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第一章末っ子王女の婚姻

6/先祖返りの黒竜は

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 一礼したリディアの目の前には、王妃アリスティアと向かい合って座るサミュエル、そして先ほど噂をしていたレオナルドの姿があった。
 一人掛けのソファに座っていた父オーレアが「リディここへ座りなさい」と、王妃の隣を指したので、リールーの手を借りて座らせてもらう。侍女リールーは壁際に寄り、控えた。

「やぁ、リディ。池で会ったぶりだね」
「レニー様もサミュエル様もごきげんよう」
「リディ、レオナルド殿下をそのように呼ばれるなんて不敬ですよ」
 リディアを窘める王妃をレオナルドが止める。
「いや、良いのです。先ほど私は、王女にリディと呼ぶ権利をいただきました。そして、私の事はレニーと呼んで欲しいとお願い致した次第ですから」

 レオナルドに微笑まれて、リディアの頬が赤く染まる。

「おっ、王女殿下は私の名前もご存じでありましたか。兄上の事はレニーと呼ばれているのですね。ならば私の事はサミーとお呼びください」
「ほう、もうそんなに親交を深めておったのか」
「お父様、レニー様は私が池で溺れてると思って、助けに入って下さったのです」
「そんな事があったのか?レオナルド殿はリディの命の恩人だな」

「でも、私は溺れていません!」
 リディアが頬を膨らませる。

「その通りです。勘違いをしてお恥ずかしい限りです。反対に水の中でリディに手を引いて貰い、水面に出ることが出来ました」
「あはは、兄上恰好が付きませんね」
「そう言うな、サミュエル。水の中のリディはまるで魚、いや人魚のようだったぞ」
「ほう、人魚ですか!私も見てみたかった」
 二人は嬉しそうに笑っている。

「あの池はリディにとって第二の故郷であるからな」

「お父様……?」
 リディアは父の言葉に首を傾げた。
「良いのよ、リディ。お二方にはあなたの事情をお話してあるの」
「えっ、!」
 リディアは何故、自分の秘密を他国の王子たちに話したのか、理解出来ず父の顔を伺った。

「実はな。レオナルド殿から婚約……否、婚姻の申し込みがあったのじゃ」
――ああ、あの噂は本当だったのね――
 リディアの表情が一瞬曇るが、すぐにいつもの愛らしい表情へと戻る。

「申し込まれたのはクリスティお姉さま?それともリリアーヌお姉さま?
 あっ、そいういうこと。お話をお受けするに当たり、妹である私の事情をお話になったのですね!それで、どっちのお姉さまをお選びになられたのですか?」

 王女の仄かな恋心を知っている侍女は、無理して燥ぐ王女を見て胸を痛めていた。

「リディ、私はどちらの王女も選んではいない」
 何か少し怒っているようなレオナルドの口ぶりに、リディアは不思議に思う。

「えっ、では他に見初められた女性がいらっしゃったのですか?」
 年相応の口調になっていたリディア。その見た目とのギャップに戸惑うレオナルドを見て、オーレア王が苦笑する。

「リディア、殿下に申し込まれたのは……リディアなのだよ」

「わ、わたし?」

 あまりの衝撃に眩暈がしたリディアを、王妃が支えた。

「驚かせて申し訳ない。でも本当なんだ。私はあの池でリディに一目惚れをした。
 竜族の番って知っているかい?」
「えっ、あっ、はい。妖精たちから聞いたことがあります」
 支えてくれた母の手を離し、座り直してレオナルドに答えた。
「あの時、私はリディが自分の番だと分かったんだ」
「私がレニー様の番?」
 困惑が目まぐるしく加速していく。
「ああ、そうだよ。君は私にとって、唯一無二の存在なんだ」
「……」

