まほカン

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第2話 疾走! 先輩と真夜中のフルスロットル!? (Bパート)

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 翌日もかなみは学校が終わってからもパーキングエリアにやってきて、翠華を待っていた。
「翠華さんの奥の手って何なんだろうね?」
「楽しみにしていてね、と言っていたが……はてさて、あのスピードに対抗できるものというと……」
「何か心当たりでもあるの?」
「一応な。しかし、彼女が渋る理由がわからない」
「何よ、知ってるなら教えなさいよ」
「しかし、僕の口から言っていいものか、彼女がせっかく君を驚かせようとしてああ言ったのだから」
「それもそうね……意外」
「意外って何が?」
「あなたが気を使うところが……もっと遠慮のないやつかと思っていたら」
「それは心外だ」
「フフ……ごめん」
「わかればよろしい」
 何故か偉そうなマスコットを見てかなみは和むのであった。
「それにしても、翠華さん遅いわね」
 かなみはメールを確認した。すると、鯖戸部長からメールが来ていたことに気づく。
「あれ、部長にメルアド教えたかな?」
「社員のことで彼が知らないことはない」
「怖いことをかっこよく言おうとしないでもいいわよ」
 そう言って、かなみは問題のメールの内容を確認する。
『昨晩までの白い車の移動経路と翠華君からの打診もあって、今夜勝負に出ることに決めた。そのため、今からトミィ、ドギィ、トリィを向かわせた。そちらで会ったら、彼らの意見と指示を仰ぎつつ、仕事にあたってくれたまえ』
 色々とよくわからない内容であった。
 というわけで、マニィに訊いてみることにした。
「ねえ、この三人ってあんたと同じマスコットなの? ドギィとトリィはよく話しにきいてるからいいけど、トミィって初耳よ?」
「虎のマスコットだ。僕と同じで堅実な性分で気が合う」
「ええ? あんたと同じなの?」
 それだけでこれから会う楽しみが削がれる。
「君は相変わらず失敬だな」
「あんたも相変わらず無愛想なんだから」
 一息ついたところで、けたたましいエンジン音とともに、一台の青いバイクがこちらに向かって来ていることに気づく。
 そのバイクはキュィィインとブレーキをかけて、かなみの目の前でかっこよく止まる。
「待たせてごめんなさい、かなみさん」
 ヘルメットとゴーグルをとったところで、そのバイクのドライバーが翠華だとわかった。
「す、翠華さん!?」
 驚くかなみに、驚かせようと颯爽と登場した翠華は、さりげなくガッツポーズをとるのであった。


 人気の無いロッカールームに移動した。
 これからマスコットが五体も集合するのだから、話せる場所といったらこういったところしかなかったからだ。もっとも、まだ三体は来ていないため、かなみはバイクについて聞き出していた。
「驚きましたよ、翠華さんがバイクの免許持っていたんですね」
「ええ、部長命令でとってきたのよ」
「なんで、部長命令?」
「持っているとこういう時便利だって言われてね、教習所に無断で手続きをしたのよ」
「あはは、強引で無理矢理ですね」
「でも、バイクは好きだったし、会社の経費でバイクを用意してもらえたから、私は嬉しかったけどね」
「経費でバイク用意してもらえるんですか!?」
「ええ、中古の型落ちだけどね」
「ああ、そうなんですか……それなら部長も出せますよね」
 かなみは苦笑いする。
「でも、これなら三百キロまで出せるからあいつに追いつくことができるわ」
「はい、頑張ってくださいね!」
「何言ってるのよ、かなみ? 乗るのよ」
 不意に頭上から声がする。
「え? だ、誰?」
「トリィ、そんなところに乗っていたらかなみが見えないぞ」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと乗り心地を確かめたかったのよ」
「の、乗り心地?」
 声の主はかなみの頭から降りる。
 目の前にやってきたのは鷲のような鳥のマスコットだ。
「結城かなみさん、何度か話したことあるけど、こうして会うのは初めてね、よろしくお願いね」
