43 / 60
第三章
5/ リディア生死を彷徨う(前)
しおりを挟むレニーの血を飲み始めて二十日が過ぎた。
二日に一回なので十回飲んだことになる。
ここへ来て何かあの二日酔いの時みたいに頭痛がして胃もムカムカする事が度々ある。
それでもレオナルドにそれを言わずにリディはいた。
――アレの所為かはわからないもの。ただの体調不良かもしれないわ。
彼女はレオナルドに心配をかけたくないと思いながら、決して美味しいとは言えない秘薬を飲み続ける。
しかし、不調を繰り返すようになり、だんだん胸と胃の辺りに痛みを伴うようになって来てとうとう激痛に襲われ倒れるという事態にまでなってしまった。
意識を失い三日が経つが、リディアは高熱を出しうなされている。
「いったいどうしたというのだ」
額に乗せた冷たいタオルを何度も替え看病をするレオナルド。
「分かりませぬな。熱も下がっておりませんし、今のところ原因不明でございます」
診察を終えたトラフィスも原因が分からず頭を抱えていた。
「リディ、リディ……」
力のない声でレオナルドが愛しい番の名を呼び続ける。
リールーも三日三晩リディアの傍で見守っているが、レオナルドの悲痛な声に我慢し切れず嗚咽を洩らした。
「もしや、アレを飲ませた所為か?」
「アレとは?……あっ、命となる秘薬のことでございますか?」
「ああ、一月半前から一日置きに飲んでおるのだ」
「そうでありましたか。竜の秘薬は万能薬とも言われるものですから、それの所為でこの様な状態になるとは思えないのですが」
「人族が飲んだという話はないから不安もあったのだ。でも、本人は何ともないと言っていた……やはり違っていたのか?」
その時、意識のないリディアが急に咳き込み始めた。
――げほっ、げほっ、げほっ……
「リディ!」
慌てたレオナルドが、リディアの体を横に向けて背中を摩る。
「トラフィス、リディアは!」
「分かりませぬ」
――げほっ、げほっ、げほっ……
「お前は医者だろう!何とかしろ!」
声を荒らげるレオナルド。
何も答えることが出来ないでいたトラフィスが咳き込むリディアの顔色を見て、突然レオナルドを押しのけ彼女の上半身を起こした。
「な、何をする、トラフィス!」
トラフィスがあろうことかディアの背中を思い切り叩いた。
――げほっ!ぐえっ!――
リディアが大量の血を吐き出す。
レオナルドの目の前でリディアが吐き出した血を浴びトラフィスは血まみれになっている。
「殿下、妃に水を!」
「み、水か!」
泣きながら震えていたリールーがサイドテーブルの水差しをレオナルドに渡す。
レオナルドが水差しからそのままリディアの顎を持ち上げ口に水を灌ぎ入れた。リディアはまた咳き込み水と一緒に血を吐き出す。
「リディ、しっかりしろ!」
「リディア様、リディア様!」
リディアの背中に腕を回し、支えながら何度か水を飲ませそれを吐き出させた。
ひゅーひゅーと喉を鳴らしながら呼吸を繰り返すリディア。
レオナルドはこのままリディアが死んでしまうのではないかと、知らずの内に涙を流しながら彼女の背中を摩り続けた。
「「「えっ!」」」
その時突然部屋の中が眩いばかりの光に包まれる。
血まみれになったまま尻もちをついているトラフィスの前にぼんやりと人影が現れた。
「ひぃっ!」
息を呑むトラフィスと、リディアを抱き寄せ唖然と人影を見つめるレオナルドとリールー。
『あー、少し遅かったか。まずはこれを飲ませよ』
光に包まれた者の手から、小瓶が宙を舞いレオナルドの手に落ちる。
「何者だ!これは何なのだ」
『四の五の言わずにそれを愛し子に飲ませるのだ。死んでも良いのか?』
徐々に輪郭が浮き出て来た者に言われ、レオナルドは瓶のふたに手を掛ける。
「水の精霊様……」
リールーが震える声でその者の名を呼んだ。
『精霊の愛し子を死なす気か。早くせよ!』
リールーが水の精霊と言った男とも女とも分からぬ者と、リディアの青白い顔を交互に見たレオナルドはその瓶の中身を自分の口に含み、リディアに口移しで飲ませる。
「殿下……」
どういうものなのか判らない液体を自ら口に含みリディアに飲ませるのを見て、トラフィスの掠れ声が静かな部屋に静かに響いた。
『我は水の精霊。オーレア王国の王女たちは我らの愛し子。死なす訳にいかぬ』
「水の精霊……リディを妖精の国から戻してくれたという」
『そうだ。我が王女を元の世界に戻した』
「来て下さったのですね、水の精霊様」
二年ぶりに水の精霊の姿を見たリールーの瞳からまた涙が零れ落ちた。
『エルフの娘よ。久しいのう』
「はい」
『少し待てば愛し子は落ち着く。綺麗にして寝かせてあげなさい』
「はい。分かりました」
リールーはレオナルドにリディアをソファの方へ連れていくように言うと、汚れたシーツを剥がして床に吐き出された血を拭き取り始めた。
「すぐにお着替えと新しいシーツをお持ちしますので、そのままでお待ちください」
床を拭き終え、足早に部屋を後にするリールー。
レオナルドは未だぐったりとしているリディアを抱きかかえたまま、トラフィスも立ち上がったもののその場から動けず、呆然として水の精霊を神々しい姿を眺めていた。
『愛し子に竜の血を飲ませたのであろう』
レオナルドは精霊の言葉に全身を強張らせた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,126
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる