まほカン

jukaito

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第21話 流転! 少女が戦うべきは自分の心! (Cパート)

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「す、スイ、カ、さん……?」
 カナミは信じられない面持ちで、彼女の名前を呼んだ。
 信じられない。だってそうじゃないか。
 彼女がここに来るはずがない。だって、こんな今の自分を助けて、救おうとするなんて、そんな漫画やアニメに出てくるような魔法少女みたいなことが出来るわけがない。そんなに現実の魔法少女は都合の良いものじゃない。
 だから……だから……
 これは夢か幻だ。
 でも、もしも、これが現実だったら……いや、やっぱり夢だ。
 確かめなくちゃ。
 でも、確かめて何も返ってこなかったら……幻だったらどうしよう……
 カナミはそう思ってスイカに声をかけられなかった。
「カナミさん、遅れてごめんなさい」
 しかし、スイカはそんなカナミの気持ちも知らないで、当たり前のように声をかけてくれる。
「え……?」
「ボケッとしてるんじゃないわよ!」
 背後から激が飛ぶ。
 この元気のいい声……聞き間違えるはずがない。
「ミア、ちゃん……」
 ムスッとした顔。だけど、それが愛くるしい。
――ムムム!
 歯噛みするような金切り音が聞こえる。
 怪物は口惜しがっているようだ。
 しかし、刃は飛んでこなかった。
 ミアの手前で弾かれたのだ。
「そんなもの、通すわけ無いでしょ」
 ミアは事も無げにそう言った。
 目を凝らすと、ミアの手前に銀色の輝く糸が貼られている。
「カナミさんを痛めつけたお礼はしなくちゃね!」
 スイカは一瞬で怪物との距離を詰め、胸に一突き入れる。
「ミリオンミーティア!」
 百を優に超える突きが繰り出され、鎧が砕かれ、怪物は吹っ飛ぶ。
「そこにジャストミートです!」
 吹っ飛んだ先にいたのはシオリであった。
「バックスクリーン直撃弾!」
 一撃必殺のフルスイングを振りぬき、怪物の兜を打ち砕く。
「し、シオリちゃんまで……」
 カナミは困惑する。シオリがあんなにも力強い一撃を放ったのはもちろんだが、カナミの知っているミアはこんな芸当は出来なかったはず。スイカにしたってあそこまでのスピードと凄まじい連続突きは無かった。
「私達、猛特訓したんですよ!」
 あっけにとられたカナミの疑問を見通したのか、シオリが胸を張って言う。
「社長や千歳さんに鍛えてもらったのよ」
「もうスパルタよ。何度死ぬかと思ったか」
 ミアは文句を垂れる。
「どうして、そんな……?」
 カナミはこみあげてきたものを必死にこらえて聞いた。
 わかっている。でも、そんなことをしてもらう資格なんてない。
 だから、言ってほしくない。言ったら耐えられないから。
「あなたを助けたかったから」
 スイカはあっさりと答えてくれる。

