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旅立つふたり
旅の準備
「おはよう、ユーニス」
「ん……おはよう、アンセル」
私の願いが通じたのか、光の精霊は昨日と同じようにアンセルの近くでふよふよと浮かんでいた。
昨日最後に見たときよりも顔色が良くなっているのを見て、私はホッと息を吐く。
私達は手早く身支度を整えると今後の予定について話し合った。
「アンセル、テラネの町に行くことは決定として、必要な物を買い揃えるためにはお金がいるよね。お金を稼ぐにはどうしたらいいと思う?」
「そうだな……一応それなりの額は両親の財布から持ち出してきたが、これからのことを考えると心許ないな。僕は町で働いて稼ぐくらいなら、モンスターを倒してお金を得るほうを選ぶ。今はまだ町の奴らを信用できるかわからないしね」
「ア、アンセル……あなた、両親の財布からお金をとったの?」
「ユーニス、本来あの金は両親が持つべきものじゃない。ユーニスを差し出す対価として得たものなら、本当に受け取る資格があるのは君だけのはずだ。だから、君が好きに使うといい」
「アンセル……わかった。旅に必要な物を買うために使わせてもらうね」
先程から光の精霊が強烈なボディーブローを立て続けに食らったように何度も仰け反っている。
精霊はその後、グロッキー状態になったかのようにアンセルの右肩の上でグッタリしていた。
……精霊はアンセルの両親に対する負の感情を感じ取ったのかな。
それでもアンセルから離れようとしないのはなぜだろう。まだアンセルを見極めている途中なのだろうか。
アンセルの言い分がすべて正しいとは思わないが、共感できる部分もある。
アンセルに言った通り、彼が両親の財布から持ち出したお金は旅に必要な物を買うために使わせてもらおう。
このお金が彼らの息子のために使われるなら、アンセルの両親にとっても悪いことではないはずだ。
取り敢えずは町で必要な物を買い揃え、準備が調ったらモンスターを倒してお金を稼ごう。
モンスターと戦うことが決定事項になった今、私達の装備を買い揃える必要がでてきてしまった。
まったく、お金を稼ぐためにお金が必要なんて、なんだか本末転倒な気がするよ。
私達は道なりに西へと進み、数時間後にはテラネの町ヘと到着した。
ここはそれなりに活気のある町のようで、屋台の店主がお客さんを呼び込む威勢のいい声がそこかしこから聞こえてくる。
【果てなき終焉のファンタジア】のアンセルがこの町に辿り着いた時、彼は既に聖剣を手に入れており、自分が勇者であると自覚していた。
国王が魔王討伐のために勇者を探しているという噂をこの町で耳にしたアンセルは、魔王討伐に協力するために王城のある王都ヘ向かうことを決意する、という話の流れだったはずだ。
そこまで考えたところで私はふと疑問に思う。
私がいけにえにならずに村を出てしまったのだから、魔王は今も力を取り戻せていないままのはずだ。
つまり、今の魔王は自分の復活を人間達に宣言したりしていないはずで、この国の国王が魔王討伐のために勇者を探すというシナリオが成り立たなくなっているのではないだろうか。
……これは、良いことなんだよ、ね
魔王が復活していないということは、ゲームの展開とは違い、あちこちの町で魔王やその配下の被害に遭うはずだった人がいなくなるということだから、良いことのはずだ。
しかしその反面、ストーリー通りに話が進まなくなり、私のゲーム知識が役に立たなくなるというデメリットもある。
そして、ストーリー上では勇者として覚醒し、どこへ行っても国民達から期待と羨望の眼差しで見つめられていたアンセルは、このままでは得られるはずだった地位や名誉を手に入れることができなくなるだろう。
う~ん……でも、ゲーム通りにストーリーが進行すると私がいけにえになって死んでしまうわけで。
私が自分の命を捨てられず、この先も生きたいと思っている以上、ストーリーがメチャクチャになるのは避けられない事だったのだろう。
アンセルにとってはどちらの人生が幸せなのかは私には判断がつかないが、魔王やその配下との命を賭けた危険な戦いに身を投じなくてもいい今の生活は、彼にとって悪くないもののように思える。
でも、私に関わってしまったことで、アンセルが本来知るはずのなかった両親や村の大人達の黒い部分を知ってしまい、彼の心に大きな傷を作ってしまう結果になった。
やはり、ゲーム通りに私がいけにえになっていれば良かったのだろうか。
どちらにせよ、過ぎてしまった過去はもう戻らない。
これから先、アンセルの傷ついた心が少しでも癒えるように私が全力で支えていくだけだ。
町に到着した私達は、一番欲しいと思っていたテントを手に入れるため、近くにいた屋台の店主に旅に必要な道具を扱っている店の場所を訊こうとしているところだ。
「ねぇ、やっぱり私が訊いた方が」
「大丈夫だよ、ユーニス。警戒しつつも冷静に、だろう?いきなり喧嘩腰で話しかけたりはしないよ」
「……わかった。任せるよ」
「あー、店主、僕達は旅人なのだが、テントを新調しようと思っている。旅の道具を扱っている店の場所を知らないか?」
アンセルは屋台の店主に声を掛けた。声には緊張が混じっていたが、自分で言っていた通り、攻撃的にならずに冷静に話を進めている。
「ん?テントだって?ああ、知ってるとも。この町のことなら何でも訊いてくれていいぞ。っと、テントを売ってる店だったな。……ほら、簡単な地図を描いておいたぞ。印のところが目的の店だ」
「わかった。失礼す」
「あー!ありがとうございます店主さん。お礼になるかわかりませんが、串焼き2本ください」
「お!嬢ちゃん毎度あり!」
「またいつでも来てくれよ!」と店主に見送られながら屋台を後にする私達。
