まほカン

jukaito

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第61話 親日! 親の心、魔法少女知らず? (Aパート)

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 地上に燦然と輝く摩天楼の夜景。その光の裏にある闇の中で蠢く影があった。
「……くッ!」
 その影を追う者がいた。
 それは逃げても、逃げても影のように付きまとってきた。影に追われる影というのも奇妙な話だけど、自分は影なのだからそういう表現になってしまう。
「――!」
 影は止まる。
 さっきからつきまとってきた影の気配が後ろからしなくなったからだ。
 後ろからしなくなったということは……
「ようやくぅ、おいついたわよぉ」
 間延びした妙な口調をした女性の声と共に、影に迫ってくる。
「チィ」
 影は舌打ちする。
 その女性はおっとりとした顔立ち、穏やかな物腰、そして、さっきの間延びした口調……どこからどうみても、自分を追いかけてこられるような人間には見えない。
「というよりぃ、『追い詰めたぁ』って言った方が正しいかしらぁ?」
 確かに自分は追い詰められている。
 悔しくてたまらない。それがこんな女性によって、となれば余計にだ。
「くそおおおおおおッ!!」
 影は悔しさのあまり、叫びを上げる。
 本来、影は闇に潜み、忍ぶ者。叫び声どころか声一つすら出さないことを信条としている。それが叫ぶのだからよほどの悔しさということを物語っていた。

――捕まるものか。やられてたまるものか。
――なんとしてでも逃げ切ってやる!

 その決意に達した影は、外界へと繋がる海へと飛び込んだ。
「ああぁッ!」
 闇の海の上へ溶け込む直前に女性の声が聞こえた。
 それは戸惑いと悔しさが入り混じったものであり、影は少しだけ勝ち誇れた。



 山吹沙鳴は今日も運び屋の仕事を終えて、上機嫌で岐路に着いた。
「今日もいっぱい働きましたので、これはお給料が期待できますね」
 運び屋の仕事は歩合制であり、たくさん荷物を運べば運んだ分だけ給料を貰える。沙鳴は今日の働きを思い出して、来るべき給料日の厚さに胸を弾ませた。
「お給料が入ったら、かなみ様とお祝いしましょう。いつもお世話になっていますからご馳走を用意して、フフフ!」
 そんな楽しいことを考えながら、アパートの階段を上がる。
 沙鳴とかなみはお隣同士。合鍵も貰っているので、入ろうと思えば入れる。
「この時間ですと、かなみ様はまだ帰ってらっしゃらない?」
 沙鳴は確かめるように、合鍵を差し込んでみる。
「あれ?」
 そこで違和感に気づき、ドアノブに手をかける。

カシャ

 ドアが開いている。
「あれ?」
 携帯電話で時間を確認してみる。
 二三時二〇分。
 やはり、かなみが帰ってくる時間にはまだ早い。
 しかし、誰かいる気配を感じる。
 しかし、かなみはまだ帰っていない。
 考えられることはただ一つ。
「空き巣ッ!?」
 沙鳴は緊張して、慎重に玄関を上がる。
(かなみ様のお部屋に忍び込むとはいい度胸をしてらっしゃる。
でも、何を盗みに忍び込んだのでしょう? もしや、なけなしのへそくりを盗みに! おのれ、盗っ人め、絶対に許しませんよ!!)
 気合と共に拳を握りしめて、一歩ずつ抜き足差し足で接近する。なんだか、こっちの方が盗っ人っぽい。
 暗闇の中、その空き巣の姿は影しか見えない。
(あのシルエット……細くて女性っぽくて、でも、あちこちが出っ張っています……アニメや漫画でみるセクシー女怪盗ってやつですか?)
 慎重に、慎重に、気づかれないように一歩ずつ接近する。
 至近距離から必殺の鉄拳を叩き込んで一発KOする。
 自信ならある。まだ学生だった頃、男子生徒と喧嘩だってしたことがあるんだ。あれ以来、封印していたこの拳を今解く。
(かなみ様のため……! かなみ様のなけなしのへそくりのため!)
 世話になったかなみに対する恩義ゆえの闘志を胸に秘めて、また一歩接近する。

