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どうやら転生したようです
アンセル、またね
傷口についての描写があります。苦手な方はバックしてください。
───────────────
「何か嫌な感じがする」
アンセルは突然そう呟いた。
彼のこういった発言は、実は今回が初めてではない。
アンセルが勇者の資質を持っているからなのかはわからないが、彼には第六感というか、鋭い直感が備わっているようだった。
アンセルに初めて逢った頃、私のことを誰にも話さなかったり、自分の靴を譲ってくれようとしていたのも、「何となくそうした方がいいと思ったから」という自分の直感に従った行動であったらしい。
アンセルと言葉を交わせるようになって、以前から疑問に思っていたそれらのことを彼に質問した私は、彼が『何となく』で行動していたことを知り、思わず脱力してしまった。
彼の行動の意味を邪推して頭を悩ませていた過去の私がバカみたいだ。
しかし、彼の行動は結果的にすべて私に都合のいい展開をもたらしてくれた。『何となく』という単なる直感も、アンセルのものに限っては十分信用に足るものだと私は思っている。
さて、そんな直感に優れたアンセルだが、ただ今現在進行形で何かの異変を感じ取っているらしい。
「嫌な感じ」というなんともアバウトな表現だが、私達にとって都合のいいものではなさそうだ。
「アンセル、もしかして大雨が降るの?山の天気は変わりやすいっていうものね」
「うーん……いや、そうじゃないと思う。」
そうして、2人でウンウンと悩んでいたが、嫌な感じの正体はわからないままだった。
とても残念ではあったが、私はアンセルの直感を信じているので彼に下山することを提案した。
アンセル自身もこんな状態のままで頂上を目指すのは危険だと判断したようで、残念だが今回は引き返そうということで話がまとまった。
そうして山を下りようと踵を返したその時、
「危ない!!」というアンセルの声が耳に届くと同時に私は彼に突き飛ばされた。
「うう……」
手加減なしに思い切り突き飛ばされたようで、私は地面に強く体を打ち付け、その痛みでしばらく身動きが取れなかった。
それでも何とか頭だけを動かし、アンセルの方ヘと視線を向けると、そこには野生の狼がいた。狼は既に手負いの状態でここまでやってきたようで、真っ赤な血の跡が茂みに向かって点々と続いている。
狼はアンセルに噛みつこうとしているが、彼は所持していた小型ナイフで何とかそれをしのいでいる状態だ。
アンセルの体勢が良くない。私を突き飛ばして、体勢を整える間もなくそのまま狼の攻撃を受けたのだろう。
狼は前脚で邪魔なナイフを抑えると、アンセルの肩に噛みついた。
「ぐぅ……ッ!!」
「アンセル!!」
アンセルのくぐもった呻き声が私の耳まで届く。私は思わず彼の名を叫んだ。
ああ、私はどうすれば……
そうだ 石を投げて……ダメだ。狼とアンセルの距離が近すぎる。これではアンセルに当たってしまう可能性が高い。
考えが纏まらないまま私が体を起こそうとしていると、「ギャインッ」という狼の鳴き声が辺りに響いた。
慌ててそちらへ目を向けると、狼の左目にはアンセルのナイフが深々と突き刺さっていた。
アンセルはそのまま力を緩めることなく狼の左目にナイフを根本まで押し込んだ。
その攻撃でナイフが脳まで届いたのか、狼はしばらく痙攣した後、どさりと地面に倒れ伏した。
しばらく警戒して様子を見ていたが、それから再び狼が動き出すことはなかった。
ドサリ、という音がして視線を向ければ、アンセルが血の気を失った顔で倒れていた。
「アンセル!アンセル!」
慌てて彼に駆け寄り、アンセルの名を呼ぶが、彼が目覚める様子はない。
こういう時、どうすればいいのだろう。
応急手当の知識などない。
何となくだが、揺さぶったりしてはいけない気がして、彼に呼びかけながらできるだけ彼の体を動かさないように注意して傷の確認をする。
「!!そんな……ひどい……」
肩の傷は予想以上に深刻なものだった。
野生の狼に噛まれた傷だ。傷口は当然ナイフで切ったようにキレイなわけがなく、噛みついてから揺さぶられたのか、患部はグチャグチャの状態だった。
その傷口からは今も血が流れ続けており、私が素人の知識で患部を縛ったくらいでは血は止まらなかった。
「どうする……どうすればいい…?」
アンセルを村まで運ぶのは私の力では無理だ。
かといって、私が村へ助けを呼びに行き、村人をここまで連れてきたとして、アンセルはそれまでもつのだろうか。また、私の素性が村人にバレれば大騒ぎになり、私の話などまともに聞いてくれない可能性だってある。
そもそもこの傷は一介の村人にどうにかできるようなものではないだろう。
「………」
村に戻っても戻らなくても、アンセルはもう助からない……?
急に目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えた。私の体を嫌な汗が伝い、先程から震えが止まらない。
嫌だ、いやだ、イヤダ!!
アンセルが死ぬなんて、そんなの耐えられない。
どうしてこんなことになった?
彼は勇者だ。主人公だ。
本来であればこんなところで瀕死になるなんて筋書きは存在しないはずだ。
それを歪めてしまったのは───
「───わたし……?」
アンセルは私を庇って負傷した。
そもそもこの山に登ることになったのは私がいたからだ。本来出会うはずのなかった私と出会ったことで、彼の人生が狂ってしまったというのか。
「あ……あああ。ごめんなさい。ごめんなさいアンセル」
神様……
神様、どうかアンセルを助けてください
代わりに私の命を差し上げます
私にできることなら何でもします
だから、どうかアンセルを連れていかないで
涙で顔をベしょベしょに濡らしながらアンセルの体を抱き締めていると、急に辺りが眩しい光に包まれた。
それと同時に、体の内側が沸騰しそうなほどに熱くなる。
体の中を何かが高速で駆け巡るような不思議な感覚を覚える。
そして、頭の中にひとつの言葉が浮かび上がった。私の口が無意識に動き、浮かんだ言葉を音にする。
「《天輪(あめのわ)》」
その言葉を口にした瞬間、辺りの光が更に強まり、アンセルの体をあたたかい力が包み込んだ。それと同時に私の内側から命の欠片がこぼれ落ちていくのを感じた。
私はアンセルの傷が塞がったことを感覚的に理解した。
私はそっと彼の頬に手を伸ばす。
良かった。顔に赤みが戻っている。
もう……いいよね……
未知の力を行使した体は限界を迎えていた。アンセルの無事をしっかりと確認すると、私の意識は深い闇の中ヘと落ちていった。
ゆらゆら、ゆらゆら
規則的に体が揺れる。
伝わってくる振動と仄かな熱が心地好い。
いつまでもこうして微睡んでいたくなるが、そろそろ目覚めの時間だ。
私はゆっくりと目蓋を開いた。
「!!ユーニス、気がついたんだね。気分はどう?」
「アン、セル?」
私が目を開くと、アンセルの顔が目の前にあってかなり驚いた。
どうやら私は所謂お姫様抱っこでアンセルに運ばれている途中らしい。彼も万全の状態ではないだろうに。大丈夫なのだろうか。
「そうだよ、僕だ。あの後僕が目覚めて辺りを見回してみれば、すぐ横で君が気を失って倒れていたんだ。青白い顔をして、ピクリとも動かなかったから、すごく心配したよ」
「あ……」
そうか、私はそんな状態だったんだね。心配をかけて申し訳ない。
私が彼に謝罪の言葉を伝えようと口を開いた時、それまでいつも通りの様子だったアンセルが、急に真剣な表情になった。そのまま彼が口を開く。
「ユーニス、正直に答えてほしい。僕の傷を治してくれたのは君かい?」
「え?…………………うん、そうだよ」
あの場にはアンセルと私(と死んだ狼)しかいない状況だったのだから、彼が自分で治療したのではない以上、彼の怪我を治したのは私しかいない。
正直、どうやって治したんだと訊かれても答えられる気がしない。あの時はほぼ無意識に力を使っていたのだから。
「そうか……ありがとう、ユーニス。君は命の恩人だ。本当にありがとう。でもね、ユーニス」
「?」
「その力はユーニスには負担が大きすぎる。うまく言えないけれど、使い続ければ君の命を縮める、そんな気がするんだよ」
だから、もうこれ以上その力を使わないでほしい。アンセルはそう締めくくった。
「アンセル………」
本当にアンセルの直感はすごいね。
誰に説明されずとも、物事の本質を的確に見抜いている。敵に回せば恐ろしい相手だと思うよ。……私が彼の敵に回ることは絶対にないけれど。