手には1本ずつ串焼きが握られている。
私とアンセルは串焼きを食べなから地図を頼りに旅の道具屋ヘと向かっていた。行儀が悪い?食べ歩きはこの世界では普通のことらしいよ。
「アンセル。お世話になった店主さんにお礼を言わずに去ろうとしてたでしょ」
「う……ごめん。あの店主を冷静に観察したけど、彼は気のいい男のようにみえた。ただ、観察するのに気を取られ過ぎて他のことに気が回らなかったんだ」
「ふふっ、そうだったの。頭ごなしに叱ろうとしてごめんね。私もあの店主さんは気のいい男の人だと思ったよ。町のことにも詳しそうだったし、また頼ることもあるかもしれないね」
「ああ」
そんなことを話しながら歩いているうちに目的の場所に辿り着いた。大通りから少し外れた場所に建っており、私達が自力でこの店を見つけだすのは困難だっただろうと思う。
店に入ると、私達の目的だったテント以外にも、旅に必要な道具が所狭しと陳列されていた。
店の奥にはカウンターがあり、店主が暇そうに立っていた。店内を見回すが客の姿はない。なるほど、暇そうな訳だ。
私達はテントを置いてあるコーナーに直行した。様々な大きさのテントが並ぶなか、端のほうに2人用テントが置いてあるのを見つけた。
テントの値段は私が想像していたよりはずっと安かった。この値段なのに、テントの中に入ると外部からの攻撃を無効化してくれる機能があるらしい。この機能はすべてのテントに標準装備されていて、このゲーム世界の住人であるアンセル達は何も疑問に思うことなく受け入れているようだ。
私が【果てなき終焉のファンタジア】をプレイした時にはフィールド上で【野営】することができた。
【野営】を選択するとフィールドにテントが出現し、パーティーメンバーが就寝する演出が入る。……そういえばテントで寝ている時にモンスターに襲撃されたことはなかった。ただの仕様だと思っていたが、テントにこんな裏設定があったとは。
この【野営】システムは、単に宿屋の代わりにHPを回復させるだけでなく、昼夜を入れかえる役割がある。
ゲームでは昼に【野営】すると夜になり、夜に【野営】すると昼になる。
このゲームでは、昼にしかフラグが立たないイベントや夜にしか出現しないモンスターがいる。もちろんその逆も然りだ。
この【野営】システムはそんな時間限定のイベントを効率よく進めるために重宝されていた。
この町の近くの森にも夜にしか出現しないモンスターがいるが、昼に出てくるモンスターよりもレベルが高く、今の私達では歯が立たない。夜にモンスター狩りをするのは絶対に避けた方がいいだろう。
さて、問題のテントだが、どれを購入するべきか。
「アンセル、1人用テントを2張り購入するのと2人用テントを1張り購入するの、どっちがいいと思う?」
値段で考えれば2人用テント一択だ。しかし、何かの場面で別行動を取る可能性を考えるなら、割高でも1人用テントを購入した方がいいかもしれない。
アンセルは特に迷った風もなく即答した。
「2人用テントを購入しよう。テントが別々ではユーニスに何かあった時に気づけないかもしれない。安全のためには2人一緒の方がいい」
「そっか。でも、理由があって別行動を取る場面も出てくるんじゃないかな」
「そんな場面は永遠に来ないよ。君をひとりにするのは危険すぎる」
「えぇ……?」
それは、私1人では何かに襲われるかもしれなくて危険だと言ってるの?それとも、私を1人にすると何をしでかすかわからないから危険なの?
私はアンセルにそれ以上質問するのはやめておいた。
取り敢えずテントは2人用のものを確保し、他にも必要なものがないか店内を見て回る。
その結果、店の奥にあった2人分の水筒と野営用の食器一式を購入することになった。
野外で使う簡易調理器具というものも売られていて、私は購入したかったが、これから武器屋に行って装備を購入しなければならないことを考えると、今は購入を見送ったほうが良いと判断した。
商品をカウンターに持っていき、アンセルが少なくない額を支払う。
購入したものを【空間収納】に送った後、アンセルが店主に質問する。
「店主、僕達はこの町に来たばかりで町の地理に明るくない。もし店主が武器屋の場所を知っているなら教えてもらえないか」
「ふむ、もちろん知っておりますよ。見たところあなた方は熟練の戦士というわけではなさそうですので、比較的戦闘経験の浅い者達に人気の店をお教えしましょう。ああ、品質は問題ないはずですよ」
店主はそう言うとサラサラと簡単な地図を描いてくれた。この店主も親切な方のようだ。
「ありがとう。感謝する」
「店主さん、どうもありがとうございます」
「いえいえ、またのお越しをお待ちしております」
店主に礼を言い、店を後にする。
アンセルも今度はきちんとお礼の言葉を言っていた。店主とのやり取りも、最初の屋台でのやり取りに比べると緊張が抜けていて、見るからに警戒心丸出し、ということはなくなった。
アンセルは自分の目で実際に相手を観察することで、店主のことを警戒を解いてもいい相手だと判断したのだろう。
うん、この町の人間までひどい人達だったらどうしようと思っていたけど、話の通じる人がいることがわかって良かった。
武器屋はこの店から歩いてすぐの場所に建っていた。
店主が言ったように人気の店らしく、二組のパーティが店から出てきた。やはり新米パーティのようでみんなどこか初々しい。
彼らと入れ替わるように入店する。
店内に入った瞬間、騒々しい声がこちらに近づいてきた。
「おお!!兄さん見込みありそうな体つきしてるね!前衛か?俺とパーティ組もうぜ」
……誰?
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