スタスタスタ

 しかし、影は我が物顔で暗闇の部屋を闊歩する。
 まるで、この部屋の主人は自分だと主張しているかのようだ。
(盗っ人猛々しいとはまさにこのこと! 許せません!!)
 もう二、三歩というところまで接近する。ここまで近づけば一足飛びで必殺の鉄拳をお見舞いできる。
(よし、今です!)
 意を決して、沙鳴は飛んだ。

スルリ

 しかし、影はすり抜けるようにあっさりと沙鳴の拳をかわす。
「……あれ?」
 間抜けな声と上げた同時に見えた。
 影の正体が金髪の女性でとても美しい顔立ちであったことと、

ズン!

自分のそれとは比較にならない力強い踏み込みから掌底が繰り出されていることが。



「今日は早く帰れたね」
「ええ、仕事が早く済んだから」
 肩に乗っているマニィに、かなみは上機嫌で答える。
「日付が変わる前に帰れてよかったわ。お湯はって、湯船につかろうかしら」
 いつもは時間が無くてシャワーだけど、今日はそれなりに時間がある。
 お湯につかって一日の疲れをじっくりとれる。
 それを想像するだけで胸が弾む。
 アパートの階段を上がって自分の部屋の扉の前に立つ。

ズン!

 何やらただならぬ物音がした。
「……え?」

バァン!!

 次の瞬間には、誰かが倒れる音がした。自分の部屋でだ。
「ちょッ!」
 かなみは反射的にドアを開けて、部屋に入る。鍵が開いていることを気にせずに。

ズダン!

 そこには、母の涼美の掌底を腹へ撃ち込まれて、床で沙鳴が悶絶している光景が広がっていた。
「……は?」
 帰ってきたらいきなり広がっていた異様な光景に、唖然とする。
「ゲボッ! カハッ!?」
「あらぁ、かなみ。おかえりぃ」
 かなみの帰宅に気づいた涼美は普段通りに手を振ってくる。
「どういう状況なの、これ?」
 大いに首を傾げた。



