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第129話 近隣! 少女と灯台下暗しの精霊は一期一会! (Aパート)
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「……あ!」
かなみは、オフィスでデータ打ちをしていて、一息つくついでにのびをした時、ふと目に入った。
「ランドセル……?」
かなみの隣のデスクの下に置かれていた。
「みあちゃん、忘れてった?」
今日は休日で、かなみ以外の子供はオフィスに来ていない。
翌日には学校があるのだろうけど、このままだとランドセルを持たずに登校することになってしまう。
「あとで持っていこう」
かなみはそう考えて、仕事に戻る。
データ打ちの仕事は、夕暮れ前に終わって、みあの家に向かう。
その前に、みあへ電話をかけてみる。
「あ、みあちゃん?」
『なんか用?』
みあは面倒そうに電話に出てきた。
「みあちゃん、昨日ランドセルをオフィスに忘れていったでしょ?」
『あー、そうだけど……』
「今、届けてあげるから、家に入れてよ」
『別に届けなくていいのに……』
「え~、届けなかったら、明日学校どうするの?」
『……手ぶら、っていうか、休む……』
「ええ~、ズル休みはダメよ」
『人聞き悪いわね。引きこもりって言え』
「そっちの方が人聞き悪くない?」
『……わかってないな、かなみは。わかっていない』
「はいはい。それじゃ、わかってるみあちゃんは私がこのあとどうするか、わかってるよね?」
『今、うちに向かってるところでしょ』
「さすがわかってる!」
『ついでに、ごはんももらおうって腹づもりでしょ』
「……さすがわかってる」
声に元気がなくなった。
通話越しにため息が聞こえてきた。かなみにとっては耳慣れた息遣いだった。
『今日はビーフシチュー。二人分用意するように言っておく』
「おぉ! それじゃすぐ行くね!!」
『まったくゲンキンなんだから』
「それじゃ、またあとでね」
みあは「はいはい」とテキトーに答えて、電話を切る。
腹を空かしたかなみの足取りは断然軽くなった。
そうして、かなみはみあの住んでいるマンションに入って、エレベーターで、阿方家のフロアまで上がる。
みあは入口の扉を開いてくれる。
「おじゃましま~す」
ここには、みあしかないので言わなくてもいいものの、他人の家に入るときのお約束として言う。
「あんた、なんで背負ってるの?」
みあは嫌そうに訊く。
かなみはみあのランドセルを背負っていたからだ。
「あ、あぁ、これ? みあちゃんのランドセル思ったより重くて、背負った方が楽かなって……」
「全部の教科書入れてるわけじゃないんだけど」
「それでも結構重いのよ……みあちゃん、毎日これ背負って学校行ってるの?」
「当たり前じゃない。まあたまに忘れてくけど」
「ランドセル忘れちゃダメよ!」
「だって、面倒だから……それと、まだ似合ってるじゃない」
「え、そ、そう? ありがとう。……って、喜んでいいところなのかしら?」
かなみは戸惑いながら、部屋に上がる。
勝手知ったる阿方家の部屋。迷うこと無くみあの部屋まで向かう。
「ビーフシチュー楽しみ♪」
「はいはい。それじゃできるまでこれでもみてたら」
「あ~!」
みあから渡されたのは、アニメ雑誌だった。
魔法妖精フェアリープリンセスが表紙を飾っている。
「希奈ちゃんのインタビューある!」
かなみは雑誌をパラパラとめくり、声優の皆木希奈のインタビュー記事のあるページを探す。
「あんた、仲良くやってんの?」
「うーん、最近会ってないけどね」
かなみはそう答えると、少し会いたい気分になってきた。
芸能人なのでそう気軽にあっていい人なのか、わからないけど。
ペラペラ
そこから、かなみの雑誌のページをめくる音がやたらと大きく響く。
「ところで、みあちゃん?」
そこで、かなみはみあにどうしても聞きたかったことを思い出し、今このタイミングできくべきだと思った。
「ん?」
「――学校、行きたくないの?」
