まほカン

jukaito

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第21話 流転! 少女が戦うべきは自分の心! (Bパート)

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 話は遡る。
「え~す♪ え~す♪ らんくえ~す♪」
 萌実は、ナイフを右に左に投げながら即興の歌を口ずさむ。
「……うるさい」
 かなみはうんざりした声で言う。

スン!

 かなみの目の前にナイフがよぎる。
「うるさくしてるんだからうるさいのは当たり前でしょ」
 萌実は悪びれもせず、邪悪に満ちた笑いをかなみに向ける。
「わかってるんなら黙ってなさいよ」
「なんで、そんなことしなきゃいけないのよ」
 萌実はカタカタと気だるげに歩いて、かなみに顔を近づけて言い放つ。
「私はあんたのことが大っ嫌いなのよね。どうして、あんたの望みを叶えてやらないといけないのよ」
「そんなの簡単なことよ」
 かなみは机を叩いて反論する。
「――私もあんたが大っ嫌いだからよ」
 二人は睨み合う。
「フッ、気が合うじゃないの」
「吐き気がするわ」
「殺したくなるわ」
 萌実はそう言ってスカートの下から拳銃を取り出してかなみに向ける。
「ここで殺されたら?」
「殺してみなさいよ……」
 かなみはやけくそ気味に言い返す。
「ふーん」
 萌実はニンマリと笑い、拳銃を一回転させてもう一度かなみへ銃口を向ける。
「殺されたいの?」
「どうせ、私は死ぬんでしょ?」
 萌実が問いかけるとかなみは吐き捨てるように言う。
「Sランクと戦ったら、私に勝ち目はないから今死んでも後から死んでもおんなじじゃない!」
 かなみはここまで溜まっていた感情を吐き出す。
「フフ、フッハ、アハハハッハハハハッハッハッハア!!」
 それを聞いて萌実は腹を抱えて笑う。
「そういうあんた、いい! いい! あんた凄くいいわよ! 好き好き大好き!」
 銃口を天井へ向ける。

バァン!

 そして銃声を轟かせ、萌実は笑いを止めて言い放つ。
「――誰が殺してやるか」
「あんた、私を殺したいんじゃなかったの?」
「殺したいわ。でも、今のあんたを殺したくない。大好きなあんたを殺すんじゃなくて、大嫌いなあんたを殺したいの」
 萌実は銃を投げ捨てる。
「そのくそったれな面つらが続く限り、私はあんたを殺したくないわ。あたしが殺したい、いい顔になったら殺してあげるわ」
「言ってる意味がわからないわ!」
「わからなくてもいいわ。やってやろうって言う気になればね? そうならなかったら愛してあげてもいいわよ」
「……冗談、言わないで」
 かなみの目に闘志の火がわずかに灯る。
「やればできるじゃない。今ちょっと嫌いになったわよ」
 それを見て、萌実は満足気に笑ってベッドに入る。
 いつもソファーだったり、タンスの上だったり、ベッドの下だったり、とバラバラで、まともに寝ているところを見たことがなかった。
「今日は嫌な夢が見れそうだから」
 相変わらず、理解できない一言を言い残して眠りにつく。
 寝息を立てているところから本当に寝ているのだろう。
――こっちの気も知らないで。
 叫んで起こしたくなる衝動を押し殺す。
「……く!」
 落ち着け。
 いつもの挑発ではないか。
 というか、本人は挑発のつもりではなくあれでマイペースなのだろう。
 相手にしても疲れるだけ。
 もうすぐ強敵との戦いが待っているのだから、余計な疲労は少しでも避けなければならない。
 だったら、すぐに眠った方がいい。
 だというのに、どうしてだろう。
 どうして、ここまで苛立たしくさせられる。
 さっきだってそうだ。
――殺してみなさいよ……
 あんな言葉、自分の口から出るなんて今にして思えば信じられない。
 引き出されているみたいだ。
 暴力的で高圧的な負の感情。ここに来てから、諦めとともに沈んでいった怒り、憤り。
 思い返せば、それが自分の力でなかったのか。
 理不尽な借金を押し付けられたことに対する怒り。反骨心で魔力を高めてきた。
 それが今はどうだろうか。
 自分は一体どうやって魔法を使っているのか。
「あ~!」
 かなみは唸り声を上げる。
 考えてもわからない。わからないなら、考えるだけ疲れる。
 だったら休もう。本当にこれでいいのか、と問いかけながら。



