16 / 104
第2章 マーズ・マン・ハンター
プロローグ~マーズの憂鬱~
しおりを挟む
「惑星連合会議のレポートはまとめておきました。あとで目を通しておいてください」
「ああ、助かる」
どうせ見返すことはないのにマメなことだ、と秘書のナトリに対してマーズは思った。
太陽系惑星連合総会議は、いずれ日をあらためて行われることになった。
何しろ当日にテロによる襲撃があったのだから、会議どころではない。だが、連合会議は星々の政府の威信にかけても中止にするわけにはいかなかった。ゆえに延期という最低限の体裁を保つ。
しかし、当日に爆破テロを実行し、それを許してしまうなど誰が予測できただろうか。
――とにかくあの星は今や火種の宝物庫になっている
ある程度予測していたこととはいえ、現実に起こったとなると実感せずにはいられない。
木星は太陽系随一の巨大さを誇り、それゆえに火星とは比べ物にならないほどの人口を抱え、それらの意志、主義の統一をはかれていないらしい。
内々でそれだけの諍いを行っているのだから、さぞ外交はやりづらいだろう。もっとも、それは火星でも同じことがいえるのだが。
マーズは深く目を閉じる。
会議といわれても実際のところ、お互いの星のそしりあいだ。
木星の皇・ジュピターは今回その格好の的になるだろう。マーズとしては好ましくないことこの上ない。
いや、あの場であの状況で楽しんでいる人間など、いるとするなら海王星の皇・ネプチューンだけだろう。あの男にとって人を貶めることこそがこの世でただ一つの楽しみだと面持ちであった。
「楽しかった。火遊びなどこの歳、この立場ではそうそうできぬ身であるからな」
と皮肉たっぷりな言葉を自分達に突きつけて自分の星に帰っていった。
だが、その皮肉は余裕と自信に裏打ちされた確かな実証があるからこそなのだ。
――海王星で内乱は神話、御伽話でしか聞いたことが無い。
数千年に渡るネプチューンの絶対王政による統治をその一言が物語っている。
「火遊び、か……」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない。それよりリストアップはすんでいるか?」
「はい。これがそのリストです」
マーズの目の前に現れたディスプレイに妙齢の男性の顔写真がいくつか映し出される。
「この中に私の暗殺を企てている輩がいるのか……」
頭が痛い話だ。
このリストにいる人間は顔見知りとはいかないまでも、政府でいずれかの要職についている連中ばかりだ。
「特に表立って行為に及ぶ恐れのある者を選びました」
「表立ってうごきそうにない奴らはまた別にいるわけか」
ふざけて言ってみせたが、ナトリは否定しなかった。ため息をつきたくなった。
木星からの帰りの専用シャトルで憂鬱な気分にさせられる出来事ばかり、彼女から突きつけられてくる。
自分はこの生真面目で融通が利かない秘書から逃げ出したくて片田舎の宇宙空港から一人火星を飛び立ったのかもしれない、と思ってしまう。
そのおかげで収穫はあった。
――ああ、そうだった。知っておかなければならないことがあったな。
脳裏に赤髪の少女とその少女に連れ添っていた少年の姿が浮かぶ。
「ナトリ」
「なんでしょうか?」
「一つ頼みたいことがある」
「なんなりと」
そう答えるナトリに頼もしさを覚える。
「調べて欲しい人間がいる。
――エリス・マーレットという少女だ」
「ああ、助かる」
どうせ見返すことはないのにマメなことだ、と秘書のナトリに対してマーズは思った。
太陽系惑星連合総会議は、いずれ日をあらためて行われることになった。
何しろ当日にテロによる襲撃があったのだから、会議どころではない。だが、連合会議は星々の政府の威信にかけても中止にするわけにはいかなかった。ゆえに延期という最低限の体裁を保つ。
しかし、当日に爆破テロを実行し、それを許してしまうなど誰が予測できただろうか。
――とにかくあの星は今や火種の宝物庫になっている
ある程度予測していたこととはいえ、現実に起こったとなると実感せずにはいられない。
木星は太陽系随一の巨大さを誇り、それゆえに火星とは比べ物にならないほどの人口を抱え、それらの意志、主義の統一をはかれていないらしい。
内々でそれだけの諍いを行っているのだから、さぞ外交はやりづらいだろう。もっとも、それは火星でも同じことがいえるのだが。
マーズは深く目を閉じる。
会議といわれても実際のところ、お互いの星のそしりあいだ。
木星の皇・ジュピターは今回その格好の的になるだろう。マーズとしては好ましくないことこの上ない。
いや、あの場であの状況で楽しんでいる人間など、いるとするなら海王星の皇・ネプチューンだけだろう。あの男にとって人を貶めることこそがこの世でただ一つの楽しみだと面持ちであった。
「楽しかった。火遊びなどこの歳、この立場ではそうそうできぬ身であるからな」
と皮肉たっぷりな言葉を自分達に突きつけて自分の星に帰っていった。
だが、その皮肉は余裕と自信に裏打ちされた確かな実証があるからこそなのだ。
――海王星で内乱は神話、御伽話でしか聞いたことが無い。
数千年に渡るネプチューンの絶対王政による統治をその一言が物語っている。
「火遊び、か……」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない。それよりリストアップはすんでいるか?」
「はい。これがそのリストです」
マーズの目の前に現れたディスプレイに妙齢の男性の顔写真がいくつか映し出される。
「この中に私の暗殺を企てている輩がいるのか……」
頭が痛い話だ。
このリストにいる人間は顔見知りとはいかないまでも、政府でいずれかの要職についている連中ばかりだ。
「特に表立って行為に及ぶ恐れのある者を選びました」
「表立ってうごきそうにない奴らはまた別にいるわけか」
ふざけて言ってみせたが、ナトリは否定しなかった。ため息をつきたくなった。
木星からの帰りの専用シャトルで憂鬱な気分にさせられる出来事ばかり、彼女から突きつけられてくる。
自分はこの生真面目で融通が利かない秘書から逃げ出したくて片田舎の宇宙空港から一人火星を飛び立ったのかもしれない、と思ってしまう。
そのおかげで収穫はあった。
――ああ、そうだった。知っておかなければならないことがあったな。
脳裏に赤髪の少女とその少女に連れ添っていた少年の姿が浮かぶ。
「ナトリ」
「なんでしょうか?」
「一つ頼みたいことがある」
「なんなりと」
そう答えるナトリに頼もしさを覚える。
「調べて欲しい人間がいる。
――エリス・マーレットという少女だ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~
専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。
ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる