96 / 104
第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ
第89話 吊り橋
しおりを挟む
深い深い暗闇の中にいた。
ここは宇宙の果てか。この世の終わりなのか。
はっきりとはわからない。
ただ、ここにいるのは嫌だ。どうしてもいたくない。
「うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
叫びを上げて、神の雷を放つ。
眩い光でこの暗闇を晴らそうとした。だが、この闇はあまりにも深い。
神の雷をもってしても、この闇は晴れない。
「嫌……嫌です、怖い、怖い……!」
怯え震えうずくまる。
「あぁ……! 助けてください、お兄様!」
愛する兄へ助けを求める。
兄がいなければ、何も出来ない。無力で愚かな妹でしかない。
――そうですね、そうしている方がお似合いよ。
嘲笑が聞こえる。
「誰、ですか……?」
問いかける。
――私と忘れたというの?
「あなたなど知りません」
気丈に返す。
闇は怖い。この声の得体の知れなさが怖い。
だけど、それで負けたくないから精一杯の強がりで返す。
――いいえ、よく知っているはずよ。
そう答えた声に聞き覚えがあった。
懐かしくて、愛しささえ覚えるこの声。
何者なのだろうか。
知りたい。どうしても知りたい。
「あなたは一体、誰ですか!?」
気づいたら走り出していた。この声のする方に、全力で走った。
しかし、声の主はどこにもいなかった。
「誰なんですか!?」
必死に叫んだ。
――そんなに探しても私は見つからないわよ、フフフ
嘲笑する。
知りたい。どうしても知りたい。この声の正体が何者なのか。
「あなたは……! あなたは私を知っている! でも、私はあなたを……!」
カタカタ
足音が聞こえる。
間違いない、この声の主だ。
すぐに振り向いた。
「――!」
そこに立っていたのはファウナ・テウスパール、私自身だった。
ファウナは目を開ける。
いつの間にか、眠ってしまっていた。
ディバルドの提案で、ほんの少しだけ休むだけだったはずなのに。
(なんて不甲斐ない……! お兄様、こんなことで私は立派な領主になれるでしょうか?)
心中で弱音を吐く。
兄が死んでしまって、どうしたらいいのかわからなくて途方に暮れて目の前が真っ暗闇になった。
その時、声が囁いた。
――兄を殺した火星人を絶対に許さない
それは自分の最も強い気持ちだった。
そのために、領主の座を得て、その権力をもって兄を殺した火星人を探そうとした。
どうしても許せなかったから、全ての火星人を処刑しようとさえ宣言した。
そうすれば目的は果たせると思った。
(だけど、本当にそれでよかったのでしょうか?)
今になって迷いが生まれた。
果たして、それで本当によかったのだろうか。
兄を殺した火星人を処刑したところで、兄は戻ってこない。
こんなことをして何の意味があるというのか。
「わかりません……わかりません……!」
ファウナは頭を抱える。
「私は一体どうしたらよかったのですか……!? お兄様、教えてください……!」
弱音を吐く。
尊敬してやまない兄ならこんな時どうしていただろう。
教えて欲しい。生きて教えて欲しかった。
「お兄様、どうして死んでしまったのでしょうか? うぅ……」
恋しくて悲しかった。
ただひたすら悲しくて涙がとめどなく溢れる。もう流しきって枯れたと思っていたのに。
「泣いている場合では、ないですのに……」
ただそれでも状況はファウナを悲しみに暮れさせる時間を与えてくれない。
ファウナはそれをよく自覚していた。
これは自分が招いた戦争。自分の手で決着をつけなければならないのだ。
「お兄様、どうか私に勝利を……!」
ファウナは天に祈った。
暗雲が立ち籠り、常に嵐が吹き荒れる木星の雲海に向かって。
機動要塞【バシレイオン】
クリュメゾン領主が所有権を持つクリュメゾン最大の超機動兵器。
全長十四.五キロメートル。戦艦ではなく要塞の称号が冠せられるほど巨大であり、移動する拠点ともいえる。
ファウナはこの【パシレイオン】を起動させ、ブランフェール収容所へ向かう。
