251 / 356
第98話 父母! 少女は家族会議に参戦する!! (Dパート)
しおりを挟む
「本当に間一髪だったかもしれないわ」
あるみが来葉の元へやってくる。
「あるみ、遅かったじゃない」
来葉が心底安心したように言う。
「手こずっちゃってね。間に合ってよかったわ」
「いやはや、グッドタイミングでしたよ!」
白道化師は称賛する。
「演出家として見込みがありますね」
「道化にそう言われるなんて光栄ね。あなたの結界を見つけるのに苦労したわ」
「こちらこそお褒めに預かり光栄です。――ですが、これ以上の介入はやめていただきたいと存じ上げます」
「それはあなたも同じことよ」
あるみと白道化師は睨み合う。
お互いの戦意を叩きつけ合う。しかし、それはあくまでお互いの出方を伺うだけの様子見でしかない。
「これは家庭の問題なんだから」
「わかっていますよ」
白道化師は了承する。
そう、これはあくまで、カナミ、スズミ、父、結城家とサフィアによる家庭の問題なのだ。
「母さん、苦しい!」
「あぁ、そうだったわねぇ。それどころじゃなかったわぁ」
スズミはカナミを話して、サフィアを、そしてその先にいる父を見つめる。
「す、スズミ……」
父は明らかに気まずそうな態度を取る。
「――ようやく会えたわね」
スズミは万感の想いを込めて言う。
しかし、言われた方からしたら心臓が止まりそうなほどの恐怖を呼び起こす恐怖の声に聞こえただろう。後ろで聞いていたカナミはそう感じた。
「随分逃げたわよね、私はとても会いたかったのに」
「あ、あ、いや、それは……!」
「私達、夫婦よね? 隠し事はしないって約束だったよね?」
「それについては申し訳ないと」
「思っているのよね?」
スズミは父の言いたいことを先に言う。
「……それは」
「あなたが申し訳なく思う必要はありません」
サフィアが間に入る。
「なんですか、あなた?」
「私はサフィア」
「名前なんてどうでもいいわ。どうして、私とその人の間に入ってきたの?」
スズミは冷たい口調で言い放つ。
その声は、心臓を凍りつかせるほどの冷気を帯びているように感じる。
「それはあなたが邪魔だからですよ。たかだか子を成した程度で妻を気取るなんて」
「子はかすがいというわ。それに、私はその人と十五年間夫婦をやってきた」
「歴史を語りますか。その歴史にあっさり裏切られたというのに」
「――うるさいわよ、泥棒猫」
「図星をつかれた程度で、怒るなんて器がしれますよ」
「猫の分際で器を論じるなんて」
「猫とて水を口にする器ぐらい上等なものを求めますよ」
スズミとサフィアは激しく睨み合う。
(修羅場……)
背後にいたカナミはこの場から逃げ出したい気分になっていた。
この二人の取り合いの対象になっている父には同情すら覚える。
きっとこの二人は絶対に許しはしないだろう。
父もそれがわかっているから逃げない。足元に来葉が刺しておいたクイが抜けている。白道化師がいつでも逃げられるようにやっておいたのだろう。
それでも、今この状況でスズミやサフィアから逃げられるとは思えない。というか逃げたら間違いなく殺される。
ただでさえ絶望的に低い生存率をゼロにする愚行は冒さない。成り行きに身を任せることが一番の安全策だと判断する。
「この人をいただきますよ」
「あの人を返してもらうわよ」
文字通りの口火を切る。
サフィアの光の玉を出現させる。
「カナミ?」
「え!? な、なに、母さん!?」
この流れで突然名前を呼ばれて、カナミは戸惑う。
「私ねぇ、さっきまで~アルミちゃんと戦ってたのぉ」
「え? 母さんと社長が!?」
「だからぁ、私はぁヘトヘトなのよぉ」
「何してたの、母さん達!?」
「というわけで~、頼りにしてるわよぉ、カナミ~」
「え、えぇ……」
頼りにしてたのはこっちの方なのに。
そうこうしているうちに、光の玉が押し寄せてくる。
「ハッピーコールウィンド!」
スズミは鈴を投げ込んで音を響かせる。
チリンチリーン
鈴の音が響くと光の玉は消えていく。
「母さん、本当にヘトヘトなの!?」
「まあ~これぐらいはねぇ。次が来るわよぉ」
「わかった!」
カナミは魔法弾を撃って、光の玉を落とす。
「やるぅ!」
スズミは褒める。
「フフ、肝心なところでは娘頼みですか」
サフィアはスズミを煽ってくる。
「ちょっとね、事情があるのよ」
スズミは一転して怒りの表情を浮かべる。
「母さん、怖い」
「ごめんねぇ、でも、あいつだけはぁ許せなくて~」
今度はいつもの表情に戻る。
「今日の母さん、百面相みたい」
カナミはスズミに対する印象を素直に言う。
「そんなに器用じゃないわぁ、せいぜい阿修羅像くらいかしらねぇ」
「阿修羅も十分怖いけどね」
「そうねぇ、それだけ母さん怒ってるってことなのよぉ」
喋り方こそいつもの間延びしていてのんびりさを感じられるものの、その声色には怒気が詰まっているのは十分感じ取れる。
「母さん、そんなに怒ってるの?」
「ええ」
「父さんに? あいつに?」
「両方」
スズミは極めて真剣な声色で答える。
「私、母さんと一緒に戦いたくない」
「えぇ?」
カナミにそう言われて、スズミは落胆する。
「だって、父さん、母さんに殺すじゃない?」
「あぁ、それはそこまでしないって~、気が変わったのぉ」
「それじゃ、また気が変わらないって保証はないじゃないの」
「ん~、それじゃあぁどうやったらぁ、カナミはぁ信用してくれるのぉ?」
「約束して」
「約束ぅ?」
「あいつを倒しても、父さんは殺さない」
「フフ、カナミは優しいわねぇ」
「母さん!」
ごまかそうとするスズミにカナミは強く言う。
「約束して! しなかったら、母さんのこと嫌いになるから」
「あ、それは困るわねぇ……」
スズミは一息ついてから答える。
「わかったわぁ、約束するわぁ」
「本当」
「本当よぉ、破ったら針千本でも一万本でも飲むから」
「それじゃ、来葉さんに頼んで」
「えぇ、針千本はもののたとえで~本当に飲むわけじゃ~」
「冗談よ。それよりちゃんと約束守って!」
「うん~、わかったわぁ」
スズミはこころよく応じてくれる。
「半殺しくらいにするからぁ」
「え、うん、お手柔らかに」
そのあたりが妥協案だと、カナミは思った。
「話はつきましたか? この人は諦めてくれるのでしょう?」
サフィアが手をかざす。
そして、光の玉が雨のように降り注いでくる。
「諦めない約束をしたのよ」
カナミが言い返す。
「その人は返してもらうわよぉ」
スズミは鈴を投げ入れる。
チリーンチリーン
鈴の音が響くと、光の玉が消滅する。
「私が援護するからぁ、カナミが前に出て~」
「ええ!」
カナミはサフィアに向けて魔法弾を撃つ。
バァン!
