オービタルエリス

jukaito

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第4章 ケラウノスパイデス・オラージュ

第90話 メラン・リュミエール発射300秒前

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「このまま全速前進だ! 速度落とした時が死ぬ時だと思えよ!!」

 ザイアスは声高らかに号令をかける。

「がってんでっさー!」

 リピートは元気よく答える。

「が、がってん……!」

 リィータは遅れて応じる。

「全砲門開け! 撃てば当たるんだ、照準つけるひまあったら撃て! 残弾なんざあ気にすんじゃねえ!!」
「はい! レーザー、全砲門発射お願いします!!」
『よっしゃー撃ちまくるぜ!』

 リィータの指示から砲座についているターンが張り切って答える。

『キャプテン、大変や大変や!』

 イクミが切羽詰まった様子で通信を入れてくる。

「おう、イクミか! どうしたんだ!?」

 リピートが訊く。

『【エテフラム】にハッキングをかけたら、とんでもないことがわかったんや!』
「戦いながらよくやりやがるな」

 リピートは思わず感心する。

ピコン

 海賊船のブリッジのスクリーンにイクミが渡してきた【エテフラム】のデータが映し出される。

「こいつは【メラン・リュミエール】じゃねえか!」

 ザイアスは顔を引きつらせる。

『せや! もう充填を始めてるみたいなんや!!』
「なんてこった! そんなもんまで持ち込んでくるとはな!」

 ザイアスは珍しく焦りを見せ始める。

「キャプテン、どうするんだ!?」
「決まってるだろ、発射前に叩く! 船はこのまま全速力でいろ!」
「了解! 聞いたか、野郎ども! このまま全速力だ!」





「イクミ、【メラン・リュミエール】ってなんだ?」

 状況が飲み込めないダイチはイクミに訊く。
『木星が有する広域殲滅兵器ちゅうやつや。高密度に圧縮した重力波エネルギーを放出して重力崩壊を起こす。まあ、早い話がマイクロブラックホールともいうもんや』
「マイクロブラックホール!? つ、つつまり、相当やばい兵器ってわけか!!」
『エネルギー計測してみたが、少なくとも収容所一帯は消えてなくなりそうなぐらいは充填してるで』
「はあ!? 嘘だろ!?」
「それが嘘だったら、どんなによかったか……」

 フルートは頭を抱える。

「大丈夫か?」

 ダイチは心配になって訊く。

「大丈夫じゃ……じゃが、あれは撃たせてはならん! なんとしてでもじゃ!」

 フルートはそう言って、ダイチから操縦桿を奪おうとする。

「ちょっと待て! 何をするつもりだ!?」
「撃たれる前に撃つんじゃ! 妾のチカラならそれができる!」
「待て! それをやったら、どうなるかわかってるのか!?」

 ダイチは必死に止める。
 フルートのチカラは強大すぎるために、一歩でも間違えたらこっちまで滅びかねない。

「ぬう、じゃが、このままでは!」
「俺達が何とかする! 信じろ!!」
「――!」

 フルートは操縦桿から手を離す。

「そうじゃな。じゃが、充填完了まで三百秒しかないぞ」
「三百秒!? そんなに短いのか!?」
『フルートはん、わかるのか!?』

 イクミは驚愕する。

「流れか声か、なんていったらわからんがとにかくわかるんじゃ」
『おおう、すごいハッキング能力やな!』
『一体どんな仕組みになってるんだ……』

 ロバルトは、通話ウィンドウにひょっこり顔を出す。

『今はそういうもんやと認識しておくだけにした方がええで、ロバルトはん』
『は!? だから本名で呼ぶな! って、そんなことより、あれの発射を阻止するにはどうすればいいんだ!?』
『発射するために、発射台が必要なんやで』

 イクミは余裕ありげに言う。

『それはまあ当然だが、発射台なんてわかるのか?』
『そこで、フルートはんの出番や!』
「妾か?」

 いきなり指名されてキョトンとする。

「フルートの感知能力だな!」

 ダイチはすぐに察した。

『そや! キャプテンが可能な限り接近してくれるから発射される前に発射台を潰すんや!』
「って、俺がやるのか!?」
『あんた以外に誰がいるんや! 発射台を察知できるのはフルートはんで、それに一緒に乗ってるダイチはんしかできへんことやで!』
「う、うぅ……!」

 そう言われて、イクミやミリア、デランやマイナ達の期待が集中してきたような気がした。

『そういうわけだ、ダイチ。よろしく頼むぜ』

 ザイアスが通話ウィンドウで伝えてくる。

(プレッシャー、だ……)

 気が重くなる。同時に身体が鉛のように重くなったような気がする。

『時間がないんや!』

 イクミが急かす。

『ダイチさん、お願いします』

 ミリアが優しい声で言う。

『頼むわよ!』

 マイナは元気よく言う。

『お前なら出来る! 信じてるぜ!』

 デランが握りこぶしを出して激励する。

「ダイチ、こうなったら覚悟を決めよ!」
「ああ、わかったよ!!」

 ここまで期待されて、プレッシャーがどうだとか言ってられない。

『よし、腹くくったんなら、あとは突撃あるのみだあッ!!』

 ザイアスが号令をかける。
 すると、海賊船はさらに速度を上げる。

バァン! バァン! バァン!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!

