女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106

文字の大きさ
2 / 12
第五章・女子部への誓い

鉄のスパーリング

しおりを挟む
翌朝の女子部練習場は、冬の空気が残るような凛とした冷たさに包まれていた。
リングの上には、誰よりも早く修平が立っていた。
昨夜のスパーでついた青痣が身体のあちこちに残り、肩や腰は動かすたび軋んだ。
それでも、彼はマットを丁寧に拭いていた。

「おはようございます」

声をかけたのは環だった。
彼女は意外そうに目を瞬かせた。

「今日もいるの? 昨日、あれだけやられたよね?」
「まあ……痛いですけど。でも、やると決めたので」

環は少し微笑んだ。
「ふふ。そういうの、嫌いじゃないわ」

そこへ、志桜里がリングへ飛び乗った。
ミットを片手に、鋭い目で修平を見据える。

「昨日の続き、やるよ。立て!」

修平は拳を上げ、構える。
その瞬間――

バシィッ!

いきなり強烈なミドルキック。
受け身を取る暇もなく、修平はマットに転がった。

「はい、とっとと立つ!」

短く鋭い叱声が飛ぶ。
修平はロープに手をかけ、よろめきながら立ち上がる。

「もう一回お願いします」
「言ったね? じゃあ本気でいく」

志桜里の蹴りは速い。
パンチは鋭い。
足払いで何度も倒され、身体が跳ねるたびに痛みが走る。

倒れ、立つ。
倒れ、立つ。
倒れ、また立つ。

その繰り返し。

Satomiがリング下で腕を組み、ぽつりと呟いた。

「……しぶといねぇ、あの子」

環も汗を拭いながら言う。

「普通なら心折れるよ。でも……がんばってほしいな」

十分、二十分、三十分。
息が荒れ、視界が揺れ、膝が震えても――修平は立ち続けた。

志桜里はミットを上げた。
「よし、ラスト。思いっきり来い」

修平は最後の力を振り絞り、拳を叩き込んだ。

ドンッ。

鈍いが、確かな音。
志桜里の目が、ほんの一瞬だけ、柔らかくなる。

「……悪くない」

その言葉に、修平は胸が熱くなった。

だが次の瞬間――

「よし、じゃあ次スパーね」
「えっ!? いま終わったばかりですけど、すぐにですか!?」
「当然だろ、なに言ってんだ?、女子部の練習、甘く見んなよ」

女子たちの笑いが起こる。
そこに嘲りはなく、むしろ「仲間」の空気があった。

スパーリングではまたしても修平は完敗した。
拳ひとつ受け返せず、息も絶え絶えで、最後はリングに倒れ込んだ。

しかしその瞬間――
練習場の奥の扉が静かに開いた。

現れたのは、直美だった。

汗に濡れた髪、肩にかけたグローブ。
呼吸は荒く、目は鋭い。
圧倒的な“戦う者の気配”をまとっていた。

志桜里が驚いて声を漏らす。

「直美さん、今日も……あの地獄の特訓やったんですか?」

直美は決意を込めた目で語った。

「沙也加さんと決めたの。わたしはやる。チャレンジするの」

志桜里はおそるおそる質問する。

「……あの話、……やっぱ、本気でやるんですか」

直美は、無言で頷いた。
志桜里もSatomiも環も、アイコンタクトで頷いていた。

(……あの話?)

修平はまだ飲み込めていなかった。

直美は深く息をつきながら答えた。

「沙也加さんに言われたのよ。
 “今のままじゃ帝プロで勝てない、帝プロに行くことだけを目的にするな”って。
 だから、もっと強くならなきゃ」

(……えっ?、帝プロ?、まさか……?)

直美は国内の最高峰の団体と言われる、帝国プロレスリングのリングに上がることを、
目標としていることを初めて知ったのだ。

(帝プロって、超でかい男たちが激しく戦っている、あの帝プロ?
 あんな男たちが上がるリングを、直美さんは目指している?
 女子が上がって本気で戦ったりしたら、死んじゃうのでは?)

初めて聞いた衝撃で、修平は驚きを隠せなかった。

環が目を丸くさせながらつづいた。

「直美ちゃん、あの練習……男子でも途中で倒れるよ?」
「女子とか男子とか関係ない。
 私は“帝プロに立つ人”になりたいだけ」

その一言に、空気が変わった。

修平は倒れたまま、直美の横顔を見た。
その視線は自分に向いていない。
気づきさえしていないかもしれない。

だが――
それでいいと思えた。

あの背中は、遠い。
でも、追いかけたい。

沙也加が直美に並んでリングへ近づき、ふと振り返って修平を見た。
目が合うと、沙也加は静かに微笑んだ。

その意味は、まだ言葉にはならない。
だが、胸の奥がじんわり熱くなった。

直美がリングに飛び乗り、シャドーを始める。
鋭く、速く、重い。
“プロレスラー”ではなく、“武器そのもの”のようだった。

志桜里が呟く。

「……あたしらも頑張らないと、置いていかれるね」

Satomiも頷く。

「でも……負けたくないよね」

誰も帰ろうとしなかった。
直美の背中を見るだけで、全員の心が奮い立つのだ。

修平は壁に寄りかかりながら、
静かに拳を握った。

あの人と、本気で立ち合えるぐらいになりたい。
そのために、毎日倒れても構わない。

ジムに響く直美の高速シャドーの風切り音。
それを聞きながら修平は確信した。

――明日も、きっとここに来る。

その決意は、どんな痛みよりも強かった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

バーチャル女子高生

廣瀬純七
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...