――ポロリ

 泣いた。
 やっぱり我慢できなかった。
 嬉しい。こんなにも涙が目から出るなんて知らなかった。
 涙が止まらない。
「うぅ、ひっく……」
「ああ、泣いちゃって情けないわね」
 そう言ったミアだって嬉しげな顔をしていた。
「だって、だって……」
「カナミさんは私達を助けるためにネガサイドの一員になってしまったんです。だから、私達が助けないといけなかったんです」
「でも、私……あいつらと契約しちゃって……」
 そう、まだ契約があった。
 魔力によって書き込んだ印は絶対の約束事として、カナミを縛っていた。
 ここから出ることはできない。そういった意志さえ封じ、無気力へと誘う悪魔の契約。
 スイカやミア、シオリがどんなに頑張っても、自分を助け出すことはできない。
 希望の光がかすかに差し込んだと思ったら、また絶望の闇に閉ざされる。
「その心配はないわ」
 しかし、そこにまた一条の光が差し込んだ。
 光り輝くスポットライトから銀色の髪をなびかせて魔法少女アルミは舞い降りる。
「しゃ、ちょう……?」
 アルミは神々しいまでの笑顔をもって、カナミに一枚の書類を見せる。
「これは、なんですか……?」
「我が社の雇用契約書よ。これにサインすればあなたはまた私の会社の一員になれる」
「そ、そんな都合よく……」
「いくのよ。法具をもってすればね」
「法具?」
 アルミは片方の手で法具を見せる。
 それは金印。
「……え?」
 呆気にとられたカナミは思い出す。
『この金印で契約書の判を押すと必ず従わせることができるのよ』
 それはかつて、あるみと一緒に出張して探しまわった法具。
 たしか、この金印を押した書類はどんな内容であろうと相手に従わせる効力を持つようになるという恐ろしい代物だった。
 あの時は頑張って色々探しまわったのだけど、突然の親との再会や怪物の出現でうやむやになって結局見つけられなかった。
 それをアルミは見つけ出してきて今使おうとしているのだ。
「あなたがこれを押せば金印は効力を発揮して、かせられたネガサイドの契約は上書きされて、強制力を失うわ」
「そ、そんなことありえるんですか?」
「ありえる!」
 アルミは力強く答えてくれる。
 それだけ彼女の言葉を全て信じてしまいそうになるほどに。
 しかし、ダメだ。
「私に、そんな資格ないです……」
「資格なんてそんなもの必要ないわ。見なさい」
 アルミに言われて、スイカ達の顔を見る。
「帰ってきて、カナミさん」
「帰ってきたいんだったら早く帰ってきなさいよ」
「ああ言ってますが、ミアさんは凄く帰って欲しいんですよ。も、もちろん、私も!」
 みんな、カナミを心から心配していて帰ってきてほしいと願っている。
 また涙が流れる。
 とめどなく溢れてはこぼれ落ちていく。
「私、いいの……?」
「いいわ。あえて言うならあなたに拒否する資格はないわ」
「――!」
 カナミは気づいて書類にサインをする。
 すると金印が光り輝く。
「これで有効よ」

――あ~あ、契約が切れちゃったか

 コロシアムに桃色の光が差し込み、黒色の衣装をまとったモモミが現れる。
「モモミ!」
 モモミの笑顔が妖しく光る。
「まさか、そんな反則モン持ちだしてくるなんて思わなかったわ」
 モモミはアルミを見据える。
「まあ、でもカリウスはそれさえも折り込み済みだったみたいだけどね」
「そう、あなたが百地……!」
 アルミは真剣な面持ちで彼女を睨む。
 見ていて味方であるこっちまで怖くなるほどだ。
「直接会うのは初めてね。色々聞いているわよ」
「ええ、私もね」
「あなたがババだってこともね」
 二人はまるで友達と会ったかのように話す。
「ま、実際ババアだけどね」
 カナミ達の空気が凍りつく。
 この女、言ってはならないことを平然と言った。
 死んだ、死んだわね、殺される、殺されます。
 声には出さなかったが、カナミ達はその瞬間、気持ちが通じ合ったのを感じた。
「ふうん、面白い子じゃない」
 アルミは笑う。
「身の程知らずってやつね、そんなに痛い目にあいたいのかしら?」
「あははは! 痛いのは大好きだよ」
 モモミは銃を構える。
 二丁の拳銃、さらに背中にもった長くて大きな銃が六丁。
「特にハチの巣にするのはね!」
 モモミは銃弾をアルミに向かって撃ち込む。
 しかし、アルミはその数発の銃弾を弾き、一足飛びでモモミとの距離を詰める。
 突き出されたドライバーを銃身で受け止める。
――ニィ!
 それから二人の戦いが始まる。
 絶え間なく繰り出される銃弾。それを防ぐドライバー。
 至近距離で銃弾とドライバーの軌跡が重なりあって、花火のように閃光が飛び散る。
「ああ、もうこりゃ速く脱出したほうがいいみたいね」
 二人の激しい戦いを目の当たりにしたミアは呟く。
「ここは社長に任せた方がいいみたいだし」
 スイカもそれには賛成みたいだ。
「う、うん……」
 しかし、カナミは気乗りしなかった。
 もう契約による強制はない。自分の意志でここを出ることが出来る。
 だけど、心残りは無いわけではなかった。
『大好きなあんたを殺すんじゃなくて、大嫌いなあんたを殺したいの』
 モモミはそう言っていた。
 はっきり言って彼女が言っていることの意味がよくわからない。
 しかし、そう言っていた彼女をこのまま放っておいてはいけない気がする。
 ここを出る前に決着をつけなくちゃならない、そんな予感がする。
「くぅ……!」
 全身に激痛が走る。
 片腕が折られて、至るところに斬撃を受け、あるいは刺されたりして、血まみれであった。
 よくこうやって立てているものだ。
 痛いけど歩けるし、走ろうと思えば走れると思う。
 右手に力が入る。
 魔力はまだ残っていることは感じられるし、これなら戦える。
「さ、速くいきましょう。カナミさん、私が肩を貸すわ」
「は、はい……」
 とはいっても、こんな状態で戦えるといってもスイカ達は許してくれないだろうと思った。
 ここは、素直にスイカの厚意に甘えるべきか。