「は、はい……」
 声のとおり、母性的で優しい印象のマスコットでよかった、とかなみは思った。
「いつも私は空から敵の動きを察知する係だから、あんまり顔を見せられないのは残念だったけど、会えて嬉しいわ。もちろん、翠華さんにもね」
「は、はい、私も会えて嬉しいです」
 翠華もややテレ気味に言う。なんというか、鯖戸部長よりも年上で上司らしいマスコットといった面持ちだ。
「でも、どうして今回会う機会ができたんですか?」
「今回の敵が高速道路で暴走する車だからよ」
「それも暴走には傾向がある」
「わあッ!?」
 今度は後ろから不意打ちするかのように声がした。
「俺が分析した、間違いない」
「と、虎!?」
 ということは、これがマニィが自分に似ていると言っていた件の虎のマスコット・トミィか。
「あ、あなたがトミィなの!?」
「そうだ、俺がトミィだ。敵の分析と経理を担当している」
「け、経理もやってるんだ」
「ちなみに僕は本来会計だけどな」
「え、そうなの? まあ、あんた金勘定とかうるさいから適役か」
「君にそんなこと言われるとは……心外だ」
「どういう意味よ?」
「まあまあ、二人とも」
 口喧嘩になりそうだったところをトミィが仲裁する。
「やはり二人とも息の合ったコンビね」
「どこを見たらそう見えるんですか?」「トリィ、君の目は節穴かい?」
 二人はほぼ同時に返す。
「ほら息ピッタリでしょ?」
「そうですね」
 翠華も同意する。かなみにはあまりにも心外だった。
「いやいや、遅れてすまない!」
 ロッカールーム中に響き渡る遠吠えのような声がした。
「ドギィ、もう少し落ち着きなさい!」
「おう、トリィ! こうして顔を合わせるのはいつ以来だ!?」
「そうね、二ヶ月ぶりかな。あなた、放っておくとずっと走っているからね」
 犬のマスコットが入ってくる。牙を持っていていかにも強面のお兄さんといった感じだ。
「二ヶ月ぶりか!」
「それよりも、挨拶しなければならない人がいるでしょ?」
「おう、結城かなみってのは誰だ!?」
「わ、私だけど……」
「お前が結城かなみか! 会うのは初めてだな!」
「そ、そうね、いつも助かってるけど」
「俺は敵の追跡を担当しているドギィだ、よろしくな!」
「う、うん、よろしく」
「おうし! 自己紹介が終わったところで作戦会議だ、トミィ!」
「ああ、これだな」
 トミィはどこから持ち出した丸めた紙を広げる。その紙は高速道路の地図であった。
 それがロッカーに貼り付けられたことで、いよいよ作戦会議らしい雰囲気が流れてくる。
「いいか!」
 トミィが自分の身体よりも大きな指し棒を地図にあてて解説し始める。
「白い車の出没スポットはいつも霞ヶ関だ。料金所からその姿が目撃されている」
 どうやってその情報を聞き出しているのか、かなみは内心気になった。
「そこからぐるりと首都高速をぐるりと一周して、最後にもう一度霞ヶ関で姿を消す。目的はわからないが、その速度は日々上がっている」
「まるでどれだけ速く首都高速を一周できるか挑戦しているみたいね」
 翠華は冷静にその目的を推測している。
「そうだ。だから今夜は昨夜よりも速くなっているだろう。バイクを使っても追いつけるかどうか……」
「で、でも、バイクが車にスピードで負けるなんてありうるの?」
 何も知らないかなみは常識的な意見を言ってみる。
「ネガサイドならありうる。奴らを常識で考えてはならない」
 その意見をマニィが諌める。
「そうは言われても、私はまだあいつらのことをよく知らないのよ」
「確かに、連中の目的が世界征服でそのために魔法を使っているということだけしか私達は知らない」
 翠華もかなみと同じ程度しかネガサイドのことを知らないと言う。
「私達は何度かその手先と戦ったことがある」
「私の場合、初仕事でテンホーとかいう女に酷い目に合わされたきりだけど。あとは大体あいつらが放ってくるダークマターの相手よ」
「私もそんなところよ。あいつらは利用できる手頃な人間を見つけてはダークマターを与えているからね」
 そのダークマターと戦っているのが、主な魔法少女としての仕事内容だ。
