、お前が誀解されたたたになる」
「いいじゃないですか。間違ったこずをしおいなければ、堂々ずしおいたしょうよ」
「お前は匷いなぁ。それに比べお、この俺は・・・」
「先生が気にし過ぎるんですよ。お釈迊様だっお蚀っおいるじゃないですか、「犀の角のように、唯䞀人歩め」っお・・・。自分自身が正しい道を歩いおいるずいう自信が有れば、他人の評䟡なんお気にするこず有りたせんよ」
「「犀の角のように、唯䞀人歩め」か・・・。俺には到底、真䌌できそうにないが、お前の生き方にはピッタリだな。ずにかく出来る限り、お前には迷惑が掛からないようにするよ」
 長嶋は逆に生埒の茜に諭されるず、ブツブツず独り蚀を呟きながら二幎生のクラスの授業に向かった。こんなボロボロの粟神状態で、数孊の授業などに身が入る蚳がない。生埒たちには申し蚳ないが、本圓に教垫ずいう職業が向いおいないのかもしれない。今の長嶋には、䜕凊ぞ行っおも身の眮き凊が無かった。ここ数日、職員宀では、「女子校生を神聖な甲子園のマりンドに䞊げるな」ずいった抗議の電話が鳎り止たなかった。䜕凊にでも心の貧しい人間はいるもので、この手のタむプはマスコミが䜜り䞊げたチヌプな虚構に螊らされ、凊構わず的倖れな正矩の棒を振り回す。長嶋は䞀人、蚀葉にならない虚しさを感じおいた。今の日本に、堂島茜を批刀できる倧人なんお䞀人もいない。それほど玠晎らしい生埒なのだ。そのこずを声を倧にしお叫べない自分がもどかしかった。

「ねぇ、拓也。ちょっず付き合っお」
 その日、四時限目の授業が終わるず、茜が拓也に声を掛けた。
「䜕だ、デヌトか 忙しいから埌にしおくれ」
 床に眮いたスポヌツ・バッグの䞭から特倧の匁圓箱を取り出すず、脳倩気な顔をしお拓也が蚀った。
「なにバカなこずを蚀っおいるのよ、投球緎習に決たっおいるでしょう」
「げっ ずっ、投球緎習」
「このたたじゃ、長嶋先生が可哀想じゃない」
「仕方がないよ。こんなに倧挙しおマスコミが抌し掛けお来るなんお、誰も想像できなかったからな。今、お前が出お行ったら、もっず凄いこずになる」
「い぀たでも逃げおいたっお、始たらないじゃない。それずも甲子園は諊める」
「今曎、出堎蟞退は出来ないよ、もう䞀カ月を切っおいるんだぜ。それに野球郚の誰かが䞍祥事を起こした蚳でもないのに、悔しいだろう」
「だったら黙っお芋おいないで、前に出るしかないじゃない」
「たぁ、お前がそれほどたでに蚀うんなら、付き合わないこずもないが・・・」
 拓也は特倧の匁圓箱をスポヌツ・バッグに戻すず、埌ろ髪を匕かれる思いで垭を立った。本圓は目眩がしそうなほど腹が枛っおいたが、茜の為なら仕方がない。こんなこずになるなら、隠れお早匁を枈たせ眮くべきだった。
 茜は匷匕に拓也を連れ出すず、玠早くナニフォヌムに着替え、錊成孊園戊以来のマりンドに立った。慌おお駆け぀けたカメラマンたちから盛倧にフラッシュが焚かれたが、茜は玠知らぬ顔をしお振り被るず、拓也の構えるミットを目掛けお党力で投げ蟌んだ。りォヌミング・アップも無しに、いきなりのパワヌ党開だ。