――ガシャン!

 そこでカナミ達の行く手を阻むように鎧の怪物は立ち上がる。
 スイカの連続突きによって鎧は穴だらけになり、シオリのフルスイングで兜は折れ曲がって歪んでる。
 もう見るからにボロボロで、とても戦えそうにない。
 しかし、それはあくまで見た目だけの話だ。
 内側から溢れ出てくる魔力。黒い蒸気のようであり、とても戦闘不能の怪物が放つようなものではなかった。
「……やばい」
 ミアは呟く。
 いくら猛特訓したとはいえ、敵はSランクの怪物。
 その魔力の流れの勢いはとても一人の手に負えるようなものじゃないことを瞬時に見抜いたのだ。
「ミアちゃん、シオリちゃん、フォローお願い」
 スイカはレイピアを構える。
「わ、私も!」
 カナミは激痛走る身体を引きずって名乗り上げる。
「カナミさんは無茶しないでください」
 それをシオリが止める。
 だけど、敵はカナミを狙ってくるだろう。
 わかるんだ。さっきから衰えることのない鋭い眼光は自分を見つめている。
 おそらくこのままだとスイカ達は足手まといになるだろう。
 普通の敵ならここはスイカ達に任せておいていい。だけどこの敵は自分を狙っている上に対戦相手だ。
 自分の手で決着をつけなければならない。その想いがカナミをつき動かしていた。
「でも、私だってまだ戦えるから!」
 カナミは頑なに戦う意志を曲げない。
「カナミさん……」
 スイカは苦々しげに言う。
「わかったわ、私があいつを引き付けるからその間に魔力を充填するのよ」
「はい!」
 カナミは力強く答える。その口調に傷だらけの弱々しさは無い。
「一発でっかいのをぶちかましなさいよ!」
 ミアはカナミの右手を叩いて後押しする。
「む、無理はしないでください!」
 シオリが心配の一言をかけてくれる。
「ええ」
 と答えてみたが、今のボロボロの状態と敵の様子をみると無理をしないと倒せそうにない。
 カナミは魔力を注ぎ込む。
 残った魔力でどこまでの威力が出せるかわからない。
 でも、スイカやミア、シオリは無理を聞いてくれて、信じてくれる。
『オオォォォォォォォッ!!』
 怪物は咆哮する。
 今までないぐらいの凄まじさをもった。
 悔しさ、喜び、怒り、嬉しさ……様々な感情が入り混じって嵐のように叫びはうずまく。
 それがそのまま、刃となってスイカ達に襲いかかる。
「カナミさんに!」
「指一本触れさせるかぁッ!」
 スイカがレイピアで、ミアは張り巡らせたヨーヨーの糸で刃を弾く。

ガシャン!

