まほカン

jukaito

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第22話 実習! 少女が受ける教養は魔法!? (Aパート)

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「う、うーん!」
 休み時間、カナミは唸り声を上げた。
 こういうときは決まって一枚の用紙をじいっと睨んでいる時だ。そして、この後言うことも毎度お決まりのセリフであった。
「あがらない」
 見て落ち込むのがわかっているのに見てしまう。
「かなみちゃんずっと休んでいたからね。あがらないよね」
 級友の佐伯里英さえきりえが同情のこもった声を挙げてくれる。
「――テストの点数」
「ああぁぁぁぁッ!?」
 それもまた悩みの種であることを思い出されて悲鳴を上げる。
「ま、気にすんなって、テストの点数ぐらい酷くでも死にゃしないって!」
 もう一人の級友・新井貴子あらいたかこが肩を叩く。
「た、たしかに死なないけど……」
 たどたどしいかなみは心の中で叫ぶ。
(借金返済は命がけなんだよぉぉぉッ!!)
 そんなこと言えるわけがない。
 まだ十四歳にして四億もの借金を背負うことになった、なんて。質の悪い冗談である。
 しかし、現実である。
 借金返済の為に、放課後に仕事をして、深夜に帰る日々を送っている。そうして得た給料を返済と家賃で消えて、わずかしか残らない。
 その雀の涙で光熱費と食費を切り詰めなければならない。
 しかも、今日も友達付き合いのために、一緒に食堂でランチを食べる、という必要経費を被こうむったために夕食は昨日の残りのパンしかない。
「無駄に見栄っぱりだからそんな目にあうんだよ」
 カバンに備え付けられたネズミ型のマスコットがそう喋りかけられたような気がする。
「はあ」
 そんな自虐的なことを思いついてしまうのだから、情けなくてため息が出る。
「かなみちゃんはずっと休んでたから仕方ないね」
 そう、かなみはネガサイドとの契約によってホテルのような部屋に軟禁されて外に出ることさえ出来なかったので、当然その間、学校を休学していたことになる。
「どうして休んでたんだ?」
 その辺りの言い訳は一応考えている。
「ちょっと、風邪をこじらせちゃったのよ」
 かなみは精一杯のごまかしの笑みを浮かべる。
「風邪にしちゃ長すぎでしょ」
「う……!」
「案外、何かの陰謀に巻き込まれたのかもしれないね」
 貴子は猫の目のような鋭い眼差しを輝かせる。
 その視線にかなみはドキリとさせられる。
 こいつ、頭悪いくせしてたまにカンが鋭い時がある
――あ、今じゃ頭悪いのは私の方か!?
 かなみはテストの結果を思い出してみる。
 ひょっとしたら、貴子よりも悪いかもしれない。
 休学のブランクはただでさえ右肩下がりだった成績を滝のごとくどん底へと叩き落としてしまったのだ。
「私、貴子より頭悪くなってるぅッ!」
「なにとつぜん、失礼なこと叫んでるんだよ」
「まあ、どっこいどっこいなんじゃない」
 里英はさらりと酷いことを言う。
「ああ、貴子とどっこいどっこいなんてー!」
 この世の終わりだ、と言わんばかりにかなみは頭を抱えて叫ぶ。
「だから失礼なこと言うなって」
「ここから挽回すればいいよ。まだまだ期末まで時間があるから」
「そうね、絶対ここから挽回するから!」
 かなみはグッと拳を握りしめ、固く決意するのであった。

チーン!