 ダークマターは黒い珠が手近な物体を取り込んで怪物を出現させる魔法らしいのだが、問題は誰にでも使いやすいせいか悪人に見境なくバラまかれている点だ。
「今回もそうなの?」
 できれば、そうであって欲しくないのだが、マスコットが三体も出っ張ってくることからダークマター以上の厄介なものが関わっているかもしれない。かなみは薄々そんなことに気づいていたが、訊かずにはいられなかった。
 実際に言われるまでは、「そうじゃない」という希望の方が強いからだ。
「いや、それ以上に連中が直接関わっている可能性が高い」
 しかし、そんなかなみの心の中など関係なく、トミィは即答でその希望を打ち砕く。
「連中っていうと……あの、テンホーみたいな奴ね……」
 一度会った感想としては、できれば二度と関わりたくない女だと思った。
 あの独特すぎる雰囲気と格好、振舞いは思い出しただけで身震いする。危うく殺されかけたのも大きい。
「ボーナスをうんとはずんでもらわないと割に合わないわね……」
 軽口を叩いたものの気分が重たくなる。
 いくらボーナスをもらっても割に合わないというのが本音だ。
「ええ、連中を引っ張り出して、タップリ要求しましょう」
 翠華の口添えが頼もしい。
「うむ! では、プランはこうだ!」
 ドギィはトミィから指し棒をとって、地図を指す。
「18時から二人はパーキングエリアで待機、白い車出現と同時に出動だ! コースがわかっているんだから先行して追いつかれたところ仕掛ける! それでも無理だったら一周終わるまでに仕掛ける。ベストは追いついて止めることだ、どんな手段でも構わない! むしろ強引に過激にいけ、俺が許可する!」
「え、ええ……」
 妙にテンションが高いノリにかなみは戸惑う。
 前からこうだったなこのマスコットは、と思い出しつつ、まともな奴はいないのかとため息を漏らしたくなってくる。
「だが、それでも敵は速い! 一周廻って霞ヶ関から料金所を下りた先の行方は不明! 引き続き追跡するが、それでも何が起こるかわからん!」
「つまり、一周終わる前に捕らえなければならないわけね」
「そうだ!」
 翠華の顔が緊張で強ばる。
「が、頑張ってください翠華さん」
「ウシシシシ、何言ってるんだおめえ?」
「え?」
「大変なのはかなみさんの方よ」
 かなみは翠華が何を言っているのか理解できなかった。


 一週間以上立て続けに起こっている暴走する白い車に高速利用者は辟易していた。今夜もまた来るのだろうか、と利用所勤務の男は薄々気付いていた。
――ヤツはここからやってきて、そしてここに戻ってくるのだと。
 できれば来ないで欲しい、と毎晩願っているのだが、その願いはいつもはずれている。
 今夜はどうだろうか、日が暮れ始めた頃から道路の向こう側をじっくりと見て戦々恐々としていた。
 日が落ちてから、もうそろそろかと思ったところで耳に届いた。あのけたたましいエンジン音。そして目に入った。闇夜に輝く白いボディが。
「来てしまったか……」
 男は深い溜息とともに、白い車を見送る。


『ターゲットが現れたわ、もうすぐそちらに来るはずよ!』
 さっきの落ち着いた口調とうってかわって忙せわしくなったトリィの報告が緊張感を引き上げる。
「わかったわ、かなみさん準備はいい?」
「はい……! 高速でバイクの二人乗りなんて初めてだから緊張します」
「私もよ」
「ウシシシシ、お前の場合緊張の種類が違うがな!」
「ウシィ!」
「ウシシシシ、すまねえすまねえ」
 相変わらずウシィの言っている意味はわからない。
「でも、二人乗りなんて大丈夫なんですか?」
「大丈夫って……言いたいけど、私も初めてだからね」
「うう……」
 この期に及んで、緊張が募ってくる。敵は時速三00キロ以上もある車で、それを追いかけるのだからこちらも三00キロ以上のスピードを出す。しかも、遊園地のジェットコースターみたいに安全が確約されているわけではない。
「ウシシシシ、大丈夫だ。魔法少女は死にはしない」
「フォローになっていないわよ、ウシィ」
「す、翠華さん、頼りにしています」
「え、ええ……」
 翠華の顔が強ばる。ウシィの言う通り緊張しているせいなのかもしれない。
「さあ、変身よ!」
「はい!」
「「マジカルワークス!」」
 青と黄色が混ざり合い、マーブル状の光で辺りが満たされる。
