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第二章リディア

10/ お忍び視察

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 穏やかな日々が続いていた。
 公務で城下の視察に向かう馬車の中で、いつも通りレオナルドの膝に座っているリディア。
 彼女の頬は初めて城下を見られると言う嬉しさから上気し瞳は期待に輝いていた。

「レニー、城下は賑やかですね!たくさん人がいます」
「楽しいか?リディ」
「ええ、見ているだけでもワクワクします」
「今日は見て回るだけで降りる事は出来ないぞ」
「それでもいいの、ほら、うさ耳さんがいます。可愛い~」
「あはは、リディはケモ耳に目が無いからな」
 親子連れのウサギ獣人を見て、嬉しそうに燥ぐリディアを見つめる彼の瞳には、優しさが満ち溢れている。

「レオ、この辺りからだと思う」
 限られた人の中では、言葉も緩くなる側近のファビアンに言われて窓の外を見てみる。
 市場の辺りは先ほどより人通りが多く、威勢の良い声が響き栄えている。
「きゃっ!」
 その時ガタンと馬車が揺れ、リディアのお尻がレオナルドの膝の上で跳ねた。
「おっと、道が荒れているな」
「この辺は重い荷物を積んだ馬車が行き来する為にわだちが出来ているんだ」
「雨が降ればぬかるんで危険でもあるか」
「そのような苦情が上がって来ている」
「市場のメイン道路だけでも石畳にしよう。記載して置く様に」
「了解」
「そういう苦情を見に来るのもレニーのお仕事なの?」
「下の者に任せても良いが、私は自分の目で見てからだ。国民から徴収した税を使うのだからな」
「レニーは良い王子様ね」
 妖精妃の正直な言葉にレオナルドは少し照れ、それを見たファビアンと護衛で同乗しているドラフトは思わず顔を背け肩を震わせる。

「オホン、次はだな……」
 気を取り直してファビアンが次の目的地が書いてある書類に目を通す。
 レオナルド達が乗っている馬車の中は豪華な造りとなっているが、外見はお忍び用なので飾り気のない一般的な馬車で紋章も付けていない。窓もこちらからは見えるが、外から中を覗くことが出来ないように魔法が掛けられている。
 紋章も無くスモークが掛かった馬車は、怪しく余計に目立ってしまいそうな気もするのだが……

「この路地の奥で怪しいポーションが売られているとの情報が入ってきてるんだ」
「どのようなポーションだ」
「媚薬や麻薬に近いもので、何かに依存させる作用があるらしい」
「依存?」
 レオナルドが眉を顰める。
「博打に依存させ、財産を巻き上げられたという報告がある」
「それは己の所為ではなくてか?」
「家族の訴えでは、真面目一途な夫がある日突然賭け事に走り、何かに憑かれたかのように別人に変わってしまったと。このような事が、数件報告されている」
「依存させるポーションか、危険だな。それを店で堂々と売っているというのか?」
「先ほどの家族の話では、不眠症に効くと言われたポーションを飲んでみたら効果があったらしく、購入し始め一週間ほど飲み続けた頃から、人が変わったようになったらしい。それを咎めると何が悪いのだと暴れたというのだ。他の家族にも確認したところ同じように試供品の瓶が見つかった」
「依存の上に凶暴性も出ているのか?」
「暴力との関係は分からない……」

「殿下、私がそのポーション屋を見て参ります」
 ドラフトがそう言いながら剣をファビアンに預けると、上着を脱いでシャツ一枚になった。
「取敢えず、二日酔いに効くポーションを買いに来たという体で様子を見てきます」

「分かった。無理はするな」
「御意」
 ドラフトはシャツの胸元を大きく開き、頭を手でぐしゃぐしゃと乱してから馬車から降り、路地へと歩いて行った。
 リディアはその後ろ方を見送りながら、戻ってきたら乱れた頭を撫でて直してあげなくちゃと思った。


 思ったよりも早く、ドラフトが戻って来た。
「お帰りなさいドラフト」
「どうであった?」
「はい、二日酔い用のポーションを買う際に、最近不眠気味なのだと申したところ」
「うむ」
「これは試供品だが、リラックス効果があるので寝る前に飲んで見ろと言われました」
「この、薄いピンク色の方ですね」
 試供品と言う方の瓶をファビアンが手に取る。
「ご苦労であったな。二日酔いの方はお前が持っていていいぞ。代金は視察費の方から出す」
「はい、ありがとうございます」

「ところで……リディは何をしているのかな?」
「えっ?」

 ドラフトが戻って直ぐにレオナルドの膝から降り、彼の隣の席で膝立ちになったリディア。
 リールーに持たされたポーチからブラシを取り出すと、ぐしゃぐしゃになっていたドラフトの頭にブラシをかけ始めていた。
 レオナルドと話をしている間、ブラッシングをされながら顔色を変えずに報告をしていたドラフトもドラフトだが。

「ん?グルーミング♡」
 
「ぶはっ!」
 ファビアンが盛大に吹き出した。

「唾を飛ばすな、ファビ!リディはこちらに戻れっ!」

 レオナルドが腕を伸ばし、向かいの席から引き戻されるリディアは、「もう少しだけ、モフモフしたい!」と訴えるが、レオナルドは自分の腕に閉じ込めて返事もしない。

「申し訳ありません」
 頭を下げるドラフトの乱れた毛は綺麗に直ったが、狼耳はペタンと倒れている。そんな情けないドラフトと、ドラフトに嫉妬するレオナルドの姿を、交互に見て腹を抱えて笑うファビアン。
 リディアは「まだ、モフモフが足りない」とレオナルドの腕の中でいじけていたのだった。

 城に戻り、すぐに視察で得た情報が伝えられる。
 市場の道路の件は予算の見積もりを出せば、すぐに取り掛かることが出来るだろう。
 ポーションの件は内密に調べを進め、サンプルを貰った客の行動を見張る事となった。
 その結果。
 ポーションを分析したところ、予想通り麻薬に近い成分が含まれていることが判った。
 試供品を貰った客の内半数以上が、リラックス効果があったとそのポーションをリピート買いをしていた。
 そして、数日後には皆同じ博打場に通い始めたのである。
 博打は庶民の娯楽として認められているので、ルールさえ守って営業するのには何の問題もないが、闇営業をして荒稼ぎしている輩がいるのも事実だ。
 これらはある日数そこで稼ぐとすぐに場所を変えてしまうので、取り締まりとのいたちごっことなっているのが現状だった。
 しかし、今回はそれに増してタチが悪い。
 ポーションで博打依存させ短期間で財産を巻き上げようというのだ。
 依存性のポーションは危険すぎる。
 麻薬と同じく、それ欲しさに何をするかも分からないのだから。しいて言えば国家反逆の片棒を担がされることにもなり兼ねない。そう言った類の物を使用する事は禁じられており重罪である。
 ポーションを作った者まで辿り着き、捉えるよう命令が下りた。

「国のお仕事って大変なのね」
「ああ、民がいてこその国でもあるからな。生活が脅かされるようなことがあってはならないのだよ」
「そうね。そう思うとオーレア王国って本当に平和な国だったんだと思う」
「リディの国は精霊の加護があるからな。国を揺るがすような大罪を犯せば精霊の天罰が下る」
「精霊に守られているオーレアは幸せな国ね」
「そうだな。リディも水の精霊と妖精に守られているしな」
「うん」

 ロロとララを手のひらに乗せ、リディアは嬉しそうに微笑むのだった。



**********
 
※基本、何か起きてもすぐに解決します(笑)
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