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第二章リディア
7/ 離宮の末路
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「怖い思いをさせて悪かった」
「ううん」
王宮の私室でレオナルドは、リディアを抱きしめたまま離そうとしない。
「離宮の姫たちはどうなるの?」
「シアンは、私の番、王太子妃であるリディアに害をなそうとした。ドラフトによって、未遂に終わったとはいえ許される事ではない」
「でも、私は怪我もしてないわ」
「当たり前だ!君に怪我などさせる訳がない」
抱きしめる力が強くなる。
「彼女に罰を与えない訳にはいかない」
「でも……シアン姫がこんな事をしてしまったのは、ずっと我慢してきたからでしょう?妃に迎える気がないんだったら、誰が何と言おうと帰してさしあげるべきだったと思う。だって、番が見つかったら、側室も後添えの妃も迎えられないって事を知らされていないんだもん。いつかは、ってずっと期待したままなのよ」
「……確かにリディの言う通りだ。先祖返りの番について詳細を話すことが出来ないからと言って、勝手に諦めろと放置してきた私にも責任はあった」
「でしょう?シアン姫はただレニーの事が大好きだっただけだもん」
十才の容姿をした十五才の少女に言われて、レオナルドは己の過ちを悔いた。
自分が彼女たちに番以外娶るつもりはない。と、話したのは渡りの日の一度きりだ。義務でしか抱けないと伝え、それでもと望む姫を仕方なく抱いた。いや、あれは抱くと言う行為でもなかった。愛情のひとかけらも無く、不本意だと思いながら薬に頼る一方的な行為だったのだ。姫たちの気持ちを蔑ろに純潔を奪い、宣言通りその後は一度も渡ることはしなかった。しかし、私だってこのままで良いとは思っていなかった。だからこれ以降入宮させても「離宮への渡りはしない」と決めたのだ。
だが、それ以前に離宮に入ってきた姫たちへの配慮は考えていなかったのだ。何れ諦めて去って行くだろうと放置していた。離宮に上がっていた彼女たちの思惑はそれぞれだったが、純粋な気持ちで入って来たシアンの様な姫たちの気持ちを、あの忌まわしいと思っていた離宮に閉じ込め、置き去りにしてきたのは私なのだ。
「明日父上とシアンの処罰に対しては話し合う事になる。温情を掛けて貰えるよう願い出ることにする」
「うん。そうしてあげて下さい。あと、マゼンダ姫は何もお咎めは無いですよね?」
「ああ、でもこれを機会に実家に帰らせる。何を言われようともっと早く返すべきだった」
「二人にとって悲しすぎる年月だったと思う」
「そうかも知れぬな」
その夜リディアは、シアンの事が気になってなかなか寝付く事が出来なかった。
翌朝レオナルドはリディを妖精宮まで送ると、また王宮へと戻って行った。
◆
離宮で監禁されていたシアンは牢に移されていた。
冷たい床に座り込み、泣きはらした目でぼんやりと鉄格子を眺めていた。自分は何故あんな行動に出てしまったのだろう。
妖精妃殿の正式なお披露目があると呼ばれ、マゼンダ姫とともにホールに向かった。
陛下がお兄様の番は本当は十五才で、幼い姿は妖精の魔法によるものだったと話され、その姿を見てわたしは愕然とした。
最初の時と同じくお兄様の腕に抱かれて現れた妖精妃は、眩しいほどに輝いていた。彼女は神竜の化身である黒竜に愛される為に、生まれて来たのだと悟ってしまった。
その時、隣にいた大臣の一人が、「本当に美しい妃だが、人族では黒竜の子は産めますまい。どうなさるおつもりか」と呟くのが耳に入る。それを聞いて、諦めかけた心にまた小さな灯がともってしまったのだ。
竜姫でなければ黒竜が望めないのなら、二番目でも三番目でも構わない。側室となりお兄様の子を産みお傍にいたいと。
そう割り切ったつもりだったのに、あの時ベンチに座る二人を見て……。
自分の恋い慕う人の膝の上で、頬に口づけを受け微笑む美しい妖精妃。その瞬間、勝手に体が動いてしまった。
扇は彼女に届く事は無かったけれど、お兄様の赤く揺れる瞳を見て恐怖を感じ震えが止まらなかった。
魔力を漂わせ怒りに燃える瞳を見て、ああ、これで終わったのだとわたくしは思った。
◆
リディアの元から戻って来たレオナルドは、竜王の私室に向かう。