 光が消えるとバイクにまたがった魔法少女が颯爽と登場していた。
「愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!」
「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」
 二人で登場を決めたところで、スイカがエンジンをかける。
「そういえば、ここまできて訊くのもなんですけど?」
「なに?」
「私達ヘルメットとかしなくていいんですか?」
 スイカはここに来たときのヘルメットをつけていなかった。そのことを待機している時からずっと気になっていたのだが、そのうちつけるかと思っていた。しかし、そんな素振りを見せることなくエンジンをかけたので、訊いておくべきだと思った。
「魔法少女がヘルメットなんて似合わないでしょ」
 スイカはさらりと答える。
「で、でも安全のために……」
「心配するんなら、頭よりスカートよ。それよりしっかり捕まっててね」
「は、はい……!」
 カナミは身の危険から、スイカを目一杯の力で抱きしめる。
「か、カナミさん、そんなに強く……」
「え、あ、すみません!」
 言われてカナミは力を緩める。
「ハァハァ……!」
 スイカは息を荒げている。そんなに強くやってしまったのだろうか、とカナミは反省する。
 もっとも原因はカナミが思っているようなものではなく、スイカは顔を真っ赤にさせながらも平常心を保とうとしていた。
「ウシシシシ、そんな調子でもつんかい?」
「うるさい、せっかくのチャンスなんだから黙ってなさい!」
 スイカが強く言ったところで、ウシィは黙る。
「彼女も苦労しているようだな」
「あんたが言うか!」
 しみじみと言うマニィにカナミはツッコミを入れる。
「さあ、行くわよカナミさん!」
「はい、いつでもいいです!」
「ゴーゴー! レッツゴー!」
 粋のいい掛け声とともに二人の魔法少女を乗せたバイクは走る。
 バイクはパーキングエリアを出てすぐさま加速する。そのために猛烈に襲いかかってくるスピードの風圧で、振り落とされそうになる。
 カナミはスイカにしがみつくように掴んで離さない。
「す、スイカさん、す、スピード出しすぎ!?」
 初めて体感するスピードにカナミは心臓が縮む想いだったが、風切り音とエンジン音のせいで翠華の耳にまで届いているかどうか怪しかった。
「あ、あう、あうあうあうッ!」
 最もスイカは別の事態に困惑していて、それどころではなかった。
(か、かかか、カナミさんが、私にししし、しがみついて、むむ、胸が当たってるし!? カナミさんって意外に胸があるのね、新発見ッ!? いえいえ、そんなことより、そ、そんなに強く掴むなんて! あううう、カナミさんがわ、私にしがみついて、……!は、ははは離れようとしない! 何よりも私を頼りにしている! い、いい、いい、凄くいいわ……!)
 目の前の車に追いつくほどにスピードを上げているというのに、そのハンドルさばきはいつ横転してもおかしくないほどに危うい。
「す、すすす、スイカさん、だだだ、大丈夫なんですかぁ!?」
「だ、大丈夫……?」
 カナミの必死の叫びがようやくスイカの耳に届く。
 思考回路がショートして、廻り巡ってようやく落ち着いたのだ。
「ええ、大丈夫よ!」
 隣の車線に曲がり込んで前の車を追い越す。
「時速二百キロ! まだまだスピードは出るわよ」
「こ、これでまだ二百キロなんですか!?」
「ええ、あと数分したら白い車に追いつかれるはずよ」
「で、ででで、どうしろというの?」
「手筈通りにあなたの神殺砲で撃ち抜く」
「で、できるんでしょうか、私に!?」
 正直自信はあった。バイクにまたがっていても神殺砲で敵を撃つことはできる、と。しかし、実際には乗っただけでしがみつくだけで精一杯でとても神殺砲を取り出すことすらままならない。
「できなくちゃ、ボーナスははずんでもらえないわよ!」
「そ、そうだった!」
 ボーナスが出る、と言われてはやる気を出さないわけにはいかない。恐怖と動揺を無理矢理抑えて、右手だけスイカから離す。
 両手でしがみついていることに喜びを感じていたスイカは、
(あうう、私が余計なことを言ったばかりに!?)
