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第二章リディア

5/ サミュエルとオディーヌ

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「ねぇ、オディーヌ聞いて」
 サミュエルは父の私室を出るとそのまま自分の番の元へと走った。

「どうしたの、サミュエル?」

 オディーヌは猫族の姫で、サミュエルが視察で国内を周っていた時に見つけた番だった。
 番・番と騒いでも巡り逢える者は少くない。サミュエルの父である竜王の王妃アメリアは番ではなかった。それでも王ダグラスは、黒竜姫アメリアに一目惚れをしたと言って婚姻を結んだ。それほどアメリアは美しかったのだ。いや今も妖艶で美しいことに変わりはないが。もしかしたら前王のように、年行ってから番が見つかるかもしれない。しかし、その辺は同じ竜族なので番が見つかれば、仕方がないことも承知の上で、アメリアはダグラスの求婚を受けた。

 オディーヌは当初、サミュエルの番だと言われ困惑していた。
 ハッキリ言って猫族と言うのは、気まぐれであり自由を求める種族なのだ。番と言われても束縛されるのは好まない。が、サミュエルは自身も割と自由で天真爛漫な性格のため、オディーヌが嫌と言えばある程度の自由は来れると約束してくれた。今はまだ婚約と言う立場だが、竜族からすれば番は妃とみなされ妃としての待遇を受けており、オディーヌも今の生活に満足をしていた。

「妖精妃ちゃんが元の体に戻って来ているみたいだよ」
「えっ本当ですの?」
「うん、今兄上から聞いてきたところ。とは言ってもまだ十才位らしいけど」
「それは、レオナルドお義兄様もお喜びでしょう」
「うん、一月後ぐらいには会えると思うよ」
「まぁ、嬉しいですわ。最初の宴の時にご挨拶したっきりでしたから、お会いできるのが楽しみですわ」
「だよね、あっ、でもこの事はまだ身内だけしか知らないから他言無用だからね」
「はい、分かりましたわ」

 オディーヌがオッドアイの大きな吊り目をキョロキョロと動かすと、猫耳もピクピクと動いていた。
「ん――ン、尻尾まで動いてる。オディーヌ可愛い。兄様の妖精妃ちゃんも可愛いけど、僕の猫姫が一番だな」
 堪らないとばかりに番であるオディーヌを押し倒すサミュエル。

 シャ―――ッ!!!

「オディーヌーーー」
「サミュエル様はまだ執務がおありでしょう!油を売ってないでお戻りください!」

「はい。ごめんなさい」

 番に頬を引っ掻かれてうな垂れるサミュエル。
 
 とぼとぼとオディーヌの部屋を出て行く彼は、爪痕が赤く残る頬を摩りながらニヤニヤと笑っている。
 どうやら竜サミュエルは、猫オディーヌの尻に敷かれているうえに、ドМだということらしい。

◇◆◇

「ただいまリディ」
 ソファにポツンと膝を抱えていたリディを後ろから抱きしめた。
「お帰りなさいレニー。どうだった?」
 レオナルドはリディアの横に座り直すと、いつもの様に彼女を膝に乗せた。

――ちゅっ――
 あいさつのキスをする。
「ああ、三人とも驚いていたけど喜んでもいた。早くリディアに会いたいそうだ」
「良かったです。でもなんかこの姿になって改めてお逢いするのが、恥ずかしい」
 俯くリディの顎を持ち上げ唇を奪う。

「もう、レニーったらキスばかりして!」

「仕方ないだろう?君にはまだこれ以上の事は出来ないのだから」
 真っ赤になってしまうリディアが可愛くて何度でもキスをしてしまう。

「後で母上のお針子が来るからドレスを作って貰うぞ」
「えっ、でもまたいつ変化するのか分からないのに、ドレスを作るなんて……」
「ああ、知ってる。でも十才の体に戻って、父や母にも会わないとならないだろう?一度お披露目をしないと、連れて歩く事も出来ないから。だから私から真っ新なドレスを贈らせて欲しい。そのドレスを着てみんなに会って欲しいのだよ」

