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第40話
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小学校低学年くらいだろうか?
男の子が私と元気よく公園を走り回っている。
公園に生えた雑草をむしゃむしゃと食べる私をみて、彼、浅田剣真は無邪気に微笑んだ。
仕事終わりの彼の母親を出迎えに行く途中に必ず立ち寄る、いつもの場所。
ママさん、今日は何をくれるんだろう。楽しみだなぁ!
――我に返った時、気づけば先ほどまでの激痛は跡形もなく消えていた。
今のイメージはいったい......。
「......ロコ? ......そこにいるのはロコなの?」
病室の中から私を呼ぶ声が聞こえた。
立ち上がり、声と匂いに誘われるように暗がりの病室へ脚を踏み入れた。
そこには、ベッドに横たわっている中年の女性が一人。
多分40代後半辺りだと思うんだけど、病気のせいなのか、身体はかなり痩せ細っていた。
更に近づいてよくみると点滴だけでなく、他にも何かの役割を持った管が数本身体に。
「......ごめんなさい。昔、家で飼っていた柴犬が会いに来てくれた気がして......そんなことあるわけないのにねぇ」
私のことを確認して、微かに残念そうな顔を浮かべたあと、嘆息して続けた。
「これも何かの縁だから、良かったら少しお話でもしない?」
ベッドの真横にある来客用のイスにぽんぽんと手を置いて招く。
私は言われるがまま、黙って頷きそこに座った。
あの頃と比べて姿はかなり変わってしまっているけど間違いない。
――この人はママさんだ!
そう思ったら、死んだ両親の顔をみても一滴も出てこなかった涙が、両方の眼からツーっと溢れ出てきた。
「あらあらどうしたの。可愛い女の子が泣いちゃって」
ママさんは上半身を起こすと、横にいる私の頭をそっと優しくなでた。
「へ? ......おかしいなぁ......なんでだろう.........」
白さが特徴的だった肌は少し土色に変色していて、腕も私より細い。
でも温もりだけはあの時のままだ。
私はもう一人の母親の腕の中で、泣き疲れるまで泣いた。
*
「目、凄い真っ赤になってる」
「本当ですか? うっわ、恥ずかしい~」
病室の洗面台の鏡には、目をこれでもかと真っ赤に晴らした私の顔が映っていた。
数年ぶりのママさんの頭よしよしは相変わらず効果絶大。
いつまでもそうしていたい気分にさせてくれる。だけど相手は病人。
名残惜しいけどママさんに負担をかけてはいけない。
「でも、やっぱり不思議ね。あなたをみてると、何故かロコのことを思い出すわ......て、ごめんなさいね。犬と一緒にしちゃって」
「いえいえ」
当然です。そのロコですから。
言いたくて口角がぴくぴくと動いてしまう。
突然の頭の激痛によって目覚めた記憶、それは私の前世、柴犬(ロコ)だった時のもの。
とても信じられないことだけど、胸の奥に今もあるこのぽかぽか感情が何よりの証拠。
「その子、ロコちゃんですか。どんな犬だったんですか?」
ママさんが私のことをどう思っていたのか凄い気になる! 訊かずにはいられない!
「そうね......表情豊かで活発、あとよく食べる子。それで体重が一年で一気に肥満体にまで増えたことがあって、それはもう大変で」
その節は大変お手数お掛けいたしまして申し訳ございません。
若気の至りなのでお許しください。
目を細めて笑うママさんに、私は心の中で頭を下げた。
「他にもいろいろ楽しい思い出があったけど......一言で言うなら私と息子を繋いで
くれた、大事な家族ね」
ママさんは私のこともちゃんと家族として認めてくれていた。
改めて言葉にされると、嬉しくてむずむずしてくる。
「......でも私達は、あの子にとても酷いことをしてしまったの。きっと恨まれているでしょうね......」
「――そんなことありません」
悲しそうに微笑むママさんの手を握って、安心させようとこう続けた。
「ロコちゃんも優しくて温かい二人と出会えて、一緒に楽しい日々を過ごせたんですから。感謝の気持ちはあっても、恨みの気持ちなんかありません! ......と、思っていますよ。多分。いえ、絶対!」
私は素直な気持ちをママさんに語った。
あんなカタチで二人と別れることになってしまったことは残念だけど、剣真を守る為にした結果に後悔はない。
「......ぷっ! まるでロコの気持ちを代弁してるみたい」
「すいません......」
ママさんは目を丸くして驚くと、小さく笑みが零れた。
「浅田さん、お夕飯の時間ですよー。あ、また可愛い女の子部屋に連れ込んでる」
彩名伯母さんと同じくらいの年齢に見える看護婦さんが病室に入ってきた。
もうそんな時間か。
「いいでしょ。息子が帰っちゃって暇だったんだから」
「お身体にさわりますから、ほどほどにしてくださいね」
「はいはい」
本当はもう少し話していたかったけど、夕飯の邪魔にもなるし、ママさんの身体に負担かかるから今日はこれまでかな。
私は立ち上がって。
「じゃあ私、そろそろ部屋に戻ります」
「長々と話し込んじゃってごめんなさい。またいつでも来てね」
「はい☆ それじゃあ」
二人に会釈をして病室を出た。
そういえば私、名前名乗ってなかったかも? ......まぁ、明日でいいか。
これからまた毎日会えるんだもん。
それから私がロコの生まれ変わりであることは、ママさんが元気になってから伝えればいいや。
もちろん剣真にも伝えなきゃ。あの子、今頃どんな立派な大人に成長してるだろう?