 海賊船から全砲門のレーザーとケラウノスが放たれる。
 ザイアスも宣言通り、全力で突破口を切り開こうとしてくれている。

「フルート、わかるか?」
「うむ。だんだん、わかってきたぞ」

 この作戦の要は、フルートの感知能力であった。
 そのフルートが、そう発言してくれたのは頼もしいことだ。
 そして、標的の【エテフラム】はどんどん近づいていく。
 ただ、フルートがわかったと言っていた発射台の位置はダイチの目には映らない程、遠かった。





「海賊船、接近してきます!」

 オペレーターが報告する。

「玉砕するつもりでしょうね。海賊らしく派手に散ろうと」

 参謀は安堵したように嘲笑する。

「派手に散る、だと?」

 アルシャールはそんな参謀を睨みつける。

「あれが命を捨てた者の戦いに見えるのか!?」
「い、いえ、ですが、戦力差からみるに彼等の状況は絶望的ではありませんか」
「だからこそ、奴等はこの【エテフラム】を討ち取るつもりなのだろう。あのケラウノスはそう言っている」

 アルシャールは、海賊船から放たれてるケラウノスを指してそう言う。

「散開する艦隊を海賊船に集中! なんとしてでも海賊船を落とせ」
「【メラン・リュミエール】の発射まであと二百秒です!」
「それまで海賊船を射程圏に足止めするよう伝達しろ」

 そうしてアルシャールはスクリーンに映る海賊船を見つめる。





 海賊船に襲い掛かるマシンノイドの攻撃はますます苛烈になっていく。
 レーザーやケラウノスで撃ち落としても、またすぐに穴を埋めるようにやってくる。

「まったくもってキリがねえ! お前等、左方に組みつかれたぞ!」

 ザイアスはケラウノスを海賊船の砲門から放ち続けつつ、指揮を執る。

「キャプテン、これ以上【エテフラム】に接近できないんじゃありませんか!?」
「弱音はいてるんじゃねえ、リィータ! 時間はねえんだ、可能な限り接近できればいいんだよ!」

 リピートは元気よく檄を飛ばす。

「そうだな、時間がねえ!」

 ザイアスはニヤリと笑うが、足場に水たまりができそうなほど汗が流れていた。





「――発射まであと百五十秒じゃ!」
「マジか、時間が無さすぎる」

 焦りだけがどんどん募ってくる。
 このまま、もし自分がしくじったらみんな死んでしまう、とプレッシャーに積もってくる。

「ダイチ、大丈夫じゃそなたならできる」
「あ、ああ……」
『上方に三機、キャプテンが撃ち漏らした! 注意しろ!』
『こら、てめえ! 誰が撃ち漏らしたって!?』
「え、三機!?」

 ダイチは上を見た。
 頭上から三機のソルダが降りてくるのが見える。
 他の者達は、左右への迎撃で手一杯であった。

「間に合わない!」

 組みつかれる! そう思った時であった。


バァン!


 一発のビーム光が、一機のソルダを撃ち抜いた。

「お!?」

 ダイチが、機体が爆散したことを認識した。
 その次の瞬間、飛んできた斬撃がソルダ二機ごと斬り裂いた。

『あの斬撃は!?』

 デランにはそれが誰が放ったものなのか即座にわかった。

『こちら、レジスタンス一番隊隊長ユリーシャ・シャルマークです』

 ユリーシャのエアバイクであった。
 ユリーシャが通話ウィンドウで顔を出す。

『これより、貴艦を援護します!』
『おう、助かるぜ!』

 ザイアスは笑って了承する。

『助かったぜ、ユリーシャ!』
『せっかく助かった火星人を放っておけなかったからね!』

 喜ぶデランに、ユリーシャも笑顔で応じる。

「ユリーシャさんも来てくれた! なんとかいけるかもしれねえな!」
「うむ! みながチカラを貸してくれてるんじゃ、しくじれんぞ!」
「おお!」
「む、みなのもの! 発射まで百秒じゃ!」

 フルートがまたエネルギーを感知してくれたようだ。

『よし、接近はここまでが限界だ!』
『キルリッヒ、狙撃いけるか!?』

 リピートが訊く。

『………………』

 キルリッヒは答える。

『そうか、ダメか!』

 この局面で一番頼りになるキルリッヒの狙撃も距離がありすぎること、フルートの感知能力が無ければどこを的にしていいのかわからないこと、そういった理由で使えない。

「ダイチ、やはり妾達でつぶすしかあるまい!」

 わかっていたことだが、改めてそう言われてプレッシャーを感じる。

「ああ!」

 ここまで来たら腹をくくるしかない。
 半ばやけくそみたいだな、とダイチは自嘲しながら覚悟を決める。


ピコン


 ディスプレイに映る【バスタービームライフル】を選択する。
 ヴァ―ランスの武器の中で、最も射程が長い。威力はありすぎるというほどあるのだが。

(生き残るためにはこれを使うしかない! しかないんだ!)