かなみに訊かれて、みあは心底面倒そうな顔をする。
「なんで、そんなこと……」
「だって、ランドセルをオフィスに忘れたって、それで学校行かなくていいようにしてるからって……」
「それは忘れてたって言ってるじゃん」
「本当?」
「くどいわね! それ以上訊いたら晩ごはん抜き!」
「わああ、ごめん!! でも、学校行きたくなかったら、話聞くよ!! 私、みあちゃんの味方だから!! で、晩ごはん抜きは、やめて……」
「はあ~」
かなみの話をひとしきりきいて、大きくため息をつく。
「あんた、おせっかいがすぎる……どうして、ランドセルを忘れただけで、なんでそこまで言われなくちゃならないのよ……」
みあはそう言って、かなみをキィと睨む。
かなみは晩ごはん抜きを言い渡されると覚悟した。
「学校に行きたくないってのは、たしかにそうよ」
そこで言われた内容は意外だったので、かなみは一瞬唖然とした。
「みあちゃん、やっぱり学校がイヤなのね」
「あぁ、そういうわけじゃなくて!あんただって、学校行きたくないときってあるでしょ!」
「そ、それは、あるけど……」
「それと一緒!」
みあは断言する。
それでこの話は終わり、とも言っているように感じた。
「一緒、なのかな……?」
かなみは釈然としなかった。
翌朝、みあはそのランドセルを背負ってマンションを出て学校へ登校していた。
「行きたくない……」
脳裏に、昨日のかなみとのやり取りを浮かぶ。
学校に行きたくないというのは本音だった。
教室に入ったところで顔を合わせるような同級生はいない。
みあはそそくさと自分の席に着く。
教室の隅の目立たない位置。席替えでたまたまそうなったけど、自分に合っている位置に感じた。
『――みあちゃんって、友達いないの?』
かなみが目の前にいて、そんなことを問いかけられたような気がした。
「うる、さいわね……!」
みあは机に頬杖をついて、そっぽ向く。
窓際だから、外の空を見上げるだけで、この教室の光景を見なくていいのがこの席の利点だ。
こうしてここにいて、一日をやり過ごす。
それがいつものみあの学校での過ごし方だった。
親しく話すような友達はいない。
それは前に学校であった出来事が起因している。
そのことを少し思い出して、教室の前の席にいる女子に視線を移す。
彼女もその視線に気づいたのか、振り向く。
――目が合った。
彼女はビクついて、前を向き直す。
まだ引きづっているんだな、と、みあは思った。
あれは二年くらい前の話。
今のみあと同じくらい当時のみあは大人しくしていた。それが、彼女を中心にしたグループに、いたずらの標的にされた。
机に落書きされる。教科書を汚される。上履きを隠される。
今思い出すと、うっとおしかった。という感想が出るけど、当時はどうしたらいいのかわからず辛かった。
一番身近な父親ですら、たまにしか帰ってこなかった。
その、たまに、で、顔を合わせた父親に、相談どころか何の話をしていいのかすらわからなかった。
父親から何か話題を切り出してくれてようやく答えることができたくらいだった。その何かというのも、かすかに「うちの会社の玩具」のことくらいしか、今のみあには思い出せない。
そんなわけでどうしたらいいのかわからないまま、みあは我慢することにした。
一人で我慢していくうちに、その我慢の限界が、ある日やってきた。
椅子に画鋲をしかれていて、それに気づかず、思いっきり座ってしまい、刺さってしまった。
みあはそのあまりの痛みに、椅子から転げ落ちて、のたうち回った。
彼女のグループはそれを見て笑い転げていたのを見上げて、みあはこう思った。
――こいつら、うっとおしいな。ぶっとばそう。
みあはおもむろに立ち上がって、力の限り思いっきり殴り飛ばした。
自分にあんな力があったのか、とちょっと驚いたくらいだった。
彼女は床に倒れ伏して、鼻血が滴り落ちている。
それを見て、グループは悲鳴を上げて、教室は阿鼻叫喚になった。
その件が、教師に伝わって父親まで呼び出される事態となった。
今思い出すと、あれが最初で最後の父親にしかられたときだった。とはいっても、みあは何も答えられなかった。
