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冒険者として生きていく
バランス崩壊
「いらっしゃい、何をお探しですか」
武器屋の店主は40代くらいの男性だった。物腰が穏やかで、武器屋の店主というよりはどこかのお屋敷の執事のように見える。
武器屋に用があるアンセルが店主さんの前に立った。
「僕の剣を新調したい。いいものを見立ててもらえると助かる」
「フム、かしこまりました。すぐにお持ち致します。もし防具の方もご所望であれば、ご用意できますが」
うん?ここは武器屋のはずだよね。
デリックも同じことを考えたようで、横から店主さんに質問した。
「ここは武器屋じゃねぇのか?」
「武器屋でございますよ。そして、隣の防具屋は私の弟が経営しており、私がひと声かければすぐに弟が駆けつけます」
「ヘ、へぇ。なんかよくわからねぇけど、3人分の防具一式頼む」
「かしこまりました」
そう言って店主は店の奥へと消えていった。
弟さん、お兄さんに頭が上がらないのかな。防具屋の店主が店を空けちゃったらダメだと思うんだけど。
そんなことを考えているうちに、店主が剣を携えて戻ってきた。そして、その後ろには全速力で走ってきたであろう弟さんがゼェゼェいいながら壁に寄りかかっている。
「お待たせいたしました。この剣が当店で一番攻撃力が高い片手剣でございます。両手剣もございますが、お客様は盾を装備されるようでしたので、候補に入れておりません」
「ああ、片手剣でいい。少し振らせてもらってもいいだろうか」
「ええ、こちらでお試しください」
私の目の前でアンセルが剣を振っている。
あの剣、よく見るとストーリー中盤で手に入る剣じゃない?この町、本当なら滅んでいるはずの町だから、こんな序盤ではあり得ないような性能の武具も普通に売られているみたい。
ああ、ゲームバランスが崩壊する音が聞こえる。
「ありがとう。この剣を購入したい」
「かしこまりました。すぐに装備されますか?」
「ああ。今の剣は買い取ってもらえるだろうか」
「はい。ではそのように」
流れるように購入が決まり、今まで使っていた剣は買い取りに出したようだ。
アンセルは早速新しい剣を装備した。凛々しくてとても似合っているが、ロンちゃんが新しい剣に渾身の一撃を繰り出しているのが視えてしまったため、なんとも言えない気持ちになった。
「ええと、後ろの方は防具屋さんでしょうか」
私は気分を変えるため、後ろのほうで息を整えていた男性に話しかけた。
武器屋の店主さんに顔はよく似ているが、纏う雰囲気はまったく違う。なんと言うか、陰気な感じが表情から滲み出ている感じがする。いや、これは言い過ぎか。
「防具屋さーん、俺達の防具を持ってきてくれたんだろ?どんなのか見てみたいんだけど」
「………………………す」
「え?何だって?」
「………が……………す」
「あ、あの、店主さん。申し訳ないのですが、もう少し大きな声を出してもらうことはできますか…?」
「ぁ……」
私の言葉に気後れしたのか、防具屋さんは俯いてしまい、そのままひと言も話さなくなった。
「「「………」」」
この人、極度の人見知り、もしくは人とのコミュニケーションが苦手なタイプだ。
防具屋さんのこの様子からして、おそらく防具屋はまったく繁盛していないんじゃないかな。だって、この店主さんがまともな接客をしているとは思えない。
武器屋の店主さんがいきなり防具の話を持ち出したのも、繁盛していない弟さんの店を助けるためだったのかもしれないね。
…と、のんきに考えている場合じゃない。防具屋さんが萎縮しちゃったのは私のせいだもんね。何とかしないと。
私は防具屋さんがこれ以上自分の殻にこもらないよう、できるだけ穏やかな声で話しかけた。
「防具屋さん、大きな声を出せなんて言ってすみません。私が近くに寄れば良かったんですよね。……ほら、ここまで近寄ればちゃんと聞こえると思うので、もう一度話してもらえませんか?」
「ぁ……」
私の言葉に防具屋さんが反応する。俯いていた顔を上げ、少し逡巡した後、小さな声で話し出した。
「…………(ボソボソ)」
「え?ミスリルですか!?すごい!そんないい防具、よく仕入れられましたね。是非見せていただきたいです」
「!!」
私の言葉を聞いた防具屋さんは大急ぎで店の奥から大きな箱を引きずってきた。おそらくあの箱の中に防具が入っているのだろう。急がせたつもりはなかったのだが、なんだか申し訳ない。
「ユーニス、防具屋の店主は何を言ったんだい?」
「あ、うん。ミスリルの防具一式を仕入れたから、良ければどうですか?って」
「ミスリルだって?魔法金属じゃねぇか。俺達に手が出せるような値段じゃねーぞ」
防具屋の店主さんが箱の蓋を開ける。
するとそこには確かに白銀色に光輝くミスリル製の防具が収められていた。
デリックが言っていることは正しい。
ミスリル製の防具は本来ストーリーの中盤から終盤にかけてお世話になった防具であり、今の私達の懐事情では手が出せないほどの金額だったはずだ。…というより、こんな序盤の町で売っていていい性能じゃないんだよ。ヤバさで言うならアンセルがさっき購入した剣よりずっとヤバイよ。
「店主さん、とても素晴らしい防具だと思うのですが、今の私達に手が出せる金額では──」
「…………(ボソボソ)」
「ええ!?そんなに安くていいんですか?え、大赤字なんじゃ…あ、大丈夫?そうですか」
私と防具屋さんが会話を続けていると、武器屋の店主さんが横から会話に入ってきた。
「お客様、うちの弟と会話ができるなんてすごいですね。弟は仕入れの腕は一流なのですが、如何せん接客のほうがからきしで、いい防具を取り揃えているのにまったくお客様が寄り付かず、困り果てていたのです」
「「「………」」」
それ、弟さんが仕入れに専念して、あなたが武器屋と防具屋を切り盛りすれば解決するんじゃ……と思ったけれど、口に出すのはやめておいた。
2人にも事情というものがあるだろうし、弟さんの方も自分の店を持つのが夢だったのかもしれない。接客さえ何とかすれば、絶対繁盛すると思うんだけどなぁ。
それはさておき、ミスリル製の防具の値段が思っていたよりずっと安かった。ゲーム内で購入した時の正確な値段は思い出せないが、少なくとも弟さんが提示した値段の倍はしていたと思う。おそらく、弟さんの仕入れの腕がいいからこの値段で売れるのだろう。
私達の所持金をすべてつぎ込めば、アンセルとデリックの鎧は購入できそうだ。今まで無駄遣いをせずにコツコツお金を貯めていた甲斐があったというものだ。
「アンセル、デリック。今の所持金だと、あなた達の鎧を買うのが精一杯みたい。盾や小手、それにブーツなんかもあるみたいだけど、これはお金を稼いでからだね」
「え、お前の防具は?」
「ユーニス、君の防具を優先したほうがいい」
「アンセル、気持ちは嬉しいけれど、どう考えても前衛のあなた達の防具を優先するべきだよ。大丈夫、お金を貯めてまた買いにくるから」
「ユーニス、次は絶対にユーニスのローブを購入すると約束してくれ。僕達の他の装備品は後回しでいい」
「おうよ!ユーニスは大丈夫だって言うけどよ、背後からの奇襲だってあるんだぜ」
「わかった、約束する。次は私のローブを優先するよ」
「お客様、ご安心ください。弟の店はほとんどお客様が寄り付きませんので、あの防具を先に購入されてしまうことはほぼないでしょう。品切れを心配して、急いで金策に走らなくても大丈夫ですよ」
「………そうですか」
武器屋の店主さん、わりとはっきり物を言う人だな。お客さんが寄り付かないって言われた弟さんが地味にショックを受けてるよ。
結局私の主張が通り、アンセルとデリックの鎧を購入した。次は私のローブを買うことを約束させられたが、モンスター狩りを続けていればそう遠くないうちに購入できると思う。
支払いを済ませた私達は、さきほど武器屋の店主さんから聞いた『ドロップ品買い取り所』を目指して歩いていた。
この世界にはいわゆる冒険者ギルドというものは存在せず、ドロップ品の買い取りは武器なら武器屋、防具なら防具屋、アイテムなら道具屋が請け負ってくれるが、『ドロップ品買い取り所』に行けばそれらを一括して買い取ってもらえる。その他にも、町の周囲に出現するモンスターの情報を売ってもらえたりするらしい。
この『買い取り所』というものがゲームでも存在していたのかどうかはよく思い出せない。
私は不要になったアイテムも売らずに取っておくタイプのプレイヤーだったのだ。
そして、モンスターの情報は賢者の《アナライズ》で見破れるため、事前に調べておく必要性もあまり感じなかった。
今回私達が『ドロップ品買い取り所』ヘ向かっているのは、不要な物を売ってミスリル装備を買うための資金を増やすという目的のためだが、私の目的はもうひとつある。それは、モンスター情報を買うことだ。
モンスター情報を売ってもらうことで、私が知っているゲーム知識をアンセル達に堂々と話せるようになることを狙っているのだ。ゆえに、得られる情報はスカスカでも問題ない。情報を買ったという事実をアンセル達が知っていればいいのだ。
「しっかし、鎧がキラキラなのはいいんだが、他の装備品とのバランスがひっでぇな」
「鎧だけが悪目立ちしちゃってる感じだね」
「でも、すべてミスリルで統一すれば、かなり見映えがいいだろうね」
「ハハッ。アンセルが装備すれば、どこかの王家に仕える騎士様みたいに見えるだろうな。女の子達がキャーキャー騒ぎそうだ」
「アンセル……」
「ユーニス?僕は知らない女の子達から何と言われようがどうでもいい。僕は君が」
「あーハイハイそこまで。それ以上は俺がいないところでやってくれ。見てるこっちがムズムズしちまう」
「は?何故お前がムズムズするんだ」
「うるせー!突っ込むんじゃねぇ」
ワイワイ騒ぎながら歩いていたら、いつの間にか『ドロップ品買い取り所』まで到着していた。
私はアンセル達に不要なアイテムの売却を任せ、1人でモンスター情報を売っているカウンターまでやってきた、
アンセルは固まって行動したほうがいいと言って別行動を渋っていたが、同じ店内だから大丈夫だと言って強引に話を進めた。
…ごめんなさいアンセル。あなた達が一緒だと、どんな情報を買ったのかを知られてしまう。そうなったら、買い取った情報しか話せなくなるから困るんだよ。ホントにごめんなさい。
「いらっしゃい、お嬢さん。ヌーアの買い取り所、モンスター情報売り場ヘようこそ」
受付に座っていたのは、20代くらいの仕事ができそうな女の人だった。
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