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どうやら転生したようです
一緒にいたい
山小屋まではきちんとした道があるわけではないが、人が何度も踏みしめてできた獣道のような道が通っているので、それを辿れば迷うことはまずない。
私は逸る気持ちを抑えながら山小屋へと向かう。
歩き続けてしばらく経った頃、昨日の山小屋が建っている開けた場所に到着した。
「アンセル……!!」
何と、彼は今日もここへ来ていたようだ。
アンセルは昨日と同じ切り株に腰かけ、これまた昨日と同じく何かの本を読んでいた。
彼は私の声に気づいたのか読んでいた本から顔を上げ、私の姿を認めると、ふわりとした笑みを浮かべた。
私は嬉しくてたまらなくなり、アンセルの傍まで駆け寄った。
「アンセル!ありがとうアンセル!私のことを誰にも話さないでくれて本当にありがとう!」
『ええと、こんにちは、ユーニス。今日も会えて嬉しいよ。…少し落ち着こうか』
アンセルは背中をぽんぽんと優しく叩いて私を落ち着かせた後、そのまま山小屋の中へと誘導した。私はそれに従い、おとなしく中へと入る。
昨日の今日なので山小屋の中は昨日とほとんど同じ状態だ。
私とアンセルはそれぞれ椅子に腰かけひと息ついた。
私が今日もまた文字を教えてもらえないかと彼の様子を窺っていると、アンセルは【空間収納】から小さな靴を取り出した。
『この靴、僕が君くらいの歳の頃に履いていたものなんだけど、まだ十分使えると思う。ユーニスさえ良ければもらってくれないかな?』
「?」
私はこちらへと差し出された靴を呆然と眺める。私の勘違いでなければ、アンセルはこの靴を私に譲ってくれると言っているのだろうか。
私はアンセルの碧い瞳をじっと見つめる。
……彼は、どこまでわかっているんだろう。
この靴は、私が部屋履きのままで彷徨いているのを見かねて譲ってくれようとしたのだろうけれど、普通、そこまでするだろうか。
普通の家の子は外出用の靴くらい親が用意していて当たり前だ。病気などで寝たきりになっているなどの事情がない限り、全く外出しないなんてことは普通は有り得ないからだ。
昨日は部屋履きを履いていたが、家に帰ればちゃんとした靴があると思うだろう。あるものをわざわざプレゼントしようとは思わない。
アンセルは私が外出用の靴さえ用意してもらえないような環境だって気づいているの?
もしかして、近所で私の両親についての悪い評判でも流れてるの?
それとも、昨日私が部屋の窓から出入りしていた理由を正しく理解したとでもいうの?
10歳の子どもが?
あれだけの情報で?
──有り得ない。
きっと、これはアンセルの優しさゆえの行動なのだろう。
……正直、この靴は喉から手が出るほど欲しい。今履いている室内履きの靴裏には泥汚れがべったりと付いている。今はよく洗えば汚れが目立たなくなりそうな状態ではあるが、このまま履き続けていれば、誤魔化しようもない程の泥汚れをいつか母親に気付かれていただろう。
うん、彼の厚意をありがたく受け取っておこう。いろいろと邪推して、自分で自分の首を締めていてはどうしようもないよね。
私は差し出されていた靴を両手で受け取った。アンセルの方を見ると小さく頷いたので、自分が履いていた室内履きを脱ぎ、そのまま渡された靴を履いてみる。
私には少し大きいようだが、詰め物をすれば十分履けると思う。子どもはすぐに成長するものだから、大きい方がかえって都合がいいかもしれない。
私は改めてアンセルに向き合い、心からのお礼を言った。
「アンセル、どうもありがとう」
『アルーイ』
「?」
『今、ユーニスは僕にお礼を言ってくれたんだよね。こういう時はアルーイ(ありがとう)と言うんだ。あ、文字にするとこう書くんだよ』
アンセルは【空間収納】から紙とペンを取り出すと、サラサラとペンを走らせる。そして、書いた文字を指差して『アルーイ』と言った。
……アンセルの教育スイッチが入ってしまったようだ。
ええと、私はさっき彼にお礼を言ったところだったよね。それなら、『アルーイ』という言葉は「ありがとう」という意味かな。
アンセルがいきなり教育モードに入ってしまったことには驚いたが、文字と言葉を教えてもらえるのは素直に嬉しい。
私はもう一度彼に向き直ると、今覚えたばかりのお礼の言葉を口にした。
「アルーイ(ありがとう)、アンセル」
『ふふ、どういたしまして』
その後、教育モードに入ったアンセルにより、いろいろな単語を教わる流れとなった。昨日の復習から始まり、一度おやつタイムを挟んだあと、今日は身近なものの呼び名を教わった。
やがて日が傾いてくる時間帯になり、私がそろそろ帰ろうとすると、アンセルは昨日と同じように私についてきた。
昨日は何がなんでもアンセルについてこられないように頑張ったが、私の家の場所を既に知られてしまった今となっては隠し立てする意味もない。
私とアンセルは横に並んで手を繋いで歩きながら、ゆっくりと山道を下りたのだった。
アンセルは昨日と同じ場所、つまり私の部屋に続く窓がある場所まで私を送り届けると、短い挨拶をして帰っていった。私も今日覚えたばかりのこの国の言語でお礼の言葉を返し、自室ヘと戻った。
さて、もう暫くすれば母親が夕食を持ってこの部屋へやってくる。私にはそれまでに確認しておかなければならないことがあった。
「さてさて、どうなっているかな?ん?おお!まだ熱い!!」
私は朝食の時に【空間収納】に入れておいたスープ皿を取り出し、ひと口飲んでみた。