そこで昨日起きたリディアに対する不敬のあらましを報告し、シアンの処罰を話し合い、午後には上層部の重鎮を含む大臣たちが呼び出された。
「ふむ。シアンには悪いことをしたと儂も思う。しかし、国中に王族の黒竜は番に先立たれると力を失うとは公表できないからな。それでも化身以外の黒竜は後添えを貰うことが出来、力を保つことが出来る。
だがお前や父上はそれが出来ない。神竜の化身と言われる者の最大の弱点なのだから」
「はい、父上」
「結局、リディアを毒殺しようとした犯人も見つからずじまいだった。離宮が関係してたであろうとは思われるが、推測の域を出ない。だが、シアンが事を起こしてくれた事で、皮肉にも離宮の閉鎖は可能になった訳か。そうなれば、妃を貶めようとする危険分子も減る……。
分かった。シアンの刑には長い間離宮に縛り付けていたという王家からの詫びを含め、考慮する」
「ありがとうございます」
そして、ふたりは集められた重鎮たちの元へと向かった。
「私はこれを機に、離宮を閉鎖する」
レオナルドはそれらの者の前で断言した。
当然、王太子の番が人族である以上、後継者となる黒竜を身籠る事は出来ないと思われる。側妃を迎え後継者となる黒竜を作るべきだと反対の声が上がった。
だが、竜王ダグラスは、まだどのような子が生まれるのか分からないから王太子は側妃を持つ事はしない。後継問題は第一子が出来た時点で考え、然るべき時に第二王子のサミュエルに竜姫の側室を迎えると宣言し、反対意見を退けた。
黒竜であればサミュエルの子でも後継には問題がないが、自分の族からより強い神竜の化身であるレオナルドの子を孕む側妃をと、目論んでいた者たちは納得は出来ない。しかし、竜王には逆らう事は出来る筈もなかった。
次の手を模索しながらも従うしかない。
そして、処罰が決定したシアンの元へレオナルドが向かう。
「青龍姫よ、自分の犯した過ちを分かっておるな」
「はい、自分の感情に任せて妖精妃様に不敬を行いました」
「うむ。いつも穏やかであった其方があのような行動でに出たのは、私にも責任があると、我が番に言われた」
「えっ?」
「離宮などというものを作ると言われた時、最後まで反対すべきだった。そして、義務とはいえ其方を抱いたのも間違いだった」
「そんな、わたしは……あれは私が」
「私は今でも其方の事を妹のように思っておる。そんなシアンを一度の閨ごとで、五年ものあいだ縛り付けて来たのだ」
「レオお兄様は、拒否なさいました。それでも私が望んだことです」
両手を冷たい床に付け項垂れたシアンが、かすれた声で言った。
「いや、妹のように思い大切であったなら、シアンが望もうとも抱くべきではなかったのだ。他の姫もそうだ。二度目は無いと私は言った。しかし、一度でも肌を合わせた事により、期待をさせてしまったのだと思う。そのうえ放置してきた私の責任でもあるのだ」
「……」
「悪かった、シアン。お前の五年間を無駄にしたのは私だ」
レオナルドは、頭を下げた。
「レオ……お兄様……・」
シアンはレオナルドの謝罪の言葉に泣き崩れた。
「シアンよ、其方の処罰と離宮の閉鎖が先ほど決まった」
「えっ、閉鎖?それではマゼンダ姫は?」
「赤竜姫は実家に帰らせる。そして……其方は」
しっかりと顔を上げて、レオナルドの目を見る。
「はい」
「王太子妃に向けた不敬、障害未遂により、三年の刑を言い渡す。刑の内容は三年間、獣人族の孤児院にて奉仕をする事。刑期を終えた後は実家へ帰る事を許す。
以上だ」
「そ、それだけですか?」
「ああ、そうだ。陛下と決めた事だ。孤児たちに尽くした後は、実家で家族とともに暮らせ。刑期を終えた後は、婚姻の妨げにならぬよう計らうと父が申しておる故、自分の幸せを見つけて欲しい。シアンにも番が見つかるかもしれないぞ」
「うっ。。。。」
レオナルドの言葉に、もう返す言葉は見つからなかった。
はらはらと落ちる涙が止まらない。
レオナルドは鉄格子の間から自分のハンカチを差し出し、牢を後にした。
不敬罪にも関わらずシアンに対する刑は軽かった。
成人から五年という月日を、離宮に縛り付けてしまったという竜王と王太子からの詫びが含まれたものだった。
その日の内にシアンは孤児院に送られ、マゼンダは有無を言わさず実家へと帰らせたのだった。
レオナルドにとって長い一日が終わった。
