憎き世界のイデアゼム

志賀野 崇

文字の大きさ
上 下
1 / 13

プロローグ『最後』

しおりを挟む
 激動の人生だった。
 俺は、そう感じつつ処刑台に登る。処刑台の周りには無数の民衆が集まっており、俺に向かって小物や石を投げながら罵声を浴びせてくる。
 俺は35年の人生で『勇者』と呼ばれる冒険職をなりわいとしていた。
 生まれた時から、木でできた模造剣に触れ、物心つくと同時に剣術と魔法を学んだ。
 17の時に村を出て、沢山の冒険をした。
 盗賊退治から魔物討伐、果てには魔王や古代種族まで討伐した。自分では意識していなかったが、今考えると自分は特別だったのかもしれない。こんなにも容易く多くの名声を手に入れられたのだから。
 つまり、俺はただの勇者ではなく『英雄』だったのだ。
 力に恵まれ、仲間に恵まれ、運と勝利を約束された存在。それが俺だった。
 しかし、そんな俺でも最後は呆気ないものだ。
 俺の力と影響力を恐れた帝国は、有りもしない罪を俺に着せ処刑することにしたわけだ。
 俺は無抵抗に捕縛され、今に至る。
 抵抗するだけ無駄なこと。もし、本気になれば俺が帝国を一人で滅ぼすのに二週間はかからない。しかし、そうすれば崩壊した帝国に魔物達がなだれ込み、罪無き民が死ぬこととなる。それだけは避けたかった。
 正直な話、こうして帝国のホラ話を信じて石やらを投げてくる連中を見ると、そんな考えなんてどうでもいいように思える。でも、今更何が出来ようか。
 こうして全身を鎖で完全拘束された上、各所には魔封石が埋め込まれ、暴れるどころか魔力を集めることさえも出来ない。
 まぁ、別にどうでもいいかな。
 そんなことを考えている内にも、気がつけば俺は処刑台に首を乗せていた。
 頭上で斧を持った処刑人が、勢い良く斧を振り上げるのがわかる。
 と、その時、不意に何処からか飛んで来た小石が俺の眉間にあたる。
 見ると、そこには小さな女の子がいて醜い表情でこちらを嘲けり笑っていた。
 彼女の周囲には数人の子供がいて、皆それぞれ俺に向かって石を投げている。
 無数の怒声と投擲物の雨あられ。普通ならこんな些細なことは気にならない。
 だが、何故だろう。
 なんだか内側が熱い。
 これは怒りだろうか? いや、少し違う。これは、哀れみに似た感情である。
 あんな年端もいかない少女少年が、処刑台を前にあのような醜い表情を浮かべる世界……なんて、酷くて哀しい世界なんだろうか……。
 そして、自分はそんな世界を守っていたのか……。

「……守らないで、壊せば良かった」

 不意にそう呟いた瞬間、激しい衝撃とともに俺の意識は一瞬にして無限の暗黒へと消えた。


 世界が憎い。

 
しおりを挟む

処理中です...