「状況はどうなっていますか?」
ファウナはメインブリッジへ入室する。
そこにはディバルドを中心とした近衛騎士団が顔を連ねている。
「アルシャール殿が包囲網を完成させました。西軍、南軍、レジスタンス、宇宙海賊、火星人、全て追い詰めています」
ディバルドが報告してくれる。
「さすがですね。この【パシレイオン】が到着する前に決着をつけてくれそうです」
「【メラン・リュミエール】を使うまでもなかったということですか?」
「【メラン・リュミエール】……?」
ガグズの発言にファウナの顔が硬直する。
「【メラン・リュミエール】を使うですって……!?」
ファウナはその発言を信じられず、ガグズに詰め寄る。
「は、はい、ファウナ様が使用を許可すると……!」
「誰がそんなことを! あの超兵器を使用するなど!?」
「――あなた様ですよ」
ディバルドが鉄のように冷たい声で告げる。
「あなた様が使用するとおっしゃいました」
「バカな! そんなこと、私が許可するなど!」
「こちらにやってくる前、あなた様がお休みになられた後、突然【メラン・リュミエール】の使用を許可する、と、記録も残っています」
「う、うぅ……そんなバカな……!」
ファウナは頭を抱える。
自分にはまったく記憶が無い。意識を失っているうちに何かがあったのか。
「本当に私がそんなことを……?」
「はい、確かに」
ディバルドははっきりと明確に答える。
「……そう、ですか」
ファウナは実感する。
ディバルドがそう発言したのなら間違いはない。
自分は確かに言ったのだ、と。
――【メラン・リュミエール】の使用を許可します
自分の、ファウナ・テウスパールの声が頭から響いてくる。
おそらく、自分がそう言って使用を許可したのだろう。
「攻撃目標は、ブランフェール収容所ですね?」
ファウナは虚ろな口調で確認する。
「はい」
「そうですか……」
ファウナはおびただしく噴き出た汗を拭いながら、領主用に設置されたシートに着く。
(私はブランフェール収容所を消滅させる決断をしてしまった……そういうことなのですね……)
そう心の中で自分に言い聞かせる。
「【エテフラム】、【メラン・リュミエール】のエネルギー充填を開始しました」
「さすが、アルシャール殿。行動が早いですね」
ガグズはディバルドへ言う。
「そうだな」
ディバルドはおもむろに同意する。
「発射までどのくらいかかりますか?」
「三八五秒です」
オペレーターが明確に答える。
「この船の到着よりもおよそ十分速いですね」
ファウナは【パシレイオン】の航行速度と現在位置をスクリーンで確認する。
そのスクリーンに示されたブランフェール収容所という文字がまもなく消えてなくなる。自分はそういう決断をしてしまったのだ、と噛み締めながら。
「報告します!」
オペレーターが切羽詰まった声色で告げる。
「レジスタンスに包囲網が突破されました!」
「何!」
アルシャールはスクリーンを確認する。
そこに包囲網を突破したレジスタンスが収容所を脱出する様が映っていた。
「レジスタンスめ、なんという……!」
アルシャールは忌々しげに言う。
万全の包囲網を敷いたつもりであったのだが、レジスタンスの戦力は予想以上に強く突破された。ここで一気に殲滅する予定だったのが崩れた。
「【メラン・リュミエール】の発射を中止しますか?」
参謀長が提案する。
「中止? 何をバカな! 領主様の期待に応えるために【メラン・リュミエール】の発射はどうしても必要だ」
「ですが、それではレジスタンスを仕留めきれず、ブランフェール収容所は消滅するだけです!」
「だが、宇宙海賊は仕留められる。領主様が処刑すると宣言した火星人とともにな」
「――!」
参謀長は口をつぐむ。
それ以上、口答えできる場面ではないのだと悟ったからだ。
この戦争はそれほどまでに引き返せない局面に入っている、と、この場にいる誰もがそう思った。
「む、なんじゃ?」
フルートが怪訝な顔つきで辺りを見回す。
「どうした、フルート?」
「妙なチカラの流れを感じる」
「チカラ?」
「あの方向からじゃ!」
フルートが指差した方向をダイチは見る。
「あっちには【エテフラム】が……?」