「レニー……」
「嫌かい?」
「ううん、すごく嬉しい」
「良かった。愛してるリディ」
「私も……レニーが大好き」

「大好きか。まあ良い、今はそれで」

 私からだけではなく、いつかリディからも愛を乞うて欲しい。
 そんな衝動に駆られる。

 ただ可愛いだけではなくなってしまった番。
 これからますます美しくなっていくと思うと気が気ではない。
 王太子の妃にちょっかいを出すものなんていなくても、リディアが少しでもそういう意味で見られらると思うと許せない。

――まずいな。爺様と同じ方向に向かっている気がする。
 私だけの離れに閉じ込めてしまいたいが、それではきっとリディに嫌われてしまうだろう。
 さてどこまで妥協できるのか……

 レオナルドは幼児らしさが抜けたリディの体を抱き締めた。


 レオナルドの休暇もあと一日となった。
 蜜月前は政務以外はリディを連れて歩くレオナルドだったが、暫くはそうもいかない。
 いきなり成長したリディアを連れて歩けば、大騒ぎになる。
 作らせたドレスが出来上がり、妖精の魔法の話をしてお披露目をするまで我慢だ。

 そして休み明けの朝。
 ベッドの中で番を抱きしめたまま、起きようとしないレオナルドをリディアが窘めていた。

「レニー、もういい加減起きないと執務に遅れちゃいます」
「もう少しリディアを抱き締めていたい」
「我がまま言わないでください!」

 竜の番に対する気持ちと、人族の伴侶に対する態度には温度差がある。
 レオナルドは渋々ベッドから出て着替え始めるも、その途中で手を止めて何度もキスをしてくる。
 リディアはそれだけでクタクタになってしまった。
 朝食を済ませ、背中を押して妖精宮から王宮に向かわせる。
 扉が閉まれば、もうレオナルドしか正面玄関は開けられなくなる。
 リールーとミルミルは彼が留守の間リディアの傍にいてくれるが、それ以外の使用人たちはリディアがベルを鳴らさなければ入る事は出来ない。

―― 本当に籠の鳥みたい ――
 リディアは呟いた。


 リディアがサザーランド王国へ来て、三月を迎えようとしていた。
 妖精宮への引っ越し、婚姻式、そして蜜月のひと月が終わり、政務に戻っているレオナルド。
 だが、王宮の自室にもまだ番のリディアを連れていけないとあって、フラストレーションが溜まりまくりである。
 ドレスが出来上がる迄あと数日。
 それが出来上がれば、今のリディアの姿をお披露目し自由に連れて歩ける。
 いや、まだ成人までは程遠いが、美しく変化している番の姿を誰にも見せたくはないと言うのが本音だ。しかし、ひと時も離れたくないレオナルドは、執務、公務でも傍に置いておきたいがために、お披露目する事を選んだ。

「殿下、こちらの書類をご確認お願いします」
 宰相に差し出された書類を見て、眉を顰めるレオナルド。
「この様な事項はサミュエルでも十分だろう」
 やはり御機嫌斜めです。
「いや、これは殿下決裁事項ですので」
 溜息を吐いて書類を見直すレオナルドを、宰相カーニヴァルは呆れ顔で見ている。
「もう暫くの御辛抱ですよ。あと十日もすれば、番殿をいつでもお傍に置いていられるのですから」
「ああ、そうだな」
 レオナルドは渋々次の書類にも目を通す。
「しかし、ようございましたな。妖精妃殿のお身体が元にお戻りになられて」
「ああ、まだ完全ではないがな。大分近くはなっている」
「そうですか。私もお姿を拝見できることを楽しみにしております。なにせ、あんなに可愛らしいお方でしたからね。成長されたお姿はさぞや、」
「見せたくはない」
 レオナルドが書類の束を投げ捨てる。
「殿下……」

 この後、レオナルドは一時間程、執務を放棄してリディアに会いに行ってしまう。
 カーニヴァルは呆れながら落ちた書類を集める。「番相手では仕方ないですな」と、一人ごち乍ら書類の束を持って、サミュエルの執務室へと向かったのだった。



―――――――――
※やっと登場したサミュエルの婚約者。猫族姫のオディーヌはツンデレです。
 
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