まほカン

jukaito

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番外編 煌黄の一日

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ヂリリリン

 目覚ましの音が鳴り響く。
「うーん、あと五分だけ……」
「そうじゃ、できれば永遠にこのままがいいぞ」
「え?」
 予期せぬところからの予期せぬ返答に、かなみは目を開ける。
「コウちゃん!?」
 煌黄がかなみの布団に潜り込んでいた。
「なんじゃ、せっかく気持ちよく眠っておったのに」
「気持ちよく眠っておった……って、私の布団の中でしょ?」
「うむ、かなみの寝顔を見ていたら「気持ち良さそうに眠っておるなー」と思って、入ってみたら本当に気持ち良かったんじゃ」
「入ってみたら、じゃ、ないでしょ!? そういうのはいきなりやるとビックリするから」
「お~そうじゃったな。今度からは確認してから入るぞ」
「許可とってからにして」
「どーせ、許可なんぞとらんくせに」
 煌黄はニヤリと笑う。図星だった。
「そんなにのんびりしてていいの?」
 マニィが促す。かなみは時計を確認する。
「む……」
 かなみは釈然としないものの、布団から出る。
「かなみ、おはよう~」
 台所の方にいた涼美が手を振る。なんとなくきまずい。
 それを尻目に、顔を洗って、台所のテーブルに着く。
 テーブルにはトーストとゆで卵が置かれている。
「儂のモーニングは?」
「ないわよぉ」
 煌黄が訊くと、涼美はそっけなく答える。
 「ふむぅ」と煌黄は不満顔になる。
「……仕返しのつもりじゃな」
「ごちそうさま!」
 かなみはあっという間に朝食を食べ終わって、着替えを始まる。
 部屋着から制服への早着替え。
「魔法少女の変身シーンを見てるようじゃ」
「……見せ物じゃないんだけど」
 かなみは煌黄へぼやいて、カバンを持つ。
 教科書がたっぷり詰まったカバンは結構重い。
「いってきます」
 かなみは玄関から扉を開けて出ていく。
「いってらっしゃい~」
 涼美は手を振って見送る。

ガタン

 扉が閉まる音がする。
「さぁて~、私もぉ少ししたらぁ出かけるけどぉ、コウちゃんはどうするのぉ?」
「そうじゃな……」
 煌黄は窓から空を見る。
「――儂も出かけるとするか」



 コツコツ、と杖を地面へ立てて音を鳴らす。
 都会の街並みをそうして往く法衣を羽織った童女は、街の通行人は奇妙な出で立ちに映る。
 それでも、童女であるがゆえに微笑ましく見えるのか、視線には優しさを感じる。
「~♪~♪」
 仙人の煌黄にはこれが心地良く、鼻歌まで出てきた。
 修行を積み重ね、人の枠組みを超えて仙人になってから、様々な世界、様々な国、様々な街を渡り歩いてきた。しかし、いつの時代、いつの世もこうして栄えている人の営みを肌で感じるのは心地良い。

パタパタパタパタ

 鳩の羽ばたきが聞こえてくる。
『グッドモーニング! 仙人様!』
 その直後に、鳩の鳴き声が聞こえてくる。やたらテンションが高い。
 煌黄は仙術により、鳩や動物とも会話ができる。傍からは一人言を喋っている変な子に視られるけど、煌黄は気にしない。
「うむ、グッドモーニング」
『今日はやたら機嫌が良いですな! 何か良いことでもありましたか!?』
「お主の機嫌の良さに負けるがな。確かに今日は良き目覚めじゃった」
 煌黄はニヤける。
『仙人様! それは恋というものじゃないですか!? 仙人様も恋をなさるということですかね!?』
「あ、いや、そうではないぞ。まあ、しかし久方ぶりの友人じゃからな。そのあたりは楽しんでおるぞ」
『ほうほう、その辺りを詳しく聞きたいですな!』
『何々? 仙人様の恋の話ですか?』
 野良猫が曲がり角から顔を出してくる。
「耳年増じゃな、そんなに私の恋バナが聞きたいか」
『『聞きたい!!』』
 鳩と猫が声を揃えて答えてくる。
「おぬしら……」
 煌黄は呆れてしまった。



パタパタパタパタパタ
ニャニャニャニャニャ

 公園に移動した煌黄に、鳩をはじめとした鳥達や野良猫や野良犬達がどんどん集まってきてる。
「おーすげー」
 おまけに公園に遊びに来ていた子供達まで注目している。気分がいい。
『仙人様! 仙人様!』
『今日は何の話ですかー?』
『楽しみ楽しみ』
 動物達はやかましく騒ぎ立てるものの、それらが自分を慕ってのものなので、煌黄にとっては気持ちのいいものだった。
「おお、そうじゃな。今日は儂が海を旅していた時の話でな~イワシの大群が押し寄せてきて、そりゃもうすごい勢いでこう押し寄せてきてな! 儂が『止まれ! 止まれ!』と言っても、向こうは『イワシは急に止まれん!!』って向こうが言ってきてな、ありゃ肝が冷えたぞ」
 こうして、煌黄は興が乗ってついつい世間話に花を咲かせる。

コーンコーンコーン

 やがて、公園の時計が正午になったことを告げる。
「うむ、今日はこれでお開きじゃな、かいさーん!」
 煌黄が号令をかけると、鳩や野良猫、野良犬達は解散する。
『おお、もうそんな時間か!』
『楽しい時間はあっという間に過ぎるな!』
『今日も楽しかったよ、仙人様』
『また明日~』
 満足気に散り散りになっていく。
「うむ、また明日じゃ」
『ワン!』
「わん?」
 煌黄が見送っていると、犬の鳴き声がする。
「お主、見覚えが無い犬じゃな。儂に何か用か?」
 このあたりの野良犬は一通り顔を憶えている。にも関わらず記憶にひっかからない、ということは他所からやってきた新入りか、あるいはどこかの家で飼われているか。
『仙人様ときいて、頼みに来たんです』
「儂に頼み?」



キンコーンカンコーン

 お昼休み開始を告げるチャイムが鳴る。
「お昼だー」
「かなみ~、お昼ごはんの時間だぞー」
 貴子は机に突っ伏したかなみを揺する。
「うーん、ごはん?」
「お昼ごはんの時間だ」
「――!」
 かなみはパッと見開いて飛び起きる。
「かなみにはこいつがきくな」
「今日のメニューは?」
「クリームシチュー」
 返答までコンマ三秒だった。
「即答する貴子も貴子だけどね」
 理英は微笑ましく言う。
「ささ、早く行きましょう!」
 かなみは張り切って席を立つ。
「あ……」
 その勢いを意気消沈させるものが窓の向こうに映った。
「コウちゃん!」
 その声に窓の外にいる煌黄は笑顔で手を振ってきた。
 呑気なものね、とかなみはため息をついた。
 「ちょっと用があるから」と貴子と理英に断りを入れてから外に出る。
「何しに来たの、コウちゃん!?」
「かなみの気配を探ればここにかなみがおってな」
「そりゃ学校に行ったんだから学校にいるに決まってるでしょ。勝手に学校に出入りしちゃダメなのよ」
「不審者と思われるからじゃろ? 安心せい、儂は仙人じゃからな」
「なんにも安心できない……」
 かなみは頭を抱える。
「まあ、かなみをからかうのはこのくらいにして、」
「しないで」
「ちと頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと?」
「ワン」
 犬の鳴き声がする。
 煌黄にばかり気を取られていて、ここでようやく煌黄の傍らにいる犬の存在に気づく。
「いぬうううううッ!?」
「これこれ、騒ぐと騒ぎになるぞ」
 煌黄が窘める。
「だ、誰のせいで……なんで犬を連れてきたの?」
「頼み事はこの犬の事でな。聞いてくれ」
「ワンワンワン」
 犬が鳴き始める。
「………………聞いたけど、何?」
「ああ、そうじゃった。仙術ができんから犬の言葉がわからんか。今のは『はじめまして、ボクはケンといいます』と言ったんじゃ」
「あ、そうだったの」
「いっそ、仙術を学んで仙人にならんか、かなみ?」
「考えておくわ」
 かなみは適当にあしらう。
「それで、この犬――ケンがどうかしたの?」
「迷子じゃ」
「まい、ご?」
「ウチに送り届けたいのじゃが、儂は全然知らんからどうしたらいいのかと思ってな。かなみならなんとか出来ると思って来た」
「なんとか出来る、って……私にもどうしたらいいか……」
「ワンワン」
 すがりつくようなケンの視線に、かなみは弱る。
「なんとかしてあげたいけど……」
 かなみは腕を組んで考える。
「あ、そうだ。鯖戸部長に頼めば力になってくれるんじゃない?」
「おお、そうか! それではオフィスへ行ってみるか!」
「ワンワン」
 ケンはかなみへ「ありがとう」と一礼する。
 言葉は通じなくても、礼儀正しい犬だと、かなみは思った。



「ウチは探偵事務所じゃないのよ」
 あるみは煌黄へぼやく。
 ケンを連れて、オフィスへいくと、鯖戸はいなくてあるみがいた。
 「仕方ない、あるみに頼むか」と煌黄はあるみへ話をした。その「仕方ない」といった隠そうとしない素直な感情が今しがたのあるみのぼやきに繋がった。
「うむ。じゃから魔法でなんとかしてくれって話じゃ」
「私達の魔法って、あなたの仙術ほど便利じゃないのよ」
「仙術も言うほど便利じゃないと思うんじゃがな」
「ワンワン」
「『よろしくお願いします』と言っておる」
「動物の話せるっていうのは結構便利だと思うけど」
「お主だって、似たようなことができるじゃろ」
「私がわかるのは使い魔だけよ。リリィ?」
 あるみはデスクについているりゅうのマスコット・リリィへ呼びかける。
「うむ、飼い主探しならトリィとトニィに頼めばよかろう」
「オッケー。というわけでよろしくね」
「ワンワン?」
「む、『この御方は何をしてるの?』って聞いておる。お主にはわからんことじゃ、まあなんとかしてくれるのは間違いないじゃろ」
 ケンは一礼する。
「礼儀正しい犬ね。しつけが行き届いているわ」
「『待てと伏せと礼をすると、あきらは撫でてくれた』と言っておる。あきらというのは飼い主の小学生じゃな」
「なるほどね。それじゃ、その明君の家に送り届けてあげるわ」
「ワンワン」
「『それともう一つ頼みたいことがあります、姉御』と言っておる」
「姉御?」
「ワンワン」
「『あ、間違えましたお姉様』と言っておる」
「それ、本当にそのケン君が言ってるの?」
「仙人は間違いなどせん」
 煌黄は得意げに言う。
「ま、いいわ。それで頼みたいことって何?」
「ワンワワンワンワワン、ワンワンワワン」
 ケンは鳴いて、煌黄がこれを訳す。
「……わかったわ、こっちでなんとかしておくわ」
「助かるのう」
「仙人に借り一つなら、タダ働きでも十分お釣りが来るわよ」
「それより、お主が儂に借りがあるのではないか?」
「さ、忘れたわね」
「ああ、言っておるが、義理堅いんじゃ」
「ワン!」
「『見ればわかる』とな。お主、人を見る目があるのう」
「おだてても何も出ないわよ」
「いや、茶くらいは出してほしいんじゃが」
「はい、コーヒー」
 あるみはコーヒーを淹れて渡す。
「……これは苦いから苦手じゃ」
 煌黄は苦い顔をして答える。



カタカタカタカタカタ!

 誰もいない備品室でけたたましいキーボードのタッチ音が鳴り響く。
「いやいや、ボクがいるだろうが!」
 トラのマスコット・トニィがタイプしてる傍らで、ウサギのマスコット・ラビィが主張してくる。
「誰に向かって言ってるんだ、ラビィ?」
「世界に向かって、さ」
「世界?」
「世界がボクの存在を亡き者にしようとしてる気配を感じたんだよ」
「出番が少ないひがみにしか聞こえんが」
「何を!? 君こそ出番少ないくせに!」
「だったら、こうして出番をもらえて感謝するんだな」
「む……!」
 ラビィは歯噛みする。
「トリィ、三丁目の一番地だ」



「はいはい」
 都会の空を舞うトリのマスコット・トリィが一番地の家を低空飛行する。
「犬、いるわね」
『それじゃ、ハズレか。次は四丁目の二番地だ』
「了解」
 トニィの指示に従って、その家に向かう。
 トニィが犬を飼っている世帯を調べて、トリィがその家を確認する。その連携で次々に調べていく。この調子ならそう時間がかからない、そう思っていたトリィは目的の家に犬小屋を発見する。
「ビンゴ!」



「ご苦労様、それともう一つ頼まれていいかしら?」
『おおせのままに』
 トリィは気持ちよく返事してくれる。
 あるみと十二匹のマスコット達の魔力供給の経路でつながっている。そのおかげで意思の疎通や感覚の共有ができる。携帯電話を必要とせず会話したり、マスコット達が見聞きしたことをあるみも知ることが出来る。
「なんじゃ? もう少し時間がかかりそうか?」
 煌黄が訊く。
 というか、かなみの席に着いてすっかり腰を下ろしている。
「コーヒー、おかわりする?」
「うむ、もらおうか。」
「ワン!」
 ケンが鳴く。
「お主もお腹すいとるのか? 何も食っておらんのか?」
「それは困ったわね。ドッグフードはおいてないし」
「そんなこともあろうかと――」
 オフィスへ犬のマスコット・ドギィが入ってくる。
「買ってきた」
 ドッグフードの小袋をくわえてやってくる。
「おお、気がきくではないか」
 煌黄は感心する。
「ワン?」
 ケンは不思議そうにドギィを見下ろす。
「『この子は犬? なんか違う気がする、不思議な匂いがする』と言っておるぞ」
「本物の犬からみたらドギィはそんな感じがするのね。参考になったわ」



 一時間後、あるみに飼い主の家を探し出したトリィから連絡を受けて、それを煌黄へ伝える。
 「貸し一つじゃ」と煌黄は笑顔で応えて、ケンとともにオフィスビルを出る。
 煌黄とケンは、あるみから聞いた家へ向かう。
「ここか」
 煌黄は早速家のインターフォンを鳴らす。

ピンポーン

 そうして、母親が出てきて、ケンを見つけるやいなや、その家から小学生の男の子が飛び出してくる。
「ケン! ケンが帰ってきた!!」
 男の子の明は大喜びして、ケンもワンワンと喜んで鳴く。
 そうして、明に庭の犬小屋へ案内される。
 そこにケンと表札がある。トリィがこれを見て、この家だと判断したのだ。
「おお、見事なものじゃ」
「お父さんが作ってくれたんだ。お父さんが大工だから」
「それはすごいのう」
「へへ」
 明は自分のことのように誇らしげに言う。
「ケンを連れてきてありがとう。でも、よくボクんがわかったね」
「儂は仙人じゃなからな。ケンの言葉もわかるんじゃ」
「え、せんにん……?」
 明はポカンとする。
 煌黄はこの手の反応には慣れているので、飄々とした態度で杖をコツンと鳴らす。
「おお!?」
 庭でつぼみのままの花が急に咲いた。
「これが仙術というやつじゃ」
「すごい! 仙人っていうのは本当なんだね!」
「うむ。じゃから、ケンの言っておることもわかるんじゃ」
「それじゃ、ケンはなんて言ってるの?」
「ワン!」
「『仙人様のおかげで明の家に帰れた』と言っておる」
「へえ、そうなんだ」
「ワン!」
「それとな『明のお願いも仙人様が叶えてくれる』とも言っておるぞ」
「おねがい?」
「さて、ゆくぞ!」
 煌黄は杖をコツンと鳴らす。
 すると、先程咲かせた花びらが舞い散り、煌黄の足元へ集まっていく。
「え、ええ!?」
 明は戸惑う。
 しかし、煌黄が何かを作っていて、それが何なのか、直感でわかった。
 赤、青、黄色、色とりどりの花びらが色鮮やかな模様を描いて敷き詰められた、それは――
「そ、それって、まほうのじゅうたん!?」
「いや、これは仙術じゃ。まあ飛べることには変わりないがな」
「飛べるって、空を?」
「無論。さ、乗りなさい」
「乗るって、ボクが乗っていいの?」
「お主のために作ったんじゃから当然じゃ」
 明は目を輝かせる。
 夢で見るような光景。絵本やアニメの中に入ったかのような夢心地な気分になってきたのだろう。
「来なさい」
 煌黄が優しく導くように言う。
 そのおかげで、明は一歩踏み出した。

カサ

 心地良い葉音が足元で鳴る。
「ああ! すごい!!」
「凄いのはここからじゃ!!」
 煌黄は杖を振るう。
 すると、花びらは舞い飛び、二人と一匹ごと宙に浮かせる。
「うわあああああああッ!?」