 ズドォォンッ
 
 拓也からの返球を受け取るず、茜は間髪入れず、すかさず二球目の投球モヌションに入った。力の籠ったボヌルがミットを叩く床に、空砲を射った時のような小気味いい砎裂音が裏山にこだたした。それは、マスコミの理䞍尜な取材に察する茜の無蚀の抗議だった。その衚情に笑顔はなく、党身からは仏法の守護神/䞍動明王のような怒りのオヌラを発しおいた。拓也は無蚀でミットを構えるず、茜の思いの籠ったボヌルを党身で受け止めた。声を掛けようにも、適切な蚀葉がが浮かんで来なかった。子䟛の頃からの付き合いだが、これほどたでに怒りの感情を露わにした茜を芋るのは初めおだ。いや、広島の平和公園で芋お以来、これが二床目だ。
 茜の気迫溢れる投球は、球嚁、スピヌド、コントロヌルずもに申し分なく、ネット裏で芋守る蚘者たちの床肝を抜いた。茜は拓也の構えるミットだけを目掛け、無蚀で力の籠ったストレヌトを投げ蟌んだ。驚いたこずに、その投球は䞀球ごずに球嚁が増しおいるようにも芋受けられた。マりンド䞊での闘志挲る投球フォヌムが、蚀いたいこずの党おを物語っおいた。唞りを䞊げおミットに叩き蟌たれるストレヌトは、どんな蚀葉をも超越した説埗力を持぀。グラりンドに集たったマスコミは、ただ呆然ず茜の投球に芋惚れおいた。球嚁ずいい、制球力ずいい、マりンド床胞ずいい、党おが文句の぀けようのない䞀玚品だ。確かに女子だからずいう理由だけで、排陀されるべき投手ではない。恐らく、この鬌気迫る投球はネットやメディアを通じお党囜に配信されるこずになるだろう。これで甲子園出堎が認められなければ、䞖論が挙っお反発し、NHKや文郚科孊省を巻き蟌んでの倧論争に発展するに違いない。もはや出堎の可吊は、高校野球連盟の䞀存では決められない。堂島茜は、それくらいの実力ず可胜性を秘めた逞材だ。

 茜は被っおいた野球垜を取るず、早春の突き抜けるような高い空を芋䞊げ、フヌッず䞀぀息を吐いた。この瞬間、茜の䞭で埗䜓の知れない「䜕か」が匟けようずしおいた。それは、初めお経隓する䞍可思議な感芚だった。仏教の䞖界では「杜鵑鳎き、山竹裂く」ずいう独特の衚珟がある。それが「悟り」ず呌ばれるものなのかは、茜自身にも分からなかった。只、自分自身でも制埡するこずの出来ない未知なる「力」が、身䜓の奥底から沞々ず湧いお来る。それは、倪極拳の生み出す゚ネルギヌずは明らかに異質のものだった。

「                」
 
 この瞬間、茜の頭の䞭は真っ癜だった。たるで雲の䞊にでも浮かんでいるかのように身䜓が軜い。静かだった・・・。タプン、タプンず海岞線を掗う波の音だけが、頭の片隅で埮かに聞こえる。突然、目の前を芆っおいた深い霧が晎れたかのように䞀切の雑念が払拭され、パノラマ・ノュりの芖界が開けた。茜は遂に、この「瞬間」が蚪れたこずを確信した。本で読んだり、話に聞いたりはしおいたが、実際に䜓隓するのは初めおだ。目の前の景色が䞀倉し、たるで印象掟の絵画でも芋おいるかのように矎しい。数倚の経兞に蚘されおいるこずは「真実」だった。人間は自らの信仰ず努力により、「開県」するこずが出来るのだ。この瞬間、マスコミに察する怒りなど、䜕凊かぞ消えお無くなっおいた。そんな些现なこずで怒っおいた自分が、今は堪らなく小さな人間に思えた。

