忘れられた側室は、次期王の寵妃になりたくないので

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2 「……陛下、おなじ、とこ、へ」

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「……ここは?」

その長い黒髪をたなびかせる。
丸一日程眠っていたにも関わらずその男は美しかった。

脇に常駐していた従者がリーシャの目覚めに気付いて医者を呼びにぱたぱたと駆ける。

そうしているうちにリーシャは昨日起こった恐ろしい光景を思い出し、自らの命よりも大切だと言える神が居なくなったかもしれないという現実を突きつけられていた。

「っ……陛下!陛下……陛下…」

いつも感情を顕にはしないリーシャはその瞳から大粒の涙を零し、自らの身体が痣だらけで痛いのも気にせずにベッドから飛び降りた。

「……陛下…誰か、陛下はご無事なのですか?」

従者に連れられ入ってきた医者の下腹部に縋り付くリーシャ。

そして…リーシャは気付いた、そこは自分の暮らしていた宮では無いと。

「……ここ、」

美しい金の装飾、高貴な色たち…側室宮に使わない飾りたちが美しい。

「あなた様はこちらに連れてくるようにと」

「……誰が、」

リーシャは聞きたくなかった、絶対に聞いてはいけないその答え…だが現実は覆らない。

「葬儀前にこういった発言をするのは不敬と存じますが…次期王フェルディナンド様のご指示です」

次期王という言葉は今のリーシャにとって受け止めきれないものだっただろう。

恨み言と嗚咽の混じった悲鳴は部屋に響き、王政で育った侍従たちも口元を抑えた。

「……ぅ、ひ、ぅ…陛下…陛下…」

「リーシャ様……」

「…ぅ、他の側室はどうなりましたか?王族はフェルディナンド以外みんな死んだのですか?」

「リーシャ様……まだ昨日の今日ですが、殿下たちの薨去を確認し…陛下も崩御なさいましたので…すぐに王位継承位の高い方を確認し指揮に……そして、フェルナンド様はあなたを母君の部屋に運ぶようにと…」

殿下の母君、それは元皇后…フェルディナンドの母親が過ごした宮だった。

美しく飾り立てられた部屋は、その寵愛が伺える。

「あとは…?」

「継承位六位だったアルベルト様も、皇后を守ろうとして屈んだのが功を奏したようで…どちらも健在にございます」

リーシャは拳を振り上げると、自らの太ももに打ち付けた。震える身体を自らで抱き締め、その悲しみを隠す気もないらしい。

「なぜ、なぜ…ああ、嘆かわしい。この国に産まれ何故、陛下をお守りしない?」

「…陛下を守ろうとして動いた兵は全員殉職致しました」

血が滲む程に握り込まれた手に気付くと、医師はそっとその手を握ろうと近寄る。
だが、激昂したリーシャは医師を突き飛ばし、膝から崩れ落ちた。

「っう、私は陛下と死にたかった。ひぐ、陛下をお守りして…っう死にたかった。その為に…産まれてきたのにっ」

痛々しい程の崇拝に、誰もが感涙し従者たちの嗚咽までもが部屋に響く。

「………私の事は殉葬なさい。皇后は?」

聖女の元へ行った王族が困らないように同じ墓に入る。殉葬は信仰心の高いリーシャには夢の一つでもあった。
どれだけ長い間寵愛が途絶えようとも、王が崩御する時一つの永遠になると信じていた。

「陛下は、誰の事も殉葬にはしないと仰られています」

リーシャはその大きな瞳を開き医師を見つめ、そして詰め寄る。その形相は、今にも瞳が零れ落ちてしまいそうで…医師は怒っていても美しいリーシャに息を飲んだ。

「……今、なんと言いました」

「リーシャ様…継承の義はまだ行われずとも、王の崩御、並びに薨去が確認された今、即時王位は移ります。この国に王が居ない瞬間など無い。その方の決定です」

「……殺してやる…不敬にも程があります」

「リーシャ様、不敬なのはどちらかよく考えてください。王は崩御された…そして、王位継承位の高い方が王位に就かれた、今お仕えするべき方は誰か分かるでしょう」

リーシャはうわ言のように、恨み言を吐き捨てカーペットを美しい涙で濡らし…一頻り泣いたと思うとふらふらと立ち上がった。

一日寝ていたのもあり、足元は覚束無いが確かにポットの元へ向かうと壁に投げつける。

止める間もなく、欠片を拾うと喉元に当てた。

「っ…待て!」

従者は、ひゅっという嫌な音を喉から零し…壁に飛ぶ血飛沫を覚悟した瞬間だ。

欠片ごとリーシャの手を握り締める大きな手。

「リーシャ様……ああよかった、聞き耳を立てていて」

リーシャの手にもフェルディナンドの温かい血が垂れていく。

「っ陛下!」

「……フェルディ、ナンド」

フェルディナンドはリーシャが起きたという報せを受けて、母屋に参じていた。だが、中から聞こえるリーシャの怒声と自分への叱咤を聞き、なかなか中に入れずにドアの側で二の足を踏んでいたのだ。

