女帝の遺志(第一部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106

文字の大きさ
7 / 19
第二章・導かれる拳

切り拓いた道

しおりを挟む
 ──その夜、練習場。
 観客も記者もいないリングに、二人の影だけがあった。

 軽くアップを終えた仁志の前に、戦闘スタイルの沙也加が立った。
 引退後もトレーニングを欠かしていなかったその身体つきは、現役さながら、といった雰囲気であった。

 「ほぉう、さすがだな。けど闘いってのは、格好だけじゃないぜ」

 開始の合図とともに、仁志の蹴りが走る。
 だが沙也加は軽くステップを踏み、わずかにかわす。

 (...!)

 現役選手、あるいはそれ以上の機敏さに、仁志は驚きの表情を隠せない。

 一方の沙也加からすれば、仁志の動きは重い。
 大きな身体から繰り出される打撃は、威力こそあるが、読みやすい。
 仁志の技を悉く交わしている。

 「っ、なめるなよ!」

 仁志がロープに走り、ラリアットを放つ。
 その瞬間、沙也加は沈み込み、相手の腕をとらえ、体を翻す。
 仁志の巨体が宙を舞い、マットに叩きつけられた。

 ――ドンッ!

 空気が震えた。

 「まさか……」
 仁志の表情が変わる。
 沙也加は息を乱さず、静かに立っていた。
 「男も女も関係ありません。強い者が、上に立つ。それがプロレスです」

 次の瞬間、沙也加は一気に距離を詰め、腕を極め、関節を締め上げた。
 仁志の巨体が暴れる。
 しかし、いくらじたばたしようが、沙也加の身体は揺るがない。
 「うがぁぁぁ...!!!」

 沙也加の目は冷静に、そして徐々に力を込めて、締め上げつづける。

 「社長、これ以上耐えたら、危険です。折れてしまいます。そろそろギブアップしませんか」
 「ぐっ……くそっ……くそっ……!」

 仁志の額に脂汗が滲む。
 数秒後、仁志の手がマットを叩いた。
 タップ音が響く。

 沈黙の中で、沙也加はそっと手を離した。
 仁志はしばらく呼吸を整え、うずくまっている。

 沙也加は丁寧に頭を下げて、挨拶をする。

 「スパーリングを受けてくださり、ありがとうございました。
  約束どおり、マッチメイク権をわたしに、譲っていただけますか?」

 黙ったまま、軽く首を縦に振る、仁志。
 男子の現役のチャンピオンが、引退した女子選手に、相手にもならずタップをしてしまった。
 ショックと情けなさからか、片膝をついたまま下を向いていた。

 「安心してください。
  このスパーリングのことは、決して誰にも言いません。
  約束します。」

 最後に再び深く礼をして、沙也加は練習場から消えて行った。

 数日後、ブレバリーズ内では仁志より、
 「経営機能とマッチメイク機能を一体化させることで、観客のニーズにタイムリーに応えたい」
 との理由で、副社長の沙也加にマッチメイク権を委任することが告知された。
 その瞬間から、ブレバリーズの歴史が変わったのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。

神崎あら
青春
 10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。  それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。  そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

バーチャル女子高生

廣瀬純七
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...