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第3章 イーディスとモーラ
第12話 女と女の探り合い
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遠くから見れば滑らかな『鷹山』も、登りはじめれば峻厳で、馬がなければどうなっていただろうかとイーディスは思った。
タイレルは別行動をとってもいいのに、なぜか後ろからついてきて、「なんて悪路だ」とか「凍えそうだ」とか数歩ごとに文句をつけている。休憩をとって馬から降りると、彼の元へつかつかと歩み寄って、「手紙を」と手を伸ばした。
タイレルが懐を探る。
受け取るなり封緘を切ると、「あ!」と慌てたが、それ以上咎めるわけでもない。
一読して、イーディスは破り捨てた。
「おい! なんてことしてんだ!」
と、それにはさすがに抗議したが、冗談じゃないとイーディスはいきり立った。
「『お嬢さん、手紙は勝手に読むものではありません。正式な書状は別途送りました』だとさ!」
「あっはっは」と、タイレルは人の気も知らずに大笑いした。「あの爺さん本当に、食わせもんだな」
「楽しむな! 大陸の運命がかかっているんだぞ」
「それなら先を急ごう」
と、声を発したのはリチャードだった。
決意を固めた少女には、まるで一国の主人のような威厳があった。
馬を急かしてさらに山道をいくと、中腹のひらけた場所に、まるで山にへばりつくように『鷹ノ巣城』が建っていた。いくつもの尖塔を擁した城は、白い壁と濃緑色の屋根が雪を被った針葉樹林のようで、周囲の風景に溶け込むようだ。
恐ろしいのはその城門で、正面から見ると城の割には脆弱そうな雰囲気があり、たとえば自分が敵だとしたら、勢い込んで攻め込みたくなる様子だが、その手前が谷になっている。足を滑らせただけでひとたまりもない、縮み上がらんばかりの高さ。
「うへー、こりゃ厄介だな」
馬上から覗き込んだタイレルが声を震わせるのも無理はない。数十メートル手前からだと、山のわずかな起伏によって、平らな道に見えていたのだ。
「この城づくりもアデリーンの知恵だ」
リチャードの解説に、イーディスは背筋が伸びた。これから会う女城主は、相当切れる。
リチャードが門兵に、「エセルバートの次女、リシェル」と声を張り上げ、謁見を申し出て短剣を掲げると、ややあってから頑丈な橋が下された。
「万が一のときには橋を落として籠城する構えもあるそうだ」
リチャードが囁く。
門を潜ると従者が暖かいマントを手に待っていて、馬を預かられた。
数人の男たちに囲まれるようにして案内された先は、下界と切り離され、見捨てられた城と呼ぶにはあまりにもったいない豪華な作りの、朱色と金色で彩られた謁見の間だった。色が体を温めてくれるような気がした。
「リシェル様! ……いえ、リチャード様!」
と、少女を呼んだのは、明るい栗色の巻毛を結いあげた、優しそうな女性だった。ピンと襟を立てた上等なドレスを着ているが、なぜか質実剛健なイメージが浮かぶ。
城主としての威厳を保つための振る舞いと彼女の本質が、ちょうどいいところでバランスをとっているようだった。
「アデリーン様」
リチャードがうやうやしく礼をすると、彼女は破顔してリチャードを手招いた。
「どうか『アデリーン』とお呼びください。よくぞこのような辺境地までおいでくださいました。こちらは?」
「旅の途中で出会いました、供のものたちです」
そう紹介するしかあるまい。タイレルは不満そうだったが、イーディスは話を合わせてお辞儀した。
「マグナ会のイーディスと申します。こっちはタイレル」
「そうでしたか。マグナ会の方」
にこやかな顔を向けられたが、値踏みされていることは間違いない。「この方々の前でお話ししてもよろしいのですか?」と、はっきりと、会ったばかりでまだ信用していないと宣言されてしまった。
リチャードは別段気にする風もなく、「構いません。ガスも彼らを知っていたようです」と、道々でイーディスが言った出まかせを信じている。
「そうですか。ガスは利発な青年ですね。彼はどこですか?」
一瞬リチャードが口ごもった隙に、イーディスが割って入った。
「『湖畔の町』でエセルバート様の手の者たちに捕まりました。どうやら『東の鉄壁城』のほうへ連れて行かれる様子だったと、タイレルが見ておりました」
急に名前を出されても、彼は慌てることなく神妙な顔つきで頷くだけ。
不安でいっぱいのリチャードに見つめられながら、イーディスはハッタリを続けた。
「私はマグナ会代表の父と折り合いを悪くしまして、『鴉城』へ幽閉されていたのをタイレルによって解放された直後でした。ガス殿とはどさくさの中で互いの状況を語るや瞬時に意気投合し、リチャード様の身の安全を頼まれたのです。実は詳細までは存じ上げません。ただ道中の無事を託されただけで……。ですが、私はオルダニアの行末を案じる者。ガス殿の機転がオルダニアの危機を救うことになると、私はそう信じておりました」
これで切れ者の女城主がどう出るか。イーディスは出方を伺う。しかしそもそも彼女にしてみれば、なぜリチャードがこれほどまでの思いで結婚を避けるのか、なぜガスがこの城を逃亡先に選んだのか、何にもわかっていないのだ。