あのときは、叱っている父親や教師。目に映る全ての人が敵に見えて、みあは部屋に引きこもるようになった。
それから程なくして、あるみが目の前にやってきた。
「あんた誰?」
「私はあるみ、よろしくね。魔法少女よ」
そのときのことを鮮明に思い出せる。
初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っているような既視感とともに、受けた衝撃がそれほど凄まじかったのだろう。
それから、あるみに連れられて、オフィスを出入りするになって、魔法少女して怪人と戦うようになった。
「学校でムカつくあったら、怪人を思いっきりぶっ飛ばしなさい」
あるみがそんなことを言ったのを憶えている。
まあ、思いっきりぶっ飛ばしたいと思うようになったのは、後にも先にもあの時くらいだった。
そんなことを考えているうちに、学校の授業は進んでいく。
そして、とうとうあの忌まわしい授業が始まった。
総合時間のグループ学習であった。
学校の時間を一人で一日やりすごしたいみあにとっては、関門となる時間だった。これのせいで、学校行きたくない、とらしくもない発言をしてしまったといってもいい。
「阿方さんはどう思う?」
不意に隣の席の女子から声をかけられた。
「え……?」
みあは気だるげに答える。
「あ、あの……阿方さんはどこか興味あるところある?」
女子は苦笑してさらに問いかける。
「興味あるとこ……」
みあは机に置かれた学校周辺の地図を見る。
今回のグループ学習というのは、『地域の特徴』というテーマで、学校周辺の街のどこかにスポット当てて調べるというもので、今は四人一組のグループのメンバーが決まって、どこがいいか話し始めた段階だった。
「……別にないわね」
そっけなく答える。
「えぇ、何かあるんじゃないの?」
女子はしつこく訊いてくる。
「そういうあんたはなんかないの? 人に意見を聞く前に、自分から意見を出すものよ」
みあはムキになってそう答えると、彼女はキョトンとする。
その顔を見ているうちに、「そういえばこいつの名前なんだっけ?」とみあは思った。クラスの名前を興味が無いから憶えていなかった。少なくともあの前の席の女子のグループにはいなかった顔だということくらいは憶えている。
「うーん、そうだね。阿方さんの言う通りだね」
彼女は納得して、地図へ視線を移す。
(あ、意外に素直な奴だ)
みあはちょっとだけ好印象を受ける。
「私はここかな?」
彼女が指したのは、大手チェーンのファミリーレストランだった。
「はあ?」
ある意味、みあにとっては予想外だった。
「ここのハンバーグがすごくおいしいんだよ! あとパフェもおいしい!」
「それは……」
みあは、かなみと一緒にいったことがあったのでその時のことを思い出す。
「まあ、知ってる……」
あのとき、かなみはハンバーグとステーキのセット、おまけにデザートにパフェまで頼んで、めちゃくちゃおいしそうに食べて完食した。
(こいつも同類か?)
「でしょ!」
彼女は食いつく。
「あのおいしさを調べるっていうのはどう!? いい考えだと思わない!?」
「それって、授業のテーマとちがくない? 地域の特徴なんだから」
「えぇ、えぇ……それもそうだね」
彼女はあっさり納得して落ち着く。
感情の起伏が激しく、面倒くさい娘だと、みあは思った。
「ハンバーグ食べたいな」
対面に座っていた男子がよだれをたらしそうな発言をする。
「はいはい、今日の給食を楽しみにしてなさい」
みあは適当に答える。
「あれ? 今日の給食ってハンバーグだっけ?」
「阿方さん、結構テキトー言うんだね」
ハハハ、と、女子は笑う。
ちょっと、かなみと話してるようなペースになっちゃったかな、と、みあは反省する。
過去のことがあって、これまでこのクラスではもう誰とも関わり合いにならないようにしたのに。
もう少し黙っておこうと思った。
(あ、でも、この娘、名前なんだっけ?)
女子について、名前だけは知りたいくらい興味は持ち始める。
でも、名前は知るにはどうしたらいいか。
――あんた、名前は?