「ごめんねぇ、てっきり空き巣かと思ってぇ」
 涼美は両手を合わせて、沙鳴へ謝る。
「あ、あ、空き巣かと思ったのはこっちの方ですよ。あいたたた」
 沙鳴は掌底を受けた腹を抑える。
 外からでも聞こえるぐらいすさまじい踏み込みで一発KOしたのだから、そのダメージを想像しただけで、かなみは同情する。
「ごめんねぇ、借金でモノが無いかなみの部屋にぃ、盗みに入る不届き者なんだからぁ思いっきりやっちゃおうかと思ってぇやっちゃったぁ」
「母さん、それ怖いから」
 涼美の言う『思いっきり』というのは洒落にならないレベルだ。
 魔法こそ使っていないが、というか、使う必要がないほどに空手の腕前が超人じみている。そんな人が思いっきりやるといったら盗っ人の方を同情してしまう。
「っていうか、借金でモノがないって何よ!?」
「本当のことでしょぉ?」
「ちゃんと物はあるんだから! 預金通帳だって!」
「あれは部長が管理してるでしょ」
 マニィが肩から茶々を入れる。
「洋服だって!」
「体操着のジャージがあるから大丈夫って言ってたでしょ」
「お料理に使うフライパンだって!」
「またゴミ捨て場から拾えばいいんじゃないかな」
「――!」
 ことごとく潰される。
 かなみは頭を抱えて、やり場の無い憤りを拳に込める。
「とにかく! ここには大事なものがあるから!」
「それでぇ」
 かなみの必死の抗議をさらりと涼美は流す。
「この子はぁ、かなみぃのお隣さんなのよねぇ?」
「は、はい! 山吹沙鳴といいます! かなみ様のお母様、どうかよろしくお願いします」
「よろしくねぇ、お母様だなんてぇ照れちゃうわぁ」
「いえ、かなみ様のお母様なのですから、お母様と呼ぶべきでしょう」
「フフ、いい娘ねぇ。でもぉ、どうしてぇ? 見たところぉあなたの方がぁ年上のはずでしょぉ?」
「それはぁ、かなみ様は私とは比較にならない借金の遥か高見におられるからです」
「借金の遥か高見ぃ?」
 涼美はかなみを見る。
 かなみの方はというと、恥ずかしそうに困った顔をしている。
「はい、お母様ならご存知でしょう!? かなみ様が八億もの借金を背負っていることを?」
「えぇ、知ってるわよぉ」
「不肖ながら私も二千万ほど借金をしていますが、かなみ様には遠く及びません。なので、かなみ様を借金姫と尊敬させていただいてます!」
「フフ、借金姫だなんてぇ凄いわねぇ」
「笑い事じゃないわよ、母さん。恥ずかしいんだから」
「ちなみにねぇ、沙鳴ちゃん。良いことをぉ教えてあげるわぁ」
「え、なんですか?」
 涼美は沙鳴へ近寄って耳元で囁く。
「私の借金はねぇ――」
 耳に口づけしそうなぐらいの近くで、甘くとろけるような声色で、いろんな意味で絶句する一言を告げた。
「はうわッ!? あわわわわわわッ!?」
 あまりの衝撃に、沙鳴の呂律が回らなくなる。
「私のことはぁ、借金女王と呼んでもいいわよぉ」
「母さん……」
 かなみは呆れる。
 この人はそんな悪乗りを振ってくることはよくわかっているけど、いい歳なのだから自重して欲しいというのが本音だ。
「女王陛下ッ!」
 そんなかなみの気持ちを無視して、沙鳴は涼美へかしずく。
「沙鳴、そういうことしなくていいから!」
 やりづらくてたまらない。
「あはははぁ、くるしゅうないぃ、おもてをあげぇ」
「母さんも!」
 かなみはテーブルを叩く。
「大体、母さんはいつ帰国したのよ?」
「ついさっきよぉ、いきなり帰って驚かそうと思ってぇ」
「メチャクチャ驚いたわよ……」
 かなみはため息をつく。
 まあ、帰国は素直に嬉しいのだけど。
「こんなに面倒なことになるのなら、ちゃんと連絡してほしかったわよ」
「今度からはぁ、ちゃんと連絡するからぁ、あるみちゃんにぃ」
「社長にはダメよッ!」
 絶対にろくでもないことになる予感しかしない。
「もぉう、連絡しておいたけどねぇ」
「え? なんで、社長に?」
「仕事の話よぉ」
 やっぱり嫌な予感しかしない。
 そもそも、涼美が外国にいるのは、借金を返す為に日本よりももっと稼げる割のいい仕事を求めてのことなのだけど、その割のいい仕事というのは、かなみからしてみれば十分危険で非合法で割の合わない仕事といっていい。
 そんな仕事ばかりしている涼美が、あるみへ仕事の話を持ち込む。
 どうしても嫌な予感しかしない。
「かなみにもぉ、手伝ってもらおうとぉ思ってぇ」
「お断りよ!」
 条件反射で答える。
 本能が報せてくれる。

――この仕事は引き受けるのはまずい。命に関わる、と。

「母さんの仕事なんだから、母さんがやってよ!」
「でもぉ、母さん。かなみにぃ、手伝ってほしくてぇ」
「母さんは私の手伝いなんかいらないぐらい強いでしょ!」
「あるみちゃんのぉ、許可はもう貰ったわよぉ」
「か、勝手に!?」
 勝手に話が進んでいたことこそ嫌な予感だったと悟る。
「文句ならぁあるみに言ってぇ」
「今から電話する?」
 マニィは携帯電話を持ち出して、問いかけてくる。
「いや、それは……やめておくわ」
「それじゃぁ、明日よろしくねぇ」
 お気楽な母親に不安を禁じ得ない。
「あうぅ……なんでこんなことに……」
 かなみはテーブルへ項垂れる。