 次の瞬間、鎧が剥がれ落ちて、その内から新しい鎧が現れる。
 まばゆいばかりの黄金だ。
 その輝きがカナミの心に火をつけた。
「あんな派手な奴に負けるわけにはいかないわね」
「そうとも。君は成金を倒す絵面がよく似合うからね」
「マニィ!」
「やっぱり君の肩の心地よさが忘れられなくてね」
 そうマニィはカナミに耳打ちする。
 相変わらず余計なことばかり言ってくれる困ったマスコットだ。だけどそれがいい。
『オオォォォォォォォッ!!』
 またしても、怪物は叫ぶ。
 そして、剣、槍、斧、矢……みたこと無い武器の数々が飛んでくる。
 それはもう雨。しかも集中豪雨といってもいい。
「あぐぅッ!」
 さすがのスイカやミアも捌ききれず、斬撃を受ける。
「スイカさん、ミアちゃん!」
「あたし達のことは気にするな!」
「カナミさんは魔力の充填だけを考えて!」
 二人は斬撃を捌きつつ、懸命に返してくれる。
 それに答えてやる。そうすることしか出来ない。
「ああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 カナミは力の限り、叫ぶ。
 そうすることで魔力の充填が早く完了する気がしたから。
「ぐ!」
「ち!」
 斬撃の雨で傷ついていくスイカとミア。
 負けられない。
 帰ってきて欲しいと願ってくれた仲間のために。
 彼女達をこれ以上傷つけさせないために。
 あんな怪物に私の居場所を踏みにじらせないために。
 絶対に負けられない。
 わずかに動く身体を激しく揺り動く精神で突き動かす。
「ボーナスキャノン!」
 神殺砲にこれまでにないくらいの凄まじい量の魔力が充填される。
「アテンション!」
 魔力の洪水といってもいい。砲弾が鎧の怪物を飲み込む。
 飲み込まれつつも必死にあがこうとする。
 だが、カナミも緩めない。
 完全に倒さないと、また復活してくる。
 そうなったらもうこちらに勝機は無い。
「オオォォォッ!!」
 最後の力を振り絞って、さらなる威力をもち、怪物を完膚無きまでに葬る。
――ゴ、オ……!
 わずかに聞こえた怪物の声。
 それは断末魔。カナミがそう確信した時、意識はもう遠く、崩れた天井から覗く青空が妙に綺麗に映った。



「ヨロイのやつ、やられたのね」
 モモミはアルミのドライバーを背に持っていた銃身の長いライフルで受け止め、そうぼやく。
「そう、カナミちゃんは勝ったのね」
 それを聞いて、アルミはニヤリとする。
「いいわね、その笑み。私がたまらなくだいっきらいなやつだから」
「へえ、あなたもそういう顔してるじゃない。私の大好きな笑顔」
「ふん!」
 モモミはライフルを一振りして、ドライバーをなぎ払う。
「むかつくわね」
 モモミは笑顔で言う。
「これで全力じゃないとか、どんだけ化け物なのよあんた」
 既に数百、数千という銃弾を撃ち込んだ。
 その全てが必殺であり、標的を確実に仕留める弾丸であった。
 しかし、アルミは死ぬどころかかすり傷一つ負っていない。
「あの子も同じくらいの化け物だった。――そして同じ魔法少女だったわ」
「だからどうだっていうのよ」
 ズドンとモモミはかんしゃく玉のようにライフルを撃ち、背後の壁を爆破する。
「あいつがあなたにとってどんな存在だったかなんてどうだっていい。それより、私はあなたを殺したくたまらないのよ!」
「やっぱり違うのね。あの子だったら絶対に殺すなんて口にしないものよ」
「ガッカリした?」
「いいえ、その逆よ」
 アルミはそう言ってモモミに一枚の紙を投げ渡す。
「名刺よ。気が向いたらいつでも遊びに来なさい」
 モモミをそれ聞いてその紙を胸元に入れる。
「いいわ、今日のところはこれぐらいにしてあげる。
帰ってカナミに伝えなさい。
私が殺したいぐらい幸せに過ごしなさい、殺してあげるからって」
「ええ、たしかに」
 アルミは気持よく二つ返事で引き受ける。
 すると、モモミはその場から姿を消す。
 二人の激しい戦いで天井も壁も綺麗さっぱり消し飛んだこの場にさわやかな風がアルミの長い銀髪をなでた。
「さてと、向かえに行ってあげるか」