光の玉がサフィアの前に飛んで、盾代わりに爆発する。
「生意気なことこの上ない母娘ですね。全力で潰してやりますわ」
無数の光の玉がサフィアの周囲に出現する。
「あれだけの玉をぉ、瞬時に生成するなんて~厄介ねぇ」
スズミは鈴の音を鳴らして、光の玉を消滅させてもその数はたかが知れていた。
「カナミ!」
「オッケー!」
自分達に飛んでくる光の玉をカナミが魔法弾で撃ち落とす。
撃ち落としきれなかった分はかわす。
「ハッピーコールウィンド!」
スズミが鈴の音を鳴らすと、身体が軽くなって容易にかわせた。
「さあぁ、円舞曲(ワルツ)といきましょうかぁ」
スズミは踊るように軽やかなステップを刻み、光の玉をかわしていく。
「カナミ~合わせて~」
「ええ!」
カナミもスズミが鳴らす鈴の音に合わせて光の玉をかわす。
嘘のように身体が軽く、容易に光の玉をかわせる。
それは母の魔法のおかげだ。
音のヒーリング効果で身体を軽くして、音でどうかわせばいいのか自然と誘導してくれる。
とてつもなく戦いやすい。
スズミがカナミのことをよく知っているからなのだろう。
カナミからしてもスズミのことを信じているからこそ安心して任せられる。
(カナミならできる!)
(母さんならこうしてくれる!)
二人の連携で次から次へと光の玉を撃ち落としていく。
「来葉……私、時々思うんだけど」
あるみは来葉に向けて言う。
「何?」
「私は『魔法少女』で在り続けることを選んだわ。そこに未練も後悔もない」
「ええ、わかってる」
「でもね……」
あるみは、カナミとスズミが協力して戦う姿に羨望を込めて言う。
「娘くらいはほしかったなって思うのよ」
魔法少女は結婚しない。
魔法少女は子供を産まない。
そういう誓いのもと、魔法少女として戦い続けることを選んだ。
スズミはそういう誓いとは無縁だった。
自由に生きて、結婚して子供を生んだ。それを今少しだけ羨ましいと思った。
そうしなかったら、ああやって娘と二人で戦うなんてことはありえなかった。 自分では決して実現できない夢を成し遂げた仲間なのだから。
「そうね」
来葉はそれだけ答える。
バァン! チリーン! バァン! チリーン! バァン! チリーン!
爆音と鈴の音が絶え間なく響く。
カナミが光の玉を撃ち落として、スズミが鈴を鳴らす。
「フフ、その音色が美しいことだけは認めます」
その様を見てサフィアは言う。
「ですが、そろそろ転調ですね」
サフィアは光の玉を収束させて、大玉を生成する。
サフィアが手をかざすと、それがカナミ達の元へ放り投げられる。
「これは任せて~」
スズミがそう言って、鈴を投げ入れる。
「ゴールド・エヴァン!!」
チリリリーン!!
大玉と鈴がぶつかりあって、鈴の音が鳴り響く。
「相殺~♪」
スズミが歌うように言って、大玉が消滅する。
「今よぉ」
「ボーナスキャノン!!」
スズミの合図とともに、カナミが即座に砲弾を発射する。
バァァァァァン!!