ダイチの目には艦隊の陰が少し見えるだけだ。
『巨大殲滅戦艦や!!』
イクミがディスプレイから飛び出さんばかりの勢いで言ってくる。
「きょだい、せんめつ……?」
『【エテフラム】、クリュメゾンが誇る二大戦艦の一つや』
「二大戦艦……!」
聞くからにやばい名前に、ダイチは身震いする。
「フルート、お前はそれを感じたのか?」
「いや、それだけではない! もっととてつもないチカラの流れじゃ!」
「そりゃ、どういうことだ?」
フルートは深刻な顔をして告げる。
「わからん。じゃが、妾達を飲み込んでしまいかねないほど強大なチカラがうねりをあげておる。……それだけは、確かに感じ取れるのじゃ」
怯えている。ダイチにはフルートが何が言いたのか完全には理解できない。ただ、フルートは何かを感じ取って恐怖しているだけだ。
冥皇としてのチカラで何を感じ取ったのか。ダイチにわからないが、何かとてつもないものに違いないことだけはわかる。
『待ってや! 今超特急で調べたる!』
『そんなヒマないでしょ』
ヴァ―ランスやフォルティスは海賊船の甲板に集結している。
そのまま、海賊船は【エテフラム】に向かって突撃を仕掛けている。
無謀ともいえる突撃だが、海賊船の高速艇を超える速度と戦艦に匹敵する大火力で、包囲網を次々と突き進んでいく。
ならばマシンノイドで急接近して組みつけば、と、ソルダやシュヴァリエ、シュヴァルが甲板に乗り込んでくる。
そこでダイチのヴァ―ランスやエリスのフォルティスの出番であった。キルリッヒの狙撃もきいている。
しかし、敵はとめどなくやってくる。
『これで十五!』
エリスはフォルティスの剛腕でシュヴァリエの装甲を砕く。
『ダイチ、そっちはいくつ?』
「んなもん、数えてねえよ!」
ダイチには数えている余裕は無いが、エリスにはその余裕はある。その差は大きい、とダイチは感じる。
「ダイチよ、こっちは十じゃ! 負けておるぞ!」
代わりにフルートが数えていた。
「負けてもいいんだよ! 生き残ればな!」
「うむ! 生き残ることが何よりじゃ!
――じゃが!」
そう言って、フルートが見る先に、その【エテフラム】が雄大にそびえているのが見える。
この海賊船も相当大きいと思っていたが、【エテフラム】は比べるべくもなく巨大であった。海賊船が文字通り船なら【エテフラム】は城といってもいい。
「あれは相当やばいぞ」
「みりゃわかるよ! だけど、お前だけは必ず守るからな!」
「お、おおう」
フルートは顔を真っ赤にする。
『吊り橋効果っちゅうやつやな』
『吊り橋って何よ?』
エリスは訊く。
火星人にとって、吊り橋というのは馴染みの無いものなのか。
『今みたいな状況のことですよ』
『それって、やばい状況で燃え上がるってこと?』
エリスはニヤリと笑う。
「あ~、だいたいあってる」
もっとも燃え上がるのは、エリスみたいな闘争心というわけではないが、とダイチは呆れた。
「確かに今の妾達は吊り橋の上で、ちょっとでも揺られたら谷底に真っ逆さまな状況じゃな」
「フルート……」
フルートの物言いに身を引き締められる想いがした。
そうだ、自分達は今にも切れそうな吊り橋の上に立っているのだ、と。
「――くるぞ!」
フルートが言うと、【エテフラム】から閃光が降り注がれる。
レーザービームの砲弾が雷雲のように次々と降り注がれる。
「おお! 確かにこりゃ吊り橋だ!!」
一発でも直撃したら、この海賊船は沈むだろう。
ちょっとでも強い風や揺れで切れて落ちる吊り橋のような、そんな危うい状況に立っていることを認識させられる。
『安心しろ、そんな簡単に当たらねえよ』
ザイアスが言ってくる。
事実、ここまでのレーザービームは全てかわしている。
『とはいえ、こっちが近づけば的が大きくなるから精度は上がるだろうな』
「大丈夫なのか、それ!?」
『だが、道はそれしかねえんだ! 至近距離から必殺の一撃を叩きこむってな! お前はしっかり女達を守っておけ』
「ま、守っとけって言われてもな」
そんな必要があるのか、と疑問に思ったが、船体が大きく傾いたために会話は打ち切られた。
「おおう!?」
ダイチはヴァ―ランスを操作して、姿勢を制御する。
(頼んだぜ、キャプテン!)