「――とんだ茶番であったな」
 極星は苦笑して言う。
 これで、カリウスを殺せる口実が出来た。
「Sランクが倒されるとは思っていなかったが、これは茶番と言わざるを得んな」
 ヒバシラは呆れた口調で言う。
「首をはねられる覚悟は出来ているだろうな!」
 刀吉は刀の柄に手を添えていつでも抜刀して首を切り落とす体勢に入っている。
「フッ……」
 カリウスはテンガロンハットに手を添えて笑う。
「私が見せたかったものが何か諸君らは理解できなかったようだな」
「見せたかったものとはさっきの茶番ではないのか?」
 そういった時、刀吉はすでに抜刀して刃がカリウスに飛ぶ。
 しかし、カリウスを斬り飛ばすことはできなかった。
 見えない壁に阻まれたのだ。
「ぬうッ!」
「まあ、首を斬られたところで死ぬような輩がここに列席しているとは思えんがな」
 カリウスは嘲笑する。
 刀吉はぬぅっと歯噛みして刀身を収める。
 本来なら今の光の抜刀で敵は何かが光ったと認識した瞬間に首が飛んでいるという必殺の剣術なのであったが、あっさりと防がれて出鼻をくじかれたといっていい。
「結城かなみ、彼女は久方振りの逸材だ」
「それは先の戦いを見ればわかる」
 極星は忌々しそうに答える。
「そして、他の魔法少女達もね。彼女ほどではないがね、私達を脅かす脅威だとは思わないかね?」
「特に金型あるみね。あれがヘヴル様を倒したという話だけど」
「おかげで最高役員十二席の一つが空席になったけどな」
「いすとりーいすとりー」
 マイデとハーンは陽気に言う。
「応鬼までもやられた」
 極星は苦々しげに言う。
「確かにあれだけの戦力が一か所にそろったのであれば脅威ではあるが」
 刀吉もそれは認めた。
「だから対策を立てるつもりなのかしら?」
「いや、これを利用すべきではないかと提案したいのだよ」
「利用だと?」
 またしても刀吉は殺気立つ。
「あの正義の味方づらした輩を利用するだと!?」
「貴様、奴らを利用して何を企んでいる?」
 これにはヒバシラも炎を燃えたぎらせて、睨みつける。
 それだけ会議室の温度が十度以上上がったような気がする。
「それは当然、面白いことさ」
 清々しいほどに爽やかにカリウスは言ってのける。
 今この場にいる全員の殺気を一身に受けており、自らの一挙手一投足いかんによって一瞬で跡形もなく消えるぐらいの危険な状況に立たされているにも関わらず、だ。
「では聞かせてもらおうか、その面白いこととやらを」
 カリウスは話し始める。
 彼がこの会議を開いた目的、あの魔法少女達の戦いで見せたかったもの、そしてこれからの計画。
 それらを聞いて、ある者は慟哭し、ある者は憤り、ある者は興奮で震える。
 結局は全て、彼の思惑通りに事が運ぶのであった。



 目が覚めると、身体が鉛のように重くて起き上がれなかった。
 それは散々痛めつけられた傷のせいもあるけど、何よりも左腕が折られていて、動かそうとすると激痛が走ることが大きい。
「まったく無茶してくれちゃったわね」
 さすがのアルミも呆れた様子で言う。
「魔力を限界まで出し尽くしたせいで回復が遅くなったわ。特に骨折となると一日はかかるわね」
「い、一日も……」
「まあ、でもなんとかしてあげるわ」
 アルミはそう言ってカナミの左腕にドライバーを突き刺す。
「ぎぃ……!」
 反射的に悲鳴をあげそうになる。
 だが、あげる前に痛みがまったくないことに気づく。
「エーテルコネクト」
 アルミは魔法の言葉を紡いでドライバーを回す。
 すると、カチリという音とともに腕の中の骨がくっついたことがはっきりとわかる。
「あ、あれ?」
 カナミは左腕を動かしてみる。
「うそ、なおってる!?」
 さっきまで動かそうとするだけで激痛が走ったというのに、今はそれが全くない。
「ま、サービスってことで」
 それを聞いて、カナミは本当ならお金をとるのかと思った。
「接骨医とかやったら絶対儲かりますよ、これ!」
「やめておくわ、趣味じゃないし」
「趣味で魔法少女をやってるんですか?」
「ライフワークってやつよ」
「らいふわーく?」
「かなみちゃんもあとちょっとしたらわかるようになるわ」
 大人になったらわかるって言わない辺りがあるみらしいと思った。
「治ってよかったわね」
 優しく起こしてくれるスイカが言ってくれる。
「スイカさん、ありがとうございます」
「い、いいのよ、これぐらい」
 スイカは赤くなった顔を隠す。
「まったく大変だったのよ。そんな一言ですまさないんだから」
「あはは、ミアちゃんもありがとう」
「でも、ミアさんが一番頑張っていたと思いますよ。毎日今日こそカナミさんを連れ戻すんだからって張り切ってましたし」
「そ、そういうこと言わなくていいの!」
 ミアは慌ててシオリの口を塞ぐ。
「ミアちゃんもシオリちゃんもありがとう。このお礼は必ずするから」
「お、お礼なんていいのよ。私が不甲斐ないせいでカナミさんに辛い想いをさせて……」
「第一、あんたには借金があるからまともなお礼なんて出来ないでしょ」
「べ、別に、モノじゃなくてもいいのよ…………か、カラダとか……」
 スイカの声が最後の方がボソリだった為、カナミの耳に届かなかった。
「――あんたは黙ってなさい」
 しかし、ミアはしっかり聞こえていたので呆れた。
「あ、でも、借金は大分返済できたのよ。ここの闘技場、結構給料よくて!」
「それはよかったですね、怪我の功名ですね」
「あんたから借金無くなったら何が残るっていうのよ?」
 ミアは割りと本気目に訊いてくる。
「まともな生活だよ! 私は普通の中学生なんだから!」
「ああ、カナミちゃん。勘違いしているようだから言っておくけど」
 アルミは面倒そうに言う。
 何故かその言い方に、無性に嫌な予感を感じ、胸をドキリとさせられた。