**********
※おはようございます!初めてお気に入りが3000を越えました。
沢山ある作品の中から見つけてくれてブクマして下さり嬉しいです。
ありがとうございます_(._.)_
「ううん」
王宮の私室でレオナルドは、リディアを抱きしめたまま離そうとしない。
「離宮の姫たちはどうなるの?」
「シアンは、私の番、王太子妃であるリディアに害をなそうとした。ドラフトによって、未遂に終わったとはいえ許される事ではない」
「でも、私は怪我もしてないわ」
「当たり前だ!君に怪我などさせる訳がない」
抱きしめる力が強くなる。
「彼女に罰を与えない訳にはいかない」
「でも……シアン姫がこんな事をしてしまったのは、ずっと我慢してきたからでしょう?妃に迎える気がないんだったら、誰が何と言おうと帰してさしあげるべきだったと思う。だって、番が見つかったら、側室も後添えの妃も迎えられないって事を知らされていないんだもん。いつかは、ってずっと期待したままなのよ」
「……確かにリディの言う通りだ。先祖返りの番について詳細を話すことが出来ないからと言って、勝手に諦めろと放置してきた私にも責任はあった」
「でしょう?シアン姫はただレニーの事が大好きだっただけだもん」
十才の容姿をした十五才の少女に言われて、レオナルドは己の過ちを悔いた。
自分が彼女たちに番以外娶るつもりはない。と、話したのは渡りの日の一度きりだ。義務でしか抱けないと伝え、それでもと望む姫を仕方なく抱いた。いや、あれは抱くと言う行為でもなかった。愛情のひとかけらも無く、不本意だと思いながら薬に頼る一方的な行為だったのだ。姫たちの気持ちを蔑ろに純潔を奪い、宣言通りその後は一度も渡ることはしなかった。しかし、私だってこのままで良いとは思っていなかった。だからこれ以降入宮させても「離宮への渡りはしない」と決めたのだ。
だが、それ以前に離宮に入ってきた姫たちへの配慮は考えていなかったのだ。何れ諦めて去って行くだろうと放置していた。離宮に上がっていた彼女たちの思惑はそれぞれだったが、純粋な気持ちで入って来たシアンの様な姫たちの気持ちを、あの忌まわしいと思っていた離宮に閉じ込め、置き去りにしてきたのは私なのだ。
「明日父上とシアンの処罰に対しては話し合う事になる。温情を掛けて貰えるよう願い出ることにする」
「うん。そうしてあげて下さい。あと、マゼンダ姫は何もお咎めは無いですよね?」
「ああ、でもこれを機会に実家に帰らせる。何を言われようともっと早く返すべきだった」
「二人にとって悲しすぎる年月だったと思う」
「そうかも知れぬな」
その夜リディアは、シアンの事が気になってなかなか寝付く事が出来なかった。
翌朝レオナルドはリディを妖精宮まで送ると、また王宮へと戻って行った。
◆
離宮で監禁されていたシアンは牢に移されていた。
冷たい床に座り込み、泣きはらした目でぼんやりと鉄格子を眺めていた。自分は何故あんな行動に出てしまったのだろう。
妖精妃殿の正式なお披露目があると呼ばれ、マゼンダ姫とともにホールに向かった。
陛下がお兄様の番は本当は十五才で、幼い姿は妖精の魔法によるものだったと話され、その姿を見てわたしは愕然とした。
最初の時と同じくお兄様の腕に抱かれて現れた妖精妃は、眩しいほどに輝いていた。彼女は神竜の化身である黒竜に愛される為に、生まれて来たのだと悟ってしまった。
その時、隣にいた大臣の一人が、「本当に美しい妃だが、人族では黒竜の子は産めますまい。どうなさるおつもりか」と呟くのが耳に入る。それを聞いて、諦めかけた心にまた小さな灯がともってしまったのだ。
竜姫でなければ黒竜が望めないのなら、二番目でも三番目でも構わない。側室となりお兄様の子を産みお傍にいたいと。
そう割り切ったつもりだったのに、あの時ベンチに座る二人を見て……。
自分の恋い慕う人の膝の上で、頬に口づけを受け微笑む美しい妖精妃。その瞬間、勝手に体が動いてしまった。
扇は彼女に届く事は無かったけれど、お兄様の赤く揺れる瞳を見て恐怖を感じ震えが止まらなかった。
魔力を漂わせ怒りに燃える瞳を見て、ああ、これで終わったのだとわたくしは思った。
◆
リディアの元から戻って来たレオナルドは、竜王の私室に向かう。
そこで昨日起きたリディアに対する不敬のあらましを報告し、シアンの処罰を話し合い、午後には上層部の重鎮を含む大臣たちが呼び出された。