 数十分後、葬式で鳴るような鐘の音が頭の上で響く。
(む、ムリ……なんなのよ!? 二次関数とか三方の定理とか!? 意味がわからないよぉッ! なに、勉強ってちょっと休んでただけでこんなに進むものなの!? Sランクなんてメじゃないぐらいの怪物だよ!)
 かなみはどうにもならない嘆きを心の中で叫びまくる。
 すぐ近くの席で真面目にノートをとっている里英、すぐ後ろでグースカといびきを書いている貴子を見やる。
(どうしよう、このままじゃ挽回なんてムリだよ! 貴子以下のレベルにまで落ちちゃうよ~!)
 かなみは頭を抱えた。
 別に、成績が悪いからといってそこまでの悪影響は無い。
 一般の家庭で言うなら、テストで悪い点を取ると家族に心配されたり、説教されたり、酷い時には塾に入ることまで勧められる。しかし、かなみの場合、両親は消息不明で一人暮らしのためガミガミうるさくいわれることはない。
(元々、成績にうるさい人達じゃなかったけど……)
 そう思ったかなみの胸中に寂しさが宿った。
 話を戻そう。成績が悪いと中学二年生という立場なら高校の推薦に響くこともあり、この時期から受験を見据えて頑張っている生徒もチラホラ見かける。――のだが、かなみの場合、すでにもう永久就職が決まっているようなものなので、いい高校に入って学歴を積むなんてことは無意味でしか無い。
(借金のせいよ、全て借金のせいよ……!)
 ここまで考えて空むなしい上に悲しくなってきたのでかなみは考えるのやめた。
(はあ~どうしよう……)
 いっそのこと、ここで諦めて劣等生の屈辱を甘んじて受けた方が楽なのではないか?
 そんな甘い声の囁きが聞こえた。
 いや、それはダメよ。
 どうせ甘んじて受けるんなら出席もしない不登校の道を歩まなければ……ってそうじゃない!
 なんだ。今日はおかしい。
 普段なら思いつかないようなネガティブな考えが頭に浮かんでくる。
 まるで誰かに囁かれているように。
「――!」
 ここでかなみは気づく。
 かなみはここで背後から何者かから視線を受けていることに。
 恐る恐る後ろを振り向くと、爽やかな顔をした青年が立っていてかなみを眺めていたのだ。
 その青年とかなみは視線が合う。すると青年はニコリと笑う。
「……うえ」
 かなみは小さく、誰にも聞こえないような呻き声をあげて正面へ振り向きなおす。
 あまりにも自然にそこにいたので気づかなかった。
 いつからそこにいたのだろうか、っていうかあの人は誰なのか。
 さっきから苦悩するかなみをじっと見て眺めていたのか。
――悪趣味な人だ。誰なのだろうか?
 一応クラスメイトに訊いてみるか。
「後ろにいる人、だれ?」
 隣の男子生徒に訊いてみた。
「後ろ、ああ……お前、ずっと休んでたから知らねえのか」
 長く休んでいる間に来た人なんだ。それだけでこのクラスに取り残されたような寂しさを感じる。
「教育実習生の柏原かしはらさんだよ」
「へえ、教育実習生か」
 だったらこの授業に参加していてもおかしくない。
 だけど、それだけでは説明できない不気味な感じもする。
 もしかして、ネガサイドの放った刺客の怪物なのでは――?
(って、いかんいかん! 何考えてるのよ!?)
 かなみは即座に頭を振って否定する。
 このところ、悪の秘密結社に入り浸っていたため、どうにも警戒心と猜疑心が自然と張り巡らされてしまう。
 早く日常生活の思考に戻らないと、頭がおかしくなってしまう。
 そうだ。あそこにいるのはただの教育実習生だ。
 ちょっと変わっているかもしれないけど、こんなところでのんきに中学生の授業を聞きに来るほど悪の秘密結社はマメじゃない。
 というか、悪の秘密結社の怪物が中学生の授業を聞いて、世界征服にどう役立てるつもりなんだ。
 思いつかない。思いつかないということは、そんなことはありえないということだ。
(ああ、ヤメヤメ! 今は授業に集中しなくちゃ!)
 考えることを放棄したかなみはこの後、数分後机に突っ伏して教科書を枕にするのであった。