怯んだら負ける。
イーディスは堂々とした微笑みをたたえながら、腹の底ではヒヤヒヤしていた。
タイレルは別行動をとってもいいのに、なぜか後ろからついてきて、「なんて悪路だ」とか「凍えそうだ」とか数歩ごとに文句をつけている。休憩をとって馬から降りると、彼の元へつかつかと歩み寄って、「手紙を」と手を伸ばした。
タイレルが懐を探る。
受け取るなり封緘を切ると、「あ!」と慌てたが、それ以上咎めるわけでもない。
一読して、イーディスは破り捨てた。
「おい! なんてことしてんだ!」
と、それにはさすがに抗議したが、冗談じゃないとイーディスはいきり立った。
「『お嬢さん、手紙は勝手に読むものではありません。正式な書状は別途送りました』だとさ!」
「あっはっは」と、タイレルは人の気も知らずに大笑いした。「あの爺さん本当に、食わせもんだな」
「楽しむな! 大陸の運命がかかっているんだぞ」
「それなら先を急ごう」
と、声を発したのはリチャードだった。
決意を固めた少女には、まるで一国の主人のような威厳があった。
馬を急かしてさらに山道をいくと、中腹のひらけた場所に、まるで山にへばりつくように『鷹ノ巣城』が建っていた。いくつもの尖塔を擁した城は、白い壁と濃緑色の屋根が雪を被った針葉樹林のようで、周囲の風景に溶け込むようだ。
恐ろしいのはその城門で、正面から見ると城の割には脆弱そうな雰囲気があり、たとえば自分が敵だとしたら、勢い込んで攻め込みたくなる様子だが、その手前が谷になっている。足を滑らせただけでひとたまりもない、縮み上がらんばかりの高さ。
「うへー、こりゃ厄介だな」
馬上から覗き込んだタイレルが声を震わせるのも無理はない。数十メートル手前からだと、山のわずかな起伏によって、平らな道に見えていたのだ。
「この城づくりもアデリーンの知恵だ」
リチャードの解説に、イーディスは背筋が伸びた。これから会う女城主は、相当切れる。
リチャードが門兵に、「エセルバートの次女、リシェル」と声を張り上げ、謁見を申し出て短剣を掲げると、ややあってから頑丈な橋が下された。
「万が一のときには橋を落として籠城する構えもあるそうだ」
リチャードが囁く。
門を潜ると従者が暖かいマントを手に待っていて、馬を預かられた。
数人の男たちに囲まれるようにして案内された先は、下界と切り離され、見捨てられた城と呼ぶにはあまりにもったいない豪華な作りの、朱色と金色で彩られた謁見の間だった。色が体を温めてくれるような気がした。
「リシェル様! ……いえ、リチャード様!」
と、少女を呼んだのは、明るい栗色の巻毛を結いあげた、優しそうな女性だった。ピンと襟を立てた上等なドレスを着ているが、なぜか質実剛健なイメージが浮かぶ。
城主としての威厳を保つための振る舞いと彼女の本質が、ちょうどいいところでバランスをとっているようだった。
「アデリーン様」
リチャードがうやうやしく礼をすると、彼女は破顔してリチャードを手招いた。
「どうか『アデリーン』とお呼びください。よくぞこのような辺境地までおいでくださいました。こちらは?」
「旅の途中で出会いました、供のものたちです」
そう紹介するしかあるまい。タイレルは不満そうだったが、イーディスは話を合わせてお辞儀した。
「マグナ会のイーディスと申します。こっちはタイレル」
「そうでしたか。マグナ会の方」
にこやかな顔を向けられたが、値踏みされていることは間違いない。「この方々の前でお話ししてもよろしいのですか?」と、はっきりと、会ったばかりでまだ信用していないと宣言されてしまった。
リチャードは別段気にする風もなく、「構いません。ガスも彼らを知っていたようです」と、道々でイーディスが言った出まかせを信じている。
「そうですか。ガスは利発な青年ですね。彼はどこですか?」
一瞬リチャードが口ごもった隙に、イーディスが割って入った。
「『湖畔の町』でエセルバート様の手の者たちに捕まりました。どうやら『東の鉄壁城』のほうへ連れて行かれる様子だったと、タイレルが見ておりました」
急に名前を出されても、彼は慌てることなく神妙な顔つきで頷くだけ。
不安でいっぱいのリチャードに見つめられながら、イーディスはハッタリを続けた。
「私はマグナ会代表の父と折り合いを悪くしまして、『鴉城』へ幽閉されていたのをタイレルによって解放された直後でした。ガス殿とはどさくさの中で互いの状況を語るや瞬時に意気投合し、リチャード様の身の安全を頼まれたのです。実は詳細までは存じ上げません。ただ道中の無事を託されただけで……。ですが、私はオルダニアの行末を案じる者。ガス殿の機転がオルダニアの危機を救うことになると、私はそう信じておりました」
これで切れ者の女城主がどう出るか。イーディスは出方を伺う。しかしそもそも彼女にしてみれば、なぜリチャードがこれほどまでの思いで結婚を避けるのか、なぜガスがこの城を逃亡先に選んだのか、何にもわかっていないのだ。
怯んだら負ける。
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