砲弾はサフィアに命中する。
「やったねぇ、カナミ~! 母娘の連携の勝利ねぇ」
スズミは手を出して、ハイタッチを求めてくる。
「まだよ、母さん。あれくらいじゃ倒せてない」
「まあぁ、泥棒猫はしつこいわねぇ」
スズミの発言に刺々しさを感じられる。
今はそれが頼もしくあり、怖くもある、とカナミは思う。
「しつこいのはあなた方の母娘の方でしょう」
爆煙の中からサフィアが姿を現す。
「無傷!?」
今度は傷一つどころか汚れすらついていない。
その姿に力の差を感じて、カナミは驚愕する。
「いえあれはやせ我慢よぉ」
それをスズミが否定する。
「心音でわかるわぁ、あなたは確実にダメージを受けて~弱ってるわぁ」
「それはどうでしょうかね」
サフィアは首を傾げる。
「とぼけても無駄よ。鈍感なカナミはごまかせても、私の耳はごまかせないわ」
(鈍感……)
カナミは聞き捨てならないことを言われて、聞き逃さなかったがここは母の顔を立てて口に出さなかった。
「あなたの声のトーンがわずかに落ちてるわ、ダメージを受けてる証拠よ。もうちょっとうまくごまかせないものかしらね、うっかりさん」
「……そんな風に言われたのは初めてです」
サフィアは忌々しそうに言う。
その顔にはありありと怒りの色が浮かんでいる。
「本当にうざったい母娘ですね」
サフィアは砲台を生成する。
「まとめて吹き飛ばして差し上げましょう」
砲台に魔力が充填されていく。
「母さん、もう一回お願いできる?」
カナミは確認する。
さっきやってみせた敵の砲弾をかき消す魔法。あれをもう一度やれば勝てる、とカナミは思った。
「うーん、無理」
「……え?」
予想外の返答がきた。
今の母ならこのぐらいの頼みを「任せて~」と軽いノリで応えて、やってのけてくれるだろうと思っていた。
「ど、どうして?」
「言ったでしょぉ、私はもぉうヘトヘトだって~」
「あ、あぁ……」
ちょっと忘れかけていたし、嘘なんじゃないかと思っていた。
それだけ母は活き活きと動いて、戦ってくれていた。
今だって息を切らしていないし、なんだったら自分より戦えそうな雰囲気をまとっている。
「さっきので~ほとんどぉ使い果たしちゃったしぃあの大きなぁ砲弾はぁ無理ねぇ」
「それじゃ、どうするの!?」
「カナミ~、お願いねぇ」
「私!? 私、さっき撃ち負けちゃったよ!!」
「大丈夫よぉ、――あの程度ならカナミは余裕で勝てるわよ」
スズミはわざとサフィアに聞こえるように言う。
「なるほど、この程度では余裕で勝てるのですか」
サフィアは砲台を巨大化させる。その分、威力が上がっていることが容易に想像がつく。
「なんで挑発してるの!?」
「挑発なんかしてないわよぉ、――事実を言ってるだけ」
「母さん、もう黙ってて!!」
カナミは大きなため息をつく。
「こうなったら仕方ないわね! 私がやるわよ!!」
カナミは腹をくくる。
「私も支援するわよぉ」
スズミはチリンチリンと鈴を鳴らす。
聞いているだけで力が湧いてくる、そんな音色だ。
「神殺砲!!」
カナミはステッキを砲台へ変化させる。
「またそれですか。敵わないのがまだ理解していないのですか?」
「そっちこそ! まだ勝負がついてないのが理解してないのね!?」
バチバチバチ
カナミとサフィアの視線が火花のように音を立てている。
「それではこれで終止符(ピリオド)としましょう! ヘリオス!」
「望むところよ、ボーナスキャノン・アディション!!」
二人の砲弾が同時に撃つ。
バァァァァァァァァァァァァン!!!
二つの砲弾が激しくぶつかってせめぎ合う。
「頑張って♪」
カナミの背後から鈴の音が聞こえる。
聞くだけでチカラが湧いてくる。母の鈴にはそういう効能がある。
「よおし、いっけぇぇぇぇぇッ!!!」
カナミは砲弾をもう一発発射する。
それでヘリオスに撃ち勝った。
「この私が撃ち負けた……!」
サフィアは驚愕して棒立ちのまま砲弾を受ける。
「ハァハァハァ、勝った……」
カナミは両膝をついて息を切らす。
今の二連発で魔力も体力も使い果たしたのだ。
「いいえ、まだよ」
スズミはそう言って、カナミの前を駆け抜ける。
煙の中から姿を表したサフィアを一気に殴り飛ばす。
ドスン!!
サフィアの腹に砲弾のような拳が叩き込まれ身体が浮く。
次にかかと落としで浮いた身体を地上へ叩き込む。
そこからさらに容赦なく拳と蹴りを間髪入れず叩き込み続ける。
「………………」
カナミは呆然とそれを見るだけだった。
母のあまりに容赦のない打撃の数々に、止めることすら出来ない。
ほとばしる打撃音が母の怒りを表現しているのだろう。
とにかくそれに圧倒されて、口をだすことすら出来ないまま、ただ怒り任せに戦うスズミの姿を見守るだけだった。
バァン!
スズミの渾身のハイキックが炸裂する。
サフィアの身体はサッカーボールのように勢いよく、地面を転がる。
「よくもやってくれましたね……」
そこからサフィアは立ち上がって言う。
しかし、さすがに砲弾とあれだけの打撃を受けてドレスも身体はボロボロだった。しかし、表情だけが余裕の笑みを保っている。
「まだやるつもりかしら?」
スズミは問いかける。
とことんやってやる。そういう意思表示でもあった。
「いいえ、さすがにダメージを受けすぎました……今日のところは大人しく引き下がって上げましょう」
サフィアはそう言って、背中を向ける。
「ですが、その人を諦めたわけではありませんので」
それだけ言い残して姿を消す。
「本当ならぁここで追いかけて~トドメを刺すところなんだけどぉ」
魔力を使い果たしてもうこれ以上は戦えない。
そう言いたいのだろうけど、本当にそうだろうかと、カナミは半信半疑だった。なんだったらあと一日くらいは戦い続けられそうな気さえする。
「まあぁ、今あれくらいで~勘弁してあげるわぁ」
スズミはそう言いながら、父の方へ視線を向ける。
「今はあなたのことの方が先決だから」
父の顔が青ざめる。
さしずめ蛇に睨まれた蛙のようだった。
「いや、あのスズミ、これは……」
「言い訳はもういいわ、聞きたくないし聞く耳持たないから」
有無を言わさないスズミの言動に父は完全に気圧されている。
カナミもあれが自分に向けられたものじゃないことに内心ホッとしてしまう。
「か、カナミ……」
と思ったら、父の救いを求める声が聞こえる。
「ごめん、父さん。半殺しくらいにしておくっていう約束だから」
カナミは謝る。
しかし、こんな殺気を発するスズミが本当に半殺し程度ですませてくれるのか一抹の不安は禁じえない。
「うん、カナミとの約束だものね。殺しはしないわよ」
スズミはパキパキと拳を鳴らす。
さきほどサフィアを思いっきり殴り飛ばした殺人拳を父へこれから見舞うのだろう。
「覚悟は良いかしら?」
スズミは確認する。
「全然よくない」
そんな殺人予告に対して父が正直にそう答えた次の瞬間、打突音が鳴り響く。
「かなみも苦労したわね」
みあがぼやく。
オフィスでみあ、翠華、紫織は千歳から事の一部始終を聞いた。ちなみに千歳はあるみと来葉から聞いた。
「そうなのよね、かなみちゃんも親御さんが中々個性的みたいだったのよね」
千歳が言う。
「お母さんとは何度か話をしたけど、お父さんの方も凄いのよね」
「凄いっていうかサイテーよ。まあ、あの母さんとある意味お似合いかもしれないけど」
「みあちゃん、辛辣ね」
翠華はみあへ苦言を呈する。
「それで、かなみはこれからどうするの?」
みあが訊く。
「それは私も気になっていたわ。お父さんとお母さんが帰ってきたのなら、ひょっとしたら、かなみさんはもう……」
翠華の疑問はだんだん不安の色が強くなっていく。
かなみはもうこのオフィスには来ない。家族三人でひっそり暮らしていくこともあり得るんじゃないか、と。
「ここには来ないんじゃないですか?」
紫織が翠華の不安を代弁するように言う。いや、紫織も不安だったのだ。
「そんなわけないでしょ」
みあがその不安をかき消すように言う。
「あいつは来るわよ。根拠はないけどそんな気がするのよ」
翠華はみあの言うことを信じようかと思う。
かなみが帰ってこないオフィスなんて考えられない。
「おはようございます」
そうこうしているうちに、かなみがオフィスへやってくる。
「ほらね」
みあは当然のように言う。
「かなみさん!」
翠華はかなみの方へ歩み寄る。
「大変だったわね、千歳さんから話を聞いたわ」
「え、あ、はい……色々ありまして……」
「あんたも親父のことで相当苦労してたみたいね」
みあが言う。
「え、えぇ、まあ……」
「初めてあんたに同情したわ」
「初めて、なの……」
かなみは首を傾げる。
「それで、かなみさんはこれからお父さんとお母さんと一緒なんですか?」
紫織が訊く。
「え、それは……」
かなみは千歳に視線を向ける。
「私が話したのは、かなみちゃんのお母さんがお父さんに制裁を加えたところまでよ」
千歳はそう答えて、かなみは困る。
「制裁、ね……確かにそういう感じだったけど、でもちょっとやりすぎたっていうか……」
「やりすぎた?」
「肋骨四本、右腕と右足骨折……あと頭蓋骨にもヒビが入ってた、とか……」
「うわぁ……」
かなみの返答に、みあも血の気が引く。
「それで三ヶ月くらいの入院になるって言われたんだけど……」
「だけど?」
「父さん、病室から逃げ出しちゃって」
「「「………………」」」
翠華達は絶句する。
「それだけの怪我をして、どうやって逃げ出したんでしょうか?」
「わからないわ……母さんはいつもの手だって言ってたけど」
紫織が訊くと、かなみもため息をつくように言う。
「いつもの手、って……お父さんってよくそういう目に遭うの?」
「私は父さんのことよく知りませんから。浮気したなんてのも初耳ですし、母さんは知ってたみたいですが」
翠華は驚く。
「お母さんは知ってた!?」
「はい。母さんは父さんは魅力的でよくもてるから、って、サフィアって人が、いえ怪人でしょうか。それが初めてじゃなかったみたいなんです」
かなみはとても言いづらそうに話す。
父親の浮気なんて話を娘が話しにくいのは当たり前のことだ。
「それでも、母さんは自分に黙ってあの人を助けようとしたことが許せなかったみたいで」
「なんともまあずれた人ね。知ってたけど」
みあは呟く。
「本当は殺したいくらい憎かったけど、私の約束のおかげでなんとか半殺しにとどめてくれたけど」
「本当に半殺しじゃないの!」
みあのツッコミにかなみは苦笑する。
「それで父さんは母さんに殺されると思って逃げ出したんだって」
「まあそうきくと無理はないわね。文字通り死にものぐるいなんだし」
「その母さんは父さんを追いかけて、どこかに行っちゃったんだけどね」
「どこか?」
「そう、どこか……」
父と母の行き先はかなみにはわからない。
「それじゃ、かなみさんは……?」
翠華は不安そうに訊く。
「今までとかわりません。借金の名義も私と母さんのままですし、今まで通り魔法少女として借金を返済していきます」
かなみの返答に翠華は心から安堵した。
今まで通り。その言葉がこんなにも嬉しかったことはない。
「ま、そんな気がしてたけどね」
そんなことを言うみあもどこか嬉しそうだった。
「またよろしくお願いしますね、かなみさん」
「ええ、こちらこそお願いね、紫織ちゃん」
「かなみさん、色々大変だったわね」
翠華が言う。
「翠華さん、心配かけてすみませんでした」
「ううん、かなみさんが大丈夫ならそれでいいのよ」
「私にできることなら何でも協力するわ」
「ありがとうございます、翠華さん! それじゃ、さっそく今日の仕事一緒に来てくれませんか?」
「もちろん!」
翠華は二つ返事で了承する。
かなみと仕事に行く。こんなに嬉しいことは他にない。
「ちょっと待ちなさい!」
「みあちゃん?」
「あたしにも仕事の話が来てるのよ、今日はあたしと一緒に来なさい!」
みあはかなみの右手を引く。
「ちょ、ちょっと、みあちゃん、かなみさんは今日は私と一緒に行くって!」
翠華はかなみの左手を引く。
「え、えぇ!? 二人いっぺんに仕事に行けないんだけど!!」
「借金を返さなくちゃならないでしょ! だったらいっぺんに仕事ふたつくらいこなしなさいよ!!」
「無茶だよ、みあちゃん!?」
「かなみさん、私と行きましょう!」
「翠華さん、でもみあちゃんの仕事もありますし……」
「誘ったのは、かなみさんの方なのに……」
「あぁ、それは……」
かなみは弱り果てる。
「かなみちゃんがいると賑やかでいいわね」
千歳はそれを楽しそうに眺めている。
「そうですね」
紫織は千歳の言に同意する。
「私はね、思うんだけど……――かなみちゃんはこのままでいい、と思うのよ」
あるみが来葉の元へやってくる。
「あるみ、遅かったじゃない」
来葉が心底安心したように言う。
「手こずっちゃってね。間に合ってよかったわ」
「いやはや、グッドタイミングでしたよ!」
白道化師は称賛する。
「演出家として見込みがありますね」
「道化にそう言われるなんて光栄ね。あなたの結界を見つけるのに苦労したわ」
「こちらこそお褒めに預かり光栄です。――ですが、これ以上の介入はやめていただきたいと存じ上げます」
「それはあなたも同じことよ」
あるみと白道化師は睨み合う。
お互いの戦意を叩きつけ合う。しかし、それはあくまでお互いの出方を伺うだけの様子見でしかない。
「これは家庭の問題なんだから」
「わかっていますよ」
白道化師は了承する。
そう、これはあくまで、カナミ、スズミ、父、結城家とサフィアによる家庭の問題なのだ。
「母さん、苦しい!」
「あぁ、そうだったわねぇ。それどころじゃなかったわぁ」
スズミはカナミを話して、サフィアを、そしてその先にいる父を見つめる。
「す、スズミ……」
父は明らかに気まずそうな態度を取る。
「――ようやく会えたわね」
スズミは万感の想いを込めて言う。
しかし、言われた方からしたら心臓が止まりそうなほどの恐怖を呼び起こす恐怖の声に聞こえただろう。後ろで聞いていたカナミはそう感じた。
「随分逃げたわよね、私はとても会いたかったのに」
「あ、あ、いや、それは……!」
「私達、夫婦よね? 隠し事はしないって約束だったよね?」
「それについては申し訳ないと」
「思っているのよね?」
スズミは父の言いたいことを先に言う。
「……それは」
「あなたが申し訳なく思う必要はありません」
サフィアが間に入る。
「なんですか、あなた?」
「私はサフィア」
「名前なんてどうでもいいわ。どうして、私とその人の間に入ってきたの?」
スズミは冷たい口調で言い放つ。
その声は、心臓を凍りつかせるほどの冷気を帯びているように感じる。
「それはあなたが邪魔だからですよ。たかだか子を成した程度で妻を気取るなんて」
「子はかすがいというわ。それに、私はその人と十五年間夫婦をやってきた」
「歴史を語りますか。その歴史にあっさり裏切られたというのに」
「――うるさいわよ、泥棒猫」
「図星をつかれた程度で、怒るなんて器がしれますよ」
「猫の分際で器を論じるなんて」
「猫とて水を口にする器ぐらい上等なものを求めますよ」
スズミとサフィアは激しく睨み合う。
(修羅場……)
背後にいたカナミはこの場から逃げ出したい気分になっていた。
この二人の取り合いの対象になっている父には同情すら覚える。
きっとこの二人は絶対に許しはしないだろう。
父もそれがわかっているから逃げない。足元に来葉が刺しておいたクイが抜けている。白道化師がいつでも逃げられるようにやっておいたのだろう。
それでも、今この状況でスズミやサフィアから逃げられるとは思えない。というか逃げたら間違いなく殺される。
ただでさえ絶望的に低い生存率をゼロにする愚行は冒さない。成り行きに身を任せることが一番の安全策だと判断する。
「この人をいただきますよ」
「あの人を返してもらうわよ」
文字通りの口火を切る。
サフィアの光の玉を出現させる。
「カナミ?」
「え!? な、なに、母さん!?」
この流れで突然名前を呼ばれて、カナミは戸惑う。
「私ねぇ、さっきまで~アルミちゃんと戦ってたのぉ」
「え? 母さんと社長が!?」
「だからぁ、私はぁヘトヘトなのよぉ」
「何してたの、母さん達!?」
「というわけで~、頼りにしてるわよぉ、カナミ~」
「え、えぇ……」
頼りにしてたのはこっちの方なのに。
そうこうしているうちに、光の玉が押し寄せてくる。
「ハッピーコールウィンド!」
スズミは鈴を投げ込んで音を響かせる。
チリンチリーン
鈴の音が響くと光の玉は消えていく。
「母さん、本当にヘトヘトなの!?」
「まあ~これぐらいはねぇ。次が来るわよぉ」
「わかった!」
カナミは魔法弾を撃って、光の玉を落とす。
「やるぅ!」
スズミは褒める。
「フフ、肝心なところでは娘頼みですか」
サフィアはスズミを煽ってくる。
「ちょっとね、事情があるのよ」
スズミは一転して怒りの表情を浮かべる。
「母さん、怖い」
「ごめんねぇ、でも、あいつだけはぁ許せなくて~」
今度はいつもの表情に戻る。
「今日の母さん、百面相みたい」
カナミはスズミに対する印象を素直に言う。
「そんなに器用じゃないわぁ、せいぜい阿修羅像くらいかしらねぇ」
「阿修羅も十分怖いけどね」
「そうねぇ、それだけ母さん怒ってるってことなのよぉ」
喋り方こそいつもの間延びしていてのんびりさを感じられるものの、その声色には怒気が詰まっているのは十分感じ取れる。
「母さん、そんなに怒ってるの?」
「ええ」
「父さんに? あいつに?」
「両方」
スズミは極めて真剣な声色で答える。
「私、母さんと一緒に戦いたくない」
「えぇ?」
カナミにそう言われて、スズミは落胆する。
「だって、父さん、母さんに殺すじゃない?」
「あぁ、それはそこまでしないって~、気が変わったのぉ」
「それじゃ、また気が変わらないって保証はないじゃないの」
「ん~、それじゃあぁどうやったらぁ、カナミはぁ信用してくれるのぉ?」
「約束して」
「約束ぅ?」
「あいつを倒しても、父さんは殺さない」
「フフ、カナミは優しいわねぇ」
「母さん!」
ごまかそうとするスズミにカナミは強く言う。
「約束して! しなかったら、母さんのこと嫌いになるから」
「あ、それは困るわねぇ……」
スズミは一息ついてから答える。
「わかったわぁ、約束するわぁ」
「本当」
「本当よぉ、破ったら針千本でも一万本でも飲むから」
「それじゃ、来葉さんに頼んで」
「えぇ、針千本はもののたとえで~本当に飲むわけじゃ~」
「冗談よ。それよりちゃんと約束守って!」
「うん~、わかったわぁ」
スズミはこころよく応じてくれる。
「半殺しくらいにするからぁ」
「え、うん、お手柔らかに」
そのあたりが妥協案だと、カナミは思った。
「話はつきましたか? この人は諦めてくれるのでしょう?」
サフィアが手をかざす。
そして、光の玉が雨のように降り注いでくる。
「諦めない約束をしたのよ」
カナミが言い返す。
「その人は返してもらうわよぉ」
スズミは鈴を投げ入れる。
チリーンチリーン
鈴の音が響くと、光の玉が消滅する。
「私が援護するからぁ、カナミが前に出て~」
「ええ!」
カナミはサフィアに向けて魔法弾を撃つ。
バァン!
光の玉がサフィアの前に飛んで、盾代わりに爆発する。
「生意気なことこの上ない母娘ですね。全力で潰してやりますわ」
無数の光の玉がサフィアの周囲に出現する。
「あれだけの玉をぉ、瞬時に生成するなんて~厄介ねぇ」
スズミは鈴の音を鳴らして、光の玉を消滅させてもその数はたかが知れていた。
「カナミ!」
「オッケー!」
自分達に飛んでくる光の玉をカナミが魔法弾で撃ち落とす。
撃ち落としきれなかった分はかわす。
「ハッピーコールウィンド!」
スズミが鈴の音を鳴らすと、身体が軽くなって容易にかわせた。
「さあぁ、円舞曲(ワルツ)といきましょうかぁ」
スズミは踊るように軽やかなステップを刻み、光の玉をかわしていく。
「カナミ~合わせて~」
「ええ!」
カナミもスズミが鳴らす鈴の音に合わせて光の玉をかわす。
嘘のように身体が軽く、容易に光の玉をかわせる。
それは母の魔法のおかげだ。
音のヒーリング効果で身体を軽くして、音でどうかわせばいいのか自然と誘導してくれる。
とてつもなく戦いやすい。
スズミがカナミのことをよく知っているからなのだろう。
カナミからしてもスズミのことを信じているからこそ安心して任せられる。
(カナミならできる!)
(母さんならこうしてくれる!)
二人の連携で次から次へと光の玉を撃ち落としていく。
「来葉……私、時々思うんだけど」
あるみは来葉に向けて言う。
「何?」
「私は『魔法少女』で在り続けることを選んだわ。そこに未練も後悔もない」
「ええ、わかってる」
「でもね……」
あるみは、カナミとスズミが協力して戦う姿に羨望を込めて言う。
「娘くらいはほしかったなって思うのよ」
魔法少女は結婚しない。
魔法少女は子供を産まない。
そういう誓いのもと、魔法少女として戦い続けることを選んだ。
スズミはそういう誓いとは無縁だった。
自由に生きて、結婚して子供を生んだ。それを今少しだけ羨ましいと思った。
そうしなかったら、ああやって娘と二人で戦うなんてことはありえなかった。 自分では決して実現できない夢を成し遂げた仲間なのだから。
「そうね」
来葉はそれだけ答える。
バァン! チリーン! バァン! チリーン! バァン! チリーン!
爆音と鈴の音が絶え間なく響く。
カナミが光の玉を撃ち落として、スズミが鈴を鳴らす。
「フフ、その音色が美しいことだけは認めます」
その様を見てサフィアは言う。
「ですが、そろそろ転調ですね」
サフィアは光の玉を収束させて、大玉を生成する。
サフィアが手をかざすと、それがカナミ達の元へ放り投げられる。
「これは任せて~」
スズミがそう言って、鈴を投げ入れる。
「ゴールド・エヴァン!!」
チリリリーン!!
大玉と鈴がぶつかりあって、鈴の音が鳴り響く。
「相殺~♪」
スズミが歌うように言って、大玉が消滅する。
「今よぉ」
「ボーナスキャノン!!」
スズミの合図とともに、カナミが即座に砲弾を発射する。
バァァァァァン!!
砲弾はサフィアに命中する。
「やったねぇ、カナミ~! 母娘の連携の勝利ねぇ」
スズミは手を出して、ハイタッチを求めてくる。
「まだよ、母さん。あれくらいじゃ倒せてない」
「まあぁ、泥棒猫はしつこいわねぇ」
スズミの発言に刺々しさを感じられる。
今はそれが頼もしくあり、怖くもある、とカナミは思う。
「しつこいのはあなた方の母娘の方でしょう」
爆煙の中からサフィアが姿を現す。
「無傷!?」
今度は傷一つどころか汚れすらついていない。
その姿に力の差を感じて、カナミは驚愕する。
「いえあれはやせ我慢よぉ」
それをスズミが否定する。
「心音でわかるわぁ、あなたは確実にダメージを受けて~弱ってるわぁ」
「それはどうでしょうかね」
サフィアは首を傾げる。
「とぼけても無駄よ。鈍感なカナミはごまかせても、私の耳はごまかせないわ」
(鈍感……)
カナミは聞き捨てならないことを言われて、聞き逃さなかったがここは母の顔を立てて口に出さなかった。
「あなたの声のトーンがわずかに落ちてるわ、ダメージを受けてる証拠よ。もうちょっとうまくごまかせないものかしらね、うっかりさん」
「……そんな風に言われたのは初めてです」
サフィアは忌々しそうに言う。
その顔にはありありと怒りの色が浮かんでいる。
「本当にうざったい母娘ですね」
サフィアは砲台を生成する。
「まとめて吹き飛ばして差し上げましょう」
砲台に魔力が充填されていく。
「母さん、もう一回お願いできる?」
カナミは確認する。
さっきやってみせた敵の砲弾をかき消す魔法。あれをもう一度やれば勝てる、とカナミは思った。
「うーん、無理」
「……え?」
予想外の返答がきた。
今の母ならこのぐらいの頼みを「任せて~」と軽いノリで応えて、やってのけてくれるだろうと思っていた。
「ど、どうして?」
「言ったでしょぉ、私はもぉうヘトヘトだって~」
「あ、あぁ……」
ちょっと忘れかけていたし、嘘なんじゃないかと思っていた。
それだけ母は活き活きと動いて、戦ってくれていた。
今だって息を切らしていないし、なんだったら自分より戦えそうな雰囲気をまとっている。
「さっきので~ほとんどぉ使い果たしちゃったしぃあの大きなぁ砲弾はぁ無理ねぇ」
「それじゃ、どうするの!?」
「カナミ~、お願いねぇ」
「私!? 私、さっき撃ち負けちゃったよ!!」
「大丈夫よぉ、――あの程度ならカナミは余裕で勝てるわよ」
スズミはわざとサフィアに聞こえるように言う。
「なるほど、この程度では余裕で勝てるのですか」
サフィアは砲台を巨大化させる。その分、威力が上がっていることが容易に想像がつく。
「なんで挑発してるの!?」
「挑発なんかしてないわよぉ、――事実を言ってるだけ」
「母さん、もう黙ってて!!」
カナミは大きなため息をつく。
「こうなったら仕方ないわね! 私がやるわよ!!」
カナミは腹をくくる。
「私も支援するわよぉ」
スズミはチリンチリンと鈴を鳴らす。
聞いているだけで力が湧いてくる、そんな音色だ。
「神殺砲!!」
カナミはステッキを砲台へ変化させる。
「またそれですか。敵わないのがまだ理解していないのですか?」
「そっちこそ! まだ勝負がついてないのが理解してないのね!?」
バチバチバチ
カナミとサフィアの視線が火花のように音を立てている。
「それではこれで終止符(ピリオド)としましょう! ヘリオス!」
「望むところよ、ボーナスキャノン・アディション!!」
二人の砲弾が同時に撃つ。
バァァァァァァァァァァァァン!!!
二つの砲弾が激しくぶつかってせめぎ合う。
「頑張って♪」
カナミの背後から鈴の音が聞こえる。
聞くだけでチカラが湧いてくる。母の鈴にはそういう効能がある。
「よおし、いっけぇぇぇぇぇッ!!!」
カナミは砲弾をもう一発発射する。
それでヘリオスに撃ち勝った。
「この私が撃ち負けた……!」
サフィアは驚愕して棒立ちのまま砲弾を受ける。
「ハァハァハァ、勝った……」
カナミは両膝をついて息を切らす。
今の二連発で魔力も体力も使い果たしたのだ。
「いいえ、まだよ」
スズミはそう言って、カナミの前を駆け抜ける。
煙の中から姿を表したサフィアを一気に殴り飛ばす。
ドスン!!
サフィアの腹に砲弾のような拳が叩き込まれ身体が浮く。
次にかかと落としで浮いた身体を地上へ叩き込む。
そこからさらに容赦なく拳と蹴りを間髪入れず叩き込み続ける。
「………………」
カナミは呆然とそれを見るだけだった。
母のあまりに容赦のない打撃の数々に、止めることすら出来ない。
ほとばしる打撃音が母の怒りを表現しているのだろう。
とにかくそれに圧倒されて、口をだすことすら出来ないまま、ただ怒り任せに戦うスズミの姿を見守るだけだった。
バァン!
スズミの渾身のハイキックが炸裂する。
サフィアの身体はサッカーボールのように勢いよく、地面を転がる。
「よくもやってくれましたね……」
そこからサフィアは立ち上がって言う。
しかし、さすがに砲弾とあれだけの打撃を受けてドレスも身体はボロボロだった。しかし、表情だけが余裕の笑みを保っている。
「まだやるつもりかしら?」
スズミは問いかける。
とことんやってやる。そういう意思表示でもあった。
「いいえ、さすがにダメージを受けすぎました……今日のところは大人しく引き下がって上げましょう」
サフィアはそう言って、背中を向ける。
「ですが、その人を諦めたわけではありませんので」
それだけ言い残して姿を消す。
「本当ならぁここで追いかけて~トドメを刺すところなんだけどぉ」
魔力を使い果たしてもうこれ以上は戦えない。
そう言いたいのだろうけど、本当にそうだろうかと、カナミは半信半疑だった。なんだったらあと一日くらいは戦い続けられそうな気さえする。
「まあぁ、今あれくらいで~勘弁してあげるわぁ」
スズミはそう言いながら、父の方へ視線を向ける。
「今はあなたのことの方が先決だから」
父の顔が青ざめる。
さしずめ蛇に睨まれた蛙のようだった。
「いや、あのスズミ、これは……」
「言い訳はもういいわ、聞きたくないし聞く耳持たないから」
有無を言わさないスズミの言動に父は完全に気圧されている。
カナミもあれが自分に向けられたものじゃないことに内心ホッとしてしまう。
「か、カナミ……」
と思ったら、父の救いを求める声が聞こえる。
「ごめん、父さん。半殺しくらいにしておくっていう約束だから」
カナミは謝る。
しかし、こんな殺気を発するスズミが本当に半殺し程度ですませてくれるのか一抹の不安は禁じえない。
「うん、カナミとの約束だものね。殺しはしないわよ」
スズミはパキパキと拳を鳴らす。
さきほどサフィアを思いっきり殴り飛ばした殺人拳を父へこれから見舞うのだろう。
「覚悟は良いかしら?」
スズミは確認する。
「全然よくない」
そんな殺人予告に対して父が正直にそう答えた次の瞬間、打突音が鳴り響く。
「かなみも苦労したわね」
みあがぼやく。
オフィスでみあ、翠華、紫織は千歳から事の一部始終を聞いた。ちなみに千歳はあるみと来葉から聞いた。
「そうなのよね、かなみちゃんも親御さんが中々個性的みたいだったのよね」
千歳が言う。
「お母さんとは何度か話をしたけど、お父さんの方も凄いのよね」
「凄いっていうかサイテーよ。まあ、あの母さんとある意味お似合いかもしれないけど」
「みあちゃん、辛辣ね」
翠華はみあへ苦言を呈する。
「それで、かなみはこれからどうするの?」
みあが訊く。
「それは私も気になっていたわ。お父さんとお母さんが帰ってきたのなら、ひょっとしたら、かなみさんはもう……」
翠華の疑問はだんだん不安の色が強くなっていく。
かなみはもうこのオフィスには来ない。家族三人でひっそり暮らしていくこともあり得るんじゃないか、と。
「ここには来ないんじゃないですか?」
紫織が翠華の不安を代弁するように言う。いや、紫織も不安だったのだ。