心中祈るようにキャプテンへ期待を寄せる。
ここは宇宙の果てか。この世の終わりなのか。
はっきりとはわからない。
ただ、ここにいるのは嫌だ。どうしてもいたくない。
「うあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
叫びを上げて、神の雷を放つ。
眩い光でこの暗闇を晴らそうとした。だが、この闇はあまりにも深い。
神の雷をもってしても、この闇は晴れない。
「嫌……嫌です、怖い、怖い……!」
怯え震えうずくまる。
「あぁ……! 助けてください、お兄様!」
愛する兄へ助けを求める。
兄がいなければ、何も出来ない。無力で愚かな妹でしかない。
――そうですね、そうしている方がお似合いよ。
嘲笑が聞こえる。
「誰、ですか……?」
問いかける。
――私と忘れたというの?
「あなたなど知りません」
気丈に返す。
闇は怖い。この声の得体の知れなさが怖い。
だけど、それで負けたくないから精一杯の強がりで返す。
――いいえ、よく知っているはずよ。
そう答えた声に聞き覚えがあった。
懐かしくて、愛しささえ覚えるこの声。
何者なのだろうか。
知りたい。どうしても知りたい。
「あなたは一体、誰ですか!?」
気づいたら走り出していた。この声のする方に、全力で走った。
しかし、声の主はどこにもいなかった。
「誰なんですか!?」
必死に叫んだ。
――そんなに探しても私は見つからないわよ、フフフ
嘲笑する。
知りたい。どうしても知りたい。この声の正体が何者なのか。
「あなたは……! あなたは私を知っている! でも、私はあなたを……!」
カタカタ
足音が聞こえる。
間違いない、この声の主だ。
すぐに振り向いた。
「――!」
そこに立っていたのはファウナ・テウスパール、私自身だった。
ファウナは目を開ける。
いつの間にか、眠ってしまっていた。
ディバルドの提案で、ほんの少しだけ休むだけだったはずなのに。
(なんて不甲斐ない……! お兄様、こんなことで私は立派な領主になれるでしょうか?)
心中で弱音を吐く。
兄が死んでしまって、どうしたらいいのかわからなくて途方に暮れて目の前が真っ暗闇になった。
その時、声が囁いた。
――兄を殺した火星人を絶対に許さない
それは自分の最も強い気持ちだった。
そのために、領主の座を得て、その権力をもって兄を殺した火星人を探そうとした。
どうしても許せなかったから、全ての火星人を処刑しようとさえ宣言した。
そうすれば目的は果たせると思った。
(だけど、本当にそれでよかったのでしょうか?)
今になって迷いが生まれた。
果たして、それで本当によかったのだろうか。
兄を殺した火星人を処刑したところで、兄は戻ってこない。
こんなことをして何の意味があるというのか。
「わかりません……わかりません……!」
ファウナは頭を抱える。
「私は一体どうしたらよかったのですか……!? お兄様、教えてください……!」
弱音を吐く。
尊敬してやまない兄ならこんな時どうしていただろう。
教えて欲しい。生きて教えて欲しかった。
「お兄様、どうして死んでしまったのでしょうか? うぅ……」
恋しくて悲しかった。
ただひたすら悲しくて涙がとめどなく溢れる。もう流しきって枯れたと思っていたのに。
「泣いている場合では、ないですのに……」
ただそれでも状況はファウナを悲しみに暮れさせる時間を与えてくれない。
ファウナはそれをよく自覚していた。
これは自分が招いた戦争。自分の手で決着をつけなければならないのだ。
「お兄様、どうか私に勝利を……!」
ファウナは天に祈った。
暗雲が立ち籠り、常に嵐が吹き荒れる木星の雲海に向かって。
機動要塞【バシレイオン】
クリュメゾン領主が所有権を持つクリュメゾン最大の超機動兵器。
全長十四.五キロメートル。戦艦ではなく要塞の称号が冠せられるほど巨大であり、移動する拠点ともいえる。
ファウナはこの【パシレイオン】を起動させ、ブランフェール収容所へ向かう。
「状況はどうなっていますか?」
ファウナはメインブリッジへ入室する。
そこにはディバルドを中心とした近衛騎士団が顔を連ねている。