 そして、支部長会議が開かれた時間に至る。
 闘技場に割り当てられた試合の控え室は狭く、豆電球程度の照明が一つあるだけの薄暗い部屋であった。
――ああ、そうか。
 妙にこの空間が落ち着くな、と思っていた。
 ここに初めて来てからそうだった。その理由は今日わかった。
「なんだか、うちに似ているのよね」
 電気代節約のために深夜に帰っても電灯はつけない。
 薄暗いどころか暗闇の中で目が慣れきっている。
 おかげで夜目が効くという妙な特技が身についてしまった。
 あの部屋になんとなく似ているんだ。暗さといい広さといい、ジメッとした感じがまた空気がまた似ている。
 なんで今まで気づかなかったんだろう。
 そんな当たり前のこと、今際の際に気づくのか。
――今際の際に気づくなんて言葉は君らしくないな
 聞き慣れた懐かしい声がする。
「――!」
 かなみは辺りを見回してみる。
 しかし、そこに声の主はいなかった。
 何故ならこの部屋にいるのはかなみ、ただ一人だけだから。
 気のせい。こんなこと、ここに来てから初めてだ。
 何かおかしい。その何かがわからないが、今日はいつもと違う。
 Sランク。今まで戦ってきた幹部達よりも格上。そんな怪物と戦うと聞いて、気がふれているのかもしれない。
――そろそろ、時間ね。
 事前に言い渡された試合開始の時間がもうすぐくる。
 作戦なんて無い。
 対策も段取りも無い。
 そもそも戦って勝つつもりもない。
 だったら、何のために戦うのだろうか。
 今までは借金返済の為に戦ってきた。でも、それだけじゃなかったような気がする。
――正義の為なんかで戦っても一文の得にもならない。でも、それで戦わなかったら損をするのはそれ以上だから嫌だ。
 損をしたくないから戦う。
 この戦い、自分にとって得はない。
 勝てば賞金百万が入るとはいえ、心が動かされなかった。
 今や借金返済はかなみの原動力になっていない。
 何故なら今かなみを縛っているのは借金などではなく、別の力。
 カリウスと交わされた契約。――ネガサイドに属さなければならないという強制の力が働く契約。
 借金よりも重く強くかなみにのしかかる力。
 勝っても負けても、どう転んでもこの力は消えはしない。
 契約で交わされた決まり事は必ず守らなければならない力が働く。
 いつかあるみはそう語っていた。
 かなみはそれに抗うことができない。
 従うしか無い。ネガサイドが取り決めたこの試合からは逃げられない。
 そういう力が働くのだ。
 あの部屋の建物から勝手に外に出ようすると、壁を感じる。コンクリートの壁ではなく、もっと抽象的で何とも言えない重たくて分厚い空気の壁といってもいいものがある。
 それがかなみの全身の力が抜け、身体の自由を奪っていくかのような感覚に囚われる。
 その反面、ネガサイドの出向命令で出る時は嘘みたいに身体が軽い。
 契約のことがよくわからないが、契約の強制力が働いているに違いないと直感できる。
 今や自分はネガサイドの駒でしか無い。
 彼らのご機嫌取りに、戦うしか無い。
 そこまで考えると腹立たしくて苛立たしい。
 でも、どうにもならない。
 カナミは歩き出す。やるせない気持ちを握りしめて、押し殺す。
 見慣れた闘技場。顔なじみになりつつある一部の観客。
 そして、端からいるのが見慣れない怪物。
 明らかにいつもの怪物とは違う魔力を秘めている。
 硬い甲殻に覆われた鎧のような怪物。
 内からとてつもない魔力がそのまま威圧感となってカナミにプレッシャーを与える。
――殺される!
 そう思わせるような殺気と凄味がある。
 どうやって戦おうか。
 向かい合う怪物を睨みつつ、カナミは変身する。

カン!