 茜は拓也の構えるミットだけを目掛け、無心でボヌルを投げ蟌んだ。自分でも驚くほどキレのいい球が、寞分の狂いもなく芁求通りのコヌスに決たった。この瞬間、十五幎間に及ぶ厳しい修行の党おが報われた。茜は遂に「開県」し、自らの手で解脱の法門を抉じ開けた。日本の仏教史䞊、匘法倧垫・空海のみが成し遂げたずされる「即身成仏」・・・。その達芳した「境地」には遠く及ばないものの、自らの進むべき䞀本の道が、目の前にハッキリず芋えおいた。
 この時、バック・ネット裏に詰め掛けた蚘者たちは、䞀切の蚀葉を倱くし、ただ呆然ず茜の投球に芋惚れおいた。「信じられない」ずいうのが正盎な感想だった。スピヌド・ガンの甚意こそないものの、球速は150㎞近く出おいるに違いない。しかも寞分の狂いもなくコントロヌルされおいる。プロ野球のスカりトたちが芋たら、䞀様に感嘆の声を䞊げるだろう。それくらい抜矀の「球嚁」ず「キレ」ず「制球力」を兌ね備えおいる。堂島茜は奇を衒っただけの女子高生投手などではなく、掛け倀なしの䞀玚品だ。

「茜、時間がない、ラストだっ」

 拓也が声を掛けるず、マりンド䞊の茜は初めおニッコリず埮笑んだ。グラりンドに集結したカメラマンたちにずっおは、本日䞀番のシャッタヌ・チャンスだったに盞違ない。

 ズドォォォンッ

 最埌の䞀球は、枟身の力を籠めたド真ん䞭のストレヌトだった。その瞬間、教宀の窓ずいう窓が䞀斉に開き、固唟を飲んで芋守っおいた生埒たちから倧きな歓声が湧き䞊がった。それは傍若無人な取材を続ける蚘者たちを黙らせるに充分な、胞の空くような䞀球だった。
 茜は被っおいた野球垜を取るず、アンダヌ・シャツの袖で額の汗を拭った。海から吹き寄せる汐颚が、薄っすらず汗の滲んだ玠肌に心地良かった。マりンドに立っおいお、これほどたでに枅々しい気分になれたのは初めおだ。䞉十分ほど党力で投げたにも拘らず、疲れは党く感じなかった。それどころか党身の现胞の䞀぀䞀぀が芚醒し、新しく生たれ倉わったような気さえした。間違いない。茜が远い求めおいたのは、正しくこの「感芚」だった。

 マりンドを降りるず、ナニフォヌム姿の茜は応ち倚くの蚘者たちに囲たれた。着替えを枈たせお教宀に入るたでの間、終始揉みくちゃにされながらも、茜の察応は冷静だった。

「堂島さん、甲子園の本番では、本圓に投げるんですか」

「錊成孊園戊で投げた萜ちる「魔球」の正䜓を教えお䞋さい」

「䜕故、野球郚の緎習には参加しないんですか」

「堂島さん、野球は䜕凊で勉匷されたんですか」

「察戊盞手は未だですが、䞀回戊の意気蟌みを聞かせお䞋さい」

「史䞊初の女子高生投手ずしお、甲子園のマりンドに䞊がる感想は」


 党おの質問が西方/極楜浄土、もしくは東方/浄瑠璃䞖界からでも聞こえお来るかのようだった。茜は䞀人、「開県」盎埌の達芳した境地に遊んでいた。仏の教えを信じお良かった。匛たぬ努力を続けお来お本圓に良かった。茜の衚情は、い぀にも増しお涌やかだった。既に人生の明確な目暙を芋぀け、進むべき道は定たった。もう恐れるものは䜕もない。犀の角のように唯䞀人、どこたでも歩いお埀くだけだ。



              ぀づく
     
    
しおりを挟む

この䜜品の感想を投皿する

あなたにおすすめの小説

わたしの䞋着 母の私をず呌ぶこずのある息子がたさか

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の䞋着を持ち出しおいるこずに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べるず、案倖倚いようだ。 さお、真知子は息子を問い詰める それずも気づかないふりを続けおあげるか そのほかに倖䌝も綎りたした。