 放課後、平和だった学校生活が終わり、今日も仕事へと切り替わる。
「かなみちゃん、たまには一緒に帰ろうよ」
 里英が誘ってくれる。
「ごめん。私、今日もすぐに帰らなくちゃいけないから」
「相変わらず大変だよね。たまにはクレープ、一緒に食べたいんだけど」
「ん、クレープ……」
 かなみはその言葉を聞いただけでヨダレを垂らしそうになる。
 しかし、クレープは量の割に単価が高いので節約の大敵。買って食べるわけにはいかない。
 かなみはそう自分に言い聞かせて、甘い誘惑を断ち切るのであった。
「ごめんね、今月おこづかいピンチなのよ」
 生活もピンチだけど。心の中で一言そう付け加える。
「じゃ、また今度ね」
 里英は手を小さく振って見送ってくれる。
 それを申し訳ないと思いつつ、かなみは逃げるように教室を後にした。
「今度がいつになるのか」
「一生こないかもしれないね」
 バッグにつけているマニィが喋り出す。
「ふ、不吉なこと言わないで」
 廊下は帰宅しようとしている生徒で半ばごった返しているような状態なので、この中で独り言を言われても変に見られない。
――しかし
 なんでだろう。
 変に見られないはずなのに。
 何故だか、視線を感じる。
 それもさっき数学の授業中に感じていたものと同じ種類に思える。単なるカンで根拠はないのだが。
「気のせい、気のせいよね」
 カンだということもあって、かなみは気のせいだと割りきって学校を出る。
――消えない。
 学校から感じている視線が消えない。
 もしかして、つけられている?
 いやいやそんなはずはない。
「たかだか独り言が趣味のちょっとおかしな女子中学生を付け狙うような輩がいるとは思えないけど」
 マニィがぼやく。
 もう街道に出て、独り言をしても気に留めるような人はいなさそうなのでマニィに話しかけても問題なさそうである。
「誰がちょっとおかしな女子中学生よ……」
「寂しいって言った方がよかったかな?」
「私は寂しくなんてないんだから!」
 かなみは叫ぶ。
 さすがに、それだと本当におかしな娘を見る視線を通行人から投げつけられる。
「気のせい、気のせいなのかな……」
「僕には視線を感じる能力はないからね」
「……役立たず」
 こういうときだけ役にたっても困るのだが、反撃の機会とばかりに悪態をついてやる。
 しかし、電車に乗る頃にはその視線は綺麗サッパリ消えていた。
「一体何だったのかしら?」
「やっぱり気のせいじゃないかな、君は時々自意識過剰なところがあったりなかったりするからね」
「ないない。自意識過剰とかないから」
 しかし、気になるといえば気になる。