すると、スープの温度は朝食時と変わらないほど熱かった。これで、【空間収納】には時間停止(もしくは時間の流れが物凄く遅くなる)効果があることがわかった。
今日から毎日、出される食事から少しずつ食べ物を抜き、【空間収納】ヘと送る。
そうして、家を出た後に当分の間飢えずに済むくらいの食糧を確保するのである。
その日の夕食からはパンを1つ【空間収納】ヘ送った。正直、慣れないうちは食事の量が足りなくてお腹をグゥグゥ鳴らすことになりそうだ。
パンを1つ抜いただけでも結構辛い。
私は食べ盛りの子どもなのだ。
その後、今日習った単語を復習し、室内履きの汚れを頑張って落とした後、空腹と戦いながら眠りに就いた。
◇ ◇ ◇
「アンセル!遅くなってごめんなさい」
「いいよ、今日は一緒に山の頂上まで行く約束だったから、昨夜は興奮のあまり寝付けなかったんだよね?」
「っな!!どうして知っているの!?」
「ははっ、ユーニスはかわいいなあ」
ここはいつもの山小屋である。
この数年間、毎日のように通った、言わば第2の我が家のような場所である。
アンセルに初めて会った日から約8年の月日が流れた。私は14歳(推定)になり、アンセルは18歳の青年になった。
私はアンセルから言葉を教わった結果、彼と問題なく言葉を交わせるまでになった。
そうして、これまで訊きたくても訊けなかったことを彼に質問できるようになったことで、ここが間違いなく【果てなき終演のファンタジア】の世界だということを確信した。
この村の名前はボタ村。作中で勇者アンセルが暮らしていた村の名前と一致する。
アンセルの話では、この村の北には洞窟があり、知性のあるモンスターが棲んでいるという。
彼が両親にそのモンスターについて詳しい話を聞き出そうとしたところ、この話はこれで終わりだと強い口調で突っぱねられたそうだ。
やはり、村ぐるみでモンスターの存在を隠しているのだろうか。
ここが【果てなき終演のファンタジア】の世界だということは、アンセルは間違いなく未来の勇者だということだ。
ゲーム通りに話が進むのであれば、彼が18歳になった今年、魔王が力を取り戻すはずである。
そして私の推測では、私がいけにえに捧げられることで魔王が力を取り戻すのではないかと考えている。
……うん、何でいつまでもこの村にいるのかって疑問に思うよね。ここにいれば魔王のいけにえにされてしまうかもしれないのだから。
包み隠さずに現状を話すなら、もうとっくに私が家を出るための準備は整っている。
この国の言語は数年前の時点で既に問題なく話せるようになっていたし、食糧の備蓄に至っては、山に自生している木の実なども集めて【空間収納】ヘストックしていたため、数年分の食糧はあるのではないかと思う。
【空間収納】はやはり時間停止の効果があったらしく、数年前のものも全く劣化していなかった。
話を戻すが、ここから逃げるのならば、数年前には実行可能だったということだ。
それをしなかったのは、ひとえにアンセルと少しでも長く一緒に居たいと思ったからだ。
私にとってアンセルは、自分を1人の人間として見てくれる唯一の相手である。
私にユーニスという名前をくれたのも彼であるし、その名前を呼んでくれるのも、やはり彼だけなのだ。
少しでも長く一緒に居たい。
あと1日、あと1日だけ……
そうやって、ズルズルと旅立ちを遅らせてきたのだ。
今回の山登りは、そんな弱い自分と決別するためのイベントのはずだった。
今日の思い出を最後に、私はこの村を出ていこうと思っていたのだ。
ちょっと気合いが入りすぎ、昨夜はなかなか寝付けなかったが、体調は悪くない。この山自体もそこまで標高が高くないので、途中でへばってしまうこともないだろう。
私達は持ち物の確認をした後、山の頂上へ向けて歩きだした。
この森にはモンスターは棲んでいないらしく、危険な野生動物も山の反対側に巣を作っているそうなので、安心して2人きりの山登りができている。
それでも危険が全くないとは言えないので、アンセルは護身用に小型ナイフを持参している。
私もいざという時に何かできないかといろいろ考えたのだが、武器を用意できない私には投石くらいしか攻撃手段を思い付かなかった。
拳で殴り付けるなんて論外だし、私のヘロヘロパンチには敵を怯ませるだけの威力すらないと思う。
そういうわけで、私の【空間収納】には手頃な大きさの石が沢山入っている。アンセルは私にあまり危険なことはしてほしくないようで、いざという時は攻撃をしようなどとは考えず、自分を置いて逃げろと言っていた。
……無理に決まってるよね。
アンセルを置いていくくらいなら、私が囮になって敵を引き付けるから、その間に彼だけは逃げてほしいと思う。
私は両親からも愛されず、いつかいけにえにされる身だ。どうせ死ぬなら私をただ一人間扱いしてくれたアンセルのために死にたい。
──ああ、ダメだ。また良くない考えが頭に浮かんでしまった。
私は今日の山登りを最後にこの村から出ていくんだ。だからいけにえにもされないし、アンセルとも今日でお別れなんだ。
しっかりしろ、私!
今日をいい記念にするために、思い切り楽しむつもりだったんだから!
気を取り直した私は、アンセルと軽い会話を楽しみながら歩みを進めた。
途中で一度休憩を挟み、再び頂上ヘ向けて歩きだして暫く経った頃、アンセルが突然立ち止まり、私の方ヘと振り返る。
そして、警戒したような表情でひとこと呟いた。
「何か嫌な感じがする」
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