「リディア王女、貴女にとっては一方的で迷惑な話だと思われるかもしれませんが、竜の番について、私の話を聞いてくださいませんか?」
「あ、はい。サミュエル様」
「ありがとうございます。リディア王女が兄の伴侶となってから「こんな話は聞いてない」とか思われる前に、話して置いた方が良いと思うので。
 先祖返りと言われる竜の血を濃く引く者は自分の番を一時も離さず、手ずから食事を与え、番の面倒は全てと言っていいほど自分で行うと言われています。兄上と同じく血が濃かった祖父は、祖母を愛しみ、侍女を付ける事さえ拒み、人前に出す事を嫌がりました。もちろん自分も他の竜には目もくれず、一心に祖母を愛し続けたのです。
 私たちは孫にも関わらず、年に二度しか、祖母に会う事が出来ませんでした」

「えっ、そこまで執着されるのか!?」
 オーレア王が驚いて声を上げる。

「ええ、兄はそこまでとは言いませんが、近いものはあると思います。我々は番が見つからなければ、普通に相性のいい者と婚姻を結びます。そう簡単には番が見つからないからです。でも、婚姻をしていても番が見つかってしまえば、その相手が妻となり、先にいた妻は側室または妾となるのです。それが嫌ならば離婚も認められています。先に番が見つかっていた場合は、他に側妃や妾を作る事はありませんが、王族に限っては竜の姫であればそれが認められています。竜の血が薄くなっている私は、番以外にも他の竜と関係を持つことが出来ます。ですが、先祖返りと言われる兄にはそれが当て嵌まらないのです」

「では、レオナルド殿下はリディアに出逢ってしまった以上、他に竜姫を側室を持つ事は無いと言うのですか?」

「はい、王妃殿。番を見つけてしまった兄は……リディア王女に拒絶されてしまうと、他の女性を娶る事も出来ません。その者と結ばれなかった場合、我々は次の妃を迎え入れることが出来ますが、兄は同じ竜族でも受け入れる事は出来なくなってしまうのです。番の女性が寿命を終えても、思いを寄せたまま独り身で過ごすこととなります。血が濃ければ濃いほどそうなってしまうのです」

「そんな……だからと言って」
「はい、こちらの勝手と言われればそれまでです。でもそれが、一生に一度巡り合うことが出来るかどうか分からない神竜の化身と言われる兄の番への想いなのです」

 番に対する竜の想いなど、リディアに理解できる訳もなかった。
 それでも彼が自分を選んでくれたことに、飛び上がって喜びたい気持ちもある。
 でも、自分の身体は……

「お、お気持ちは大変うれしく思います。だけど、私はこんな体です。とてもレニー様の妃になれるとは思えません」
 
「リディア、殿下はお前の事情を知った上でも、伴侶にしたいと申されているのだ。急な申し出で、父も母も困惑はしている。だが、殿下のお気持ちは十分に理解した。だからこうして、リディをここへ呼んだのだ。ああ、直ぐに返事をしなくても良い。殿下たちはまだ七日程我が国に滞在する予定だ。それまでにお返事なさい」

「陛下の仰る通りだよ。焦らずゆっくり考えて欲しい。と言っても、七日後にはリディを我が国に攫って行くつもりだけど(笑)。ただ、君が元の体に戻れなくても、私の気持ちは変わらないという事だけ忘れないで欲しい」
「レニー様……」
 真っ直ぐにリディアの瞳を見つめるレオナルドの目が、一瞬赤く光る。
「王女の見た目がどうれあれ、兄上の妃として迎えられるとなれば我が国は大歓迎だよ」
 レオナルドとサミュエルの言葉に胸がジーンとなるリディア。
 
「そろそろ、時間だな。今夜はここまでとしよう」
「そうですわね。今日は、いろいろとあり過ぎましたわ」
 両陛下が席を立つ。
「お時間を取って頂きありがとうございました」

「お父様、お母様おやすみなさい」
「おやすみリディ」
「おやすみなさい、リディ。ゆっくり休むのよ」
「はい、お母様」

 二人の殿下も立ち上がると両陛下に挨拶をして、リディアと一緒に部屋を出た。

「おやすみなさい。リディア王女」

「おやすみなさい。レニー様、サミー様」

「おやすみ、リディア。私の番」


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