なんて、馴れ馴れしくも失礼なこと言えるものか。
もうクラスメイトの顔と名前はとっくに一致している時期なのだから。
(そこまで知りたいわけじゃないんだけどね……)
そう心中で自分に言い訳するようにぼやく。
さらにそこから、みあ以外の他の女子一人と男子二人はどこを調べるか、提案してはあーだこーだ言って却下することが続いた。
「ねえ、阿方さんはどこがいいの?」
ふと授業が終わりかけの時間になって、女子が問いかける。
このまま、黙ってて授業が終わると思っていたのに。
「どこが、いいって……」
みあは地図を眺めてみる。
自然と自分が住んでいるマンション付近に視線を移す。
「――!」
ある一点に目が止まった。
マンションの裏手にあたる場所に卍を見つけた。
(こんなところに、こんなものなんてあった……?)
みあは憶えがなかった。
そのため、興味を惹いて、その場所を指差した。
「ここ……?」
「これって、なんだよ?」
男子が訊く。
「あたしにもわからないから調べるのよ」
「それもそっか」
「なるほどな」
男子二人は納得する。
(単純……ま、それで扱いやすいんだけど……)
みあはそう思うようにした。
「あ~きょうはなんもしたくない……」
みあはオフィスのデスクに倒れ伏してぼやく。
「今日は学校で何かあったの?」
珍しく社長デスクで何かしら書類整理しているあるみは何かを察して声をかけてくる。
「別に……」
みあはそっけなく答える。
その様子を見て、あるみは微笑ましく見守る。
「学校楽しい?」
「別に……」
「その様子だと友達はまだいないみたいね」
「友達なんていらないわよ」
あるみの物言いに、みあはムキになって言い返す。
「かなみちゃんとは仲良くやってるじゃない」
「あいつは……友達じゃなくて……友達じゃなくて……」
言いながら、みあは、かなみとの関係をどう言い表すか迷う。
友達、では少なくともない気がする。
「友達じゃなくて仲間?」
「なんかそれも違う気がする……うーん……」
みあは寝そべって考え込む。
「世話のかかる妹、犬……ペット?」
「みあちゃん、私のことそんなふうに思ってたのね」
かなみが苦笑して言う。
「――って、あんたいつの間に来たのよ!?」
みあは起き上がって、かなみを見る。
「今来たばっかりで、面白そうな話してるから、こっそり……」
「私は最初から知ってたけどね、みあちゃん気づいてないみたいだったから、何も言わなかったわ」
あるみは楽しそうに言う。
こういうときのあるみは悪戯っ子のそれで、ウザったく感じる。
「でも、みあちゃんが私のことペットみたいって思ってたのはショックよ。妹ならまだわかるけど……って、あれ? 私の方が歳上なのにどうして、妹?」
「でも、あんた歳上って感じがしないじゃない」
「そ、そう……?」
かなみは自分では中学生らしいと思っていた。
「でも、確かにみあちゃんって歳下って感じがしないものね。うーん、頼りになる先輩って感じね」
「あぁ、後輩が一番しっくりくるわね」
みあがそういうことで、かなみも納得できた。
「みあ先輩か。うん、たしかに先輩だよね、社歴長いし」
「そうね。じゃあ、これからそう呼びなさいよ」
「え~やだ~」
「なんでよ」
ぼやくみあの顔が綻んでいた。
「まあ、あんたに今更先輩って呼ばれても気持ち悪いわね」
「そんな事言わないでよ、みあ先輩」
「やっぱ気持ち悪い……やめて」
「えぇ、いいじゃない。先輩!」
「それ以上言うと、今日の晩ごはん抜き!」
「もう言わない、晩ごはんに誓って」
「単純ね……プライドとかないの?」
「みあちゃんと晩ごはん食べられなくなるプライドだったらいらないわ」
「あぁ……」
みあは面倒そうに、かなみから顔を背ける。
「みあちゃん、もしかして嬉しいの?」
「嬉しくない!」
「またまた~」
「それ以上しつこいと本当に晩ごはん抜きだから!」
「ごめんなさい、調子に乗りました」
「切り替え早いわね……」
みあはちょっと引く。
あるみはそんなやりとりを微笑ましく見守る。