「あなたが妖精さんなのねぇ」
 朝起きると、涼美とリュミィが会話をしていた。というより、涼美が一方的に語り掛けて、リュミィがテーブルの上で反応するといったやりとりをしていた。
「母さん?」
「かなみぃ、おはようぅ」
 布団から起き上がって、涼美は手を振る。リュミィも真似をして手を振っている。
「おはよう」
 朝食用のご飯とみそ汁が置かれている。
「いただきます」
「いただいてぇ」
 涼美が用意してくれたのだろう。温かい言葉に、温かいご飯……母親がいてくれるだけで、こんなにも安心できる。
「ごちそう様」
「相変わらずぅ、いい食べっぷりねぇ」
 そう言われて少しだけ気恥ずかしくなる。
「仕事はどうするの?」
「学校が終わってからねぇ」
「そう……」
 かなみは寝間着から制服へ着替える。
「いってきます」
「いってらっしゃぁい」
 そんな当たり前のやりとりをしてから学校へ行く。
「………………」
 かなみは手を振って見送る母親の姿を一度だけ振り返って見る。

キンコーンカンコーン

 学校が終わったら、校門に母がいた。
 当然のことながら、目立っていた。
 中学生で父兄が出迎えてくるだけで恥ずかしいものがあるけど、母は恐ろしく目立っている。
「かなみぃー、こっちよぉ!」
 大声で呼んでくるし、あるみと同じでとても中学生の子供がいるとは思えないぐらい若々しい。それになんといってもスタイルがいい。はっきり言ってテレビでよく見かけるようなモデルでも太刀打ちできないぐらいいい。
 そんなわけで下校する生徒、特に男子は視線を釘付けになってしまう。主に胸あたりを。
 娘としては気が気でないし、早くこの場から退散したい。
「母さん、こっち!」
 かなみは涼美の手を引いて無理矢理引いて、校門から立ち去る。
 明日クラスメイトからやんや言われたらどうしようか、そんなことを考えてしまう。
「明日は明日の風がふくぅ」
「誰のせいだと思ってるの!? っていうか、なんで考えてることがわかるのよ?」
「かなみぃのことだったら、大体わかるわよぉ」
「母さんって、そんな親ばかだったかしら?」
「最近目覚めたのぉ、それよりぃ行きましょう」
「急に帰るんだから……それで、今日の仕事って何?」
「一言で言えばぁ、取り逃した怪人の始末よぉ」
「取り逃した、母さんが?」
 かなみには少し信じられない話だ。
 涼美はおっとりとしているように見えるけど、魔法によって聴覚を強化して、逃げる怪人の足音を聞き分けて怪人をどこまでも追跡することができる。
 魔法少女としての実力だって、かなみよりも遥か上だ。
「うん、ちょっとぉ油断しちゃってねぇ」
「でも、その怪人が相当な実力があるってことよね?」
「えぇ、だからかなみに手伝ってほしいのぉ」
「……やっぱり、やばい仕事じゃないの」
 そもそも自分の手伝いなんか必要なのか、という疑問がある。
「えぇ、だからかなみに手伝ってほしいのぉ」
「それで、どこへ行くの?」
「その怪人が行きそうなところよぉ」
 電車を乗り継いでその目的地へ向かっていく。
「その怪人はぁ要人の暗殺を生業にする凶悪な怪人なのよぉ」
「よ、要人の暗殺……」
 それだけで危険な香りがしてくる。
「それでぇ、私は要人から依頼されて、怪人からの護衛を頼まれたわけなのぉ」
「そういうことだったのね。その依頼料っていくらなの?」
「五十万」
「え……」
 かなみは絶句した。
「五十万円?」
「五十万ドルよ」
「ドル!?」
 かなみの頭の中でドルを円に大雑把に換算してみる。
「あ、あががが、ごががががが……」
「かなみぃ、むしばぁ?」
「なんでそんな高額なの!?」
「要人はお金持ちだからぁ」
「そういうものなの」
「それにぃ、母さんあっちでかなり信頼されてるからぁ」
 涼美は得意顔で言う。いつもなら呆れるところだけど、依頼があまりにも高額なものだから納得せざるを得ない。
「母さんだったら、簡単に借金を返せるのよね」
「………………」
 ふと呟いたかなみの一言に涼美は黙る。
「さあぁ、どうでしょうねぇ」
 しばしの沈黙の後、涼美は一言だけそう返した。