 試合開始のゴングが鳴る。
 先手必勝。怪物が何かを仕掛ける前に倒す。
「ボーナスキャノン!」
 いきなりの神殺砲。
 しかし、いつもの威力で放つと闘技場を倒壊させかねないため威力を振り絞った集束砲だ。
「――!」
 鎧の怪物は声も上げずにその砲弾を受け止める。

ゴオッ!

 怪物は雄叫びを上げ、砲弾をかき消す。
「く!」
 カナミは砲台からステッキへ戻し、体制を立て直す。
 少しは効果があると思ったが、ダメージ無しであった。
「ジャンバリック・ファミリア!」
 ステッキから鈴の音を鳴らす輪が外れ、鎧の怪物を飛び交う。

ドドドドン!

 何十、何百の魔法弾が鈴の輪から撃ち出される。
――ピキン!
 魔法弾の爆発によって巻き起こる粉塵の中、確かに光った。
 兜から覗く鋭い眼光が、レーザーのようにカナミへと射抜く。
「――!」
 カナミは気圧され、思わず、一歩後退する。
 何かやばい気配がする。これだけ魔法弾を撃ちこんでも、ダメージを与えるどころか、よろめいたり仰け反ったりすらしていない。
 これだけやってもまったく手応えが無い。
 こんなことは初めてだ。
 何よりもここまで敵が何か仕掛けてくる素振りすら見せていない。
 不気味で仕方がない。
 次は何でいく。次は何が来る。
 どう戦えばいいのか。
 今使える中で、こいつに通じそうな魔法は何か。
「セブンスコール!」
 天井へと舞い上がった魔法弾が鎧の怪物へと降り注ぐ。
 歓声が湧き上がる。
 魔法少女と怪物の戦いに観客達は熱狂しているのだ。
 その中で一人冷めた目で見ている少女がいた。
 裏社会で名を馳せている悪党の面々が列席している中での少女の観戦は異例であった。
 しかし、萌実はそんなこと意に介さず、ただ戦いに注目していた。
「そんなもので通用するなんておめでたい思考しているうちは、大好きよカナミ。あなたが勝手に野垂れ死んでもいいぐらいにはね」
 必死の戦いを続けるカナミを嘲り笑う。

ガシャン!

 ここで鎧の怪物は初めて動き出す。
 見た目通りの重量からくる重厚な一歩で攻勢に出ていたカナミの手が止まる。
――何か仕掛けてくる。
 その直感は当たっていたことをすぐに思い知ることになる。

ゴン!

 目の前に腕が出現する。
「あぐッ!」
 現れたのを腕と認識した瞬間、殴られた。
 痛みと衝撃で視界がぐらつく。
 なんとか立て直したものの、敵はすぐに次の攻撃へと入っていた。
 今度は胸を蹴飛ばされた。
 避けることは出来ず、防御するいとまもなく、直撃した。
「がはッ!」
 しかし、この一撃を受けたことでどんな攻撃を受けたかわかった。
 距離は十分にあった。
 拳や蹴りが届くような至近距離では決してなかった。となると考えられるのは、拳や蹴りを目の前に飛ばしてきた。

スイッ!

 今度はかわした。
 どこから攻撃がやってくるかわからないが、タイミングは図れる。
 怪物が殴る、蹴るといった動作に入れば攻撃は至近距離から飛んでくる。それがわかっていれば対処は出来る。

――ニィ!

 カナミは身震いした。
 今、怪物は笑ったような気がした。

ゴン!