「あの時から見違えるくらいね……」
感慨深く言う。
かなみは、オフィスでデータ打ちをしていて、一息つくついでにのびをした時、ふと目に入った。
「ランドセル……?」
かなみの隣のデスクの下に置かれていた。
「みあちゃん、忘れてった?」
今日は休日で、かなみ以外の子供はオフィスに来ていない。
翌日には学校があるのだろうけど、このままだとランドセルを持たずに登校することになってしまう。
「あとで持っていこう」
かなみはそう考えて、仕事に戻る。
データ打ちの仕事は、夕暮れ前に終わって、みあの家に向かう。
その前に、みあへ電話をかけてみる。
「あ、みあちゃん?」
『なんか用?』
みあは面倒そうに電話に出てきた。
「みあちゃん、昨日ランドセルをオフィスに忘れていったでしょ?」
『あー、そうだけど……』
「今、届けてあげるから、家に入れてよ」
『別に届けなくていいのに……』
「え~、届けなかったら、明日学校どうするの?」
『……手ぶら、っていうか、休む……』
「ええ~、ズル休みはダメよ」
『人聞き悪いわね。引きこもりって言え』
「そっちの方が人聞き悪くない?」
『……わかってないな、かなみは。わかっていない』
「はいはい。それじゃ、わかってるみあちゃんは私がこのあとどうするか、わかってるよね?」
『今、うちに向かってるところでしょ』
「さすがわかってる!」
『ついでに、ごはんももらおうって腹づもりでしょ』
「……さすがわかってる」
声に元気がなくなった。
通話越しにため息が聞こえてきた。かなみにとっては耳慣れた息遣いだった。
『今日はビーフシチュー。二人分用意するように言っておく』
「おぉ! それじゃすぐ行くね!!」
『まったくゲンキンなんだから』
「それじゃ、またあとでね」
みあは「はいはい」とテキトーに答えて、電話を切る。
腹を空かしたかなみの足取りは断然軽くなった。
そうして、かなみはみあの住んでいるマンションに入って、エレベーターで、阿方家のフロアまで上がる。
みあは入口の扉を開いてくれる。
「おじゃましま~す」
ここには、みあしかないので言わなくてもいいものの、他人の家に入るときのお約束として言う。
「あんた、なんで背負ってるの?」
みあは嫌そうに訊く。
かなみはみあのランドセルを背負っていたからだ。
「あ、あぁ、これ? みあちゃんのランドセル思ったより重くて、背負った方が楽かなって……」
「全部の教科書入れてるわけじゃないんだけど」
「それでも結構重いのよ……みあちゃん、毎日これ背負って学校行ってるの?」
「当たり前じゃない。まあたまに忘れてくけど」
「ランドセル忘れちゃダメよ!」
「だって、面倒だから……それと、まだ似合ってるじゃない」
「え、そ、そう? ありがとう。……って、喜んでいいところなのかしら?」
かなみは戸惑いながら、部屋に上がる。
勝手知ったる阿方家の部屋。迷うこと無くみあの部屋まで向かう。
「ビーフシチュー楽しみ♪」
「はいはい。それじゃできるまでこれでもみてたら」
「あ~!」
みあから渡されたのは、アニメ雑誌だった。
魔法妖精フェアリープリンセスが表紙を飾っている。
「希奈ちゃんのインタビューある!」
かなみは雑誌をパラパラとめくり、声優の皆木希奈のインタビュー記事のあるページを探す。
「あんた、仲良くやってんの?」
「うーん、最近会ってないけどね」
かなみはそう答えると、少し会いたい気分になってきた。
芸能人なのでそう気軽にあっていい人なのか、わからないけど。
ペラペラ
そこから、かなみの雑誌のページをめくる音がやたらと大きく響く。
「ところで、みあちゃん?」
そこで、かなみはみあにどうしても聞きたかったことを思い出し、今このタイミングできくべきだと思った。
「ん?」
「――学校、行きたくないの?」
かなみに訊かれて、みあは心底面倒そうな顔をする。
「なんで、そんなこと……」
「だって、ランドセルをオフィスに忘れたって、それで学校行かなくていいようにしてるからって……」
「それは忘れてたって言ってるじゃん」
「本当?」
「くどいわね! それ以上訊いたら晩ごはん抜き!」
「わああ、ごめん!! でも、学校行きたくなかったら、話聞くよ!! 私、みあちゃんの味方だから!! で、晩ごはん抜きは、やめて……」
「はあ~」
かなみの話をひとしきりきいて、大きくため息をつく。
「あんた、おせっかいがすぎる……どうして、ランドセルを忘れただけで、なんでそこまで言われなくちゃならないのよ……」
みあはそう言って、かなみをキィと睨む。
かなみは晩ごはん抜きを言い渡されると覚悟した。
「学校に行きたくないってのは、たしかにそうよ」
そこで言われた内容は意外だったので、かなみは一瞬唖然とした。
「みあちゃん、やっぱり学校がイヤなのね」
「あぁ、そういうわけじゃなくて!あんただって、学校行きたくないときってあるでしょ!」
「そ、それは、あるけど……」
「それと一緒!」
みあは断言する。
それでこの話は終わり、とも言っているように感じた。
「一緒、なのかな……?」
かなみは釈然としなかった。
翌朝、みあはそのランドセルを背負ってマンションを出て学校へ登校していた。
「行きたくない……」
脳裏に、昨日のかなみとのやり取りを浮かぶ。
学校に行きたくないというのは本音だった。
教室に入ったところで顔を合わせるような同級生はいない。
みあはそそくさと自分の席に着く。
教室の隅の目立たない位置。席替えでたまたまそうなったけど、自分に合っている位置に感じた。
『――みあちゃんって、友達いないの?』
かなみが目の前にいて、そんなことを問いかけられたような気がした。
「うる、さいわね……!」
みあは机に頬杖をついて、そっぽ向く。
窓際だから、外の空を見上げるだけで、この教室の光景を見なくていいのがこの席の利点だ。
こうしてここにいて、一日をやり過ごす。
それがいつものみあの学校での過ごし方だった。
親しく話すような友達はいない。
それは前に学校であった出来事が起因している。
そのことを少し思い出して、教室の前の席にいる女子に視線を移す。
彼女もその視線に気づいたのか、振り向く。
――目が合った。
彼女はビクついて、前を向き直す。
まだ引きづっているんだな、と、みあは思った。
あれは二年くらい前の話。
今のみあと同じくらい当時のみあは大人しくしていた。それが、彼女を中心にしたグループに、いたずらの標的にされた。
机に落書きされる。教科書を汚される。上履きを隠される。
今思い出すと、うっとおしかった。という感想が出るけど、当時はどうしたらいいのかわからず辛かった。
一番身近な父親ですら、たまにしか帰ってこなかった。
その、たまに、で、顔を合わせた父親に、相談どころか何の話をしていいのかすらわからなかった。
父親から何か話題を切り出してくれてようやく答えることができたくらいだった。その何かというのも、かすかに「うちの会社の玩具」のことくらいしか、今のみあには思い出せない。
そんなわけでどうしたらいいのかわからないまま、みあは我慢することにした。
一人で我慢していくうちに、その我慢の限界が、ある日やってきた。
椅子に画鋲をしかれていて、それに気づかず、思いっきり座ってしまい、刺さってしまった。
みあはそのあまりの痛みに、椅子から転げ落ちて、のたうち回った。
彼女のグループはそれを見て笑い転げていたのを見上げて、みあはこう思った。
――こいつら、うっとおしいな。ぶっとばそう。
みあはおもむろに立ち上がって、力の限り思いっきり殴り飛ばした。
自分にあんな力があったのか、とちょっと驚いたくらいだった。
彼女は床に倒れ伏して、鼻血が滴り落ちている。
それを見て、グループは悲鳴を上げて、教室は阿鼻叫喚になった。
その件が、教師に伝わって父親まで呼び出される事態となった。
今思い出すと、あれが最初で最後の父親にしかられたときだった。とはいっても、みあは何も答えられなかった。
あのときは、叱っている父親や教師。目に映る全ての人が敵に見えて、みあは部屋に引きこもるようになった。
それから程なくして、あるみが目の前にやってきた。
「あんた誰?」
「私はあるみ、よろしくね。魔法少女よ」
そのときのことを鮮明に思い出せる。
初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っているような既視感とともに、受けた衝撃がそれほど凄まじかったのだろう。
それから、あるみに連れられて、オフィスを出入りするになって、魔法少女して怪人と戦うようになった。
「学校でムカつくあったら、怪人を思いっきりぶっ飛ばしなさい」
あるみがそんなことを言ったのを憶えている。
まあ、思いっきりぶっ飛ばしたいと思うようになったのは、後にも先にもあの時くらいだった。
そんなことを考えているうちに、学校の授業は進んでいく。
そして、とうとうあの忌まわしい授業が始まった。
総合時間のグループ学習であった。
学校の時間を一人で一日やりすごしたいみあにとっては、関門となる時間だった。これのせいで、学校行きたくない、とらしくもない発言をしてしまったといってもいい。
「阿方さんはどう思う?」
不意に隣の席の女子から声をかけられた。
「え……?」
みあは気だるげに答える。
「あ、あの……阿方さんはどこか興味あるところある?」
女子は苦笑してさらに問いかける。
「興味あるとこ……」
みあは机に置かれた学校周辺の地図を見る。
今回のグループ学習というのは、『地域の特徴』というテーマで、学校周辺の街のどこかにスポット当てて調べるというもので、今は四人一組のグループのメンバーが決まって、どこがいいか話し始めた段階だった。
「……別にないわね」
そっけなく答える。
「えぇ、何かあるんじゃないの?」
女子はしつこく訊いてくる。
「そういうあんたはなんかないの? 人に意見を聞く前に、自分から意見を出すものよ」
みあはムキになってそう答えると、彼女はキョトンとする。
その顔を見ているうちに、「そういえばこいつの名前なんだっけ?」とみあは思った。クラスの名前を興味が無いから憶えていなかった。少なくともあの前の席の女子のグループにはいなかった顔だということくらいは憶えている。
「うーん、そうだね。阿方さんの言う通りだね」
彼女は納得して、地図へ視線を移す。
(あ、意外に素直な奴だ)
みあはちょっとだけ好印象を受ける。
「私はここかな?」
彼女が指したのは、大手チェーンのファミリーレストランだった。
「はあ?」
ある意味、みあにとっては予想外だった。
「ここのハンバーグがすごくおいしいんだよ! あとパフェもおいしい!」
「それは……」
みあは、かなみと一緒にいったことがあったのでその時のことを思い出す。
「まあ、知ってる……」
あのとき、かなみはハンバーグとステーキのセット、おまけにデザートにパフェまで頼んで、めちゃくちゃおいしそうに食べて完食した。
(こいつも同類か?)
「でしょ!」
彼女は食いつく。
「あのおいしさを調べるっていうのはどう!? いい考えだと思わない!?」
「それって、授業のテーマとちがくない? 地域の特徴なんだから」
「えぇ、えぇ……それもそうだね」
彼女はあっさり納得して落ち着く。
感情の起伏が激しく、面倒くさい娘だと、みあは思った。
「ハンバーグ食べたいな」
対面に座っていた男子がよだれをたらしそうな発言をする。
「はいはい、今日の給食を楽しみにしてなさい」
みあは適当に答える。
「あれ? 今日の給食ってハンバーグだっけ?」
「阿方さん、結構テキトー言うんだね」
ハハハ、と、女子は笑う。
ちょっと、かなみと話してるようなペースになっちゃったかな、と、みあは反省する。
過去のことがあって、これまでこのクラスではもう誰とも関わり合いにならないようにしたのに。
もう少し黙っておこうと思った。
(あ、でも、この娘、名前なんだっけ?)
女子について、名前だけは知りたいくらい興味は持ち始める。
でも、名前は知るにはどうしたらいいか。
――あんた、名前は?
なんて、馴れ馴れしくも失礼なこと言えるものか。
もうクラスメイトの顔と名前はとっくに一致している時期なのだから。
(そこまで知りたいわけじゃないんだけどね……)
そう心中で自分に言い訳するようにぼやく。
さらにそこから、みあ以外の他の女子一人と男子二人はどこを調べるか、提案してはあーだこーだ言って却下することが続いた。
「ねえ、阿方さんはどこがいいの?」
ふと授業が終わりかけの時間になって、女子が問いかける。
このまま、黙ってて授業が終わると思っていたのに。
「どこが、いいって……」
みあは地図を眺めてみる。
自然と自分が住んでいるマンション付近に視線を移す。
「――!」
ある一点に目が止まった。
マンションの裏手にあたる場所に卍を見つけた。
(こんなところに、こんなものなんてあった……?)
みあは憶えがなかった。
そのため、興味を惹いて、その場所を指差した。
「ここ……?」
「これって、なんだよ?」
男子が訊く。
「あたしにもわからないから調べるのよ」
「それもそっか」
「なるほどな」
男子二人は納得する。
(単純……ま、それで扱いやすいんだけど……)
みあはそう思うようにした。
「あ~きょうはなんもしたくない……」
みあはオフィスのデスクに倒れ伏してぼやく。
「今日は学校で何かあったの?」
珍しく社長デスクで何かしら書類整理しているあるみは何かを察して声をかけてくる。
「別に……」
みあはそっけなく答える。
その様子を見て、あるみは微笑ましく見守る。
「学校楽しい?」
「別に……」
「その様子だと友達はまだいないみたいね」
「友達なんていらないわよ」
あるみの物言いに、みあはムキになって言い返す。
「かなみちゃんとは仲良くやってるじゃない」
「あいつは……友達じゃなくて……友達じゃなくて……」
言いながら、みあは、かなみとの関係をどう言い表すか迷う。
友達、では少なくともない気がする。
「友達じゃなくて仲間?」
「なんかそれも違う気がする……うーん……」
みあは寝そべって考え込む。
「世話のかかる妹、犬……ペット?」
「みあちゃん、私のことそんなふうに思ってたのね」
かなみが苦笑して言う。
「――って、あんたいつの間に来たのよ!?」
みあは起き上がって、かなみを見る。
「今来たばっかりで、面白そうな話してるから、こっそり……」
「私は最初から知ってたけどね、みあちゃん気づいてないみたいだったから、何も言わなかったわ」
あるみは楽しそうに言う。
こういうときのあるみは悪戯っ子のそれで、ウザったく感じる。
「でも、みあちゃんが私のことペットみたいって思ってたのはショックよ。妹ならまだわかるけど……って、あれ? 私の方が歳上なのにどうして、妹?」
「でも、あんた歳上って感じがしないじゃない」
「そ、そう……?」
かなみは自分では中学生らしいと思っていた。
「でも、確かにみあちゃんって歳下って感じがしないものね。うーん、頼りになる先輩って感じね」
「あぁ、後輩が一番しっくりくるわね」
みあがそういうことで、かなみも納得できた。
「みあ先輩か。うん、たしかに先輩だよね、社歴長いし」
「そうね。じゃあ、これからそう呼びなさいよ」
「え~やだ~」
「なんでよ」
ぼやくみあの顔が綻んでいた。
「まあ、あんたに今更先輩って呼ばれても気持ち悪いわね」
「そんな事言わないでよ、みあ先輩」
「やっぱ気持ち悪い……やめて」
「えぇ、いいじゃない。先輩!」
「それ以上言うと、今日の晩ごはん抜き!」
「もう言わない、晩ごはんに誓って」
「単純ね……プライドとかないの?」
「みあちゃんと晩ごはん食べられなくなるプライドだったらいらないわ」
「あぁ……」
みあは面倒そうに、かなみから顔を背ける。
「みあちゃん、もしかして嬉しいの?」
「嬉しくない!」
「またまた~」
「それ以上しつこいと本当に晩ごはん抜きだから!」
「ごめんなさい、調子に乗りました」
「切り替え早いわね……」
みあはちょっと引く。
あるみはそんなやりとりを微笑ましく見守る。
「あの時から見違えるくらいね……」
感慨深く言う。
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