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本編 第1章
第3話
肩の下まで伸びた金色の髪は緩くウェーブを描いている。男にしては長い髪だけれど、特に気にすることはない。
ただ、一番気になったのは――その前髪の長さだ。
(前、見えているの……?)
まるで目元を隠すかのように伸ばされた前髪。
私から彼の目が見えないように、彼も私が見えていないのでは……と思ったものの、今はそんなこと関係ないと思いなおす。
「……どうぞ」
正直、ほかにも空いている席はある。なので、わざわざ隣でなくても……と思う気持ちも、ある。でも、大衆食堂ってこういう場所らしいから。待ち合わせしているわけでもないので、私は素直に頷いた。
「ありがとうございます」
その人は、なんのためらいもなく私の隣に腰を下ろした。その動きはとても滑らかで、無駄がない。野暮ったい見た目とは全然違う、美しすぎる動き。ぼうっと見惚れていると、彼が私のほうに顔を向けた。
「……なにか?」
彼が小首をかしげて、そう問いかけてくる。
私は慌てて視線どころか、顔ごと逸らす。……無性に、照れ臭かった。
(……このお人、多分ただの一般人じゃない)
私の直感が、告げている。この人は――いわばお金持ちなんだって。それも、成金とか。そういう部類じゃない。動きを見ていれば、容易くわかる。
……ただ、社交界でこの人を見た覚えがない。もしも、お忍びで容姿を誤魔化しているのならば、当たり前なんだけど……。
「いえ……その。とても、動きがお綺麗だったので。自然と、見惚れてしまって……」
真実を紡いでいるのに、何処となく言い訳がましく聞こえてしまう。……私の必死な言葉が、それを加速させているのかも。
「そうなのですね。……ですが、俺よりもあなたのほうがずっとお綺麗ですよ」
彼の口元が微かに緩んで、私のことを褒める。……言ってはなんだが、ありきたりな言葉だと思った。
(そもそも、容姿を褒められるのは慣れているし……)
世間一般的に、私は『美女』の部類に入る。そのため、社交界ではとてもモテた。ただ、この性格のきつさから遠巻きにされてはいたんだけれど。……苛烈とか、そう囁かれていたのも知っている。
単に反発心が強いだけなのに。
「お褒めいただき、嬉しく思います」
だから、私はこういうときの当たり障りのない返答を知っている。変に喜ぶ態度を見せると、相手は勘違いしてしまう。つまり、嬉しいという気持ちを示しつつ、一定の距離を保つ。それが、正解。
けど、このお人は。なんだか、表情を歪めたような気がした。……気がしたというのは、表情がよく見えないから。
口元の動きから、想像することしか出来ないのだ。
「あなたは、嘘つきだ」
……私の眉間がピクリと動いたような気がした。
心臓が、バクバクと早足になる。そっと、視線を逸らした。
「嬉しいなんて、思ってませんよね」
指摘された言葉に、冷や汗が垂れた。彼の言葉が、真実だったから。
「こんな称賛の言葉、聞きなれていらっしゃるんでしょうね。……そう、俺は思います」
「……そう、ですか」
それ以外の言葉なんて返せない。彼の指摘はすべて正解だから。間違いじゃないから。
「なんて、こんなこと初対面の男に言われても困りますよね。……忘れてください」
その人は、店員にお酒を注文している。……こんな真昼間から飲むのか。……なんて思ったけれど、壁にかかった時計が示す時間は夕方にさしかかっている。
お酒を頼んでも、おかしくはない時間帯だ。
「……あの、私も、お酒ください」
手を軽く挙げて、お酒を要求する。お酒を飲むと持っているお金が減るけれど、この際飲まないとやってられない。
「あなたは……」
「付き合ってください」
ジュースの入ったグラスを空にして、私は彼に視線を向ける。
彼が、驚いたのがわかった。
「さっき、困っちゃったので。その分の……」
「償い、でしょうか?」
……なにも、そこまで言っていないんだけど。
心の中だけでそう呟きつつも、私は頷いた。男はそんな私の態度に気を悪くした風もなく、「喜んで」と言った。
ただ、一番気になったのは――その前髪の長さだ。
(前、見えているの……?)
まるで目元を隠すかのように伸ばされた前髪。
私から彼の目が見えないように、彼も私が見えていないのでは……と思ったものの、今はそんなこと関係ないと思いなおす。
「……どうぞ」
正直、ほかにも空いている席はある。なので、わざわざ隣でなくても……と思う気持ちも、ある。でも、大衆食堂ってこういう場所らしいから。待ち合わせしているわけでもないので、私は素直に頷いた。
「ありがとうございます」
その人は、なんのためらいもなく私の隣に腰を下ろした。その動きはとても滑らかで、無駄がない。野暮ったい見た目とは全然違う、美しすぎる動き。ぼうっと見惚れていると、彼が私のほうに顔を向けた。
「……なにか?」
彼が小首をかしげて、そう問いかけてくる。
私は慌てて視線どころか、顔ごと逸らす。……無性に、照れ臭かった。
(……このお人、多分ただの一般人じゃない)
私の直感が、告げている。この人は――いわばお金持ちなんだって。それも、成金とか。そういう部類じゃない。動きを見ていれば、容易くわかる。
……ただ、社交界でこの人を見た覚えがない。もしも、お忍びで容姿を誤魔化しているのならば、当たり前なんだけど……。
「いえ……その。とても、動きがお綺麗だったので。自然と、見惚れてしまって……」
真実を紡いでいるのに、何処となく言い訳がましく聞こえてしまう。……私の必死な言葉が、それを加速させているのかも。
「そうなのですね。……ですが、俺よりもあなたのほうがずっとお綺麗ですよ」
彼の口元が微かに緩んで、私のことを褒める。……言ってはなんだが、ありきたりな言葉だと思った。
(そもそも、容姿を褒められるのは慣れているし……)
世間一般的に、私は『美女』の部類に入る。そのため、社交界ではとてもモテた。ただ、この性格のきつさから遠巻きにされてはいたんだけれど。……苛烈とか、そう囁かれていたのも知っている。
単に反発心が強いだけなのに。
「お褒めいただき、嬉しく思います」
だから、私はこういうときの当たり障りのない返答を知っている。変に喜ぶ態度を見せると、相手は勘違いしてしまう。つまり、嬉しいという気持ちを示しつつ、一定の距離を保つ。それが、正解。
けど、このお人は。なんだか、表情を歪めたような気がした。……気がしたというのは、表情がよく見えないから。
口元の動きから、想像することしか出来ないのだ。
「あなたは、嘘つきだ」
……私の眉間がピクリと動いたような気がした。
心臓が、バクバクと早足になる。そっと、視線を逸らした。
「嬉しいなんて、思ってませんよね」
指摘された言葉に、冷や汗が垂れた。彼の言葉が、真実だったから。
「こんな称賛の言葉、聞きなれていらっしゃるんでしょうね。……そう、俺は思います」
「……そう、ですか」
それ以外の言葉なんて返せない。彼の指摘はすべて正解だから。間違いじゃないから。
「なんて、こんなこと初対面の男に言われても困りますよね。……忘れてください」
その人は、店員にお酒を注文している。……こんな真昼間から飲むのか。……なんて思ったけれど、壁にかかった時計が示す時間は夕方にさしかかっている。
お酒を頼んでも、おかしくはない時間帯だ。
「……あの、私も、お酒ください」
手を軽く挙げて、お酒を要求する。お酒を飲むと持っているお金が減るけれど、この際飲まないとやってられない。
「あなたは……」
「付き合ってください」
ジュースの入ったグラスを空にして、私は彼に視線を向ける。
彼が、驚いたのがわかった。
「さっき、困っちゃったので。その分の……」
「償い、でしょうか?」
……なにも、そこまで言っていないんだけど。
心の中だけでそう呟きつつも、私は頷いた。男はそんな私の態度に気を悪くした風もなく、「喜んで」と言った。
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