ガタンゴトン

 電車は揺れる。
 二人の心の揺らめきと連動しているかのように。
 そして、目的地の駅に着く。
 駅を降りると、話を再開する。
「怪人はとても強くてぇ、とても速いわぁ。暗殺を生業にしているだけにねぇ」
「それを倒すのが今回の仕事ってわけなのよね。どんな怪人なの?」
「一言で言うと影ねぇ。私が見たのはぁ人と熊と戦車の形になってぇ、襲い掛かっているわぁ」
「そ、それは強そうね……」
 人や熊ならともかく戦車とか大きくて巨大なものだったら、かなり厄介そうだと思った。
「なんで、外国(あっち)で取り逃した怪人が日本(こっち)に?」
「影を追い詰めたんだけどぉ、最後に海へ逃げ込まれてねぇ。
方角的に日本に逃げ込んだのかなぁ、と思ってあるみちゃんに連絡してぇ
私なりに現れそうなポイントの予想を立ててみたのぉ」
「それが今向かってる場所ね」
 なんだか見覚えのある経路だった。
 降りた駅、歩く道筋、これから行く先に向かっている方角。思い出したくないことばかりが脳裏をよぎる場所だ。
「母さん、まさか……」
 かなみは問いかける。
 すると、涼美は足を止めて、答える。
「ええぇ、ここよぉ」
「やっぱり……」
 諦めの入った声で、かなみは見上げる。
 それはもうすっかり見慣れてしまった高層ビル。オフィスビルが立ち並ぶ街の為、あまり目立たないし街を行く人達の目にもとまらない、そんなありふれたビル。だけど、れっきとした悪の秘密結社の関東支部の拠点であった。
「怪人が逃げ込むとしたらぁ、怪人の拠点だと思ってぇ」
「そ、そういうものなの?」
「ほらぁ、よく外国の大使館はぁ治外法権っていうじゃない。怪人にとってぇ、ここは大使館みたいなものってぇ考えればいいのよぉ」
「そういう政治のことはわからないけど」
「フフ、かなみに政治とかぁ裏社会とかぁの話はぁ早かったかしらぁ」
 子供扱いされているようで、ムッとなる。
「わかるわよ。それぐらい」
「いや、裏社会の話は普通に早いと思うけどね」
 マニィの一言で、かなみはさらにムッとなる。
「これだけ悪の秘密結社に関わってきて、早いなんてことないでしょ」
「まあぁ、それもそうねぇ。それじゃ、受付は頼んだわよぉ」
「え……?」
 急な振りに戸惑う。
 受付というのはビルに入ってすぐ正面のロビーに居座っている女性である。
 営業スマイルを決して崩さず、敵である魔法少女がやってきても一切動じない。ある意味恐ろしい存在だ。
「頼んだわよぉ」
「え、え……?」
 涼美に背中を押されるまま、ビルの自動ドアをくぐる。
 すると、その受付嬢と目が合う。
「う……!」
 受付の女性は特に動じる様子もなく、ただニッコリと笑うだけであった。
 それがかえって不気味さを引き立ていて、やりづらい。
 いっそ、ここで「よくきたな、飛んで火にいる夏の虫よ!」と襲い掛かってきた方が、こちらも対処すればいいだけだから楽だ。何を考えているのかわからず、何を仕掛けてくるかわからないのがとにかく怖い。
「ようこそ、おいでくださいました。今日はどういったご用件ですか?」
 かなみにはそのいつもの挨拶が脅し文句に聞こえた。
「……きょ、今日の用件は……怪人を探しにきました……!」
「怪人探しですか。どのような怪人ですか?」
 受付の女性は、全く動じることなく抑揚の無い口調で問い詰めてくる。
「え、あ、それは……」
 そういえば涼美から怪人の特徴を少し聞いただけで、名前やどういう怪人なのかは一切知らないままだった。
「どのような怪人ですか?」
 さらに畳みかけるように問い詰めてくる。
「ちょ、ちょっと待ってください」
 耐えかねて、かなみは外へ向かって走り出した。
「母さん!」
「かなみ、早かったわねぇ」
