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第一章末っ子王女の婚姻

5/リディアの事情(後)

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 リールーの話が終わり、オーレア王がレオナルドに向き直り悲しげに言う。

「それから一年が経った。リディアは一応六才と言っている」
 リディアはほんの少し背が伸びた気もするが、殆ど戻って来た時と変わらないようにも見えるのだ。
 しかし、話してみると中身は十五才の少女なのだよ。
 姿を消した十三才までの記憶は残っている。この一年で、その記憶に続く王女としての教育は、しっかり受けさせて来た。しかし、いつ実年齢に合った体に戻れるのかも分からない。
 事が事だけに、城内で働く者にはリディアの生還を知らせておる。だが、リディアは妖精と遊んだ幼い心と十五の心が混濁する事があったので、なるべく人目に触れないようにしてきたのだ。
 そのような娘ゆえ、殿下の番と言われても嫁がせるわけにはいかないのだよ」

 オーレア王が涙を浮かべながら訴えた。

「妖精の悪戯でそんな事が……リディは本当は十五才の少女。なるほど、どうりで言葉の端に六才児とは思えぬものがあったのか理解しました。エルフの子リールーよ。私の番であるリディアを、精霊の国から連れ戻してくれたことに感謝する。其方が動いてくれなければ、私は一生番と巡り逢う事が出来なかったと思う」

 レオナルドはリール―に向かって感謝の言葉を告げた。そして、オーレア王の方を向き目を合わせる。

「オーレア陛下、これまでの話をお聞きしても、それでも私は自分の番を諦める事は出来ません」
「兄上……」
「レオナルド殿下、リディアは一生今のままという事もあるのですぞ。それでも良いと?」
「ええ、それでもです。私はリディを傍らに置き、生涯愛でていたいと思うのです」

「…………」

 リディアにどんな事情があろうとも、レオナルドの番に対する思いは断ち切ることは出来なかった。

「しかし、伴侶となれば妻としての役目もあるであろう。リディアの体が戻らなければ、その役目も果たせないではないか」

「陛下の言う通りでございますわ。心と頭は十五才でも六才の体の娘に無体な事は出来ないでございましょう。夫婦としての繋がりが持てず、子を成せなくても、レオナルド殿下は良いと申されるのですか?」

「王妃殿、竜族は元々子が出来難いという事もあり、我々は普通の種族より長寿でもあります。人族が番になった場合は、竜族に伝わるものを摂取する事により、番も寿命を延ばすことが出来ます。長い年月の間にリディが元の体を取り戻すかもしれません。子作りはそれからでも遅くありません。もし生涯戻れなくとも、私はリディの事を大切に思い、あらゆる憂い事から守り、愛し続けると断言できます。
 どうか、リディア王女を私の妻とすることをお許しください」

 自分たちも娘がずっとこのままだとは思っていない。いつか元の姿に戻ると信じている。それでも、最悪の事態を考えてしまうのだ。
 彼の言葉に王妃は、これ以上何も言う事が出来なくなっていた。
 オーレア王はレオナルドの話を聞いて、竜族の番への愛情とは究極の愛なのだと思った。

「竜族としてのレオナルド殿下のお気持ちは理解した。しかし、リディアが拒めば無理に送り出すことは出来ない」

「はい、それは承知の上にございます。もし断られても、何度でもこちらに足を運び、リディア王女の前に跪き、何度でも乞うつもりです」

「……分かった。リディアをここへ」

◆◆◆

 少し前の事、自室で一人の食事を済ませたリディアは、クッションを抱えたままソファに寝転んでいた。 頭に浮かぶのは池で会った竜王国からきたというレオナルドの事だった。

「ねえ、リールー。レニーって時々だけど竜になれるんですって。背中にのせて頂いて空を飛んでみたいわ」
 お茶を入れていた侍女は、その手を止め幼い王女を見る。
「まぁ、それは夢みたいなお話ですね」
「うん、レニーの竜のお姿ってどんなかしら?黒髪に紫に金の瞳。あっ、きっと黒竜ね。素敵だわ♪」
 クッションで口元を隠し大きなブルーの瞳を出しているリディアだが、その目は恋する乙女の目だと思えた。
「はい、とても素敵なお方でしたもの。竜のお姿も凛々しく威厳がお有りになるのでしょう」
「そうよね。さっきメイドたちが噂していたけど・・・クリスティお姉さまか、リリアーヌお姉さまのどちらかとご婚約されるのかしら?レニーは素敵だから申し込まれたら、二人ともお受けするわよね」 

『リディア様の初恋なのかもしれない。こう見えても中身は十五才の少女なのだから、レオナルド様に恋をしてもおかしくない筈だ。
 姉上殿下との婚約の噂を聞いて、胸が締め付けらる思いをされているに違いないわ』

 リールーは王女の叶えられない初恋を痛ましく思いながら、紅茶に蜂蜜を落とした。

「失礼します。王女様はまだ起きておられますでしょうか?」
 ノックの後に侍従のアロンが、問い掛けて来た。

「はい、これからお茶を飲まれるところですが、なにか?」
「陛下が、リールーに暁の間に来るようにと」
「まぁ、こんな時間にお呼び出しなんて、何事でしょうか」
 リールーがリディアの顔を伺う。
「行ってきていいわよ、リールー」
「畏まりました。 アロン、すぐにお伺いいたします」
 彼女がドアの向こうのアロンに返事を返す。

 一人になったリディアは、レオナルドに想いを馳せていた。
――本当にお姉さまのどちらかに求婚されるのかしら?
 私が元の姿だったら、お声を掛けていただけたかしら?
 竜王国かー、行ってみたいな。獣人もいるのよね。会ってみたい。
 そうよ、お姉さまが嫁げば、遊びに行けるかもしれないわ!
 うん、きっと行けるわ――

 そんな事を考えながら、いつの間にか睡魔に襲われてしまったリディア。
 どのくらいの時が経ったのか、戻って来たリールーに起こされて目を覚ました。
 戻って来たリールーは、王がリディアを呼んでいると伝え、急ぎ着替えをさせる。
 そして、リディアは部屋の外で待っていたアロンの先導で、リールーに手を引かれ暁の間へと向かったのだった。


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