 軌道エレベーターの惨状が何度も脳裏をよぎったが、他に選択肢はないんだと迷いを無理矢理振り払う。

「いくぞ!!」

 ヴァ―ランスは飛び上がる。


ピコン


『………………』

 キルリッヒが通話ウィンドウ親指を立てて、何やらこちらに語り掛けてくる。

「グッドラック、と言っておるぞ!」
「ああ、俺にもそう聞こえた!」

 不思議なものだとダイチは思った。

「よし、この位置なら!」

 ダイチはヴァ―ランスを飛ばして、できるだけ仲間を巻き込まないように、かつクリュメゾン軍から標的にされにくい距離まで離れる。

『ダイチ!』

 エリスが通話ウィンドウを開けてくる。

「エリス!」
『しっかりやりなさいよ! 外したら承知しないから!!』
「ああ!」

 ダイチは力強く応える。
 ダイチ本人に自覚はないが、今の一言が一番ダイチの心に勇気を与え、プレッシャーを和らいだ。
 ヴァ―ランスは【バスタービームライフル】を構える。
 銃身をはるか先にそびえる【エテフラム】。その発射台の一つ。

「あと五十秒じゃ!」

 フルートの秒読みが迷いを振り払ってくれる。
 迷っている場合じゃない。
 【エテフラム】との距離は、ヴァ―ランスのカメラを最大にしてようやく見える距離であった。
 【バスタービームライフル】の本来の射程距離を大きく超えている。
 届くのだろうか。当たるのだろうか。

「大丈夫じゃ、妾の感覚を共有すれば!」
「そんなことまで出来るのか!」
「フフ、冥皇のチカラならば造作もないぞ!」

 フルートは得意げに笑う。

「おお!」

 そう言われると、ダイチは奇妙な浮遊感にとらわれる。
 ヴァ―ランスのDFSで空を飛んだ、というより、目や耳の感覚だけが急に広がったみたいだ。
 ヴァ―ランスのカメラに頼らなくても、【エテフラム】が視える。まるでその場に立ったような感覚さえある。

「こ、これが……」
「いわゆる共感覚というやつじゃな! これが今妾が視えている光景じゃ」
「フルートの、お前のチカラか!」
「うむ! ダイチよ、そなたは流れを感じ取れるか?」
「流れ? 【メラン・リュミエール】ってやつのか?」
「うむ!」

 そう言われて、ダイチは目を凝らしてみる。
 【エテフラム】という巨大な城を隅から隅まで見渡せる。その中に巨大なチカラを感じる。チカラというのは、単純な腕力ではなく火や雷を見た時に感じるような力強さ、自分のチカラではどうしようもできないと感じるような本能的な恐怖に基づいた感覚だ。
 それは川の濁流のように激しく蠢いて、一ヶ所に集まっていくのが視える。

「あれが発射台か!」
「うむ! 視えたのならあとは狙い撃つだけじゃ!!」
「簡単に言ってくれる!」

 ダイチに【バスタービームライフル】を手に持った感触が戻ってくる。
 目にはしっかり【エテフラム】の発射台が視えている。
 視えているのなら、そこに向かって照準を合わせられる。後は引き金を引くだけだ。

(く……! 撃っていいのか!?)

 逡巡してしまう。
 もし、これで外したらみんな一巻の終わりだ。
 そうでなくても、この【バスタービームライフル】の出力が機動エレベーターの時以上に強大だったらみんなを巻き込んでしまうかもしれない。

「ダイチ!」

 フルートが呼びかける。

「情けねえ、ビビって押せねえ……!」
「ダイチ……妾もこのチカラが怖い……」

 フルートの震えがダイチの膝上を伝って、全身に映る。

「制御がおぼつかないんじゃ……じゃがら、そなたの不安もよくわかる。
いや、妾の不安や恐怖がそなたにうつったといってもよいかもしれんな……」

「フルート……!」
「――じゃから!」

 フルートは操縦桿に手を乗せて、ダイチと手を重ねる。

「ダイチよ、妾にチカラを貸してくれ! 妾にこのチカラを扱う勇気を!!」
「フルート……!」

 フルートが手を重ねてくれたおかげで心強さがこみ上げてくれる。

「チカラを貸してほしいのは俺の方だ! 俺のちっぽけな勇気がお前の役に立つんなら、全部やるよ!」
「ダイチ!」

 フルートの震えが止まる。

「すまん、弱気になってしまった!
――さあ、撃つのじゃ! そなたと一緒であれば怖いものなぞ何もない!」

 フルートの勇気に満ち溢れた声に、ダイチもまた勇気づけられる。
 貸した勇気に利子をつけて返してもらった。そんな気分だ。

「ああ! 撃つぞ!!
バスタービームライフル! 発射!!」

 ダイチは引き金を引き、【バスタービームライフル】から巨大な光が放たれる。
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