「早かったわねぇ、じゃないわよ!」
「かなみぃ、母さんの物まね上手ねぇ」
 かなみの苛立ちを知らずに、涼美は感心する。
 苛立ちで怒っても、ため息を一つついてから落ち着いた声で諭すように言う。
「受付、母さんがやるべきよ」
「かなみは難しかったのぉ?」
「難しいなんてものじゃなかったわよ。とにかく来て」
「あ、ちょっと……?」
 かなみは涼美を引っ張っていって、一緒にビルへ入る。
「ようこそ、おいでくださいました。どのようなご用件ですか?」
 受付の女性は、かなみがまた入ってきたにも関わらず同じ内容を機械的に口にする。
「私達が探している怪人がぁ、こちらにやってきませんかぁ?」
 涼美も涼美でいつもの調子で言い返す。
「あなた達が探している怪人ですか? お名前や特徴を教えていただけませんか?」
「名前はぁシャドワール。黒くて様々な形に変化するぅ、怪人だからぁ、決まった姿がないみたいなのよぉ」
 間延びした口調。
 相手が誰であろうと普段の態度を崩さない。
(ある意味、大人ね……)
 かなみは感心する。
「シャドワール様ですね。少々お待ちください」
 そう言って、受付の女性は内線電話をとる。
「はい、受付です。テンホー様はいらっしゃいますか?」
 そんな声が聞こえた。
(いきなりテンホー?)
 怪人を探しにきただけだというのに、幹部に繋ぐなんて思いもしなかった。
 テンホー、出来れば会いたくない女幹部だ。
 ましてや、ここは怪人達の拠点。テンホーが大量の怪人達を引き連れて、いきなり取り囲むことだって十分にあり得る。
「はい、かしこまりました」
 受付の女性は受話器を置く。
 そして、かなみ達を見据える。
「テンホー様が直接応対することです。十九階でお待ちしているそうです」
「それはどうもぉ、ご親切にぃ」
 涼美はお礼を言って、受付の女性へ背を向ける。
 受付の女性はその様を、やはり営業スマイルを顔にはりつけたまま見送っている。
「………………」
 かなみは閉口して、そのやり取りを見ているだけだった。
「何してるのぉ、いくわよぉ」
「あ、うん」
 涼美に急かされて、慌てて追いつく。
 エレベーターに乗り込むと、あの受付の女性とまた目が合った。
 受付の女性はやはりニコリと微笑みを返すだけで、ただそれだけで不気味さを感じてしまう。
「十九階ね」
 涼美は十九階のボタンを押す。
(そういえば、前に来た時は十八階までしかなかったような……)
 翠華とみあと初めて来たときも、あの受付の女性とやり取りをして、こうしてエレベーターに乗った。
 あの時は十八階までしかなかったとかなみは思い出す。
 一度乗り込んだ時に、かなり打ち壊したことだし、その時の改修で増築でもしたのだろうか。
 外から見たら十八階も十九階も違いはわからないし、元々十九階もあったのだろうか。
 エレベーターは十九階で止まる。
 かなみは考えるのをやめて、エレベーターを出る。
 こうしてみると清潔感あるごく普通のオフィスビルに思える。一般人がいないはずなのに、何の為のカモフラージュなのだろうか。相変わらずこのビルに入ると疑問が尽きない。
「よく来たわね」
 そこへテンホーがやってくる。
 こちらも相変わらず胸元がはだけた露出度の高い和服を着こんでいて、いかにも悪の女幹部らしい。
「久しぶりねぇ、戦争以来かしらぁ」
 涼美の返事に、テンホーは眉をひそめる。
 あの戦争は、テンホーにとって同僚である二人倒されて、一度は関東支部が壊滅寸前にまで追いやられた忌まわしい出来事のはずだ。
 それを億面も無く口にする涼美の図太さに、かなみは感心する。
「ええ、そうね。娘さんの方には何度もあってるけどね」
 フフッとかなみの方へ視線を移す。
「………………」
 かなみは何か言うわけでもなく睨み返す。それを見て、テンホーは嬉しそうにする。
「応接室はこっちよ」
 そう言ってテンホーは背を向ける。前にもそうやって案内された。まるで再現されているかのようだ。
 そして、案内された応接室もあの時と全く同じ光景であった。
 ここは十九階。あの時は十八階。そんな違いなんてないかのように全く同じだ。
「それでぇ、シャドワールはこっちにいるのぉ?」
 涼美はソファーに座り、単刀直入に訊く。
「シャドワールね。噂を聞いたことはあるわね、ニューヨーク支部の腕利きの暗殺怪人って」
 腕利きの暗殺怪人、と聞いて、かなみは身体を強張らせる。
「なんで、そんな怪人のことを訊いてくるの?」
「私はぁ、シャドワールがここに来ているのかぁって訊いてるのよぉ」
 テンホーの口が止まる。
 涼美の問いかけは、テンホーの疑問を全く意に介さないものだった。
『質問をしているのはこっちだから、すぐに答えなさい』
 間延びしたおっとりした口調だけど、そういう圧力を感じる。
「……やりにくい相手ね」
 テンホーはため息一つついて答える。
「シャドワールはこっちに来ていないわ」
「それはほんとぉ?」
「信用できないのなら好きなだけ見て回ったら?」
「す、好きなだけって……?」
 テンホーの物言いにかなみは困惑する。テンホーはその態度を楽しむように続けて言う。
「すぐ上の屋上から地下百階まで好きなだけ、ね。全部見て回るのに何日かかるかしらね、フフ」
「ど、どんだけ広いのよ……」
 それにそれだけ広いということは、それだけ怪人も控えているということなのだろう。
 出来ることなら、見て回るどころかうろつきたくもない。
「うーん、そこまでぇ自信があるってことはぁ、いないってことねぇ」
「そうね。私としてはそんな暗殺者を匿う利点はないもの」
「それはどうかしらぁ?
ああいう怪人を飼いならすとぉ、色々と良からぬことができるものよぉ」
 涼美は挑発めいた笑みを浮かべる。
「良からぬこと、ね……あいにくと今の関東支部にそんな計画はないわね」
 それをテンホーは肩をすくめてかわす。
(い、息が苦しい……)
 一触即発、とまではいかないまでも、腹の探り合いというのは見ているだけでも息が詰まる。
 ついてこない方がよかったかもしれない。そう思えた。
「わかったわぁ……」
 そんな探り合いを打ち切るように、涼美は言う。
「今はぁその言葉を信用をしましょぉ」
 涼美は立ち上がって、かなみも促す。
「また今度ね。機会があったらじっくり話しましょう」
 テンホーはフフッと不敵に笑って、最後にこう言った。
「特に娘の方とはね」
 ごめんこうむる。それがかなみの正直な気持ちであった。
 応接室を出て、すぐにエレベーターへ入る。行先はもちろん一階。
「空振りだったわねぇ」
「無駄に緊張しただけだったわ」
 お気楽な母が羨ましく思えた。
「それで次はどうするの?」
「どうもしないわぁ」
「はあ?」
「何も考えてなかったからぁ、とりあえずぃ、あるみちゃんに連絡ねぇ」
「そんな調子で大丈夫なのかしら?」
 かなみはだんだん不安になってくる。
 この分だと報酬の五千万ドルというのも怪しくなってきた。
「あるみちゃん、今関東支部に来たんだけどぉ、空振りだったぁ。
え? そんな気がしてたぁ? それなら先に言って欲しいわよぉ、
えぇ、だったらぁ来葉ちゃんに相談したらぁって、高いんじゃないのぉ?」
 会話内容が電話越しだけど、なんとなく伝わってくる。
 来葉の未来視で調査してもらうつもりなのだろうか。確かにそれは確実な手段だろう。
 涼美はそんなやり取りをしているうちに、エレベーターは一階につく。

ピッ!

 それと同時に、涼美は電話を切る。
「かなみぃ、五十万持ってるぅ?」
「持ってるわけないでしょ。なんで、そういう話になったの?」
「来葉ちゃんにぃ、シャドワールの居場所を突き止めてもらうのにぃ、依頼料払わなくちゃならないからぁ」
「来葉さんの依頼料ってそんなに高額なの……」
 それほど来葉の仕事を見てきたわけじゃないけど、具体的に金額を提示されるとなんといえばいいのか。未来を視てもらい、情報を得るというのは確かにそれだけの価値があるのだろう。
 いずれにしても、かなみが依頼できるような金額の話じゃない。
「できないんだったらぁ、かなみが土下座してぇ頼むしかないわねぇ」
「なんでそうなるの!?」
 無茶振りもいいところだ。
 そんな会話をしながら、かなみ達はビルの出口へ向かう。
 一瞬だけ、何の気なしに、さっきの受付の女性の方を見る。
「ようこそ、おいでくださいました」
 その時、受付の女性はまた誰かを迎え入れたようだった。
 その誰かの姿をかなみは見た。
――黒い影だった。
「……ん?」
 かなみは硬直する。
 人の形をした黒い影。それが受付の前に立っていた。

――一言で言うと影ねぇ。私が見たのはぁ人と熊と戦車の形になってぇ、襲い掛かっているわぁ

 涼美がそんなことを言っていたのを思い出す。
「母さん、今の……」
 かなみは涼美に確認をとる。
「奴ねぇ」
 涼美は確信を持って言う。
「え……?」
 かなみの受けごたえを聞かず、涼美は方向転換する。
「――!」
 影も涼美に気づいたらしく、跳ね上がって距離をとろうとする。
「お客様方、ロビーは戦闘を行う場所ではありません」
 そんな涼美と影の双方を制するように女性は言い放つ。
「ごもっともだけどぉ、悪の言葉には耳を傾けない主義なのよぉ」
「な、なんで貴様がここに……!?」
 影は恐れ戦いている。
 この影がテンホーが言っていたシャドワールなら相当な腕利きのはずなのに。それだけ、涼美が怖い相手だということなのか。
「あなたを追ってねぇ、はるばる海を越えてぇやってきたわぁ」
「ちくしょう! ここがどこだかわかってるのか?」
「ですから、悪の秘密結社ネガサイド関東支部本拠点の一階ロビーです」
 こんな緊迫した状況でも、受付の女性は平常運行で逆に怖いぐらいだ。
「だからぁ、あなたがここに来ると思ってぇ、来てみたらドンピシャだったわけぇ」
 涼美は得意満面で語る。
「それで俺を始末する気かぁッ! 冗談じゃねえぞッ!
おい!」
 影――シャドワールは、受付の女性へ捲し立てる。
「ここは関東支部だろぉッ! あいつらを始末しちまえよ!!」
「申し訳ありませんが、そのような用件は承っておりません」
 受付の女性はシャドワールの頼みを無碍に断る。
「ですが、受付(ここ)ではない場所でなら話は別です」

カチッ!

 何やらスイッチが押された音がした。
「あ……」
 かなみには既視感があった。
 たしか……前にも受付に似たようなことを言われて、

ガシャン!

 床が抜けて、落ちた。
 かなみと涼美だけではなく、シャドワールもろとも。
「あ~~~~!!」
 かなみは間抜けな悲鳴を上げてしまう。
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