「それは絶対にストーカーよ!」
 事務所に入って、翠華に相談してみたら、即座に言い返された。
「そ、そうなんですか?」
「だって、学校帰った時から感じてるんでしょ?」
「そうですけど」
「だったら、ストーカーよ」
「どうして、そうなるんですか? 気のせいだと思うんですけど……」
「本当に気のせいにしたいなら、私に相談しないでしょ」
「は、はあ……そうなんですよね……どうにも気のせいに思えなくて、ですね……でも、ストーカーだとは思えなくて……」
「そうなのよね、みんな最初はそういうものなのよ」
「え、翠華さん、ストーカーにあったことあるんですか?」
「え、いや、そういうわけじゃないわよ。言葉の綾ってやつ」
「そうなんですか、意外です」
「意外って何が?」
「翠華さん、ストーカーにあったことありそうかなと思ったんです」
「どうして、そう思うわけ?」
「だって、翠華さん魅力的ですから」
「――!」
 翠華はその一言に身悶えしそうになったが、自制心をつけてなんとか抑えた。
「か、かか、かなみさん、もう一回言って……」
「何をですか?」
「わ、私が、その、み、みりよくてき、だったところ……」
「翠華さんが魅力的、なところ?」
 かなみは首を傾げる。
 翠華はその言葉と仕草だけで、身悶えを抑えられず顔を身体ごと背ける。
「バカ言ってんじゃないわよ。そんなの気のせいに決まってるでしょ」
 そこへ黙って聞いていたみあが横槍を入れる。
「かなみにそんなストーカーがつくぐらい魅力あるわけないし」
「あはは、そうだよね」
「そんなことないわ!」
 翠華が猛烈に反論する。
「かなみさんはとても、ものすごっく魅力的よ! ストーカーの二人や三人、ついてもおかしくないぐらい!」
「いえ、二人も三人もついたら困りますから」
 かなみはそのあまりの剣幕に引きつつも、ツッコミを入れる。
「あんた、もしかしてかなみのことをつけまわしてない?」
 みあは物凄く冷めた目をして翠華に問いかける。
「そ、そそそ、そんなことするわけないでしょ」
 翠華は冷や汗をダラダラ流しながら否定する。
「そうですよ、翠華さんがそんなことするわけないよ」
「あうう……」
 何故か、翠華は凄く恐縮してかなみから目を背ける。
「はいはい、雑談もいいけど、ちゃんと仕事してくれないと困るよ」
 鯖戸が珍しく真面目なことを言って仕事を促す。
「あ、みあちゃんには魔法少女の仕事があるわ。紫織ちゃんと一緒に行ってね」
 あるみはみあと紫織を呼びつける。
「はいはい。どんな仕事なわけ?」
 みあと紫織はあるみの方へ行って、仕事の内容を聞く。
 ネガサイドの強襲によって破壊されたこの事務所もいまやすっかり元通りになっていた。
 翠華から聞いた話だと鯖戸が人脈を駆使して格安の建築人と突貫工事で修繕させたらしい。おかげで会社の貯蓄はほぼ無くなって、経営は火の車なのだとか鯖戸はぼやいているが、かなみから見てそんなにピンチだとは思えない。
「いいなあ、みあちゃんと紫織ちゃん」
 それはともかくとして、かなみは羨ましげにその様子を見つめる。
「鯖戸、私にも仕事、回してよ」
「君には雑務があるだろう」
 ウゥっとかなみは唸り声を上げる。
 何か報酬が高額の仕事をすれば一気に借金返済の目処ぐらいは立つ。
 何しろ、四億五千の借金だ。まっとうな手段で稼いでいたら一生返済できない。まあ、今だってまっとうな手段で稼いでいるかどうかは微妙なところだが。
「気合入っているのはいいことだけど……」
 本当に仕事がないのか、鯖戸は頭をかく。



 結局、平常業務である備品管理をやっては発注をかける仕事をこなして一日が終わった。当然、帰ったのは日付が変わる頃であった。
「ふはぁ~」
 かなみは校舎につくなり、大きくあくびをかく。
 今日も始業時間ギリギリ、帰って時間いっぱい寝たけど、それでもまだ眠い。
(今日の時間割りは、数学、国語、社会、英語……)
 とりあえず、数学は捨てよう。ちょっとあがいたぐらいじゃどうしようもならない。
 国語はまだ内容が変わっているから今からしっかり授業を聞けば挽回はできる。
 社会も同じことが言える。
 英語は……数学と同じくらいどうしようもないかもしれない。
 状況は絶望的。だけどなんとかしなければならない。
――どうして?
 声が聞こえた。
 かなみは鳥肌が立ち、振り向く。
 そこにあの男がいた。教育実習生の柏原だ。
 柏原はいつの間にか教室の後ろにいて何くわぬ顔をして佇んでいる。
 あの男が、今語りかけてきたような気がした。
 いや、気のせいだ。
 そんなはずはない。あの男はただの教育実習生だ。
 断じて怪しい人物でも、ましてやネガサイドの放った刺客なはずがない。
「……………………」
 柏原はかなみの視線を意に介さず、全体を見渡す。
 なんとも言えない不気味さがある。
(いいや、気にしない気にしない気にしない!)
 かなみは必死に言い聞かせて、数学の授業に望む。