 とかっこよく発言したことを思いっきり後悔していた。
「神殺砲!」
 錫杖をモデルにしたステッキが右手に出現する。
 バイクは相変わらず凄まじいスピードとエンジンで揺れているものの、恐怖を押さえつけたためか、さっきよりも安定しているように感じる。
「い、いけそうです!」
 声は依然震えたままだが、言動までは揺らいでいない。
「それは頼もしいわ」
 スイカがバックミラーに目を移すと白い車が写っていることに気づく。
「来たわよ、スイカさん!」
「え、ええ!?」
 唐突にやってきた戦いのときに困惑するものの、すぐに切り替える。
 これが最初にして最大のチャンスだから、失敗するわけにはいかない。そんな想いからプレッシャーをはねのけて、後方を見据える。
(あうう……カナミさんの凛々しい姿、この眼で見れないことが残念だわ……!)
 さすがに時速二百キロのまま後ろを振り向くなんて芸当は危なくてできなかった。
「来ました!」
「――ッ!」
 しかし、カナミの一言ともにスイカも切り替える。
 白い車とバイクが併走する。
「時速二百四十キロッ! まだフルスピードじゃないけど、これならッ!」
「はい、任せてくださいッ!」
 カナミは力強く返事をして、魔法弾を放つ。
 隣を併走しているこの位置と距離ならば、かわしようがない! と確信が持てていた。
ドスン!
 鈍い打撃音が響く。
 おかしい、車の装甲版に当たったのならやや甲高い金属音が聞こえるはずなのに、聞こえてきたのは鈍い打撃音だった。
「わあッ!?」
 カナミは驚きの声を上げた。白い車の窓から現れた腕が現れたのだ。しかも、その腕は人間のものではなく、透明感を持った黒い液体のようなダークマターのそれであった。
 その腕がカナミの放った魔法弾を受け止めたのだろう。
「ハハハハハハハハハハハハッ!」
 気味の悪い笑い声とともに車の屋根に男が現れる。
「魔法少女の諸君、よくもこのサイクロン・ジャガーに一撃与えてくれたな!」
 男は2メートルほどある長身で、黒いタンクトップとトレーナーのズボンを着てスポーツ青年といった出で立ちだが、顔は茶色のテンガロンハットを深くかぶっているせいで見えない。そのテンガロンハットは高速で走ることで受ける暴風でなびることはあっても男の頭から飛ぶことは全くなさそうに見える。
 そのうえで、両腕を組んでそびえる姿は異様さこそあるものの、同時に威容も放っているように感じる。
 こいつは間違いなくテンホーの仲間だと、かなみは第一印象で感じた。見た目も言動もまったく違うのに、何故か同じような匂いが彼から漂っていた。
「だがしかし! だがしかし! このサイクロン・ジャガーには、敵を振り切るスピードだけではなく、敵を倒すパワーをも備えているのだ!」
 その言葉とともに黒いダークマターの腕がカナミ達にまで伸びてくる。
「冗談じゃないわッ!」
 カナミは腕に向かって今度はレーザービームのように魔力を収束、発射させる。
 腕とビームがぶつかりあい、そのエネルギーによって爆発が起きる。
「つぅ~!」
 スイカは爆発の中でもハンドルを離すことなく、時速二百キロ以上のスピードを保ちつつ、車体を安定させる。
 しかし、安定させたところで待っていたのは爆発によって発生した視界を遮る爆煙だった。それでも、スイカはブレーキーを踏まなかった。ここでスピードを落とせば、奴らを取り逃がしてしまうからだ。
 カナミに頼りにされている手前、それだけは絶対にしてはならないことだった。
 幸い、煙は一瞬で晴れた。そこで見えたのは窓からダークマターの腕と脚が生え、まるで生物のような異形の雰囲気を放つ車であった。まるで車体がダークマターの衣服のようだ。
