オービタルエリス

jukaito

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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ

第64話 輸送機にて合流

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「一悶着あったそうですな」
「ディバルド……」

 ファウナが収容所を出たところで、ディバルドがやってくる。

「反乱の気力を奪うために実力を行使しただけです」
「それが領主のご判断であれば問題ありません」
「はい。く……!」

 ファウナは横腹を抱える。

「手傷を負いましたか」
「火星人が予想以上に手強かったです」
「あなた様に手傷を負わせるとは、相当の手練れだったのでしょうね」
「いえ、私などまだまだです。もっと強くならなくてはなりませんから、また手ほどきをお願いします」
「……その必要はないほどに、もう十分御強くなられたと思いますが」
「まだまだあなたほどの力はありません。兄から引き継いだ領主の座を守るためにはもっともっと強くならなくてはなりません!」
「………………」

 ディバルドはファウナの強い眼差しを感じ取る。

「わかりました。このディバルド・ブランシアス、全力をもってお力添えいたします」
「ありがとうございます」
「それで、これからどうしますか?」
「ひとまず官邸へ向かいます。手当はその間にお願いします」
「かしこまりました。ペーロスケレスにお乗りください」

 高速移動艦ペーロスケレスがファウナとディバルドの前に降りてくる。

「そこで公表しなければならないことがありますから!」



 そうして、ファウナは揺るぎない決意の元、官邸の領主の座椅子に座った。

(お兄様のように……お兄様のように……!)

 心に念じて、クリュメゾンの全国民達に発信する。

「クリュメゾン現当主・ファウナ・テウスパールです。兄を殺害した火星人を捕らえる為、治安警察や軍に呼びかけてクリュメゾンにいる火星人を全て捕らえる命令を発令しました。
皆様の協力で四百三十人もの火星人を捕らえることが出来ました」

 自分の信念を持って告げる。

「兄を殺した卑劣なる火星人は必ずやこの中にいることでしょう」

 あの火星人――確かエリスと呼ばれていた少女と戦った時のように、負けまいとする意志で次の言葉を全力で告げる。

「なので、――全員処刑いたします。処刑は準備を整えるために明後日とします』



 ダイチ達を乗せたレジスタンスの輸送機は拠点と呼ばれている基地の格納庫に降りた。

「こちらに」

 ユリーシャの案内で、輸送機を降りる。

「ダイチ!」

 格納庫に立つなり、フルートが飛び込んでくる。

「おわッ!?」
「よくぞ無事で! まあ、そなたの事じゃから妾はちっとも心配しておらなんだが!!」

 その割には、大いに喜んでいるように見える。

「さっきまで『ダイチが心配で心配で妾はどうにかなってしまいそうじゃ!』って散々わめいていたのに」

 マイナがあとからやってきてぼやく。

「余計なこというでない!」
「フルート、心配かけてすまなかったな」
「妾は無事でいると信じておったぞ」
「ああ、ありがとう」

 ダイチはフルートを下ろす。

「ダイチ……じゃが、エリス達は厄介なことに巻き込まれたのう」

 フルートはさっきの放送のことを言う。
 二日後に収容した火星人を処刑する、とファウナは宣言した。当然囚われているエリスやミリアも例外ではない。

「ああ、そうだな。なんとかして助け出さないとな」
「まったく世話が焼けるのう……」

 フルートは腕組みをする。

「ユリーシャさんの話だとレジスタンスも協力してくれるそうだ」
「なに、それは本当か?」
「ああ、レジスタンスとしてはそんな横暴を許しておけないということらしい」
「うむ、それは心強い話じゃ」
「これから俺達を団長に紹介するそうだぜ」

 デランはそう言って、ユリーシャの方を指す。

「よおし、では案内してもらおうではないか!」

 フルートはドンと胸を張る。
 妙に偉そうなのだが、身体が一メートル足らずしかないので可愛くて微笑ましい。

「ええ」

 ユリーシャにもそれが伝わったのか、快く二つ返事で引き入れてくれる。



 ユリーシャが案内してくれたのは会議室で、緊急会議をすぐに開くそうなのでゆっくり団長に紹介している時間がないのだそうだ。

「一番隊隊長ユリーシャ・シャルマーク、只今帰投しました」

 ユリーシャは中に入って敬礼する。

「うむ、よく戻ってきた」

 一番奥に居座っている戦装束を纏った茶色の髪と髭を生やした偉丈夫が答える。

「港では予定の半分も救出できずに申し訳ありませんでした」
「いや、君が気にすることではない。領主達の動きが予測以上に速かったからな」
「君がいの一番に動いてくれなかったら、」

 隣に立つ同年代くらいの高身長の男が言う。

「副長もそう言っていることだ。気に病むな」
「――は!」

 ユリーシャは一礼する。

「それで、君達がユリーシャ君を手伝ってくれたようだな」

 団長は立ち上がって、ダイチ達を見据える。

「俺がレジスタンス解放軍総団長ギルキス・タイタミアだ。君達に救われた木星人もいると聞く。全軍団員に代わって礼を言う」
「そ、そんな大げさな! 俺達は放っておけなかっただけです」
「はは、謙遜を。二つの国の正面衝突による混乱の最中で誰かを救おうとそうそう動けるものじゃない」