「う、うーん……」
 失敗した。
 数学は睡眠するための時間であった。
 なんとも言えない恐ろしい眠気が授業終了のチャイムと共に襲い掛かってくる。
(ね、ネガサイドの怪物より手強い……)
 このままだと休み時間が終わったら速攻で落ちる。
 判断ミスだった。
 というか、柏原の方に気を取られすぎた。そのせいで、睡眠確保の時間だったはずの数学をちゃんと受けてしまった。不思議とそういう時に限って眠気というのはどこかに引っ込んでしまうのだ。
 それというのも、全部あの教育実習生のせいだ。
 かなみはまだ教室にいるその柏原という男に目を向ける。
――フッ
 その視線を受けて柏原は笑ったような気がした。
 そして、満足そうに教室を出て行く。
「――!」
 かなみはその様子を見て、いてもたってもいられなくなって飛び出す。
 明らかに自分を見ていた。
 おぼろげだった可能性が、確信になる。
 朝から柏原は自分に視線へ投げつけていた。
――どうして、そんなことを?
 どうしても、問いたださなけれならない。
 今後の数学の授業の度に安眠の妨害をされたら、たまらない。
「待って!」
 かなみは廊下に出て、柏原を呼び止めた。
「なんですか?」
 呼び止められた柏原は冷静な口調で返事した。
「あなた、私を見ていませんでしたか?」
「それは生徒を見るのが私の仕事ですからね」
 唐突な問いかけに柏原はおどけた顔で笑って答える。
「そういえば、あなたはちょっと前まで休学していたのですね」
「ええ、そうですけど……」
「私は教育実習生の柏原です。短い間ですけどよろしくお願いしますね」
 柏原は落ち着き払った声で自己紹介する。
「あなた、本当に教育実習生なんですか?」
「それはどういう意味ですか?」
 そう冷静に聞き返されて、少しだけ冷静になる。
 確かにそうだ。
 あれだけ、この人はただの教育実習生だと思っていたのに、なんでわざわざこうやって問い詰めるようなことをしているのだろう。
「え、いえ……」
 かなみは我に返ってたじろぐ。
 どうしてこんな風に飛ばしてまで聞き出そうとしたのか。
 多分、寝不足でまともに頭に働かなかったのだろう。
 早く失礼した方がいいかな。
 かなみがそう思っていると、柏原はニコリを笑った。
「私がネガサイドの人間かって意味ですよね、わかってますよ?」
「――!?」
 かなみは思わず身構える。
 警戒を解いたところから思いもよらない発言に不意を突かれた気分だった。
「な、なんで、そんな自分からバラすのよ!?」
「そう言った方が話が早いと思ったのですがね」
「た、確かに、話が早いわね。自分から白状してくれるんだから!」
「落ち着いてください。私は別にあなたと戦うつもりはありません」
「戦うつもりはないって、じゃあ、なんで自分から正体をバラしたわけよ?」
「それは敵意が無いことを証明したかったからですよ。第一ここで戦ってあなたに何の得があるっていうんですか?」
「と、得って……」
「あなたの仕事は、私を倒すことではない。そうでしょ?」
「う、うぅ……」
 確かに柏原の言うとおりだった。
 今、かなみはこの柏原を倒すどころか、魔法少女としての仕事は任されていない。
 ここで柏原と戦っても、倒しても一文の得にならない。それどころかここで学校を壊したりして修繕費を請求されたり、友達に正体がバレて気まずくなるリスクがある。
 考えれば考える程、得が無い。損な話である。
「で、でも、あなたがネガサイドの怪人でこの学校で悪巧みを企んでいるのは確実でしょ?」
「私は何もしちゃいませんよ」
「信用できないわ」
「あなたは刑事か何かですか?」
「はあ?」
「殺人を犯すかもしれない容疑者を逮捕する刑事かって言ってるんですよ?」
「私は刑事じゃなくて魔法少女よ!」
「同じですよ。あなたの出番は怪人が暴れてからです。今は学校生活を満喫する普通の少女を演じていればいいんです。
――それでは失礼します」
 柏原は一礼して去っていく。
 かなみはその物言いに唖然として見るしか無かった