『明には仲良しの女の子がいて、この前引っ越しちゃったんだ。明はすごく寂しそうにしていた。「会いたい、会いたい」って毎日ボクに言うんだ。だからボクが会わせてあげようと思って、その子を探しに出かけたんだ。でも、どこにいるかわからなくて色々探し回っているうちに帰れなくなっちゃったんだ』

 煌黄が聞いたケンのお願いを、飛びながら明へ語って聞かせた。
「ケンはそう言っておった。じゃから、儂はその願いを聞き届けた」
「え、どういうこと?」
「その子の元へ儂が送り届けてやろうっていうんじゃ!」
 煌黄は杖を振るうと花びらのじゅうたんは空高く舞い上がる。
「たしかあっちじゃったか」
 あるみからもらったメモを確認して、煌黄はじゅうたんを飛ばす。
「すごい! すごい! 飛んでる!!」
 明は最初こそ驚いたけど、次第に慣れていき、空を飛ぶ心地よさに大はしゃぎする。
「ホホホ、どうじゃ? 儂の仙術は?」
「最高! 凄いよ、仙人さん!」
「ホホホ、褒め称えられるとは気分が良いものじゃ!」
 気を良くした煌黄はクルリと人回転させる。
「うわあッ!?」
 遥か上空で身体が反対になる。
 その浮遊感に明は驚いて口を開く。
「ホホホ、楽しいか?」
「……うん、最高!」
「ワン!」
 明とケンは笑顔で答える。
「ホホホ、それはよかった。さて、そろそろ着くぞ」
「着くって?」
「む、聞いとらんかったのか? ――お主が会いたがっておった子の家じゃ!」
 煌黄がそう言うと、花びらは霧散していく。
「うわあああああああッ!?」
 明は真っ逆さまに落ちて悲鳴を上げる。
 このまま地面に落っこちて大怪我数する。
「あ、あれ?」
 と思っていたけど、次に目を開けたときには地面の上に立っていて、なんともない。
「いったい、どうなってるの?」
 周囲を見回しても、仙人や犬の姿はない。
 ここは見知らぬ街の真ん中。
 でも、その目の前にある家の表札は、知っている子の名字だった。
「明くん?」
 家の窓から自分の名前を呼ぶ声がする。その声に聞き覚えがあった。
「――さて、あとは若い二人に任せるとするか」
「ワン!」
 空の上から見ていた煌黄とケンは飛び去る。



「うむ、いいことした後は気分が良いのう」
 煌黄は上機嫌だった。
 女の子とひとしきり遊んだ後、明とケンは家に送り返して、意気揚々と杖をコツンと鳴らして街道を歩いていた。
「コウちゃん!」
 自分を呼び止める声がした。
「おお、かなみか! こんなところでどうしたんじゃ?」
「それはこっちの台詞よ」
「いや、ちょっとした用を済ませた帰りじゃ。かなみこそどうしたんじゃ」
「どうしたんじゃって、これから帰るところよ」
「何?」
 改めて煌黄は空を見上げる。
 お日様はすっかり落ちて、お月様が上がっていて、真夜中といっていい時間になっていることに気づく。
「ホホホ、時間が経つのも忘れて散歩に興じてしまったか」
「随分長い散歩ね……」
「うむ、今日は愉快なことがあったからのう」
「愉快なこと? あ、そういえば、あの犬はどうしたの?」
「おお、そうじゃな。道すがら話そう」
 煌黄はかなみにケンのこと、飼い主のことを話した。同じ岐路に着きながら。
「しかし、かなみよ」
「何?」
「――帰る家があるというのはいいものじゃな」
 急に突然どうしたのか、と、かなみは思ったけど、今しがたのケンの話を聞いて、なんとなくそんな気分になったのかと察した。
「そうね……母さん、今日はシチュー作ってるって言ってたし」
「なんと!? それは早く帰らねばな!!」
 煌黄は走り出す。
「え、ちょっと待ってよ」
 まさか走り出すとは思わなかった、かなみは慌てて追いかける。
 慌ただしいようでありふれた仙人の一日だった。
 仙人の煌黄は都会でこうして暮らす今の生活がすっかり気に入っていた。
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