「き、気持ち悪い……!」
 カナミはその姿を見て思わずそう口にした。
「フン、美しさなどテンホーに任せておけばよい! 重要なのは強さだ! 速さだ! そして悪さだぁッ!」
 最後の言葉だけ、カナミは激しく共感した。確かにこれ以上ないくらい悪の手先らしい外見だ。
「カナミさん、ああなってはもう倒すしかないわ!」
「はい!」
 スイカに言われるやいなや、カナミはビームを放つ。
「おおっと!」
 車から出た両腕がビームを受け止める。
「そんな攻撃でこの私カンセイとサイクロン・ジャガーは倒せんぞ!」
 自信満々に言い放つカンセイと名乗った男が、苛立ってきた。
「くッ!」
 負けじともう一回ビームを放つ。結果はさっきと同じだった。
「さて、今日は限界突破の超スピードでニューレコードを刻むとしよう!」
 車はスピードを上げる。併走していたスイカ達を追い抜いていくほどで、もはやただの車が出せるスピードを完全に超えていた。
「三百キロ……予想はしていたけど、こんなに速いなんて……!」
「追いつけるんですか?」
「三百キロなら出せるといったでしょ!」
 スイカは力強く答える。
「でも、それ以上は無理かもしれない……」
 もっとも、そのあと付け足した一言がなければ頼もしいことこの上なかったが。
 時速三百キロで走る二つの車は一見同じ速度で走っているように見えるが、障害物となるような車を蹴散らしていく敵に対して、スイカ達はそれをかわしていくため、どうしても減速しなければならず、両者の差はどんどんと開いていく。
「ウシシシシ、このままじゃ追いつけないな」
「うむ、敵は三百キロを優に越えて走っている。対するこちらは三百キロを維持するので精一杯だ」
「そんなこと、言われるまでもなくわかってるわよ!」
 二匹のマスコットのコメントにイラついたスイカはアクセルを踏みしめる。しかし、これがこのマシンの最高速度であるため、差を詰めることは不可能だ。
「……こうなったら、奥の手を使うしかないわね」
「奥の手?」
 自信ありげなスイカの発言に、カナミは期待を寄せる。
「魔力を動力に加えてスピードを倍増させるのよ」
「ば、倍増……?」
「そう、文字通り倍よ!」
 たしかマニィは三百キロを維持するので精一杯と言っていた。その速度を倍にするということは時速六百キロという想像だにできない途方もない速度を出すということだ。
 そんな速度で走ったらどうなるのだろうか。振り落とされてバラバラになるか、はたまた、昇天してしまうか。いずれにしても明るい未来は想像できない。
 スイカ自身も自信満々に言っておいて実はまだ一度も試したことのない奥の手なのであった。上手くいく保証なんてないし、失敗すれば無事ではすまない。
 先輩であるがゆえ、理想の少女の前であるがゆえにはってしまった見栄みたいなものだ。
 しかし、言ってしまったが最後、もうあとには退けない。ここまで言い切ったらカナミを失望させたくないのがスイカの強い心情だ。
 とことん見栄っ張りかもしれないと自嘲しながら、カナミに問いかける。
「いっていいかしら?」
 ここで彼女が「ノー」と答えてくれたら、まだ退けたと一瞬思ったが、それはないとスイカにはわかっていた。何故なら彼女は理不尽な不幸に立ち向かうだけの強さを持った理想の少女なのだから。
「はい、とことん付き合います!」
 カナミはスイカの期待通りの、いやそれ以上の返事を返した。
(つ、つつつつ、付き合うぅぅぅぅぅぅッ!? この娘、今付き合うっていったわよね! 間違いなく言ったわ! それはつまり、この私と交際をぉッ! するということなのねぇッ!?)
