まほカン

jukaito

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第64話 霧中! 光の上で見守る母親と少女 (Aパート)

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――私は守りたいものを守れない

 通学路を歩く翠華はそんな悩みを抱えたまま、うつむいていた。

 私にできることってなんだろうか。と考えてみても、何もできないと思い知らされる。

 そんな戦いを昨晩繰り広げた。



 最高役員十二席ヘヴルとの戦い。



 思いもしなかった強敵であった。

 一対一どころか、カナミやミアやシオリ、四人の魔法少女の力を合わせても到底勝てない。それほど圧倒的な力の差を持った怪人。いや、あれは最早怪人という枠に収まらない。悪魔といったほうがいい。

 そんな強敵と戦ったのだ。

 今生きていることさえ不思議でならない。



――かなみさんはあんなことになってしまったのに。



 それがたまらなく翠華の罪悪感を大きくさせていった。







 最高役員十二席選抜第三次試験。

 そこで、倒されたはずのヘヴルといきなり戦わされた。

 十二席に相応しい実力をもったヘヴルとまともに戦って勝てるはずが無く、かなみ達も寸前まで追いつめられた。あわやというところで、敵だったはずのヨロズに救われた。

 さらに、妖精リュミィの力を借りて無尽の魔力を得たカナミはその力を存分に振るった。

 紙一重の差でヘヴルに勝利したが、限界を超えた力の行使にかなみは耐えきれなくなって倒れた。

「かなみさん!」

「かなみ!」

「かなみさん!」

 心配して駆け寄ったスイカやミア、シオリは必死に呼びかけたが、答えなかった。

 いくら呼んでも意識が戻ることが無く、もしかしたら……、と最悪の事態さえ思い浮かぶ。

「かなみさん! かなみさん、起きて! 起きてよ! お願いだから起きて! かなみさん!!」

 いつしか涙を流しつくし、名前を呼んだ回数は百回を軽く超えた。

 それでも、かなみの呼びかけに一切応じなかった。まるで魂が抜けたかのようだった。

「――これは危険ね」

 妙にくっきりと聞こえる声が背後からする。

「社長!」

 魔法少女アルミの姿がそこにあった。

 それはこれ以上無く頼もしく、希望を感じさせてくれるものであった。

「私が診るわ」

「は、はい! お願いします」

 スイカはかなみを抱き起して、アルミへ見せる。

「……ただの魔力の使い過ぎで倒れたんじゃないわね」

「社長、カナミさんは……!?」

「大丈夫よ、必ずなんとかするから」

 その返答を聞いただけで、スイカ達は安堵の息をつく。アルミが大丈夫だと言ったら絶対に大丈夫だと確信できるから。

「マジカルドライバー」

 かなみへドライバーを差し込む。

「……ん?」

「どうかしましたか?」

 スイカは不安になって訊く。

「厄介なことになってるわね」

「厄介な? そ、それは……」

 「……どういうことですか?」と訊こうとしたところで、アルミはかなみを抱きかかえて立ち上がる。

「ひとまず帰りましょ。話はそれからよ」

 アルミはそう言って、出口へ向かう。

 闘技場にいる怪人達、観客として見下ろしている怪人達、それらの視線を一身に浴びていたが、そんなもの一切意に介さない悠然としたものであった。

「あれが、魔法少女アルミ……!」

「関東支部長を葬ったという噂の……」

「いや、俺はヘヴル様もあの人が倒したって聞いたぞ」

「俺達が十人……いや、百人束になってかかっても勝てそうにないぜ、ありゃ……!」

 そんな畏怖が込められた声がちらほら聞こえてくる。

 そのおかげで誰も手を出そうとしない。襲い掛かってきたとしても、あっさり返り討ちにされるのは目に見えてるし、怪人達もそれがわかっているのだろう。

 ヘヴルの圧倒的な力で吹き飛ばされる仲間を目の当たりにしてきたのだから、余計にそう感じるせいもある。

「……どうして?」

 スイカは疑問に思った。

 どうして、あれだけのチカラを持っているのに、ヘヴルとの戦いに力を貸してくれなかったのか。

 そのチカラを存分に振るえたら、ヘヴルを簡単に倒せたはずなのに。

 そうすれば、かなみだってあんなことにならなかったはずだ。

 どうして……? どうして……?