「アンセル、わかったよ。あの力はもう使わない」
「そうか、よかった」
アンセルはホッとしたような表情を浮かべている。彼が安心できたのなら良かった。
本音で言えば、使わないというよりは使い方がよくわからないというのが正しいのだけどね。
あの力を使った時、アンセルの言うように体から命の欠片が失われていくような感覚があった。
きっと、私には過ぎた力なのだろう。
彼の忠告に従い、これからはあの力を使わないようにしよう。
もうすぐアンセルとはお別れだ。
私が彼の傍を離れれば、もう彼のまわりでイレギュラーな事態は起こらないだろう。
それにしても、あの狼は何故あそこにいたのだろう。普段は山の反対側で群れを作って生活しているとアンセルが言っていたはずなのに。
確か、あの狼は姿を見せた時には既に負傷していた。
もしかすると、群れのボス争いに敗れ、群れから追い出された個体だったのかな。自然界で暮らしていくのも楽ではなさそうだ。
私達と偶然出くわさなければ、もう少し生きられたのかな。
そんなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか山の入り口まで到着していた。
しまった。考え事に夢中になっていたせいで、結局最後までアンセルに運んでもらっちゃったよ。
怪我は治したとはいえ、彼は瀕死の重傷だったのだ。彼の負担になることは避けなければいけなかったのに。
「アンセル、ここまで運ばせてしまってごめんなさい。ありがとう。もう下ろしていいよ」
「ぇえ~…………わかったよ」
なぜか不服そうな様子で地面に下ろしてくれる。
そして、いつものように私を家まで送ってくれた。私は固辞したのだが、アンセルはどうしてもと譲らなかった。
本当はこの登山が終わればそのまま村を出る予定だったのだけど、私の体はまだ本調子ではない。今日はあの家で休んで、明日の早朝にこの村を出ていこう。
最後は散々な思い出になってしまったけれど、これ以上ズルズルとここにいるわけにはいかない。
さあ、アンセルに最後の挨拶をしよう。
「アンセル、さよ」
「ユーニス、どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?」
「!?」
「そんな顔をしていたら、僕は君が心配でここから動けなくなってしまうよ」
「アンセル………」
「僕はさようならは好きじゃない。ユーニスとはまた明日といって別れたいんだ」
アンセル、そんなことを言うなんて、あなたは何か気づいているの?
………『また明日』はダメだ。彼に嘘を吐くことになる。それならば───
「アンセル、またね」
「うん、またね、ユーニス」
『またいつか逢えるといいね』
そんな意味を込めて、私は最後の挨拶を終えた。
去っていく彼の背中が見えなくなってから、私は自室ヘと続く窓をくぐった。
その日の夕食は特筆することもなく、いつも通りのものだった。
いつもと違うことといえば、両親が談笑する声が部屋まで聞こえてこなかったことくらいだろうか。父親はまだ帰宅していないのかもしれない。
私は明日に備えて早めにベッドに入ることにした。疲れていたこともあり、そう時間がかからずに深い眠りヘと誘われた。
……何か焦げ臭い匂いがする。
何かが燃えているのだろうか。
「ユーニス、ユーニス」
私を呼ぶ声がする。
この声はアンセルだ。……ん?アンセル?
「アンセル!?」
私は勢いよく飛び起きた。
え?何事!?
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