 怪物は力強く一歩踏み出す。
 そして、その次に繰り出される無数の突き。
 それらの拳だけがカナミへと飛んでくる。
 一発、二発はかわせても、十や百はそうはいかない。
「ぐッ!」
 一発受けたら、もうかわしきれなくなる。
 頭に、胸に、腹に、拳打を次々と受け続ける。
 見た目は鎧。
材質は金属かどうかはわからないが、
とにかく固いことだけはわかる。
 固く痛い。というか、痛いと感じる感覚さえ麻痺してしまいそうなほど意識が遠のいてきた。
「まだぁッ!」
 まだ倒れられない。
 いつ気を失ってもおかしくない。むしろ、ここで倒れた方が楽になれる気がする。
 だけど、倒れるわけにはいかない。
 負けられない。そういった意地じゃない。
 ただ、この仕組まれた戦い。観客の罵声がそのままネガサイドの自分への嘲笑に聞こえて仕方がない。

――ニィ!

 また怪物は笑った。
 いつまでも笑われたままでいられない。ただそれだけ。
「ああぁぁぁぁぁぁッ!!」
 カナミは雄叫びを上げ、歯を食いしばる。
「ボーナスキャノン!!」
 大火力の砲弾を叩きこむ。

ドォォォン!!

 巻き上がる爆煙。
 しかし、その中で鎧の怪物の眼光は一切衰えない。
 ダメージを全く負っていないことをその目は物語っている。
――こうなったら全力で撃ち込むしか無い。
 今まで全力で撃ちこんで倒せなかった敵はいない。
 だけど、魔力を充填するのに時間がかかりすぎてしまう。それまでさっきまでの拳打の嵐を耐え切ることもかわしきることもできない。
 それにもしも、それさえも通じなかったら――
「くッ!」
 思わず歯噛みする。
 弱気になっていたら勝てるわけないじゃないか。
「やるしかないから、やるしかないじゃないの!」
 カナミは魔力を迸らせる。
「ボーナスキャノン!!」
 カナミは砲弾を叩きこむ。
 馬鹿の一つ覚えかもしれないが、出来ることはこれぐらいしかない。

ドォォォォン!!

 相変わらず巻き上がる爆煙。
 思えば、さっきからこの鎧の怪物は一歩も動いていないような気がする。
 いや、蹴りの際に一歩踏み出しているから正確には何歩か動いている。
 しかし、所詮はその程度の動きしか見せていないということだ。
 攻撃でふっ飛ばしたり、仰け反らせたり、あるいはかわすために動いたわけではない。
 こうなるともう頑丈を通り越して、鉄壁と形容するべきか。
 ここまで硬いと全力の神殺砲でもダメかもしれない。
 いや、そんな弱気でいたら本当にダメになってしまう。
 今はそんなことを考えずにただ全力で撃ちこめばいい。そうカナミは自分に言い聞かせたところで、目の前の危険にようやく気がつく。

ゴツン!

 鈍い音が鳴り、口中に鉄の味が広がる。
「ガハッ!」
 金属バットで思いっきりぶたれたような感覚。
 意識がぶれたのはもう何度目かわからない。

ゴツン!

 今度は顎から入って打ち上げられる。
 スポットライトの光が視界へ広がり、自分が宙を舞っていることを自覚する。
――ああ、私やられたんだ。
 次の瞬間にはもう意識は無くなり敗北する、はずだった。
 が、現実は甘くなかった。

グキィ

 高い音が鳴った。
「ああぁぁぁぁぁッ!!」
 薄れた意識が一気に現実へと引き戻される。
 その後、何が起きたのか理解する。
「く、くぅ……」
 左腕を折られた。
 痛みのあまり、涙をこらえて敵を見据える。
 どうしてこんな目にあわせるのか。このまま、まけてもいいかと思った。
 だけど、戦えと奴は言っている。
 戦って存分に苦しめ、と。
「う、ぐくぅ……!」
 歯を食いしばる。
 まだ戦えというのなら、まだ戦って苦しめというのなら。
 戦ってやる! 苦しんでたまるものか!
 その意地だけで、消えかけた戦意を引き戻す。
「はあッ!」
 魔法弾を撃ち出す。
 神殺砲と比べれば話にならない豆鉄砲でしかない。
 しかし、まだ戦える。反撃の闘志を奴に見せるには十分であったようだ。

――ニィ!