「アルシャール殿が包囲網を完成させました。西軍、南軍、レジスタンス、宇宙海賊、火星人、全て追い詰めています」
ディバルドが報告してくれる。
「さすがですね。この【パシレイオン】が到着する前に決着をつけてくれそうです」
「【メラン・リュミエール】を使うまでもなかったということですか?」
「【メラン・リュミエール】……?」
ガグズの発言にファウナの顔が硬直する。
「【メラン・リュミエール】を使うですって……!?」
ファウナはその発言を信じられず、ガグズに詰め寄る。
「は、はい、ファウナ様が使用を許可すると……!」
「誰がそんなことを! あの超兵器を使用するなど!?」
「――あなた様ですよ」
ディバルドが鉄のように冷たい声で告げる。
「あなた様が使用するとおっしゃいました」
「バカな! そんなこと、私が許可するなど!」
「こちらにやってくる前、あなた様がお休みになられた後、突然【メラン・リュミエール】の使用を許可する、と、記録も残っています」
「う、うぅ……そんなバカな……!」
ファウナは頭を抱える。
自分にはまったく記憶が無い。意識を失っているうちに何かがあったのか。
「本当に私がそんなことを……?」
「はい、確かに」
ディバルドははっきりと明確に答える。
「……そう、ですか」
ファウナは実感する。
ディバルドがそう発言したのなら間違いはない。
自分は確かに言ったのだ、と。
――【メラン・リュミエール】の使用を許可します
自分の、ファウナ・テウスパールの声が頭から響いてくる。
おそらく、自分がそう言って使用を許可したのだろう。
「攻撃目標は、ブランフェール収容所ですね?」
ファウナは虚ろな口調で確認する。
「はい」
「そうですか……」
ファウナはおびただしく噴き出た汗を拭いながら、領主用に設置されたシートに着く。
(私はブランフェール収容所を消滅させる決断をしてしまった……そういうことなのですね……)
そう心の中で自分に言い聞かせる。
「【エテフラム】、【メラン・リュミエール】のエネルギー充填を開始しました」
「さすが、アルシャール殿。行動が早いですね」
ガグズはディバルドへ言う。
「そうだな」
ディバルドはおもむろに同意する。
「発射までどのくらいかかりますか?」
「三八五秒です」
オペレーターが明確に答える。
「この船の到着よりもおよそ十分速いですね」
ファウナは【パシレイオン】の航行速度と現在位置をスクリーンで確認する。
そのスクリーンに示されたブランフェール収容所という文字がまもなく消えてなくなる。自分はそういう決断をしてしまったのだ、と噛み締めながら。
「報告します!」
オペレーターが切羽詰まった声色で告げる。
「レジスタンスに包囲網が突破されました!」
「何!」
アルシャールはスクリーンを確認する。
そこに包囲網を突破したレジスタンスが収容所を脱出する様が映っていた。
「レジスタンスめ、なんという……!」
アルシャールは忌々しげに言う。
万全の包囲網を敷いたつもりであったのだが、レジスタンスの戦力は予想以上に強く突破された。ここで一気に殲滅する予定だったのが崩れた。
「【メラン・リュミエール】の発射を中止しますか?」
参謀長が提案する。
「中止? 何をバカな! 領主様の期待に応えるために【メラン・リュミエール】の発射はどうしても必要だ」
「ですが、それではレジスタンスを仕留めきれず、ブランフェール収容所は消滅するだけです!」
「だが、宇宙海賊は仕留められる。領主様が処刑すると宣言した火星人とともにな」
「――!」
参謀長は口をつぐむ。
それ以上、口答えできる場面ではないのだと悟ったからだ。
この戦争はそれほどまでに引き返せない局面に入っている、と、この場にいる誰もがそう思った。
「む、なんじゃ?」
フルートが怪訝な顔つきで辺りを見回す。
「どうした、フルート?」
「妙なチカラの流れを感じる」
「チカラ?」
「あの方向からじゃ!」
フルートが指差した方向をダイチは見る。
「あっちには【エテフラム】が……?」
ダイチの目には艦隊の陰が少し見えるだけだ。
『巨大殲滅戦艦や!!』
イクミがディスプレイから飛び出さんばかりの勢いで言ってくる。
「きょだい、せんめつ……?」