「スイカちゃぁん」

「す、スズミさん!?」

 不意にスズミが隣に立っていた。

「よく頑張ったわねぇ、すごぉいすごぉい」

 スズミは無邪気に手を叩いて称賛する。ただ、スイカも同じように喜ぶ気になれなかった。

「スイカさん、私足手まといで、もっと強かったら……」

「すとぉっ~ぷ」

「んん?」

 スズミはスイカの口へ指を当てて止める。

「自分を責めるのはぁ、無しよぉ。今はぁかなみの心配がさきぃ」

「あ、は、はい……」

 スイカは頭を振って、我に返る。

 そんなたらればの話をしたって、意味が無い。

 今は、かなみが無事に助かるかどうか、ただそれだけだ。

「さて帰りましょうか」

 クルハがチトセへ言う。

「とんでもない試験になったものね。かなみちゃんも大丈夫かしら?」

「……そうね、代われるものだったら私が代わってあげたかったけど……」

 クルハは暗い顔になっていく。

「あの娘には運命に打ち勝つチカラを持ってほしいから」

 複雑な心情をクルハはチトセへ吐露する。

「辛いものね……親の心境ってこういうものなのかしら?」

「……あなたの場合、おばあちゃんじゃないの?」

「あ~」

 チトセはなんともいえない気分になる。子供どころか孫さえもったことないのだから、それが果たして本当のことなのかわかりかねている。

「すげえな、あいつ」

 貴賓席でその様子を眺めていた十二席の面々は感心する。

「桁外れ、というべきか」

 グランサーはニヤリと笑う。

「一度戦ってみたいものね」

 音速ジェンナは腕を鳴らし、足をくねらせる。

「やめておけ。その一度が命懸けになる」

 視百が諫める。

「上等だ! 俺はもう一度奴と命懸けの勝負ってやつをやりてえもんだ!!」

 壊ゼルは嬉々として腕を鳴らし、アルミを見下ろす。

 その闘気は、アルミの背中にまで届いていたが、それを意に介した様子は無い。それだけでも壊ゼルにとっては物珍しいものであった。

 出来ることなら十二席の立場など置き去りにして、今この場で飛び込んで戦いたい。

「止めよ」

 判真は厳かな口調で告げる。

「――!」

 壊ゼルは歯噛みして席に座りつく。

 席長・判真の命令には逆らうことはできない、絶対遵守だ。

 それは同じ最高役員十二席の壊ゼルとて例外ではない。

「確かに、人間の身であれだけのチカラを持つのは興味深いわね」

 ジェンナはニヤリと笑い、興味を示す。

「魔法少女、というものか。あのカナミという者も凄まじかったな。無明の現身うつしみとはいえ、ヘヴルを倒してしまうとは思わなかったが」

「脅威ですぞ。いずれネガサイドを破滅をもたらすやもしれぬほどのものです」

「それはそれで面白いかもしれないな、ククク」

 グランサーは不気味に笑う。

 混沌から生まれた怪人にとって、脅威や破滅はむしろ望むべき、本能といっていい。

 グランサーや壊ゼル、ジェンナはその本能に忠実なだけである

「……それでは困りますがね、いかがいたしましょうか?」

 むしろ、脅威や破滅に対して頭を悩ませる視百が異種なのかもしれない。

 それに対して少々困った視百は判真に意見を求める。

「――静観」

 判真はただそれだけ答える。

 ただそれだけなのだが、判真の指示には絶対に逆らえない為、このまま闘技場を去っていくアルミを始めとする魔法少女達を眺めることしかできなくなった。

「触らぬ神に祟りなし、といいますが、まさか、ですね……」

 視百は百以上の眼で魔法少女達の姿を捉えて、密かに口にする。







 かなみの部屋で布団を敷いて、寝かしつけた。

 かなみの表情はとても穏やかで、静かに眠っているようだった。

「呑気に寝てんじゃないわよ……」

 みあがぼやく。

「一見するとただ寝ているように見えるけどね」

 来葉は優しく促すように言う。

「魔力を使いすぎたせいなのか、リュミィの妖精の力を使った反動なのか……かなみちゃんの意識はこの世界に無いのよ」

「それって、どういうことですか!?」

 焦る翠華に対して、来葉は説明をする。

「生命には大きく分けて魂と肉体の二つがあるわ。

肉体は世界の魔力は取り込むことで、魂の消耗を防ぐことができるわ。

でも、肉体が死んだら魂だけの状態になってしまって、魂は消耗し続けて、やがて消滅する。それが本当の死よ」

「私の場合は、魂だけになっても世界から魔力を取り込む術を知っていたから、こうして今ここにいられるわけなんだけどね」

 千歳が補足する。

「それが、今のかなみとどう関係あるわけ?」

 みあが訊く。

「本来、魂と肉体は強く結びついていて、そう簡単に引き離されることは無いわ」

「妖精の力を使ったのは、そう簡単、って事態じゃなかったってわけよ」

 これまでかなみの容態を見ていたあるみが顔を上げて言う。

「多分、身体に魔力を取り込みすぎた結果、魂と身体が拒否反応を起こしたんじゃないかってとこね」

「魂と身体が拒否反応?」

「妖精の力で、かなみちゃんは魔力を際限無く取り込んでいたわ。神殺砲を撃って、爆散した魔力を取り込んでを何度も何度も繰り返して、そうしていくうちに普通は先に身体の方が壊れてしまうものなんだけど、今回は妖精の力が働いたせいなのか、魂が無限に取り込まれる魔力に押し出されるようにどこかへ行ってしまったのよ」

「どこかって、どこですか?」

「ここではない、どこかよ」

 あるみの返答に、翠華やみあは首を傾げる。

「平行世界……『もしも』、『あるいは』あり得たかもしれない可能性から生まれた分岐の世界ともいうべきね」

「難しくてよくわかりません」

 紫織は疑問符を浮かべる。

「例えば『今日の戦い』ね」

 あるみはホワイトボードに書き込む。

「こうして、戦いに勝って、みんな生き残ってる世界がこの『私達の世界』。――そこから」

 あるみは『今日の戦い』と『私達の世界』の間に枝分かれした、もう一つの項目を入れる。

「戦いに負けて、みんな死んでしまった『全滅の世界』」

「――!」

 紫織は怯む。

 ヘヴルと戦った時の恐怖が蘇ったのだろう。

 続いてあるみは『みあ死亡』『翠華死亡』『紫織死亡』『萌実死亡』と枝分かれして項目を追加していく。

「まあ、私達も例外じゃないんだけどね」

 そんな一言を付け加えるけど、みあ達の気分は良くならなかった。

 自分が死ぬ。そういう可能性を突き付けられたのだから当然だ。

「こんな風に世界は絶えず分岐を続けて新しい世界が作られているのよ。わかった?」

「まるでゲームの分岐ね」

 みあはそう評する。

「そうね。そう思ってもらって構わないわ。ただ、これは現実のことよ」

「それはわかったけど、それが今のかなみとどんな関係があるっていうのよ?」

 みあが訊く。

 少女三人の中で、一番冷静で柔軟な頭をしていた。

「この平行世界っていうのは、こんな感じに近所のように隣り合ってるけど、普段は行くことも帰ることもできないようになってるのよ」

「それが出来る魔法があるっていうのね」

「ピンポーン」

 みあの返答に、あるみは明るい顔をする。

「正解よ」

「あんたならそんな無茶もできそうって思ったんだけど」

「一応ね。でも、私もまだ未熟だから自在にはできないわ。その手の魔法は来葉の方が得意分野よ」

 翠華達はあるみの『未熟』発言に疑問符を浮かべたけど、来葉が言う。

「私の場合は『視る』魔法ね。分岐する世界の未来の行方を視ることができるけど、行き来までは出来ないわ」

「それだけ平行世界に関する魔法はランクが高くて希少なのよ。

ただ高度な魔法を使用すると、平行世界の壁が曖昧になって迷い込んでしまうことがあるわ」

「高度な魔法……かなみさんの神殺砲のことですか!?」

「ピンポーン」

 翠華の発言に、あるみは指を立てる。

「あれだけの魔法ならね、下手をすると風穴を空けちゃったかもって感じね」

 ホワイトボードの『私達の世界』から、「矢印」と「?」をセットで書く。

「そうして、かなみちゃんの魂は平行世界に迷い込んでしまったのよ」

「かなみ、壮大な迷子になっちゃったわけねぇ」

 涼美はこの場に相応しくない呑気ないつもの口調で言う。

「まあ、そうね。海外で迷子になるのとはわけが違うし、月まで行っちゃった方がまだ探しやすいわ」

 あるみがめずらしくため息交じりにぼやく。

「でも、魂だけというのが救いね」

 千歳は言う。

「どうしてですか?」

 そこに希望がこもっているニュアンスだった為、翠華は飛びつくように尋ねた。

「強い結びつきをもった肉体がここに残っているからよ」

 千歳は布団にくるまったかなみを指す。

「魂と肉体というのは凄く強い繋がりを持っていてね。

こうして、五体満足な身体なら魂とわずかに細い糸のような結びつきが残っているものよ。見えないかしら?」

 千歳にそう言われて、かなみを見てみるが、細い糸のようなものは一切見えない。

「……見えません」

 翠華は落ち込む。

「気にすることないわ。訓練を積めば見えるようになるから」

「え、もしかして、あれ糸だったの……?」

 みあは意外そうに言う。

「みあちゃん、見えるの……?」

 これには千歳も少々驚く。

「見えるっていうか……クモの糸みたいなやつがうっすら一本あるけど、それがそうなの……?」

「うーん……」

 翠華はじっくり目を凝らす。

 しかし、みあが言うようなクモの糸のようなものは一切見えない。

(やっぱり、私ってダメなのかしら……?)

 翠華は劣等感で自己嫌悪に陥り始める。

「クモの糸っていうのは言い得て妙かもしれないわね」

「縁起でもないわよ」

 あるみは千歳に注意する。

「私達はその糸を手繰り寄せて、かなみちゃんの魂をこちら側に戻すんだから」

「ということは、この糸の先にかなみがいるってわけね」

 みあが訊く。

「理解が早くて助かるわ。そんなわけで、私と千歳はこの糸を手繰り寄せる」

「それじゃぁ私達に出来ることは無いのぉ?」

「ええ」

 涼美の問いにあるみはあっさりと肯定する。

「ざぁんねぇん」

 涼美は首を傾げる。

「あ、あの……本当に私達が出来ることは無いんですか?」

 翠華は不安げに訊く。ひょっとしたら、出来ることがあるんじゃないか、そんな淡い期待を込めて。

「――ないわ」

 あるみはバッサリと切り捨てるように答える。

「だから、もうあなた達は一旦帰って休みなさい」

「そんな!」

 翠華は声を上げる。

「あなた達だって戦いで消耗しているはず。ゆっくり休んでいざってときに備えるのよ」

「いざって時って何よ? あたし達に出来ることはないって言ったばかりじゃない」

 みあは不貞腐れたように言う。

「ま、不測の事態ってやつは起こりうるものよ」

「それは来葉さんの未来視で視えたのですか?」

 翠華が訊く。

「ええ、そうよ」

 来葉は眼鏡をたてなおして答える。

「そうなった時、私と千歳は動けないからよろしく頼みたいのよ」

「………………」

 翠華やみあは沈黙する。

 色々と思うところがあった。

「ひとまず、帰ってゆっくり休みなさい。これは社長命令よ」

 口調こそ穏やかなものであったが、有無を言わさぬ迫力があった。

 それゆえに、翠華達はその場で大人しく従うしかなかった。







 それから翠華は家に帰った。

 魔法少女の仕事をしてから夜が遅くなることはよくあることなので、今日の帰りが遅いからと両親から心配されることはなかった。

 帰るなり、部屋に着くとひとまずベッドに寝転がった。

 すると、よほど疲れていたのか。あっという間に眠りに落ちた。

 気づいたら朝になっていた。

「朝寝坊なんて珍しいわね」

 と、姉の愛華まなかが起こしに来た。

「……おねえちゃん?」

 翠華は目を開けて、時計を確認する。

「――!」

 パッと目を見開く。

「……あ、あぁ!」

「間に合う?」

 愛華は楽しそうに笑う。

「間に合わないかも」

 飛び起きて、洗顔、歯磨き、軽い化粧、制服への着替えを流れるような動作で済ませて、カバンを背負う。

「おお、見事な手際ね」

 本日休講で呑気に見物している大学生の姉を恨めしく思う。

「朝ごはんは?」

「食べてる時間無いからもういくわ」

 翠華はさっさと部屋を出る。

「いってらっしゃい」

 愛華はニコニコ手を振って見送る。

(お姉ちゃん、悩みなんてあるのかしら?)

 そんなことを考えてしまう。







「……そろそろ、一休みにした方がいいわよ」

 来葉が提案する。

「ああ、もう朝なのね」

 あるみは今寝覚めたかのような気だるさで応える。

「夢中になってると時が過ぎるのを忘れてしまうわね」

 千歳の方はまだ余裕があるように見える。

「さあさあぁ、一休みにコーヒーでもどうぞぉ」

 涼美は労いの言葉と共にコーヒーを差し出す。

「ありがとう」

「ちゃんとぉブラックにしておいたからぁ。でも、疲れてる時は砂糖をたっぷり入れた方がいいわよぉ」

 涼美はそう言って、れんげいっぱいの砂糖をコーヒーに投入する。

「……でも、さすがにそれは入れすぎよ」

 来葉は注意する。

「私も飲んでみたいんだけど……早く飲み食いできる魔法人形できないかしら?」

「……そういう専門家がぁ入れば話は早いんだけどねぇ」

「どこかにいないの。あの人形師以外に」

「………………」

 あるみは無言でコーヒーをゴクリと飲む。

「それで、調子はどうなの?」

 涼美はこの上なく真剣な眼差しで問いかける。

「……まだ五分ね」

「そう、あるみちゃんにしては珍しく弱気ね」

「慣れないことはするものじゃないわ。平行世界に彷徨った魂を手繰り寄せるのは思ったより難しいのよ」

「困ったわねぇ、もしかなみがこのまま起きなかったらぁ」

「そうはならないわよ、たとえ何か月、何年とかかろうともね」

「気長に待てないからぁ一日でなんとかしてぇ」

「無茶を言うわね……」

「あるみちゃんだからぁ言ってるのよぉ」

「おだてるのが上手いんだから」

 トン、と空にしたコップを置いて、かなみを向き合う。

「あなたこそいざという時は頼むわよ」

「いざという時ねぇ」

 涼美はそう言いながら来葉の方を見る。

「……不吉な未来が出てるわ」

「それはぁたいへぇん」

 言葉とは裏腹に、コップはガタガタと震えている。

「あなたって、昔から態度に出やすかったわよね」

 フフ、とあるみは笑う。

「かなみの生命を狙うような奴はぁ、生きては返さないわぁ」

「今の涼美ちゃんは敵に回したくないわね」

「敵に回ってみるぅ?」

 千歳と涼美は微笑みを交わしあう。

「……頼りにしていいのかしら?」

 来葉は訊く。

「もちろんよ」

 あるみは微塵も迷うことなくまっすぐに答える。







キンコンカンコーン



 一時間目終了のチャイムが鳴る。

「青木さんがギリギリで来るなんて珍しいね」

 同級生が愉快気に声を掛けてくる。

「う、うん……」

 翠華は汗をハンカチで拭いながら答える。

 思いっきり走ってなんとか始業一分前に滑り込みセーフしたところで、同級生達の注目を集めてしまった。

 普段は品行方正かつ模範的な優等生で通っている青木翠華なだけに、その汗まみれで息もだえだえの姿は衝撃的であった。

「何かあったの?」

「うーん、別に……ちょっと、昨日は遅くて」

「え、夜更かし?」

「何か気になる深夜ドラマでもあったの?」

「いいや、深夜アニメでしょ」

「青木さんはそんなの見たりしないわよ。本とかじゃない?」

「詩集とか、哲学書とか、そういうの!」

「はは……」

 翠華は苦笑いする。

 実際そんな高尚なものなど持ってない。

 少女漫画とかライトノベルとかそういうものばかり読んでいる。そして、たまに絵本なんかも。

(そんなこと、言えるわけないわね……どうしてこんなことになったのかしら……?)

 高校生活最初の一年。

 最初は単に成績優秀な優等生ぐらいだったのだが、クラス委員を務めたりなんかしてクラスをまとめあげているうちに、すっかり上品なお嬢様のイメージが定着してしまった。

 そのイメージを壊さないようにふるまっているうちに、さらにイメージは固まり、二年生になってもそれは変わらなかった。

 なので走って教室に滑り込むだけで大騒ぎという有様だ。

(もうすぐ休み時間が終わるから、それまでの辛抱ね……)

 しかし、時計の進みが妙に遅く感じた。

 静かに微笑みを浮かべて聞き流すにも、いい加減疲れてきた。

「ひょっとして、恋煩い?」

 誰からともなくそんなことを言ってきた。

「――!」

 思わず反応してすくみあがった。

 一瞬のことだったけど、恋愛話に関しては勘が妙に冴える女生徒にはモロバレであった。

「ええ、青木さん、恋したの!?」

「誰誰!? このクラスの男子!?」

 取り囲む女生徒がにわかに騒ぎ出す。このクラスの男子も自分じゃないかとそわそわしだす。

「そ、そんなんじゃないわ」

 慌てて訂正しようにも、恋話という燃料が投下された女生徒の火は止まらない。

「もしかして、C組の江原君!? 彼、イケメンだものね!?」

「違うわよ! サッカー部の池田君でしょ!?」

「生徒会長の畑山先輩じゃないの。でも、彼ライバルが多いんじゃない?」

 失礼ながら、誰も眼中に無かった。

「あ、あのね……」

 翠華はなんとか訂正しようと試みる。



キンコーンカンコーン



 そんなタイミングで始業のチャイムが鳴る。

 女生徒達は席に着くものだから、訂正できずに恋愛話の火はくすぶったまま、授業が始まる。

(なんで、こんな面倒くさいことに……私が恋なんて……)

 恋をしているのは事実だ。

 だけど、この教室で大っぴらに言えるようなものではなかった。相手がこの学校の生徒であれ、どうであれ……。

(かなみさん……大丈夫かしら……?)

 かなみの身を案じ、窓の外へ思いを馳せる。

 その姿はまさしく恋する少女であり、同級生の興味を引かせるのであった。



キンコーンカンコーン



 授業が終わり、即座に前後の女生徒から質問攻めにあう。

「で、誰なの?」

「うちのクラス? 隣のクラス? 同い年?」

「だ、だから違うのよ……」

「違うって? 違う学校の人ってこと?」

 一応違う学校の人であった。

「うーん、さすがに他校の人までは検索範囲外ね」

「ひょっとして大学生? 青木さんって大人の人がタイプっぽいものね」

「………………」

 どうしてそうなるのか。

 どちらかとういうと年下好みであるのに。とはさすがに言えない。

「あの……別に私は恋なんてしてないのよ」

「え、そうなの?」

 ようやくのことで話を聞いてもらえた。

「絶対恋をしていると思ったのに」

「そうそう、そういうリアクションだったわよね」

「………………」

 今度から気を付けようと思った。
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