 それを鎧の怪物は嘲笑しているように視えた。
 鋭い眼光の殺気がやわいだように感じた。おそらく今の自分は警戒するほどの危険を持っていないと判断したのだろう。
 しかし、今はそれがありがたい。
 今度、さっきの拳打のラッシュが繰り出されたらもう立ち上がれない。
 いや、それでもこの怪物は私を苦しめるために立ち上がらせるかもしれない。
 とにかく、今は反撃だ。
 折られた左腕はもう動かない。軽い傷程度なら魔法で瞬時に治せるけど骨折ともなると時間がかかる。そもそも骨折レベルの重傷を負ったこと自体が初めてだからどのくらいかかるのかはっきりわかっていない。
 今まで骨折するような勢いのダメージは何度も、それこそ数限りなく負ったけど全て魔力によって編まれたこの衣装が防いでくれたおかげで軽傷ですんでいたのだ。
 骨折は初めての経験。
 片腕で戦うしかない初めての状況。
 救いなのは折れていないのが利き腕の方。ステッキを思う存分振るうことができる右腕がまだ生きていること。
 骨折の痛みを魔力で消す。おかげで痛みは感じないが左腕の感覚がなく動かすことができない。病院とかで麻酔を受けたことはないが、きっとこんなものなんだろうとカナミは思う。
 さて、反撃だ。
 生半可な攻撃は通じないのは、さっきの神殺砲を撃ってわかっている。
 おまけに敵の攻撃はどこから飛んでくるかわからない拳打。拳を突き出してきたと思ったら、次の瞬間にもう目の前にやってくるのだから対応が難しい。
 距離を取りたいというのに、敵は距離をとる必要がまったくない。
 はっきり言って相性は悪い。
 おまけに鎧の怪物は何かまだ手を隠し持っているような気がしてならない。
 ここで迂闊に攻撃すればその手が飛び出してくるかもしれない。
「く……!」
 ダメだ。一人じゃ勝てない。
 そんな弱気がカナミの心のうちに占めていく。
 こんなこと今まで無かった。
 一人で戦ったことは仕事で何度もあった。しかし、その傍らにはいつもマニィがいた。
 帰るべき場所があって、そこに頼もしい先輩がいた。
 だからこそ戦えて勝つことが出来たんだ。
 それがわかった。
 わかったからにはもう戦えない。
「ぐ……!」
 それでも戦うしか無い。
 戦って勝つしか、もう自分には残された道はないんだ。
「ボーナスキャノン!」
 なけなしの魔力をステッキへ充填し、撃ち込む。

ドォォォン!!

 さっきよりも大きな爆煙が巻き起こる。
「うわあぁぁぁぁぁぁッ!!」
 魔法弾をそのまま撃ち込む。
 手を休めたら、やられる。
 そんな恐怖で頭が支配された。
 だから、撃ち続ける。
 凄まじく降り注ぐ魔法弾の雨。
 いくらなんでもこれなら倒せるはず。
 いや、倒せないまでもダメージを与えることは出来たはずだ。
 さすがに息切れしだしたので、息継ぎのため、一瞬手を止める。

――ゴオ!

 何かが爆煙の中で呻いた気がする。
 とはいっても、爆煙の中にあるものといったら一つしか無い。
 カナミは身震いする。
 衰えていた殺気が元に戻った。
 消える爆煙から現れるのは鎧の怪物。
 しかし、その甲冑には凹みがあり、わずかだがダメージを負ったと見受けられる。
 必死の攻撃が無駄ではなかったとカナミの瞳に闘志が蘇る。
「ジャンバリック・ファミリア!」
 カナミはステッキの鈴の輪を撃ち出す。
 その時、輪から撃ち出された魔法弾が当たろうとした刹那、鎧の怪物は全身の鎧をバラバラにして飛ばす。
 飛ばした鎧の破片が防壁となって魔法弾を阻んでいく。
「――!」
 そして、鎧の破片を飛ばした怪物は再び鎧を身に纏っていた。
 しかし、今度は色が違う。
 今までは青黒いものだったのが、一転して輝く白銀になっていた。
 それは身を守るためというより、相手を斬り裂く鋭さを持った刃といった印象だった。

フィッ!