「――あんたの借金は四億になってるから」
「……は?」

 カナミは耳を疑った。

「――あんたの借金は四億になってるから」

 カナミがまだその言葉を受け入れられていないようだったので、もう一回言われた。
「よ、よ、よよ!?」
 カナミはあまりの動揺ぶりに呂律が回らなくなった
「よんよん、よよ、よんよ、ん、よんよよん!?」
「四よ。一でもニでも三でもなく、四よ」
「そんなこと言われなくてもわかります!? っていうか、なんで四億なんですか!? 借金は一億じゃなかったんですか!? 闘技場のお金は結構ありましたよね! 完済は無理ですけど、半分とかせめて三分の一ぐらいは返済できたはすですよ! それがどうして減るどころか倍になっているですか!? っていうか倍どころじゃなくて四倍ですよね!? 一億が四億って洒落になりませんよ! 一億の四倍ですよ! わかりますか、この金額!? だからどういうことなですかあッ!?」
 カナミは捲し上げたのだが、アルミはしかめ面で書類を見せる。
 その書類は先程カナミがサインしたものなんだが、いくつか項目が書かれている中、アルミはある一文を指差す。

『私、結城かなみは四億五千万の負債があり、完済するまで終生弊社に務めます』

 四億五千万……
 確かに、そう書かれていた。
「四億ってなんですかぁッ!?」
「ああ、利息がついちゃったのよ。ネガサイドがあなたの借金を高利貸しに委託しちゃったから、みるみるうちに膨らんじゃっていてね。気づいた時にはこんなになっちゃってたのよ」
「なっちゃってた、で、すみますかぁぁぁぁッ!!」
「まあ、気にせず頑張りなさい。完済まで気長に待ってあげるから!」
 アルミは笑顔で言う。
「四億って完済できる金額じゃありませんよ! どうやって返せばいいんですか!」
「頑張る!」
 アルミはきっぱりと言う。
「頑張るだけじゃどうにもなりませんって!」
「じゃあ、もっと頑張る!」
「ですからぁッ!」
 いくら言っても、のれんに腕押し。
 このアルミを相手にしたらそうなるのはわかっているのだけど、そうせずにはいられない。
 四億五千万……
 人一人、それも十四歳の少女がこの日本で返すにしてはあまりにも莫大な借金を前にして平常でいろという方が無理な話であった。
「カナミさん……」
 そんなカナミを前にしてスイカは心配の視線を向ける。
「まあ、この方がカナミらしいわね」
 なんだか、ミアは安心している。
「借金がカナミさんのあいでんてぃてぃなんですね」
 シオリは憐れみの視線を向け、一人勝手に納得していく。
「どうすればいいの、わたし?」
 途方に暮れてカナミは肩を落とすのであった。
「まあ、なんとか……なるようにしかならないよ」
 いつの間にか肩に乗ったマニィが言う。
「なんとかって……なんとかって……! ああぁぁ、借金なんてこの世からなくなれぇぇぇッ!」
 カナミは心の底から叫ぶ。
 ただそう叫んだカナミの表情はこれまでにないくらい活き活きとしたものであることをみんな知っていた。
 カナミを縛るものは、悪の秘密結社でも、契約でも、魔法でもなく、借金というただ一つの現実であった。
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