「むかつきます!」
「まあ、かなみちゃんの気持ちもわからなくないけどね」
 あるみは極めて落ち着いた態度で対応する。
「でも、彼の言ってることも筋が通ってるのよね」
「どうしてですか?」
「探偵は事件が起きてから推理する。
ヒーローは怪獣が出てきてから変身する。
魔法少女もそれと同じようなものなのよ」
「でも、怪人は現れてますよ」
「その怪人が誰かを困らせた?」
「私を困らせました」
「かなみちゃんは借金で困ってるから関係ないわね」
「そんな!」
 かなみは恨めしそうに睨んだが、あるみは笑って受け流す。
 オフィスにやってきたかなみはさっそく柏原の事をあるみに伝えた。
 ひとしきりに話して、最後にかなみは相当苛立たされたことを付け加えた。
「その彼が誰かを困らせて、その誰かが私達に依頼してきたら私達の出番だけど。今はそれがないのよ、つまり手出しができる状態じゃないってわけ」
「誰かが困ってからじゃ遅いと思います」
「それも一理あるわね。だったら、かなみちゃんが困らせる前になんとかすればいいじゃない」
「ですから、やっつければ手っ取り早いじゃないですか?」
「かなみちゃん、一文の得にならない無駄な戦いは避けようとは思わないの?」
「そ、そりゃ、一文の得にもならないのは嫌ですけど。
私の学校なんですよ。友達とかクラスメイトが酷い目にあうなんて黙って見過ごせないですよ」
「うーん、その心意気は立派なんだけど……やり方は物騒すぎるわ」
「物騒すぎるって……」
 いつもドライバーでなんでもかんでもバラバラにするあるみが言っても説得力がない、とかなみは思うのであった。
「せめて、その怪人が何をするのか見届けてたから倒しても遅くはないんじゃない?」
「それで手遅れになったらどうするんですか?」
「――私が、責任を持つわ」
 あるみは力強く答える。
 あるみはずるい。そんなにはっきりと言われたら言うとおりにするしかないじゃない。
「……わかったわ」
 かなみはため息をついて了承する。
「でも、見届けるってどうすればいいんですか?」
「それは自分で考えなさい」
 かなみはガクッと肩を落とす。
「ああ、あと鯖戸に頼まれていたあなた用の仕事もあるわよ」
「え、あ、本当ですか!?」
 これは思っても見なかった幸運だ。
 あるみから一枚の書類を渡される。



 かなみは決意した。
 今日からろくに眠れない日々は続くだろうが、仕方が無い。
 かけがえのないクラスメイト達を守るため、何者にも代えがたい日常生活を維持するため。
(今日から数学の時間は眠らない!!)
 そして、点数を確保できる国語や社会をやむを得ないが、睡眠の時間に割り当てよう。
(さあ、来るなら来いッ!)
 決死の覚悟でかなみは数学の教科書とノートを構え、怪人である柏原の襲撃に備える。

キンコーンカンコーン!

 かなみは燃え尽きた真っ白な灰のように机に突っ伏した。
「かなみちゃん、すごかったね」
「ああ、とてつもない気迫を感じた」
 里英と貴子は感心する。
 何も知らない二人からしてみたらこれまでの休学を取り戻すべく、苦手な数学を必死に猛勉強する姿にしか見えなかったのだ。
「……………………」
 かなみにはもはや何も言い返す気力が残っていなかった。
 次の国語の授業はもちろん、綺麗に白紙であった。