 風切り音が鳴る。
「え?」
 次の瞬間、衣装が紅く滲む。
 斬られたんだ。
 一体何で斬られたのか。

フィッ!

 次に風切り音が鳴る。
 また斬られたと思ったが、輪の魔法弾がそれを撃ち落としてくれた。
 刃が転がっていく。どうやらこれで斬られたらしい。
 なるほど、腕や拳の次は刃物ということか。
 しかし、これは刺されたら一巻の終わりであった。
 殴られたり、蹴られたりと散々な目にあってきたが、こればっかりはまずいとカナミは冷や汗を流す。
「そう簡単に斬られないわよ!」
 カナミは輪を自分の周囲に飛ばす。
 いくら敵が刃を飛ばしてきてもこれで撃ち落としてしまえばいい。
「ゴオ!」
 鎧の怪物は呻いた!
 すると白銀の鎧が変形し、無数の刃を形成した。
 それは鳥が羽ばたく時、翼を広げる動作に似ていた。
 綺麗と思いつつ、この後何が起きるか想像がつくだけに寒気が走る。

バシュゥゥゥゥゥッ!!

 その想像は当たっていた。
 散弾銃のように刃は一斉に発射され、空間を超えてカナミの眼前へと飛び込んでくる。

バン!

 それを周囲を飛び回っていた輪が魔法弾を発射して落とす。
 しかし、今回は一発や二発じゃない。十や二十を超え、ヘタしたら百かもしれない。
 カナミはこれを予測して周囲に輪を飛ばしていたのだ。
 全部叩き落としてやる!
 その気合に呼応して、輪は魔法弾を乱射する。
 飛び込んでくる刃。迎え撃つ魔法弾。
 銀と金の閃光が次々と交わり、火花を散らしていく。
 それが百を超えたところで銀の閃光が消える。
 刃がもうやってこなくなったのだ。
「どうしたの、もう撃ち止め!?」
 カナミが叫ぶと鎧の怪物は眼光が紅く光る。
 まるでそこから血が吹き出したかのような妖しさを感じさせる。
「神殺砲!」
 それに危機感を覚えたカナミは、即座にステッキを砲台へ変化させる。

――今しかない。

 奴の攻撃を全て防いだ。
 スキがあるとしたら今というタイミングしか無い。
 これで仕留めることが出来なかったら……
 嫌な考えが思い浮かんで、それを掻き消すために砲弾に魔力を注ぎ込む。

――ククク……!

 息が止まる。
 全身が凍りつくような冷たい笑い声。
 一体どんな気持ちになったらこんな不気味な声を出せるのか。

――ククク……!

 笑い声の主は当然、鎧の怪物だ。
「何がそんなにおかしいの!?」
 カナミは必死に問いかける。
 こんな笑い声聞きたくない。
 何か自分の何かを否定されているような気持ちにさせられる。
 それも絶対に否定されたくないようなことを。

――ワ・ル・ア・ガ・キ

 怪物は短く簡単に何が笑えるのか答えてくれた。
 そう、この怪物にとってカナミの戦いは悪あがきでしかなかった、と嘲り笑ったのだ。

グシャァァッ!!

 次の瞬間、剣は左腕に突き刺さった。
「――ッ!?」
 痛みは無い。魔法で骨折の痛みを消していたおかげで麻酔が聞いているような状態だった為、痛みはない。
 しかし、剣が刺さり、血が飛び出してきた衝撃はあまりにも大きい。
「あ、あぁ……!」
 カナミが一瞬、放心状態になってしまう。
 その間に攻撃しようものなら、いくらでも出来たはずだ。
 なのに、しなかった。
 カナミは我に返った。
 そして、確信する。
 敵はわざと痛みの感覚が無い左腕を攻撃して、動揺している自分を見て楽しんでいる。
「ん、くぅ……!」
 涙で視界が滲む。
 どうして、こんなものが出るのだろう。
 痛いわけでも、悔しいわけでもない。
 それなのに、どうしてこれが出るのか。
 カナミにはわからない。

――ククク!