母の䞋着 タンスず掗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期ずいう耇雑で繊现な時期を生きる少幎の内面ず、圌を取り巻く家族の静かなる絆を描いた䜜品です。 颯真(そうた)ずいう䞀人の高校生の、ある「秘密」を通しお、私たちは成長の過皋で誰もが抱くかもしれない戞惑い、眪悪感、そしおそれらを包み蟌む家族の無蚀の理解に觊れたす。 物語は、珟圚の颯真ず恋人・圩花ずの関係から、䞭孊時代にさかのがる圢で展開されたす。そこで明らかになるのは、圌がか぀お母芪の䞋着に察しお抱いた抑えがたい奜奇心ず、それに䌎う䞀連の行為です。それは圌自身が「歪んだ」ず感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさず自己嫌悪を䌎う蚘憶です。 しかし、この物語の栞心は、単なる過去の告癜にはありたせん。むしろ、その行為に「気づいおいたはず」の母芪が、なぜ䞀蚀も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに芋守り続けたのか——ずいう問いにこそありたす。そこには、芪子ずいう関係を超えた、深い人間理解ず、蚀葉にされない優しさが暪たわっおいたす。 センシティブな題材を、露骚な描写や扇情的な衚珟に頌るこずなく、あくたで颯真の内省的な芖点から䞁寧に玡ぎ出しおいたす。読者は、䞻人公の痛みず恥ずかしさを共有しながら、同時に、圌を砎綻から救った「沈黙の救枈」の重みず枩かさを感じ取るこずでしょう。 これは、䞀぀の過ちず、その赊しに぀いおの物語です。たた、成長ずは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによっお初めお前を向けるようになる過皋であるこず、そしお家族の愛が最も深く珟れるのは、時に䜕も蚀わない瞬間であるこずを、静かにしかし確かに䌝える物語です。 どうか、登堎人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ペヌゞをめくっおください。

癟合ランゞェリヌカフェにようこそ

楠富 ぀かさ
青春
 䞻人公、䞋条藍はバむトを探すちょっず胞が倧きい普通の女子倧生。ある日、同じサヌクルの先茩からバむト先を玹介しおもらうのだが、そこは男子犁制のカフェ䜵蚭ランゞェリヌショップで  ちょっずハレンチなお仕事カフェラむフ、始たりたす ※この物語はフィクションであり実圚の人物・団䜓・法埋ずは䞀切関係ありたせん。 衚玙画像はAIむラストです。䞋着が生成できないのでビキニで代甚しおいたす。

秘密のキス

廣瀬玔䞃
青春
キスで䜓が入れ替わる高校生の男女の話

こども病院の日垞

moa
キャラ文芞
ここの病院は、こども病院です。 18歳以䞋の子䟛が通う病院、 蚺療科はたくさんありたす。 内科、倖科、耳錻科、歯科、皮膚科etc
 ただただ医者目線で色々な病気を治療しおいくだけの小説です。 恋愛芁玠などは䞀切ありたせん。 密着病院24時的な感じです。 人物像などは衚蚘しおいない為、読者様のご想像にお任せしたす。 ※泣く衚珟、痛い衚珟など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以倖の医療知識はそこたで詳しくないのですみたせんがご了承ください。

ナヌスコヌル

wawabubu
倧衆嚯楜
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護垫さんに剃毛されるが 

完癟合短線集 

南條 綟
恋愛
ゞャンルは沢山の癟合小説の短線集を沢山入れたした。

効の仇 兄の埩讐

MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い䜏宅街。倏の終わりが、倕焌けに溶けおいく季節だった。 僕、寺内勇人は高校䞉幎生。効の茜は高校䞀幎生。父ず母ずの四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕ず茜は、ブラコンやシスコンず隒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄効だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしおいるが、家族の前ではよく笑う。特に、幌銎染で僕の亀際盞手でもある䜑銙が来るず、姉のように慕っお明るくなる。 その平穏が、ほんの些现な噂によっお、静かに、しかし深く切り裂かれようずは、その時はただ知らなかった。

凊理䞭です...