「そんなわけないでしょ」
みあがその不安をかき消すように言う。
「あいつは来るわよ。根拠はないけどそんな気がするのよ」
翠華はみあの言うことを信じようかと思う。
かなみが帰ってこないオフィスなんて考えられない。
「おはようございます」
そうこうしているうちに、かなみがオフィスへやってくる。
「ほらね」
みあは当然のように言う。
「かなみさん!」
翠華はかなみの方へ歩み寄る。
「大変だったわね、千歳さんから話を聞いたわ」
「え、あ、はい……色々ありまして……」
「あんたも親父のことで相当苦労してたみたいね」
みあが言う。
「え、えぇ、まあ……」
「初めてあんたに同情したわ」
「初めて、なの……」
かなみは首を傾げる。
「それで、かなみさんはこれからお父さんとお母さんと一緒なんですか?」
紫織が訊く。
「え、それは……」
かなみは千歳に視線を向ける。
「私が話したのは、かなみちゃんのお母さんがお父さんに制裁を加えたところまでよ」
千歳はそう答えて、かなみは困る。
「制裁、ね……確かにそういう感じだったけど、でもちょっとやりすぎたっていうか……」
「やりすぎた?」
「肋骨四本、右腕と右足骨折……あと頭蓋骨にもヒビが入ってた、とか……」
「うわぁ……」
かなみの返答に、みあも血の気が引く。
「それで三ヶ月くらいの入院になるって言われたんだけど……」
「だけど?」
「父さん、病室から逃げ出しちゃって」
「「「………………」」」
翠華達は絶句する。
「それだけの怪我をして、どうやって逃げ出したんでしょうか?」
「わからないわ……母さんはいつもの手だって言ってたけど」
紫織が訊くと、かなみもため息をつくように言う。
「いつもの手、って……お父さんってよくそういう目に遭うの?」
「私は父さんのことよく知りませんから。浮気したなんてのも初耳ですし、母さんは知ってたみたいですが」
翠華は驚く。
「お母さんは知ってた!?」
「はい。母さんは父さんは魅力的でよくもてるから、って、サフィアって人が、いえ怪人でしょうか。それが初めてじゃなかったみたいなんです」
かなみはとても言いづらそうに話す。
父親の浮気なんて話を娘が話しにくいのは当たり前のことだ。
「それでも、母さんは自分に黙ってあの人を助けようとしたことが許せなかったみたいで」
「なんともまあずれた人ね。知ってたけど」
みあは呟く。
「本当は殺したいくらい憎かったけど、私の約束のおかげでなんとか半殺しにとどめてくれたけど」
「本当に半殺しじゃないの!」
みあのツッコミにかなみは苦笑する。
「それで父さんは母さんに殺されると思って逃げ出したんだって」
「まあそうきくと無理はないわね。文字通り死にものぐるいなんだし」
「その母さんは父さんを追いかけて、どこかに行っちゃったんだけどね」
「どこか?」
「そう、どこか……」
父と母の行き先はかなみにはわからない。
「それじゃ、かなみさんは……?」
翠華は不安そうに訊く。
「今までとかわりません。借金の名義も私と母さんのままですし、今まで通り魔法少女として借金を返済していきます」
かなみの返答に翠華は心から安堵した。
今まで通り。その言葉がこんなにも嬉しかったことはない。
「ま、そんな気がしてたけどね」
そんなことを言うみあもどこか嬉しそうだった。
「またよろしくお願いしますね、かなみさん」
「ええ、こちらこそお願いね、紫織ちゃん」
「かなみさん、色々大変だったわね」
翠華が言う。
「翠華さん、心配かけてすみませんでした」
「ううん、かなみさんが大丈夫ならそれでいいのよ」
「私にできることなら何でも協力するわ」
「ありがとうございます、翠華さん! それじゃ、さっそく今日の仕事一緒に来てくれませんか?」
「もちろん!」
翠華は二つ返事で了承する。
かなみと仕事に行く。こんなに嬉しいことは他にない。
「ちょっと待ちなさい!」
「みあちゃん?」
「あたしにも仕事の話が来てるのよ、今日はあたしと一緒に来なさい!」
みあはかなみの右手を引く。
「ちょ、ちょっと、みあちゃん、かなみさんは今日は私と一緒に行くって!」
翠華はかなみの左手を引く。
「え、えぇ!? 二人いっぺんに仕事に行けないんだけど!!」
「借金を返さなくちゃならないでしょ! だったらいっぺんに仕事ふたつくらいこなしなさいよ!!」
「無茶だよ、みあちゃん!?」
「かなみさん、私と行きましょう!」
「翠華さん、でもみあちゃんの仕事もありますし……」
「誘ったのは、かなみさんの方なのに……」
「あぁ、それは……」
かなみは弱り果てる。
「かなみちゃんがいると賑やかでいいわね」
千歳はそれを楽しそうに眺めている。
「そうですね」
紫織は千歳の言に同意する。
「私はね、思うんだけど……――かなみちゃんはこのままでいい、と思うのよ」
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
スーパー忍者・タカシの大冒険
Selfish
ファンタジー
時は現代。ある日、タカシはいつものように学校から帰る途中、目に見えない奇妙な光に包まれた。そして、彼の手の中に一通の封筒が現れる。それは、赤い文字で「スーパー忍者・タカシ様へ」と書かれたものだった。タカシはその手紙を開けると、そこに書かれた内容はこうだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる