上 下
25 / 60
第二章リディア

1/ リディ池に呼ばれる

しおりを挟む


 両親たちを見送り、二人は新居での蜜月に入った。
 通常の蜜月は、一カ月ほど認められているが、レオナルドの祖父は半年間も離宮に籠っていたというのだから驚きだ。
 もちろん、レオナルドとリディアに本当の意味での蜜月がある訳ではないが、「リディアと二人だけで過ごしたい」という彼の希望で、一か月の申請を出していた。

 東宮は別名「妖精宮」と名付けられ、誰も立ち入ることは許されなかった。
 食事はリール―とミルミルが運び、レオナルドが受け取る。
 二人は食事を届けると他の部屋の掃除をして戻っていく。
 籠って一週間、二人はリディアの顔を見ていない。

 レオナルドは手際よく食事をテーブルに並べる。
 そしてリディアを膝に乗せると、まるで親鳥が雛にするように、リディアに合わせた小さめのスプーンを何度も差し出し口に運ぶのだ。
 フォークで、小さく切った肉を口に入れてあげると、一生懸命咀嚼するリディア。
 そんな様子を嬉しそうに見つめる彼はとても嬉しそうだ。
 食事の度に繰り返されるその行動に、最初は躊躇っていたリディアだったけれど、妖精の国にいた時と同じように一週間も経つとそれが当たり前のようになっていた。
 慣れとは恐ろしいものだ。
 食事同様着替えから入浴と、リディアの世話は全て夫となったレオナルドが行う。
 夜は大きなベッドで大きなレオナルドの体に包まれて眠る。
 そんな毎日の繰り返しだ。

「ねえレニー?もう池のお水も落ち着いたから入っても良いかな」
 リビングのソファで、彼の膝の上にいたリディアが聞いて来た。
「池にか?水浴びがしたいのか」
「うん。何か池に呼ばれているような気がするの」
「池に呼ばれて?なら私も一緒に入る」
 二人はその場で服を脱ぎ捨てる。服をと言ってもレオナルドはトラウザーズ一枚で上に薄手のガウンを羽織っているだけだし、リディアはひざ丈のシュミーズドレス一枚しか着ていない。
 二人共パンイチ状態で手を繋ぎ、そのまま裸足で庭に出て池に向かう。
 池ではロロとララが羽をパタパタさせて待っていた。

『リディだ、あそぼ』
『レニーもきた、あそぼ、あそぼ』

 浅瀬で水をかけ合い燥ぐリディ。
「レニーずるい!」
 大きな両手で掬われた水を頭から掛けられた。
「どうせ潜るのだから一緒だろう?」
 額にぺたりとへばり付いたリディアの金色の髪を指で後ろに流してあげるレオナルド。
 リディアはその手を払うと深みに潜ってしまった。
 彼もその後を追う。

 ◇◆◇

 まるで人魚にでもなったかのように水の中を自由に泳ぐ可愛い番の跡を私も追った。
 魚たちがリディに纏わりつく様に寄って来る。
 こんな小さな体で、なぜこんなに長く潜っていられるのだろうと不思議に思う。
 ロロとララも一緒だ。彼らの羽も水に浸かって大丈夫なのだろうかと、タライを用意した時に思ったのだが、どうやら彼らの羽は勝手に出たり消えたりすようだ。水に入った瞬間に消えて水から飛び出てきた瞬間に羽が現れるという不可思議なことが出来る。
 妖精とは摩訶不思議な生き物だ。
 私とリディは水中で戯れ抱き合い、合わせるだけの口づけを交わす。

「えっ!」

 水中で腕の中に閉じ込め、口づけをしたリディの体が光に包まれ、抱きしめていた私の腕に電気が走り痺れる。
 反射的に腕を解き、水面へと浮上した。
 今のは何だったのだ?
 リディは上がって来ていないので、私は息を整えもう一度水中へと潜って行った。
 水の中でリディアの浮遊しながら体はまだ発光をしている。
 慌ててその体を抱き寄せると、今度は手に痺れを感じる事も無かった。
 抱き寄せたリディに意識はなく瞳は閉じている。

――リディ、リディ!――

 私はリディを抱いたまま浮上し、水から上がると芝生の上に寝かせた。
 口に手を翳して呼吸を確かめ、小さな胸に耳を寄せて鼓動を探る。

―― よかった、生きている ――

 だが体は発光し続けていた。
 このままここで様子を見るわけにもいかず、彼女を抱き上げそのまま寝室へ向かった。

 ん?腕に何か少し重みが加わった。
 腕の中のリディを見下ろすと、光は徐々に弱まってきているが、彼女の体の輪郭は光でぼやけている。
 そして、完全に光が消えたリディの体が……

――な、なんだ!少し大きくなった?――

 私は急ぎ寝室に入り、ベッドにリディアを寝かせ魔力で濡れた身体を乾かした。
 残っていた雫をタオルで拭きながら彼女の身体を確かめた。
 先ほどまでの身長よりも明らかに二十センチ以上伸びている。
 人を呼ぶことは躊躇われたが異常事態だと判断して、リールーを呼び侍医を連れてくるように指示を出した。
 彼らが戻ってくる前にリディに服を着せねばと、いつものシュミーズドレスを着せるも、身長が伸びた所為で、ひざ丈の物が太腿の上まで見えるようになってしまう。気が付けば胸のあたりもほんの少しだけ膨らみが出ていた。

「元の体に戻るのか?」
 思わず、意識のないリディに話し掛けていた。

 侍医を伴い戻って来たリールーも、リディの姿を見て驚き立ち竦んだままだった。
 侍医のトラフィスはリディが国に来た時に、健康状態を見て貰っている。私も子供の頃から見て貰っている医者なので、信頼出来る人物だ。

「何があったのでございましょうか。驚きましたな」
「私の番は大丈夫なのか!」
 トラフィスの肩を揺らす手に力が入る。
「レオ坊ちゃん、落ち着きなされ。妖精妃は眠っておられるだけです。お身体は・・・十才ほどに成長されておりますな」
「たった一瞬で四才分も成長した言うのか……」
「先生、リディア様は元の体に戻れるのでしょうか?」
 自分を取り戻したリールーが縋るようにトラフィスに尋ねた。
「それは……私にも。でも可能性はあると思って良いでしょうな」
 トラフィスの言葉を聞き、私はベッドサイドにあった椅子に座り込む。
「そうか、戻れるかも知れないのだな。そうか……」
「レオナルド様ようございましたね」
 リールーは涙を溜めながら、私に水の入ったグラスを差し出した。
「ありがとう、リールー」
 安堵した私はグラスの水を一気に飲み干す。

「まだ戻れると決まった訳ではありませんが、今後気を付けることは。そうですな。急激な体の成長に何かしらの負担が掛かってくるかもしれません。痛みを伴うのか、苦しくなるのかそれは分かりませんが、妃の状態をよく観察して、何かございましたらすぐに呼んで下され」
「ああ、分かった。この事はここにいる者だけで、他は……父上にもまだ内密に頼む」
「分かりました。レオ坊ちゃんの大切な番殿でございますからな。仰せの通りにいたしますぞ」
 手の甲に竜の証の鱗が残る侍医トラフィスは、昔と変わらぬ優しい笑顔を私に向けてくれる。
 私はそれに無言で頷いた。
「リールー、リディの成長に合わせた服の用意を頼む。上等なものでなくて良い。まだしばらくはここへ籠るつもりだからな。衣装担当には通さず、周りに分からぬよう市井で購入してくれないか」
「あっ、はい。畏まりました」

 二人が退室すると、私は池に入ったままだったの事を思い出した。簡単に沐浴を済ませてリディの元へ戻りそのまま彼女の横に添い寝をした。

「リディ、何が起きたのか私には皆目見当もつかないが、君が成長したことが素直に嬉しい。十五才の君に早く会いたいとは思うが、可能性が出て来ただけでも今は良い。愛してるよ、私のリディ。私の番」

 私は確かめるように、十歳に成長したリディアの体を指でなぞった。
 もう、あの幼児体型ではなくなってしまった。先ほどまで上半身裸で泳ぎ、私の腕の中にいた六才児を思い出し、思わず笑いが込みあげてくる。
 元々十五才の心を持っているのだ。自分の身体が成長したのを知ったら、余計に恥じらいが出て来てしまうかもしれない。
 一緒にお風呂に入りたくないとか言われたらどうしようか、などと考えている自分にまた笑いが込みあげ、嫌だと言っても一緒に入るけどな。と呟いた。

 夕方にはリールーが町で見繕った服を抱え届けに来たが、リディはまだ眠ったままだった。
 私は一人寂しくリディの顔を見ながら寝室で夕食を取り、食後に酒も少し嗜んでリディの横に戻る。

 早く目覚めておくれ。
 君が自分の姿を見て驚く顔を見るのが楽しみだ。
 私は二回りほど大きくなった番の体を抱き締めて眠りについた。



**********

※ほんの少しばかり戻れました♪
 二章も宜しくお願い致します。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:45,856pt お気に入り:35,281

ある国の王の後悔

恋愛 / 完結 24h.ポイント:532pt お気に入り:97

石女と呼ばれますが......

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:418pt お気に入り:43

今度こそ穏やかに暮らしたいのに!どうして執着してくるのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28,649pt お気に入り:3,440

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:27,515pt お気に入り:11,873

神の子~本当は神様の子どもだったらしいから自由に生きる~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:24

いらないと言われた転生少女は、獣精霊の加護の元、聖女になりました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:911

処理中です...