3 / 7
3
しおりを挟む
悩んでいても落ち込んでいても、一人暮らしのサラリーマンなら休日にやらなくてはならないことはある。うだうだするのはその後だと自分を叱咤して、掃除洗濯それから一週間分の食料の買い出しなどを行った。主婦かよって言いたくなるが、一人暮らしの野郎なら誰でもやっていることだ。それから昼寝ならぬ夕寝を少々。決戦の前には腹ごしらえだけでなく、睡眠も重要なのは言うまでもない。
何も考えないようにしていても、やはりいろいろ考えてしまう。でも忙しく身体を動かしてる分、余計な横道に逸れずあっさりと自分の中の気持ちを見つけることが出来た。いろんな鎧を脱ぎ捨てた素直なオレの気持ちは、今でも和志が好きだってことだった。ただし、付き合い始めの頃のような激しい気持ちではなく、穏やかな落ち着いた『好き』だった。恋愛感情はある。でも、激しさは無い。
和志がオレ以外のヤツとも付き合ってるって事に関しては、不愉快の一言だった。もちろんあの男への嫉妬はある。が、どちらかと言うと和志に対しての怒りの方が大きいような気がする。きっとオレが和志の相手の顔を見てしまったからだろう。あの表情は、和志への素直な気持ちをそのままに表していたから。
一方オレの方は、相手に対しての感情表現がかなり乏しい。心の中はいろいろ忙しいのだが、照れもあって実際はなかなか素直になれないのだ。つい心にもないことを言ってしまってケンカになることもあった。これでも最近はかなり素直になった方なのだが……。
「とりあえず、なるようになる。……よな?」
いろいろ悩んだ末に出した結論は、『運を天に任せる』だった。何もしないワケではない。行動した結果を受け入れると言うことだ。グダグダ言ってるとは思うが、これも性分なのだから仕方ない。
夜九時過ぎに和志の部屋へ向かった。
お疲れさん。
もう仕事は終わったか?
電車の中で和志にラインを送ったが、最寄り駅に着いても返事は無かった。
駅から和志の部屋までの道のり。この道を歩くのは今年二回目だ。あのときはショックを受けた。そしてきっと今回……。
いつもの場所から見える和志の部屋は、カーテン越しに灯りがついてるのが分かった。消し忘れたのでなければ、和志は帰宅してるのだろう。
とうとう和志の部屋の前まで来た。呼び鈴を押すかどうか迷う。ここは和志の部屋でオレの部屋ではないのだから、呼び鈴を押すのは人としては当たり前の行為だ。でも、なんとなく、今回だけは鳴らさない方が良いような気がする。黙ってドアを開けたのを咎められたら、そこは素直に謝ろう。
合鍵を出してそっとドアを開けた。入口には履物が二つ。見慣れた和志の革靴と、明らかに和志の好みじゃないポップな配色のスニーカーだ。リビングの灯りはついてるけど、玄関から見えたそこには人の気配は無かった。
靴を脱いでそっと中に入る。心臓がドキドキする。気分は不法侵入者、状況的にそのまんまだ。ローテーブルの上には弁当ガラが二つ。ひとつはキレイに食べ終えてるけど、もうひとつはまだ半分程残ってる。それから……ドアの向こう、寝室から聞こえる声。
他人の情事なんて一度も見たことが無いからそれが激しいのか普通なのかは分からないが、少なくともドアから漏れ聞こえてくるその音と声は、オレとのに比べるとかなり激しかった。音って意外といろんな情報を伝えるんだな、と、関係ないことを考えてみたり。
その後オレは静かに外に出て施錠した。ドアポストから合鍵を放り込む。カチャンとやけに響く音がしたが、構わずその場を後にした。きっと和志にもその音が聞こえていただろう。
歩きながらスマホを操作し、和志からの接触は全てブロックした。