 ギルキスは団長の名を冠する相応しい風格を持っている。そんな男に称賛されるとこそばゆい。

「ユリーシャ君から訊いたが、我々レジスタンスに協力してくれるそうだね?」
「はい。助けたい火星人がいるので」

 ダイチははっきりと答える。

「結構だ。その意志はレジスタンス向きだ。期待させてもらう」
「そんな……期待なんてしてもらえるほどの実力はありませんよ」
「ダイチよ、謙遜もそこまでくると嫌味になってくるぞ」
「フルート、お前な……」

 フルートには心底黙って欲しい、とダイチは思った。

「フフ、ま、実力は戦場で見せてもらうとしよう。さて本題に入ろう」

 ギルキスはそう言って、座椅子に着く。ユリーシャも開いている席に着く。ダイチ達の分の空きの席はないため、立ち見になった。

(飛び入りみたいなものだからな)

 むしろこの場にいていいのかと思ったが、誰も出るように言ってこないし、そんな雰囲気すら感じない。

「ユリーシャが救出に向かった空港だが、まだ戦闘は続いている。
北の領主ザグラス・グラジスト、
西の領主アルマン・ジェムリヌフ、
この二つの国の勢力は拮抗している。二人の戦闘力もな」

 会議の中央に三百六十度どこからでも見舞わせる立体スクリーンに二人の領主の顔が映し出される。
 ザグラスは精悍な顔つきをした青年で、アルマンは顔立ちから少年のようだが領主としての風格が漂っている。

「港の被害状況はどうなっていますか?」

 ユリーシャが訊く。

「全壊だそうだ」

 副長が代わって答える。

「それだけ二人の領主の衝突は凄まじい。そのまま周囲の建物は倒壊させている」

 スクリーンにその街の惨状が映される。

「――ッ」

 ダイチ達は息を呑んだ。
 それはもう街と呼べるものではなかった。さっきまで天に届かんばかりにそびえたっていたビルの数々が見るも無残に倒れて瓦礫の山を築き上げている。

(あそこに人が住んでいたんじゃないのか……?)

 空港で目の前でヒトが命を散らす瞬間の光景が蘇る。

バチバチ

 スクリーンの端から雷が迸っている。

「これ以上の接近は情報収集班には荷が重い」

 副長はそう言って街のスクリーンを閉じさせる。

「だが、この戦いはいずれ決着がつく。北と西の領主どちらかの死によってな」
「我々レジスタンスにとってはありがたい話ではありますな」

 小柄な橙色の髪の男がニヤリと言う。

「他の国も勢力を伸ばしてきています。領主アランツィードの死に乗じて」
「ああ、妹のファウナの即拝命は予想外だった」
「それを言ってしまえばアランツィードの死も予想外でしたよ」

 橙髪の男は皮肉気に笑って言う。

「問題はそれは我々にとって好機とみるべきかというところです」

 白髪の歳を召した男性が白髭をさわりながら発言する。

「もちろん、好機だろう。我々としてはこの混乱に乗じて、領主を討ち落としてクリュメゾンを自治領とする。それが第一」
(他の国の勢力……自治領……)

 矢継ぎ早に発言されるせいでダイチの情報整理が追いつかない。

「団長!」
「どうした、ユリーシャ君?」
「ダイチ達は未だ巻き込まれただけで混乱しています。ここは情報整理のためにも状況をおさらいした方がよろしいかと」
「ふむ」

 ダイチ達を気遣ってのユリーシャの発言で、ギルキス団長はダイチ達を見る。

「いいだろう。今しがた到着したばかりの者もいるからな」
「ありがとうございます」
「副長」
「はい」

 副長はスクリーンから映し出されて説明を始める。

「クリュメゾンには東西南北にそれぞれ国があり、クリュメゾンの領地を狙っています。
北にボレアコース、
南にメランノトス、
東にクローアナ、
西にエリュデュシス
以上の四国です」

 スクリーンにクリュメゾンの領地が映し出され、その四方に国の旗印が表示される。

「領地を狙ってる理由はその国の領主どもがジュピターの座を継ぐためってことだろ?」

 デランが確認をとる。

「ああ」

 橙髪の男性が答える。

「今起きている戦争もまさに一環だ。否応無く民間人はたまったものじゃない」

 団長は次いで言う。

「俺達レジスンタスの目的は、そんな身勝手な皇族達の領地争いから解放することだ」
「その方法がこのクリュメゾンを自治領にすることよ」

 ユリーシャが補足すると、スクリーンの中央に少女の顔が出る。
 その優麗な顔立ちはファウナ・テウスパールであった。しかし、いかにも温厚で優し気な雰囲気が先程の残酷な処刑宣告をした激情にまみれたそれとは別人のようだ。

「自治領にって、どうやって?」

 ダイチが訊く。

「領主を我々の手で討つ。そうすればクリュメゾンは我々の領地となる」
「そういう伝統なのよ。たとえ現ジュピターだったとしても覆すことのできない歴史ある法令ともいうわね」

 ユリーシャがギラついた眼差しで言う。

「領主を討てば皇族の理不尽な支配から解放される。それが我々レジスタンスの第一目的だ」
「今の領主はファウナ・テウスパールだから、彼女を討つことだ」

 ギルキス団長にそう告げられてダイチ達は、改めて中央のスクリーンに映し出されたファウナを見る。
 彼女が亡くなった兄に代わり現当主を務め、火星人達を無理矢理捕らえて処刑宣告した。そして、今聞かされた話だとこのレジスタンスの標的となっている。
 この混乱の渦中にいる人物であることは間違いないのだが、複雑な事情を抱えこみすぎていてダイチにはまるで現実味の無い架空の姫様のように思えてならなかった。
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