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第113話 養生! 戦い終えた少女の何気ない一幕 (Cパート)
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それから、パシャの取材が始まって質問にいくつか答えたあと、影鉄と戦ったことを話した。
「今日はどうもありがとうございました! とても良い記事になると思います!」
パシャは満足げにオフィスを出ていった。
「ネガサイドで評判になるって……あまりいい予感がしないだけど……」
あのパシャの喜びように比例して、かなみは憂鬱になってくる。
ネガサイドの方で評判になるということは、それだけ自分を狙ってくる怪人が出やすくなる。実際狙われたこともある。
オフィスにいればあるみが、アパートの部屋にいれば涼美がいるから安心できるのだけど。
(前みたいに私を標的にして怪人が来るかもしれないわね、学校で襲いかかってきたら一大事ね……そうでなくても通学路とかだったら……)
妙に不安に駆られる。
今、オフィスにはかなみ一人しかいないせいかもしれない。
みあと紫織は魔法少女の仕事で二人して出掛けていき、鯖戸とあるみは外回りで出掛けている。
翠華は影鉄との戦いで消耗が激しいらしく、今日は休んでいる。
オフィスで一人きりになるのは珍しい。
いつもは率先して出掛けている側の人間なのに、この足では留守番しかできない。
備品室にいれば作業をしているマスコットや社長室で眠っている萌実がいる。
それにカバンにくくりつけられたマニィだっている。
それなのに、人の気配をすぐそばに感じられないのは心細い。
「………………」
デスクに溜まった書類を整理する。
今日はそれだけしていればいい。
時間は緩やかに過ぎていき、静けさとともに不安は降り積もっていく。
「ねぇ――」
耐えきれず、マニィに話しかけようとしたその時だった。
ジリリリリン!!
黒電話のベルが鳴り出す。
「ふぇ!?」
かなみは驚いてすくみ上がる。
「なんで、こんなときに限って……」
かなみはぼやきながら、黒電話の受話器を取る。
「はい、こちら株式会社魔法少女です」
『あ、かなみちゃん! ちょうどよかった!』
「千歳さん? どこからかけてるんですか?」
「悠亀さんのところよ。魔法の糸電話でかけてるわ」
「糸電話ですか。それで私に何か用ですか?」
『用ってほどじゃないけど、足の調子はどう?』
「足、ですか……」
かなみは左足を動かして感触を確かめる。
左足は相変わらず思い通りに動かない。
「まだ動かないですね」
『そう。でも焦ることはないわ。かなみちゃんの回復力ならすぐ元どおりに動くから』
「ありがとうございます。千歳さんやコウちゃんが助けてくれたおかげです」
『礼なら来葉さんに言うのよ』
「来葉さん?」
『彼女が良からぬ未来が視えたから、と私達にしらせてくれたのよ。関東から中部へ一瞬で転移できる仙術が使えるコウちゃんにね』
「そうだったんですね。それにしても来葉さんの視た未来って……」
あまり想像したくないけど、考えずにはいられない。
来葉が視た未来はどんなものなのか。
その未来を視た来葉のおかげで、今自分はこうしていられる。
もし、来葉が未来を視てくれなくて、煌黄や千歳が駆けつけてくれなかったら……考えるだけで恐ろしい。
『そんなことは、かなみちゃんは考えなくていいわ』
かなみの不安を察してか、千歳は諭すように言う。
「千歳さん……」
『そういうことを考えるのは、来葉や私が考えることだから』
そう言われて、かなみはこの上なく頼もしく感じた。
「ありがとうございます」
夜がすっかり更けた頃、かなみの書類整理が終わって「さあ、もう帰ろうか」と思った時だった。
バタン!!
オフィスの扉が物凄い勢いよく開けられる。
この凄い音のおかげで、あるみが帰ってきたと気づく。
「かなみちゃん、帰りましょうか」
あるみはちゃんと覚えていてくれて、嬉しかった。
「本当にいいんですか?」
「一度約束したからね。今日は大サービスよ」
あるみは堂々とそう答えてくれたので、かなみは大いに甘えることにした。
「社長のおんぶって気持ちいいです。病みつきになりそうです」
「あんまり甘えないでよね。今回みたいに病んでるときくらいよ」
「それじゃ、風邪とかひいたらまたお願いしますね」
「風邪をひいたら大人しくベッドに寝ていなさい」
「そういうときだけ、常識的なんですね」
「私は常識的よ」
「社長ほど似合わない人はいませんよ」
「言ってくれるじゃない」
あるみは穏やかな笑みを浮かべて言う。
三階のオフィスから階段を降りて、オフィスビルを出る。
「あ、月が綺麗ね」
ふと見上げると、月が夜空を照らしていた。
「ね、かなみちゃん?」
あるみが、かなみへ呼びかけるとすーすーと寝息が返ってきた。
「まったく、甘えん坊なんだから」
あるみは感慨深く言う。
「――そろそろ出てきてもいいんじゃない?」
あるみは背後へ呼びかける。
「バレてたのね」
来葉はスッと夜道の暗闇から現れる。
「私が来葉の気配に気づかないわけないじゃない」
「あるみ……あ、ちゃんとかなみちゃんとツーショット撮っておいたからね」
来葉はとても嬉しげにカメラを見せて言う。
「まったく……あとで私の分もよこしなさいよ」
「もちろん」
来葉は満足げに笑った。
「今日はぁ~すきやきぃ~♪ すきやきぃ~♪」
涼美は上機嫌に鍋をカセットコンロの上に設置する。
「あれでコマーシャルいけるんじゃない?」
あるみはその様子を見て言う。
「そうなの?」
かなみにとってはいつもの見慣れた様子だった。
「はい、お母様の美しい顔立ちに軽やかなステップ、そして、鈴のような心地よい歌声! いけますよ!」
沙鳴は何故か自慢げに言う。
「そうなったら、ギャラはいくらになるのかしら?」
「呆れた、自分の母親を使って商売しようだなんて。奴隷ぐらいにしないと生ぬるいんじゃないの」
あるみは皮肉を言う。
「うーん、そうかもしれませんね」
かなみもそれを肯定する。
「ひどい話してるわねぇ」
それでも涼美は機嫌を損ねない。
かなみが帰ってきたらずっと上機嫌にすき焼きの鍋の準備をしている。
「それにしても、今日はなんですき焼きなの? それにこんなにいっぱい!?」
かなみは訊く。
あるみにおんぶされて、かなみはアパートの部屋に着くなり、かなみは起きた。
すると、涼美が出迎えてくれて、あるみと来葉ともども部屋に案内された。
「まるで私達が来ることがわかっていたみたいね」
来葉は言う。
鍋を中心にしたテーブルに、かなみ、あるみ、来葉、涼美、沙鳴、煌黄の六人がついている。
雰囲気的にも、人数的にも、ちょっとした鍋パーティの様相を呈している。
「来葉ちゃんみたいにぃ、未来は視えないけどぉ、わかるのよぉ、フフ」
「どうせ、私達の足音やら心音やらを聞いて察したんでしょ」
あるみは当然のように言う。
「それもそうなんだけどぉ、でもぉ、なんとなく今日はぁ、二人が来る気がしてねぇ」
「私もついでに招待されました!」
沙鳴は本当に嬉しそうに言う。
「コウちゃんも?」
「儂はなんとなく楽しそうな宴の気配を感じてのう」
「パーティはぁ、多い方が楽しいしねぇ」
「それはそうなんだけどぉ……」
「お金のことなら心配しなくていいわ」
来葉が言う。
「あるみのポケットマネーからもいくらか出すことにしてるから」
「前々から気になっていたんですが……社長のポケットマネーってどれくらいあるんですか?」
かなみはあるみへ訊く。
「かなみちゃんの財布の一万倍くらいって言ったら信じる?」
「そんなに少ないわけ無いじゃないですか」
かなみは半目になって答える。
「というより、かなみちゃんの財布がどれだけ少ないのよ?」
「そ、それは……社長がボーナスを弾んでくれないから悪いんです!」
「そんなことないわよ。今回の件で弾んだ方よ」
「そんなことないですよ。通帳なら確認しました! 全然入ってなかったですよ!」
「それは、かなみちゃんに入ったボーナスは自動的に返済に当てられるようになってるからよ」
「なんて搾取システム……」
「まぁまぁ、楽しみましょぉう。ボーナスならぁ私もちょっとぉもらったからぁ」
「母さん! 羽振りがいいときって決まってそうじゃない!!」
かなみの文句を涼美はフフッと笑って受け流す。
「ささぁ、食べましょう食べましょう♪」
コンロに火をつけて、グツグツと鍋が煮えてくる。
あつあつの豆腐を舌で転がし、、甘みが出るねぎを噛みしめる。
えのきはシャキシャキとしていて、ほろ苦い春菊がいいアクセントになる。
しかし、なんといっても主役は牛肉だった。
割り下の甘みが肉汁と溶け合って、赤身の味わいと相乗効果を生む。
自然と鍋をつついて、白飯を食べる手が進んでいく。
「涼美! ごはんおかわり!」
あるみとかなみは茶碗を揃って出す。
「私も!」
「はぁいはぁい、二人ともよく食べるわねぇ」
「社長によく食べなさいって言われたから」
「そういえば言ったわね。それじゃ、どっちがたくさん食べられるか勝負してみる?」
「さすがに社長ほど食べられません。それに食費だってバカにならないんですから、控えないと」
そんなことを言っていると、山盛りの茶碗が二つ差し出される。
「でも、今日くらいはお腹いっぱい食べます!!」
「あ、でも、かなみちゃん、お米やお肉ばかり食べてないでお野菜も食べてバランスとらないと」
来葉が言う。
「来葉さん、やっぱりお母さんみたいですね」
「それを言うと、本当のお母さんはさびしがるんじゃないの?」
「私としてはぁ、いっぱい食べて元気になった方が嬉しいわねぇ」
「こんな感じだから気にしなくていいですよ」
「あはは、そうだったわね」
来葉は苦笑する。
「そういう来葉だって、ちゃんと食べなさいよ」
「え?」
あるみは来葉へすっと鍋の野菜と牛肉を盛った取皿を出す。
「こ、こんなに食べられないんだけど!」
「残したらぁ許さないからねぇ」
「な、なんだかプレッシャーね……よ、よし!」
来葉は気合を入れて、食べ始める。
「たくさん食べる来葉さん、レア……あ、こんなときこそカメラね!」
「ほい」
煌黄が魔法のようにカメラを出して、かなみへ渡す。
「あ~それ! 私のカメラ! いつの間に!? ぐふん!? げふげふ!?」
来葉は驚きのあまり噎せ返る。
「ほらほら慣れないことするから」
あるみは来葉の背中をさする。
「それって酔った時の介抱なのでは……?」
沙鳴が疑問を口にする。
「社長に介抱される来葉さん、これもレアね」
かなみはカメラのシャッターを切る。
思えばいつもは撮られる側だから、撮る側になるのは新鮮な感じがした。
「か、かなみちゃん、これを撮らないで……」
「いいぞ、かなみ! もっと撮ってやれ!」
「こ、コウちゃん、あおらないで……」
パシャ!
そう言いながら、シャッターを切る。
「かなみちゃん!」
「あ~ごめんなさい、つい!」
「あははは、これもいい思い出になるわよ。あ、それとおかわり」
あるみは大笑いする。
「社長、いつの間に食べちゃったんですか!?」
「いつの間にもなにも普通に食べただけよ」
「社長が普通とか常識とか言うのって似合わないですよ」
「じゃあ、何が似合うの?」
「……異常、非常識」
かなみは恐る恐る答える。
「うん、ピッタリィ~」
「ふうん、二人とも私のことそう思ってたのね」
かなみはまずいと思って、涼美の後ろに避難する。
「母さん、なんとかして」
「かなみが盾にする~」
盾にされた涼美は楽しげだった。
「まったく、この母娘は……」
あるみは呆れる。
「うむ、すき焼きの肉はうまい」
「マイペースだね、コウちゃんは」
沙鳴は煌黄へ言う。
「って、もうほとんどお肉が無い!?」
「みんなぁ、すごい勢いで食べるからぁ」
「あんなにいっぱいあったのに……」
「ほらぁお野菜はぁまだいっぱいあるからぁ」
涼美は陽気によく煮えた野菜を食べていく。
「私、もう食べられない……」
来葉は机に突っ伏している。
「だらしないわね」
「そう言う社長は何杯目ですか?」
あるみの傍らに山のようにも米が盛られた茶碗がある。
「数えていないわ。だいたい五杯目?」
「ホホホ、まさしくどんぶり勘定じゃな」
「会社の会計が不安になってきた……主に私のボーナスとか」
「それで、かなみはぁ、おかわりはぁ?」
「うーん、おかわり!」
「かなみも大概ゲンキンじゃな、ホホホ」
煌黄は朗らかに笑う。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった
食べすぎて腹持ちが重い来葉を、あるみが面倒を見るといいながら二人して帰っていった。
沙鳴は隣の部屋に戻っていった。
涼美はすき焼きの後片付けをしている。
煌黄は、かなみの足の様子を診てから満足そうに山へ帰っていった。
足の感覚はまだないけど、心なしか足が今にも動かせそうな気がする。
その後、涼美に支えられて、一緒にシャワーを浴びて、部屋着に着替えさせてもらった。
慣れないことをしてばかりだったのか、満腹になったせいなのか。
そのまま布団に寝かせてもらったら、あっという間に眠りについた。
そうして朝来たら起きる。
「さあ、朝の調子はどうじゃ?」
煌黄の呼びかけで布団から起き上がって足の感触を確かめてみる。
「あ……!」
足が思った通りに動いて、布団を跳ね上げる。
上下に振ってみる。
左右に転がしてみる。
「……うん!」
自由に、思い通りに、動く。
そう実感した途端、感嘆の声が漏れる。
たった一日、動かなかっただけだというのに、この感覚に懐かしさすら感じる。
「足が治ったのねぇ」
「二、三日で治ると思っておったが、一日で、とはな。大した回復力じゃ」
涼美と煌黄がその様子を見ていた。
気恥ずかしい。
「どれ」
煌黄は、かなみの足を触診する。
「足に魔力が血液のように循環しておる。むしろ前より充実しておるくらいじゃ」
「それじゃ、もう安心ってことね」
「うむ」
「――!」
煌黄の心地よい二つ返事に、かなみは思わず立ち上がる。
「さあぁさあぁ、朝ごはんにしましょぉう」
かなみはテーブルに着く。自分の足で。
そうして、朝ごはんを食べ終えて、制服に着替えて登校する準備をする。今日はいつもより早い。
コンコン
玄関の靴を履いて、床を叩いて鳴らす。
この所作は、一昨日からまったく同じだった。昨日のことは無かったかのように。
「いってきます」
かなみは自分を見守ってくれている涼美と煌黄へ向けて言う。
「いってらっしゃぁい」
涼美は優しくそう返してくれた。
背中を後押しされたように、足は前へ進む。
「今日はどうもありがとうございました! とても良い記事になると思います!」
パシャは満足げにオフィスを出ていった。
「ネガサイドで評判になるって……あまりいい予感がしないだけど……」
あのパシャの喜びように比例して、かなみは憂鬱になってくる。
ネガサイドの方で評判になるということは、それだけ自分を狙ってくる怪人が出やすくなる。実際狙われたこともある。
オフィスにいればあるみが、アパートの部屋にいれば涼美がいるから安心できるのだけど。
(前みたいに私を標的にして怪人が来るかもしれないわね、学校で襲いかかってきたら一大事ね……そうでなくても通学路とかだったら……)
妙に不安に駆られる。
今、オフィスにはかなみ一人しかいないせいかもしれない。
みあと紫織は魔法少女の仕事で二人して出掛けていき、鯖戸とあるみは外回りで出掛けている。
翠華は影鉄との戦いで消耗が激しいらしく、今日は休んでいる。
オフィスで一人きりになるのは珍しい。
いつもは率先して出掛けている側の人間なのに、この足では留守番しかできない。
備品室にいれば作業をしているマスコットや社長室で眠っている萌実がいる。
それにカバンにくくりつけられたマニィだっている。
それなのに、人の気配をすぐそばに感じられないのは心細い。
「………………」
デスクに溜まった書類を整理する。
今日はそれだけしていればいい。
時間は緩やかに過ぎていき、静けさとともに不安は降り積もっていく。
「ねぇ――」
耐えきれず、マニィに話しかけようとしたその時だった。
ジリリリリン!!
黒電話のベルが鳴り出す。
「ふぇ!?」
かなみは驚いてすくみ上がる。
「なんで、こんなときに限って……」
かなみはぼやきながら、黒電話の受話器を取る。
「はい、こちら株式会社魔法少女です」
『あ、かなみちゃん! ちょうどよかった!』
「千歳さん? どこからかけてるんですか?」
「悠亀さんのところよ。魔法の糸電話でかけてるわ」
「糸電話ですか。それで私に何か用ですか?」
『用ってほどじゃないけど、足の調子はどう?』
「足、ですか……」
かなみは左足を動かして感触を確かめる。
左足は相変わらず思い通りに動かない。
「まだ動かないですね」
『そう。でも焦ることはないわ。かなみちゃんの回復力ならすぐ元どおりに動くから』
「ありがとうございます。千歳さんやコウちゃんが助けてくれたおかげです」
『礼なら来葉さんに言うのよ』
「来葉さん?」
『彼女が良からぬ未来が視えたから、と私達にしらせてくれたのよ。関東から中部へ一瞬で転移できる仙術が使えるコウちゃんにね』
「そうだったんですね。それにしても来葉さんの視た未来って……」
あまり想像したくないけど、考えずにはいられない。
来葉が視た未来はどんなものなのか。
その未来を視た来葉のおかげで、今自分はこうしていられる。
もし、来葉が未来を視てくれなくて、煌黄や千歳が駆けつけてくれなかったら……考えるだけで恐ろしい。
『そんなことは、かなみちゃんは考えなくていいわ』
かなみの不安を察してか、千歳は諭すように言う。
「千歳さん……」
『そういうことを考えるのは、来葉や私が考えることだから』
そう言われて、かなみはこの上なく頼もしく感じた。
「ありがとうございます」
夜がすっかり更けた頃、かなみの書類整理が終わって「さあ、もう帰ろうか」と思った時だった。
バタン!!
オフィスの扉が物凄い勢いよく開けられる。
この凄い音のおかげで、あるみが帰ってきたと気づく。
「かなみちゃん、帰りましょうか」
あるみはちゃんと覚えていてくれて、嬉しかった。
「本当にいいんですか?」
「一度約束したからね。今日は大サービスよ」
あるみは堂々とそう答えてくれたので、かなみは大いに甘えることにした。
「社長のおんぶって気持ちいいです。病みつきになりそうです」
「あんまり甘えないでよね。今回みたいに病んでるときくらいよ」
「それじゃ、風邪とかひいたらまたお願いしますね」
「風邪をひいたら大人しくベッドに寝ていなさい」
「そういうときだけ、常識的なんですね」
「私は常識的よ」
「社長ほど似合わない人はいませんよ」
「言ってくれるじゃない」
あるみは穏やかな笑みを浮かべて言う。
三階のオフィスから階段を降りて、オフィスビルを出る。
「あ、月が綺麗ね」
ふと見上げると、月が夜空を照らしていた。
「ね、かなみちゃん?」
あるみが、かなみへ呼びかけるとすーすーと寝息が返ってきた。
「まったく、甘えん坊なんだから」
あるみは感慨深く言う。
「――そろそろ出てきてもいいんじゃない?」
あるみは背後へ呼びかける。
「バレてたのね」
来葉はスッと夜道の暗闇から現れる。
「私が来葉の気配に気づかないわけないじゃない」
「あるみ……あ、ちゃんとかなみちゃんとツーショット撮っておいたからね」
来葉はとても嬉しげにカメラを見せて言う。
「まったく……あとで私の分もよこしなさいよ」
「もちろん」
来葉は満足げに笑った。
「今日はぁ~すきやきぃ~♪ すきやきぃ~♪」
涼美は上機嫌に鍋をカセットコンロの上に設置する。
「あれでコマーシャルいけるんじゃない?」
あるみはその様子を見て言う。
「そうなの?」
かなみにとってはいつもの見慣れた様子だった。
「はい、お母様の美しい顔立ちに軽やかなステップ、そして、鈴のような心地よい歌声! いけますよ!」
沙鳴は何故か自慢げに言う。
「そうなったら、ギャラはいくらになるのかしら?」
「呆れた、自分の母親を使って商売しようだなんて。奴隷ぐらいにしないと生ぬるいんじゃないの」
あるみは皮肉を言う。
「うーん、そうかもしれませんね」
かなみもそれを肯定する。
「ひどい話してるわねぇ」
それでも涼美は機嫌を損ねない。
かなみが帰ってきたらずっと上機嫌にすき焼きの鍋の準備をしている。
「それにしても、今日はなんですき焼きなの? それにこんなにいっぱい!?」
かなみは訊く。
あるみにおんぶされて、かなみはアパートの部屋に着くなり、かなみは起きた。
すると、涼美が出迎えてくれて、あるみと来葉ともども部屋に案内された。
「まるで私達が来ることがわかっていたみたいね」
来葉は言う。
鍋を中心にしたテーブルに、かなみ、あるみ、来葉、涼美、沙鳴、煌黄の六人がついている。
雰囲気的にも、人数的にも、ちょっとした鍋パーティの様相を呈している。
「来葉ちゃんみたいにぃ、未来は視えないけどぉ、わかるのよぉ、フフ」
「どうせ、私達の足音やら心音やらを聞いて察したんでしょ」
あるみは当然のように言う。
「それもそうなんだけどぉ、でもぉ、なんとなく今日はぁ、二人が来る気がしてねぇ」
「私もついでに招待されました!」
沙鳴は本当に嬉しそうに言う。
「コウちゃんも?」
「儂はなんとなく楽しそうな宴の気配を感じてのう」
「パーティはぁ、多い方が楽しいしねぇ」
「それはそうなんだけどぉ……」
「お金のことなら心配しなくていいわ」
来葉が言う。
「あるみのポケットマネーからもいくらか出すことにしてるから」
「前々から気になっていたんですが……社長のポケットマネーってどれくらいあるんですか?」
かなみはあるみへ訊く。
「かなみちゃんの財布の一万倍くらいって言ったら信じる?」
「そんなに少ないわけ無いじゃないですか」
かなみは半目になって答える。
「というより、かなみちゃんの財布がどれだけ少ないのよ?」
「そ、それは……社長がボーナスを弾んでくれないから悪いんです!」
「そんなことないわよ。今回の件で弾んだ方よ」
「そんなことないですよ。通帳なら確認しました! 全然入ってなかったですよ!」
「それは、かなみちゃんに入ったボーナスは自動的に返済に当てられるようになってるからよ」
「なんて搾取システム……」
「まぁまぁ、楽しみましょぉう。ボーナスならぁ私もちょっとぉもらったからぁ」
「母さん! 羽振りがいいときって決まってそうじゃない!!」
かなみの文句を涼美はフフッと笑って受け流す。
「ささぁ、食べましょう食べましょう♪」
コンロに火をつけて、グツグツと鍋が煮えてくる。
あつあつの豆腐を舌で転がし、、甘みが出るねぎを噛みしめる。
えのきはシャキシャキとしていて、ほろ苦い春菊がいいアクセントになる。
しかし、なんといっても主役は牛肉だった。
割り下の甘みが肉汁と溶け合って、赤身の味わいと相乗効果を生む。
自然と鍋をつついて、白飯を食べる手が進んでいく。
「涼美! ごはんおかわり!」
あるみとかなみは茶碗を揃って出す。
「私も!」
「はぁいはぁい、二人ともよく食べるわねぇ」
「社長によく食べなさいって言われたから」
「そういえば言ったわね。それじゃ、どっちがたくさん食べられるか勝負してみる?」
「さすがに社長ほど食べられません。それに食費だってバカにならないんですから、控えないと」
そんなことを言っていると、山盛りの茶碗が二つ差し出される。
「でも、今日くらいはお腹いっぱい食べます!!」
「あ、でも、かなみちゃん、お米やお肉ばかり食べてないでお野菜も食べてバランスとらないと」
来葉が言う。
「来葉さん、やっぱりお母さんみたいですね」
「それを言うと、本当のお母さんはさびしがるんじゃないの?」
「私としてはぁ、いっぱい食べて元気になった方が嬉しいわねぇ」
「こんな感じだから気にしなくていいですよ」
「あはは、そうだったわね」
来葉は苦笑する。
「そういう来葉だって、ちゃんと食べなさいよ」
「え?」
あるみは来葉へすっと鍋の野菜と牛肉を盛った取皿を出す。
「こ、こんなに食べられないんだけど!」
「残したらぁ許さないからねぇ」
「な、なんだかプレッシャーね……よ、よし!」
来葉は気合を入れて、食べ始める。
「たくさん食べる来葉さん、レア……あ、こんなときこそカメラね!」
「ほい」
煌黄が魔法のようにカメラを出して、かなみへ渡す。
「あ~それ! 私のカメラ! いつの間に!? ぐふん!? げふげふ!?」
来葉は驚きのあまり噎せ返る。
「ほらほら慣れないことするから」
あるみは来葉の背中をさする。
「それって酔った時の介抱なのでは……?」
沙鳴が疑問を口にする。
「社長に介抱される来葉さん、これもレアね」
かなみはカメラのシャッターを切る。
思えばいつもは撮られる側だから、撮る側になるのは新鮮な感じがした。
「か、かなみちゃん、これを撮らないで……」
「いいぞ、かなみ! もっと撮ってやれ!」
「こ、コウちゃん、あおらないで……」
パシャ!
そう言いながら、シャッターを切る。
「かなみちゃん!」
「あ~ごめんなさい、つい!」
「あははは、これもいい思い出になるわよ。あ、それとおかわり」
あるみは大笑いする。
「社長、いつの間に食べちゃったんですか!?」
「いつの間にもなにも普通に食べただけよ」
「社長が普通とか常識とか言うのって似合わないですよ」
「じゃあ、何が似合うの?」
「……異常、非常識」
かなみは恐る恐る答える。
「うん、ピッタリィ~」
「ふうん、二人とも私のことそう思ってたのね」
かなみはまずいと思って、涼美の後ろに避難する。
「母さん、なんとかして」
「かなみが盾にする~」
盾にされた涼美は楽しげだった。
「まったく、この母娘は……」
あるみは呆れる。
「うむ、すき焼きの肉はうまい」
「マイペースだね、コウちゃんは」
沙鳴は煌黄へ言う。
「って、もうほとんどお肉が無い!?」
「みんなぁ、すごい勢いで食べるからぁ」
「あんなにいっぱいあったのに……」
「ほらぁお野菜はぁまだいっぱいあるからぁ」
涼美は陽気によく煮えた野菜を食べていく。
「私、もう食べられない……」
来葉は机に突っ伏している。
「だらしないわね」
「そう言う社長は何杯目ですか?」
あるみの傍らに山のようにも米が盛られた茶碗がある。
「数えていないわ。だいたい五杯目?」
「ホホホ、まさしくどんぶり勘定じゃな」
「会社の会計が不安になってきた……主に私のボーナスとか」
「それで、かなみはぁ、おかわりはぁ?」
「うーん、おかわり!」
「かなみも大概ゲンキンじゃな、ホホホ」
煌黄は朗らかに笑う。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった
食べすぎて腹持ちが重い来葉を、あるみが面倒を見るといいながら二人して帰っていった。
沙鳴は隣の部屋に戻っていった。
涼美はすき焼きの後片付けをしている。
煌黄は、かなみの足の様子を診てから満足そうに山へ帰っていった。
足の感覚はまだないけど、心なしか足が今にも動かせそうな気がする。
その後、涼美に支えられて、一緒にシャワーを浴びて、部屋着に着替えさせてもらった。
慣れないことをしてばかりだったのか、満腹になったせいなのか。
そのまま布団に寝かせてもらったら、あっという間に眠りについた。
そうして朝来たら起きる。
「さあ、朝の調子はどうじゃ?」
煌黄の呼びかけで布団から起き上がって足の感触を確かめてみる。
「あ……!」
足が思った通りに動いて、布団を跳ね上げる。
上下に振ってみる。
左右に転がしてみる。
「……うん!」
自由に、思い通りに、動く。
そう実感した途端、感嘆の声が漏れる。
たった一日、動かなかっただけだというのに、この感覚に懐かしさすら感じる。
「足が治ったのねぇ」
「二、三日で治ると思っておったが、一日で、とはな。大した回復力じゃ」
涼美と煌黄がその様子を見ていた。
気恥ずかしい。
「どれ」
煌黄は、かなみの足を触診する。
「足に魔力が血液のように循環しておる。むしろ前より充実しておるくらいじゃ」
「それじゃ、もう安心ってことね」
「うむ」
「――!」
煌黄の心地よい二つ返事に、かなみは思わず立ち上がる。
「さあぁさあぁ、朝ごはんにしましょぉう」
かなみはテーブルに着く。自分の足で。
そうして、朝ごはんを食べ終えて、制服に着替えて登校する準備をする。今日はいつもより早い。
コンコン
玄関の靴を履いて、床を叩いて鳴らす。
この所作は、一昨日からまったく同じだった。昨日のことは無かったかのように。
「いってきます」
かなみは自分を見守ってくれている涼美と煌黄へ向けて言う。
「いってらっしゃぁい」
涼美は優しくそう返してくれた。
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※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
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