まほカン

jukaito

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第124.5話 翠華と沙鳴

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 それはある日の夜だった。
 翠華は発注が来たので、倉庫で備品の確認していたら、夜遅くになっていた。
「やっと終わったわ……」
 さすがに疲れの色が浮かんでいた。
(かなみさん、こんな毎日を続けているなんてすごいわ……まだ仕事しているみたいだから労ってあげないと……)
 翠華はオフィスへ入る。
「かなみさん、お疲れ様」
 そう言って自分のデスクに戻ろうとすると、その愛しい背中姿が見えた。
 でも、そのかなみから欲しい返事がない。
(いつもだったら、ここでお疲れ様って笑顔で応えてくれるのに……かなみさん、もしかして……)
 翠華はかなみの方を覗いてみる。

すーすー

 安らかな寝息が聞こえる。
 かなみの寝顔が見える。
(――寝てる!)
 驚いたものの、一瞬のあと、落ち着いてみるとそれほど驚くことじゃなかった。
 朝起きて、学校で授業受けて、夕方から仕事を始めて、深夜まで仕事を続けている。
 そんな生活を連日続けているのだから、疲労が溜まって、眠気に負けてしまうのは当たり前だった。
 オフィスで翠華が見ているときに、こんなことがあったのは一度や二度じゃない。
 本来だったら、仕事中に眠ってしまうのは良くないことだけど翠華は、かなみの事情を知っているだけに諌める気にはなれない。むしろ、ゆっくり寝ていて欲しい、とさえ思う。
(……私もゆっくり眺めたい、可愛い……)
 それも本音だった。
 特に今日は机に額を突っ伏しているのではなく、顔を横にしている状態なら、寝顔を見ることができる。
「あ、そうだ」
 翠華は思い立って、携帯を取り出す。

パシャ!

 携帯でかなみの寝顔を撮る。
「うー」
 シャッター音に反応して、かなみが起きてしまわないか、と、翠華はドキッとした。
 いわばこれは盗み撮り。しられたら軽蔑されるリスクすらある。
 しかし、そのリスクを犯してでも、この寝顔は撮っておきたかった。と、翠華は思うのだった。
「さて……」
 あとは、かなみを起こさないように仕事をする。
 かなみの分は起きるまで、仕事していく。
 そして、時折、かなみの寝顔をチラ見する。
 翠華にとっては至福のときだった。

ガタン!

 そんな至福のときを奪い去る扉の開閉音がする。
「こんにちは~、って、あれ、人がいない?」
 入ってきたのは、山吹沙鳴やまぶきさなという少女だった。
 彼女は、かなみと同じ借金持ちで、かなみのアパートの隣の部屋に住んでいて、かなみの紹介でバイクの配送業を今はやっていて時々届け物を持ってやってくることがある。
「ああ! いました、いました! かなみ様、翠華さん、お疲れ様です!」
 沙鳴は大きな声で呼びかける。
 さっきまで静寂に満たされていたため、その声はよく響いた。
「お、お疲れ様……」
 翠華は思わずびっくりして、へっぴり腰気味に応える。
「お届け物持ってきたんですけど、社長か部長はいないんですか?」
「ええ、二人とも出てるから、私が受け取っておくね」
「ありがとうございます! それではここにハンコをお願いします」
「ええ」
 翠華は立ち上がって、部長のデスクの引き出しから印鑑を持ち出す。
「ところで、かなみ様は眠っていらっしゃるんですか?」
「あ、そうだけど」
「起きてください!」
 沙鳴は、かなみを揺すって起こそうとする。
「わあ!?」
 翠華は思わず悲鳴のような声を上げる。
「どうしたんですか?」
 沙鳴は不思議そうに訊く。
「あ、い、いえ、なんでもないけど……(かなみさんをゆすった!? 今、ゆすったわよね!? そんなことするなんて!? 私なんてとてもできないのにぃッ!?)」
 表面上は冷静に、心情面では嵐のごとく荒れ狂っていた。
「う、う~ん……」
 かなみは揺すられて起き出してくる。
「あ、私寝ちゃって! あ、沙鳴!?」
 かなみは飛び起きて、オフィスにいつもはいないはずの沙鳴がいることに驚く。
「どうして、沙鳴がオフィスに……? もしかして、夢の続き?」
「どんな夢ですか?」
「あれは……たしか、沙鳴と借金をトレードする夢……」
 かなみが思い出すようにそう言うと、沙鳴は引く。
「それは勘弁してくださいよ! これは現実ですよ。ほら、翠華さんもいるじゃないですか!」
「翠華さん……あ、そうね。私ちゃんと起きられたみたい……」
「……かなみさんの夢に、私はいないのね」
 翠華は残念そうにする。
「ところで、沙鳴はオフィスに? 届け物? 受け取り?」
「あ、そうでした! 翠華さん、ハンコお願いします」
「え、あ、そ、そうね!」
 翠華は沙鳴が出した受領証にハンコを押す。
「ありがとうございます!」
「すみません、翠華さん……寝てしまってて、仕事全然進んでなくて……」
「ううん、いいのよ。かなみさん、疲れてるでしょ? あとは私がやっておくからいいわ」
「そんな……翠華さんはもう上がりでしょ?」
「いいのよ、これくらい」
 翠華はかなみのパソコンに手を出す。
「こことここのデータにOK入れておいて」
「は、はい」
「あと確認日に今日の日付入れて……まあ、今日はこんなものかしらね」
「ありがとうございます」
「でも、かなみさん、結構やってたのね……すぐ終わったわ」
「あははは、もう少しというところで力尽きたみたいです……」
 かなみは笑って言う。
「それじゃ、一緒に帰りましょうか、かなみ様!」
「え……?」
「え、沙鳴も今日はもう終わり?」
「はい! 今日はここで最後でした」
「それじゃ、一緒に帰りましょ。あ、翠華さんは……」
「え、私? 私のことは気にしないでいいわよ」
 翠華は自分のデスクのノートパソコンを閉じて、カバンを持つ。
「それじゃ、二人でごゆっくりね」
 翠華は逃げるようにオフィスを出ていく。
「はあ~」
 オフィスを出た翠華は大きくため息をついた。
「せっかく、かなみさんと一緒に帰られるチャンスだったのに……」
 翠華とかなみは退社時間はズレることが多い。
 かなみはいつも夜遅くまで仕事をしている。
 今日は翠華の仕事が長引いてしまい、かなみと一緒に退社して帰るチャンスが巡ってきた。
 それが、沙鳴の来訪によって潰されたといっていい。
「沙鳴さんさえ来なければ……でも、沙鳴さんを恨むのはお門違いというか……かなみさんを誘えなかった私が悪いのかも……」
 翠華はトボトボ歩いて帰る。
「沙鳴さん……いいなあ……」
 ふと翠華はぼやく。
 沙鳴はかなみの隣の部屋に住んでいる。帰る道は同じなのである。
 つまり、沙鳴はかなみと一緒に帰れることができて、翠華はかなみと一緒に帰ることができない。
 自然と沙鳴への羨望が大きくなる。
「私も借金したら、かなみさんと一緒に帰れることができるかも……」
 そんなことまで考えるようになった。
 ふと道を見ると、颯爽とバイクを駆け抜けている人の姿があった。
「私もバイク持ってるのに……」
 翠華の沙鳴への羨望は尽きることなく、どんどん大きくなっていった。



 翌日、翠華は学校の授業が終わって、オフィスへ向かっていた。
「翠華さん!!」
 ふと、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「沙鳴さん?」
 沙鳴はバイクでやってきて、止める。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね!」
「え、ええ……私は通学路だけど、沙鳴さんはよく通るの?」
「いえ、今日はたまたま来ただけです」
「そうなの。それで私に何か用?」
「あ、いえ、用というほどのことはないのですが……せっかくなので、その……お話したいなと思いまして」
「お話……? それはいいけど……」
「よかった。それじゃ、そこの喫茶店で!」



 沙鳴に言われるまま、近くにあった喫茶店に入って、コーヒーを注文する。
「それで、お話って何?」
「え、あの……実をいいますとこれと言って、お話はないんですけど……一度ゆっくりお話できたらいいなと思いまして、」
「私とゆっくり……かなみさんとじゃなくて?」
「いえいえ、かなみ様とはお隣さんなのでよくお話してますよ」
「……そ、そう」
 翠華の表情が強張る。
(かなみさんとお隣さん……かなみさんとお隣さん……かなみさんとお隣さん……)
 その言葉が頭の中から離れない。
 そのせいで、昨日の夜、就寝とともに押し込めていた沙鳴への羨望が噴出してきた。
「それで、かなみさんがよく翠華さんのことをよくお話するので……」
「え、かなみさんが私のことを!?」
 意外な話に、翠華はまた考えを張り巡らす。
(かなみさんが私のことをよく話して!? 私のことを沙鳴さんに話して!? 一体何を!? かなみさんは私に何を!?)
 かなみが何を話したか気になってしまって、すっかり動揺してしまう。
「翠華さんに手伝ってもらったりとか、仕事を助けてもらったこととか、本当に尊敬しているみたいでしたよ。それで、一度お話したいと思いまして」
「………………」
 翠華はその内容に飲み込めず、沈黙する。
「あの、翠華さん?」
「え、え、えぇ……大丈夫よ! かなみさんって優しいから誰でも褒めちゃうものなのよね。私なんて全然大したことないわよ! そんな尊敬するだなんて!」
「いいえ、そんなことはないですよ。昨日だって、かなみ様を助けたじゃないですか。私も尊敬しちゃいました!」
「そ、そう……」
 翠華は照れ隠しにコーヒーを啜る。
「あの、その……沙鳴さんって……」
「はい、なんでしょう?」
「歳は十六だったわよね?」
「あ、はい、十六ですよ」
「それじゃ、私と同い年だからわざわざ敬語を使うこと無いわよ」
「え、同い年だったんですか? てっきり、歳上の方かと思いました」
「あ、うん、私も驚いたわ」
「まあ、でも、この話し方がクセみたいな感じなのでいきなりなおすのは、ちょっと……」
「あ、そうなの……」
 言われてみると確かに沙鳴が敬語で話しているのを見たことがない。
 同い年なのに敬語で話されるのは少し違和感があるけど、それはすぐ慣れる。翠華はそんな気がした。
「かなみさんにもそういう話し方してるわよね?」
「はい、そうです! 初対面のときから尊敬しています!」
「そ、尊敬なのね……」
 それは本当に尊敬なのだろうか。
 無性に不安に駆られる。
「だって、私より年下であんなに小さいのに、私の何倍もの借金してて、それなのに挫けず頑張ってて、なんていっていいか、うーん」
「……愛おしい」
 翠華がボツりと、沙鳴に聞こえない小声で呟く。
「尊い!」
「え、ああ、そうよね! 尊いわよね! 見てて応援したくなる感じが!」
「そうなんですよね! まあ、でも私も借金してるので頑張らなくちゃいけないんですよね、あははは」
 沙鳴は自嘲する。
 そんな沙鳴を見て、翠華はさっきまで取り戻していた心持ちが落ち着いた。
「頑張ってね、私、応援する」
「ありがとうございます!」
 そう答えた沙鳴は、意を決したように笑顔で言い継ぐ。
「実をいいますと、私、目標がありまして……」
「目標?」
「はい、かなみ様より先に借金を完済することです」
「……それは」
 なんとも、意外だった。
 でも、一瞬すぎると納得がいく。
「素敵な目標ね」
 翠華はそれだけ答えた。
「翠華さんならそう言ってくれると思いました。でも、かなみ様には秘密ですよ」



 それから、翠華と沙鳴は連絡先交換して、連絡し合うようになった。
(話してみたら、いい子だったわね。同い年だったし、いい友達になれそう)
 翠華は沙鳴にそんな印象を抱いた。
 数日経って、オフィスで仕事をしていると沙鳴から連絡がきた。
『翠華さん、もう少しでお仕事あがりですか? よかったら、このあと一緒にコーヒーいかかですか?』
 そんな誘いの連絡がきた。
『ええ、喜んで』
 そう返信した。
 そうして、翠華は備品確認の仕事を終えて、オフィスに戻る。
「あ、翠華さん、お疲れ様です」
「かなみさん、お疲れ様です」
 翠華は自分のデスクにつく。
 翠華はパソコンにデータ入力する。

カタカタカタカタ

 かなみもパソコンでデータ入力している。
 静かなオフィスに、タイプ音が妙に大きく、そして心地よく聞こえる。
(それに今日は、かなみさんと二人きり……二人きり……沙鳴さんのことを羨ましいと思ってたけど、私はかなみさんとこうして一緒に仕事できてる。今はこれで十分幸せ)
『それは羨ましいです。かなみ様と一緒にお仕事できるなんて』
 ふと沙鳴がそんなことを言ってきたような気がする。
 この後、コーヒーを飲んで談笑していたら、そんな会話になるかもしれない。
 そう考えると、仕事が終わった後に沙鳴に会うのが楽しみになってきた。
「はあ~終わった~」
 かなみがふと伸びをした。
「かなみさん、仕事が終わったの?」
「はい、今日はこのデータを入れ終わったら帰っていいって部長が言ってました」
「え、そうなの?」
 それは意外な話だった。
 いつもだったら、かなみは日付変わる前くらいまで仕事をさせられている。
 翠華はそれよりも早い時間に退勤していることが多いから、きっとほうほうのていで帰っているんじゃないかと心配していた。
 それなので早上がりは珍しかった。
「翠華さんも仕事は終わりですか?」
「ええ、今日はこれで終わりのはずよ」
 それも翠華と同じ時間に帰れるだなんて幸運なこともあるものだと、翠華は思った。
「それじゃ久しぶりに一緒に帰りませんか?」
「えぇッ!?」
 翠華は急な提案に困惑した。
 率直に言うと嬉しい。ものすごく嬉しい。
 かなみと一緒に帰れるなんて随分久しぶりに感じる。
 別れ道までの僅かな時間でもそれは充足に満たされる得難い時間であった。
 しかし、今日は先約があった。
「ごめんなさい、今日はこのあと予定があって」
「え……それは残念ですね……」
 かなみは本当に残念そうに言う。
(私も残念なんだけど! 本当に残念なんだけど!!)
 翠華は手をワナワナ震わせている。
「あ、あの、翠華さん……?」
 そんな翠華の様子に気づいた、かなみは声を掛ける。
「何かあったんですか? もしかして、他に予定があったんですか?」
「あ、いえ、その……!」
「やっぱり何か予定があったんですね! ごめんなさい、私無理言っちゃって!」
「かなみさん!? そんなことないわ、かなみさんが謝ることじゃないわ! 予定っていうのはね、」
「予定あったんですね!!
「そ、そうだけど、聞いて、かなみさん!!」
 翠華は必死に説明する。
 とはいっても、この後、沙鳴とコーヒーを飲んで話をするだけのことだけど。
「そういうことだったんですね。でしたら、私も一緒に行っていいですか?」
「えぇ!? かなみさんと一緒に……?」
「あ、ダメでしたか……」
「ダメってことはないと思うけど、沙鳴さんに聞いてみるね」
 翠華は、かなみも連れてきていいのか、訊いてみた。
『かなみさんもですか!? オーケーです!! 連れてきてください!!』
 思っていたとおり快く了解してくれた。
「かなみさん、沙鳴さん、いいって」
「え、本当ですか! ありがとうございます!」
 かなみは笑顔で礼を言う。
「お礼を言われることじゃないわ」
 翠華はそう言うけど、「かなみさんにお礼を言われた!」と内心喜びで飛び跳ねそうだった。
「じゃあ、行きましょう! どこのお店ですか?」
「それはね――」
 翠華はお店の名前を説明する。
「あ、そのお店知ってます。一度入ってみたいと思ってたんです」
「それは良かったわね」
「それにしても、翠華さんと沙鳴って仲が良いですね」
「え、そ、そう?」
「たしか、翠華さんと沙鳴が同じくらいの年じゃなかったですか?」
「え、えぇ、そうね。同い年だったわ」
「やっぱり、同い年だと話が合うんでしょうね」
「そんなことないわ!」
 翠華は強く言い返して、かなみは引く。
「そ、そうですか……」
「あ、いえ……沙鳴さんとは気が合って……」
「そうなんですね……」
 翠華は言い訳のように言う。
 しかし、改めて考えると沙鳴と気が合ったのは、かなみのおかげだと思った。
(かなみさんの話が凄く盛り上がるのよね……沙鳴さんは純粋に尊敬みたいだけど……)
「翠華さん?」
 かなみに呼ばれて、翠華は我に返る。
「沙鳴を待たせてるかもしれないから、ゆっくりしてていいんでしょうか?」
「え、え、そうね」
 翠華はカバンを持って、かなみと一緒にオフィスを出る。
「かなみさん、ありがとうね」
「え、なんですか?」
 かなみはよく聞き取れなかったみたいだ。
 自然と出た言葉だったのでそれでいい、と翠華は思った。
「ううん、なんでもないわ」
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