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お義兄様の覚悟と公爵の怒り

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「さぁ、何のお話から始めましょうか? 公爵様」

 私がそう話を振っただけで、公爵の眉がピクッと動く。恐らく私が話し合いの口火を切ったのが気に入らなかったのだろう。

 というか、恐らくこの人は私が何をしようと気に入らないのだ。かつて共に暮らした時も、できれば最低限友好的に暮らせない物かと努力はしたが、早々に見切りを付けた。

 それからは自分の心身を守る方に舵を切ったのだが、我ながら英断だったと思っている。


「アナスタシア、これは大切な話だからお前は黙っていなさい」
「嫌です。おかしいでしょう」

 スパンッと言い返した私に、お義兄様がギョッとした顔をしてこちらを見た。

 自分で呼び出しといて黙っとけとか、理解不能過ぎてコミュニケーションが成立する気がしない。

「私に反論する気か? 伯爵家へ嫁いでなにか勘違いしたのかもしれないが、お前が公爵家の義娘である事に変わりはない。黙って言う事を聞きなさい」

 恐らく、公爵にとって1番好ましい私の行動は、
『ただ黙って旦那様の隣に座り公爵の決定に首を縦に振る事』なのだろう。
 でもね、公爵様。私、あなたに好ましく思われたいなんて、これっぽっちも思ってないんですよ。

 グッと圧をかけて来る公爵に負けじと背筋を伸ばして視線を返していると、旦那様が右手をすっと挙げた。

「少しよろしいか? フェアファンビル公爵閣下」
「どうされましたかな? ハミルトン伯爵」
「私は閣下から『妻に謝りたい』という手紙を頂いたからこそこちらへ参ったのです。用件が異なる様なら、お暇させて頂きたい」
「なっ!」

 今まで一切の反抗をしなかった養女と格下の若造と見下していた伯爵に予想外に歯向かわれ、公爵の顔が徐々に歪んでいく。

「それともまさか謝りたいというのは建前で、妻に虐待の嫌疑を否定させる為だけに呼び出しされたのですかな?」

 おおっ、結構グイグイ行くではないか! 
 やるな旦那様!

「はっはっは、ハミルトン伯爵は何か誤解をなさっている様だ。謝りたいというのも『何か思い違いをさせたのなら申し訳ない』と思ったまでの事」

 公爵は旦那様の言葉をそう言って笑い飛ばすと、私とお義兄様の方をギロリと見た。

「そもそも、公爵家で虐待などあり得る訳が無い。そうだろう、アナスタシア? アレクサンダーもだ。 お前達は何か勘違いをしてしまったのだ。親子の間でそんな誤解が生じるなんて悲しい事だが、今なら水に流そうじゃないか」

 ……こんのポンコツ狸親父め! 1人で水に流れろ!!

「私は……」

 今まで下を向いて座っているだけだったお義兄様が、小さな声を出した。

「私はきちんと調査した上で、その内容を告発しました。勘違いや誤解かどうかは、然るべき機関が判じる事です」
「アレク! 公爵家の名を貶めるなど、自分の首を絞める様な物なのだぞ? それが分かっておるのか!?」
「私が告発した事が公爵家の名を貶めると言うのなら、自身達がした事こそ公爵家の名を貶める事だと、本当は分かっていたんじゃないか!!」

 私の虐待を告発したの、お義兄様だったんだ……。

 公爵の言う通り、公爵家の醜聞はお義兄様にとっても相当な痛手になる。それでもお義兄様は、公爵家の膿を出して罪を償う覚悟を決めたんだ。

 お義兄様の気持ちを思うと、胸がギュッとした。

「父上が今すべき事は、虐待を揉み消す事ではありません。罪を認めて償い、……アナスタシアに謝罪して下さい」

 お義兄様がそう言って父親の方へと歩み寄ると、公爵は怒りで顔を真っ赤にしてブルブルと震え始めた。

「この私に、こんな小娘に……よりにもよってエドアルドの娘に謝れと、お前はそう言うのか……?」

 え? 私、一応謝罪の為に呼ばれたよね?

 はなから謝る気がないにも程がある。
 残念ながらお義兄様の覚悟は、公爵には届かなかったらしい。

 でも、安心して下さいお義兄様。
 公爵に届かなかったその覚悟、代わりに私が受け止めましょう!!

「お義兄様の覚悟は受け取りましたわ! こうなったら一緒に膿を出し切りましょう!!」

「お、お前は何を言っておるんだ!?」

 私はソファーから立ち上がると、公爵をキッと見据えてこう言い放つ。

「私、公爵家で虐待されておりましたわ」

 ジメジメとした薄暗い部屋と固い布団。
 常軌を逸したレベルの貴族教育。
 公爵の意に沿わぬ事をすれば叩かれ、食事を抜かれた日々に、クリスティーナからの執拗な虐め。
 使用人達からの嫌がらせも日常茶飯事だった。

「聴き取り調査でもしっかりと証言させて頂きます。何なら私だけでなく、私の父、エドアルドもかつて公爵家で虐待を受けていたのでは?」
「何だと!? 違う! エドアルドの方が公爵家を滅茶苦茶にしたのだ! 悪いのはお前とアイツだ!」

 公爵と私の父との因縁について聞いてはいたけれど、父の名前を出したら想像していた以上の反応が返って来て少し戸惑う。
 公爵はせきを切った様に叫び出した。


「悪いのは! エドアルドだあぁーーー!!」


 え……こわぁ。
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