 しかし、それは怪物は喜ばせたようだ。
「ゴオ!」
 そして、叫ぶ。

バシュ! バシュ! バシュ!

 斬られる。
 対応できない。
 さっきまでは、来た、と思ったら、即座に撃ち落とすことが出来た。だけど、今回は、それが出来ない。来たと斬られたが同時にやってくるのだ。
 血が舞う。
 黄色の衣装が真っ赤に染まってしまう。
「う、くぅぅ……!」
 斬られる、と痛みは後からやってくる。
 激痛に苛まれる。

――ククク!

 だけど、本当に苦しいのはこの笑い声が耳に入ってくることだ。
「こんのぉぉぉッ!!」
 最後の意地だ。
 魔力はまだまだあるが、意識をつなぎとめておくのにも、もう限界だ。
 相打ちでも、なんでもいい。
 とにかく、このまま負けるのはだけは嫌だ。
「うわあぁぁぁぁぁぁッ!」
 魔力を振り絞る。
「ボーナスキャノン!」
 最後の一撃。
 残った魔力を精一杯振り絞った神殺砲の一撃。
 これでダメなら、本当にダメだ。
「ゴオ!」
 怪物は叫ぶ。
 その咆哮によって神殺砲はかき消される。
「――ぁ!」
 カナミは糸が切れた人形のように、力なく床へ倒れ込もうとする。

ゴツン!

 アッパーカットで打ち上げられて、空を見上げる。
「ガハァッ!」
 激痛によって意識が現実へと引き戻される。
(こいつ……私を苦しめて、楽しむつもりなの……!?)
 それに気がついたところで、照明が妙に眩しく目に映る。
 周りから嘲笑が聞こえる。
 怪物の笑い声にも似た観客達の笑い声……
 ああ、そうか。ここはそういうところだった……
 カナミは悟る。
 ここにいる連中は、人間と怪物が戦うショーを楽しむのはもちろん、人間が怪物に無残にやられるところを見てこの上ない愉悦を感じる。
 そんな人間とは思えない鬼畜の趣味を持った連中だったんだ。
 頭ではわかっていたが、実際自分はその無残にやられる人間の役にされたんだとわかった時、ようやく悟れた。
(私にはお似合いかな……)
 カナミは自分に向かって嘲笑する。
 仲間と離れて、たった一人で、どうにもならない借金を抱えたまま、悪の秘密結社の言われるがまま、怪物と戦わされる見世物をやらされて、こんな無様を晒す。

――私が諦めたから。

 しょうがない、どうにもならないからしょうがないって思ってしまったから。
 あの時、翠華と紫織を助けるにはそうするしか無かった、と諦めてしまってから。こういった状況になってしまったのは全部そういう流れでそうなかったから。
 だったら、こうなってしまったのは……!

バシュ!

 両足を斬られた。
 これでもう立つことは出来ない。
 だけど、このまま倒れさせてくれるとは思えない。
 怪物の気のすむまま、観客の笑いが耐えない限り、やられ続ける。

――悔しい。

 もうどうにもならなくて、どうすることもできない状況や境遇、立場だというのに。せめて、この怪物に一矢報いてやらないとやりきれない。

ギュ!

 わずかに残った意識で、かろうじて動かせる右手を握る。
 怪物はそれを見逃さない。
 カナミの、最後に残った文字通りの一握りだけの闘志。それさえも摘み取って、完全に心を折る。
 それが怪物の狙い。
 剣を飛ばす。たった一本だが、今のカナミにそれを防ぐチカラは残っていない。
 これで本当の終わり。

カキン!

――のはずだった。
「!」
 剣が弾かれた。
 弾いたのはカナミではない。
 突然、カナミの前に現れた乱入者だ。
 青い髪に衣装。白銀のレイピアを携えた魔法少女であった。
「青百合の戦士、魔法少女スイカ推参!」
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