転生した私は人間不信の勇者と村を出る

スノウ

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どうやら転生したようです

アンセル


 ん?何処かで見たことがあるわけがないよね。私はこの世界に転生してから一歩も外に出たことがなかったのだから。

 私は頭を左右に振ってその考えを頭から追い出した。

 ……子ども相手なら、警戒する必要もないよね。さっきも笑顔で何か話しかけていたし。

 私は体の緊張を解いた。

 ああ、それにしても誰かに笑いかけられたことなんて、この世界に転生して以来初めてのことだ。
 荒んだ心がほんの少し癒やされたように感じる。

 先程男の子は何か話しかけていたけれど、私はこの世界の言語を話せないため、返事ができない事がもどかしい。


 すっかり警戒を解いた私は、思いきって男の子がいる場所まで近寄った。

 私が移動する間、彼は切り株に腰掛けたまま、にこにことこちらに笑顔を向けていた。

 彼の目の前に立ったことで、切り株に腰掛けている男の子と私の目線の高さが同じくらいになり、お互いの視線がバッチリと合わされた。

 しばらく無言で見つめ合う。

 男の子の瞳は、吸い込まれそうなほどにきれいな碧眼だった。金色の髪に碧い瞳。そしてこの容姿。
 ……私はやはりこの男の子のことを知っている気がする。そんなはずはないというのに。どうしてそう思うのだろうか。

 私が何も話さないことに焦れたのか、男の子が口を開いた。


『君は迷子なのかい?それともここに用があったの?もしそうなら、1人で山に入るのは危ないよ。最近ではこの山に人が来ることは滅多にないんだ。でも、そのおかげでここは僕の秘密の隠れ家になっているんだけど』


 男の子は気さくな感じで話し続けているが、言葉がわからない私には残念ながらまったく通じていない。
 こんな時、どのようなリアクションを取れば良いのだろう。ジェスチャーで言葉が通じないことが彼に伝わるだろうか。

 私が悩んでいる間にも、彼は話し続ける。


『そういえば、まだ自己紹介をしていなかったね。僕の名前はアンセル。分かるかい?アンセルだよ。良ければ君の名前を教えてもらえるかい?』


 彼は自分を指差して『アンセル』と言った。

 うん。彼の言動から察するに、これはきっと自己紹介をしているのだろう。そうか、彼の名前はアンセルというのか。

 意思の疎通ができたことに満足していると、アンセルは私から何かの返答を待つようにジッとこちらを見つめ続けている。

 ……もしかして、これは私からも自己紹介をする流れなの?無理だよ。私はこの世界の言葉を話せないし、それに………

 私は私の名前を知らない

 ううん、きっと名前なんて初めからつけてもらっていないんだと思う。だって、あの両親だし。名付けは両親からの最初の贈り物、なんて言われることもあるけれど、私にその贈り物はもらえなかったようだ。


 私は彼に向かって静かにかぶりを振った。
 これで正確に意味が伝わるのかはわからないが、『私には名前がない』と伝えるための方法がこれしか思い浮かばなかったのだ。


『ん?名前を言いたくないのかい?………え、まさか、名前がない?いや、まさかそんなことが』


 アンセルは私が名前を名乗らないことにに困惑していたようだが、私の悲し気な様子に何かを察したのか、難しい顔をして考え込んでしまった。

 暫くの間、辺りは静寂に包まれた。

 やがて、思考に区切りがついたのか、それまで俯いていた顔をこちらへと向け、アンセルが口を開いた。


『ええと、君の名前が呼べないのは不便だから、僕が名前を考えてみたんだ。気に入らなければ正直に言ってくれていい。コホン、君の名前は今日から【ユーニス】だ。………どうかな?』

「ユーニス」


 アンセルは私を指差して【ユーニス】と言った。
 ……私の思い違いでなければ、彼は私に名前をつけてくれたのだろうか。
 私は震える唇で、もう一度名前を復唱する。


「私の名前は……ユーニス?」

『うん、ユーニス。良かった。気に入ってもらえたみたいだね』

「……………」



 今の気持ちを正確に言い表せる言葉を私は知らない。生まれた時から当たり前に名前を呼ばれていた前世の私では、一生こんな気持ちを抱くことはなかっただろう。

 嬉しい。幸せ。感謝。感動。

 どれも今の気持ちには違いないが、こんな言葉では到底言い表せないような感情で胸がいっぱいになっている。

 きっと、私はたった今生まれ変わったのだ。

 転生してからこれまで何者でもなかった私が、名前をもらいユーニスになったことで、私はやっと『誰か』になれたのだと思う。

 体の中の血がすべて入れ替わったかのようだ。

 私にこんな幸せな気持ちを与えてくれた彼に、感謝の気持ちを伝えたい。

 私はこの気持ちが少しでもアンセルに伝わるよう、精一杯の微笑みを浮かべ、口を開いた。


「アンセル、ありがとう」

『……!!』


 私の言葉は日本語なので、アンセルに伝わってはいないだろう。だから、彼は私の言葉に困惑の表情を浮かべるだろうと思っていたのだが、彼は何故か私の顔を凝視して驚きの表情を浮かべている。

 ……私の顔に何かついてる?

 思わず両手で顔をさわって確認するが、特に何かがついているわけではないようだ。

 ……変なアンセル。

 ……ん?アンセル…アンセル…あ!!


「そうだ!!勇者アンセルだよ!!」

『???』


 どうして今まで気づかなかったのだろう。今はまだ幼い外見だが、それでも勇者アンセルの面影はあるというのに。
 このまま成長すれば、ゲーム画面で何度も見た、あのアンセルと寸分違わぬ姿になるだろうと予想がつく。



 【勇者アンセル】

 私が前世で死ぬ間際にプレイしていた【果てなき終焉のファンタジア】という名の王道RPGゲームの主人公である。私が死ぬ間際にやっていたのは、確か記念すべき10周目の周回プレイのラスボス戦だった。

 はいそこ、ドン引きしない。

 いくらゲーム好きの私だって、すべてのゲームを何周もプレイしたりはしない。このゲームを何周もプレイしたのは、美麗なグラフィックや耳に残る音楽、そして魅力的なシナリオやキャラクター達にすっかり魅せられてしまったからだ。ハマった、というやつである。

 シナリオ自体は王道RPGそのものである。

 ボタ村という小さな村に住んでいた主人公アンセルは、18歳になったある日、北の洞窟に住んでいたモンスターに村を焼かれ、村人達は全滅してしまう。ちょうど山に出かけていて村にいなかったアンセルだけが奇跡的に生き残る。
 村を焼いたモンスターは実は魔王だった。彼は力を失って長い間洞窟に潜んでいたのだ。その魔王が力を取り戻し、手始めに近くの村を焼き払ったというわけである。
 力を取り戻した魔王は人間達に魔王復活を宣言した。
 魔王復活に危機感を抱いた国王は、聖剣に認められし勇者を探すべく、国の全土にお触れを出すのだった。

 ……まあそこからは、アンセルが精霊に選ばれ勇者になったり、戦士、聖女、賢者などが仲間に加わったりして、最終的には魔王城で魔王ギルクニスを打ち倒してハッピーエンドである。




「ふう………」 


 長い回想から現実に戻った私は、目の前にいるアンセルと目が合ったことで、今の状況を思い出す。
 
 まずい、私、会話の途中で自分の世界に入っってしまっていた。だって、目の前の彼が勇者アンセルかもしれないと思ったら、過去のゲーム内容がブワッと頭を駆け巡って……

 でも、実際のところ、彼が未来の勇者様なのかは今の時点では判断がつかないよね。詳しい話をしたくとも、言葉が通じないもの。


 私は取り敢えずアンセルに向かってにっこりと微笑んだ。これは日本人特有の、場をごまかすための愛想笑いである。

 私がにっこりと笑ったことにより、私の意識がアンセルに向かったことがわかった彼は、ホッとしたような表情をしていた。

 いや、本当にごめんない。会話中に自分の世界にトリップしたらダメだよね。反省しよう。

 気を取り直したアンセルは私に笑みを返し、一緒に山小屋の中に入るように私を促した。


『さあ、小屋の中で休憩しよう。ここまで歩いてきて疲れているだろう?おやつにクッキーを持ってきてるんだ』


 アンセルに誘導され、山小屋の中へと入る。もしかしたら、小屋の中に別の人がいるんじゃないかと身構えたが、幸いなことに中は無人だった。
 小屋の中は木こりの仕事道具と思しきものが雑然と置かれていたが、そこそこの広さで、机と椅子も置かれていた。椅子は2脚あったので、私とアンセルがそれぞれ腰掛ける。
 やはり初めての外出で疲れていたようで、椅子に座ると「ふぁあ」という形容し難いため息が口から自然に吐き出された。

 アンセルはそんな私を横目に見ながら『さあ、クッキーを食べよう』と、何もない場所からクッキーを出現させた。続いて飲み物であろう何かの液体が入ったティーポットとコップをふたつ出現させた。


「!!」


 な、な、これはどういうこと?!

 これってもしかして、異世界転生モノでよくある、【アイテムボックス】とか【空間収納】とか言われているアレじゃない?
 いや、彼のユニークスキルだったりする?

 ……彼が勇者アンセルと同一人物ならば、これはユニークスキルではないはずだ。
 ゲーム内ではコントローラーのボタンひとつでアイテム画面を呼び出せたが、それはゲームの仕様であり、彼のスキルによるものであるという説明はなかった。

 実際にはこんなふうにアイテムを収納していたのか……
 これって私にもできるのかな。

  私は目の前に置かれたコップを手に取り、「収納されろ~」と念じてみたが、上手くいかなかった。

 やっぱりスキル持ちにしか使えないのだろうかと肩を落として項垂れていると、それを見ていたアンセルが口を挟んできた。


『ユーニス、君、もしかして【空間収納】を使おうとしているのかい? ダメだよ。これは君の持ち物じゃないから収納されないよ。自分の持ち物か、誰の物か明確には決まってない物しか収納されないんだよ。……ほら、これなら大丈夫だよ』


 項垂れていた私にアンセルがクッキーを差し出す。『このクッキーは君にあげることを僕が許可したから、所有者は君だ。さあ、【空間収納】を使ってごらん』と言っていたが、意味はわからない。わからないが、取り敢えずもう一度収納できるかやってみようと思う。

 クッキーを握りしめ、先程と同じく「収納されろ~」と念じる。
 すると、手に中にあったはずのクッキーが消えていた。不思議なことに、どこかの空間にクッキーが収納されたことを感覚的に理解できた。私がもう一度『クッキー出ろ~』と念じると、手のひらの上にクッキーが出現していた。
 

「やったぁ!!できたよ、アンセル!!」


 私は満面の笑みでアンセルに報告し、アンセルも微笑ましそうな顔で一緒に喜んでくれる。
 


 初めて【空間収納】を使い、達成感で満たされていた私は知らない。
 このスキルがこの世界のどんな人間でも使える、特に珍しくもないありふれたスキルだということを。


 






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