「このやり方じゃ、ダメだね」
「うーん、そう思っていたところよ」
 次の日、かなみは人気のない廊下の隅でマニィに相談した。
「第一、彼は君のクラスだけ授業をしているわけじゃないからね」
「ああ、そうなのよね」
「そこで君のクラスを含めて五クラス分の時間割表を入手してきた」
 マニィはどこに隠していたのやら五枚の紙を出して見せる。
「入手してきたってどうやって手に入れてきたの!?」
「そりゃ、授業中にこっそり職員室に潜入して入手してきたに決まってるじゃないか」
「そういうのって決まってるものなの……? それになんだかいけないことをしているような気が……!」
「かなみ……重要なのは『どうやってここに持ってきたか』という過程じゃない、『ここに持ってきた』という結果なんだよ」
 マニィはもっともらしく答える。
「そ、そうね……! そう言われてみれば確かにここにあるということの方が重要ね!」
 かなみは寝不足でまともに頭が働いていないのもあって、あっさりとのせられてしまう。
「さて、それでこの五枚の時間割表を見てわかったことがあるんだ」
「なになに?」
「よくみてごらん」
 かなみは五枚の時間割表をじっくり見る。
 どれもこれも何の変哲もない時間割表に見えて、マニィが何をいいたいのかまったくわからない。
「これで一体何がわかったっていうの?」
「考えてみてよ、かなみ……数学の時間はこんなにもあるのだけど、どれが彼の担当なのかわからないんだ!」
「あ……」
 そうだった。
 ここに書かれているのはあくまでどの教員が担当するのか、であって、どれが教育実習生の担当なのかまでは書かれていない。
 まあ、唐突にやってきた教育実習生のために時間割表に彼がどの教科でどの時間を担当するか、なんて四月に配布された時間割表に記載されていないのは当たり前なのだが。
「まさか、全部じっくり見てから気づくなんて……」
「気づくのが遅いわぁッ!」
 かなみは勢い良くマニィをはたいた。
 ここからかなみが冷静になるまで少し間を置く。
「ともかく、あいつがどの時間にどのクラスにいくのかわからないのは厄介ね」
「それなんだが、もう方法は一つしか無いね」
「凄く嫌な予感がするんだけど」
 かなみは知っている。
 こういうときの嫌な予感というのは大抵的中していることを。



「なんだってこんなことしなくちゃいけないのよ?」
 かなみは掃除道具のロッカーに隠れて授業の様子を伺う。
 その授業はもちろん、数学の授業だ。
 ロッカーの中は女子のかなみが隠れられるスペースは十分にあり、休み時間中、他クラスの生徒の眼をかいくぐって入りこんだ。
 ロッカーのわずかな隙間から柏原の様子を伺う。
 よくは見えないが相変わらず後ろから生徒達を見回している。
 もし、何か怪しげな行動に出ようとしたらすぐにでもここから出て行って倒してやる。そう言った意気込みでかなみは待機していた。
 とはいったものの、ここで授業時間いっぱいじっとしているのは辛い。
 しかも、寝不足で疲労が積み重なっていく。
 辛い、辛い、辛い……
 今すぐここから出て行って、とっちめてやりたい。
 でもそうなると私は変人扱いされることは目に見えてるし、魔法少女ということがバレる。
 会社の禁則事項で、正体がバレてはいけないとなっている。
 バレたら、ペナルティが待っているらしい。
 きっと想像も出来ないような恐ろしいことが待ち受けているに違いない。
 だから耐える。
 あの教育実習生の鼻を明かしてやるためにもここは耐えて、あいつが動くのを待つんだ。

キンコンカンコーン

 結局何も起きないまま、授業は終わった。
 起立、礼! の合図とともに先生は去っていき、柏原もいなくなるのを確認する。
「……おお、終わった……」
 かなみはへたり込む。
 いや、ここで気を緩めたらいけない。
 何しろここで音を立てずに脱出しなければならない。
 そうしないと、授業中掃除のロッカーに潜んでいた変人扱いされる。
 慎重に、素早くローカーを開けて、即座に出る。
 よし、誰にも気づかれていない。
 それを確認して教室を出る。
「はあ~、なんとかできた~」
 かなみは安堵の一息をつく。
「かなみ、わかってると思うけど……」
「な、何よ」
「まだ一時間目だよ」
「――!」
 かなみは絶句する。
 学校の授業は六時間ある、という残酷な現実を思い出す。いや、忘れて目を背けようとしているのにマニィは無理矢理向き合わせる。
「あ、あと、五回もやらないといえないの……」
「いや、四クラス分しかないからあと三回だね、うち君のクラスもあるから二回か」
「は、はは……」
 それを聞いてかなみは乾いた笑いをこぼして壁に手をかけて、床に膝をつけた。
「くじけた?」
「くじけそうになっただけよ。くじけちゃいないわ」
 かなみはそう自分に言い聞かせて立ち上がる。
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