『【エテフラム】、クリュメゾンが誇る二大戦艦の一つや』
「二大戦艦……!」
聞くからにやばい名前に、ダイチは身震いする。
「フルート、お前はそれを感じたのか?」
「いや、それだけではない! もっととてつもないチカラの流れじゃ!」
「そりゃ、どういうことだ?」
フルートは深刻な顔をして告げる。
「わからん。じゃが、妾達を飲み込んでしまいかねないほど強大なチカラがうねりをあげておる。……それだけは、確かに感じ取れるのじゃ」
怯えている。ダイチにはフルートが何が言いたのか完全には理解できない。ただ、フルートは何かを感じ取って恐怖しているだけだ。
冥皇としてのチカラで何を感じ取ったのか。ダイチにわからないが、何かとてつもないものに違いないことだけはわかる。
『待ってや! 今超特急で調べたる!』
『そんなヒマないでしょ』
ヴァ―ランスやフォルティスは海賊船の甲板に集結している。
そのまま、海賊船は【エテフラム】に向かって突撃を仕掛けている。
無謀ともいえる突撃だが、海賊船の高速艇を超える速度と戦艦に匹敵する大火力で、包囲網を次々と突き進んでいく。
ならばマシンノイドで急接近して組みつけば、と、ソルダやシュヴァリエ、シュヴァルが甲板に乗り込んでくる。
そこでダイチのヴァ―ランスやエリスのフォルティスの出番であった。キルリッヒの狙撃もきいている。
しかし、敵はとめどなくやってくる。
『これで十五!』
エリスはフォルティスの剛腕でシュヴァリエの装甲を砕く。
『ダイチ、そっちはいくつ?』
「んなもん、数えてねえよ!」
ダイチには数えている余裕は無いが、エリスにはその余裕はある。その差は大きい、とダイチは感じる。
「ダイチよ、こっちは十じゃ! 負けておるぞ!」
代わりにフルートが数えていた。
「負けてもいいんだよ! 生き残ればな!」
「うむ! 生き残ることが何よりじゃ!
――じゃが!」
そう言って、フルートが見る先に、その【エテフラム】が雄大にそびえているのが見える。
この海賊船も相当大きいと思っていたが、【エテフラム】は比べるべくもなく巨大であった。海賊船が文字通り船なら【エテフラム】は城といってもいい。
「あれは相当やばいぞ」
「みりゃわかるよ! だけど、お前だけは必ず守るからな!」
「お、おおう」
フルートは顔を真っ赤にする。
『吊り橋効果っちゅうやつやな』
『吊り橋って何よ?』
エリスは訊く。
火星人にとって、吊り橋というのは馴染みの無いものなのか。
『今みたいな状況のことですよ』
『それって、やばい状況で燃え上がるってこと?』
エリスはニヤリと笑う。
「あ~、だいたいあってる」
もっとも燃え上がるのは、エリスみたいな闘争心というわけではないが、とダイチは呆れた。
「確かに今の妾達は吊り橋の上で、ちょっとでも揺られたら谷底に真っ逆さまな状況じゃな」
「フルート……」
フルートの物言いに身を引き締められる想いがした。
そうだ、自分達は今にも切れそうな吊り橋の上に立っているのだ、と。
「――くるぞ!」
フルートが言うと、【エテフラム】から閃光が降り注がれる。
レーザービームの砲弾が雷雲のように次々と降り注がれる。
「おお! 確かにこりゃ吊り橋だ!!」
一発でも直撃したら、この海賊船は沈むだろう。
ちょっとでも強い風や揺れで切れて落ちる吊り橋のような、そんな危うい状況に立っていることを認識させられる。
『安心しろ、そんな簡単に当たらねえよ』
ザイアスが言ってくる。
事実、ここまでのレーザービームは全てかわしている。
『とはいえ、こっちが近づけば的が大きくなるから精度は上がるだろうな』
「大丈夫なのか、それ!?」
『だが、道はそれしかねえんだ! 至近距離から必殺の一撃を叩きこむってな! お前はしっかり女達を守っておけ』
「ま、守っとけって言われてもな」
そんな必要があるのか、と疑問に思ったが、船体が大きく傾いたために会話は打ち切られた。
「おおう!?」
ダイチはヴァ―ランスを操作して、姿勢を制御する。
(頼んだぜ、キャプテン!)
心中祈るようにキャプテンへ期待を寄せる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる