4種族9人の主人公の運命が絡み合い、凍える大陸を目覚めさせる!王道ファンタジー『オルダニアの春』

武濤大洋@鴻鵠ブラザーズ

文字の大きさ
39 / 60
第3章 イーディスとモーラ

第10話 魔法使いとお姫様

しおりを挟む
 その頑なな意志に、イーディスは面食らいながらも二つのことを思った。
 まずは、だから湖の北にそびえる『鷹山』を目指していたのか、ということ。

『神吹の湖』の北側には、三つの山が連なっていた。真ん中の一番大きな山が『鷹山』といい、その両脇にちょうど同じ大きさの山が、まるで鷹が両翼を広げたように続いている。それで三つ山をまとめて『鷹ノ連山』と呼ぶこともある。今、その山脈には白鷹のように雪が積もっていた。

『鷹ノ巣城』は、城主が亡くなった後、妻アデリーンが主人となって治めている。背後に平原と川を越えるとすぐそこが、ゴーガ人の住む『金の鉱山』であるが、道はまっすぐに繋がっていない。『王の道』はどれも『鷹山』を避けるように伸びているので、『神吹の湖』の資源がなければ何もない、いわば忘れられた城である。

 おそらく女城主でいられるのも、そういう理由だろうとイーディスは考えていた。噂によるとアデリーンは平民の出で、元は誰かの侍者だったとか。そこから考えれば大出世どころの話ではない。夫を退けて城主の座に収まったといわれるのも頷ける。

 無理やりにでも舟先を反転させたいと思っていたが、イーディスは好奇心に駆られた。

 もう一つの考えは、姫と馬番の愛についてだ。逃走中の変装としてリチャードという名をかたっていると思ったが、どうも様子がおかしい。そして今、愛する男に危険が迫っているというのに、彼女はガスよりも『鷹ノ巣城』へ行くことを選んだ。ガスとの約束だと言ったが、女は普通こんなときにはすべてを投げ出して愛を選ぶものだと思っていたのだが。

 自分がロマンチストすぎるのだろうか。

 それとも……

 彼女は、思ったよりも大きな使命を帯びているのか?

 そのとき、ひらひらと一頭の黄色い蝶がどこからともなく飛んできて、イーディスの頭上を旋回した。
 彼女は心のままに身を委ね、蝶に思いを乗せて陸へ返した。

 ひらひら、ふわふわ、くるくると、小さな蝶は空高く舞い、雲を越え、青い空からオルダニアを見下ろした。

 リシェルを探す兵は『湖畔の町』を荒らすだけ荒らして、目当てを見つけられず引き上げていくところだった。ガスの姿もあった。だが、その進行方向は西ではなく東。『鴉城』ではなく、直接『東の鉄壁城』へ戻るようだった。

『王の道』を行き交う人々。人と物の流れが、蝶を通じてイーディスに流れ込んでくる。ゴーガ人が移動しようとしている。『南東の入江』も『崖の町』も、どちらも『古代の壁』の修繕が終わったようだ。

 イーディスは蝶から離れた。タイレルが自分を探す姿を見つけてしまったからだ。向こうからこっちを知ることはできないが、決まりが悪くて見ていられない。それに、かすかに父の気配も感じた。真っ黒な、悲しみと怒り。

「リチャード様」と、イーディスは目の前に意識を向けた。「そこまで仰るのなら、私もその旅路を共にしましょう。仲間は多いほうがいい。私もすべてを話します。私がなぜ、あなたの前に姿を現したのか。それを聞いて、話す気になってくれたら、あなたも私に真実を語ってほしい」

 そう述べたところで、船頭が舟を岸へ寄せようとしているのがわかった。
「申し訳ないです。リチャード様。わたくしがあなた様をお運びできますのは、ここまでです」
「ありがとう。助かった」

 リチャードはイーディスの手を借りて小舟を降りると、懐を探って、それからチラリと隣の魔法使いを見やった。

 なんてことだ。こいつは、根っからのご主人様だ。
 イーディスはかえって小気味良いくらいの気持ちになって、わずかではあるが駄賃を男の手に乗せた。『大鴉の町』で食べ物を買うときにタイレルから預かった余りだ。

「かたじけないことでございます」
 うやうやしく受け取って、男は舟に戻っていった。

 さてと周囲を見回せば、河岸に際まで木々が迫っていて、獣道のような細い一本道が淵に沿うように長く続いている。『鷹山』はさっきよりもぐっと近く見えるが、あそこまで、いったいどれほど歩くことになるのだろうか。この寒さを凌ぎながら。

 リチャードは思い詰めた表情で凍りついた湖を眺めている。彼女の心も、このくらい冷たく、固く閉ざされているように思えた。

「私は昨日まで、『鴉城』の牢獄にいました」
と、イーディスはその横顔に語った。

 リチャードの目が、驚きを持ってイーディスに注がれた。

「そう。捕まっていたんです」
 自嘲的に笑って、イーディスは先を続けた。手近な小枝を折って、迫る枝葉を払いながら。
「私の父は、マグナ会の代表です」

 リチャードは目を丸くした。

「『知恵の里』をご存知ですか?」
と続け様に聞くと、リチャードはその顔のまま首を振った。イーディスは簡単に生まれ故郷を説明した。
「山と森に囲まれた小さな村が、魔法使いの隠れ里でした。そこで生まれるものは、ほとんどが魔法と呼ばれる不思議な力を持っている。全員じゃない。力の弱い者もいる。だが、みんなでそれを鍛えて、伸ばしていくのです。風を読み、大地と話す力を」

 そしてその力は、やがて戦争に利用される。

「私の家は、代々強い力を持っていました。父もそうです。だが母を失って、父は変わってしまった。父に従ってオルダニアに移り住んだ者たちも、みな里では異端者とされてきたものたちです。マグナ会というのはそういう連中の集まりで、魔法という商品を売る商人軍団に近い。利害が一致している間は結束していますが、これから先、どうなるかはわからないのです」

 話していて、イーディスは悲しくなってきた。なんて馬鹿げた集団に自分は属しているのだろう。

 彼女は咳払いして続けた。
「私は父と違う考え方を持っています。つまり、愛するものを失ったからといって、怒りや悲しみを周囲へ八つ当たりするでもなく、自身の利害のためだけに動くのでもなく……もっと、大局的に物事を見たいと思っているんです」

 リチャードは訝しげにイーディスを見ていた。

「大局的、とは?」
「この世界の、全体の動きや、未来のこと」
「未来……」

 そう繰り返すリチャードの顔は、それまでと異なっていた。急に、鼻先にあった覆いが外されたような、遠くまで見渡すような目だ。
 イーディスは、リチャードを信じて言い切った。

「オルダニアは今、戦争の危機にあります」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

処理中です...