「すみません、入るタイミングを測っていて…覗く気は無かったのですが」

「……フェルディナンド…国賊め」

リーシャの目はその恨みを宿す。
頭では分かっている、フェルディナンドが助けに行ったところで屍に変わっただけだと。

それでも、それでも…リーシャには受け入れられなかった。自分が守るべき神が聖女に連れて行かれてしまった事が。

「陛下、捕らえましょう。前王が崩御されて混乱するのは分かりますが、前王の側室であった者に情けを掛けたにも関わらず、こんな暴言を吐くなど…流石に……」

「不敬なのはあなたの方です。よく聞いてください、リーシャ様を捕えるだなんて間違っても言わないように」

即位たった一日、だが荒れた王宮内での措置を見て官吏は柏手を打った。利益や私腹など二の次の賢王。

継承位が自分に回ってきても喜ぶでもふんぞり返るでもない。聖女の元へ行った全ての者に敬意を持った供養を命じたのだ。

中には従者や兵士も居たのも関わらず、墓を作るように命じ、中央堂の修繕や自分の装いや部屋の移動も命じなかった。

そんな優しい賢王の誕生を、王の死を悼む気持ちのどこかで喜んでいる者も少なくはない。

だが医師は見た、そんな賢王のアキレス腱。
賢明で穏やかな…これから国を担う男の狂った部分。

「……陛下、申し訳ございません」

「フェルディナンド、離しなさい」

医師がフェルディナンドの一面にぞくりと恐怖している事なんてリーシャには関係ない。
フェルディナンドの腕の中で放心し、また静かに涙を流した。

「リーシャ様、離したらあなたは…」

「殉葬なさらないのなら自ら死にます」

「…駄目です、絶対に」

華奢なリーシャがどれだけ抵抗しようが、フェルナンドの力には遠く及ばない。

それを理解したのか、リーシャはフェルナンドの腕の中で力なく泣いた。


「…リーシャ様、お腹が空いたでしょう?侍従、食事を」

「食べませんよ」

「僕に喉の奥に押し込まれたくなければ食べるべきです」

リーシャは観念したように項垂れる。
少し落ち着きを取り戻したようで、ベッドに座るとフェルディナンドの手の傷にふれた。
さほど深くないようで血は止まりかけているが痛々しいその傷。

「ああ、大丈夫です」

「菌が入ります、侍従たち…立っていないで処置具を持ってきてください」

先程まで一触即発だった二人が隣通しに座り、リーシャはフェルディナンドの傷のある手に触れる。

「……心配してくれるのですか」

「一応私のせいですからね」

その言葉が本当なのか嘘なのかは本人にしか分からないが、フェルディナンドは至近距離で見つめるリーシャの姿に胸を鳴らせていた。


リーシャは、途中で意識を失ってしまった為例の謀反のあと何が起こったのかは知らない。

知っているのは、王の事を見殺しにしてまでフェルナンドがリーシャを守ろうとした事だけだ。

謀反のその後…、気を失っていなかったフェルディナンドは、騒ぎが静まるまでずっとリーシャに被さっており、謀反の主は王族の命を確かに絶ったか確認し去っていく。

確かに、国賊と言われても仕方がないのかもしれない。リーシャを守る、それだけの為に息を殺していたのだから。

王の周りは至近距離から投げられた爆弾のせいでほとんど肉塊としか呼べない惨状であった。
誰の手で誰の足なのか…だからこそ、謀反を起こした者は五位と六位の二人を見逃した。

騒ぎを聞きつけた兵たちが中央堂に訪れた時にはほとんどの者は息はなく、救助をしているかのように見えたそれは…王子を探していただけだったようだ。

もう肉塊に変わった王には目もくれず、次に誰に付き従ったらいいのかを探す。

フェルディナンドが呆然としていると、官吏が問う。

『あの……五番目の……』

『ああ、フェルディナンドですが…』

父の死を悼む間もなく連れて行かれたのは自分でも訪れた事の無い客室、その腕にはリーシャを抱きながら。

恐らく他国の王族などが訪れる時に使う豪華な客室だろう。

『えと、これは?』

『フェルディナンド様、ただ今継承位四位までの王子の薨去を確認致しました。急ではありますが、王位の継承を行いますので…形だけでも儀式を』


フェルディナンドの長い一日。
腕の中のリーシャを亡き母の部屋へと運ぶように命じ、倣った事もない政の話を真剣に聞く。

長い長い…一日だった。

そして、寝ずに待っていたのはリーシャの報せ。王になった事など、フェルディナンドは歯牙にも掛けず、山積みの仕事と謀反への対応。

リーシャが起きたと聞いて飛んでくれば、寝室から響くのは自分への弾劾ときたものだから報われない。

従者は包帯と消毒液を持って、フェルディナンドに跪いた。

「いっ、」

「大丈夫ですか?」

消毒液は傷に滲み、痛みに嘆くフェルディナンドの逆の手をリーシャは優しく握ってやる。

「……リーシャ、さま」

「フェルディナンド、あくまで王と名乗るのなら…誰にでも継承など付けるべきではありません」

フェルディナンドの右手の痛みなどもう気にならない。そのリーシャの手が自らに触れ……零れそうな瞳がフェルディナンドを見つめるのだから。

「……リーシャ」

だが、先程まで激昂していたリーシャがフェルディナンドを認めるはずなど無かった。

「フェルディナンド、少し落ち着きたいのです。私の侍女に言って、宝石箱を持ってきて欲しいと伝えてくれませんか?あれを見ると、心が落ち着くから」

フェルディナンドは口元が綻んだ。
美しいものが好きである事は予想が着くが、それを見て心を落ち着かせるだなんて意外と童子のよう。

「リーシャ分かりました、すぐに」

フェルディナンドが言うまでもなく、その会話を聞いていた侍従が部屋から出ていく。

リーシャが元々暮らしていた遠くの宮から運ぶ為、医師や一部の侍従は退散し、その間に軽食を運んだ。

リーシャが好む野菜やハムが挟まったパン、そして…フェルディナンドは今になって現実を噛み締めていた。

「僕が……王?」

唇がほんの少し動くくらい小さな呟き。
初めて摂るリーシャとの食事。しかも向き合って、これではまるで婚約中の男女のようだ。

もちろん爵位の件もなくなり、それに見合った結婚だった令嬢との話も白紙になるだろう。

前王の側室のリーシャ、そして王のフェルナンド。
少なくとも、二度と会わないという約束は反故になる。

それを…自覚した。
いや、フェルディナンド自身も何故今まで浮かばなかったのか不思議になる程…心臓が鳴る。

まさか父や兄の死を喜ぶつもりなんてない、それでも…リーシャとまた会える事だけは、喜んでもいいのではないか、そう思うとフォークを持つ手が震えた。


響くノックの音。
食事もままならないフェルディナンドは自らその扉を開けた。どちらかというと華美な侍女は表情を変える事なく洗練された礼をすると、小さな箱をリーシャに手渡した。

綺麗な装飾の付いた両手に収まる程のもので、リーシャは蓋を開けてみせる。

指輪やネックレス、ブローチにペンダント。

それを見ているだけで落ち着くのだろうか。フェルディナンドは相向かいの椅子から、リーシャの目がほんの少し輝くのを見て、可愛らしさに顔を赤くする。

そして、リーシャは中に入っていた小さな真珠のようなものを手に取った。

白いが鈍く光る楕円。
フェルディナンドが、その意味を理解し止めようと動いた時にはもう、その楕円はリーシャの胃の中に沈んでいく。

ドレスや飾りに擬態させて持ち運べる毒薬。
いつか側室として何かを命じられた時に使うつもりだったのか、もしくは使った時の残りなのか…。

それはフェルディナンドの知る所ではないが、きっとフェルディナンドは人生で一番の叫びをその日にあげた。

「医者を呼べ!」

リーシャはその場で先程食べたものを吐き出す。フェルディナンドの手に触れる甘い仕草も、やたらと聞き分けよく応じた食事も…全てはこの為に過ぎないのだろう。

見るだけで落ち着くだなんて、疑うべきだったとフェルディナンドは眉を下げる。

意識が混濁し始めたリーシャを仰向けにして背中を叩き、置いてあった水瓶の水をどうにか口の中に入れようと画策する。

だが苦しみながらも死を望むリーシャはそれを拒む。駆けつけた医師にも押さえつけられ、意識を手放したリーシャは一筋、涙を流した。


「……陛下、おなじ、とこ、へ」


「っ……リーシャ!リーシャ!ダメだ!リーシャ!リーシャァァァ!」






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