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第二章リディア

8/ 王宮にもリディアの部屋があった

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「そうなんですね。シアン姫は」
 青竜姫シアンに対する刑を聞き、ホッとするリディア。

「ああ、そういう事だ」
「でも良かったです。孤児院でご奉仕した後は、実家に戻れて前科も問われずにお嫁に行けるんですね」
「ああ」
「良かった……」
 リディアがほーぅっと息吐いて小さく微笑む。
「リディは優しいな」
 彼女は何も答えず首を左右に振った。

「兎に角、これで離宮の件は終わった。明日からはリディを私の執務室に連れていく事にしたからな」
「えっ、レニーの私室ではないの?」
「執務の間は私の傍に置いておく。休憩時間は二人で私室へ戻る」
「私はお部屋で待っていても良いのに」
 そんな四六時中一緒にいなくても良いのではないかと、リディアは思っていた。
「私がリディと離れたくないのだよ」
 レオナルドは後ろから彼女を抱きしめながら、リディアの耳を甘噛みする。
「ひやっ!」
 思わずリディアの肩がビクンと跳ねる。
 そのままレオナルドは小さな耳たぶを食むようにした後、ぺろりと舐めた。

「リディ」
 甘い声が耳から脳に響いて来る。
「レ、レニー……?」
 「愛してるよ、リディ」

◇◆◇

 翌日、二人はレオナルドの執務室に向かった。
「おはようございます。レオナルド殿下、妖精妃様」
「おはよう、ファビアン。今日から私の番と執務を共にする。リディ、執務補佐で側近のファビアンだ」
 ファビアンはレオナルドの一才上で、乳兄弟でもある。幼い頃から神竜の側近になるために教育を受け、一緒に育ってきた幼なじみでもあった。

「ファビアンにございます。どうぞよろしくお願いたします」
「リディアです。ファビアン様、よろしくお願いします。あのう、レニー様は大丈夫だと仰るのですが、本当にお邪魔ではありませんか?」
「あっ、私の事はファビアンとお呼びください。それと、妖精妃様がいて下されば殿下の仕事も捗ります。宰相殿も喜びますので大歓迎でございます」
「えっ?」
「番である妖精妃様が見つかってからというものはですね、少しでも離れているとこの男は……妖精妃様の事ばかり考えてホントにもう、気もそぞろで役に立ちませんからねぇ」
「まぁ、」
「ファビ!おまえ、口調がいつも通りになってるぞ」
「おっと、これは失礼いたしました。殿
「ちっ」
 眉尻を下げ苦笑するファビアンに、レオナルドが舌打ちをした。

 その後レオナルドはリディアを膝の上に乗せたまま、書類を確認しサインをしていく。
 せめてソファに降ろして欲しいとお願いするも、今日はダメだと言われてしまう。ファビアンに助けを求めてみたが、そ知らぬふりで気にも留めてくれなかった。
 十時のお茶の時間になり、やっとソファの上に解放された。リディアは膨れっ面であったが、ファビアンが「お疲れさまでしたね、妖精妃様」と、出してくれた菓子を見てぱぁーと明るくなる。目の前には色とりどりのマカロンが並んでいたからだ。
 そんな可愛い番の口元に、レオナルドはせっせとマカロンを運ぶのであった。

 一息ついたところに宰相からの呼び出しが掛かる。昨日の離宮での残務があるので殿下に来て欲しいとのことだった。
 ウンザリとした顔をしながら部屋の外にいるドラフトを呼び、リディアを私室に送るように命じるとレオナルドも渋々部屋を後にした。

 中庭をドラフトに抱かれながら行くリディア。
「ねえ、ドラフト。私、少し大きくなって重くなったでしょう?降ろしてくれていいのよ」
「いえ、殿下のご命令です。今はリールーもミルミルもおりませんので、こうしている方が安全でございます」
「もう、命令だなんて。レニーは過保護過ぎなんだから」
 そう言いながらリディアはドラフトのオオカミ耳に手を伸ばす。
「尻尾はもう触っちゃだめだとレニーに言われたけど、耳ならいいわよね?」
「あっ、はい……」
 以前あった、急所(尾の付け根)握り事件を思い出し、ドラフトは一瞬体を硬直させるが、リディアの意に従う。
 リディアは少しだけドラフトの耳に触ると、その後は髪を優しく撫でつけた。
「気持ちいいわ。ホント、ドラフトの毛は綺麗」
「ありがとうございます」
 髪とは言え、毛並みを褒められ嬉しく思い、照れた彼の耳がぴくぴくと動きペタンと倒れた。

 普段は鋭い目つきで辺りを警戒しているドラフトを知る者は、珍しいモノが見られたと驚き、すれ違う侍女やメイドはクスクスと笑っている。
 この後、宮中では「妖精妃に絆される狼騎士」という話題があちらこちらから聞かれる事となった。

 レオナルドの私室に戻って来たリディアをリールーとミルミルが出迎えてくれる。
「リディア様、先ほど王妃様からの使いが参りました」
「えっ、お義母様の?」
「はい、午後のお茶の時間にこちらに訪問されるとの事です」
「まぁ、大変、レニーのこのお部屋少し殺風景でしょう?何とかしなくちゃ」
 リディが部屋の中をくるりと見回して言う。
「大丈夫でございますよ。こちらの私室のお隣には、元々ご夫婦のお部屋がございまして、続き間は妃殿下用の私室になっております」
「えっ、そうなの?」

 リールーがレオナルドから預かっていた鍵で続き間の扉を開けると、リディアが彼女の脇の下からその部屋を覗き込んできた。
「うわぁー、大きなベッド!」
「当然ございます。こちらはお二人の寝室でございますから」
 ツカツカとその寝室に入っていくリールーのスカートに掴まりながら、リディアも足を踏み入れた。
 そうして続き間の扉を開けると、暖かな光が挿し込んできた。

「こちらが、妃殿下用の私室にございます」
「うわぁー!可愛いお部屋ねー」
 優しい色合いであるラベンダー色の壁紙にドレープをふんだんに使ったレースのカーテン。猫足の応接セットもアンティークで可愛い。
「こんな可愛いお部屋があるなら、最初から使わせてくれたらよかったのに」
 ソファの背もたれを指で撫でながら、少し不満そうなリディア。
「殿下はリディア様とひと時も離れたくなかったので、このお部屋の事は内緒にされていたんですわ」
 リールーの言葉にため息が出てしまう。これは独占欲の強すぎるレオナルドに少し呆れてしまった溜息である。

「このお部屋でしたら、王妃様をお迎えできますね」
 ミルミルが嬉しそうに言ってきた。
「そうね、ミルミル、あとはお花を飾りたいから庭師の方にお願いしてくれる?」
「はい、かしこまりました」
 ミルミルがあっという間に部屋から出ていく。
「ねえ、リールー。今度からレニーがお仕事の時はこの部屋にいて良いのかしら?」
「はい、そう伺っております」
「やったー!」
「はしたないですよ、リディア様」
 飛び跳ねて喜んでしまったリディアはリールーに窘められ、めくれたスカートの裾を直すと口角を上げ姫スマイルで誤魔化した。
 それを見てリールーとドラフトも思わず笑みを浮かべる。

 昼食をレオナルドの私室で二人で食べながら、お茶の時間に王妃が訪ねて来ると報告をすると、彼は「もう来るのか」と呆れ顔で呟いていた。
 主を得た妃殿下用の部屋は、花で飾られ息を吹き返したような空気に包まれた。オーレア王国から持って来たオレンジティーでおもてなしをする準備も整い、義母である王妃殿下の訪問を待つ。

「番ちゃん、久しぶりー」
 二人きりで対面する義母に緊張しながら出迎えたリディアだが、挨拶をする間もなくアメリアに抱きしめられてしまう。
「会いたかったわー、番ちゃん。あっ、リディアちゃんの方が良いわね」
「ご、ごきげんよう、王妃様」
「やだわ、他人行儀で。お義母様おかあさまって呼んで頂戴な」
「はい、お義母様」
「きゃぁー可愛いわ♡」
 
「アメリア様、その……妖精妃様がお苦しそうでございます」
 リディアを抱きしめたまま離さない王妃に、声を掛ける王妃付きの女官ナザリア。

「あらま、ごめんなさい。あまりに嬉しくて。ごめんなさいね、リディアちゃん」
「だ、大丈夫です」
「では、座りましょう。あっ、あたくしの膝の上に座る?」
「い、いえ。一人で座れます、お義母様」
「ふふ、そうね、レニーに見つかったら怒られちゃうわね。ふふ、美味しいケーキも持って来たのよ」
「ありがとうございます♪」

 その後は和やかに会話は進んだ。
 会話をしながらリディアは時々、義母の大きく胸の空いたドレスの左胸に見えている黒竜の鱗に目線がいってしまう。
 そして、王妃に聞いてみたい事があったのを思い出した。

「お義母様。レニー様がお生まれになった時は、全身が黒い鱗で覆われていたと聞いたのですが」
「あら、そんな話をレニーから聞いたのね」
 驚いたように目を見開いたアメリアだったが、すぐに優しい笑顔になる。
「そう、産声を上げた我が子を見て驚いたわ。だって、真っ黒なんですものー。でもね、胸に抱いた赤子を見て急におっぱいが張って来たの。ああ、私の子なんだって実感が沸いてきて愛おしくて堪らなくなったわ。その後に全身が鱗で包まれて生まれてきた子は、神竜の化身だと聞いたのよ」
 二十五年前の事を昨日の事のように思い出し、アメリアはほんの少し涙ぐんだ。
「レニー様は全身鱗で包まれた赤ん坊なんて可愛く無かったろうって言ってました」
「まあ、レニーはそんな風に思っていたのね。自分のお腹で育て、苦しい思いをしながら産んだ子ですもの。可愛いに決まっているわ」
「良かったー」
 リディアは何故か義母の言葉に安堵し、レオナルドの顔を思い浮かべて小さく微笑んだ。

「リディアちゃんもいつかレニーの子を産んでくれると嬉しいわ。愛する二人の子ですもの。あたくしも愛さずにいられないわ」

 アメリアの言葉に王妃としてではなく、母親としての気持ちが込められていると知ったリディアであった。

 



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