あー、また三人で一緒に暮らせるのが楽しみだなぁ♪
ガラス張りの壁の廊下から見える夕日が、今日は一段と凄く綺麗に映えていた。
男の子が私と元気よく公園を走り回っている。
公園に生えた雑草をむしゃむしゃと食べる私をみて、彼、浅田剣真は無邪気に微笑んだ。
仕事終わりの彼の母親を出迎えに行く途中に必ず立ち寄る、いつもの場所。
ママさん、今日は何をくれるんだろう。楽しみだなぁ!
――我に返った時、気づけば先ほどまでの激痛は跡形もなく消えていた。
今のイメージはいったい......。
「......ロコ? ......そこにいるのはロコなの?」
病室の中から私を呼ぶ声が聞こえた。
立ち上がり、声と匂いに誘われるように暗がりの病室へ脚を踏み入れた。
そこには、ベッドに横たわっている中年の女性が一人。
多分40代後半辺りだと思うんだけど、病気のせいなのか、身体はかなり痩せ細っていた。
更に近づいてよくみると点滴だけでなく、他にも何かの役割を持った管が数本身体に。
「......ごめんなさい。昔、家で飼っていた柴犬が会いに来てくれた気がして......そんなことあるわけないのにねぇ」
私のことを確認して、微かに残念そうな顔を浮かべたあと、嘆息して続けた。
「これも何かの縁だから、良かったら少しお話でもしない?」
ベッドの真横にある来客用のイスにぽんぽんと手を置いて招く。
私は言われるがまま、黙って頷きそこに座った。
あの頃と比べて姿はかなり変わってしまっているけど間違いない。
――この人はママさんだ!
そう思ったら、死んだ両親の顔をみても一滴も出てこなかった涙が、両方の眼からツーっと溢れ出てきた。
「あらあらどうしたの。可愛い女の子が泣いちゃって」
ママさんは上半身を起こすと、横にいる私の頭をそっと優しくなでた。
「へ? ......おかしいなぁ......なんでだろう.........」
白さが特徴的だった肌は少し土色に変色していて、腕も私より細い。
でも温もりだけはあの時のままだ。
私はもう一人の母親の腕の中で、泣き疲れるまで泣いた。
*
「目、凄い真っ赤になってる」
「本当ですか? うっわ、恥ずかしい~」
病室の洗面台の鏡には、目をこれでもかと真っ赤に晴らした私の顔が映っていた。
数年ぶりのママさんの頭よしよしは相変わらず効果絶大。
いつまでもそうしていたい気分にさせてくれる。だけど相手は病人。
名残惜しいけどママさんに負担をかけてはいけない。
「でも、やっぱり不思議ね。あなたをみてると、何故かロコのことを思い出すわ......て、ごめんなさいね。犬と一緒にしちゃって」
「いえいえ」
当然です。そのロコですから。
言いたくて口角がぴくぴくと動いてしまう。
突然の頭の激痛によって目覚めた記憶、それは私の前世、柴犬(ロコ)だった時のもの。
とても信じられないことだけど、胸の奥に今もあるこのぽかぽか感情が何よりの証拠。
「その子、ロコちゃんですか。どんな犬だったんですか?」
ママさんが私のことをどう思っていたのか凄い気になる! 訊かずにはいられない!
「そうね......表情豊かで活発、あとよく食べる子。それで体重が一年で一気に肥満体にまで増えたことがあって、それはもう大変で」
その節は大変お手数お掛けいたしまして申し訳ございません。
若気の至りなのでお許しください。
目を細めて笑うママさんに、私は心の中で頭を下げた。
「他にもいろいろ楽しい思い出があったけど......一言で言うなら私と息子を繋いで
くれた、大事な家族ね」
ママさんは私のこともちゃんと家族として認めてくれていた。
改めて言葉にされると、嬉しくてむずむずしてくる。
「......でも私達は、あの子にとても酷いことをしてしまったの。きっと恨まれているでしょうね......」
「――そんなことありません」
悲しそうに微笑むママさんの手を握って、安心させようとこう続けた。
「ロコちゃんも優しくて温かい二人と出会えて、一緒に楽しい日々を過ごせたんですから。感謝の気持ちはあっても、恨みの気持ちなんかありません! ......と、思っていますよ。多分。いえ、絶対!」
私は素直な気持ちをママさんに語った。
あんなカタチで二人と別れることになってしまったことは残念だけど、剣真を守る為にした結果に後悔はない。
「......ぷっ! まるでロコの気持ちを代弁してるみたい」
「すいません......」
ママさんは目を丸くして驚くと、小さく笑みが零れた。
「浅田さん、お夕飯の時間ですよー。あ、また可愛い女の子部屋に連れ込んでる」
彩名伯母さんと同じくらいの年齢に見える看護婦さんが病室に入ってきた。
もうそんな時間か。
「いいでしょ。息子が帰っちゃって暇だったんだから」
「お身体にさわりますから、ほどほどにしてくださいね」
「はいはい」
本当はもう少し話していたかったけど、夕飯の邪魔にもなるし、ママさんの身体に負担かかるから今日はこれまでかな。
私は立ち上がって。
「じゃあ私、そろそろ部屋に戻ります」
「長々と話し込んじゃってごめんなさい。またいつでも来てね」
「はい☆ それじゃあ」
二人に会釈をして病室を出た。
そういえば私、名前名乗ってなかったかも? ......まぁ、明日でいいか。
これからまた毎日会えるんだもん。
それから私がロコの生まれ変わりであることは、ママさんが元気になってから伝えればいいや。
もちろん剣真にも伝えなきゃ。あの子、今頃どんな立派な大人に成長してるだろう?
あー、また三人で一緒に暮らせるのが楽しみだなぁ♪
ガラス張りの壁の廊下から見える夕日が、今日は一段と凄く綺麗に映えていた。
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