 スピードメーターを振り切りかねない思考の速度に、バイクが不安定に揺れる。
「ウシシシシ、落ち着けや」
「で、でもでもでもでも、カカカカ、カナミさんが、私とつつつつ、付き合うと、いいいい、言ったのよ!?」
 興奮のあまり、何を言っているのか非常に聞き取りづらかった。
「ウシシシシ、しかしお前とは言ってねえぞ」
 それでも、ちゃんと理解しているのは専属マスコットなだけのことはあった。
「いえ私よ私、絶対私よ!」
「ウシシシシ、なら最高の返事を出さなければならねえな、わかってるだろ? この状況で彼女に対する最高の返事ってのが何なのか?」
「ええ! カナミさん、付き合ってもらうわよ!」
 その想いをエンジン、タイヤへと魔力で点火させる。
「フルスロットル・エンゲージ!」
 魔力という動力を得たホイールは限界を越えて廻り続ける。
 マシン全体が咆哮しているかのような軋みを上げ、そこから生じる摩擦熱は炎が燃え上がるかのような熱さをまくし上げた。
「ゴォォォォォォォォォォォォォッ!!」
 その時、メーターの針が示せる限界を越え、二人は地上最速となった。
 めまぐるしく風景は変わっていき、過ぎ去っていく車体だけがかろうじて見えるだけだった。速すぎて、速いという感覚さえ追いついていない。
「魔力を集中させろ、見えるはずだ」
 しかし、そんな中でマニィの声だけが耳に入った。それでカナミは我に返った。
 魔力を練り上げれば、身体能力は向上する。敵を見つけて、敵を撃てるだけの体勢を整える。
 勝負はおそらく一瞬しかない、とカナミは直感的に思った。スイカはこの状態を長くは維持できない。この状態は全力疾走みたいなものだという印象を受けたからだ。魔力を使うということは運動をすることと大して変わらない。全力で魔力を注げば、短距離走を全力で走ったみたいな疲労感とともに身体が動かなくなるように、魔力が使えなくなる。今がまさにそれだ。
 だからこそ、次のチャンスは逃すわけにはいかない。
 彼女の期待に応えるため、ボーナスを弾んでもらうため、ありったけの想いを魔力としてステッキに込める。
「神殺砲! ボーナス・キャノン!」
 ステッキが変形し、巨大化した砲門がサイドカーのようにバイクの隣に取り付けられる。
 照準は、白い車。それもあのテンガロンハットの男ごと吹き飛ばす意気込みで合わせる。最も確かなチャンスは彼らと並んだ時だ。
 その時は、思いの外速くやってきた。
「いってぇ、カナミさん!」
「はい、行きます! はっしゃぁぁぁぁぁぁッ!!」
 これ以上ないほどに絶妙なタイミングと位置からの砲撃だった。車は爆散し、ダークマターの怪物とカンセイを吹き飛ばした。
「バカナァァァァァァァァァァッ!!!」
 その男の捨て際の悲鳴が妙に甲高く響き渡ったが、今は勝利の余韻と最高のスピードに酔いしれた。軋みを上げ続けたバイクの断末魔が聞こえるまでは。


「部長! 今回もボーナスが出ないってどういうこと!?」
 納得のいかない査定にかなみは部長席を叩く。
「マニィ、計算を頼む」
 鯖戸がそう言うと、部長席のデスクの上でマニィは電卓を叩く。
「今回のボーナスは大破してしまったバイクの修理費に割り当てなければならなく、そのためボーナスの十万、二人合わせて二十万もあれば中古の型落ちならばツテの業者を頼めば間に合う、よって今回はゼロだ」
 いつもよりもテンポの速い口調で、元会計らしく事実を突きつける。その姿は守銭奴そのものだ。
「でも、あれは経費で落ちるんじゃ?」
「そんな都合のいい話はないよ。うちはいつも火の車だからね」
「だからって、ボーナスがゼロっていくらなんでも!」
 ここまで言っても、無駄なんじゃないかと思った。いつもこうやって抗議をして、まかり通った試しがない。
 しかし、今回はいつもと違う。何故なら、今回はコンビなのだ。一人じゃないのだ。一人じゃないことがここまで心強いと感じたことはない。しかも、相方はとても頼りになる先輩の翠華だ。
 今こそ頼り時! そう考えたかなみは翠華のデスクに頼りの視線を向ける。
「翠華さん!」
「はい、何かしら、かなみさん?」
 翠華はとても落ち着いた笑みを浮かべて、優雅にやってくる。
「翠華さん、部長がボーナスを払えないと言ってるんですよ!」
「君のバイクの修理費にあてなければならなくてな。翠華君とかなみ君の二人分のボーナスが必要だったんだよ」
 鯖戸が説明すると、何を言っているのか理解するため、翠華は首を傾げる。
「私とかなみさんの……?」
「そうなんですよ翠華さん! ひどいと思いませんか!?」
「かなみさん……」
 かなみが必死に訴えているのを受け流すかのように翠華は爽やかに名前を呼んだ。
「こう考えればいいのよ。私達はバイクを治すために協力してボーナスを使った、と」
「きょ、協力ですか?」
 思わぬ意見にかなみは反論できなかった。
「そう、二人の共同出資よ。そう考えれば納得の行く使い道じゃなくて?」
「は、はい……」
 かなみは思わず頷いてしまった。腑に落ちないことはあったが、それだけ有無を言わさぬ迫力というか説得力が感じられたからだ。
「じゃあ、問題ないわね」
 この上なく上機嫌に翠華は自分のデスクに戻る。
「……翠華君はあの通り、納得してくれている」
「翠華さんが納得しても、私は納得しない!」
「まいったな……では、これを渡しておくか」
 そういって、かなみは鯖戸から封筒を受け取る。開けてみると、なんと一万円札が二枚も入っていた。
「こ、これは!?」
「神殺砲ステッキの売上だよ。本当なら給料日にまとめて支払う予定だったんだけど」
「ステッキの? ああ、そっか。百個売れたんだっただっけ」
「実はね、あれからさらに50個もの売上を獲得したんだよ」
「ご、50!?」
 自分のイメージして作り上げたステッキが売れるというのは、なんだか嬉しいような困るような微妙な気分だ。
「なんでまた急にそんなに売れたの?」
 そう、この前は百個も売れていたのは、長い期間の間にはあって気まぐれで買うような人が百人もいたのかもしれないと考えれば納得がいったが、今回の50個はそんなに時間が経っていない。
 急に売れたからにはワケがある。そう考えるのが自然なことであった。
「それはな、これだよ」
 鯖戸がパソコンのディスプレイを向けて、開いたのはパソコンを持っていないかなみでも知っているくらい有名な動画投稿サイト「ネコネコ動画」であった。
 そこで再生した動画を見て、かなみは驚愕した。
 タイトルは「首都高速ブッチギリの魔法少女!」。
『愛と正義と借金の天使、魔法少女カナミ参上!』
『青百合の戦士、魔法少女スイカ推参! さあ、行くわよカナミさん!』
『はい、いつでもいいです!』
『ゴーゴー! レッツゴー!』
 カメラに映る二人の魔法少女がバイクにまたがり、発進する。
 つまり、この前の仕事を動画として編集されて動画サイトにアップロードされていたというわけだ。
「ナアァァァァァッ!?」
「今の時代、なかなか便利だねえ。公共の電波をジャックしなくても、こういった動画を簡単に見せることができる。再生数もすごいよ、もう十万を超えそうだよ」
「こ、こんなところで晒されていたの……」
「というわけで、動画を見た人がグッズを購入している、納得してくれたかな?」
 ステッキが売れていることにそんな秘密があったなんて、驚きを隠せなかった。しかし、かなみにはある別の想いがこみ上げてきた。
「……出しなさいよ……」
「ん?」
「動画に出ているんだから、出演料ギャラを出すべきよ。出しなさいよ、ほら!」
「ハハハ、そっちの方を怒るか!」
 鯖戸は、彼女の反応に思わず笑ってしまったが、結局出演料なんてものは支払うつもりは毛頭なかった。
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