「ふむ。シアンには悪いことをしたと儂も思う。しかし、国中に王族の黒竜は番に先立たれると力を失うとは公表できないからな。それでも化身以外の黒竜は後添えを貰うことが出来、力を保つことが出来る。
だがお前や父上はそれが出来ない。神竜の化身と言われる者の最大の弱点なのだから」
「はい、父上」
「結局、リディアを毒殺しようとした犯人も見つからずじまいだった。離宮が関係してたであろうとは思われるが、推測の域を出ない。だが、シアンが事を起こしてくれた事で、皮肉にも離宮の閉鎖は可能になった訳か。そうなれば、妃を貶めようとする危険分子も減る……。
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「私はこれを機に、離宮を閉鎖する」
レオナルドはそれらの者の前で断言した。
当然、王太子の番が人族である以上、後継者となる黒竜を身籠る事は出来ないと思われる。側妃を迎え後継者となる黒竜を作るべきだと反対の声が上がった。
だが、竜王ダグラスは、まだどのような子が生まれるのか分からないから王太子は側妃を持つ事はしない。後継問題は第一子が出来た時点で考え、然るべき時に第二王子のサミュエルに竜姫の側室を迎えると宣言し、反対意見を退けた。
黒竜であればサミュエルの子でも後継には問題がないが、自分の族からより強い神竜の化身であるレオナルドの子を孕む側妃をと、目論んでいた者たちは納得は出来ない。しかし、竜王には逆らう事は出来る筈もなかった。
次の手を模索しながらも従うしかない。
そして、処罰が決定したシアンの元へレオナルドが向かう。
「青龍姫よ、自分の犯した過ちを分かっておるな」
「はい、自分の感情に任せて妖精妃様に不敬を行いました」
「うむ。いつも穏やかであった其方があのような行動でに出たのは、私にも責任があると、我が番に言われた」
「えっ?」
「離宮などというものを作ると言われた時、最後まで反対すべきだった。そして、義務とはいえ其方を抱いたのも間違いだった」
「そんな、わたしは……あれは私が」
「私は今でも其方の事を妹のように思っておる。そんなシアンを一度の閨ごとで、五年ものあいだ縛り付けて来たのだ」
「レオお兄様は、拒否なさいました。それでも私が望んだことです」
両手を冷たい床に付け項垂れたシアンが、かすれた声で言った。
「いや、妹のように思い大切であったなら、シアンが望もうとも抱くべきではなかったのだ。他の姫もそうだ。二度目は無いと私は言った。しかし、一度でも肌を合わせた事により、期待をさせてしまったのだと思う。そのうえ放置してきた私の責任でもあるのだ」
「……」
「悪かった、シアン。お前の五年間を無駄にしたのは私だ」
レオナルドは、頭を下げた。
「レオ……お兄様……・」
シアンはレオナルドの謝罪の言葉に泣き崩れた。
「シアンよ、其方の処罰と離宮の閉鎖が先ほど決まった」
「えっ、閉鎖?それではマゼンダ姫は?」
「赤竜姫は実家に帰らせる。そして……其方は」
しっかりと顔を上げて、レオナルドの目を見る。
「はい」
「王太子妃に向けた不敬、障害未遂により、三年の刑を言い渡す。刑の内容は三年間、獣人族の孤児院にて奉仕をする事。刑期を終えた後は実家へ帰る事を許す。
以上だ」
「そ、それだけですか?」
「ああ、そうだ。陛下と決めた事だ。孤児たちに尽くした後は、実家で家族とともに暮らせ。刑期を終えた後は、婚姻の妨げにならぬよう計らうと父が申しておる故、自分の幸せを見つけて欲しい。シアンにも番が見つかるかもしれないぞ」
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はらはらと落ちる涙が止まらない。
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不敬罪にも関わらずシアンに対する刑は軽かった。
成人から五年という月日を、離宮に縛り付けてしまったという竜王と王太子からの詫びが含まれたものだった。
その日の内にシアンは孤児院に送られ、マゼンダは有無を言わさず実家へと帰らせたのだった。
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