帰って来たオレはコートも脱がず真っ直ぐ冷蔵庫へむかい、今日買ったばかりのビールをその場で一気飲みした。今夜くらいは酔って無理矢理忘れても良いだろう。それくらいは許されるよな? 誰にともなく言い訳しながら、買い置きしたビールと缶チューハイを全てリビングのローテーブルに運んだ。よし、呑もう。
ダラダラと飲みながら酔いの回った頭で考える。わざわざ自分から傷付きに行くオレって、つくづくマゾだよな。ホント、何がしたかったんだよ。これって、別れる口実を自分から見つけにいったようなものじゃんか。
昼間は和志のことを好きだと思ったが、今はそれが本当なのかよく分からない。もしかしたらオレの気持ちは既に冷めていたのかもしれない。じゃあ和志は? 飽きたなら飽きたって言ってくれたら良かったのに。そしたらオレは……、オレは……。
「くっ……」
翌日、二日酔いの状態で目覚めたオレの顔は、アルコールのせいで浮腫んでいて、そして目も腫れぼったかった。
和志から連絡は無い。それについてオレは何とも思わなかった。心の一部が機能停止か何かしたようで、何の感情も湧かなかったんた。
たとえオレに何があろうと時間は平等に流れ、休日は終わり仕事のある平日が始まる。仕事にはスケジュールや納期がある。給料をもらっているサラリーマンである以上与えられた仕事はやらなければならなくて、つまりは仕事しろってことだ。
以前ダメ出しをして返却した納品物が再提出されていたので、その検証に没頭した。納品物の量が多く、しかも納期までの日数が短い。グダグダと余計なことを考えるヒマの無い状況は、今のオレには良いのかもしれない。オレは仕事に没頭していた。
あんなことがあった翌週末、残業から帰ったオレの部屋のドアポストに鍵が入っていた。鍵の形状から言って、以前オレが和志に渡した合鍵だろう。きっと連絡がつかないことに苛立った和志はオレの部屋までやってきて、合鍵が合わないことにますます苛立って、そして帰っていったんだろう。ざまあみやがれ。少しだけそう思ったオレは悪くないハズだ。実は鍵は即行で換えておいたのだ。
和志の性格を考えたら、これ以上の接触は無いと思う。大学の友人時代からの付き合いは六年にも及ぶ。決して短くないその付き合いが、当人同士の別れの挨拶もなく完全に終わってしまった。呆気ないよな。もしかしたら修羅場を演じた方が良かったのだろうか?
何にせよ、当分恋愛とかはこりごりだ。暫くは独りがいい。
何も考えないようにしていても、やはりいろいろ考えてしまう。でも忙しく身体を動かしてる分、余計な横道に逸れずあっさりと自分の中の気持ちを見つけることが出来た。いろんな鎧を脱ぎ捨てた素直なオレの気持ちは、今でも和志が好きだってことだった。ただし、付き合い始めの頃のような激しい気持ちではなく、穏やかな落ち着いた『好き』だった。恋愛感情はある。でも、激しさは無い。
和志がオレ以外のヤツとも付き合ってるって事に関しては、不愉快の一言だった。もちろんあの男への嫉妬はある。が、どちらかと言うと和志に対しての怒りの方が大きいような気がする。きっとオレが和志の相手の顔を見てしまったからだろう。あの表情は、和志への素直な気持ちをそのままに表していたから。
一方オレの方は、相手に対しての感情表現がかなり乏しい。心の中はいろいろ忙しいのだが、照れもあって実際はなかなか素直になれないのだ。つい心にもないことを言ってしまってケンカになることもあった。これでも最近はかなり素直になった方なのだが……。
「とりあえず、なるようになる。……よな?」
いろいろ悩んだ末に出した結論は、『運を天に任せる』だった。何もしないワケではない。行動した結果を受け入れると言うことだ。グダグダ言ってるとは思うが、これも性分なのだから仕方ない。
夜九時過ぎに和志の部屋へ向かった。
お疲れさん。
もう仕事は終わったか?
電車の中で和志にラインを送ったが、最寄り駅に着いても返事は無かった。
駅から和志の部屋までの道のり。この道を歩くのは今年二回目だ。あのときはショックを受けた。そしてきっと今回……。
いつもの場所から見える和志の部屋は、カーテン越しに灯りがついてるのが分かった。消し忘れたのでなければ、和志は帰宅してるのだろう。
とうとう和志の部屋の前まで来た。呼び鈴を押すかどうか迷う。ここは和志の部屋でオレの部屋ではないのだから、呼び鈴を押すのは人としては当たり前の行為だ。でも、なんとなく、今回だけは鳴らさない方が良いような気がする。黙ってドアを開けたのを咎められたら、そこは素直に謝ろう。
合鍵を出してそっとドアを開けた。入口には履物が二つ。見慣れた和志の革靴と、明らかに和志の好みじゃないポップな配色のスニーカーだ。リビングの灯りはついてるけど、玄関から見えたそこには人の気配は無かった。
靴を脱いでそっと中に入る。心臓がドキドキする。気分は不法侵入者、状況的にそのまんまだ。ローテーブルの上には弁当ガラが二つ。ひとつはキレイに食べ終えてるけど、もうひとつはまだ半分程残ってる。それから……ドアの向こう、寝室から聞こえる声。
他人の情事なんて一度も見たことが無いからそれが激しいのか普通なのかは分からないが、少なくともドアから漏れ聞こえてくるその音と声は、オレとのに比べるとかなり激しかった。音って意外といろんな情報を伝えるんだな、と、関係ないことを考えてみたり。
その後オレは静かに外に出て施錠した。ドアポストから合鍵を放り込む。カチャンとやけに響く音がしたが、構わずその場を後にした。きっと和志にもその音が聞こえていただろう。
歩きながらスマホを操作し、和志からの接触は全てブロックした。
帰って来たオレはコートも脱がず真っ直ぐ冷蔵庫へむかい、今日買ったばかりのビールをその場で一気飲みした。今夜くらいは酔って無理矢理忘れても良いだろう。それくらいは許されるよな? 誰にともなく言い訳しながら、買い置きしたビールと缶チューハイを全てリビングのローテーブルに運んだ。よし、呑もう。
ダラダラと飲みながら酔いの回った頭で考える。わざわざ自分から傷付きに行くオレって、つくづくマゾだよな。ホント、何がしたかったんだよ。これって、別れる口実を自分から見つけにいったようなものじゃんか。
昼間は和志のことを好きだと思ったが、今はそれが本当なのかよく分からない。もしかしたらオレの気持ちは既に冷めていたのかもしれない。じゃあ和志は? 飽きたなら飽きたって言ってくれたら良かったのに。そしたらオレは……、オレは……。
「くっ……」
翌日、二日酔いの状態で目覚めたオレの顔は、アルコールのせいで浮腫んでいて、そして目も腫れぼったかった。
和志から連絡は無い。それについてオレは何とも思わなかった。心の一部が機能停止か何かしたようで、何の感情も湧かなかったんた。
たとえオレに何があろうと時間は平等に流れ、休日は終わり仕事のある平日が始まる。仕事にはスケジュールや納期がある。給料をもらっているサラリーマンである以上与えられた仕事はやらなければならなくて、つまりは仕事しろってことだ。
以前ダメ出しをして返却した納品物が再提出されていたので、その検証に没頭した。納品物の量が多く、しかも納期までの日数が短い。グダグダと余計なことを考えるヒマの無い状況は、今のオレには良いのかもしれない。オレは仕事に没頭していた。
あんなことがあった翌週末、残業から帰ったオレの部屋のドアポストに鍵が入っていた。鍵の形状から言って、以前オレが和志に渡した合鍵だろう。きっと連絡がつかないことに苛立った和志はオレの部屋までやってきて、合鍵が合わないことにますます苛立って、そして帰っていったんだろう。ざまあみやがれ。少しだけそう思ったオレは悪くないハズだ。実は鍵は即行で換えておいたのだ。
和志の性格を考えたら、これ以上の接触は無いと思う。大学の友人時代からの付き合いは六年にも及ぶ。決して短くないその付き合いが、当人同士の別れの挨拶もなく完全に終わってしまった。呆気ないよな。もしかしたら修羅場を演じた方が良かったのだろうか?
何にせよ、当分恋愛とかはこりごりだ。暫くは独りがいい。
10
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる